ルイズは部屋に駆け戻ると、そのままベッドへと飛び込む。そして頭からシーツをかぶって枕に顔を押しつけた。
リンの言葉がいやでも頭をよぎる。
いままで目をそらしていたのに、気づかないふりをしていたのに、リンは目の前に現実を突きつけた。
ーー君は普通とは違うんだよ
「違うもん」
ーー受け入れちゃえばいい
「そんなのいや」
爆発しか起こせない出来損ない。そんなの受け入れられるわけないじゃない。
空も飛べない、火も起こせない、風も吹かせられない、土は変えられないし、水だって操れない。
ーー頑張ってもどうにもならないなら、自分はそういうものだ
「違う……」
本当に?
「っ……」
お母様はあの『烈風』のカリン。
お父様もトライアングルで立派な公爵。
エレオノール姉様はアカデミーの研究員。
ちい姉様は病気で体が弱いけど、魔法は使える。
じゃあわたしは?
『ゼロ』だ。なにもできない。目頭が熱くなって、涙が出てくる。泣いても変わらないのはわかっているのに、とめどなく溢れてくるのだった。
最初はちょっとした違和感でしかなかった。
ルイズがはじめて杖を振るった時、ぽふ、と間抜けな音を立てて地面が弾けた。
誰も予想していない結果に、その時はみんな無邪気に笑ったものだ。
ルイズもそれがおかしくて、ぽふ、ぽふ、と地面を鳴らした。
だがそんな笑い声も長くは続かなかった。
何度も何度も、何度も何度も杖を振るい続けた。
何度も何度も。
何日も何日も。
何週間も、何週間も。
一年がたつころには、違和感は焦りへと変わった。
上の姉達は自分の系統を見出した歳になっても、ルイズはいまだに爆発しか起こせずにいた。なんで? どうして? その答えは出ることがなかった。
笑い声はいつしか、嗤い声に変わっていた。使用人でさえルイズを影で嘲笑った。
何度も杖を振るい、いくつもの魔法書を読み漁り、それでも魔法は使えなかった。
だからルイズは『いつかはできる』という言い訳を自分に与えた。
いつかはできる。いまはできないだけ。
シーツを頭からかぶるように、その惨めな言い訳をかぶった。少なくとも惨めな自分を晒さずにすむから。
しかしーー
ーー君は普通とは違うんだよ
リンの言葉が、その惨めな言い訳を乱暴に取り払った。
言い訳という覆いの下から出てきたのは、なにもできずに小さく縮こまるだけの、惨めな自分だった。
「ん……」
鬱々しい気分で目を開ける。
いつの間にか寝てしまったらしく、日は高いところまで上っていた。
ーー頑張ってもどうにもならないなら
「そんなの受け入れないわよ」
泣き疲れたせいか、少し気が楽になった。
泣いていたら、それこそ受け入れてしまうじゃない。午後からの授業にも出ないと。
ため息を一つ吐いて立ち上がる。鏡台の鏡を覗き込んだ。あーもうひどい顔。
ハンカチで涙の後を拭ったり、乱れた髪を整えたりする。そうすると少しはみれた顔になった。
でも少しお腹が減ったわね。
リンは……ふんだ。ご主人様を泣かせるなんて。ひとりで片付けでもなんでもやってればいいんだわ。それにわたしはあいつとは違うんだもの。
口を『へ』の形にして食堂へと向かうのだった。
昼食の時間とあってたらふく料理を堪能し、
「うぷっ……」
ルイズは手を添えるように口を押さえた。
やけ食いをして胸やけを起こしたなんて無様な姿は晒せない。貴族として、なにより女の子としてそれだけはだめだ。
まったくあのバカ犬はまだ片付け中なの? あとでしっかりお仕置きしてやるんだから。
ルイズが鞭でひっぱたくか足蹴にするかで悩んだ時、パン! と小気味よい音がした。
そちらをみると、左頬に手形をつけたギーシュと泣きながら走り去って行く一年生の女生徒。
「ま、待っておくれケティ!」
と、ギーシュが手を伸ばすが、そこへ今度はモンモランシーがやってきた。
「も、モンモランシー違うんだ。彼女とはラ・ロシェールの森に遠乗りに出かけただけでーー」
「さ、よ、な、ら!」
モンモランシーはワインボトルをひっくり返し、ドボドボとギーシュの頭から浴びせかけた。そしてずかずかと去って行く。
残されたギーシュは、ふっ、と気障な声を出して優雅に椅子に腰掛けた。しかし本人は優雅なつもりだろうが、頭からワインを滴らせている姿は滑稽である。
「彼女たちは薔薇のなんたるかを理解しきれていないようだ」
察した。
ようするに二股をかけてたのがバレたってわけね。いい気味よ。付き合うなら一人になさい。
特に興味もないルイズだ。リンでも捜しに行こうかと考えたが、次のギーシュの言葉がひっかかった。
「さてメイド君。君が不用意に香水など拾ったせいで、二人のレディの名誉に傷がついてしまった。どうしてくれるんだね?」
「もうしわけございません!」
かたわらに立つ黒髪のメイドが深々と頭を下げた。
でもちょっと待って、それってただの言いがかりでしょ?
「これはもう罰しかないね。そう、お尻に鞭うちなんてどうだろう?」
その言葉に周囲の男子生徒は色めき立ち、対象的にメイドは青ざめる。
「お、お許しください!」
「うーん、三角木馬に座ってるところなんて見たくないかね、諸君」
「おおっ!」
他の生徒ーー主に女生徒ーーから軽蔑の眼差しを向けられていることに気づいていないらしい。ギーシュの取り巻きが鼻息を荒くした。
もう我慢できない。あんなのが貴族なんてわたしが認めない!
ルイズは立ち上がって叫ぶように言う。
「ちょっとギーシュ! そもそもあんたが二股なんかしてたのが悪いんでしょ!?」
そうだそうだ、と野次が飛んだ。
「うぐ……ふ、ふん」
なにかを思いついたように鼻を鳴らした。
「いいだろう、彼女をかばうなら君が代わりたまえ。決闘だ」
なにを言い出すんだこの馬鹿は。
「なに言ってるのよ。貴族同士の決闘は禁止されてーー」
「ああそうだった忘れていたよ、君は魔法が使えないんだったね。まったく逃げる言い訳だけは達者だな」
取り巻きがけらけらと嘲笑い、ルイズの頭が沸騰したかのように一気に熱くなる。
『魔法が使えない』のは『逃げる』ための『言い訳』ですって!?
頭がガンガン痛む。普段なら無視してやり過ごせるのに今日だけはだめだ。
魔法が使えないことを受け入れる。
それはつまり、ギーシュの言葉を受け入れることにも繋がってしまう。そんな気がした。
「もういいメイド君、さっさと仕事に戻りたまえ」
ギーシュが立ち上がった。
つられるようにルイズは叫ぶ。
「待ちなさい!」
「なにかようかな、ゼロのルイズ」
かかった。
ギーシュはそんな顔をしたが、もう知ったことではなかった。
「その決闘、受けてやるわよ!」
食堂内がざわめき立つ。
「ではヴェストリ広場で待っていたまえ。僕は着替えてからいくよ。ああそうそう、別にいなくても構わないよ? ゼロのルイズ?」
バカにした顔を向けてギーシュは歩き去って行く。その背中を睨みつけ、右手が痛んだ。
拳を握りしめるうちに、爪が食い込んでいた。
「もうしわけございません。ミス・ヴァリエール」
例のメイドが小走りに来て、やはり深く頭を頭を下げる。
「いいのよ。これはわたしの問題なんだから」
「しかしーー」
「あんたまでわたしをバカにするつもり!? わたしがゼロだからギーシュに勝てないって、そう言いたいの!?」
「そんな違います!」
「じゃあ止めないで!」
ルイズはメイドを振り切るように、食堂を後にした。
><><><><><><
学園長室にて、オスマンは退屈していた。
この魔法学院で貴族の子息や令嬢を預かる身として、それなりの責任と地位を得ているのだが、やっぱり暇なものは暇なのだ。
多々ある事務処理は優秀な秘書が片付けてくれるし、特に問題が起きない限り日がな一日を椅子に座って過ごすことも少なくない。
そして暇の潰し方は概ね二つである。
まずはひとつめ。
机の引き出しを引いて水煙草を取り出した。それを口にくわえたところで、水煙草はひとりでに手元を離れて秘書の元へと吸い寄せられて行く。
「ミス・ロングビル、儂のささやかな楽しみを奪わんでくれ」
「そうもいきません。学園長の健康管理も、秘書の務めです」
「まったく……」
行き遅れなのはまあ口にする気はないものの、少しばかり融通を効かせてくれなければ本当に婚期を逃しそうだ。
ふう、と息を吐いて床をちらりと一瞥。
白いネズミ、モートソグニルがこそこそとロングビルへ向かう。
これがふたつめの暇つぶし方法。
ロングビルの足下へ近づいたとき、ダン! とロングビルの右足が落ちた。
「モートソグニル!」
両目を見開かせ、椅子が倒れる勢いで立ち上がる。
幸いにもロングビルの足はモートソグニルではなく、そのすぐ横に落とされていた。モートソグニルは床でひっくり返って気絶するにとどまっている。
「びっくりさせんでくれ。危うく心臓が止まるかと思ったわい」
倒れた椅子を起こして座り直す。
「本当に潰してもよかったのですが、ネズミの掃除が嫌でしたので」
「う、うむ」
にっこりと言わんでくれ。逆に怖い。
するとドアを蹴り飛ばす勢いで入って来たのは、額の領土が後頭部まで広がった教師である。
本人が『これは額だ』と言い張るのだからそういうことにしておくがの。
「なんじゃ騒々しいぞ、ミスタ……」
コッパゲだっけ?
「コルベールですお忘れですか!?」
「おおそうじゃったミスタ・コルベール。して、なんのようじゃ?」
意識を取り戻したモートソグニルを膝にのせつつ、そう尋ねる。
「これを見てください」
言いながら、脇に抱えていた本を机に置いた。
「ブリミルの使い魔達? またずいぶん古い本を持って来たの」
「問題はこれです」
その本の、ガンダールヴのルーンが記されたページを開いた。
そしてコルベールが自身の手帳を開くと、そこにはガンダールヴのルーンがスケッチされているではないか。
どういうことだ?
「あーすまんがロングビル、すこし席を外してくれ」
「かしこまりました」
ロングビルは真面目な顔つきになり、一礼して部屋を出て行く。
「どういうことじゃ?」
「先日の使い魔召喚の儀式で、ミス・ヴァリエールが平民を召喚したでしょう? その平民にこのルーンが刻まれていたのです」
「なんとの……」
ガンダールヴ。
文字通り一騎当千の戦いをしたとされるブリミルの盾。
あらゆる武器を使いこなし、その身をもってブリミルを守り抜いたという伝説のひとつ。
それがここに現れたと。
「すぐ王宮に連絡を」
「ならん」
即座に否定した。いくらなんでも早計すぎる。
「まだその平民がガンダールヴだと決まったわけでもあるまい? ルーンが似ているだけやもしれぬし、ガンダールヴの再来など知ったらなにをしでかすかわからん」
「しかしですな……」
「それに、ミス・ヴァリエールも不憫じゃろう? せっかく召喚できた使い魔が他のだれかに取り上げられるなど」
「う、む、それもそうですな」
ゼロのルイズ。
そう蔑称される彼女がようやく成功させた使い魔召喚。その使い魔を取り上げるなど教育者としてやりたくない。
「とにかく内密にな。報告ならば後からでもできるわい」
「ではそのように」
するとまたもやドアが開け放たれた。
コルベールは即座に本を閉じて手帳を懐に戻す。
「今度はなんじゃ?」
コルベールと共にそちらを見ると、息を切らせたシュヴルーズがいた。しっかし息を切らせた女性だというのにからっきし色気ないのお……。
「た、大変です、ヴェストリ広場で、生徒同士の決闘です。止めようと他の教師も向かったのですが、生徒たちが集まったせいでそれもできないしだい。秘宝の『眠りの鐘』の使用を求めています」
「やれやれ、暇を持て余した貴族というのはたちが悪いの」
お前が言うなと誰かが言った気がするが気にしない。
「して、それは誰じゃ?」
「一人はミスタ・グラモンです」
「グラモンとこのバカ息子か。親子そろって好色じゃからな、どうせまた女絡みじゃろう。もう一人は?」
「それが、ミス・ヴァリエールです」
ため息が出た。
「ミス・ヴァリエールはそんな短絡的な性格してなかったと思っておったが……ふむ、万一ということもある。いつでも『鐘』を使えるようにして起きなさい。まあグラモンもその辺りの分別はついとるじゃろ」
「はい」
と、シュヴルーズは駆け足で戻っていく。
「まったく……」
『ゼロ』などといわれているが仮にもヴァリエール公爵家の娘である。
もしも重傷を負わせるようなことになればヴァリエール家は間違いなくグラモン家に杖を向けるだろう。
そしてそれを止めなかった学院長にもまた責任問題が及ぶため、念のために『鐘』を準備させた。
まあ完全に止めてしまってもいいが、それではまた後日へともつれ込む可能性もある。ある程度の衝突はむしろやらせた方がいいのだ。
家を継げばこことは比べ物にならないほどの衝突や折衝が待っているのだから、その予行演習くらいしておいたほうがいい。
「さて」
オスマンは隣の鏡に向けて杖を振った。ヴェストリ広場の景色が映し出される。
「あの平民、助けるつもりがないのか? それとも主を見定めておるのか?」
「手助けするな、といわれたのかもしれませんな」
「ふうむ……」
鏡の中ではギーシュとルイズが対面しあい、例の青年はやや離れた場所に立っていた。
><><><><><><
ヴェストリ広場。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュは造花の杖を高々と掲げ、観客である生徒たちは囃し立てるが、関係ない。
タバサとしてはこの決闘には興味がなかった。あるのは向こうに立つ彼、リンだ。
「決闘なんて始めるなんて、ルイズはどうしちゃったのかしらねえ?」
隣に立つキュルケがそう問いかけるが、わからないし知りたいとも思わないので黙っておいた。
ちらりとキュルケの右手を見やると、そこにはしっかりと杖を握っていた。もしギーシュが怪我をさせようものなら割って入るつもりだろう。
「ワルキューレ!」
ギーシュが造花を振ると花びらが舞い落ち、青銅の鎧ーーゴーレムが出来上がる。
リンは……あの笑みを顔に貼り付けたまま動こうとしなかった。
「僕は魔法が使えるメイジだ。よもや卑怯などとは言わないでくれよ」
「うるさい!」
ルイズは叫び、ワルキューレはゆっくりと、まるでなぶるように歩いていく。
「そうそう、降参したら負けとしよう。まあ僕が杖を手放しても負けだ。そのくらいのハンデはないとね」
「ファイアボール!」
ギーシュの説明をほとんど無視するように魔法を放った。
しかし相変わらずの爆発。それもワルキューレから離れた場所で。
直撃させれば、もしかしたら破壊できるのかもしれない。当たれば、だが。
ワルキューレはなおも歩いていく。一歩一歩、追い詰めるように。
ルイズはなおもファイアボールやウィンドカッターを唱えているが、どれもこれも爆発という結果しか起きなかった。
「それ」
ついにワルキューレがルイズを突き飛ばした。ルイズは尻餅をつく。
人の掌ならともかく、青銅の手だ。そんなもので突かれたらけっこう痛いだろう。
リンはというと……相変わらずだ。どういうつもりだろう?
「いった……」
うめきながらもルイズは立ち上がり、杖を向けた。
「ファイアボール!」
がきん!
今度はワルキューレの胴体で爆発が起きた。
だがそれだけだ。
表面が黒くなっているが、別に損傷があるわけでもない。
「ははは、惜しい惜しい」
ギーシュの嗤い声と周囲の嘲笑。
あとはまあ、予想通りの展開だった。
ワルキューレがルイズを突き飛ばし、ルイズは転びながら何度も何度も立ち上がり続けた。
何度も何度も。
膝や手がすりむけて、スカートやブラウスが泥まみれになっても、周囲が飽きてきたころになっても、それでも立ち上がった。
そして爆発を起こし続けた。
「……」
タバサはちょっと感心した。
ルイズはなおも助けを求めなかったし、参ったの一言を言わないのだから。
それは意地のようで、プライドのようで。
「っ……」
何度目かわからない転倒。
「そろそろ降参してはどうだね? ゼロのルイズ」
「いやよ!」
強情なその姿勢、タバサは嫌いではない。
キュルケがため息を吐いた。そろそろ止めるつもりだろう。
リンは……動いた。ルイズへと歩いていくその姿を目で追った。
「ルイズちゃん」
「なによ? 引っ込んでて!」
「そうもいかないよ。主人を守るのは使い魔の役目、でしょ?」
「これはわたしの問題なの! ここで逃げたら本当に『ゼロ』になるじゃない!」
それは泣き叫ぶような声だった。泣きじゃくるのを必死でこらえるような。
リンは微笑みながらその頭に手を置く。
「はっきりした。ルイズちゃんは僕と同じって言ったけど、そうじゃないね。君は僕とも違う。君は君だ」
その意味はタバサにはわからない。
リンはギーシュへと向き直る。
「メイジの実力を知るには使い魔を見ろ、だっけ? 僕が勝てば文句ないでしょ?」
「平民のあんたが勝てるわけないじゃない!」
「大丈夫だよ」
リンは顔だけをルイズに向けて、言う。
「僕けっこう強いから」
「話は終わったかね、平民君?」
「終わりだよ、えーっと……なんだっけ?」
「ふん、改めて名乗るとしよう。僕はギーシュ・ド・グラモン。『青銅』のギーシュだ。まずは貴族に対する口の利き方から教えてやろう」
「そ。僕はリン。ただの平民」
「そうかい。平民とはいえ相手が男ならば手加減はしない。やれワルキューレ!」
ギーシュが杖を掲げると、ワルキューレは走り出した。
間合いを詰めて拳を振り上げる。勢いをつけて殴りつけるつもりだろう。
にっ、とリンの口元が吊り上がり、
「どーん」
そんな気の抜けた声とともに、ワルキューレの首が飛んで行った。いまなにをした?
いやなにをしたのかは見ていた。体を左にずらし、右足を振り上げてワルキューレの顎を蹴り飛ばした。
それだけだ。
それだけで青銅のゴーレムの頭がもげたというの?
「なんちゃって」
頭を失ったワルキューレは勢いそのままに倒れ、その頭は空中をくるくると回転しながら飛んでいき、ギーシュのかたわらに落ちた。
「な……」
ギーシュもルイズも信じられないといった顔。
「ギーシュくん、これで終わり?」
「なめるな!」
杖を振るい、六枚の花びらが舞う。
今度は六体のワルキューレ。しかもそれぞれが剣、槍といった武装をしている。それが逆扇形に並ぶ。近づけば取り囲むという、そういう布陣だ。
リンはなにをするでもなく、あろうことかその中へと歩いていく。
まるで散歩でもするような気軽さ。
タバサはすでに本ではなくリンに興味が移っていた。
六体のワルキューレか動く。やはりというべきか、リンを取り囲んだ。
ふっとリンは正面の、槍を持つワルキューレの懐に飛び込む。
ガヂッ!
ワルキューレの背中から、リンの右手が生えた。
そっとした。
普通に考えるとーーいや常識外れも甚だしいがーー手刀で青銅の鎧を貫通させたことになる。
残りのワルキューレが武器を振りかぶった。
リンは右腕をワルキューレに突き刺したまま、その立ち位置を入れ替えた。
リンが受けるはずだった剣や槍はワルキューレが受け、右腕を引き抜く。
するとリンはは串刺しとなったワルキューレの右足首をつかみ……これも信じ難いことだが、振り回した。
木の棒をそうするように、青銅の鎧を振り回している。
それは槍よりも長い鈍器となって他のワルキューレを殴打していった。
金属がぶつかり、ひしゃげるいびつな音が響く。
ただの平民? 冗談じゃない。鍛え抜かれた兵士であってもあんな芸当ができるはずもない。こんなことができる亜人といえば、オーク鬼やトロル鬼、あるいはミノタウロスか。
だがそれらはすべて筋骨隆々の体躯を持っている。あの細い体のどこにそんな力があるのだろう?
「彼あんなに強かったの?」
キュルケが唖然とした声で言う。同感だ。
今朝方、向けられた殺気を思い出した。
もしリンがその気だったら、タバサはルーンを唱える暇もなく首を折られただろう。
最後の一体が潰されたとき、リンの右手に残っているのはもげたワルキューレの右足だけだった。残りは潰れるかひしゃげるかしてなくなってしまった。
「なんだ、なんなんだ、おまえは!?」
青ざめたギーシュが叫ぶ。常識はずれが連続しておきたせいか、その手は震えていた。
「僕? 僕はーー」
目を細めて、言う。
「ーー魔法が使えない平民だよ」
さっきの意趣返しだろうか。
持っていた足を捨ててギーシュへと歩いていく。ルイズの時とは立場が逆だ。
「それで、ギーシュ君。もう出さないのかな?」
「う……」
無理だろう。
ギーシュの実力がタバサの記憶のままであれば、ギーシュが作り出せるワルキューレは七体までだ。
他の魔法を使うほど余裕があるのかはわからないが。
「わかった降参だ。降参する」
ギーシュがそう意思表示をするように両手をあげた。
「平民が勝ったぞ」
「あいつ平民か? 亜人じゃないのか?」
「どうみても人間だろ」
外野がリンの正体に論じているころ。
「じゃあギーシュくん、まずはルイズちゃんに言うことがあるよね?」
リンが腕を組むと、ギーシュは造花の杖を胸ポケットに納めた。
「わかっているとも」
ギーシュは立ち上がったルイズへと歩み寄ると、その頭を下げた。
「君を『ゼロ』と蔑んだことを訂正するよ。すまなかった」
「別にいいわよ、勝ったのはわたしじゃなくてリンなんだから」
自分で勝ちたかったのか、ルイズはどこか釈然としない様子。
だがリンはどこか満足気に頷いていた。
タバサはもうここにいる理由がなくなり、次の授業がある水の塔へと歩くのだった。
><><><><><><
「そもそもなんで決闘なんかしたの?」
リンはギーシュに問いかけた。
この騒ぎを聞きつけてこの広場に来てみたわけだが、その理由はまだなにも知らないのだ。
「う、いや、それはーー」
「ギーシュの二股がメイドのせいでばれて、そのメイドに八つ当たりしていたのを、わたしが止めたのよ」
ルイズが端的に説明した。どう考えてもギーシュが悪い。
そのギーシュはばつが悪そうに顔をそらすのだった。
「ギーシュくん、わかっているよね?」
「ああ、もちろんさ」
「じゃあ行っといで」
ギーシュは一礼し、女生徒の集まりの中へと歩いていく。その中に当事者がいるのだろう。
ルイズを見やる。
手のひらや膝は擦りむいているし、あれだけ肩のあたりを突かれたのだ。きっとブラウスの下には青あざができていることだろう。
「さてと」
ルイズの後ろに回ると、その膝を払って抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこ。
「ちょっ、こら、離しなさい!」
顔を赤くしてぽかぽかと胸やら頭やらを叩いた。
「はいはい、暴れないの。シエスタちゃん、診療所ってどこかな?」
「それでしたらこちらです」
「自分で歩けるわよ!」
><><><><><><
「あの平民、勝ちましたな。それも素手で」
「ううむ」
鏡を用いてヴェストリ広場の様子を見ていたコルベールとオスマン。
例の平民が割って入った時には『ガンダールヴ』か否かを見定めるチャンスだと思ったのだが……結果は予想外だった。
「ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなしたとあるが、身体能力の底上げも含まれとるのかの?」
長いあごひげをさすりながら問いかける。
「その可能性もありますが、彼が我々の知らない亜人である可能性もありますな。あの服装は私の知るものではありません」
服装でその人物がどこから来たのか、あるていどは推し量れるものだ。
ましてや召喚された人間となれば、もしかすると東にある砂漠のさらに向こうの住人かもしれない。
「とにかく内密にな。あれが武器を振り回すとなると希代のメイジ殺しになりかねん。アカデミーが知ったらなにをしでかすか」
魔法至上主義で、いかに火を有効に活用させるかよりもいかに美しい火を起こすか、を考えている連中だ。メイジの存在を危うくさせる者を放置しておくとは思えない。
「もちろんです」
コルベールもそこは同意らしかった。
><><><><><><
リンは内心かなり焦っていた。
お礼がしたいというおっさんに強引に連れられて来たのは厨房で、目の前にはさぞ『美味しそう』な料理がずらりと。
「あの貴族の小僧を素手で打ちのめしたそうじゃないか。しかもこっちにきてほとんど食ってないんだろ? 遠慮せず食ってくれ」
「はは、どうも」
肩を抑え込まれるように椅子に座らされた。
顔は笑みを浮かべているが内心は青ざめていた。テーブルの料理は明らかに一人分とは思えない量。吐く。絶対途中で吐く。
どうしよう。
「なんだ遠慮してるのか? 『我らの拳』なんだ、遠慮なんていらないぞ?」
『我らの拳』とはなんのことかわからないがとにかく、いまこの場をどう切り抜けるかが先決だった。
普通のものは口にできない、というのはあまり知られたくない。
ここにはこのおっさん、マルトーの他にも給仕や料理人がいる。どうにか抜け出さなくては。
シエスタ助けて。
と念じてもどうにもならないのでナイフとフォークを持ち、この肉料理を一口サイズに切る。
意を決して、それを口の中へ。
~~~~~っ!
舌に触れた瞬間、きっ、強烈なボディブローを食らったように胃が暴れてひっくり返りそうになるっ!
そこは喰種の気合とド根性で我慢。飲み込むっ。
だがしかし、だが、しかし。
このタレ!
肉に目一杯ついてるこのタレ!
機械油の臭いを放ってナメクジの粘液みたいに口の中に広がりしかも喉にへばり、つい、て……ぐおええええええぇぇぇ!!
……なんてことを顔に出すことなくリンは十回ほど噛むフリをして、唾を飲み込む。
「ん、美味しい」
笑顔でリップサービスも忘れない。
「がはは、そうだろそうだろ。まだまだあるぞ」
いやもういりません。
「はは、は……」
追加された肉塊に笑顔が引きつる。
これを食えって? 無理無理ムリムリ、絶対に無理。
「そういえば、ギーシュくんに絡まれた子って誰なの?」
作戦、時間稼ぎ。
「あの坊主にちょっかい出されたやつか? それならシエスタさ。まったく、二股なんぞかける方が悪いに決まってるのにな」
「そうだね」
笑顔で同意しておく。
よし、そうとわかればシエスタが来るまで時間を引き伸ばそう。
「その口ぶりからして、マルトーさんって貴族嫌いでしょ?」
肉を一口サイズに細かく切り分けながら問いかけた。口には運ばず、手だけを動かし続ける。
「そうさ、俺は確かに貴族ってのが嫌いだ。いつも偉そうに踏ん反り返って見下しやがるからな。けどよ、昼間の騒ぎで少しは見直したんだぜ。平民をかばう貴族なんて始めて見たよ」
平民をかばう貴族……ルイズのことだろう。
「ルイズちゃんのこと?」
「そうさ。あんなの見たらよ、もう少しここにいてもいいかって気になるんだ。貴族もそう嫌な奴ばかりじゃないってな」
「僕もルイズちゃんは嫌いじゃないよ」
「そりゃ、まだ会って二日もたってないからさ。そのうち嫌になるんじゃないか?」
どっちだよ。
「じゃあその時はお世話になろうかな」
「おういつでも来ていいぞ」
笑いあったころ、シエスタが顔をのぞかせた。
やったぜ。
「あらリンさん」
「やあシエスタちゃん。うん、ちょうどよかった。せっかくだから一緒に食事したいな。二人だけで」
「えっ、ええ!?」
リンの提案はいくらなんでもいきなりだったのか、シエスタは素っ頓狂な声を出した。
多少強引でもいい。なんとしても連れ出す。いや連れ出してもらう。
「マルトーさん、シエスタちゃん借りていいかな?」
「なんだ、むさいおっさんとは嫌か? まあ連れてけ」
笑顔でごまかし、カートにそれらを移す。
「じゃあシエスタちゃん、ちょっとだけ専属のメイドをやってもらおうかな」
「は、はい?」
状況に置いてきぼりのシエスタはそう声を出す。
そしてリンがカートを押してシエスタと共に厨房を出た。向かった先は使い魔がたむろする広場の端っこだ。
ここまで来たら大丈夫だろう。
「あのー、そういえばリンさん、普通のものは食べられないとか言ってませんでした?」
「食べられないよ」
リンは口に手を突っ込む。ポイントはこの、喉の付け根のあたり。そこを中指で突いて、吐いた。
黄色い胃液と共に先ほどの肉がべちゃりと落ちる。
それを見たシエスタは眉をしかめてそっぽを向いた。
「あーきっつ……」
ぺっ、ぺっ、と口の中に残ったものを吐き出す。
「あの、本当に何を口にされるんです? 探しますよ?」
「いいのいいの、自分でなんとかする。それよりこのこと黙っててくれる? マルトーさんきっと傷つくからさ」
「それは……わかりました。でもこの料理はどうしましょう?」
「そこなんだよねえ……。シエスタちゃん食べられる?」
「私はもう食べましたから……すいません」
「謝ることないよ」
リンは広場に向かって、
「お腹が減ってる使い魔くーん、食べていいよー」
と言ってみた。
「来るわけないか」
「あはは……」
シエスタが苦笑いすると、ばっさばっさと大きな羽音が聞こえてきた。
青いドラゴンがすぐそばに降り立ち、少し後ずさった。
「はー……ドラゴンまでいるんだ」
ドラゴンという割にはなんだか目がくりくりしてて、可愛気というか愛嬌がある。
そのドラゴンはリンとカートの料理を交互に見やった。
「欲しいの?」
問うと、こくこくと頭を上下させる。
ちゃんと言葉がわかっているあたり、余計なことを言わない方がいいかもしれない。
「じゃあげる」
カートの上の皿を差し出すと、舌ですくいとってもぐもぐ美味しそうに咀嚼した。
なんかちょっと羨ましい。
こういう料理がどんな味なのか、リンは知らない。知ってはいるが、それは喰種としての味だ。人間にとってはどんな味だろう?
考えて……やめた。どうせ人間にはなれないのだから。
ドラゴンの頭を撫でてやると、気持ち良さそうにドラゴンは目を細める。
「怖くないんですか?」
「もっと怖いのを知ってるからね。これくらい可愛いよ」
もっと怖いもの。
喰種捜査官、白鳩。その中でもさらに有馬とかいうやつ。あれはリンでも怖い。出会ったら逃げる以外の選択はない。
そうこう考えているうちに、料理が全てドラゴンの胃袋に入った。
言葉が理解できるなら、訊いてみようか。
「ねえ君、近くに町とかあるかな? 人がたくさんいるところ」
ドラゴンが頷く。
「そこまで連れて行ってくれないかな? 君のご主人様は抜きで」
そういうと、ドラゴンは考えるように遠くを見上げたり、首をひねったりする。本当に人間みたいだな。
「夜になったらまた料理を持ってくるからさ。お願い」
それが効いたのか、ドラゴンは首肯した。やはり餌付けは効果的である。
リンはにっこりと笑い、その頭を撫でた。
「というわけでシエスタちゃん、夜もいいかな?」
「私は構いませんが……でもこのドラゴンの主人には言うべきでは?」
「いいんだよ。これは僕とこの子の問題なんだから。ね?」
きゅい、とドラゴンは鳴く。
これで足は確保できた。この場合は翼か。
「じゃあこのカートを戻してくるから、ここで待っててね」
きゅいきゅいと鳴くドラゴンに背を向けて、リンはカートを押した。
「ねえシエスタちゃん、わかってると思うけど……」
「マルトーさんには秘密、ですね」
「うん、お願いね」
余計な事を喋ったら殺す。
死んでも大事にならなそうな平民として、リンはシエスタを選んだのだから。
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いせかいせんりゅー
もうすこし
大きくなったら
いいのにな
(匿名希望 さん)
女は胸じゃないわよヴァリエール(B:94前後 さん)
僕はルイズちゃんくらいが好きだよ(魔法の使えないただの平民 さん)
……どうかん(人形 さん)