ゼロの喰種   作:gulf0205

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覚悟

ルイズが夜空を眺める中、その隣のリンは腰のポーチから干した肉片を取り出し、口の中に放り込む。

特にやることがない時はだいたいこうしているものだ。言うほど美味しいわけでもないが、口が寂しい時なんかはよくかじっている。

 

「……なに、食べてんの?」

 

ルイズが怪訝な顔を向けてきた。

 

「知らないほうがいいんじゃないかな」

 

「う……」

 

想像したのか顔をゆがめてそっぽを向く。

人間のどこを使って『塩』や『砂糖』を作っているのか、とか、どうやって切り身から血抜きして干しているのか、なんてルイズは知らないほうがいいし、知って欲しくない。

ごくんと飲み込んで、話題を変える。

 

「あ、ほら、見えてきた」

 

遠くを指差した。

その先には白雲に覆われた大陸が漂っており、初めてこれを見たときは素直に驚いたものだ。

人によってはクリームの上にプリンが乗っかってるようにも見えるだろう。

もっともルイズは何度かきているらしく、特に感想もないように相槌を打つにとどまる。

ふと、見張り台に立つ船員が叫ぶ。

 

「殿下! 遠方に『ロイヤル・ソヴリン号』!」

 

それを聞いたウェールズの表情が険しくなった。

 

「高度下げろ! 雲の中に隠れるんだ!」

 

その指示に従い、船は高度を下げて雲の中へ。

まるで濃霧だ。こんな視界が利かない中を飛んでいるのはやはり慣れない。そりゃアルビオン大陸と正面衝突するほど近づいたわけじゃないけど。

 

「ミスタ・ウェールズ、危険じゃないか?」

 

やや離れたところにいるハヤトが不安げに言う。喰種に近づきたくないのだろう。

 

「あの船に発見されるほうがもっと危険でね」

 

もうほとんど見えない『ロイヤル・ソヴリン』という船をみやり、ウェールズは顔をしかめる。

 

「もともとはアルビオン王室の誇る航空戦艦だったが……いまや貴族派の主戦力さ。あれの反乱から全ては始まったんだ」

 

ウェールズがため息を一つ漏らしたところで、この『イーグル号』は雲の中に沈み込む。ロイヤル・ソヴリンは見えなくなった。

 

「それと、リンのおかげで我々はかなり助かっている。君が喰種ハンターだとしても、リンには手出ししないでくれ」

ウェールズのありがたい言い分に、ハヤトは苦々しい表情を浮かべる。リンは心の中で舌を出しておいた。

船、『イーグル号』は大陸に近づき、さらに高度を下げて大陸の下へと潜り込む。

もう慣れっこのウェールズが指示を飛ばし、難なく視界ゼロの空を行く。

やがて大きく切り開かれた大穴が見えてきた。土と岩の壁に、あんぐりと口が開いているようだ。

 

「まるで海賊の隠れ家ですな、殿下」

 

「まさに海賊なのだよ、子爵」

 

船の左右に広がる帆をたたみ、速度を落として穴へ進入。

内部には港と呼べるだけの機能が備わっており、桟橋や船を吊るための係留索が垂れ下がっている。

港員は手際よく船を繋ぎ留め、足場をかけた。

ウェールズとともに船を降りる。

老メイジのバリーが出迎えた。王党派の副官だ。

余談だがバリーにかけられた第一声は『この化物め』であるが、その日のうちに貴族派を十人ほど血祭りにあげると態度がガラッと変わった老人でもある。

結果至上主義なのだろう。いまさらもうどうでもいいが。

 

「バリー! 喜べ、硫黄だぞ硫黄」

 

ウェールズの報告にバリーは顔を緩めた。

 

「ほっほう、火の秘薬ですか。これで華々しく散ることができますな」

 

「ああ。派手に終わらせよう」

 

派手に終わらせる、の意味がわからず、リンはわずかに首をひねる。

 

「ならば雄々しく散りましょうぞ。おまえもご苦労だったな」

 

「はあ、どうも。それでーー」

 

パンパンと肩を叩かれ、さっきの意味を問おうとした矢先、バリーはルイズたちに顔を向ける。

 

「して、あちらの方々は?」

 

「トリステインからの使者さ。最後の使者だ。もてなす準備をしてくれ」

 

「はっ」

 

一礼し、バリーは去っていく。

 

「ではミス・ヴァリエール、こちらへ。ミスタ・ワルドとミスタ・ハヤトは先に食堂でくつろいでほしい」

 

「ほら行くわよリン」

 

ルイズに促されて、とりあえずルイズの後ろを歩いてついていった。

通路を進み、行き着いたのはウェールズの自室。

王子の部屋にしては狭くて質素なものだ。もちろんウェールズが文句を言える立場ではない。

ウェールズは机の引き出しから木箱を出した。黒い漆が塗られ、蓋の部分には少女の刺繍が描かれている。

 

「僕の宝箱なんだ」

 

言って、ウェールズは中から封筒に入った手紙を取り出す。時折ウェールズが読み返している手紙だ。

それに軽く唇を当てて、ルイズに差し出す。

 

「これがその手紙だ。受け取ってくれ」

 

「はい。確かに、受け取りましたわ、殿下」

 

うやうやしくルイズは受け取り、自分の懐へ入れた。

 

「……それでウェールズさん、さっき派手に終わらせる、とか言ってたけど、どういう意味?」

 

「そのままの意味だよ」

 

ウェールズはリンへと向き直る。

 

「貴族派にこの居場所を知らせてやれば向こうからやってくるだろう。そして我々はここで籠城しーー」

 

ウェールズは笑みを浮かべた。

 

「ーー華々しく戦死するつもりだ」

 

その一言に、リンの眉がひくついた。

戦って死ぬつもり? 死ぬために戦う? 生きるために戦って、結果として死んでしまうのではなく?

どうしようもない憤りがリンの胸中で渦巻く。

死ぬつもりならなんのためにウェールズと戦っていたのかわからない。

眉間にしわがよらないように注意しつつ、リンは問うた。

 

「勝てないの?」

 

「勝てないさ。我々の戦力はわずかに三百。だが敵は五万。できることといえば王族として果敢に戦死することだけだ」

 

果敢に戦死。

イラつく。ぶん殴りたい。

でも。

 

「ウェールズさん、たしか『禁断の魔法』とかがあるって聞いたよ? それ使えば?」

 

「あれは卑怯者が使うものだ。王族が使っていいものではない」

 

使うくらいなら死んだほうがマシってか。

リンは肩をすくめて、一歩さがった。

 

「殿下」

 

突如としてルイズが片膝をついて、頭を垂れた。

 

「亡命なさいませ、殿下。トリステインに亡命を」

 

「それはできないよ、ミス・ヴァリエール」

 

ウェールズも片膝をついて、ルイズの肩に手を置いた。

この役者みたいなやりとりが鬱陶しくなって、ポーチから干し肉出してかじった。

あー味気ない。

 

「僕がトリステインに亡命したら、貴族派がトリステインに攻め入る口実となってしまうだろう」

 

「しかし……差し出がましいとは存じますが、姫殿下とウェールズ殿下は思い人なのではございませんか?」

 

ああ、やっぱりそうなんだ。なおさら腹が立つ。

 

「姫殿下がウェールズ殿下に手紙をしたためるときの顔を見ました。殿下に宛てた手紙には、亡命を望んでいるのではございませんか?」

 

「王家として誓って言うが、亡命を望むようなことは一言も書いていなかったよ。それに、僕とアンリエッタとは恋人などではない」

 

嘘ばっかり。

呆れて、リンはそっぽを向いた。

恋人じゃないならなんで後生大事に手紙を持っているのやら。おまけに何度も何度も読み返したりして。

 

「アンリエッタにはこう伝えてほしい。ウェールズ・テューダーは勇敢に戦って死んだ、と」

 

アホくさ。

リンは内心で罵っておく。

 

「さあミス、食堂に行こう。せっかくの料理が冷めてしまう」

 

ウェールズはルイズを立たせて、その食堂へと案内した。リンもとりあえず後をついた。

いっしょに食事するわけではない。ただ、ウェールズに話があるからだ。

食堂に近づくにつれて料理の “悪臭” が漂ってくる。おえっ。

食堂のなかではいくつもの料理が運ばれてきて、ウェールズの部下たちが大声で笑い、酒を酌み交わす。

死ぬことを理解して、死ぬことを受け入れる。だから笑っているのだろう。

不幸も不利益も不条理も、洗いざらい全て受け入れた末に出てくる笑い声だ。

まるで自分を見ているようで、いやな気分になる。

 

「楽しんでいるかね、諸君」

 

ウェールズの問いかけに、部下たちは大声で答えた。

 

「さて諸君、おそらく明後日が最期の日となるだろう。その日、勇猛果敢な敗北を果たそうと思うが、いかがだろう?」

 

 

おおー!

 

 

そんな声が上がった。酔っているのだろう。酒にも、自分にも。

上座に座るヨボヨボの老人、ジェームズ国王が立ち上がった。

 

「そうか。いよいよか」

 

「いよいよです、父上。明日、民間人と、彼らを送り出し、戻ってきた『イーグル号』とともに迎えうちましょう」

 

「ふはは、討ち死にも悪くない」

 

笑って、ジェームズは席に座る。その表情が寂しげに見えるのはリンだけだろうか。

ルイズやハヤトも内心でいたたまれない気分らしい。そんな顔をしているが、リンには関係ないことだ。

 

「リン」

 

唐突にウェールズに名前を呼ばれる。

 

「んー?」

 

「君には感謝してもしきれない。本当なら勲章を授与したいが、手元になくてね」

 

「別に気にしなくていいよ」

 

だいたい勲章なんかもらっても困る。それをもらってどうすりゃいいのかと。

 

「君も明日、ミス・ヴァリエールとともに帰国したまえ。君に便宜を図るよう、マザリーニ枢機卿に手紙を書こう」

 

「ん、ありがと」

 

亡国の王子の手紙にどのていど効果があるのかわからないし、役に立つのかわからないが、もらうだけもらうとしよう。

 

「さあ、今夜は無礼講だ。楽しんでくれ」

 

んで、いえーい、と部下たちは騒ぎ出す。

もういいかな。

 

「あー、それでウェールズさん」

 

「どうしたんだい?」

 

「ちょっと二人だけで話がしたいんだけど、いいかな?」

 

「まあ、少しなら」

 

ウェールズとともに、食堂を後にした。

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

リンに二人で話がしたいと言われ、ウェールズは礼拝堂へ案内した。

ステンドグラスからは月明かりが差し込み、整然と並んだ長椅子は乱れがない。

なぜか広い場所がいいというリンの言い分には色々と疑問がつきまとう。二人で話をするだけなら、そのあたりの廊下でも構わないはずなのだが。

 

「それで、話とは?」

 

後ろのリンを振り返ると、なぜかリンは背中の剣、デルフリンガーを入り口の壁に立てかけていた。

 

「うん……ウェールズさん、勇敢に戦って死ぬとか言ってたよね?」

 

「ああ、そのつもりさ」

 

胸をはるように言うと、リンの口元が吊り上がるように歪む。

 

「なぁにそれ、馬ッ鹿みたい」

 

それは明らかな嘲りだった。

見下し、侮蔑する表情と声。なぜいまここでそんなことを言う?

理解が追いつかない。

 

「なに?」

 

思わず聞き返していた。なにかの間違いか? まさか本音か? なにを嘲った?

 

「聞こえなかった? んじゃもう一度言うね。勇敢に戦って死ぬ? ばーっかじゃねーの? ようするに『もう勝てそうにないからやーめた』ってことでしょ? まるで子供だね」

 

「リン!」

 

頭に血がのぼる。杖を抜いてリンに向ける。

言わせておけば! 栄光の最期を子供みたいだと!? 馬鹿らしいだと!?

 

「それ以上侮辱してみろ! 我が風がお前を切り裂くぞ!」

 

「切り裂く? あはは、誰が? あんたが、僕を? できるの? “負け犬” オブ・ウェールズ?」

 

ブチ、 と聞こえたような気がした。

スペルを組み立て、詠唱。

 

「エア・カッター!」

 

不可視の刃が、長椅子の背もたれを切り飛ばしながらリンへ迫った。

充分な殺意と威力を備えた必殺の一撃だ。人が受ければ胴体を両断するほどの。

それをあろうことか、リンはまっすぐ突っ込んできて、左手一本で防いだ。血が吹き出しはしたが、それだけだ。

裂かれた肉から極々小さな手が生えて、それがお互いに握手を交わすように、傷口が塞がっていく。

それがほんのわずかな時間で。

 

「なーー」

 

喰種が頑丈なのは知っていたがまさかこれほどとは。

次の呪文詠唱に入るころには、もうすでにリンが眼前に迫っていた。

リンはウェールズの両肩を掴み、膝蹴り。

 

「か、はっ」

 

鈍痛と衝撃。

胃が潰されるような痛み。肺から空気が絞り出される。

 

「図星だからってキレるな、よ!」

 

リンは肩を掴んだまま、力任せに放り投げた。

世界が回転する。天井、壁、床、椅子、激しい衝撃。

ガラガラと音を立てて長椅子が倒れる。

痛み。

そして怒り。

王族に、アルビオンの皇太子に、このような無礼を働いて許せるものか!

 

「ぐっ……」

 

立ち上がりながらも呪文を唱える。

家臣や部下を呼ぶ気にはならない。いまは完全に一対一なのだ。助けを呼べば敗北したような気分だ。

リンはまだその場から動いておらず、まるでゴキブリか豚を見るようにウェールズを見下していた。

 

「戦って死ぬって言うけどさーー」

 

「エア・ハンマー!」

 

喋るその口がきけないようにしてやる。

刃がダメならこれはどうだ? 食らえば間違いなく吹き飛ぶ。そこを追撃する。

リンは表情を変えず、長椅子をこちらへと蹴り飛ばした。

そのていどでエア・ハンマーは相殺できるはずがない。

リンの姿が一瞬だけ長椅子に隠れる。

その長椅子は空気の塊によって吹き飛ばされ、壁に激突して壊れて落ちる。

 

「……!」

 

リンが消えた。

そう思うや否や、気が付いた時にはリンは足元にしゃがんでいて、蹴りで両足を払い飛ばされた。

足が地面の感触を失い、体が平行感覚を失う。

リンの足払いとは反対側の方が胸に置かれて、押し出すように蹴られた。

ウェールズの体が吹き飛ぶ。壁に衝突。背中が悲鳴をあげる。

頭はかろうじて左手で守った。

床に落ちる。

 

「うぐっ」

 

頭がぐらつく。視界がかすむ。

 

「黙って聞けよ、話してる」

 

頭を振って焦点を合わせ、壁にすがるように立ち上がった。足元がおぼつかない。

杖を向ける。

 

「いままで頼りにしていた父親が、ある日突然いなくなったらさ……残った子供二人と母親がどうなるか知ってる?」

 

知らない。なんの話だ?

わからないがとにかく、悟られないように呪文詠唱に入る。

 

「ネズミみたいにクソ溜め這い回るハメになるんだよ!」

 

リンが突っ込んできた。

 

「ウィンド・ブレイク!」

 

リンにではなく、長椅子に向けて放つ。

突風に煽られた長椅子が吹き飛び、リンへと襲う。

だがそれを、リンは右手でたやすく払いのけて見せた。飛んでくるハエをそうするように。

リンの掌底が顔に迫る。手を上げて防ごうとしたが、防ぐ暇すらなく頬を打ち抜かれた。

パン! と小気味いい音が起きる。脳が揺られて意識が飛びそうになる。

 

「責任も義務も放り出しておいてなーにが勇敢に戦って死ぬだ、笑わせんな」

 

脇腹、みぞおちを殴りつけられ、息が漏れる。

前屈みになった瞬間、背中に肘を落とされた。骨が軋む。

 

「うあ……」

 

膝をつき、左手を床につく。痛くない場所がない。

 

「バリーさんたち本当にかわいそう。あんたみたいな能無しの無理心中に付き合わされるなんてさ、そりゃ飲まなきゃやってらんないよねえ? あは、はははは」

 

頭が割れそうなほどにガンガンと痛む。

王族の誇りを笑い飛ばしているのだ。それも王族たるウェールズに向かって。

しかしーー責任も義務も放り出して勝手に死ぬ。リンにはウェールズの行動がそう見えているのだ。

名誉の戦死。

それが責務の放棄とみられているのだろうか……能無しの無理心中? バリーたちもそう思っているのか……?

黙れ、黙れ、黙れ!

 

「黙れ!」

 

立ち上がりざま、ブレイドを唱える。杖から魔法の刃が生成される。

それでリンに切りかかった。右上からの袈裟斬り。

リンの左手が瞬時に動き、杖を持つ右手をつかまれた。

 

「な……」

 

なんて怪力だ。びくともしない。

そう思う間にも、反対側の手で胸ぐらをつかまれ、投げ飛ばされる。

 

「フラーー」

 

フライを唱える前に長椅子に激突、転がった。ブレイドが解除される。

 

「う……うぅ……」

 

ダメだ。通用しない。

勝てない。

メイジは遠距離から一方的に攻撃できる。それが貴族としての振る舞いを許される要因でもある。

だが喰種はその距離という壁をたやすく飛び超えてくる。

近距離戦を得意とするメイジなどそうそういないだろう。一度近づかれたら殺されるだけだ。

……つまりリンは、いたぶっているのか。

目の前の椅子に手を置いて、這うように立ち上がる。ちくしょう。

 

「使っちゃいけない魔法だっけ? 僕さ……こんなところに閉じこもってまだ抵抗続けてるから、てっきりそれ使う時期をはかっているのかと思ってたよ。でも実際は勝つの諦めてたんだね? だったら最初から死んどけばいいのに」

 

ジロリとリンが睨みつけてきた。しかも目が赤黒く変色させている。

 

「ムカつくんだよね……そういう、格好つけて死のうとかいうやつ」

 

リンが動く。

速い。

こちらに迫ってくる。

全身が悲鳴をあげていて、反応しきれない。

首を鷲掴みにされて持ち上げられた。息が……

 

「が……あ、あ……」

 

「ほら、抵抗していいんだよ? ほら、ほら、ほら。ほら!」

 

抵抗していいだと?

抵抗すらできないではないか……。

意識が遠のく。視界が暗くなりかけたころ、突如として解放された。

足に力が入らない。石畳の床が眼前にせまる。

無様にもひざまづいたのだ。王族たる、この僕が。

後頭部に衝撃。

冷たく硬い石の感触が顔の半分を占める。

残る半分にはざらついた感触。そして皮と埃のいやなにおい。

これは……つまり、踏みつけられているのか。

屈辱以上に、敗北感に満たされていく。食いしばる歯がギリリと鳴る。

不甲斐なさに目頭が熱くなった。

 

「勇敢に戦って死んだ、ねえ? だったらアンリエッタって子には、こう伝えておくよ」

 

にい、とリンは笑ったような気がした。

 

「ウェールズさんはみっともなく泣き喚いて命乞いをしながら無様に死にました、ってさ」

 

「なっ!?」

 

血の気が引いた。

リンは『はらわたを引きずり出すぞ』と脅して本当に素手で引きずり出すような男だ。

やると言ったらやる。この短い付き合いでそれだけは断言できる。

こいつは本当に死に様すらも辱める気だ。なんて奴だ。

 

「お、おまえら、喰種は、そこまでやるのか? 死者に鞭打つ真似がなぜ、できる?」

 

もう、抵抗する気力は残っていなかった。

リンは強い。

勝てない。

 

「死者? 死体ならわかるけど、死者ってなに? 死んじゃえば人の形をしたただの肉じゃん。物をどうしようが勝手でしょ? ただの肉がどうやって文句言うの?」

 

歯ぎしりした。

こいつらは根本的に人とは違うのだ。肉体の違いというよりも、命に対する見方が全く違う。

貴族と平民で価値観が違うのはわかる。だがリンはそもそも人ですらない。

 

「だいたい戦って死ねるわけないじゃん。僕が『アオギリ』なら絶対にあんたを殺さずに捕まえる。なんでかわかる?」

 

「……」

 

わからない。人でなしの考えなどわかるはずもない。

 

「まず左手を切り落とす」

 

「……!?」

 

「でもってあんたの私物と一緒にアンリエッタってお姫様に送りつける。手紙にはこう書いておこうかな? あんたの大事なウェールズは預かっている。いうことを聞かなかったら今度は右手を送りつけるぞ、ってね」

 

聞くだけで吐き気がするほどにおぞましいことを、リンはさも当然のことのように言ってのけた。

 

「まさか、そんな、外道なまねーー」

 

「やるに決まってるじゃん。僕ら喰種だよ? 『人喰い鬼』だよ? 人間殺してその肉食べてんだよ? 外道? どこが? やって当たり前だっつーの、バーカ」

 

ぐりぐりと、横顔を踏みにじられた。

全身から力が抜けていく。

人の道を外れた者を『外道』と呼ぶが、リンは最初から『外道』を歩く者だ。

犬畜生の道理をいく連中を相手に、騎士道精神や紳士協定が通用するはずもない。

こんな連中を敵にしていたのか……。

ふと、踏みつけていた足がどかされて、代わりに髪を鷲掴みにされた。

 

「うぅ……」

 

そのまま上に持ち上げられ、膝立ちになる。ぶちぶちと髪の毛がちぎれる。

痛みに顔をしかめた。

眼前にあるリンの顔は、まさしく化物のようだった。人喰いの、化物。

 

「この世のすべての不利益は当人の能力不足、ってことで説明できるんだってさ」

 

「……!」

 

見えない刃物が心臓を貫き、抉った。

 

「最初はただの極論だと思ってたけど、あんたを見てるとあながち間違いじゃないって思えるよ」

 

「な……に……?」

 

「だってそうでしょ? あんたに力があれば反乱なんか制圧できた。人望があればそもそも反乱なんか起きなかったし、起きたとしても誰かが知らせてくれた」

 

「……」

 

反論のしようがないほど、事実その通りだった。

 

「力がないから舐められる。人望もないから背中を向けられる。知らない間に裏切られて、見捨てられてることに気づけない。だって世間知らずの馬鹿だから」

 

リンの言葉が突き刺さる。

単語が楔となって打ち込まれ、黒く醜い亀裂が入っていく。

 

「勝手な、ことを……」

 

「勝手を振る舞えるのは強者の権利。弱者は蹂躙されて奪われるだけ……そのへんの理屈は貴族サマならわかるんじゃない?」

 

リンは髪を手放した。

しかしがっくりとうなだれるだけで、立ち上がる気力はなかった。

勝手を振る舞えるのは強者の権利……そうだ、その通りだ。力を持っているからメイジは貴族なのだ。

ならばメイジよりも強い者が現れたら……?

 

「力もない、非情にもなれない、あるのは外側だけ立派なプライドと、父親が王様っていう親の七光りだけ。それしか人生の取り柄がなんてかわいそうにね」

 

ウェールズの中で世界が壊れていく。

いままで培ってきたもの。積み上げてきたもの。教えられてきたもの。

それらが音を立てて崩れ落ちる。

意識がぐらつく。世界が歪む。

 

「自分は不幸だ、なんて思ってる? けどその不幸を呼び寄せたのいったいだれ? 卑怯者って言われてでも使える手は全部使えばよかった。そうすればここまでひどくなることはなかった。ろくな対策もとらずにズルズルと先送りにしたせいでこの有様」

 

「僕は……僕はぁ……」

 

「だれのせい? だれ? だれ? だれ!? だれのせい? おめーに言ってんだよ、弱者」

 

「ぼく、は……」

 

弱者。

負け犬。

親の七光り。

責任放棄。

この世の不利益は全て当人の能力不足。

 

「僕にどうしろって言うんだ!?」

 

叫んだ。

涙が流れ落ちる。

 

「王族は民の模範にならなければならない! そう教え込まれてきたんだ! いったいどうしたらよかったんだ!?」

 

すがるようにウェールズはリンを見上げる。

これまでの人生、価値観、それを全て否定されたら、どうやって生きていけばいい?

 

「その教えを守って自分の国を乗っ取られたら世話ないね。クソ食らえって思わない? 本当に大事なもののためなら、プライドも退屈な教えも捨てるべきだった」」

 

本当に大事なもの。

無邪気に笑った記憶がささやく。

かつてラグドリアン湖で、愛を誓ってくれた少女。

アンリエッタ。

僕は……

 

「ねえ、ウェールズさん」

 

リンが膝をついて、今のウェールズと同じ目線になった。

そしてその口調は打って変わったように穏やかで、優しく、諭すような口ぶりだった。

 

「想像して? 『アオギリの樹』がこの後どうするのか」

 

アオギリの樹。

貴族派についている喰種集団。わかっているのは王党派の敵で、人を喰らう化物であることだけ。

 

「『アオギリ』がこの国を支配したらきっと悲惨なことになるよ? お腹が減ったからその辺の人をいきなり襲う。そんなのがこの国を当たり前みたいに歩くようになる。ひょっとすると人間牧場なんてできるかもね。まあ僕としては別にいいんだけど」

 

「……」

 

人間牧場。

人間を、豚や牛のように家畜として飼育するというのか? このアルビオンで?

リンが言うのだ。おそらくやるのだろう。

 

「それとさ……ガリアって国が喰種を集めてるって話、前したよね? もしも『アオギリ』とガリアが繋がっているとしたら、なんでそんなことをするのかな? わざわざ王党派と貴族派で内乱を起こさせたりして」

 

「……大陸の、征服……?」

 

ガリアと『アオギリの樹』を結ぶ証拠などなにもない。

だが仮にそうだとしたら、アルビオンを発端とした大陸の征服だろうか。

ガリアが直接動けば、残る国々もなんらかの行動を起こす。

しかし内乱ならば他国が口を挟むことはできないだろう。

そうやって地面の下で根を広げていけば、大陸の征服も可能になるかもしれない。

 

「まあ政治の話なんて僕にはわからないけど……もしトリステインに『アオギリ』が入ってきたらどうなるかな?」

 

人喰いの化物がトリステインに入り込んだら……それはもう、悪夢だ。

 

「喰種がアンリエッタってお姫様を捕まえたら……どうなるかな?」

 

アンリエッタ……あの、花のような少女が捕らえられたら……。

 

「ズタズタに引き裂かれて、陵辱されて、最期は喰われるかもね」

 

泣き叫ぶ彼女の姿が思い浮かぶ。

抵抗もできないまま汚される彼女を、なにもできずに見ているだけの自分。

 

「……そういうのって、許せる?」

 

「ゆるせない……許さない……」

 

一番許せないのは、彼女を守れない自分自身。

物言わぬ肉となり果て、助けることも、抵抗することさえできない自分自身が許せない。

 

「貴族派も……『アオギリ』も、僕の国を、アンリエッタを傷つける奴は……だれだろうと容赦はしない……!」

 

涙が頬を伝った。

ウェールズの中で壊れた世界が、もう一度作り直される。

 

「紅茶と同じだ……よりよい一杯のために、クズ葉は摘まないと……!」

 

以前のお花畑とは全く違う世界、価値観、概念。それらがウェールズの中で再構成され、形作る。

ウェールズの四肢に力が入った。

 

「そんな力、君にある?」

 

「……ある」

 

わずかにうつむき、小声で呪文を唱えた。

 

「エア・バースト」

 

ウェールズを中心とした爆風が吹き荒れる。

ウェールズの周辺にあった長椅子は吹き飛び、その内の一つがステンドグラスにヒビを入れる。

リンは直撃を受けて壁まで吹き飛ぶが、身をひねって壁に着地し、重力に従って床に降り立った。

ウェールズは立ち上がり、リンに杖を向ける。

 

「僕は……戦ってやる、戦い続けてやる! 貴族派にも、『アオギリ』にも! おまえにも負けない!」

 

「ふぅん? やってみ?」

 

リンの目が変色する。口元が歪む。

 

「エア・カッター!」

 

強烈な真空の刃を飛ばす。

リンが飛び退いた直後、壁に巨大な亀裂が入った。明らかにトライアングルを超えた威力と速度だ。

覚悟がそうさせたのだろうか。

ウェールズは自分でも知らないうちに、トライアングルからスクウェアへとクラスが上がっていた。

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