霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

37 / 43
花映塚編
第三十七話


 

 

「花に三春の約ありというけれど……夏秋冬の分まで咲くのは行き過ぎだわー。やっぱりコレは、幽香の仕業かしら」

 

 春が来て、幻想郷は正に花盛り。しかしそれも随分と過剰過ぎるものがあった。

 桜が咲くのはいいだろう。満開のそれらは、風に揺られ宙にて春色をそよがせ目を楽しませてくれる。だがしかし、その付近で梅に向日葵に秋桜まで一緒に花開いていてしまっては、春の風情も何もない。

 我が霧雨邸の庭の奥、つまりは今のあたしの足元では、種を植えておいた秋の七草桔梗の花が咲き誇っている。それも満開。あたしの視界の全ての花々は違えること無く存分に、香り高く開花を競っている。

 そう、先日まで種であったような草木ですら、今や一気に育ち、大きく蕾を付けてから、一斉に花開いていた。

 そんなことは異常であり、異変。皆きっと大慌てになっていることだろう。でも、下手人が想像できるあたしにの心は落ち着いていて、斑のない桔梗色を愛でる余裕すらあった。

 

「散るまでが花、ねぇ。幽香ったら、花を操る【程度】の能力を持っているって言っていたけれど……どうやら変に謙遜した自己申告をしていたみたいねー」

 

 そう、これが幽香の仕業だとしたら彼女は、花どころか草木に種の状態すら操っているということになる。花に至るまでの成長すら自在であるというのならば、その能力は花を操るばかりという説明だけでは足りなさ過ぎた。

 まあ、花、つまりは種子植物の繁殖を司れるのならば、それに従属する成長段階は支配していて当たり前なのかもしれないけれど、それにしても影響絶大な能力だ。

 

「まるで幻想郷全体が花畑であるみたい。どこもかしこも季節を無視して色取り取りに包まれているなんて、景色が華飾に過ぎてしまっているわー」

 

 あたしだって、女の子であるからには花が嫌いということはない。けれども、鮮やかな色に囲まれ過ぎていては、一輪を楽しむ前に目が疲れてしまうというもの。

 芳しい香りも、うるさくて正直なところ鬱陶しい。桜の花くらい微細なものばかりであれば、鼻も花もきっと楽であるのだろうけれど。

 そういえば、神社の桜は見事だった。雑多な花を差し置いて、フレーム代わりの鳥居の紅がちゃんと桜色を際立たせていたと思う。

 今日は確認のために、無人の神社で多種多様のお花見をしてきて、何時もとあまり変わらない魔法の森で安心してから、帰った私は庭にて考えを纏めた。それで出た結論は、やはりこれは幽香が起こした異変であるというもの。

 そう思う理由は、空に沢山浮かんでいる。そう、地べたの花に目を取られがちであるけれど、空を見てみれば、白い魂が尾を引いて群れを成していた。

 

「うん。幽霊が一杯。以前みたいに悪霊ばかり、っていう訳でもないみたいだけれど、コレはどうしてもあの時の異変を思い出しちゃうわねー」

 

 きっと行き場がないのだろう。群れとなった幽霊は、春空を白く染めている。これと似た光景は、もう何年前だろうか、霊夢が未熟であった過去にて見た覚えがある。

 ずっと前、その時遊びに来ていた神社に溢れたのは、悪霊その他。それらは、裏の方角から大量に現れた。

 そんな異変を仕向けてきたのは、幽香。幻想郷近くに異界を見つけて、そこに住み始めた彼女が行った一風変わった引越しの挨拶がそれだったのだ。

 そうと知らずに異変を成すだけの力に惹かれて向かい、結果あたしはあんなにも魅力的な妖怪と知り合うことが出来た。

 

「うふふ。あたしから見てもよく分からないあの妖怪と、その力を早くに味わうことが出来たのは僥倖だったわー」

 

 あたしの能力で把握するに、妖怪の範疇にありながらも妖精にも神にもごく近いという、そんな不明な存在が、幽香だ。その身に溢れんばかりの力は、全ての境をよく分からなくさせていた。

 まあ、多少変であっても幽香は幻想郷でも最強クラスの妖怪とされる存在。だからあたしが夢中になってしまったのも、仕方のないことだろう。

 力、という単純な言葉の響きであたしが思い起こすのは、未だに長髪だった頃の幽香の姿のみ。それは、魔界神に逢おうが永琳を知ろうが変わることはない。

 

 あたしの中の弾幕ごっこという概念を覆したのは、視界に溢れる光の海。力は、素直に発揮されても美しい。あたしはそれを幽香に教わった。

 スペルカードルール未施行のあの日に幽香が戯れに放ったのは、マスタースパークですら生温く、ファイナルと名付けたそれでも未だ届かない、眩い力の輝き。

 レーザー状、だったのかはあまりの光量であったが故に認められなかったため、正直な所今でもよく分からない。まあ辛うじて避けられたからには、規模が圧倒的であろうとも方位は限られていたのだろう。

 だがしかし、物真似を続けていても、何時まで経ってもそれに届きはしない。つい何時も幻視してしまう、首元から伸びる鎖の姿をすら一時消し去ってしまったほどのインパクト。

 星をも殺さんと迫る圧倒的な光線。今でも思えば胸のときめきは収まらない。そう、あたしはあの光に恋を覚えたのだ。

 

「初恋は実らない。ならば、何度目かのあたしの恋心は実るのかしら。まだまだ及ばない辺り、微妙なところねー」

 

 掌の中で力を光らせながら、あたしはそう口にした。あの強い光に肩を並べるのは、何時になることか。星の光では、あの太陽の如き光に届かないのかと、そう思ってあたしは天を見上げた。

 そんなあたしの真昼の星見の邪魔をするのは、青白くて冥界で見るのとはどこか違う種類の幽霊の群れ。しかし、よく見ても、差異がどこにあるか分からない。

 何が変わっているのか確かめるために、浮かんで、近くのそれに触れてみる。すると、ひんやりとした普段の感触があった。

 本来ならば、日差しが暖かい春の頃。しかし、幽霊たちのせいで、あたしの周囲は陽気の中でも少し肌寒いくらいだ。思わず身震いしてから再び空を見ると、天上で何やら赤いものがふらふらしているのに気付く。

 日光を背にしてこちらへ来る、とんがり帽子と周囲のキーボードが特徴的な彼女は、リリカ・プリズムリバー。騒霊だけあって、独りでに動くそのキーボードの音楽はうるさいものだけれど、あたしは結構好きだった。

 更に高度を上げてから近寄って、帽子の天辺に流れ星がデザインされていることを再確認してから、あたしはリリカに声を掛ける。

 

「こんにちは、リリカ。一人でどうしたの?」

「うーん? 見覚えがあるけど、貴女は、なんだっけ?」

「あたしはプリズムリバー楽団のファンの一人よー」

 

 掃除を一緒したりプライベートにて弾幕ごっこで打ちのめしたりしたこともあったというのに覚えてもらえていない。それに、あたしは少し残念な思いをしながらも、まあコンサートでも宴会でも遠くから節度を守って鑑賞している自分も悪いと考える。

 ファンと聞いたことで、気を緩めたのか、リリカは体の力を抜いてから、あたしに微笑んだ。

 

「そう。ファンにならサービスで教えてあげてもいいかな。私は、今日ソロで音ネタを探しているのよ」

「へぇ。いい音が見つかるといいわねー。次のコンサートがぐんと楽しみになるもの」

 

 確か、リリカは幻想の音を演奏する程度の能力を持っていた筈。そも幻想郷には、そういった音がひしめいているから、その中にはリリカが見つけたこともないものがあるのかもしれない。

 亡くなった演奏家の素晴らしい音楽とかを何処かで拾ってくれたら嬉しいな、と思いつつ、もう二、三面白いのを手にしているわと言うリリカの口ぶりにあたしは期待を増させる。

 言葉を続けて交わした後に会話を切って、あたしがじゃあねと言う前に、赤い背中は去ろうとした。しかし、そういえば丁度いい機会だとあたしは彼女に問いかける。

 

「あ、待って。貴女はこの時期基本的には冥界に居るのよね。こっちはこんな感じだけれど、向こうは今どうなっているの?」

「そうねー。大体こっちと同じ。何だか四季を忘れてしまったみたいに、色んな花が咲いていたわ。音は違うけれども幽霊が沢山なところも一緒」

「そうなんだー」

「あ、そういえば、西行寺のお嬢様が、それに驚いて辺りをウロウロしていたわ。花を一々見て周っていたけれど……あの様子じゃあ、当分の間私達が花見にお呼ばれするっていうのもなさそうねー」

「ふぅん。コレって幽々子もびっくりするような異変なんだ」

 

 あたしは、少し驚いた。普段から超然としている幽々子が取り乱すというのは、伝聞である以上にそもそも想像しにくいものだ。

 それほどに不明な異変であるのならば、或いは幽香の仕業ではないのかもしれない。でも、これでも巫女の端くれに引っかかっているからにはそこそこの精度を誇るあたしの勘は、幽香が怪しいと告げている。

 空気を読んで、上手に隠れている過保護なお姉さん二人のことを話さないままに、リリカとじゃあねで別れてからもしばらく悩んで、あたしは答えを出した。

 

「うーん。まあ、空振りでも構わないか。一先ずは、幽香だとして異変に当たりましょう。霊夢も動いているみたいだし、あたしは霊夢の知らない幽香が居る可能性のある場所……あの【世界】をまずは探ってみるべきかしら」

 

 そう一度決めれば、後は行うだけで、早いもの。そこまで幽香の力を覚えこませていないために、広い幻想郷の中、ダウンジングで探すというのは難しい。

 ならば、足を用いて探索しようと、大分仲良くなって来た箒を呼び寄せてからそれに乗り、あたしは霊夢の居ない彼女の住居の方へと飛行する。

 弾幕のように空を埋め尽くす霊(たま)の間を縫って、あたしはノンストップで快晴なのに白が目立つ宙を行く。やがて、朱塗りの門の上を行き、神社を眼下に望んでから、尚スピードを上げて通り過ぎた。

 そして、簡単に行き来出来ないように強く結界で封じているために、それと意識できるものすら限定されている博麗神社の【裏山】へと、あたしは飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「今回、道中にその他の妖怪は出てこないのねー」

 

 飛ばされないように、紫の魔女帽を深く被り直しながら、魔梨沙は思わず道中の感想を口に出した。

 以前と変わらずに、要所を守っている妖怪は居たが、それ以外の辺りをうろつく雑多なもの以外の知恵ある妖怪達が魔梨沙にちょっかいを出すようなことはない。

 それもそのはず、発展途上であった以前と比べ、力を増しに増している、そんな魔梨沙にわざわざ寄ってくるような存在は幻想郷とは一味違う異界【夢幻世界】産まれであろうと希少なのだ。

 

「くるみに、エリー。皆元気であることは分かったけれど、幽香の存在は影形もないわねー。エリー達もしばらく来ていないって言っていたし、やっぱりこっちは外れかしら」

 

 博麗神社裏山の中にある夢幻世界の入り口、湖の門番をしているくるみに、夢幻世界と現実世界の境目にある、その名も【夢幻館】と呼ばれる現在魔梨沙が侵入している建物の、これまた門番をしているエリー。

 その二体の妖怪と軽口を交わしながら撃破を終えた魔梨沙は、前回みたいに或いはこっちに居るのではと考えていた幽香の痕跡すら捕捉出来ずに困り始める。

 門から堂々突入した屋敷の中を探して行ったり来たり。そうしていると、黄色い服のちょっと目立つ妖精が邪魔をしてきたりした。

 

「ん? そういえば、前も貴女居たわねー。随分と驚かされた覚えがあるもの」

 

 現れるなり妖精が放散してきた大きめの黄色、細かい白の弾幕はチェックな空間を水玉模様に彩る。遠目から見れば、少女が花束を広げたかのようにも映るだろうか。ランダムな弾道は入り混じって、避けるルートを著しく狭まらせた。

 量に速さ、タイミング共に中々な弾幕であり、それに夢幻世界ではスペルカードルールが浸透していないが故に当たれば怪我ではすまない威力の弾幕。

 しかし、過去能力をもって二度見つめていたというのもあるのだろう。その密度も威力すら問題にせず、魔梨沙は掠ることすらなく寄って、至近からの弾幕で妖精を墜とした。

 魔梨沙は、煙を上げ確かに重力に引かれていくその様子を一瞥してから、視界に多分に広がる赤チェックを気にしだす。

 

「この館も紅魔館みたいに赤いといえばそうだけれど、あたしにはチェック柄の印象が強いのよねー」

 

 奥は異世界に近いというだけあって、ちょっと幽雅なものになっていくのだけれど、と魔梨沙は続けて零した。

 魔梨沙の言に伴った、というわけでもないのだろうが、最近訪れた様々な屋敷と比べても頭一つ抜けて巨大な夢幻館の、その様体は進むに連れて変化を見せる。

 まずは外の宇宙的な暗がりを壁面が映して、そこに流星を表すかのように大きな青白い星の光が通りすぎることで距離の広さを示し、幻想的な雰囲気を醸し出す。

 途中途中にチェックの絨毯が敷かれているが、その色は周囲に合わせたかのように深く青い。

 プラネタリウムか何かの中の様に無機的な、こんな館の奥の方を住処とする妖怪なんて変わっているなと、魔梨沙は思わずにはいられなかった。

 

「それにしても、よく考えてみると、夢幻世界って結構統一感があるのねー。二色の交差した点は新たな色。そんな感じの変な妖怪が多い風に」

 

 魔梨沙は道中にて今ひとつ正体がよく分からない、不思議な妖怪達を下していく。雑魚敵、とでも言うような者達だからそうなのか、と思えば別にそうではないことに魔梨沙は気付いた。

 魔梨沙が撃破した二人、まずくるみは吸血鬼みたいな吸血少女であったし、エリーもどこか死神のような、そうでもないような妖怪だ。幽香も同様、境界が不明な幻想的な妖怪であるに違いはなく。

 この異界には、夢幻姉妹を代表としてそこら辺曖昧な存在がよく集まっているな、と魔梨沙は思う。

 

「あら、騒がしいと思ったら、貴女? 久しぶりね」

 

 そんなこんなを考えていたためか、それこそこの世界の代表的な存在が出てきてしまった。感じとったあまりの力に、魔梨沙は、思わず目を丸くする。

 世界の持ち主であるからだろう、多分に神性をその身に含んだ、しかし見た目に特徴的な部分は一切なくまるで人間のような、そんな悪魔。

 強いていうならば、まるで金の髪をしたメイドのようであると形容が出来るだろうか。ここ夢幻世界の主的な役割であるためにむしろ傅かれる方であるから、身を包むメイド服はきっとイミテーションなのだろう。

 夢幻の世界に昇る二つの月。双子姉妹の、その片割れが魔梨沙の前に現れた。

 

「ええと、貴女は夢月、だったかしら」

 

 夢月は、魔梨沙が初めて出会ったメイド型の生き物である。そういえばこの子に会ってから、一時異変毎に連続してメイドっぽい知り合いが増えたようなことがあったと、彼女は思い出す。

 そして、前回見た時に随分と仲の良い様子であった夢月の姉、幻月のことを思い出して魔梨沙は辺りを探ったが、それらしい力を感知することはできなかった。

 

「今日は、背中の羽根が可愛らしい、あのお姉さんはどうしたの?」

「さあ。私がここ夢幻館の管理をしているのは姉さんには関係ないことだから、同じように好きにしていると思うわ。世界の様子を見ているとかならいいけれど、きっと今は何処かで遊んでいるんじゃないかしら」

「そうなの。助かったわー。流石に、幻月からも不法侵入の罪を問われたら、困るもの」

 

 散々、魔梨沙が墜とした妖怪で掃除中の館内を散々に汚したためか、それとも友と姉との居場所を穢されたためか、夢月は少しおかんむりな様子。

 そんな怒れる三日月の姿が一つきりであることに、魔梨沙は素直にホッとしていた。

 二体一の弾幕ごっこというのも面白みがあるが、しかしいかに弾幕ごっこが得意な魔梨沙も夢幻姉妹の二人を一遍に相手をするのは無理だと理解しているのだ。

 

「年単位で放って置かれていると思い込んで荒れているのを覚悟していたから、館内が綺麗でびっくりしたわ。こんな広い家の清掃、ご苦労様ねー」

「友達に頼まれたのだもの、少しの苦労は仕方ないわ」

「でも頼まれたまま、っていうことはここの主は未だ不在っていうことかしら」

「そうね。後は……侵入者に対しては手加減なしで撃退して欲しいともお願いされているの。これでも私は悪魔。約束は守るわ!」

「わっ」

 

 夢月が気を入れた途端、魔梨沙の四色のビットから発されるものと同種、威力はそれ以上の恐ろしい粒弾が周囲にばら撒かれる。細かく散るそれを魔梨沙が下がって避けたがために二人の間隙は大きく広がった。

 その距離を埋めるために魔梨沙は紫の流星を迸らせる。しかし、その星々は、支配下に在る空間を弄くることで可能となる短距離ワープを夢月が行ったことで全弾回避された。

 移動先である魔梨沙の背後、本来ならば目の届かない位置にて、タイムラグもなしに夢月は青白い中玉弾を周囲に大量に広げる。そして魔梨沙が完全に振り向く時間も許さずに夢月はまた瞬間移動を繰り返す。

 再度取った後ろにて、次に広げたのは揺れ動きながら全方位に広がる煌めきの十字。そして、それだけでなく周囲の色が映り込む針弾を、その中心を魔梨沙へと正確に定めながら扇状に、また無数に発した。

 

「くぅっ、弾幕にも回避にも隙がないわ。間断なくワープ出来る相手って厄介ねー」

 

 魔梨沙の周囲で、発された位置の異なる弾幕は交差どころか四方八方から集って交じり合う。青白黄色は、魔梨沙を潰さんばかりに集結して襲い来る。

 本気になって魔梨沙は避けるが、命を守ることに必死で衣服に妖弾を掠めて大いに裾を破らせてしまうことまで防ぐのは出来なかった。

 そして、時を待たずに死角を移動する夢月に弾を当てることすら難儀する。勘とその能力によって先読みすることで、移動し続ける夢月の防御に負担をかけさせ続けることは出来るが、一気に破ることは難しい。

 だから、魔梨沙の持つ能力と技能の高さを知っている夢月が、弾幕に特定パターンを作らずランダムに、先の十字や中玉を広げ続けることを止められなかった。

 

「私は、貴女が笑えているのに困っているわ。倒すための攻撃だというのに、全く当たらないなんてどういうことかしら」

「うふふ。パターンも混じってしまえば分からない。それはそれは難しくなるものだけれど、ちょいと粗雑な弾幕に当たってあげるつもりはないわー」

 

 美しさばかりを求めたものではない、実戦で使えるように相手を陥れるための工夫が成された弾幕。八方からくる様々な形の光弾は、特に距離感を狂わすのに長けていた。

 勿論、少女が創りあげたものであるから、機能美以外にもある程度以上の美しさが保持されているが、華美なものではなく威力避け難さに比べれば後回しなものである。

 そんな、優れていようとも魅せるよりも打倒が目的の弾幕に当たることで、ごちゃごちゃとして見える全体を更に歪ませて見難くする気は更々無いと、魔梨沙は普段よりも意気を増して当たった。

 魔梨沙はちょっと色のパターンが少なめね、と口元を弧にしつつ思いながらも、当たれば死に直結する弾幕を掠りもしないように集中して避けていく。

 赤い瞳は真っ直ぐに。全方位から死の緊張感を受けながら、それだけの弾幕を維持する夢月の力を、魔梨沙は下方から見上げていた。

 

「どの弾に篭められた力であろうと必殺のもの。やっぱり、夢月もスペルカードルールを知らないかー。まあ、ここは幻想郷じゃないから、ルールを守る必要もないといえばそうだけれど」

「察するに、やり過ぎから人間を守るルールかしら? まあ、もし、そんなルールがあっても私がそれに則ることはないわね」

「どうして?」

「前にも言ったわよね、私は人間の命なんてなんとも思っていないって! もうちまちまと攻撃するのは止め。本気を出してあげる!」

 

 宣言の通りに、魔梨沙の星弾が夢月の防御を破る前に、小手調べの弾幕は唐突に止んだ。相手の気迫を感じ取り、魔梨沙は攻撃の手を緩める。その本気とやらを存分に味わいたいがために。

 夢月は、魔梨沙の前まで降りてきてから目を瞑り、腕を前で交差しながら力を高める。そして、数瞬の瞑想によって力が最高に高まった瞬間に、その弾幕は発された。

 

 

 果たして、今行われているのは本当に弾幕【ごっこ】なのであろうか。そう、疑問を持ってししまうくらいに、その弾の連なりは相手を容れる気持ちに欠けていた。

 

 

「きゃはは! 確かに、まるで容赦がないわねっ!」

 

 大小の白色の散華。弾幕による高速の飛沫を避けることは魔梨沙にとっては難しいことではない。しかし、そんなものは開始前の目眩まし。

 恐ろしさは、次いでやって来る。いや、その弾幕は先に発された速き小玉弾をすら追い越して、交差しながら大量に撒き散らされて宙に数多の花輪を広げる。そして、魔梨沙はあっという間に散華する白き花に閉じこめられた。

 魔梨沙の眼ですら、辛うじて把握できる程高速にあたり一面に広がる針状弾幕は、くねって隙間なく周囲に点線を広げる小粒弾を連れながら、交差にズレを見せつつ円形に展開している。

 その速度の疾きことこの上なく、また多きことに並ぶものなど僅か。てゐの奥の手「エンシェントデューパー」の飛沫すら遅く思えるほどに、そして萃香の「百万鬼夜行」に匹敵するほどに大輪である。

 常人には掠ることすら許されない。いくら得意であろうとも、宙に長く居ることは不可能なくらいに高速で力任せなその弾幕は、スペルカードルールの中ではナンセンスであるが、なんでもありの夢幻世界においては最適解であるのかもしれない。

 

 こんな狂気の弾幕。対するに、通常ならば爆弾じみた高威力の必殺技を相手にまで発して、急いで墜とすという対策をとるだろう。

 しかし、魔梨沙は大真面目に何とか目に映る間隙をグレイズしつつ通りながら、控えめな威力の紫星を向かせるに留まっている。そうしている理由は、別段深いものではない。

 それは、どんなに力を篭めても、それが相手に届くことがないということを知っているから、だった。

 

「早くやっつけたいけど……でもあたしは知っているわ。夢月、貴女は一定以上の力を遮断するバリアーを常に張っているっていうことをっ」

「本当に、困った相手。焦って無駄な隙を作ってくれればいいのに。創っている私にですら隙間が分からない弾幕を、ここまで縫えるなんて」

「きゃははっ! これが、貴女にとってどうでもいい、人間の命がけよ!」

「……なるほど、幻想郷の妖怪達が大事にするわけね」

 

 星の光は、未だ太陽にも三日月にすらも及ばない。しかし、その輝きは宇宙をどれほど魅せてくれるだろう。眩いばかりの光線よりも、瞬く星光の方が、闇を明かすための探究心を刺激するもの。

 まるで白き満月のように、弾で彩られた宙空。そんな空間に紫色の流星が軌跡を描く姿に、誰もが目を奪われてしまう。光弾に埋もれる点、魔梨沙の回避はそれほど不明で魅力的であった。

 自分以外に宙に在るものを認めないと、凶悪な弾幕を放つ夢月であっても、目を逸らすことは出来ずに、誰よりも近い距離から魔梨沙を見つめる。

 

 最速最密の掛け値なしに、本気の弾幕。無駄な遊び心など、そこに入る隙間もない。

 しかし、目の前でそれを笑顔で楽しんでいる少女の姿を認めて、自分の弾幕にもっと面白みをもたせていたら相手の避けるパターンも増えて美しみが増したのかもしれないと思う。

 そういえば、自分の奥義でもあるコレに、名前一つ付けていない。考えれば考える程、自分が創造しているものが物足りなく感じられた。

 そう、夢月は広げる創作物、自己表現があまりに無骨で余裕のない代物であること、それを認められなくなっていったのだ。ならば、その中で活き活きと輝く魔梨沙の方は眩しく思え。

 無粋にも、苛立ちに任せ力ずくでそれを殺めようとしている事自体、正しいと考えられなくなる。力を弱めようかと、一瞬だけ気持ちは彷徨う。

 

 そして、迷いは隙。そこに付け入ることの出来ない魔梨沙ではなく。

 

「……うぐ~」

「――ふぅ。危なかったわー」

 

 一重にダメージを与えるために、突貫した魔梨沙は、夢月の眼前で星を散らし。多段に当たった魔弾はメイド服をボロボロにして、夢幻の悪魔を墜とすに至った。

 過去を遡っても類を見ないくらいに傷だらけになっていた魔梨沙には、流石に夢月が重力に引かれるのを止めるだけの余裕はない。

 一息だけついて、墜ちた下を見てからまた、再び上を見上げた。そして、微笑む。

 

「それじゃあ、あたしの勝ち。夢月の様子を見るのは貴女に任せるわ、幻月」

「……よく分からないけれど、夢月ったら魔梨沙に負けたのね」

 

 少女が背負う天使のように白い羽根が、魔梨沙には煌めいて見えた。金糸の髪が翼に当たって翻る様は、神々しさを演出する。事実、彼女は夢幻世界で突出して崇められるばかりの存在だ。

 そう、魔梨沙の頭上に空間の揺らぎと共に現れたのは最凶の悪魔、夢月の姉、幻月だった。

 夢月の危機を感じて移動してきた彼女は、喜色満面の魔梨沙を睨みつけ、負けたというのにどこか満足気な表情で気を失っている妹の様を見てから、溜息を吐く。

 

「はぁ。そうね……今回は、任されていないからいいわ。見逃してあげる」

「助かるわー」

 

 そして、悪魔と魔法使いは交錯することなく思い思いの方へと別れ。妹思いの姉は、紫の背中を一瞥もせずに、地べたへと降りた。

 手をかざし、様子の全てを看た幻月は、十分に加減されているそのダメージの小ささにほっと一息。手ずから掃除を【させられていた】疲れもあってか、すうすうと眠り出した夢月の金毛乱れた髪を、彼女は撫で付け。

 

「そう、私が何をしなくても、幽香なら。きっと、仇を討ってくれるに違いないわ」

 

 そして、幻月は懐から幻想の香り漂うマリーゴールドの花を取り出して、そっと夢月の手に握らせた。

 

 

 

 




 夢月の最後の弾幕は、一応オリジナルではなく、彼女の発狂時の代物を描いたつもりだったりします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。