霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第三十三話

 

 

 

 蓬莱山輝夜にとって、この永い夜は非常に刺激的だった。それこそ、永遠の魔法をかけて停めてしまいたいくらいに、素晴らしいものと思えてならないものだ。

 

 この夜の始まった頃はそれほどの感慨を抱いていなかったと輝夜は記憶している。来るかもしれない妖怪変化を楽しむ心は僅かで、名前とこじつけだけの術で空を弄る永琳の力への驚嘆も少なく。

 しかし、輝夜は永遠の術を解除した屋敷の中で動く事態を見送り出す。始めは永琳の表情の変化に、心動かされた。思わずどうしたのかと訊くと、夜が停まり出したと返される。

 輝夜が天を仰いで見れば、確かに幾つかの力によって夜空は不細工な形ながら永遠に近いものとなっていた。妖怪たちの力が時の域に届いている、そのことが永琳にとっては想定の範囲内でありながらも悪い予想と似通っていたようだ。

 永琳はそんな相手の自尊を、枷をつけたごっこ遊びでどれだけへし折ることが出来るか険のある表情で計算しながら、ひょっとしたら貴女の出番もあるかもしれないわね、と輝夜に伝えた。

 

 これには輝夜もつまらなそうにしていた顔を綻ばせざるを得ない。聞き及ぶに、ここ幻想郷ではその世界のバランスを壊さないよう異変を起こす側にもルールを守る必要があるそうだ。

 妖怪がどうなろうとどうでもいいと思う輝夜自身は幻想郷というものに対する帰属心はなく、その維持などあまり気にはしていないが、だがしかし、ルールに則ることには乗り気である。

 何時からかしばしば殺し合いを演じるようになっていた藤原妹紅が、今夜は優雅に負かしてやると少し前にやり方と意義を教えてくれた遊び、弾幕ごっこ。

 最近、随分と嵌り込んでしまったその遊戯で自分の持つ宝の表現を打ち上げ遠慮無く競わせることが出来る機会があるとなれば、それは非常に望ましいことである。

 

 そう思っていたが、永琳はここに来て、以前それとなく口にしていた策を持ち出す。彼女はこの日のために弄りに弄った永遠亭の無限に思えるほど沢山な襖扉の一つに月を隠した異界を繋げて、中に輝夜を隠したまま封印を施すという。

 そして輝夜が隠れている間に、自分が偽の月への経路にて囮になって惑わし、相手が夜を止めるその力尽きるまで歓待をすると。輝夜は、それじゃあ私が遊べないじゃないという言葉を、飲み込むことが出来なかった。

 しかし、姫が出てくるようなことは最悪の事態、そんなことはさせられないわ、と嘯く自分の従者には何か考えがあるのだろうと、そう思い輝夜は自由にさせることにする。隙を見て、自分も自由に動こうと企みながら。

 

 そして、封印の中で待っていた輝夜に機は訪れる。情報は、飼っていた玉兎の扉越しの報告によってもたらされた。

 内容は、妹紅が来たので追い返したという、それだけのもの。しかしその言葉は輝夜にとってこの場から抜け出す理由には充分である。

 玩具(ゆうじん)と遊ぶのに邪魔は要らない。輝夜ちゃん遊びましょ、と来たら、はあいと返すのが当たり前のこと。

 元より我儘から罪人に至った輝夜である。保護者の目を盗んだ深夜徘徊くらい、平気でしてしまう。強引に軽い封印を破った輝夜は、遊びに来たのだろう妹紅を求め、よく目の利くイナバから能力を用いてまでして逃げ出した。

 永遠亭内を探しまわる鈴仙を他所に、気配を隠しながら、輝夜はゆるりと妹紅宅へと向かう。竹の葉の擦れる音に聞き入りながら、見上げた赤い瞳は天を留める力がどんどんと弱まり、失われていく様を眺め続けた。

 そして、形もなくなったボロ屋の上空で、玩具が自分以外と美しく遊んでいるのを目撃して。

 やがて勝ちを収めた人間が、親しくはなくとも遊ぶのを楽しみにしている大切なモノを自分の元から解き放つような言葉を放つのまで認めてから、ついつい彼女は声をかけてしまったのだった。

 

「それからが、本当に面白かった。そして、今が最高潮。ああ、時は止められても、受ける心は変わってしまう。美しさはなんて儚いのかしら」

 

 輝夜は気配を隠しながら、魔梨沙と永琳の二人が展開する美しい弾幕の全てを望める遠距離にて絶景を慈しみ抱きしめた。その手が空を切ることを、彼女は虚しいとは思わない。

 計画が破られてしまうという危機感と、本気の永琳と渡り合える人間に出会えた感動。それは、もはや最初に抱いていた安心とは余りに異なる心境であった。そう、お転婆な輝夜は内心で平和を望んでいなかったのだ。

 

 輝夜のために、永琳は地上に月の民がやって来るのに必要な満月を隠す秘術、天文密葬法を用いて本当の満月を隠し、夜空には欠けた月を浮かばせた。こうすることで、普通には月の使者は普通に来られなくなる。

 ただ、そうしても横道が無いとはいえない。例えば、それこそ永琳の弟子で現月の使者の長たる綿月豊姫は、海と山を繋ぐという、要は量子的に見て可能性があるならばどんなことも起こりえるという理屈を利用した能力による移動を可能にしている。

 そんな豊姫が腰を上げた場合と、夢を使った移動等によって月から地上へ月の使者が来ることが考えられるが、しかし幻想郷に繋げるには玉兎からの報告くらいの情報では足りないだろう。

 それに、邪道であればあるほど、対処に容易いというのも、永琳の弁である。

 そも、戦争があるというのに一玉兎を連れ戻すのに常道以外という手間のかかる手段を取る筈もなく、また天文密葬法が成れば月へと向かう地上の民は、偽りのものへと迷うようになるために戦争そのものが起きることもなくなるだろう。

 だから、輝夜はこの計画が成就すれば以前と同じく平和が訪れると安心していた。何時もどおりでつまらないと思う、そんな自分を無視して。

 

 しかし、そんな望ましい全てをぶち壊しにしてくれるような可能性、それを輝夜は魔梨沙の中に見出した。

 ただの人間が及ばずとも永琳に匹敵し始めたというそんな異常を見て、輝夜は確信する。どうなるか分からないそんな不明を、永琳という明るすぎるものの隣で、密かに望んでいた自己を。

 別に破滅したいわけではない。だが、偶にはこんな不安定もいいではないだろうか。つまらない永遠よりも刻々と変化して先の見えない須臾こそ、輝夜の性に合っていた。

 

「ても、信じているわよ、永琳。頑張って」

 

 自分の最高の宝物。親代わりの家族。何時も澄ました顔の元教育係の困り顔を見ながら、輝夜には判らないこの夜の結末をより良いものに引き寄せるために、応援する。

 眩しい弾幕は闇夜にこそ映えるから夜は留めたままであるが、二人の対決がどう転ぼうと終われば永遠を解こうと輝夜は考えていた。

 そして、もしも永琳が負けてしまうようなら、大人しく白旗を揚げ、歪な月も正させるだろう。

 もう、輝夜自ら遊ぶ気は起きない。先程より更に広がり、煌々とした表現を更に深々と魅せつけてくる二人の弾幕合戦に、輝夜は満足し始めていたのだ。

 

「私が用意していた金閣寺の一枚天井ですら、薄くて温い。それだけでなく、私にですら理が透けて見えるほど緻密な弾幕。でも未だそれを避け続けられているなんて……霧雨魔梨沙とやらは何者なのかしら?」

 

 赤と青の表現の中、周囲を紫で歪ませて計算を狂わせながら我が道を行く、その有り様は【何かの間違い】のようにすら思えてしまう。

 それを正解ばかりを出し続ける永琳が、どう対応するか、輝夜には気になった。そして、彼女は魔梨沙自体にも興味を持つ。

 

 

 

 

 

 

 スペルカードに記すほどの弾幕が本気によるものであるのならば、一枚を取り出すその間隙を埋める弾幕は手を抜いた急造のものであるといってもいいかもしれない。

 しかし、永琳が一向にスペルカードを出さずに、上下左右球状に世界を埋めんばかりに広げる弾幕は、とても手抜きの代物とは思えないところがあった。

 周囲に広まるのは、力の海より現れてくる、蒼き珠。出来ては消えるその至玉が、永琳の発する赤い米粒弾の渦を避けることの邪魔をする。

 上下左右、どこかに抜け道はあった。だがしかし、その先には残った赤色や新たな青が待ち受ける。

 そのあまりに偶然にしては出来過ぎな出現するタイミングが、仕組まれたものであるというのは、弾幕慣れした魔梨沙には一目瞭然であった。

 もっとも、それを知覚と予想のみで上回ることは不可能に近い。永琳は、魔梨沙の動きの限界などとうに見切っているのだ。図抜けた回避力をもってしても、一気に二人の周囲の天を半球分も青く彩らせるその青色小玉弾は縫いきれない。

 理屈では不可能でないが実際問題避けられないのならば、どうすればいいのか。そんな難問は、流れ星が解決してくれた。杖を握った手を振り紫色を前方に散らす魔梨沙は、その赤い瞳をこれ以上無く凝らしている。

 

「うふふ。判らない問題なんて、塗りつぶして消してしまえばいいわー」

 

 害意に溢れた青色など、より深く暗い紫色で混濁させてその体を保てなくさせてしまえばいい。

 そう、魔梨沙は前兆を探知し、出現するだろう場所に割りこむようにして紫の力を飛び込ませることで、一部を発させることなく散らせることに成功していた。

 そして、少しでも隙間があれば、そこを道とするのが魔梨沙の手管。霊夢のように柔軟に、更には天狗のようなスピードを持ってして、魔梨沙は溢れさせた魔力にて宙に絵を描いた。

 

「相殺出来ないなら、出来る前の無防備な姿を狙う。けれども、言うは易し行うは難し。この力の海の中、余程力を見つめていなければ、そんなことは成せる筈もないのに……」

 

 永琳は、時折来る紫の星を魔法の骨だけを取り出したかのように無駄のない術の陣で防ぎながら、周囲をびゅんびゅんと飛び回る魔梨沙を見る目を鋭く尖らせる。

 紫の軌跡を両目で追いかける最中でも、永琳が弾幕を放出するのと現出させる速度は弱まることはない。彼女が形作っているのは普通に通るのは魔梨沙といえども百に一度は成功するかというくらいの難易度の、紅き花弁舞う蒼き珠の檻。

 指揮者はあまりにも上手だ。点描に振りかけられた紅い粒子は、全てが永琳の意図する通りに動き、既に魔梨沙が技術によって乱すことすら容れて美麗な体を成していた。

 

「夜中というのに目を細めればまるで、落ち葉舞う、秋の蒼穹を飛んでいるようねー」

 

 しかし、それでも弾幕が魔梨沙に当たることはない。もうとっくに売り切れの幸運などでは語れずに、運命という言葉ですら陳腐に思えるその必然的な回避は、永琳から見てもあまりに異常だった。

 だが、あり得ないとは言えない。この問題の最適解を出すのは、永琳にだって出来るのだから。それでも、目の前で展開されれ続けている弾幕から瞬時に導き出すのは、それこそ永琳に通じるものを持っていなければならない。

 当然、賢者の知略を解せるほど魔梨沙の頭の出来は良くはなく。しかし、磨きに磨かれたその能力は最高のものであった。対する二人の間に結ばれるは、赤と青の視線。

 

「恐ろしいわね……」

 

 赤が、自身の瞳の中にまで侵食してきたかのような感覚に、永琳は目を瞬かせる。それが錯覚ではないのは明確だ。

 永琳は、自身の【知力】すら見つめられていることに気付き、久方ぶりに怖気を実感する。恐らくは、それが波及する様が理屈でなく直に魔梨沙には見て取れているのだろう。彼女の持つ知の力が大きすぎるため、非常に解りやすく。

 まさか、己が智謀の深さが逆に利用されようとは、永琳は思いもしていなかった。驚きは大きく、そのためか様々に思いつく対処法の中に決定的なものは出て来ず。

 珍しく悩んでしまったその隙を縫って流れ星は白い弾を引き連れ飛来する。入念に激突時にちょうど二つ重なるように仕組まれたその五芒は、強固な防御陣に罅を入れて使い物にさせなくさせるには充分な威力を発揮した。

 考える暇など最早数瞬しかない。諦めた永琳は、対峙した時手に持ち暗に提示していたスペルカード二枚の内一枚をここで切る。

 

「くっ、秘術「天文密葬法」!」

 

 その弾幕は全方位に向かって、細かく暗い青色をした米粒弾が牽制を行うことで始まった。

 至近に居た魔梨沙はそこから退くが、すると、その隙を狙って永琳は手元から輝く星々のような使い魔を次々と生み出し、それを動かして逃げる魔梨沙の周囲全方位に配置させる。

 

「眩しいわー。月の光の中に居るみたい。なら、その中の黒点、あたしは瑕かしら」

 

 出来上がったのは逃げることの不可能な光の檻。使い魔に弾を撃ってみれば、ダメージに揺らめくから、なるほど時間をかければこの包囲網を抜けることは出来るだろう。それを、永琳が許せば、の話だが。

 当然、手隙の永琳が何もしないという事もなく、また空で弓引くその先に力を集めて今度は藍色の中玉弾を作り出し、それを弾いて魔梨沙に向けて飛ばす。

 藍が使い魔に触れるその瞬間に、この弾幕の真価は発揮された。なんと、何の変哲もなさそうなその弾は光の網を通りぬけながら、使い魔たちに力を与え、魔梨沙に向かっていく。

 そして与えられた力によって震えるほど使い魔の光が高まった途端に、青黒い弾幕が周囲に放たれた。魔梨沙は青い玉を軽々と避けたが、それが通った道程にある前後の使い魔がばら撒く暗い色の飛沫に四苦八苦させられる。

 蒼球の射出は、一度では終わらず、時間をおいて二度三度放たれた。その度に、赤色、桜色を基調とした暗い色が魔梨沙の周囲を彩る。

 動きを制限された中で、強制される回避。使い魔を破壊し逃げることに気を取られれば、気付かない内に弾幕に触れてしまうのがオチである。

 

「でも、これくらいじゃ駄目ね」

 

 バラマキは偶然的であり、先ほどの幕間の弾幕と違い、読まれることはないだろう。しかし、ただ多く隙間の薄いというだけの弾幕で、魔梨沙を墜とすことなど出来るものだろうか。

 

「うふふ、こんな不完全な月なんて直ぐにあたしが新月にしてあげる!」

 

 深まった、魔梨沙の笑顔が答えだった。なんと、あろうことか整然と並ぶ蛍のような使い魔を破壊することに集中しながら、彼女は細かい粒に丸い弾をひょいひょいと避けている。

 やがて、全ての使い魔を退治してから、魔梨沙は永琳に向かい直った。少し上の位置から、斜め下に青い目を見て。

 

「うーん……慣れていないと、永琳貴女でも実力を十分の一も発揮させることも出来ないのね。いいわ、その分ハンデをあげましょう。スペルカードは全部捨てる。そして、これからは弾幕を歪ませることもなく、全てを避けるとあたしは宣言するわ」

 

 そして、魔梨沙はビットを帽子の中に引っ込め、懐に持っていた、全てのカードを捨てた。ひらひらと、木の葉のように宙を舞う三枚を認めながら、永琳は表情を変える。

 作られたのは凄絶なまでの、真剣な表情。美人が歪ませたそれはあまりにキツいものであるが、魔梨沙は笑ってその変化を受け入れる。

 

「……これでも私には薬学の心得があるわ。ありとあらゆる薬を作ることだって、出来る」

「それは凄いわねー」

「でも、貴女に付ける薬はない。その曇った目も覚めるような弾幕を処方するしかないようね!」

 

 そうして、ここで永琳はようやく本当の意味で本気になった。異世界中に広まったその力は、荒れに荒れて周囲を乱す。

 揺れる空間の中で、それでも笑みを崩さない魔梨沙に、永琳は憎たらしさまで覚えた。

 永琳は普段から輝夜の世話をしている身である。下に見られることくらい、覚悟していた。しかし、力の全貌を見せた相手に見くびられるなど、許しがたいものだったのだ。

 本来なら、畏れられるのが当たり前。月人、神、それ以前に太古の人間としての矜持。それが永琳と並べては話にならないほど年下の少女に乱されて、揺らぐ。

 それを守るための戦いは、最早遊びではない。これは方法が限られているだけの、真剣勝負。見せつけたカードを持つ手には、力が篭もる。

 

「これで終わりよ……「天網蜘網捕蝶の法」!」

 

 永琳が宣言したと同時に、魔梨沙の周囲には再び青色の弾が浮かび上がった。いや、それは永琳の周りまで、更には空間の全方位に創り出されたようである。

 あまりに夥しい青色をした星々は、天蓋を彩る宇宙より綺羅びやかに力を魅せて、そしてお互いに干渉し始めた。

 点と点は、結ばれる。力の青い線によって区切られた、宙は捕虫網の中のような様体すら見せ始めた。

 光点が無数であれば、光条は最早無限にすら思えてしまう。魔梨沙という蝶を捉えるために張った永琳の蜘蛛糸は、周囲を切り裂き区分し、著しくその動きを制限していく。

 

「なるほど、これは制限型の弾幕の究極ね……」

 

 赤い髪を揺らしながら、魔梨沙は隙間を探る。しかし、潜り込めたその間隙から逃れるのは不可能であることが判り、彼女も覚悟を決めざるを得ない。

 そう、これから来るであろう弾幕を、身動ぎするだけで服の端が焦げるような僅かな空間において避けること、それを認めて。

 果たして、限りなく続くこの空間の全てを人間大に区切るだけの力など、如何程のものか。全てに手抜きなど許されないピンと張られた力の渦中で、魔梨沙も永琳のその力を下方に見ていたことを自覚する。

 十分の一も出せずとも、これなら充分なのだろう。そう魔梨沙は頭の中で理解を転がす。なるほど果てのない最強の力。全てにおいて優れた永琳は、きっとバベルの塔のように自信を募らせていて、それにきっと自分は触れたのだ。

 虎の尾、龍の逆鱗、その程度の表現では下らない。比肩絶無の存在の怒りを向けられた魔梨沙は、そのために一瞬緊張した表情をしかし再び綻ばせて、笑った。

 

「きゃはは! いいわ。力で押さえて来るのなら、あたしも力でそれを破ってみせましょう。回避力、能力、それでも足りないのなら――――より魅力的に」

 

 永琳はその言葉を無視して、線の中心光れる弾に力を送り分裂させ、今度は上下に同型の球状の力を移動させる。その様はまるで、蜘蛛の巣を縫っていく、雨粒。逆しまに昇っていくものもあるために、美しさ脅威ともにそれどころではない。

 これを避けるのも、もしかしたら不可能ではないかもしれない。しかし、どれほど無様を晒せばこんな弾幕を避けられるのか。

 隅にて、衣服に身体に傷をつけながら、身体をくねらせ、逃げる。そんな情けない行動を取らなければ、殆ど身動きの取れない中で上から下から自分に向いくる自身と同じくらいの大きさの球を避けられる筈もない。

 まあ、そんな様を見れば溜飲を下げられるかと思い、眩しすぎる力に満ちた弾幕の中で、魔梨沙の姿を探す。

 

「は?」

 

 その姿を見つけた永琳は、驚きから開いた口を塞ぐことは出来なかった。それは、彼女にとってほとんど初めてのことであったが、そんな無様についての感慨も抱くことは出来ない。

 青く区切られた虚空は移ろって、僅かな時間を置いて形を変え直ぐに張り直されるレーザー光線の中で、魔梨沙は確と浮いている。手を広げその目を爛々と輝かせ、グレイズ音に包まれながらも、その背をピンと伸ばして。

 そして、魔梨沙は、青に照らされ、一角から一角に移りながら踊る。明らかに非効率、でもどうしてだか当たらない。

 隙間は僅か、そこで避けるには身体を捻らせ頭を下げなければならなかった。しかし、流れるように行われたその様は、まるで無様とは程遠い美麗なもの。

 威力の高い球が迫る。それを魔梨沙は包み込むように抱きしめ、服を焦がしながらも、自らの隙間に容れ、そして離した。

 力を込め、無理に形作られた網の中、魔梨沙の形はあまりに緊張がない自然であり。全体から見て正しく彼女は【バグ】。可憐な蝶だ。

 薄青い世界の中で、魔梨沙は、まるで森羅万象【全てから浮いている】ようだった。

 

「あっ……」

 

 美しいものなど永琳は見慣れている。しかし、久方ぶりの未知のものに、彼女の目は惹きつけられてしまう。至上の難問、その回答があまりに魅力的だった。

 そう、博麗の奥義を自分なりに取り込んで発揮した魔梨沙の姿、様々な圧力すらなかったように距離を置くその有り様には一目置かざるをえないものがある。

 見惚れて、動かないでいたことに気付いたのは、その身に強い衝撃が走ってから。気づかない間に迫っていた紫の魔力弾が、永琳を天から墜とす。

 久々の感覚に、知らず伸ばしたその手。逆さに墜ちていくのであるから、それは地に向かう。再び飛び上がるのも忘れ、握った掌は空を掻く、その筈だった。

 

「ふぅ。まさか、永琳が負ける所を目にすることが出来るなんて、長生きはするものねー」

「輝夜……」

 

 華奢な腕が、力強く永琳の身体を持ち上げる。永琳のその手を握り返したのは、輝夜だった。

 どこか虚ろな表情の従者を目にして、輝夜は溜息を一つ。そして、彼女は魔梨沙のように表情を綻ばせた。

 

「やっぱり弾幕ごっこって素敵ね。最終的により美しく戦えた者が勝ちを収めるから納得できる」

「……そうね」

「おまけに、徒に傷つけ合うわけじゃないから、遺恨も起きない。たとえば、永琳貴女がもし一度でも殺されていたら、私はそうした相手を永遠に許せないでしょうし」

 

 まあ、蓬莱人の死なんて須臾に忘れてしまうかもしれないけれどね、と戯けながら輝夜は近寄って来る魔梨沙を眺め見る。

 近づくにつれて、余裕たっぷりに思えたその姿がまるきり健全ではないことが、よく見て取れた。服は傷ついているし、全身傷んでいる。しかし、その全てが擦過した痕でしかないことが、魔梨沙の非凡さをよく表していた。

 しかし、頬に腕に露出する赤い傷口は痛いのだろう。お腹の部分の布地が消し飛んでしまったことを涼と向けた手が臍に触れたことで解しながら、笑顔から一変、魔梨沙は顰め面を見せる。

 

「夜風で痛いしお腹が冷えちゃうわー。それで、次は輝夜? 貴女のお母さんみたいな人、永琳はとても強かったわよー」

「ふふふ。永琳がお母さん? 保護者、という意味なら間違っていないけれど、全然似てはいないでしょうに、面白いことを言うわね」

「あれ、違うの? 妹紅と違って永遠を呑み込んでいる二人、よく似ていると思ったのだけれど」

 

 魔梨沙が首を傾げるのを見て、蓬莱人の主従はまた少し驚かされた。呆ける輝夜の隣で、早々に気を取り戻した永琳は嬉しそうに微笑む。

 

「やれやれ……せめて、姉妹と言って欲しかったわね。でも、文句を言う資格もない。負けた私は、大人しく術を解くわ……輝夜、いいえ、姫様はどうします?」

「そうね――――霧雨魔梨沙、貴女は私の最高の難題を見事解いてみせた。私も負けを認めるわ。ご褒美をあげたいところだけれど、何がいいかしら?」

「それじゃあ、止めた夜を戻して……いるのねー。なら、そう。先ほど何だか焼け焦げた家があったじゃない。異変解決を優先しちゃったけど、出来たらそこで倒されていた子たちを介抱してあげたいの。ここの軒下でもいいから貸してほしいわ」

「あの、纏めて置かれていた幽霊に妖怪に人間達? 種族が違うというのに、随分と親しくしているのね」

「友達だもの。当たり前だわー」

「そう……」

 

 躊躇いなく、魔梨沙は笑顔で、人と妖怪共にある奇妙な者達を友という。本来なら対立しあう者同士が手を組み合うことを良しとするなんて、おかしなことだ。

 或いはそれが、ここ幻想郷のスタンダードだというのだろうか。輝夜には、どうしてだかそれが酷く羨ましく思った。

 

「……なら、貴女は私とも友達になれるの?」

 

 だから、ついつい輝夜は魔梨沙に訊いてしまう。思わず表情に出たのは、僅かな驚きと不安。そんな気持ちを受け取って、魔梨沙はふわりと笑った。

 この場で誰よりも年若い少女は、永遠の少女達を受け容れ、美しく表情を歪めさせる。改めて、笑顔が一番に似合う子だな、と輝夜は感じた。

 

「うふふ。勿論よー。異変はもう過去のこと。今から、お友達になりましょう。勿論、永琳もね」

 

 止まった夜は魔法が解けてからすぐ自然によって修正されて、早回しのように星は廻り夜明けはやって来る。幻想郷の空と同期させているこの異世界の空にも、同様に太陽が昇った。

 美しい朝焼けの中、逆光によって紫色の姿は黒く隠れる。しかし、その表情が変わっていないというのは、火を見るよりも明らかだった。

 恐らく、魔梨沙には、眩しさに目を細めた自分の姿はよく見えているだろう。輝夜は、永琳の手を引き、応えるために、これ以上ないくらいに上等な笑顔を作る。

 

 輝夜にとって、この永い一夜は、非常に心地よく、胸満たされるものだった。何しろ、蓬莱の薬をあげてつなぎ留めてしまいたいくらいに素敵な、新しい友人が出来たのだから。

 

 

 

 


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