霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第七話

 

 

 

「うー。頭が痛いわー」

「全く、弾幕ごっことはいえフランドールに勝った人間が、酒気に負けて二日酔いに苦しんでいるなんてね」

「あたし、お酒にはよわいのー」

 

 紅魔館の地下、大図書館にて、霧雨魔梨沙とパチュリー・ノーレッジは向い合って話していた。

 といっても、パチュリーは何時もの通りに分厚い魔導書を開きながらチラリとへたれた相手を見て、魔梨沙は新調した紫色の魔女帽を抱きしめながら机に突っ伏し、上目遣いに余裕そうな魔女の姿を見ながらといった形である。対話、というには不真面目だ。

 本当ならば、顔をあげてもう少しまともに女子同士お話に興じていたかった。頭痛でそれが出来ないのも、慣れない酒席で一番にワインを飲まされたためだと思い、魔梨沙は更に強くムカつく色をした自分の帽子を抱きしめる。

 

 魔梨沙を二日酔いにさせたのは、紫が手引し霊夢とレミリアが乗った、異変解決後に残るもの、遺恨等を失くすための交流会代わりの宴会だった。

 お茶会のような落ち着いたものの方が好みであった魔梨沙であったが、結果無事であってもこの度の異変で半ば以上暴走していた彼女がこの宴に出席するのに否応はなく、渋々博麗神社の境内で開かれたそれに参加することになる。

 その際に、咲夜が昨日熟成させたというビンテージワインを、何故か紫とレミリアに乾杯の後一番に呑まされ、そのまま二人に頻りに促され注がれるまま喉に流す内に、魔梨沙は酔っ払ったのだ。

 気を失くす前に、妹をいじめた仕返しよ、という声を聞いたような気がしているが、まあそれは自業自得であるために気にしていない。問題は、魔梨沙が酒に弱いと知っているのに宴会を開いて酔い潰させるよう差し向けた紫である。

 お陰で醜態を晒す羽目になり、妹分である霊夢に介抱をされたということに、魔梨沙は怒っている。

 

 もっとも、無様を見せたおかげで、出席しなかったフランドール、そしてレミリアを除いた紅魔館陣が魔梨沙に抱いていた無用な警戒心を解くことに成功していることを知っているがために、魔梨沙の怒りはごく軽いものだが。

 

「酒に呑まれたほうが悪いわ」

「でも、あの場の空気を読んでいたら、呑まないわけにいかないじゃない。全く、紫は下戸の苦しみを知らないから困るわー。あれはアルハラよ、アルハラ」

「下戸の苦しみ……確かに、酔った貴女が巫女に絡んでいたのは見苦しかったわね。抱きついて大好きーだの守ってあげるーだの恥ずかしげもなく……」

「うあー、言わないでー!」

 

 パチュリーの言に、魔梨沙は耳を抑えてうずくまる。どうも、彼女の悪い地が酔いによって顕になってしまったらしく、宴会の場で子供のように無遠慮に霊夢を可愛がってしまったようなのだ。

 翌日つまりは今朝、霊夢にさんざん愚痴を言わされたことは記憶に新しく、昨日のことは魔梨沙にとって真新しい恥部となっていた。

 

 過剰に慌てる魔梨沙に滑稽味を感じたのか、パチュリーは本で口元を隠したままに薄く笑んだ。異変の時は面倒であったが、普段の魔梨沙は付き合いづらいわけではない。

 空気を読んで、喋ったり黙ったり、今みたいにおどけているかと思えば、真面目な顔も出来たりする。異変時にその内に力を欲する狂気を垣間見たパチュリーであったが、普段の魔梨沙はそれがまるで伺えないくらいに普通であった。

 酔っ払っていたので本人は覚えていないだろうが、この分なら宴会時に言っていた図書館から本を借りて読んでみたいという旨の話を現実にしてあげてもいいと、そう思うくらいには。

 

「それにしても、弾幕ごっこで出来た傷はそんなに綺麗に治せているのに、酒気の解毒も出来ないなんて、魔法使いとしても随分とアンバランスね」

「うーん。傷はちょうど異変前に薬草を摘んでいて、フレッシュなものがあったからごく簡単に治せたわ。ただ、毒に関することとかは教わっていないし学んでいないし、ちょっと苦手ねー」

「あら、魔梨沙には誰か教えてくれる人が居るの?」

 

 言って、それも当たり前かとパチュリーは思った。幻想郷では魔法の研究が進んでいるとはいえ、未だ少女といっていい年代の魔梨沙がこれだけの力を持っているのは異常であり、それこそ優れた師でもなければ説明出来ない。

 とはいえ、師がいるのならば尚更、研究に体に悪い代物ばかり使う魔法使いだからこそ解毒の魔法を早くに覚えさせて然るべきもののはずだ。その程度のことも教えなかった魔梨沙の先生とは何者か、パチュリーは少し気になった。

 

「あたしの師匠は魅魔様よー。亡霊で、魔法使いの大先輩なの。何だか博麗神社を祟っていたら祟り神みたいになって最近神霊としての性質も得たらしくて今は大体神社近くにいるわ。宴会の時に姿を見せなかったのは、そういえば意外ねー……」

「祟り神から神霊に簡単に変化するって、それは相当に古い霊ね……面白いわ。それに納得したわ、なるほど死霊だから生者の健康に関してルーズなのね」

「あ、霊夢には魅魔様が祭神になったってこと言わないでねー。あの子、魅魔様のことあまり好きじゃないみたいだから」

「心配しなくても、そんなこと言わないわ」

 

 巫女とこれといった関係もないし、とパチュリーは思いながら、魔梨沙の言葉を脳裏で反芻して、色々と納得した。

 魔梨沙は弱い人間なのに避けることに集中するためと魔法での防御を積極的にしなかったり解毒の知識がなかったりしたのは、教授したものが人間以外であったから、特に生きることに無頓着な亡霊であったからか、と。

 少しその魅魔とやらに興味がわいたが、向うが神社からあまり離れないように、自分も図書館から離れたくない。まあ、何時か機会があれば気にしてみようと、パチュリーはそんな風に結論づけた。

 

「まあ、口止め料代わりと言っては何だけれど、ええと……コレと、アレがちょうどいいかしら。まあ、この魔導書でも読んで少しは身の守り方も覚えておきなさい。貸してあげるから、ちゃんと読んで覚えて私に見せるのよ」

 

 そう言い気軽に、パチュリーは念動で沢山の本棚の中から初心者向けの魔導書を幾つか浮かせて引っ張り魔梨沙の目の前にドサリと置く。

 魔梨沙は目を丸くする。いくらひと目で分かるくらい初歩的であろうと、それらは伝手の少ない魔梨沙が渇望する、知識の結晶であった。

 

「え……いいの?」

「いいも何も、これは私の勝手な宿題。ここで魔梨沙、貴女の不勉強を正しておかないで死なれでもしたら少しだろうと後悔するからよ。実際書いてあることは大したものじゃないから、借りとも思わないで結構」

 

 パチュリーは、これもフランドールの先生をしている癖かしらね、と相手の不明を許せない自分を分析する。仏心を出したのだと欠片も考えない辺りが、彼女らしい。

 しかし、魔梨沙はコレがツンデレってやつねと考えながら、手放しに喜んだ。

 

「わーい。ありがとう。早くも物の貸し借りなんて、友達らしくなってきたわー」

「友達、ねえ……」

 

 ただの人間に懐くのが苦手な魔梨沙に友達は少なく、素直に嬉しがる。だが、まあ嫌いではないし将来的になって悪くはないとは思わなくもないが、今の段階でそう軽々と呼ばれては困るパチュリーだった。

 何より一の親友を自負するレミリアが嫉妬しかねないと、そう思って曖昧に苦笑いする。

 

「ふっ」

「うふふ」

 

 その笑顔を、自分を友達と認めてのものと考える魔梨沙。引き篭もりの魔女と、元外来人の魔法使い。ここに二人の感覚の違いが、よく出ていた。

 

 

 

 

 

 

「魔梨沙、待ったー?」

「うん? もう来たんだ、フランドール。本に集中していたから、全然気にならなかったわー」

 

 そして魔梨沙が輪に小悪魔を加えて駄弁ったり、焼いたクッキーを開けてみたり、借りた本に集中してみたりしていると、そこにフランドールがやって来た。

 そう、今日はフランドールが魔梨沙を招いたのだ。宴会の前にそれを聞いていたのだが、酔いにやられフランドールの起きている時間を聞きそびれた魔梨沙は昼ごろに訪れて、そして彼女の起きた夕暮れ時の今まで暇をつぶしていたのだった。

 地下に篭っているというから生活リズムが変でないか気にしていたが、フランドールは実に吸血鬼らしい早起きで、魔梨沙の内心の夜遅くなるのではないかという心配は杞憂に終って安心である。

 

「わー、そのクッキー美味しそう!」

「あたしが焼いたのよ、フランドールも食べてみて」

「やったー、もぐもぐ……あれ、何か普段食べてるのと味が違って……薄いのかな?」

「魔梨沙が焼いたのには血が入っていないわ。そのせいじゃないかしら?」

「あ、そっかー。でも美味しいよ、魔梨沙!」

「ありがとう。こんなものでも喜んでくれれば嬉しいわー」

 

 喜びあう魔梨沙とフランドール。魔梨沙が差し出した手を、フランドールはきゅっと掴んだ。そして、魔梨沙は少し震えているその手をぎゅっと握り、フランドールに満面の笑みを見せた。

 思わずフランドールは、はにかんで頬を赤らめていく。

 

「私も、魔梨沙が来てくれて嬉しい!」

 

 そう言って、彼女は真っ赤な顔をして魔梨沙の笑顔を真似た。

 

 そんなフランドールの姿のみを見た誰が、先日まで地下に閉じ篭もっていた狂気の吸血鬼だと思うだろう。そう、これは道中妖精メイドに道案内されていたがフランドールにとって実質四百九十五年生きて初めての、お出掛けである。

 生れて直ぐに安全のために地下に入れられ、やがて危険な力を持っていることが発覚して、そして狂気に壊れていることが分かれば外に出すことすらためらわれ、本人も外に出ることを怯えてずっと、ずっと。

 そのフランドールが狂気を受け入れるようになったのが、先日のこと。魔梨沙との弾幕ごっこを経て、全て壊したいと思う心を持ったまま、今を大事にしたいと思う気持ちを忘れずに、それを戦わせ続けて生きるという覚悟を得た。

 一度出来たならきっとずっと出来る、とそうフランドールが言った際の笑顔を彼女のお姉さんはきっと忘れないだろう。

 

 

「なるほど、まるで人間の少女のように純粋です」

 

 だが、そんな過程を知らないものにとっては、封印されていた恐ろしい吸血鬼が地下から出て来たというだけのことに映る。

 先ほどまで怖い魔梨沙と触れ合うことで安心を得ていた彼女も、流石に狂気の悪魔と何の準備もなく接触しようとは思えない。

 

「……今の妹様に狂気の兆候は見えませんね。もっとも、狂気というのがどういった種類のものかも知りませんが、これなら大丈夫でしょうか」

 

 そう、小悪魔は慎重であった。もう危なくないとパチュリーに言われていても怖くて、だから大量の魔力妖力を感じた時に、直ぐに彼女は物陰に隠れてしまう。

 だが遠目に見ても勘からいっても、危険はないように見えた。しかし、簡単に踏ん切りが付かないくらいには、小悪魔はフランドールの噂を真に受けて恐怖していたのである。もう少し、離れていようと彼女は思う。

 そんな、小心な悪魔の後ろに忍び寄る影があった。 

 

 改めて語るまでもないが、力のあまりない小悪魔は隠れんぼが得意である。しかし、そんな彼女よりも隠れんぼが得意な存在が、紅魔館には存在した。

 妹の名誉のために自分が地下へ封じたのだということにしたから、心配していることを誰にも分からないようにして、毎日地下に向かうこと数百年。

 そんな穏行の熟練者からみたら、小悪魔の隠れ方なんてまるで児戯であり、おかしなものであった。

 

「何してるのよ、貴女」

「え……ひぃっ!」

 

 そう、頭を低くしてお尻をこちらに突き出している姿が気になり、紅魔館の主、紅の悪魔レミリア・スカーレットが、一山幾らの小悪魔に後ろから話しかけてみたのだ。

 吸血鬼を恐れて見ていたら、後ろにも吸血鬼、それは小悪魔も驚くに決まっていた。

 

「あら、流石に驚き過ぎじゃないかしら?」

「お、お嬢様。どうしてこんな所に?」

「妹の様子を見るのがそんなにおかしなことかしら。そんなことより、今は小悪魔、でよかったわよね。貴女はどうしてこんなに離れた本棚の影に隠れているの?」

「あの、私も妹様の様子を確かめに……えっと、近くに寄るのは恐れ多いですし……」

「つまり、怖くて遠くから見てた、って訳ね。まあ、いいわ。あの子の門出、一緒に見守るのを許してあげましょう」

「はぁ……」

 

 恐れているのを怒られるのかと思えば、お咎め無し。それにレミリアはこんなにフランクな悪魔であったか、そう疑問に思う。

 だがそんな疑問は無視できるが、間借りしている家の当主の言を無視することは出来ず、そのままこっそり二人で観ることに。

 それなりに身長のある赤い長髪の小悪魔の下に、赤く多大な力を湛えたしかし体は小さいレミリアが陣取り、気配を消した両者は上下に並んで本棚の裏から顔を出して、フランドールを見つめ始めた。

 

「あら……」

 

 地下からフランドールのティーカップを持って来て紅茶を淹れに来たメイド長は、知らず二人の後ろに通りかかる。微笑ましい後ろ姿を見た咲夜は、邪魔をしないように時を止めて通りすぎていく。

 黙っていたが咲夜には、上から下から本棚から顔を出して団欒を見詰める悪魔たちが、まるで悪戯をしようと画策している姉妹のように映っていた。

 

 

 

 

 

 

 大図書館のテーブルに、座っているのは三人。影に隠れている二人が居ることを魔梨沙だけは知っているが、何か故ある行動だろうと考え、見逃している。

 三人のうちの一人、フランドールは先ほど先日の弾幕ごっこで奇跡的に壊れなかったマイカップを使って、血液の入っていない彼女にとっては珍しい味付けの紅茶を興味深げに頂いていた。

 二人目のパチュリーは、紅茶で喉を潤しながら、何やら装丁の新しい真白い本を魔導書に変えている最中のようで、淀みなくペンを走らせている。

 最後に残った魔梨沙は、カップを早々に空にして、暇を感じ始めていた。

 

「そういえば、フランドールの用事ってなあに?」

「あ、そうだ……えへへ。魔梨沙たちがそういうルールで弾幕ごっこやってるっていうからスペルカード、沢山作ったの。見て!」

「えースゴい、一、二、三……十枚も作ったの?」

 

 魔梨沙がフランドールに声を掛けると、彼女はポケットから弾幕の柄の付いたカードを十枚取り出す。

 その正体は、一枚一枚に力が篭められたスペルカードだった。僅かな日数で作られた、その枚数に驚いた魔梨沙だったが、フランドールは反して不思議そうに首を傾げる。

 

「そんなに多いかな。パチュリーはもっと作ってるよ?」

「まあ、ざっと二十枚以上は作ったかしら。無聊を慰めるために、コツコツ作っていたら、気づいたら溜まっていたわ」

「あー、あたしだけかしら、三枚しか作っていないの。霊夢も知らない間に結構増やしてたみたいだし……」

 

 皆、スペルカード、即ち弾幕ごっこでの花形的要素のバリエーションを増やしているようだ。この波に乗り遅れるのはあまり良くはない。

 だがしかし、魔梨沙は自分にスペルカード作りのセンスのないことを知っていた。

 

「三枚はちょっと少なくないかしら。遊びでやるにも直ぐ尽きちゃうわ」

「相手のを避け続けて攻撃加えながら相手のスペルカード全部破っても勝ちだし、あたしはあまり使う機会もないのよねー。それにネーミングセンスに自信がなくて……」

「呆れた。まあ、貴女なら避けるのは簡単なのでしょうけれど、自信がないっていうだけで茨の道を進むなんて。名前なんて適当でもいいじゃない」

「あたしも、魔法の力、とか妖怪の力、とか本気の力、とか適当に作っていたんだけど妹から駄目出し食らって全部改名されたのよ」

「それで自信なくしちゃったんだー。知らなかったけれど魔梨沙、妹が居るんだね」

「血が繋がっていないけれど、一人だけ居るわー。自慢の妹よ」

 

 本人は気づいていないのかもしれないが、妹のことを語る際に、明らかに魔梨沙の喜色は大きくなっている。そんな様子を見て、フランドールは魔梨沙の妹に興味をもつ。

 

「へぇ。どんな子なの?」

「ええとね、ふわっふわの金髪で、とにかく可愛くて明るくて、男の子みたいな言葉を使うのが……」

「あ、こらそこら辺で止めなさい。どうせキリがないわ。フランドール。魔梨沙は貴女のお姉さんと同じ類。きっと妹のことを一聴いたら百返ってくるわよ」

「うえー、お姉さまと一緒、それは確かに……」

 

 どこかからか、フラン、そんな……という声と何者かが足元から崩れ落ちる音が聞こえた気がしたが、皆気のせいとして無視をした。

 

「そんなことないわよー。伝えたい内容を吟味して話すことくらい出来るわ」

「本気の賢者の石の弾幕を浴びていた最中に、妹が考えたスペルカードだって大きな声で自慢をするような相手が、まともに妹の話を出来るとは思えないわよ」

「あー、聞こえていたんだ……」

「魔梨沙、そんなことしてたんだ……やっぱり聞くのは止めよう。金髪の明るい女の子っていう情報だけで色々想像できるし」

 

 これにはフランドールも少し引く。シスコンは充分間に合っているのだ。

 だがそのおかげで、一時間以上に渡る、魔梨沙の妹自慢は当分お蔵入りになった。

 

「残念だけど、まあ、いいわ。それで話を戻すけれど、フランドールのスペルカード、気になるから名前を教えてもらっていい? あたしの新しいスペルカードの名前の参考になるかもしれないし」

「いいよー。じゃあ、まずはこれ。禁忌「カゴメカゴメ」」

「かごめかごめ。たしか童謡の名前だったっけ?」

「そうよ。ふふふ。フランドールも意味深な名前を付けるわね」

「あたしが分かる中でも、籠目模様、か。うーん、確かに凝っているわね」

「内容も名前に合うように頑張ったんだよー、後で見せてあげる」

 

 それは楽しみねと、魔梨沙は反応し、どうせ調整していないそれはピーキーなものであると想像したパチュリーは我関せずと沈黙を貫いた。

 実際はそれでも十枚の彼女のスペルカードの中では簡単な方であり、ちゃんと避けられるものになるよう一番気を使って作られたものであるとは、パチュリーでも分からなかった。

 

「あのさ、十枚もあるんだから、内容被ったりしていない? あたしなんて三枚中二枚は同じ種類のスペルカードだよー」

「うわ、バリエーション本当にないんだね、魔梨沙……うーん、なるべくそういうのはなくしていたけど、私の禁忌「フォーオブアカインド」と秘弾「そして誰もいなくなるか?」は似た種類かな?」

「名前を聞く限り、だいぶ違いそうだけれど。フォーカードに、そして誰もいなくなった。数の上では四とゼロ……いや一かしら」

「でも、数が増減するという括りなら一緒だよ。私が四人に増えて、私がいなくなる。ほら、私という対象が変化する、というところが被っているのよ」

「なるほど、確かにそうね。しかし、また厄介なスペルカードを考えるものねえ……」

 

 四人に増えたフランドールが弾幕を放つというのも大変なことだが、敵が居なくなった空間に弾幕だけが展開されるというのも、強制的に展開時間の限界まで逃げ続けなければならなくなるから恐ろしい。

 パチュリーは弾幕の内容を半ば正確に想像して、閉口する。そして、誰もいなくなったという言葉に何か感じ入るものがあったのか、フランドールも押し黙る。

 少しの間、沈黙が場を支配した。

 フランドールが増減するということが想像できずに、話に付いて行けなくなっていた魔梨沙はその沈黙を嫌い、気になった言葉を持ち出し、話を続ける。

 

「えーと。そして誰もいなくなった、ってミステリーの本よね。確か、貸本屋で一度読んだことがあるわ……人が童話か童謡か何かを真似たように殺されていって、最後は……」

「自殺して終わり。首を吊って誰もいなくなる、って童謡と一緒」

「あら、フランドールは知らないのね。童謡には最後は結婚していなくなるパターンもあるそうよ」

「え、そうなの!」

「というよりも、そっちが本当なのではないかしら」

 

 驚きを露わにしたフランドールを見る、パチュリーの目は、いやに優しかった。

 芸術作品に創った本人の内面が表れてしまうようなことが往々にしてあるように、スペルカードであっても作り手の心が投影されているようなことがままある。

 「そして誰もいなくなるか?」という名前に表れていたのは、破壊の力を持つ自分の周りに誰もいなくなってしまうかもしれないという恐れと不安、そして僅かな希望。

 その希望は題名を借りた物語のバッドエンドな終わりに沿って、ほとんどないものとなっていたが、しかしパチュリーが提示したもう一つの可能性によって開けたように、フランドールは感じた。

 

 フランドールが本気を出せば直ぐ潰されてしまうのに、恐れず手を差し出して、強く握手してくれた魔梨沙、それに狂気にただ流されていた過去の自分を長い間見守り、時に導いてくれたレミリアに、パチュリー。

 そう、そんな人妖たちが周りにいて、どうして不幸な終わり方が出来るだろう。

 

「そっか、幸せになってもいいんだ」

 

 今まで台無しにしてきた全てが、今を無茶苦茶にさせて絶望させ、首を吊るように仕向けてくるけど、それでも狂気に負けずにいれば、何時か地下(クローズド・サークル)から幸せになって抜け出すことが出来るのかもしれない。

 背中の羽に翼膜はないから一息に風を掴んで飛び出すことは出来ない。けれども、闇に明るい宝石がそこには飾ってあるため手探りでなく歩いて行けるから、何時かは胸中の暗黒を抜け出せるだろう。

 光明を見出した瞳から、滴がぽとり。今更に、フランドールは気付く。そう、彼女は歪でも生きていたかったのだ。

 

「あ、れ?」

「あらあら」

 

 自分が涙していることを知らずに、フランドールは驚く。察した魔梨沙は席を立ち、静かに近寄りフランドールの涙をハンカチで拭う。

 

「っく、っく……うわーん!」

「よしよし」

 

 すると、後から後から、涙の滴が零れていく。そして息をするのも苦しくなるほど溢れだし、本格的にフランドールは泣き出した。

 わけも分からずえぐえぐと、しゃくり上げるフランドールを魔梨沙は服が汚れるのも構わず抱き締め背中を撫でさする。それは何時かの妹に、そして霊夢にも同じくしたことのある、慣れたことであった。

 指先に触れる羽の付け根が人との違いを感じさせるが、しかしそれでも同じように、魔梨沙はフランドールを慈しみ触れ続ける。

 

「う、うぅ……」

「うふふ。これが悪魔の妹、ねー」

「そうね。素直になれない悪魔の、発展途上な妹だわ」

 

 パチュリーが流し見たその先には、羨ましそうに魔梨沙とフランドールを見る親友の姿があった。レミリアがどちらの役になりたいのか、パチュリーにも分らない。きっと、本人にも分っていないのだろう、だからレミリアは声を上げない。

 どっちでもいいからと素直に混ざることのできないレミリアを思い、パチュリーはこっそりため息を吐いた。今夜泣きついてくるだろう親友をどう言葉を使って慰めようか、考えながら。

 もう、魔梨沙の真似でもしてあげればいいかしら、等と半ば投げやりになって。素直になれないのは魔女も一緒だった。

 

 

 

 


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