霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第十三話

 

 

 

 今年の冬は、酷く疲れるものであったと、銀髪のボブカットが特徴的な二刀を持つ庭師、魂魄妖夢は思う。

 春度を持ってやって来た紅白の巫女に負け、弾幕ごっこでもう二度目の撃墜を味わいながら、薄れる意識の中彼女は一連の流れを振り返った。

 

 妖夢は幻想郷の空高く、顕界(現世)とは結界で隔てられた冥界の白玉楼というお屋敷にて、西行寺家の庭師に警護役をやっている半人半霊である。今回の異変に関わる前、普段から彼女は修行に庭弄り、炊事掃除雑事に忙しい日々を送っていた。

 お餅にしっぽを付けたような霊ばかりが一時的に住む冥界には、人型の存在が少ない。

 妖夢が知っている限り、自分とそして同じ半人半霊であった祖父の、魂魄妖忌。そして、妖夢が仕える西行寺家の一人娘で亡霊の少女、西行寺幽々子その人を含めても三人しか冥界に人らしい影はなかった。父母の思い出は彼女にない。

 そして、以前から姿をくらましている妖忌を抜くと、最早二人以外に人手はなく、更に主を働かせる訳にはいかないから実質的に一人。大量に存在する幽霊に頼むにしても、力のある幽霊であったとしても物を動かすのが精一杯という有り様。

 だから、彼らに広大過ぎる庭や屋敷の掃除の大部分を任せることは出来ても、それ以外の屋敷に幽々子の世話をするのは、妖夢の役目であった。

 

 毎日目まぐるしく働き、余った時間を楼観剣と白楼剣を用いた剣術の修行にあてて励む日々。

 半人半霊という種族であるからこそ、庭の雑に伸びた木々を一刀両断出来て、家事をこなし続けても過労死することはないが、良くも悪くも真っ直ぐな性根の妖夢であるからこそ暇を貰わずとも働き続けることが出来るものである。

 そんなこともつゆ知らず、こんな忙しい暮らしが当たり前だと思っていた妖夢の生活は、冬に突然発された幽々子の提案によって、更に余裕のないものとなっていった。

 

「ねえ、妖夢。私はあの桜が満開になった姿が見てみたいの」

「西行妖のことですか。確かにあの咲かない桜の木は私も気になっていましたが……しかし幽々子様。確か、先代はあの桜は二度と咲くことはない、と言っていましたよ?」

「その通り、座していては決して咲くものではないのでしょうね。あの桜も」

「なら、起てばあれは咲くのでしょうか」

「そうね。妖夢がひと頑張りしてくれれば、きっとあの樹は花を付ける。私はそれが楽しみだわ」

「……分かりました幽々子様。私がどうすればいいのか、教えて下さい」

「うふふ。分かったわ。妖夢、貴女はこれから私が言う通りに動きなさい」

 

 二人きりで、巨大な幹の桜の木の前でした主従の会話。それが、始まりだった。

 翌日から、妖夢は西行寺の秘宝を持って吹雪に塗れながら幻想郷中を飛び回るようになる。日課の家事を最低限以外に放ったらかしに励んだその作業は、しかし確かに実を結ぶ。

 春、こと桜に関しての造詣の深さは幻想郷広しといえども西行寺家に勝るものはない。春の妖精も驚くだろうその旧い秘宝は、術をかけたその場に芽生え始めた春が一定の大きさになったら桜の花の形に変化させる、という効果を持っていた。

 そんな秘宝による術を幻想郷中にかけたことを殆どのものに知られなかったのは、妖夢にとって幸いだろう。そして知っても幽香や魅魔は問題にせず、天狗たちはむしろ冥界からの使者という見出しを用意して特ダネの予感に心踊らせていた。

 目の多い人里近くでは見つからないように良く気を付け、舞い始めたそれらを風下で受け取って、集めた春度を白玉楼へと運ぶ。それを続けていく内に、白玉楼自慢の桜並木が色づき始めていくのを見た妖夢はやる気を増していく。

 そうして、そろそろ暦の上ではとうに春を迎え、妖夢一人では幻想郷中の春を集めるのに限界を感じ始めていた頃。ようやく西行妖に蕾が付き始めたのだ。

 

 やっと手応えを感じた妖夢が春度を集めに向かおうとすると、道中長い石の階段の途中に紅白の姿が認められた。そう、異変を解決しに霊夢が、そのままでも通り抜けられるのに顕界と冥界の結界をわざわざ邪魔だと破ってやって来たのである。

 主幽々子からの厳命で、今回の異変中は侵入者にはスペルカードルールで応戦することとなっているために、妖夢は刀で斬りかかるのを止めて、相手が持っている春度を傷つけず奪うためにも霊弾を基本に使って戦うことにした。

 しかし敵である霊夢はひらりひらりと木の葉のように自然体に避けるので、まともにやってはこれっぽっちも当てられる気がしない。

 だから、スペルカードを使ったりし、刀で大玉弾幕をみじん切りにして向かわせるなどした奇手を交えて戦ったが、結果は敗北。何枚かスペルカードを使わせられたのがせめてもの慰めである。

 そうして、幽々子の方に向かった霊夢に次は警護役としての役目を果さんと再び追いすがってスペルカードを展開したのだが、当然のように日に二度目の敗北を味わい、疲れ果てた妖夢は気絶したのだった。

 

 

「……くー」

「ねえ貴女。大丈夫?」

「この子も霊夢にやられたのかしらー」

「う、あれ、ここは……」

 

 ブラックアウトした意識は次第に夢へと変化する。疲れ極まった妖夢は知らずに眠り始めていたのだ。しかし、そんな安寧の一時は僅かである。

 それは、異変の主犯に近づいているだろう霊夢の所に向って進んでいた咲夜と魔梨沙が、途中に妖夢を発見したからだった。

 ふよふよと隣に霊魂が浮かばせ刀を二本地面にとっ散らかせて地面に大の字になっている少女なんてものは、見るからに怪しい存在に思える。故に、二人が、特に魔梨沙が近寄り起こしてでも聞き込みをしたいと考えたのも自然なことだった。

 

「貴方達は……侵入者?」

「そう構えないでー。あたしは霊夢、紅白の目出度い格好をした巫女さんが通ったでしょ? あの子を追っかけに来ただけだから」

「私は異変を解決に来たのだけれど……」

「この調子だと、霊夢が先に解決しちゃうと思うわ」

「巫女……そうだ、幽々子様の元へ行かないと!」

 

 起き上がりに、魔女とメイドの姿を認めた妖夢は混乱して、さっと拾った刀を向ける。しかし、刃物を向けられた二人は暢気なもので、気にせずに対話を続けた。

 その際に出た言葉、巫女というものに妖夢の苦い記憶が呼び起こされる。そして、主に対する心配も爆発的に喚起され、彼女は納刀し直ぐ様飛び立とうとする。

 

「待った。今回の異変、さしずめ春雪異変ってところかしら。まあ、それの犯人は貴方達?」

「沢山の人が迷惑してるんだから、逃さないわよー」

「……しかたない、か。後ろから撃たれたらたまらないものね。そうよ。私が幻想郷から春を奪った犯人よ」

 

 しかし、いつの間に近づいていたのか、邪魔をするように咲夜が妖夢の前に立っていた。そして、後ろからはやや間延びしているが真剣な魔梨沙の声が届く。

 二人の声色に有無をいわさない雰囲気を感じた妖夢は、観念して自らの行いを自白する。元々、後ろ暗いことをやっていたという自覚のある彼女の口は重くない。

 

「どうして春を奪うなんてしたの?」

「簡単にいえば、私たちは幻想郷の春を使ってでも、咲かない桜の木を咲かせたかったの」

「うーん。シンデレラの後に今度は花咲かじいさん? それなら次は桃太郎にかぐや姫かしら」

「カチカチ山や子供たちが屠殺ごっこをした話みたいな異変が起きなければいいのだけれど」

「グロいのは嫌だわー」

「はぁ……何でお伽話の話になっているのかしら」

 

 生真面目な妖夢は、脱線し始めた話について行けなくなった。刀の柄を撫でながら、暢気な侵入者二人の前で、彼女はため息をつく。

 妖夢はこういう自分のペースを持っている相手は苦手である。自分の主のそういうところには慣れているからいいが、未知の相手にまで合わせることはできない。

 だから、意外な言葉に驚かされることになったのかもしれなかった。

 

「それにしても私たち、っていうことはやっぱり霊夢が向った幽々子様っていうのが主犯みたいねー。そうでしょ、そこの幽霊と繋がってる子」

「あ、あくまで実行犯は私よ! それに何故何も言っていないのに、半霊と私が繋がっているって分かったの?」

「魔梨沙はそういうのが直ぐ分かる能力を持っているらしいわ。それにしても、図星をつかれたくらいで慌てるなんて、貴女ちょっと未熟ね」

「む、剣の道の話ならまだしも、私の半分も生きていないただの人間に未熟と言われたくない!」

「まあまあ。完璧じゃないって可愛らしくていいことじゃない。それで話は変わるけど、結構幽霊な貴女は、春の戻し方を知っているの?」

「むー、さっきから幽霊幽霊ってそんなの半分だけなんだから……私の名前は魂魄妖夢よ。それで戻し方は知らないけれど、術はもう大体解けちゃったし、何もせずに放っておけば次第に春は戻るんじゃないかしら」

 

 三人の中で一番の年長者である妖夢は、しかし子供扱いされていることに気づけない。

 あくまで彼女は【少女】であるから、可愛らしいという言葉に怒るのは間違っているのかもしれないが、そんなおためごかしを真に受けてしまう辺り純粋すぎた。

 可愛いわこの子と、魔梨沙は内心思い魔梨沙は笑む。反してその純心を従順さの指標として高いものと見た咲夜は苦い顔をする。

 

「でも、貴女達は件の桜が咲くまで春を集めるのを止める気はない、と」

「まあ、そうだけれど。でも、あと一息なのよ。感じ取った巫女が集めていた分も含めると……そう、大体貴女達が持っているくらいの春できっと【満開】になるわ」

「あら、集めていて良かったー。なら、その桜をちゃっちゃと咲かして終りにしちゃいましょうか」

「それでいいの?」

「ここまで迷惑をかけられたんだからどうかとも思うけれど、これを持っていくだけで諦めてくれるなら一番じゃない。なにしろ、桜が咲いたくらいじゃあちょっとお酒が飲みたくなってしまうくらいで、誰も困りはしないでしょう」

「ありがとう! これで幽々子様の願いを叶えられるわ!」

「でも幻想郷中の春を集めでもしないと咲かない桜……少し気になるわね」

 

 そう、咲夜は憂いた。しかし、ポケット一杯の春度を持っていくだけの仕事をするのを疎うほど彼女は怠惰な存在ではない。

 ニコニコと笑顔を見せる妖夢を見て、まあ気にし過ぎかと思い、周囲の満開の桜を見ながら、幻想郷に春が戻る前に一度ここで花見をしてみるのもいいかもしれないと、咲夜は考えた。

 

 三人飛んで霊夢の決戦の現場に近寄っていく内に険しくなる、魔梨沙の眉根に気づかずに。

 

 

 

 

 

 

「よく避けるわねー。弾幕ごっこの試しに妖夢や紫と一緒に遊んだこともあるけれど、ただの人間があの子達に避けることで匹敵するどころか上回りかねないなんて、凄いわー」

「私で驚いていたら、魔梨沙に会えば腰を抜かすわね。あんたなんてまだまだよ。それにしても、あの紫と知り合いねー……」

「あら、知り合いどころか友人を名乗らせて貰っているわ。千年以上続く長年の友情よー」

「紫と友達なんて……あんな桜を咲かせようと考えることといい、変ったお嬢様ねっ」

 

 余裕たっぷりのように思える会話。しかし、二人は対峙し弾幕を交差させ合っている最中である。弾幕を避け、御札を投じながら、霊夢は弾幕の苛烈さに内心舌を巻く。

 薄青色の着物のような服を着て優雅に弾幕の中で踊る亡霊幽々子は、今も、幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ ‐亡霊‐」というスペルカードを発動させている。

 流石に異変の主犯、トリを飾る相手だけあって、余裕たっぷりなその様子は、さんざん寒い思いをして来た霊夢を苛立たせるのに十分なものだった。

 しかし、感情に任せて突貫するのは悪手である。パターン化されているが巧妙な方向へ真っ直ぐ広がり軌跡を残す黄色に水色の蝶のような形をした弾幕に、そして自分の方へと正確に向かいながら道中に蝶弾を残してくる青色と桃色のなんと邪魔なこと。

 ワインレッドの美しさと、蝶の羽ばたきの美しさの種類が違うように、以前強敵と感じたレミリアと決して遜色のない華麗な弾幕が今も霊夢の周囲を彩っていた。

 

「私もただ枯れ木に花を咲かすために異変を起したわけじゃないわー。ちょっと復活させてみたい人が居るのよ」

「亡霊が?」

「そう。死を操る程度の能力を持つ私がよ。……おっとっと。スペルカード破られちゃったわー」

「確か、これで最後よね。スペルカード一枚対一枚。丁度いい勝負になったわね」

「そうね、負けられないわー。じゃあいくわよ。桜符「完全なる墨染の桜 ‐亡我‐」」

「おっと……なるほど、凄いわねコレは」

 

 最初に大玉弾が広がることにより、その弾幕は開始する。目眩ましのように眼前を埋める、連なり丸く広がる大玉の間をくぐり抜けると、そこには咲かない桜の前で蝶に囲まれながら花びらを散らす幽々子の姿が霊夢には見えた。

 いや、それは本物の桜の花びらではない。桜色の花弁状の弾幕が舞い散るように、幽々子の周りから霊夢の方へと向っているのだ。それはかなりの物量をもって向かって来るのだが、幽々子は更に扇状に霊夢の左右に蝶状の霊弾を並べている。

 青色、桃色の順に創りだされたそれは、ひらひらと少しの間舞ったと思うと、斜めから霊夢の方に向って狂いなく真っ直ぐに向かって来た。その渦中に同形の蝶を生み出しながら、近寄る青を横に避けると、次は桃色がやってくる。

 そして、それを避けている間に、疎らに降ってくる花びらは既に近くに纏まっていた。思わず、近くのそれらに対して過敏に反応して大きく避ける霊夢であったが、再び斜めから襲い来る蝶が邪魔をし、避けた先でも花弁に囲まれて行き場を失う。

 恐らく、これくらいならば気合で避けてしまうのだろう姉貴分の姿を苦々しく思い浮かべながら、上手く行けばくぐり抜けられそうでも万が一ここで負けるわけにはいかない霊夢は最後のスペルカードをここで切った。

 

「霊符「夢想封印 散」!」

 

 それは、霊夢が得意にしているスペルカードの別形態。赤緑青の原色をした光弾が八方向にそれぞれ飛んでいき、周囲の弾幕や雑魚を散らす技である。殲滅性は高いものであるが、誘導性がないために一対一では使いにくいところがある。

 だが、それでも魔梨沙のスターダストレヴァリエと似た性能だと思えばこの場で使うに悪くはないものだ。その証拠に、周囲が自由になった霊夢は余裕をもったのか生き生きとし始め、ふわりふわりと何物も寄せ付けないように飛ぶようになった。

 それから後は、本来の動きで、引き付けて、そしてすり抜けるように間を通って避けていくというスタイルを使って霊夢は仮想の桜を攻略していく。

 

「これで、どう!」

「やられたわー」

 

 そうして、やがて御札を幾多の枚数浴びせられた幽々子は力尽き、墜ちていった。

 当然、といっては何だがそれでも余裕を残している幽々子は落ちる途中で方向を変え、そのままふわりと立とうと思い、しかし彼女は滑って転んでお尻を地面に強かに打ち付けてしまった。

 

「いたーい。うー、運動不足かしら」

「バチが当たったのね。随分と軽いけど。さあ、私の勝ちよ。幻想郷に春を戻してもらうわ」

「反応が冷たいわー。うう、泣きっ面に蜂ね。っと。あら、またお客さまがいらしたのね」

 

 幽々子は泣き真似をしながら手近の【樹】に手をついて、立ち上がる。そうして霊夢の方を向くと、自分の従者に魔女とメイドという珍妙な組み合わせをした集団が到着したところだった。

 魔梨沙に咲夜は、あまりに大きく威圧感のある蕾のついた桜の木に目を奪われ、妖夢はその下でその樹に手を向けている幽々子の姿を認め、思わず声を上げた。

 

「幽々子様! この二人が西行妖を咲かすのに協力してくれるみたいです!」

「あら、ありがたいわー」

「む、何勝手なことを。私はコイツから春を取り戻そうとしているのに、与えてどうすんのよ。あんたら私の努力を無に帰すつもり?」

「私もどうかと思うけれど、私たちで春度をどうしようもできないなら、願いを叶えてから積極的に春を戻して貰おうって、そう魔梨沙が…………魔梨沙?」

「――――残念だけど、さっきの約束は反故にさせてもらうわ」

 

 大きな桜の小さな蕾を真剣な眼で見上げながら、魔梨沙はぽつりとそう呟く。恐いほど平坦なその声色を聞いて、その場の全員に緊張が走る。

 妖夢はそっと刀の柄に手を置き、幽々子は未だ桜に触れている方の逆手で、口元を隠した。そんな様子を気にせずに、幽々子に向って視線を移してから魔梨沙は続ける。

 

「フランドールの封印をよく見たから分かるわ。霊夢や紫なら一目瞭然だろうけどその桜、結界で封印されている。そしてそれが今綻んでいるっていうことも分かるわ」

「良かったわー。私の睨んだ通りね。封印された誰かを復活させるために桜を満開にさせようとしていたことは当っていた」

「それは外れじゃないかしら。だって、この桜、封印に使うにしては禍々しすぎる。あたしにはむしろ、封印されているのが桜の木の方に思えるわ。ねえ……二つほど聞いていいかしら?」

「なに?」

「封印が緩んでいるからってどうして幽々子、貴女の手が桜の幹の中に【入れている】の? そしてどうしてその違和感にあたし以外誰も【気づいていない】のかしら?」

 

 その言葉に、誰もが幽々子の桜の表皮に置いてあるはずの手を見た。しかし、その手は封印された樹の中にずぷりと入り込んでいる。思わず、手を引き抜いた幽々子は、手を閉じ開き驚きに眼を丸くした。

 

「あら、本当ねー。霊体とはいえ、勝手に物を透過することなんてなかったのに。確かにおかしいわ。ねえ、妖夢気づいていた?」

「言われてみれば……気付きませんでした」

「貴女がその樹のそばにあるのはあまりに自然過ぎるわ。それはきっと――――わっ」

 

 魔梨沙が決定的な言葉を放つその時、びゅうと一陣とても強い風が吹いた。いや、それはただの風ではない。大樹が狂わした運命が、運んできたものである。

 それは、切っ掛け。そう、一風あっただけで全てが揃ってしまうくらいに、状況は整っていたのだ。

 

 その風は、砂塵で妖夢の目を塞ぎ、幽々子を桜の中へと押出し、咲夜のポケットの中を浚い、魔梨沙がとんがり帽子に仕込んだ内ポケットの中の、春度が入ったガラス瓶を帽子ごと地に落として叩き割った。

 唯一、霊夢だけが、直感によってその妖しい風を予期し、御札で【封印していた】小瓶を胸元に抱えて守り切っている。

 

「きゃあ」

「幽々子様!」

 

 出遅れた妖夢の手は、紙一重で届かない。幽々子はまるで吸い込まれるように、沢山の春度と一緒に西行妖の中へと消えていった。

 

 

 

 ――――反魂蝶 -九分咲-

 

 

 

 一瞬の間の後。まるで、スペルカードを宣言するような声が四人の耳に響いた。

 

 

 

 


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