霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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日常④
第三十五話


 

 

 山風冷たく吐息も地面も白く染まる、幻想郷の冬。寒さ深まる中で、更には夜の帳が下りた今となっては、外にて騒ぐものなどねぐらのない妖怪妖精くらいのもの。

 人里離れようがそうでなかろうが、大衆の集まる居酒屋などでない限り、人々は家屋の中にて硬く扉を閉ざして暖を取りながら団欒を楽しんでいる。

 そんな師走の二十四日夜。幻想郷の外では騒々しくイルミネーションや紅白が目に入るそんな日も、しかし文化が渡来し損ねていれば誰に意識されることもない。

 ここはクリスマスという言葉を知っているものすら少数派な隔絶された隠れ里。欧州の方からやって来た紅魔館の住人や、現し世も見つめる境界の妖怪や、外来本も扱う貸本屋等は理解していたが、それを皆と広く楽しもうとすることはなく。

 だから、世間は年明けに向けて動いているが、それでも降誕祭の日を祝う振りをして騒ごうとする個人が居ないこともない。

 そう魔梨沙はただ一人前世の慣習を引き摺って、今年もイブとクリスマスを家族で過ごす日と定めて特別に暮らそうとしていた。

 

 

「来たわよー、霊夢」

「いらっしゃい、魔梨沙。今年も来たのね。……また、大きな白い袋を持って」

「霊夢、私も居るぞ」

「妹同伴というのも、毎度のことね。あんまり、長く開けてると寒くなっちゃうから、早く入ってきてよ」

「はーい。雪、大分へばりついているわねー」

「姉ちゃんの方が前に出ていた分、真っ白じゃないか。これじゃあ、色のバランスが悪いぜ」

「ありがとうー」

 

 ちらほら降っていてお手製のサンタ帽子等に付いた雪を、魔梨沙達は博麗神社の母屋としての玄関にて姉妹揃って落としあう。

 ニコニコと笑顔の長女に、少々気恥ずかしげな次女。そんな少女二人の仲睦まじい光景を、霊夢は見つめる。何となく間に割って入れないまま疎外感を覚えながら、しかし本当なら二人は他人同士であった筈なのに、不思議なものだと思う。

 そう、まさかこの姉妹の血が繋がっていないとは、にわかには信じがたいところだ。それくらいに、魔梨沙には霧雨の苗字が似合っている。

 だが、もし魔梨沙が落ちたのが博麗神社であったのならば。彼女は博麗の二文字が似合う、自分の姉になっていたのだろうか。そう思うことを女々しいと考えながら、霊夢は紅白の帽子を抱く魔梨沙を離れて見ていた。

 

「で、霊夢。寒い中来た客に、熱いお茶のもてなしはないのか?」

「出涸らしでいいのなら勝手にどうぞ。お代は表の立派な木箱に入れてちょうだい」

「もうちゃりん、ちゃりんと入れておいたわ。それでいいかしら?」

「結構よ」

「全く、姉ちゃんは霊夢に甘いよな。もしかしないでも、ここの賽銭って九割方は姉ちゃんが入れたもんじゃないか?」

「失礼ね。八割くらいよ」

「やれやれ……前訊いた時よりも一割増えちまってるじゃないか。それじゃあ、失礼するぞ」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい」

 

 背を向けながら、お座なりに歓迎の文句を口にした霊夢は、真っ先に置炬燵へと足を入れて暖を取り出す。

 霊夢は魔梨沙が扉を閉めるのを確認してからこたつ板に顎を乗せて、足元からじんわりと感じる熱をどてらを確りと羽織り直しつつ再び取り込み始めた。

 そんなやる気のない姿に金髪の少女は、おさげを気にしてから忍び笑いを漏らす。相変わらずのマイペース。しかし、彼女は霊夢がなんだかんだ今日を楽しみにしていたことを知っている。

 仕方がないわね、と言いながら白い上等な袋の中を漁る魔梨沙の立てるゴソゴソとした音に霊夢が耳を傾けていることすら、親友であるからにはよく理解していた。

 

「じゃじゃーん! 早速あたしからのクリスマスプレゼントよ。霊夢にはこれでやる気を出してもらいましょう」

「ふーん、中身は何かしら……どれどれ」

「あ、せっかく綺麗に包装したのに、見もせずビリビリに破かないでー」

 

 紫色の包装用紙で成されたラッピングを霊夢は遠慮無く破き捨て、そして中から紙箱を取り出し、開ける。

 すると、誂えたのだとひと目で分かるような触りの良い布地が一枚。紅に白が模様を作るそれは、広げてみると中々に大きく、端にはボンボンが付いた紐があった。

 

「……何コレ?」

「それは時折あたしがしているような、ケープよ。被って首元で留めると暖かいわー。どてらを着て表に出るよりオシャレでいいかと思って作って貰ったの」

「私が今しているのと色違いだな。霊夢が赤で、私が青か。去年のプレゼントもそうだったけれど、姉ちゃんは、私等をセットにするのが好きだな」

「二人共あたしの可愛い大事な妹分だからねー」

「よく、素面でそんなことを口にできるものね」

「全くだ」

「可愛げがない子たちだわー」

 

 つれないことを言う二人だが、彼女達が気を良くしているというのは意外と分かり易い。口の端が下がらずにむしろ僅かに上がっているのがその証左だ。

 それに気付かない魔梨沙が最後に入り、三人は揃って炬燵で丸くなった。びゅうびゅうと吹く北風は存外中に入って来ることはなかったが、それでも気温は随分寒くある。

 

「うう、寒い寒い。やっぱり冬は苦手だわー。でも、南半球にでも行かなければ、サンタさんにプレゼント貰えるのは冬しかないから、楽しみではないとも言えないのよね」

「そういえば私、魔梨沙が言うサンタクロース、っていうのを見たことがないのよね。何やら私の枕元でコソコソしている紫色の影は見たことあるけれど」

「ま、幾ら姉ちゃんでも霊夢の勘をすり抜けられるわけないからなぁ……」

「それはそれは、あたしが寝ぼけて彷徨っていた姿じゃない! サンタさんは居るのよー!」

 

 だからといって、このまま徒に時を過ぎさせるのは得策ではないと、魔梨沙は口を閉ざさず会話を繋げた。

 今日一日博麗神社に泊まってから翌日は霧雨店に行き、その夜にサンタクロースの真似をして子供っぽい知り合いにプレゼントを夜な夜な配る予定の魔梨沙に、彼女が求める団欒の聖夜は今日ばかり。

 故に、真に家族の居ない霊夢に今くらいは温かみを覚えて欲しいと、魔梨沙は努めて明るく振る舞う。

 

「そういえば、姉ちゃんがサンタクロースのことを紅白の爺さんって言っていたから、最初は霊夢のことをお人好し爺の孫か何かと思っていたな」

「あんたが初対面からやたらと気安かったのは、そんな理由だったのね……」

「まあ、子供に夜中プレゼントを上げて回るような変人なんて居るはずがないって理解してから、そんな勘違いも直ぐに失くなったが」

「少しでも信じていたのが意外だわ」

「うーん……この子たち、信じてくれないわー。大人になるって悲しいことなのね」

 

 サンタクロースは、優しく構ってくれる身内の延長線上にある優しいばかりの理想の他人。今世親を信じた覚えのない魔梨沙が、それの存在を認めたことなど一度もなかった。

 かといって、大事な妹分達が、滅私の善人の可能性を信じられない大人になってしまうのは、寂しいもの。

 しかし、時の流れは止まらない。瞳は乾く。無情にも、少女達は変化していく。

 

 

 そう、【少女】のままに。

 

 

「嘘を何時迄も信じていられるかっての。まあ、香霖が間違いないって言っていたからには、明日がクリスマスっていうのは本当みたいだけれどな」

「アリスは家族と過ごす日、ってあんたが毎度言ってるからきっと魔界に帰ったのでしょうけど、そういえば萃香はどうしたの?」

「なんだか地底にそれっぽい知り合いがいるからそこへ行ったらしいわー。後で紹介したいって言っていたから、楽しみね」

「萃香の一族ね……それって、ほぼ間違いなく鬼じゃない」

「あたしは鬼退治も結構気に入っているから」

「だから良いっていうのか? まあ、私は酔っぱらいの姿しか見ていないから分からないが、結構姉ちゃんも相手をするのに苦労したそうじゃないか」

「あれからちょっと、力をつけたから、平気よー」

「……無茶は止めなさいって私、言ったわよね」

「あ、怒らないで、霊夢ー」

 

 しかしそんな幻想的な不自然には未だ誰も気づかず。いや、それはひょっとしたら境界の妖怪も元月の賢者ですらも察することが出来ない事態であるのかもしれなかった。

 だから、何の問題もなく時は流れ。ただ、イブの夜はわいわいがやがやと、過ぎていった。

 

 

「あれ? 昨日は確かに誰の気配も感じなかったのに……プレゼントが置いてあるわね」

 

 そして、朝になって枕元に置かれていた箱を、霊夢は不思議に思う。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。霊夢の勘から逃れながら枕元に物を置くっていうのは大変だというのに、面倒なことを頼む弟子だよ」

「うふふ。仕方がないわー。本物のサンタさんじゃなければ、その代わりの適任っていうのは魅魔様しかいないんだもの」

 

 クリスマスの夜も更け、そろそろ時計の針が上方で纏まろうとしている頃に、何とかバレることなくプレゼントを大体配り終え、空を往く魔梨沙の隣にいつの間にか亡霊がふわり。

 それが魅魔であると瞬時に察して喜色を露わにした魔梨沙は、愚痴を受け流して笑顔のまま。そんな愛弟子を見て、使われた師匠は溜め息を一つ。

 そう、実は霊夢達が寝静まってから、魔梨沙はコッソリと神棚に願っていたのだった。枕元に立つのは亡霊の得意。そして、年季の入った亡霊であり大した魔法使いでもある魅魔であるならば、霊夢を驚かすことなど簡単だろうと考えて。

 勿論不可能ではなかったが、しかし霊夢の勘というのも人智、鬼謀を越えた所にあったりする。安請け合いをして苦労した魅魔は、流石に一言愚痴ることを止められなかったようだった。

 

「それで、ちゃんと言ったものは用意してあるのだろうね」

「勿論よ。でも、本当にこんなものでいいの?」

「なあに、弟子に解らなくても、師匠には解ることなんて沢山あるものさ。この式の価値だって、魔梨沙には解らなくても仕方がない」

「ふーん」

 

 魔梨沙は、魅魔に文字がびっしりと敷き詰められていた一枚の紙をペラリと渡す。書かれていたのは数式のようであり、また魔術的で不明に思える難読文だった。

 力を見つめる程度の能力に頼りきっている魔梨沙に、この式の内容は解らない。しかし、どういうことが描かれているかは知っている。

 

「コレを書いた賢者っていうのは……やっぱりとんでもないね」

「輝夜にプレゼントを上げるから教えてって永琳に言ったら二つ返事で五分も掛からず書いてくれたものだけれど、それはそんなに価値があるの?」

「勿論だよ。この【満月を永遠にする】方法っていうのは面白い。ラグランジュ点を使わずに、魔的な要素を用いていながらここまで簡潔に認めるなんて、並大抵の頭脳の持ち主じゃないよ」

「魅魔様は本当に、満月が好きねー」

 

 魔梨沙はのんびりと感想を言うが、実際問題月の満ち欠けによって力を変える魅魔が、最高の力を維持することの出来る方法を手にしてしまったというのは大変な事態である。

 もし、それを魅魔が使ってしまえば、月に関する妖怪たちも影響を受けて、確実に大規模な異変が起きてしまうのが間違いないくらいには。

 しかし、魔梨沙は疑いもしない。軽挙を行ったのは、それを魅魔がしないということを確信しているからこそ、である。

 

「まあ、確かにひと月くらいはお月様がずっと丸い顔でこっちを見てくれるというのも悪くはないわよね。永遠、ってなると飽きちゃうけれど」

「もし、私がこの方を使おうとしたら、魔梨沙は止めるかい?」

「魅魔様が、使うわけないじゃない。だってもう、そんな魅魔様じゃないもの」

「……そう、思うんだね」

 

 そう、最早魅魔は驕っていない。何時か神だと自称していて、実際神霊になっても、いつしか高く見上げた視線は落ちている。

 誰かと一緒になりたいというのは、その者と視線を合わせたいというのと同じ。魔梨沙のために人の間に目を下ろした魅魔は、今更力ばかりを求めない。

 弟子に力負けしそうになっている今も、しかし焦らずその背を見守る余裕があった。それは、以前になかったものだったが、魅魔はその変化に迎合している自分をよく認識している。

 

 つまるところ、今が良い。だから、このままでいいと、魅魔はそう思っている。

 そんな内心を、魔梨沙は見抜いていた。

 

「まあ、これは私の切り札として取っておくよ。ちょっと式を弄くれば、月の力を借りて私の力を増させる面白い手段になりそうだ」

「あたしにはそれ、意味ないのかしら?」

「只の人間には意味が無いね。だからといって、今すぐ変わる気もないんだろう?」

「そうね。まだまだ可能性を詰め込めるという魅力的な体を捨てる気にはなれないし……それに」

「それに?」

 

 天は曇り潤まずに、空いて月光をひけらかす。たっぷり光を浴びて、ほのかに輝く魅魔に対し、魔梨沙の身体は照っているばかり。

 箒にまたがり空を飛んでいても、魔梨沙はあくまで人間。弱くて、脆く、だから力を詰め込み幾らでも強くなれた。

 しかし、そのための合理ばかりと考えていたが、どうにもそれだけではないようで。そういえば、人間に固執する理由の大本を、魔梨沙の口から訊いたことはなかったと、魅魔は思った。

 

「お姉ちゃんが人間を辞めちゃうと、妹の肩身が狭くなっちゃいそうだから」

「ぷっ……面白いわ。やっぱりあんたはそのままでいいね」

 

 魔梨沙は、少しずれた紅白キャップをかぶり直しながら、魅魔にそう言った。

 師に嘘をつくような悪い弟子ではない。だからそれは間違いではなく本心であり、相変わらずシスコンを拗らせていて死ぬまで変わらないだろう様を、魅魔は笑って認める。

 きっと、最後に一つだけ大きな袋に残した手作りペンギンの人形は、その大切な妹に向けたものなのだろう。

 異常なまでに求めている力より、尚必要とされている妹が少しばかり羨ましいと思わないでもない。しかし、その位置に自分が来てしまえば、大事にされすぎこうして隣で笑えない。

 だから、やっぱりこのままでいいのだと魅魔は思う。

 

「さあて、後ひと踏ん張り。人里、そして人が多い霧雨店に忍び込むのは大変そうねー」

「フランドールの寝所に侵入した時に見たけれど、魔梨沙はどうも盗人になれそうなくらいに隠形が得意だねえ。そんな才能があるってことは初めて知ったよ」

「そうでもないわ。プロのレミリアと比べたら、赤子みたいなものよー」

「あいつも別に、好きで上手くなったわけでもないだろうに……」

 

 聖夜に雪よ降るな。月光の下、変わらぬ寒空を堪能したいから。

 そして、愛する弟子が変わらず近くにあればいい。そんな切なる願いは、幻想的な夜空に消えた。

 

 

 

 




 何とかクリスマスに間に合った……でしょうか。

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