召喚
ゼロ。
それはルイズにとっては不名誉の象徴であり、侮蔑と嘲りを伴った二つ名でしかない。
どのような魔法を使おうと、必ず爆発してしまうのだ。
メイジであり貴族でありながら魔法が使えないというのは彼女にとって辛辣なものだった。
だから人一倍努力した。座学をひたすら勉強し、何度も何度も杖を振るい、誰よりも貴族たりえようとした。
しかし努力をあざ笑うように魔法だけは使えなかった。
そんなルイズがいま挑んでいるのは、魔法学院の進級をかけた春の使い魔召喚の儀式。
使い魔となる動物を呼び出す神聖な儀式、というのはルイズ自身もわかっている。
しかし、爆発。
もうこれで何度目の失敗なのかわからない。
「ミス・ヴァリエール、時間も押していますし、続きは明日にしましょう」
教師であるコルベールが告げた。他の生徒はすでに召喚を終えて、中には退屈そうに読書にふけるものもいる。ルイズにいつまでも時間をとられるわけにはいかないのだろう。
「そんな! あと一回! あと一回だけでも!」
「ではあと一回だけですよ?」
「はい!」
これが本当に最後のチャンス。今日できなければ明日もできない。
ルイズは自分にそう言い聞かせ、強く念じた。
「宇宙の果てのどこかにいる、我が僕よ! 神聖で美しく、強力な使い魔よ!」
お父様、お母様、ちい姉様、始祖ブリミル様、あとついでにエレオノール姉様、どうかわたしに奇跡を起こしてください!
「私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」
ルイズは召喚のルーンを唱え、杖を振る。
結果はといえば、どう、と音を立てて草原の一部が爆発するのだった。
軽く扱ったエレオノールの嫌がらせなのか、イタズラ心を始祖ブリミルが発揮したのか……。
「おいまた失敗したぞ!」
「これで留年だな」
ルイズは呆然とその黒煙を見つめた。もう言い返す余力もわいてこない。あと一回だけというチャンスをもらっておきながら結果はこの有様だ。
深々とため息を吐いた。いよいよ留年という可能性が見えてしまう。
怒ると鬼のように怖い姉のエレオノールと母の顔がちらついて身震いした。ああお父様、ちい姉様、どうかご慈悲を。
だが黒煙が風に流されていき、気づいた。
「平民?」
呟き、その眉間にしわがよる。
見たことのない変わった服装で、腰には使い古しのポーチを着けている。なによりマントも杖もないとなれば間違いなく平民だろう。
珍しい黒髪に黒い瞳をもつ少年。いや青年か? 年齢はルイズより若干上、といったところだろう。
彼は状況が理解できていないのか、地面にへたりこんで周りをキョロキョロと見渡していた。“ここはどこ? 私は誰?” 状態のようだ。
幻獣なんて贅沢はいわないけどまさか平民が出て来るなんてあんまりよ!
不機嫌さを隠すことなくルイズはずかずかと歩みより、その顔を覗きこんだ。
「あんた誰?」
「あ、えーっと、ここはどこかな?」
青年は苦笑いを浮かべて言う。質問しているのはこっちなのに話にならない。
「おいおい、ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」
どっと笑い声があがった。ひたいがヒクつく。
「ミスタ・コルベール、やり直しを!」
「それはできない」
ぴしゃりと即答された。
抗議の声を上げるより早くコルベールはその理由を告げる。
「ミス・ヴァリエール、使い魔召喚の儀式はとても神聖なんだ。 彼はたしかに平民かもしれないが、呼び出したものを変えるわけにはいかない」
「でもーー」
「ミス・ヴァリエール」
遮られた。なにも言えなくなる。
「彼と、コントラクト・サーバントを行うのです。さあ」
聞く耳は持たないといった表情。ルイズは諦め、青年の前にかがむ。
「初めてなのに……。感謝しなさいよね」
「えーっと?」
青年は困ったように笑うだけだった。まあなんというか、尻尾を振る子犬のような印象を受ける。
そうよこいつは犬よ犬。犬なんだからためらう必要なんてないわ。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
青年が無駄に動かないよう、頭を両手で挟む。
「んん?」
「五つの力を司るペンタゴン。かの者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
そして唇を重ねた。ふにっとした感触。間違っても舌を触れられてはならない。
というかこれどれくらい重ねておけばいいのかしら?
れろ
「んなっ!?」
顔を真っ赤にして即座に顔を離す。
いいい、いまくくくくく唇を舐められたっ!
「なななにすんのよ!?」
「いやついね、ったたたたたたた!」
青年は唐突に左手をおさえて声を荒げた。使い魔のルーンが刻まれているのだろう。
「ちょ、なにこれ?」
青年の左手の甲には、なにか文字のような痣が描かれていた。青年はそれをゴシゴシとこするが、もちろん取れるはずがない
「使い魔のルーンよ」
「使い魔? ルーン?」
「珍しいルーンですな」
と、コルベールが手帳に青年の左手をスケッチする。青年は完全にいないもの扱いだ。無理もない。
「ではみなさん、学院に戻りましょう」
そういうとコルベールは他の生徒を連れて学院へと飛んでいった。
そのうちの一人が振り返る。
「お前はその平民と歩いてこいよ」
「あいつフライどころかレビテーションも使えないんだぜ」
眉間にしわを入れながらその光景を見届け、ルイズは青年に顔を向けた。
青年はぽかんと空を見上げている。
「人が飛んでる」
「そりゃ飛べるわよ。魔法なんだもの」
「魔法って……そもそもここはどこなのかな?」
よいしょ、と青年は立ち上がった。意外と身長がある。ルイズより頭一つか二つほど高い。
「あんたいったいどこの田舎者よ。ここはハルケギニアの、トリステイン王国よ」
「はる……なに?」
「ああああああああもう黙ってついてきなさい!」
ルイズは叫んで学院へと歩いていった。
「君は飛ばないの?」
「うるさいうるさいうるさーい!」
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学院の自室に戻ったルイズは深々とため息を吐く。
本来ならば外で使い魔と触れ合う時間なのだが、あいにくと呼び出したのは平民だった。ルイズは早々に部屋に戻ってベッドに突っ伏してから、窓から眼下を眺める青年をみやった。
青年の名前はリンというらしい。変な名前だ。
そのリンは窓から他の使い魔や生徒たちを観察しているのだろう。
だがそれも飽きたのか、ルイズへと体を向けた。
「僕が異世界に来るなんてね」
リンは肩をすくめてみせた。
彼いわく、月が一つしかない世界で、ニホンのトーキョーとかいう場所から来たという。
「異世界なんて聞いたことがないわ。それに月が一つだけなんて」
「証明はできないよ。でも実際そうなんだから」
まあ嘘かどうかはこのさいだから言及せずにおく。
ルイズはベッドの上に仁王立ちした。
寝そべったままでは貴族の威厳は保てないし、こうしたらリンを見下ろせる。
「とにかく、あんたは私の使い魔なんだから、私の言うことは絶対よ! いいわね!」
「その前に確認したいんだけど、ルイズちゃんは貴族でけっこう偉い身分、で合ってるかな?」
「そうよ。わたしはヴァリエール公爵家の三女で、あんたのご主人様」
「はーい」
年上の青年に笑顔で「はーい」などと言われた。肩をはって威厳がどうのと考えていたのが馬鹿らしくなる。
「い、いい心がけじゃない。褒めてあげるわ」
ベッドに座り直してさあどうしたものかと考える。
「あーところでルイズちゃん。使い魔って具体的になにをするのかな?」
「使い魔は主人の目となり耳となって情報を集めたりするをだけど……ダメね、なにも見えないわ」
「他には?」
「あとは秘薬の材料なんかを見つけてくることなんだけど……それも無理よね」
リンは肩をすくめて肯定を示す。
もっとも、ルイズは秘薬の調合を行ったことがないので、本当に持って来られても困る。
しかしそれは黙っておいた。見くびられてしまう。
「最後にこれが一番大事なんだけど、主人の身を守ること。でもこれも無理よね」
ため息をついた。このリンという青年はどうみても強いとは思えない。むしろ優男といっていい。
だがリンは否定した。
「いやいや、僕これでもけっこう強いよ?」
「はいはいそうですか」
もういろいろと疲れたし今日は寝てしまおう。
ルイズはそう考え、ベッドをおりて制服を脱ぎ始めた。
「ルイズちゃん。僕ら会って半日もたってないんだよ? いきなり肌を見せるってどうなの」
「なにいってるのよ。使い魔に見られたってなんとも思わないわ」
リンは苦笑いして窓の外に目を向ける。
ネグリジェに着替えて、脱ぎ捨てた衣服をリンの背中へ放った。ぱさ、と音を立てて落ちた。
「それ、明日になってからでいいから洗っておいてよね。それから朝になったらわたしを起こすのよ」
そう言いつけてベッドの中に潜り込んだ。指をパチンとならして明かりを消す。
「便利だな、ってちょっと待った。僕はどこで寝たらいいの?」
ああそうだった。動物を召喚するつもりでいたから寝台なんて用意してなかった。
でもまあいっか。召喚された平民が悪いのよ!
「あんたはそこ」
腕だけを出して壁際の藁束を指差した。
「……藁があるだけまし、か」
リンの諦めた声に、ルイズはふと思った。
これがマシってどんな暮らしだったのかしら? そういえばリンの世界のことは聞いたけど、リンのことはなにも知らないままよね。
はあ、いまはもういいわ。寝よ。
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ルイズが寝息を立て始めるなか、リンはまだ窓辺に立っていた。
「魔法、か」
腕を組んで呟く。
この世界はまるでファンタジーそのものだ。
ブックオフや図書館でそんな漫画や小説をよく読んでいたものだが、まさか自分がその主人公になるとは思わなかった。
とりあえずは『喰種』という存在がこの世界にもいるのか、そのあたりも知る必要がある。
そして貴族と平民の関係もよく知っておかなくては。
いまの自分の扱いをみる限りでは平民の立場は貴族よりかなり低いだろう。
もし平民の生殺与奪権を貴族が握っているとしたら……?
なんと素晴らしい第二の人生か。
ルイズ。君の忠犬になってあげるとも。
そして飼い主の責任も持ってもらわないと、ね?
「おやすみ、ルイズちゃん」
リンの瞳が赤黒く変色したが、ルイズが気づくことはなかった。
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いせかいげきじょー
僕はリン。ニニ歳。
13区をぶらぶらしていたら謎の鏡が出てきたぞ。
ちょっと興味本位で触ってみた。
あ〜れ〜
気がついたら目の前に可愛い女の子。
女の子に熱烈キッスをもらいました。
女の子の唇は美味しかったです。