ゼロの喰種   作:gulf0205

17 / 18
幕間

トリステイン王城の執務室。

基本的にアンリエッタが書類仕事をする部屋なのだが、広い部屋にはただの飾りのような椅子とテーブル。さらに壁にはこれでもかと絵画が埋め尽くされ、部屋の隅にはこれまた豪華なツボに色鮮やかな花が活けてある。

 

「ああウェールズ! 本当にご無事で」

 

ルイズ一行がウェールズを連れてその執務室に入ると、感極まったアンリエッタはついに人目をはばからずにウェールズに飛びついた。

お姫様でもやっぱり女の子なんだな、などとルイズは内心ほっとする。一七歳ですれた執政官みたいになってしまうのはあまりにも不憫だと思うからだ。

 

「あ、アンリエッタ、すまないが、傷が……」

 

ウェールズが必死で作り笑いをしながら言った。そりゃ服の上から傷口に頭突きされればさぞ痛むだろう。

アンリエッタはとっさに離れ、そして自分の行動を省みて顔を赤らめた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。怪我をされていたのね。いやだわ私ったら、つい舞い上がっちゃって……」

 

幸いにもここにいるのは二人の他に、ルイズとリンにギーシュ、マザリーニ枢機卿。そしてハヤトとマドに、銃士隊の女性隊長ーーたしかアニエスだったかしら?ーーの八人だけだ。

タバサ、キュルケ、ギーシュは一足先に学院へと戻ってもらった。ギーシュは城に入れないことにぶつくさ言っていたが、城の前でアンリエッタが直に謝礼をいうと、その場で昇天したためこれ幸いと学園送りである。

ウェールズの部下たちは亡命の手土産品として持ってきたものをラ・ロシェールで積み下ろしていることだろう。

ハヤト、マド、アニエスは窓際に並び、小声で何かを相談している。あの二人がいるのだから、相談の内容はおそらくリンのことだろう。

リンはその三人からみてアンリエッタの反対側へと立って、彼ら三人を注視していた。口元だけは作ったような笑みを貼り付けているものの、その目つきは敵対者を見るそれだ。

ルイズはそんなリンが気が気で仕方なかった。いまにも襲いかかったりしないだろうか? 向こうから襲いかかってきたらどうしよう? そんな不安でいっぱいだった。

マザリーニは眉間に深いしわを入れて、アンリエッタとウェールズを横目で恨めしげに見やっている。余計な面倒持ってきやがって。と、言っているような気がした。

……どうやらここにはアンリエッタとウェールズの再会の祝福だけをしている者はいないらしい。

 

「でも本当にご無事で何よりでした。トリステインはあなたがたの亡命を快く受け入れます」

 

「感謝いたします。アンリエッタ・ド・トリステイン姫」

 

ウェールズが胸に手を置いて頭を下げようとするが、アンリエッタはすぐにその手を握った。

 

「そんな堅苦しいことを言わないでくださいまし。私とあなたの仲でしょう?」

 

アンリエッタはルイズに向き直り、今度はルイズの手を取る。

 

「ルイズ、あなたにもなんとお礼を言えばいいのか。本当に、最高のお友達です」

 

「いえ、その、ですが、手紙をワルドに奪われてしまいました。申し訳ございません」

 

「ワルド子爵が? 奪われたとは?」

 

「ワルドは貴族派と内通していました。結果としてウェールズ殿下が重症を負い、手紙をアルビオンの貴族派に奪われてしまったのです。申し訳ございません」

 

言うと、なぜだか知らないがマザリーニが祈るように天井を見上げた。いっきに五歳くらい老けたような気がした。

 

「なんてこと……謝らないで、ルイズ。手紙などよりもっと大切な人を連れてきてくれたわ、あなたが気に病むことなどありません。マザリーニ」

 

「……はっ」

 

小さなため息混じりの返事をして、マザリーニは小さな袋を持ってきた。アンリエッタはそれを受け取り、さらにルイズへ差し出す。

袋の口を開いてみせると、中には金貨がこれでもかと詰まっていた。

 

「これは報酬です。どうぞ受け取ってください」

 

「こんなにたくさん……受け取れませんわ」

 

「これでも足りないくらいよ。遠慮しないで」

 

アンリエッタはルイズの手をとって金貨袋をそのまま握らせた。

ルイズがはめている指輪がキラリと光り、アンリエッタはその指輪に指をはわせた。

 

「この指輪はあなたに差し上げます。私からの個人的なお礼です」

 

もう辞退を述べても意味をなさないだろう。素直に頭を下げた。

 

「重ね重ね、光栄です。姫様」

 

アンリエッタは笑みを向けて、次はリンの前へと立つ。ここにきてリンはようやく視線をあの三人からアンリエッタに移した。

 

「初めまして、ルイズの使い魔さん。リン、というお名前でしたわね。あなたもウェールズのお力になって、戦ってくださったのでしょう? あなたがこの街で犯したことについては、この一件で帳消しとなるようはからいます。安心してください」

 

「そう? ならあっちの怖い顔してる人をどうにかしてくれないかな?」

 

「え?」

 

アンリエッタが振り返った先。マドとアニエスは無表情を取り繕っているが、ハヤトだけは不服をあらわにしていた。

アンリエッタの表情が乙女のものから『キリッ』と引き締まり、一国の指導者としてのものに変わる。こういった切り替えの早さはさすがだなと、ルイズは感心した。

 

「ハヤト、あなたも尽力してくれたことに感謝しています。あなたの気持ちも理解しています。しかし彼は一国の皇太子を救出しました。その功績を考えるなら恩赦を与えなければなりません。トリステインの姫として、彼に危害を加えることは許しません。いいですね?」

 

「……わかりました、姫殿下」

 

ハヤトは苦虫を噛み潰した表情で、そう言った。まさしく苦渋を舐めた顔だった。

アンリエッタは再び乙女の顔になると、リンに向かって右手の甲を上に差し出す。ルイズはすぐに意味がわかった。

 

「いけません! そんな、使い魔に軽々しくお手を許すなど!」

 

「彼は忠誠を行動で示しました。忠誠は報いなければ」

 

にこやかにアンリエッタが言う。リンはその右手からアンリエッタの顔、そしてルイズへと視線を動かし、困ったように笑んでみせた。

 

「えっと……?」

 

どうやらわからないらしい。

 

「手をとって、そこに口づけをするのよ」

 

「ああ、そういうこと……一度やってみたかったんだ」

 

リンはアンリエッタの右手をとり、そこに唇を軽く当てる。

そしてアンリエッタが手を引こうとするが、手を離さなかった。アンリエッタの表情が怪訝なものに変わる。

 

「リン、もう手を離していいのよ」

 

「……お姫様、せっかくなので質問させてください」

 

手を離すことなく、リンは静かに言った。

 

「なに、かしら?」

 

怪訝な顔をしたまま、ひとまず続きを促した。

 

「お姫様はルイズちゃんの友達なんですよね?」

 

「ええ。その通りです」

 

「どうしてその『お友達』にこんな危なっかしいことをやらせたの? もしかした死ぬかもしれなかったし、死ぬよりひどい目にあっていたかもしれないのに」

 

「それはっ……」

 

この言葉に、アンリエッタがたじろいだ。

リンの目はまっすぐにアンリエッタを見つめており、その目つきには怒りの表情がにじみ出ている。

 

「 “それは” ……なに?」

 

「……内密に進めるには本当に信用できる者にしか頼めませんでした。なによりアルビオンにはルイズの使い魔が、あなたがいるから、彼女が適任だと判断したのです」

 

「ふーん、そう? なら信じるけど……だけどね、もし今度、僕の知らないところで、ルイズちゃんに危ないことをやらせたらーー」

 

リンの両目が赤黒く染まる。

そしてアンリエッタの体をぐいっと引き寄せて、吐息が顔に吹きかかるほど至近距離にまで顔を近づけた。

 

「ーー『人喰い鬼』がどうやって人間を喰べてるのか体で教えてあげるよ」

 

べろりとリンはアンリエッタの甲を舐めあげた。え!? なにやってんのこいつ!?

 

「ひっ!?」

 

アンリエッタの表情がこわばり、手を振り払おうとするがリンは手を離さない。

ルイズはあっけにとられて体が動かない。

 

「君はものすごーく美味しいお肌だねえ?」

 

にぃ、とリンの口元が歪むように笑った。

ハヤトは血相を変えて走る。

 

「姫から、離れろ!」

 

ハヤトが箱を大剣に変えて、アンリエッタの頭上からリンへと振り下ろした。

リンはようやくアンリエッタの手を離して後ろへ飛び退く。元いた床に大剣の切っ先が鈍い音を立てて突き刺さり、すぐに引き抜いた。

ハヤトはかばうようにアンリエッタの前に立った。そしてマドはリンの側面、アニエスはハヤトの隣へ。

 

「ん? なに? たった三人で僕とやる気?」

 

リンは首をかたむけ、ゴキリと音を鳴らした。そしてあざ笑う。

“たった三人で” ……ということはつまり三対一でも勝てると踏んでいるのだ。

ハヤトは睨み、大剣をかまえる。

 

「アニエス、彼女たちを安全な場所にーー」

 

「やめなさい!」

「やめなさい!」

 

アンリエッタとルイズの声が重なり、ハヤトとリンの動きがぴたりと止まる。

今のうちにルイズは叫ぶように言う。

 

「リン! あんたなに気持ち悪いことやってんのよ!? 不敬にもほどがあるわ! 謝りなさい!」

 

リンはなにも言わず、変色した両目を元の色に戻す。そして苦笑して肩をすくめて見せるだけだった。謝るつもりはないらしい。

アンリエッタはアンリエッタでハヤトを止めた。

 

「ハヤト、あなたが私たちを守ろうという気持ちは嬉しいわ。でも私は大丈夫です。武器をおさめて」

 

「しかしーー」

 

「いいのです。彼の言う通り、私はルイズのことをお友達だと言っておきながら、内戦中の場所に送り込みました。もしかしたら死ぬかもしれなかった。彼が怒るのも当然です。武器を、おさめて」

 

「……」

 

ハヤトは一拍置いてから、眉間にしわを入れて大剣を箱の形に戻した。

 

「あなたも、ご主人思いの使い魔を召喚したのですね、ルイズ」

 

主人思いといえば聞こえがいいが、裏を返すと主人のためと判断したらなんでもやりそうな危うさもある。

それこそルイズの敵だと認識したら誰だろうと容赦なく殺してしまいそうな……。

 

「いえ……お褒めにあずかり、光栄です……」

 

と、ルイズは曖昧な返事をするにとどめた。

アンリエッタはすぅ、と目を閉じて息を吸い込み、目を開く。するとまるで女王の仮面をかぶったかのような、引き締まった顔つきとなった。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

一国の主といった風格を持って、アンリエッタはルイズのフルネームを呼ぶ。

ここからはもう友人関係などではなく、明確な上下関係だ。ルイズはその場で片膝をついて、頭を垂れた。

 

「あなたの使い魔にかかわる問題はこちらで解決します。使い魔の食事もこちらで手配しましょう。しかし次にあなたの使い魔が、私の民を傷つけるようなことがあればもう私はかばうことができません。しっかりとあなたが監視しなさい。それが私からの命令です」

 

明確な宣言だ。次に誰かを殺せばリンを討伐するという、そういうものだ。

 

「承知いたしました。アンリエッタ姫殿下」

 

「では、もう行きなさい。くれぐれもこの一件は口外しないように。今後は追って連絡します」

 

「はい」

 

立ち上がり、リンを見やる。まだハヤトやマドと睨み合いを続けていた。

 

「リン、もう行くわよ、ほら」

 

「……ん」

 

リンの手を引っ張って扉へ歩いた。ほんの十歩ほどの距離だ。

もう少しで出られる。そうすれば一安心だ。

そう思った矢先だった。

 

「そういえば昔、蛇のような鱗赫の喰種を一匹始末したな」

 

その言葉で、ぴた、とリンの足が止まった。つられてルイズも足が止まる。

言葉を発したマドを見ると、左手で顎をさすり、右目だけを大きく見開いた目でリンを観察している。

 

「東京の地下道に潜っている時にな、まずは女の喰種を見つけて駆逐した。その体を解体して撒き餌にしたら……クックッ、その息子らしい喰種が飛び出してきおったよ」

 

その内容は、いつか見た夢の内容そのものだった。

あの薄暗い地下道にて、リンは自分の母親の腕を見つけ、そして兄を失った。

 

 

ビギ……

 

 

そんな音を立ててリンの両目は再び赤黒く色が変わる。それどころか目尻から頬にかけて、まるで顔がひび割れたかのような模様が浮き上がった。

口元からは笑みが消え失せ、赤黒い両目は限界まで開かれる。その視線の先にはルイズがいるのだが、焦点は己の過去を見つめているように定まっていない。

ルイズは再びマドを見やった。あの口元を釣り上げた表情は、なにかを期待している顔だ。

 

ーーそうかわかった。

 

あの男は自分を襲わせるつもりだ。

国の最高権力者の前で、リンが危険な存在であることを証明するために。リンを殺すために。

 

「いやはや、まったく弱くて愚かなーー」

 

「黙りなさい!」

 

とっさにルイズは杖を抜いて叫んでいた。これ以上あの男に喋らせてはだめだ。リンが後ろを振り向けばもう取り返しがつかなくなる、そんな確信があった。

リンがマドに襲いかかればもうルイズにできることはなにもない。

 

「それ以上なんか言ったらわたしが怒るわ! 本気よ!」

 

「おやおや、なにを怒っているのかね? 私はただ昔話をしただけだよ?」

 

たしかにマドは過去の話をしただけで、なにもリンの兄や母親のことなど言っていない。

しかしあの夢やいまのリンの反応からいっても、間違いなくリンの兄と母の仇がマドだ。

どうしたらいいのだろう? 親兄弟の仇を目の前にしたリンを、どう止めたらいいのだろう?

わからず、ルイズはマドを睨む。

 

「……行こうルイズちゃん」

 

そう言うリンを見上げると、変色した目も、ひび割れた顔も元に戻っていた。

 

「僕とは……関係ない話だから」

 

リンは作ったように口元だけで笑ってみせると、ルイズの手を引いて部屋を出た。後ろ手でその扉を閉じる。

廊下を歩くリンの目は笑っておらず、その目はどこかを睨んでいた。

 

「リン……あんた……」

 

「……」

 

なにを言えばいいのかわからない。リンもなにも言わず、来た廊下を戻ってずかずかと歩く。

普通の平民なら興味津々であろう飾られた絵画や彫刻の類に一切興味を示さず、その視線はどこか遠くを見つめていた。

城を出ると、日は高いところにあった。

明るい陽射しが降りかかる中、城の門をくぐって大通りに出る。

もう一度リンを見上げると、どうかした? とでも言うような顔を向けてきた。

しかし口は笑っているが目は笑っていなかった。

 

「……あいつが言ってたのって、あれ……」

 

「僕とは関係ない」

 

顔をルイズから前へと向け、断言するように言い切った。

それ以上なにも問うなと言っているような気がして、ルイズはもうなにも言えなかった。

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

グラン・トロワにある自身の個室にて、ジョセフは夕食を楽しんでいた。

年齢はもう四十に近いのだが、そこに衰えは一切見えず、精悍さを保っている壮年の男。

その正体は前王の父と異母兄弟を殺した半分は喰種、半分は人間という歪んだ存在でもあった。

王族の晩餐となれば同伴したがる貴族がいるのが世の常識だが、ジョセフの場合はつねに一人での食事だった。

ジョセフの正体を知らない貴族はもはやおらず、同伴したがる物好きもいない。なにより食事は一人で楽しみたいということもある。

料理を作り、それを部屋まで運んでくるのは仮面をつけた料理人のミヤノ。

顔にそのまま白蠟を垂らして固めたような仮面をつけたミヤノは、かつて喰種向けのレストランで勤めていたらしい。

そこで眼帯をつけた白髪の若い喰種に襲われた、とも。

そんな身の上話を思い出しながら、ジョセフはフォークを使って輪切りにスライスされた眼球のソテーを口に運ぶ。

コリコリとした歯ごたえ。口内にとろりと尾を引く水晶体。舌の上に広がる酸味と甘味……。

 

「うまいな」

 

素直に感想を述べた。悪いものじゃない。

人体のどの部分を調味料としているのかわからないが、ただの肉そのものよりはるかに良い。

 

「ありがとうございます。こちらの料理はすべて、今朝ほど入った少年のものです。不要な物を食べていない分、臭みがなく柔らかな歯ごたえになっております」

 

「ほう」

 

フォークでその最後の一切れを刺し、瞳を眺めた。琥珀色の瞳の中にジョセフの顔が映りこむ。

そこに映る自身の顔は大変満足したものだった。

 

「人間を調理するなど思ってもみなかったぞ。おまえたちの世界では普通なのか?」

 

この料理人も異世界から流れ着いたという喰種の一人だ。そこでは裕福な喰種が美食を求めているのだとか。

 

「はい。わたくしたちは人しか食べられない身。だからこそ新たな味と美食を求めるのです」

 

「ふむ……シャルルの娘……あれもどんな味になるか楽しみだ」

 

まだ肉付きの悪い姪の姿を想像し、眺めていたそれを口に入れる。

これもなかなかうまいのだが、シャルルの味は格別だった。この世の幸福をかき集めてそれを口の中に放り込んだような、まさしく至福のひと時だった。

それを一思いにすべて平らげてしまったのが悔やんで仕方ない。

少しづつ削るように、一口ずつ楽しんでいればよかったと後悔するばかりだ。

別の皿の、もも肉の肉厚ステーキにナイフを入れる。するとドアの向こうから声が聞こえてきた。

 

「ジョセフ様はお食事中だ。用件なら私が聞こう」

 

これはアシュレイの声。

 

「おめえに用はないんだよ」

 

これはヤモリの声。こいつも異世界から流れてきた喰種だ。しかもビン兄弟と同じ『アオギリの樹』の一員だったとか。

突如としてドアがバキリと吹き飛び、逆立つ刃が生えた鱗赫が飛び込んできた。ドアの破片が部屋に飛び散る。

 

「貴様!」

 

鱗赫を避けたらしいアシュレイが廊下で叫び、杖を抜いた。料理人のミヤノは「ひいっ」と息を飲んで後ずさりする。

やれやれだ。

 

「さがれアシュレイ。ミヤノ、おまえもだ」

 

ミヤノはそそくさと部屋の隅へと避難し、アシュレイはヤモリとジョセフを交互に見やった後、杖を収めて後ろに引いた。

そしてヤモリが不躾に部屋に押し入ってくる。

ジョセフと同じくがっしりした体格で短髪を金色に染め、白いスーツを着た男。巨漢と言ってもいい。

 

「……俺の貴重な食事を邪魔し、あげく部屋に押し入った理由はなんだ?」

 

問いかけ、椅子から立ち上がってマントを脱ぎ捨てる。どうせ会話で済む様子ではないのだ。赫子を振り回すにはマントは邪魔になる。

ヤモリは口元を歪めて嗤った。あたかも自分が強いと確信しているように。

 

「いえね……力のある奴が上に立つ。その考えは共感できるんだ。だったら、だったらさ……」

 

くつくつとヤモリは笑い、右の人差し指の背に親指を乗せ、パキ、と指を鳴らした。

 

「俺が王になってもいいはずだ!」

 

叫ぶと同時に二本の鱗赫を両腕にまとわせて突っ込んでくる。その鱗赫はまるで腕の延長線のようだ。

その赫子の大きさたるや並みの喰種には程遠い。

だがジョセフの敵ではない。

 

「ふん」

 

ジョセフは鼻を鳴らす。肩甲骨あたりの甲赫に力を込める。左目だけが赤黒く色が変わり、床に赤い斑点が浮き上がる。

ヤモリがそのことに気づいた時には、もう回避不可能。

 

 

ぞぶ

 

 

直撃した。

分離・生成され、螺旋を描いた板状の槍が、床の斑点から突き上がる。

それは磔刑に処された罪人のようにヤモリの腹を貫き、腰の赫包を潰して天井に縫い付けた。

 

「ぐ、えっ……!?」

 

ヤモリの両目は見開かれ、大きく開かれた口や鼻から大量の血を吐き出した。

ヤモリの腹を貫いていた槍が霧散した。ヤモリが重力に引っ張られて落ちる。

間髪入れずにジョセフの右肩から服を突き破って甲赫の槍が現れ、床に落ちたヤモリの腰を再び貫いた。

悲鳴とともに血泡を吹く。飛び散った血しぶきがジョセフの足元を赤く汚す。

ヤモリは必死で眼球と首を回し、己の状況とジョセフの赫子を見た。

 

「そ……それっ……あ、ありまのっクインげっ!? な、なんでっ!?」

 

「アリマ? ……ふむ、母上がアリマがどうとか言っていたな。もう覚えてはいないが」

 

ジョセフはどうでもよさそうに槍を引き抜き、再び突き刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

刺す。

ズダ、ズダ、ズダ、と嫌な音が出る。

そのたびに槍がヤモリの赫包をすり潰す。

皮膚を、筋肉を引き裂く。

腰椎を砕いて神経を断ち切る。

腸を破って糞便を体内にぶちまける。

 

「がぁあああああ!!」

 

白目を剥いた絶叫を上げた。口角からは血が混ざった白い泡。

ヤモリの鱗赫が消え去り、ぐちゃぐちゃに引き裂かれた腰からではもはや鱗赫は出せないだろう。

そこから覗かせる白いものはささくれた腰骨の一部分か。

 

「ま、ま……ま……ま……たす……け……」

 

ママ、と言いたいのか、ヤモリの口から断片的な言葉が出てきた。もちろんここにヤモリの母などいないし、手を差しのばす者もいない。

ヤモリの生殺与奪権はジョセフが握っている。

その惨状を目にしたアシュレイはヤモリに少しばかりの同情の視線を向け、ミヤノはジョセフにだけは逆らうまいと心に誓った。

 

「さて、どちらが上かわかったら、今度は反省の時間だな」

 

ジョセフはそう愉しげに告げると、横たわるヤモリの襟首をつかんでテラスへと引きずる。

ガラスの扉を開け放ち、いまでは誰も使わない三つの椅子と一つのテーブルの脇を過ぎて、手すりへと近く。そしてヤモリの上半身を手すりの外へ押し出した。

ここは四階の南に面した部屋だ。下には庭と花壇が見えるが、真下にあるのは石畳の地面だ。

人間が落ちたなら落下死は免れないが、喰種ならばあるいは助かるかもしれない。

あるいは、だが。

ヤモリの腰は潰されていて両足はしばらく動かない。赫子による傷はーー個体差はあるがーー喰種の回復能力を大幅に阻害するものだ。

ヤモリはまだ動く手で必死にてすりをつかみ、これ以上外に押し出されないようにとどまる。

 

「あっ、あああああっ、あっ!」

 

構わずジョセフはヤモリの体を外へと押し出し、腕一本で支える。このまま手を離せば真っ逆さまだ。

 

「助けて欲しいか? ん?」

 

ジョセフは嗜虐的な顔で問いかける。ヤモリは首を回し、涙を浮かべながら言う。

 

「た、たすけて、ください……おれが……ぼくが、わるかった、です」

 

震える声で懇願する姿に、つい先ほどまでの威勢はなかった。

暴力で支配するヤモリだからこそ、暴力で敗北したらどうなるかよくわかっている。

敗北者は何もかもを奪われるしかないのだと、ヤモリ本人が一番理解していることだ。

 

「そうか助けて欲しいか。ならば大声で『助けてくれ』と叫ぶんだ。街に聞こえるくらい大きく。さあ」

 

支える方と反対側の手でヤモリの頭をつかみ、テラスの向こうへと向けさせた。

グラン・トロワを取り囲む壁と正門があり、その向こうには市街地が広がっている。

 

「た、たすけてくれえ!」

 

「声が小さい! もっと大声で!」

 

「たぁすけてくれえええ! 助けてくれえええええ!!」

 

当然ながら市街地にはなんの反応もない。聞こえていないのだ。

 

「それで精一杯か? よし手伝ってやろう」

 

ジョセフの左手が、ヤモリの引き裂かれた腰に入り込んだ。剥き出しになり、回復しようとする脊椎を鷲掴む。

 

「いぎゃあああああぁぁぁああああああああ!!!」

 

「いいぞその調子だ! さあもう一度、せーの!」

 

「だ ず げ で ぐ れ え え え ええ!!!」

 

喉が潰れんばかりの、絶叫混じりの命乞い。

ようやく異変に気付いたらしい使用人やメイド、喰種が駆けつけてきた。庭先にもわらわらと使用人が姿を現わす。

 

「ジョセフ様、いったい何事です!?」

 

ジョセフは後ろを見やり、見てわからんか? という意味の笑みを向けた。

 

「なに、思い上がったバカを躾けているところだ。その扉を直しておけ。おいヤモリ、良かったな? 助けが来てくれたぞ。ほら、感謝しろ」

 

「あ、ありがとう、ございます!」

 

「よしよし、いいぞ。助けて欲しいだろう? え?」

 

「た、助けて、ください」

 

ヤモリの表情がーー自身の吐血とよだれと涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって汚いがーー安堵したものになった。

ジョセフは笑顔で答える。

 

「だめだ」

 

ヤモリの表情が一転して絶望へと変わり、ジョセフは手を離した。

ヤモリの体が手すりから下へと真っ逆さまに転げ落ちる。

 

「ああああああああああああぁぁぁぁーー」

 

間延びした悲鳴を上げた後、ドン、と鈍い音と共に悲鳴が途切れる。

下を見やると、ヤモリを中心に血が飛び散っていた。花壇のかたわらに汚い花が咲いたみたいだ。

目をこらすと、ヤモリの体がわずかに動いているのがわかる。それが痙攣によるものなのか、意識があるからなのかまではわからない。

とりあえず下にいる使用人に命じた。

 

「おおい、そこのお前。そいつが生きていたら肉でも食わせてやれ。死んだら適当に片付けておけ」

 

「かしこまりました!」

 

使用人は胸に手を置いて、そう返事をした。

 

「うむ」

 

その姿に満足気にうなずき、部屋へと戻った。夕食が冷えてしまう。

ヤモリは処刑するまい。あれにはまだやってもらうことがある。

もっとも、死んだら死んだでかまわないのだが。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いせかいげきじょー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ウェールズ「ところで、君はどんな使い魔を呼び出したんだい?」

アンリエッタ「!!!」

ハヤト「!!!」

アンリエッタ「い、いえ、実はわたくし、まだ召喚をしていませんの。おほ、おほほほほ」

ハヤト「……」ドキドキ

ウェールズ「そうなのかい? ミス・ヴァリエールに『あなたもご主人思いの』と言っていたようだが……」

アンリエッタ「そ、それは……い、いやだわ、ウェールズったら、考えすぎよ? ファーストキスはウェールズと決めているもの」

ハヤト「……」

ウェールズ「……?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。