霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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 これは水着回……なのでしょうか。


第二十六話

 

 

 

 照りつける強い陽光に、湿度の高い空気が相まって、止まらぬ汗は長々と垂れて頬を伝う。幾ら帽子を被って日差しを避けていても、熱された地面と近くあればその身の温度は上がっていく。

 これはたまらないと、星柄の綺麗なガラス製で、しかし保温保冷機能は外の世界と同等の【魔法】瓶から塩味の利いた水を飲み込み、涼を取る。

 そうしてから、しばらく日向に突っ立っていた魔梨沙は、目の前の社殿の奥に向って声を上げた。

 

「霊夢、まだー?」

 

 夏空の下で、少しくたびれたその声は、虚しく響く。やがて返事は少し経ってから、紅白の目出度い姿と共に来た。

 

「遅れてごめんなさい。今用意が出来たわ」

 

 用意、とは言っても霊夢は水着か下着にタオルが入っているだろう大きめの巾着袋を持っているだけである。

 それを持ってくるだけで何分もかかるわけもなく、ならあれかと思い、霊夢のオープンな脇に覗く伸縮性の高そうな布地を見て確信する。

 

「その下に、水着を着て来たの?」

「そうよ。だって……着替えるところを見られたら恥ずかしいじゃない」

「あたしは、別に気にしないけれど」

「ちょっと……魔梨沙は気にしなさいよ。そんな目に毒な体をしてるんだから」

 

 霊夢はジロジロと、魔梨沙の全身を見詰めた。何時も紫のワンピースを着ているから分かり難いが、魔梨沙は随分とメリハリのある体をしている。

 それこそ、もう体は少女を越えて女性の、しかも発育著しいものの部類に入っているだろう。少女らしい控えめな霊夢のものとは比べ物にならないそれは、女性からは羨望、男性からは欲望の篭った視線を向けられるに違いなかった。

 しかし、当人はそんな自身の価値には興味ないようで、さらりと、霊夢には認められないことを口にする。

 

「あたしは向こうに行ってから着替えるつもりよ。霧の湖の畔なんて妖怪や釣りに来るお爺さん達が時々来るくらいで、どうせ誰もあたしなんて見ないわー」

「それでも、偶々里の若いのが来ていたりしたらどうするのよ。その手提げ袋の中に詰め込めるような小さなタオルじゃ全身隠せないじゃない」

「その時は、あっち向いていて貰うわ」

「はぁ……ちょっとこっち来なさい」

 

 霊夢は、男性の煩悩の醜悪さを知っている。人里にて物陰で男たちが喋っていたのを発見した霊夢は何事かと思いこっそり近づいたことがあった。

 果たして、彼らがしていたのが猥談であり、しかも対象となる人物が魔梨沙であるということは今より更に幼かった霊夢には受け入れられるものではなく、彼女は我慢できずに、大声を出して男たちを追いかけたことがある。

 思春期特有のものもあるのだろうが、そんな経験もあって、霊夢は幼い頃から見知っている森近霖之助以外の男性を信用していない。

 だから、このどこか危機感の欠ける姉貴分を守らなければと、思うのも当然だった。

 

「引っ張らないでー」

「問答無用。あんたの分のタオルも私が持ってくるわ。少しは魔梨沙も慎みってものを覚えなさい」

 

 仕様がないわね、と着替えさせるために霊夢は魔梨沙の手を引く。しかし、社殿の奥、母屋へと魔梨沙を引っ張っていく霊夢は、どことなく何時もより楽しそうだった。

 それもその筈修行漬けの魔梨沙には珍しいことだが今日霊夢は、霧の湖で一緒に遊ぼうと、誘われこれから大いに楽しむ予定なのである。

 昔のように二人きりではないことが不満であるが、それでも久しぶりに一緒のお出かけに、霊夢のテンションは間違いなく上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、妖怪が多く水場は危険と認知されている幻想郷で独自に水着の発展があった訳がなく、外来のものを再現する技術もまた存在しない。

 しかし、さらしに褌や、下着にて、水泳を楽しむというのは少女の美意識に羞恥心が許さなかった。とはいえ、着衣水泳というのも泳ぎ難くて選択肢に上げられない。

 河童に頼めば簡単にそれらしい機能性ばかり充実した代物が得られるだろうが、今回彼女たちが欲したのはデザイン性も高いもの。

 材料さえ河童などから手に入れれば、先進的な魔界から来たアリスには両立した水着の制作も可能であるが、そうそう個人に沢山の量を頼むことは出来ない。

 そんな中で、今年博麗神社の宴会にて集まった経験のある人妖達が、それぞれ気に入った水着を手に入れることが出来たのは簡単なこと。

 それは、紅魔館組が皆の分をオーダーメイドさせて、外の世界から取り寄せたからだった。一応、それくらいならいいわ、という紫の許しも得ている。

 

「レミリア達に感謝ねー」

「そうね。こうも希望通りの品が届いたのは、むしろ怖いくらい。……それにしても、魔梨沙はやっぱり紫が似合うわね。普段と露出の差が著しいけれど、見えるところが引き締まっているからかしら、いやらしくなくて健康的」

「アリスも爽やかな水玉が可愛らしいわ。それに肌の白さと、素地の白が噛み合わさっていて、透明感が抜群ねー」

「ありがとう、魔梨沙」

 

 ここは霧の湖、朝霧が晴れた頃合いで夏の日差しが眩しい中で、魔梨沙とアリスは会話をしていた。

 アウトドア派の魔女である魔梨沙は、日焼けを気にせず、紫のビキニを堂々と着こなしている。

 一緒になってやって来たアリスと霊夢はフリル状の装飾を施されたワンピースの水着で、それぞれ青い水玉模様と赤いドットの柄が似合っている露出控えめのものを着用していた。

 どうしても目立つ魔梨沙に対して可愛らしさで差別化を計った形であるが、頼んだ水着が妙に被っている辺り、仲は悪い二人であるが、どうも根本では似たもの同士であるのかもしれない。

 しかし、アリスと霊夢の魔梨沙に対する距離は違った。方やアリスは目立つ樹の下に衣服を置いてからずっと魔梨沙の傍にいるが、霊夢は少し離れた位置をとって何やらもじもじとしている。

 

「霊夢も、恥ずかしがらないで寄ってくればどう。これから遊ぶんでしょ?」

「差がありすぎてあんたと並ぶと自分が情けなくなるのよね……まあ、そんなことは気にしてられないか。それで、アリスに対してはそんな感想だけれど、私の水着姿は……どんなもの?」

「そうねー。花状のフリルは可愛らしさを際立たたせているし、私の紫は自信ないけれど、やっぱり紅白は霊夢の色よね。黒髪と相まって神秘性を感じられて、より綺麗に見えるわ」

「そ……ありがとう」

 

 魔梨沙がアリスと霊夢に伝えた感想は本心からのものである。無邪気な笑顔が、如実にそれを教えてくれた。

 だから、先から少し顔を赤くしているアリスもそうだが、霊夢も照れて顔を俯かせている。二人共素直な方であるが、真っ直ぐな好意には弱いのだ。

 魔梨沙はそんな二人の様を見て、更に可愛らしいという思いを強めて笑みを深めて、そんな彼女たちを危険に晒さないよう抜け目なく辺りを注意していたりした。

 

「それにしても、水遊びは今夏二度目だけれど、やっぱり楽しみね。二人共、準備運動は欠かしちゃ駄目よー」

「分かっているわ。小さいころに教えてくれた変な体操をやればいいんでしょ?」

「ラジオ体操第一ねー。あたしはあれを一日も欠かしたことはないわよー」

「私も教わったわね……いちにいさんし、と。魔梨沙、一度目っていうのは妹さんと河童で遊んだっていう時のこと?」

「そうよー」

「よく尻子玉抜かれなかったわね……」

「そういうことするような子には注意していたから」

 

 日に白く眩い身体を念入りに動かしながら、少女達は会話をする。その様子を見ていた妖精は、奇妙な動きを始めた三人に驚き、目を白黒させていた。

 会話の通りに、魔梨沙は先日、妹と人里で偶々一緒になったにとりを連れて玄武の沢へ水遊びにいっている。

 最初は大人しく水と戯れて涼を取っていただけだった。だが、それは河童たちが持ってきた巨大水鉄砲によって様相を呈する。

 水鉄砲は水力だぜ、といわんばかりの大量の水弾を大いに味わった全員は、それはもう泳いだと変わらないくらいにびしょびしょに濡れてしまう。

 開発中の新型尻子器を試用しようとする河童を退けつつ、魔梨沙は妹と一緒ににとりとさようならをして、鬼の待つ家で着替えてから人里へ戻った。魔梨沙がぶかぶかの服を着た妹と霧雨店の前で名残惜しげに別れたのは、三日前のことである。

 

「それにしても、意外と集まらなかったわね。宴会の時に聞いた時には、もう少し来るかと思ったんだけれど……」

「私としてはあんたもいなければ都合が良かったけれど、まあ、確かに宴会と比べて集まりが悪いわね」

「霊夢、そんな悪口は言っちゃ駄目よー。まあ、確かに三人っていうのはちょっと少ないけれど、まあここにはチルノみたいな妖精も、姫様、わかさぎ姫だって居たりするし、これから増える可能性だってあるわ」

「まあ、大体用事があるみたいだから、希望的観測だと思うけれど。それにチルノにやって来られたら寒くて困るわよ」

「それもそうねー、わ、冷たい」

 

 チルノのことは嫌いではないために、遭遇を楽しみにしていた魔梨沙であったが、その冷気を操る程度の能力の強さを忘れていて、そういえばこんな姿で会って纏わりつかれでもしたら、風邪を引いてしまうわねと苦笑い。

 魔梨沙は水に足をつけながら、来ない者達のことを思う。水着を配ったものの、水泳施設は建設中で、今回は吸血鬼の苦手な流水がある日中の湖に、スカーレット姉妹は来られなかった。ならばお付きのものも、パチュリーも当然に。

 プリズムリバー三姉妹は、そもそも水泳に興味がないそうだが、更にはサマーライブに関する音合せ等に忙しいらしく、ファンの魔梨沙は邪魔をしたらいけないと深くは誘わなかった。ちなみに、ライブの最中に水着姿になることを計画しているらしい。

 幽々子は最初好感触であったが、メンバーがアリスと霊夢と三人だけしかまだ集まって居ないことを告げると、邪魔はしないわと妖夢を下がらせ自分も辞退した。冥界には涼を取る手段は沢山あるが、それにしても何か勘違いしているようである。

 中々捉まらない八雲家の中でも、橙は相変わらず宴会に顔を出していたので尋ねたが、水は嫌いっ、と逃げられてしまった。

 萃香は水着を大事に頂いたが、今回の水遊びには来ない。紅魔館にお呼ばれされている、その方を優先したようである。

 対策するような必要がないね、これくらいの熱さなんて気になるものじゃないよ、と言うのが焦熱地獄でも平気にしているだろう鬼の言葉だった。

 同じように、幽香も魅魔も、水着は物珍しげに貰っていたが、それを活かそうとまでは思わなかったようだ。

 

 そんなこんなで、三人ばかり。しかしそれでも水の冷たさに興奮し、それを手で掬ってかけあい全身濡れるまで楽しめば、中々に盛り上がるものである。

 ざぶんと、頭まで水に浸かった魔梨沙は鍛え上げた身体能力を用いて水の中で踊った。魚が逃げ惑う姿が中々に愉快で面白い。ちょっと身体についた脂肪が邪魔ね、と霊夢が聞けば怒りそうなことを考えながら、魔梨沙は遠泳を始める。

 それに付いていこうとするアリスを見ながら、霊夢はため息を付いて、涼み、貝を拾ってみたりしながら戻って来るのを待った。帰って来る頃には、都会派のアリスはへろへろになっていたが、魔梨沙はそんなアリスの隣で余裕の笑みをみせつける。

 

「うふふ。久々に泳ぐのは楽しいわー」

「アリスはそんなものでしょうけど、やっぱり魔梨沙は体力馬鹿ね。どう、水着で泳いだ気分は」

「昔は裸で泳いでいたけれど、やっぱり水着を着た方が、気分が出ていいわねー」

「はぁ、はぁ……なっ! 魔梨沙、そんなことをしていたの?」

「子供の頃の話だけれどねー。最近は霊夢や妹に止められてろくに泳げなかったわ。そういえば、妹とはよく一緒したけれど、霊夢とはあまり泳いだりはしなかったわねー」

「だって、裸、そうでなくてもさらしに下着だけ、なんて恥ずかしいもの」

「それは同感ね……魔梨沙も、少しは人の目を考えなさいよ」

「朝に私が言ったわ」

「そう……」

「ふー、気持ちいいわー」

 

 犬みたいに身体を振って、水気を取りながら全身の肉を揺らす魔梨沙を目に入れ、アリスは異性から見たら扇情的だろうその風景に過分な幼さを感じて言葉を継げられなくなった。

 あれは、霊夢が言ったこともつい先に自分が言ったことすらも聞いていないのは間違いないだろうと思える。人の目を気にしなさすぎる姉貴分に、二人の妹分は同じく意識して欲しいと考えた。何故なら、その身は二人にとって大事なものなのだから。

 しかし、当の魔梨沙は、そんな二人の気持ちが今ひとつわからない。何せ、魔梨沙は強さのためには自分の心身すら切り捨てるべきと考えていて、照れや恥ずかしさなんて、修行の初期段階で捨て去っていたのだから。

 だから、こんな贅肉ごときで大騒ぎしすぎね、と手の甲で胸を持ち上げて、はしたなくそれを離して弾ませる。ただ、そうすることで見つめてくる二人の視線の色が嫉妬の緑に変るのは面白いと、魔梨沙は思った。

 そして、何を思いついたのか、魔梨沙は悪い顔をする。

 

「まあ、持つものは持たざるものの気持ちなんて分からないものよー。……うふふ、怒ったかしら。捕まえたければ、追いかけて来なさい。そんなスッキリした身体しているんだから、泳ぐのは楽でしょ?」

「この、人があんたの身を心配しているのに、魔梨沙!」

「そう言うことはないんじゃないかしら、魔梨沙。ちょっと待ちなさい!」

 

 そして、二人で遊ぼうと思った魔梨沙は、挑発をしてから湖にドボンと飛び込み逃げた。珍しく調子に乗った魔梨沙を追いかけ、霊夢も、アリスすら疲労を忘れて追いかける。

 しかし、当然のように普段から運動不足のアリスは魔力でカバーしてすら追いつけず途中で脱落。そして、運動神経が天才的な霊夢は、魔梨沙直伝のクロールで何度も追いつきかけるが、しかしまるで後ろが見えているかのように魔梨沙はその手を躱す。

 こいつ、水中でも避けるのが得意なの、と驚愕しながら追いかけていく内に、霊夢もガス欠をして、逃げられる。疲れ、プカプカと水に仰向けに浮かぶアリスと霊夢。

 そして湖を一周し、わかさぎ姫に挨拶してチルノの不在を確認して来た魔梨沙が二人を回収して、この小さな騒動は終わった。

 

 

 

 

 

 

「あれ……着替えがないわね」

「はぁ、本当。どうしたのかしら」

「あー、これはイタズラ好きな妖精の仕業ねー。あたしが気付かなかったということは、あの子達がやったという可能性が濃厚だわ」

 

 あの後も、更に遊んだことで疲れてふらふらして頭を回せないでいる二人を、そろそろ昼で霧が出てくるからと引き連れて、ビーチサンダルをぺたぺたさせながら歩いて来た魔梨沙は周囲を見渡す。

 着替えも持ち物も、全て少し他の木々から離れていて目立つ木陰に置いていた筈である。そこにないとなれば、誰かが盗ったか隠したかしたということだろう。そんなイタズラ程度のことを起こすのは、人間か妖精くらい。

 そして、泳いだりしながらもちょくちょく辺りに何者かいないか確認していた魔梨沙の警戒をすり抜けて、そんなことが出来る存在は少ないもの。

 赤い瞳に力を込めて、よくよく見れば、小さな力が三つ集まっている。そこに向かって、魔梨沙は小さな星を投げた。

 

「ぽいっと」

「うわわわ」

「きゃあっ!」

「危ないっ」

 

 大きな音と光を発して、爆発する星。

 そして何もないはずの宙から現れたのは、妖精三匹。サニーミルク、ルナチャイルドに、スターサファイアの光の三妖精は三つの手提げ袋をそれぞれ抱えながら、魔弾の爆発のショックによって目を回している。

 

「あたしにはその能力は利き辛いって何度も忠告しているのに。やっぱりそこら辺は妖精なのね。ほら、アリス、霊夢。ちゃんと手提げは膨らんでいるわ。中身は隠されてなさそうよ」

「あ、こいつらよく神社の近くでイタズラ仕掛けてくる妖精じゃない」

「何、二人共この妖精達を知っているの?」

「幼い頃からの腐れ縁ねー。この子たちが霊夢にイタズラを仕掛けて、それをあたしが能力で見破るっていうのをずっと繰り返しているわ」

「能力で見破る……ということは、先みたいに隠れたり出来るような能力をこんな力のない妖精が持っているっていうこと?」

「そうよー」

 

 そう、大した能力を持たないものばかりの中で、彼女たちは実は破格の妖精である。しかし、見えず聞こえずとも、魔梨沙は力を見つめて相手を把握することが出来るために、彼女たちの力は殆ど意味を成さない。

 

「うーん……って魔梨沙さん!」

 

 茶髪で赤が印象的な洋服を着ていち早く光の衝撃から立ち直ったのは三妖精の中でもリーダー格、日の光の妖精サニーミルクである。

 先ほど姿がまるで見えなかったのは、光を屈折させる程度の能力によって光学迷彩のように姿を隠していたからだった。

 

「痛た、スターの言った通り、あれは魔梨沙さんだったのね……」

 

 そして、次に起き上がってきたのは、着痩せ気味な普段と違って実りを見せつけるその姿から魔梨沙とは違うのではと意見し撤退を遅くしていた、金髪縦ロールが特徴的な月の光の妖精ルナチャイルド。

 そんな三匹の相談がまるで魔梨沙達に届かなかったのは、彼女の持つ周りの音を消す能力によって三妖精の間に響く以上は消されていたためだった。

 

「……だから言ったじゃない、人間は直ぐに成長するって。それに、博麗の巫女と一緒にいる赤髪赤目の人間が魔梨沙さんじゃなければ誰だっていうのよ」

 

 まあ、最初誰のものか確認しないで隠そうと提案した私が悪いのだけれど、とポンポンと、おしりに付いた土を払いながら起き上がってきた、腰までの黒髪とリボンや衣服の青が特徴的な妖精は、星の光の妖精、スターサファイア。

 スターサファイアは動く物の気配を探る程度の能力を持っていて三匹の中でも智将的な役割を持っているが、今回は特に何も出来てはいない。

 

「で、どうするの、こいつら」

「そうねー、普段はお仕置きするところだけれど……今回は被害も特にないし……」

 

 今まで尻叩き等の罰を受けたこと思い出し、逃げたり暴れたりすることもなくただ怯えて集い固まる三匹の前で、魔梨沙は顎に手をあて考える。

 さて、今までは被害があった時にお仕置きしていたが、今回も説教をして開放するだけでいいだろうか。それだけでは何時もと変わらず、魔梨沙が居ない時を狙ってイタズラをすることに変わりないだろう。

 ならば、いいように使って働かせてやれば少しは懲りるのではと考えたが、別に妖精の手が必要なことなんて、と魔梨沙は考え至った時にはたと思いついたものがあった。

 自分に恥ずかしさを覚えろと語る彼女たちが、青空の下タオル一枚で身体を隠して着替えることに照れを感じないなんて事はありえないだろう。なら、今回サニーミルクに限ってはいいように利用してあげられると魔梨沙は考えた。

 

「それじゃあ、あたし達が着替えるところを隠してもらいましょうか。あたしはともかく、霊夢とアリスは恥ずかしいでしょ?」

「そうね……でも、こいつらちゃんと言うこと聞くのかしら」

「魔梨沙、実は周囲に丸見えだったなんて、私は嫌よ?」

「あ、あの。それぐらいで済ましてくれるなら、ちゃんとやりますよ!」

「三人分くらい隠せるわよね、サニー」

「も、勿論よ」

 

 今更そこら辺の妖怪よりも強い魔梨沙の恐ろしさを思い出した三妖精は、もうお尻ペンペンはごめんだと、能力を使うだけという簡単な魔梨沙の提案に乗っかろうと必死になる。

 そんな三匹を見るアリスに霊夢の視線は冷たいまま変わらなかったが、魔梨沙はにこりと笑って目を細めてその視線の熱を強めた。

 

「まあ、大丈夫。手を抜いて、力を緩めたらあたしは直ぐに分かるから。確りとよろしくねー」

「は、はいー」

 

 そうして、三匹から大小それぞれの手提げを取り戻した魔梨沙達は着替えを始める。ルナチャイルドにスターサファイアは、自発的にその手伝いをしようとしたが、むしろ少し邪魔になっていた。

 帽子を深く被って何時もの魔女に戻った魔梨沙は、気合を入れて能力を使ったために少し疲れの色を見せるサニーミルクを労う。

 

「じゃあね。それじゃあ、もうこんなことは止めるのよー」

「と、いうよりもなんであんたら私を付け狙うのよ……」

「同レベルに見られているんじゃない?」

 

 それぞれ夏用の衣服に着替えた三人は、強い陽光に炙られ直ぐに引いた汗が湧き出る前に、飛び立とうとした。しかし、そこで声がかけられる。

 

「あのー。魔梨沙さん達。泳いでいる時に素敵な服を着ていらっしゃいましたけど、あれは何処で手に入るものなのですか?」

「サニー。せっかく私達を放って去っていくというのに……」

「ルナの忠告も、もっともだけれど、でも、気になることは確かね。素材も河童の服みたいだったし、あれは人里で最新の水泳するための洋服だったりするのですか?」

「うふふ。そうねー、あの水着は確かに人が作ったものだけれど、ちょっと紹介するのは難しいわ。河童に頼んでみたらどう?」

「河童みたいな妖怪が妖精の相手をしてくれるわけないじゃないですか……」

「でも、吸血鬼はもっと相手にしないのよねー」

 

 吸血鬼、という言葉にビクリとする三匹を眺めながら、魔梨沙は少し思案した。何時も迷惑をかけてくる相手の望みを叶える必要なんてないが、でも興味が移ればイタズラをする回数が少なくなるかもしれないと考えられる。

 とはいえ、わざわざ河童やレミリアに頼みに行くのも面倒だと思って無理だと断ろうとする、そんな魔梨沙にしかし多少の申し訳無さが浮かんでいたのを見たアリスは、魔梨沙が何か言おうとするその前に、口を挟んだ。

 

「仕様がない。私が見繕ってあげるわ」

「そういえば、魔界からなら水着の一着や二着簡単に取り揃えられそうだけど、紫から輸出入を規制されているって言っていたのに大丈夫なの、アリス?」

「まあ、水着三着くらいなら。でも、妖精の水着なんて、河童から買ったあの材料から私が作った方が早そうね。まあ、人形に着ける水着の練習と思えば、それも悪いことではないかもしれないわ」

「あんたも変わり者ね。妖精に施しを与えても、何も返ってこないのに」

「妖精相手に見返りなんて期待していないわよ。ただ、そう……気が向いたからね」

「ふーん……」

 

 アリスは、自分に邪魔のならない範囲で頼られれば助けるが、普通は今回のように横から出てきて援助をしようとすることはない。

 ただ、今回は魔梨沙の表情が陰ることが気になってしまい、思わず手が出ただけ。それを察して、ついでに話が纏まって満足そうにニコニコしている魔梨沙の表情を見た霊夢は胡乱な表情をした。

 

「ありがとうございます! えっと、アリス、さん?」

「アリス・マーガトロイドよ。陽光の妖精さん。一番わかり易くて安心なのは……魔梨沙の家かしら。二、三日後に魔梨沙に渡しておくから、忘れていなかったらその後に受け取ればいいと思うわ」

「私、絶対に忘れません! 魔梨沙さんも、その時はよろしくお願いします!」

「そうね。あ、そうだ。あたしの代わりに鬼が出迎えするかもしれないけれど、別に取って食われたりはしないから、安心しておいてねー」

「お、鬼? そういえばルナが持ってきた新聞で見たような……あ、そうだ、アリスさん。水着、っていうのは色とか柄とかのリクエストは出来ます?」

「まあ、ある程度なら大丈夫よ」

「わぁ! それじゃあ、あの……」

 

 サニーミルクを筆頭に、三妖精はアリスの元へと集っていく。そうして、彼女らは口々に自分の希望を言い始める。それを一斉に頭に入れるアリスは大変であるが、雑多な入力にむしろインスピレーションを刺激されたりもした。

 霊夢はつまらなそうにあくびをし、そして魔梨沙は期せずしてアリスに親しくする者が増えて良かったと思い笑顔のまま三匹と二人を眺める。

 そしてそういえば、この三匹も自分たちと一緒で、赤系色、それに金髪に黒髪という組み合わせだと思いながら、魔法瓶を開けて一口呑んだ。

 同じく竹筒にて水を飲んでいる霊夢と一緒に、輪の外から慌てるアリスを眺めて、魔梨沙はふと思う。

 

「玄武の沢辺りでなら大丈夫だろうけど、ここら辺で遊ぶとチルノが束ねる妖精たちと鉢合わせしかねないわね。あの三匹が嫉妬されなければいいのだけれど」

 

 魔梨沙の想像通りに、絡まれた三妖精はチルノと仲違いをして、本来のものよりも早く妖精大戦争が始まったりもしたが、未来の変化には誰も気づくことなく。また、そんなことはどうでもいいことだった。

 ただ、三人と三匹は、霧が出始めた湖から離れ木陰に移動しながら、蒸し暑い夏を堪能する。魔梨沙にとっては、再び背筋を通い始めた汗が印象に残る、そんな一日だった。

 

 

 

 


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