霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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 今回は旧作どころか西方要素まで混じっています……どうなのでしょう?


第四十三話

 

 その実力、まるで人でなしのようであるが、しかしその実霧雨魔梨沙は、魔法使いを気取った、ただの人間の少女である。

 

 当然、人であるからには無理はきき辛い。優れた術にて補っているが、それでもベースはあくまで人の子。疲れを感じれば眠るし、手を伸ばしたところで届かない場所だって数多あった。

 敵わないは、知っている。恐さだって、分かっていた。空に挑戦する無意味さだって、きっと理解しているのだろう。

 

 けれども、今この時、彼女はそんな頭でっかちな分別を捨てて、発奮した。

 

 無様に目を逸らされることなく、紅い彼女の瞳の中で花より可憐にずっとあれ。

 風見幽香が合図もなく展開し始めた弾幕はごっこ遊びの域を疾く超して、そうして太陽を向日葵と化させる程に、輝いた。

 その日輪の威力を華として、総ては散り散りに辺りに拡がる。誕生を模すばかりではなく、散華の美まで克明に。干渉し合い迷路を作る旭光は、避けるその様を照らす。その舞台で輝きより光れと、酷にも求めてくるかのように。

 

「うふふ。やってあげようじゃない!」

 

 だが、魔梨沙が臆すことは決してない。

 相手は最強。それに対して何引け目を覚えることなく、美しく踊れ。前よりもずっと上達したステップで惑わし、流れ星の速さを味方につけて、奇跡の軌跡を見せつける。

 やがて、青を燃やし尽くした焦天の中で全てを置き去りにし、そうして白光の瞬きに照らされた魔梨沙は。

 

「きゃははは!」

 

 心底楽しそうに、恋しい力の中で笑った。

 その能力で本物を直に【視た】ことで真に迫った夢想の物真似に、実在ぶれさせながら。

 

「ああ、やっぱり……貴女は可愛いわね」

 

 そしてきらきらと、輝きを呑み込んだ禍々しい愛を向けられ、向かい合う幽香もまた、口元を凶悪に歪める。

 幽香は遠い彼女を手の平に乗せて支配の素振りを見せてから、そっと花弁の如くに指先で少女を包む。

 大切に、大切に。何しろあれは、ただ一人、自分に対応して真っ直ぐに認めてくれる存在であるのだから。

 

「でも、無理」

 

 けれども、そんな優しさは、【最強たる】幽香の性に合致しない。思い切って遠景をぎゅっと握りつぶしてから、そうして最強の妖怪は両の手を広げた。

 それだけで、弾の群れは開闢を見せ、光遠ざかった中心の彼女は一挙に暗くなる。

 

「好きだけれど、壊してしまう」

 

 昼の陰りに心を染めて、風見幽香は一転、酷く辛そうな表情になった。

 好きだから強く触れたくて、堪らない。けれども、自分の本当の力では相手を撫でることすら破壊に繋がると、彼女は知っている。

 熱くなるほど触れ合いたいのに、それは出来ない。相手の血でしか温もれない、そんなことはあまりにつまらないというのに。

 

「ごめんなさいね」

 

 はにかみ。それでも、風見幽香は愛に本気となった。孤高の位置から一歩も出ずに。

 捕まらない相手を掴まえるために、隠していた以前の名残、二色の四翼を溢れさせて。

 やがてこぼれ落ちるは、最強の発端。ただ一輪の、異常。成長にて世界を刺し貫いた、究極の可憐。

 天変地異に自然は震え、魔梨沙の瞳はその最強の力を見るために、朱色に輝いた。

 

 

 

 幽香は強者と相まみえることが好きである。そして、結果打ち倒すこともまずまず好みではあった。

 しかし、別段幽香は、勝者であるという当たり前に拘泥はしていない。ただ、戦った結果に、勝ち星ばかりが輝いてしまうから、それを望んでいるかのように思われてしまうのである。

 もっとも、本人は最も強くあり続けるということにだけは気にしていた。それは、高い崖に登りすぎたがために、墜ちる際の痛苦を知らず恐れているがためのこと。

 少女らしく当たり前に、痛みに怯えて生きる。風見幽香は決して、強いばかりの生き物ではなかった。

 そして、最強が故に、無敵というのはつまらない。ただ一輪の花が孤独に冷える、その所以はそこにあった。不明な有象無象を足下に敷いた天辺にて、幽香は寂しさを知る。

 

 とはいえ、昔、それこそ太古とも呼べる頃から幽香が絶対的な存在であったかといえば、そんなことはない。むしろ、彼女は人間の如くに誕生してからしばらくは弱々しく、そして風に吹かれて幽かに漂っていた。

 群を抜いてことさら見目麗しく、しかしそれだけ。彼女は太陽にはてんで及ばない、ただの自然の欠片でしかない。その羽根も体躯も、正しいほどに小さかった。

 

 そう、果たして、フラワーマスター風見幽香が、元はお花の妖精であったということなど、誰が信じるのだろう。

 

 自然の力が今よりもずっと強かった昔々。しかし、それでも妖精は大したものではない。頭の悪い小さなもの達は、よくよく大きなものによって台無しにされて、一回休みにされていた。

 だが、当たり前にそこにある自然なものであるからこそ、彼女達は弱肉強食の中でも存在まで失われることなく暢気に暮らしていく。

 妖精たちの中でも比較的に【悪戯心】旺盛だった幽香は、生き死にのやり取りと無関係なことをいいことに、仲間に他にとちょっかい出すことを繰り返し続ける。

 次第に己に枷がない特異を考えることもなく触れ合いを続け、そうして知らずに枠を超えていく。奇しくも、魔梨沙に出会うまで負け一つ知ることなく、彼女は笑顔で他をくじき続けていく。

 やがて次第に幽香は妖怪に届き、そうして更に変質を重ねて、今現在の風見幽香と相成った。その本質、何一つ変わることなく。

 

 そう彼女は【いたずら】にも、他を刺激することを好む。とてつもなく力の増した幽香の実感を得たいがための強めの刺激は、最早いじめと同じ。それでも、彼女は好んで他と触れ合おうとする。

 それが日課と嘯きながら。

 

 それは勿論嘘である。ただ、昔々の群体から離れたひとりぼっちの今、他が気になって仕方ないというだけなのだった。

 少し前に館を作って家族のような関係を形作っても、崇められるばかりでつまらなかった。そして、今も魔梨沙以外には恐れられているばかり。

 風見幽香は、下らないものばかりの幻想郷の全てが好きで、もっと嫌いだ。虐めたい。けれどもそれは、詰まるところ無関心にはなり得ないということでもある。むしろ、もっと、と思わないこともなかった。

 

 そう、本当のところ風見幽香は、幻想郷――みんな――を愛したい。

 

 

 

「うう、やっぱり幽香は強いわー」

「そういう貴女こそ、美しい」

「幽香も大概だけれどねえ……」

 

 互いが本気になってしばし、けれども魔梨沙も幽香も、共に宙にある。

 疲労こそ感じさせないが、避けに徹した汗に塗れた魔法少女の前で、窮屈な遊戯の中にてそれでも無敵に近いこの相手だけ殺すことさえないという程度の必殺を繰り出し続ける花の頂点には、いささかの疲れもない。

 二人は駆け抜ける動とそよぐ静の、あまりに異なる回避にて空に居続けた。まるでこれは、変わるからこその美しさと、変わらないからこその美しさの、戦い。

 魔梨沙の瞳に映る、美しさの最奥はどこまでも幽香だった。

 

「さて」

「あれ、チャンス……どうかしたの?」

 

 しかし、ここに来て、幽香は相手に向けた手を下ろす。

 弾の干渉に欠け続けて届かない星に、力強くも空振り続ける花。そんな、空のキャンバスを染め続けたその縦横の飛び交いは、片方が休んだことで大いに趨勢を変じる。

 疑問を呈する口と違い、ここぞと言わんばかりに大きな星を魔梨沙は投じた。その弾道をねじ込ませ、数多の墜ちた欠片同士を惹かせあい、そうして魔女はカードを呈してその攻撃方法の名前を叫ぶ。

 

「まあ、いいかな。いくわよー。悪魔「リトルデビル」!」

 

 流れ星は尾を引く。しかし、これはその逆。道程に星光が遡るという、軌跡な奇跡。ダークマターを彷彿とさせる宇宙の翼を羽ばたかせ、魔梨沙はこれまでの道筋を迷路と見立てた光線の檻を創り出す。

 地から舞い上がる数多の紫光。思兼神の叡智の力をを真似し、完全に意図して創られたその網の中で花は身じろぎ一つ、取れなくなった。

 しかし、その手に一枚のカードを持ち出すことに成功していた幽香は、未だ笑顔である。

 

「流石は魔梨沙。スペルカード一つ取り出す間の隙でこうも王手を取られるとは……さて、やはりこれを出さなければいけないわね……」

 

 それは、無常の未来のために残しておこうとしていたスペルカード。しかし、愛する人の子の前にてそんな勿体ぶったことは出来なかった。

 この世のおどろおどろしさをこそ、フロリゲンと換えてしまおう。むしろ、一切合切に根を伸ばしてしまえばいい。しかし、全てが花の養分であるのならば、何よりも美しくなければならないのか。

 それは翼広げ、鬼悪魔と通じた人間の綺麗を、否定すること。幽香の花貌はここに来て初めて、悔しさに歪む。

 

 

「「幻想郷」」

 

「なっ」

 

 

 一言で、魔梨沙の渾身の一手は崩壊した。幽香の想いに天は枯れ、霊と弾は塵と化す。緑の力は全てを消し、光すらどうしようもなく、自壊していく。

 最強を捕まえておける、檻など果たしてどこに。それは、最低でも魔梨沙の手では無理だった。

 

 花妖は何とも自由に、そっと傘を一振り。それだけで幽香の周囲にはラフレシアよりも大きくで桜よりも可憐な花が一杯に咲き、それは散り散りになって何より威力ある花びらを零す。

 瞬時に放たれた花型の妖弾のその密度は尋常ではなく、魔梨沙は慌てて範囲外へと逃げた。

 

 しかし、逃げた最中に魔梨沙は溢す。こんなもの、要は、緊急回避用のボム。その筈であるのに。

 

「……これが、幽香の幻想郷なの?」

 

 近寄る弾や霊を否定して、そうしてただ花ばかりが咲き誇る世界。そんな最中に一人苦渋を呑み込む、少女の寂しい心象の表現から離れていかざるを得ない自分に、魔梨沙は歯噛みせざるを得ない。

 道がなければ、避けられない。背を向けるのは、不可能弾幕を踏破するための、一次避難のため。そんなことは、重々解っているというのに。

 

「……ううん!」

 

 発し、否定のために、頭を振る。そして、奥歯に更に力を加えて恐怖を噛み殺す。そうして、魔梨沙は途端に踵を返した。

 そして、少女は花束の中に、突っ込む。

 

「な」

「貴女には、あたしが、居る!」

 

 孤独は嫌だ。そんなの、魔梨沙はよく知っている。一人ぼっちで救われなかった。あの日々に、誰かの手がどれだけ欲しかったことか。

 辛かった、苦しかった、救われたかった。なら、あの日の自分の願いのためにも、手を伸ばさなければ。愛されない、どこか戯けた幻想に愛を。

 

 そう、霧雨魔梨沙は幻想郷――みんな――を、愛したい。

 

 当然、その中には、幽香も居た。そして、真っ直ぐ目の前に、幽香が。

 なら、躊躇なんていらない。ありったけを、ぶつける。何時の日からか纏わりつくようになっていた七剣星の、七曜の星の心よりの加護をすら掴んでそれを一つに纏めてかざす。

 そうして、懐から滑り落ちた、一枚のスペルカードの名前を魔梨沙は口にする。彼女は手の中で、始まりの力を爆発させた。

 

「――――。貴女を、一人になんて、させてあげないからっ、「ギャラクシー」!」

 

 それは、創世の力に似通う。北斗七星は重ならない。しかし、それがもしも一つであった時があるとするならば、それは。

 銀河誕生の力を防御に回し、そうして魔梨沙は幽香の幻想郷へと押し入る。

 

 なぞらえの呪は、収斂と進化は、どうしてはじまりから彼女は彼女と対等だったのか。そんな謎めいた全ては、魔梨沙にとって、どうでもいいことだった。

 

 何より真っ直ぐ、そしてあの日の光線のように煌めく思いを孕んで。魔梨沙は流星となった。

 散る定めを持った模型の花々全てを早々に、散華させて。そして、霧雨魔梨沙という弾丸は、風見幽香に着弾する。

 

「そん、なっ!」

「えーい!」

 

 瞬き一つ。その合間に魔梨沙と幽香は重なり合う。色とりどりの数えきれない程の花びらが幻想を表す中で、二人はどうしようもなく柔らかにぶつかっていた。

 着弾した魔梨沙は、そのままひっしと幽香に抱きつく。その温もりを振り払おうと、幽香はその身を捩る。

 

「くっ、離れなさい!」

「嫌。離さないんだから!」

 

 駄々に、駄々。くっつき合った二人はまるで子供のように、感情を顕にした。

 そこに、美しさを競っていた少女の面影はない。片方はただ唐突の温かさに怯え、片方は最強とされたその身の小ささの感に寂しさを覚えて想いを爆発させていたのだから。

 

 落ちつかない。こんなに、世界は温かかったっけ。分からない。どうして、この子がそんなに私を気にするのか。それが恋の熱病のため、と言われれば納得してしまうかもしれないくらいに、魔梨沙の瞳は濡れている。

 そんな風に幽香は考え、頬を染めながらも目を逸らして問い質した。

 

「どうして、身を挺すの?」

 

 そんな愚問に、答えは一つきりしかない。

 

 

「好きだから」

 

 

 真摯に、星光の少女は、応えた。赤く朱く、二人は繋がる。

 

「ふふ……はは。なーんだ。私も、愛されていたのね」

 

 

 これ以上無い愛を受けて、もう強がる意味はない。果たして最強なんて、最も緊張していたものに対する称号でしかないのだろうか。

 緩んだ幽香は柔和そのもの。もう、遊びだろうとも戦う気なんて、なれない。

 

「あはは」

 

 そうして、魔梨沙は言葉ひとつで、幽香を墜とした。

 

 

 

 宵に散る予定の花の園にて、つながった二つのてのひら。もしそれが解かれても、繋がりがなくなることはきっとないだろう。

 

 異変によって、狂いに狂った、フェノロジー。その中でただ一つ間違いのないものがあったのだとするならば、それは。

 

 花は何時か咲く、ということだけなのだろう。

 

 

 


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