ゼロの喰種   作:gulf0205

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黒蛇

朝というにはずいぶん時間が過ぎたころ、日の光がルイズの顔を照らした。

 

「んう……」

 

寝ぼけまなこを開けて身を起こす。そして日の高さからみて完全に寝過ごしたことを察した。

一限目は急げば間に合うかもしれないが、朝食はすでに終わっただろう。

さっと頭に血がのぼるやら青ざめるやら忙しく顔色を変える。

 

「なんで起こし、て……」

 

そして誰もいない藁束を見て、平常心に戻った。

そうだった、もういないんだった。

あんな悲しそうな笑顔なんか見せてなーにが『楽しかった』よ。誰が行っていいなんて言ったわけ? 勝手にご主人様のところからいなくなるなんて生意気よ!

そうは思うが、同時にこう思う。

連れ帰ったとして、その後は?

リンは『人喰い鬼』だと自分で認めた。

 

「どうしたらいいのよ……」

 

誰に言うでもなく、そう呟く。

使い魔に食事と住居を与えるのはメイジの役目だ。住居はともかくとして、食事はどうする?

そのあたりの平民を捕まえて食べさせるわけにもいかない。そんなことをやれば貴族ではなく暴君だ。

 

「……」

 

死体ならば?

残念ながらヴァリエール領にも山賊や殺人などの犯罪者はいる。そして処刑される罪人も、見たことはないが、いる。

その死体ならばどうだろう?

ルイズは身震いした。

死体を喰わせればいいなんて発想がよくできたものだと自分が怖くなった。

 

 

コンコンコン

 

 

ドアが叩かれる。

 

「だれよ?」

 

「タバサ。あなたの使い魔について、話がある」

 

タバサが訪ねてくるというのも珍しい。しかもリンについて話があるというのは無視できないことだ。

ルイズはベッドから降りてドアを開ける。そこにルイズよりも小柄なタバサが無表情で立っていた。

 

「リンがどうしたのよ?」

 

「大事な話」

 

タバサは廊下の左右を見渡し、ルイズの部屋に入ってきた。入っていいなんて言ってないのに。

後ろ手でドアを閉じると、タバサはルイズを見上げて告げる。

 

「もし、あなたがリンをいらないというなら、彼は私がもらう」

 

「なっ……!」

 

なにいきなりやってきて勝手なこと言い出してんのよこのチビすけ!

ルイズが反論するより早くタバサは二の次を言った。

 

「だけどあなたが彼を助けたいなら、私も協力する」

 

沸点まで上がった血が急速に冷めていく。協力はともかく、助けるって?

 

「助けるって、どういうことよ?」

 

「知らないの? 今日の午前中に王宮からグリフォン隊が何人か派遣されてくる。彼らの目的は、あの平民のハヤトと共にリンを討伐すること」

 

「リンを討伐ですって? 殺すってこと!? きいてないわよ誰が言ったの!?」

 

「オールドオスマン」

 

あのクソジジイ!

心の中で罵った。口に出さなかっただけマシというものだ。

なによなによ揃いも揃ってわたしのことをわたしのいないところで勝手に決めたりして!

 

「ああもう! オスマンはどこ!?」

 

ネグリジェを脱ぎ捨て、クローゼットを開けながらきいた。

 

「ヴェストリ広場」

 

「ヴェストリ広場ね。わかった」

 

手早く着替えを済ませる。髪をとかしている暇はないがそこはしかたない。

身だしなみもそこそこに部屋を飛び出した。

こういう時『フライ』が使えないのが心底呪わしい。使えたならば窓から飛び降りることもできたのに。

廊下を走り、階段を駆け下りて、以前ギーシュと決闘を交わした広場へ向かう。

そこにはオスマンと、例の男の平民と銃士隊の女性がいてなにかを話し合っていた。

息を切らせるルイズより空を飛んできたタバサの方が先に到着していることに不満を抱きつつ、オスマンに詰め寄る。

 

「オールドオスマン!」

 

「ミス・ヴァリエール……言いたいことはわかるよ」

 

苦々しい表情でオスマンはいう。おおかた事後承諾でもとる腹づもりだったのだろう。そうはいくもんですか!

 

「なら討伐隊を差し向けるのはやめてください!」

 

「それはできんよ」

 

「なぜですか!?」

 

「……どうもお主は『人喰い鬼』の危険性を正しく認識しておらんようじゃな」

 

オスマンはその豊富なあごひげをさすりながら、諭すように言った。

 

「いいかね? 『人喰い鬼』はその名の通り、人を喰らうのじゃよ。なぜなら人以外からでは栄養がとれん。生きるためには人を殺して喰うしかないのじゃ」

 

「だったら、だったら……死体を用意するわよ! それでいいじゃないですか!?」

 

自分でもおぞましいとは思う。だがもはや背に腹は代えられない。

 

「本当の危険性はそこではないのじゃよ」

 

オスマンは小さくため息をはいて、言う。

 

「……ミス・ヴァリエール、お主はテーブルの上の料理をみて、その豚や鳥がかわいそうと思うかね?」

 

「それは……思いません。それがなんなのですか?」

 

「うむ、人は調理された食材を見てもなんとも思わん。それがさも当然のようにナイフとフォークで口に入れる。じゃが『人喰い鬼』は自ら人を狩り、その肉を口にする。そうしているうちに、人をただの食材とみなすのじゃ。命の尊さや尊厳といったものを忘れてしまう、それが危険なのじゃ。人を殺すことに躊躇いがない」

 

「でも、でも……!」

 

どうしても納得いかない。この一週間ずっと一緒だった。ずっと笑顔だった。

あれが全て嘘だなんて認めたくなかった。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

平民、ハヤトが入ってきた。こうしてみるとリンより背が高く、圧倒されそうになる。

 

「どうしてもリンを殺すなというなら、リンが殺した二人の遺族に謝罪するべきだ」

 

「っ……!」

 

言い返せない。殺したとリンが認めた以上、謝罪するのが筋なのだろう。

 

「俺の相棒だったヘレナには二人の弟と両親がいた。彼ら四人はとても悲しんでいたよ。とてもいい娘で、姉だったと」

 

「……」

 

「もう一人の被害者、ユリンには婚約者がいた。本当なら、昨日には結婚式を挙げる予定だったそうだ。婚約者の男性は俺に泣きながら訴えたよ。必ず見つけて殺してくれと」

 

「……」

 

なにも言えない。言い返せない。ルイズにできることといえばうつむいて両手を握りしめることだけだった。

誰が悪いのかと問われればそれは間違いなくリンだろう。

生きるために仕方なかった、そう言われて許せる者などいるはずがない。

 

「ミス・ヴァリエール、お主はしばらく部屋で謹慎していなさい。ことが終わったのち、改めて使い魔召喚の儀を執り行う。それでいいじゃろう?」

 

「そんな、そんなこと……」

 

まるでリンを代わりの利く『物体』のようないい方だ。

 

「お主はなぜそこまでリンにこだわるのかね? 召喚してまだ一週間ではないか」

 

なぜ? そんなの決まってるじゃない。

 

「わたしは、ずっと『ゼロ』だと言われてきました。メイジのくせに魔法が一つも使えない、『ゼロ』のルイズだと」

 

「……」

 

オスマンは黙ったまま促した。

 

「そのわたしがやっと成功した魔法が『サモンサーバント』と『コントラクトサーバント』の二つなんです。成功させた証拠がリンなんです! リンがいなくなったら、それで今度は『サモンサーバント』さえ使えなくなっていたら、今度こそ本当に『ゼロ』になってしまうじゃない!? そうよ、わたしは失うのが怖いのよ。やっとの思いで手に入れた魔法の成果をなくしたくないの! リンを手放したくないの! 悪い!?」

 

洗いざらいぶちまけた。敬意もへったくれもあったものじゃない。

気がつけば頬を何かが伝って、すぐに拭い去る。

オスマンは目を伏せて告げた。

 

「決定は変えない。リンは討伐する」

 

「……!」

 

杖を抜きそうになった。

罵声を浴びせたくなった。

そうしなかったのは、後ろから服を引っ張られたからだ。振り返るとタバサがいて、小さく頭を振る。

 

「時間の無駄」

 

「……」

 

タバサの言う通りだ。こうしている間にもグリフォン隊のメイジがこちらに向かっている。

ここの教員とは違って正規の戦闘訓練を受けたメイジだ。リンといえども危険だろう。

オスマンを一瞥して、タバサと共に歩く。

 

「ミス・タバサ、妙な気を起こすでないぞ」

 

「私はガリア人」

 

足を止めることも、振り返ることもなくタバサは告げた。

この学院の生徒だがトリステイン人ではない。だからトリステインの学院長の言うことに従うつもりはない。

そういう意味なのだろう。

二人は広場から離れたところまで歩く。 見渡した限り、誰もいない。

 

「あなたがリンを助けたいのはわかった。でもどうやって? 匿う当てはあるの?」

 

「う……」

 

そこまで考えは及んでいなかった。具体的にどうしたらいいのだろうか?

シルフィードでリンを連れていくとして、行き先は?

 

「……私の家に向かって。お父様にかけあってみるわ」

 

使い魔の代償に人肉というのはかなり厳しい条件ではある。

だがそれを差し引いてもリンは強力な亜人であることに変わりはない。

説得してみる価値はあるはずだ。

 

「わかった。でも説得が失敗したら、私の家に連れて行く」

 

「……そうして。でも、タバサはいいの?」

 

父親以上に母親の説得が困難なのはルイズもわかっている。

そしてうまくいかなければ別の場所に向かうしかない。

 

「私の方は平気。それともう一つ」

 

「なによ?」

 

「リンを助ける見返りに、時々彼を借りたい」

 

貸し借りするようなものではないと思うが、現状、タバサの協力がなければどうにもならない。

優位性はタバサにあるのだ。断れるはずがない。

 

「わかったわよ。でも貸すだけなんだからね?」

 

タバサがうなずき、そして第三者の声。

 

「あらタバサ、ヴァリエールとずいぶん仲良しになったのね」

 

塔の影から出てきたのはキュルケだ。

たまたま会話を聞いてしまったというより最初から聞くつもりだったとしか思えない。

 

「なによ盗み聞き?」

 

「人聞き悪いわね。これでもあなたたちを心配してるのよ」

 

「ツェルプストーの心配なんていらないわよ!」

 

言い放ったところでタバサが前に出た。

 

「巻き込みたくない」

 

その言葉に、キュルケは笑みを向けた。そう答えるとわかっていたかのように。

 

「ねえタバサ、あなた私に言ったじゃない。リンは危険だって。その危険なリンに友達が会いに行こうっていうのよ? 止めるのが無理なら、一緒に連れて行ってもらいたいわね」

 

はあ、とタバサはため息をひとつ。

ルイズにはわからないが、タバサの口元は嬉しさに笑んでいた。

 

「……ルイズ、知られた以上はどうにもならない。連れて行く」

 

「あーもうわかったわよ」

 

ふてくされたように言う。嫌だと言っても押し問答になるだけだ。時間がもったいない。

 

「それでシルフィードはどこにいるわけ? そもそもリンの居場所は知ってるの?」

 

「シルフィードは昨日からリンを追わせている。さっき学院に戻るように伝えた」

 

「準備がいいのね」

 

ルイズは眉をひそめた。

タバサは『リンをもらう』なんて言ってたけど、もしかして昨日からずっと考えてたってわけ?

ふんだ。貸すのは妥協して許してあげるけど、絶対にあげないんだから。

 

「最後にひとつだけ」

 

「まだなにかあるの?」

 

「ええ。シルフィードを戻す直前、リンの元にガリアのメイジが向かっていた」

 

「なによそれ、どういうこと!?」

 

「おそらくわたしの知っているメイジ。目的はリンだと思う」

 

「ガリアがどうして!?」

 

「リンをどうするかはわからない。ただ、あまり良くないことになるかもしれない。それだけはわかっておいて」

 

「わけがわかんない……わたしと使い魔の問題なのに……」

 

わたしの使い魔が『人喰い鬼』なのはわかった。リンが人を喰べたことも、リンを殺したがっているやつがいることもわかった。

でもどうしてガリアが出てくるわけ?

 

「わけがわかんない……」

 

再び呟いたところで、遠くにシルフィードが見えてきた。

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

外に気配がして、リンは身を起こした。

 

「……」

 

なんというか、気が重い。

虫の居所が悪いというか、平たく言えば、不機嫌だ。

 

「……会いたいな」

 

ルイズに会いたい。

声が聞きたい。

においを嗅ぎたい。

味わって……いやこれはダメか。

会いたいと思う反面、この感情さえも使い魔のルーンが作り出した幻だとしたらうんざりする。僕は喰種だし、こんな洗脳に従いたくない。だからこそ会うべきじゃない。

どうしようもなく気分がささくれだつ。

はあ、とりあえず外の誰かさんを見てみようか。

 

「どうした?」

 

「だれか来た」

 

壁にかけたままのデルフを鞘に収めて背負う。そして空っぽのポーチを腰に巻く。うん、やっぱりあった方がしっくりくる。

ギイ、とドアを開けると、そこには三人の男がいた。

右に筋骨隆々の大男。腰には鉄球を鎖で棒に繋いだ武器。

中央にルイズより歳下らしい少年。杖を腰に下げてる。

左には糸目の青年で、こちらはサーベルを装備。

……そして森の中にもうひとり、誰かが潜んでいる。この草葉に混ざる甘酢っぱくてうぶな匂いは……女の子かな?

リンはいつもの笑みを浮かべた。

 

「やあ、いい朝だね」

 

「そうだね。本当にいい朝だ」

 

中央の少年が答えた。あれがリーダーだろうか?

 

「それで……僕に用事?」

 

「そう、君に用件がある。君は『人喰い鬼』……正しくは喰種なんだろう? 一緒に来てくれれば、君の力になれる」

 

「……」

 

どうしてそれを知っている? 知られたのは昨日だ。しかも居場所まで突き止められた。

見張られているのか、それとも誰かが話したのか。

それ以前に喰種という呼び名まで知っている。どうやらリン以外にもかなりの喰種がこの世界にいるようだ。

 

「僕が? 誰かと間違えてるんじゃない?」

 

「ふふ、隠す必要はない。確かにいきなり指摘されれば警戒するだろうが、僕らは味方さ」

 

少年もリンと同じく笑って見せた。

こいつも同類だ。笑顔で自分の本心を隠している。

 

「僕らの主は君と同じ喰種を集めて部下にしている。君もその列に加わって欲しい」

 

「いやだ」

 

即答した。

 

「どうして?」

 

即答された。

 

「気に入らない。僕は君らを知らないけど君は僕を知ってる。どう考えても怪しいでしょ?」

 

「まあそれもそうだね。だけど来て損はしないはずだ。君が食事に困ることはないだろうし、君と同じ喰種もいる。だからーー」

 

「いやだ。喰種がいるならなおさら行きたくない」

 

これにはさすがに少年は顔をしかめた。

 

「どうしてだい?」

 

「僕は喰種だけど、喰種の友達なんかいらない」

 

喰種の友達が欲しいなら『アオギリの樹』や『あんていく』に入っていた。

そりゃ噂話や情報交換をする喰種はいたが、そういった組織には無縁だったし、こっちにきてからもそうするつもりでいる。

 

「じゃあしょうがない。こっちも任務なんだ」

 

少年は杖を抜くと、左右の男も武器を抜いた。

 

「手足を切り落としてもまた生えてくるんだろう? でも大人しく付いてきてくれた方が楽なんだ。どうする?」

 

三人は自分が絶対的に勝てると思っているらしい。そろって余裕の表情。

リンは嘲りを込めて、言った。

 

「もっといい方法があるよ。君ら三人は殺す。隠れてる一人は食べる。どう?」

 

「……決まりだ」

 

少年の目つきが変わる。喰種捜査官のような鋭さと殺意。

三人が動く。

リンの両目が赤黒く変色した。

デルフを抜いて手近な大男へ走る。

 

「ふん!」

 

大男が鉄球付きの棒、フレイルを地面に向ける。

どうやらあれも杖らしい。白色の鎧が地面から現れた。ゴーレムだ。

まるでギーシュのワルキューレのようだ。こちらは最初から武装している。それが五体。

まとめて叩き切って……!?

横からやばい気配。大男の頭上を飛び越える勢いでジャンプ。

リンが直前までいた場所を、光る刃が通り過ぎた。

たしか『ブレイド』といったか。メイジが使う魔法の剣。知ってるものよりかなり大きい。

あの狐顔の青年だ。もしあのまま突っ込んでいたら間違いなく両足を持って行かれた。

それを大木に到達するまでに理解し、リンは大木の幹に着地。一番近いのはあのリーダー少年か。

落下が始まる前に幹を蹴る。

一直線に向かった。

 

「エア・ハンマー!」

 

少年の短すぎる呪文詠唱。

風が、それこそハンマーのような圧力でリンに向かう。

それはデルフで防いだ。

吹き飛ばされることはなかったが勢いを殺され、地面に不時着。

体制を立て直すころにはゴーレムが背後に回っていた。

正面左から大男が迫ってくる。その右からは狐顔。

 

「そら!」

 

巨大な『ブレイド』が横薙ぎに迫る。これはデルフで防いだ。バチバチと顔のすぐ横で火花が散る。

反対側からフレイルが来た。左手で頭をかばう。

 

 

バギィ!

 

 

「いって!」

 

衝撃と痛み。

充分な遠心力を持った鉄球はリンの左腕をへし折った。

刃物ならどうとでもなるが、こういう重量のある打撃は喰種でもどうにもならない。肘から先がブラブラと揺れる。

 

「自慢の『赫子』はどうしたんだい? もしかしてスタミナ切れかな?」

 

少年が笑いながら告げる。

赫子ーーカグネーーという呼び名を知っているあたり、どうやら彼らは喰種についてそれなりの知識があるようだ。

『ブレイド』の魔法の刃を頭上へとそらす。

後ろにはゴーレムがあって退くことができない。

ならば前だ。

ついでに大男を切り付けようとデルフを振り上げたが、大男はサッと後ろへ跳ぶ。

 

「エア・カッター!」

 

不可視の刃が、デルフを握る右腕を裂いた。

 

「いっててて」

 

ビシリと一筋の亀裂が入り、血が一瞬だが吹き出た。喰種でなければ間違いなく切断されていただろう。

すぐさま狐顔が『ブレイド』を振るう。

デルフで防ぎ、右腕だけでつばぜり合いのような状況になった。踏ん張らないと転んでしまいそうだ。

 

「二人とも、獲物なんだから殺すんじゃないぞ」

 

「わかっているとも!」

 

大男がフレイルを振りかぶって迫ってきた。

三人ともニヤニヤと嘲笑った顔をしている。

 

「相棒やべえぞ!」

 

デルフが警告を発した。

それは無視してーー

 

「……はあ? 獲物? あははは、面白い事を言うね」

 

ーーリンは嗤った。

 

ビキ……と赫子に力を込める。

いまこの瞬間を待っていたのだ。三人が勝ったと油断するこの瞬間を。

そして三人のうち二人の足が止まる瞬間を。

 

 

「獲物はおまえらだっつの、ザコが!」

 

 

振り下ろされる鉄球は一歩踏み込んで回避。

もうとっくに完治した左手の手刀を、大男の胸に叩き込む。心臓ごと貫き、その体を貫通。

鱗赫の一つが少年の胴体へ。血飛沫をあげて貫いた。

もう一つは大口を開けて狐顔の頭へ。リンゴのようにもぎ取った。

あらゆる手加減を省いた、文字通りの一撃必殺。

それが三人の急所を潰した。

頭を失った胴体は無言のまま地面に倒れる。

大男はごぼっと血の塊を吐き出し、腕にかかる。リンは大男の腹に左足を置いて押し出し、腕を引き抜いた。

鱗赫に引っかかったままの死体はゴミを放るように振り払った。

森の中でガサガサと不自然に草が揺れる音。隠れていた一人が逃げ出したのだろう。

 

「……おめえなんで最初から本気出さないんだ?」

 

「油断させて一発のほうが楽だからね。っと、朝食の時間だ」

 

リンは舌を舐めずり、後を追う。

 

「朝食っておめえーー」

 

喋るデルフを鞘に戻して、走る。

逃げろ逃げろ。追いつかれるよ?

汗のにおいがする。焦り、恐怖、そういうものを感じる。それが食欲をそそる。

すぐに見えた。

ゴシックドレスの少女が木々の隙間を飛び、その向こうに四頭の馬が見える。

逃がさない。

羽赫の『矢』を放った。何本かが足や手を削る。少女は短い悲鳴をあげてふらつき、木に激突。落ちた。

紫色の長髪をした少女が顔をこちららに向ける。おおっ、可愛い。

 

「ひっ!?」

 

その怖がる顔もいいね。

少女は杖をこちらに向けるが、もう手遅れだ。

口を広げた鱗赫で少女の両手に噛みつき、地面に押さえつける。

暴れられないように太ももを踏みつけ、へし折った。もちろん両方。

 

「ああああああああ!」

 

「痛い? あは、は」

 

少女に馬乗りとなる。少女の両手は相変わらず鱗赫で掴んだままだ。

キッ、と少女は涙目で睨んできた。この反抗的な顔が絶望するのもまた、イイ。

左手で顎のあたりをつかむ。首では勢い余って殺してしまうからだ。

右手はこのフリフリの多いドレスの襟元をつかんで、一気に下へと破いた。

白い体が現れる。傷ひとつない体。贅肉のついてないお腹。健康的で、水滴すら弾くようなみずみずしい肌。控えめながら女性らしいおっぱい。

 

「きゃあ!? なにするつもり!?」

 

「なにって、あはは、決まってるでしょ? 僕は『人喰い鬼』だよ? 喰種だよ? 『人喰い鬼』が人を捕まえたらさ……やることひとつじゃない?」

 

 

ぱたたっ

 

 

よだれが少女の胸元に滴った。

さっきまでの反抗的な表情がみるみる恐怖に引きつっていって、顔色は白さを通り越して青くなる。

『美食家』っぽく表現するなら……表情はフルコースのオードブル。食欲を掻き立てる前菜。

 

「やだ、いやだ、いやだ!」

 

暴れるがもう無駄だ。

頼みの杖はあさっての方を向いたまま押さえつけてるし、単純な腕力だけで喰種にかなうはずがない。

 

「僕さあ……君くらいの女の子が一番好きなんだよね」

 

白くて艶のあるお腹に手を添えて、ゆっくりと上へと這わせていく。

無駄な脂身も筋肉もついていないお腹だ。

 

「贅肉もないし、筋肉質でもないし、食べ応えありそう」

 

薄い肌の下に肋骨の感触。

それを過ぎると膨らみかけの山があって、その頂点には桜色。

それを人差し指と中指で挟んでみた。指先にはコリコリした弾力。手のひらには柔らかな手触り。

はっ、はっ、はっ、と少女の浅い呼吸。それに合わせて上下する胸。その下からはタタン、タタン、タタンと早いリズムを刻む心臓の動き。

 

「知ってる? おっぱいって脂肪ばっかでさ、まあ嫌いじゃないけど、巨乳を丸ごと食べると胸やけ起こすんだ。だからこれくらいがちょうどいいんだよね」

 

ささやかな膨らみから手を離して、人差し指で胸の中心線を撫でおろしていく。

 

「ねえどんな気分? 将来の夢はなに? なりたかったものとかある? ねえ、教えて?」

 

少女は悔しさと、恨めしさと、恐れ。そういうものがないまぜになって、ただ睨むだけ。

 

「なれないよ? だってここで僕が喰べるから」

 

こう、背中がゾクゾクする。

人差し指はみぞおちで止めた。左右の肋骨が合流する、その下の部分。

 

「さ、て、と……準備はできた? お祈りは済ませた? ……もう、いいよね?」

 

 

ぶつ

 

 

人差し指を、第二関節までみぞおちに突き刺した。

 

「ぎっ!?」

 

少女は歯をくいしばる。

そして、リンはその指を下腹部へと動かした。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

響き渡る絶叫は食事のメロディ。

溢れ出る鮮血は芳しきハーモニー。

筋繊維や神経、血管を断ち切る感触は筆舌に尽くし難い。

指先にグニグニした感触。

これは胃。

胃が破れて中身が溢れ出したら目も当てられない。

これは大腸。

これは小腸。

ウンコばっかり食べてるあいつじゃあるまいし、傷つけないように注意。

これは子宮。

そういえばこの娘は処女なんだっけ? だれかの精子が入ったの食べるのはヤダな。

調べとくか……ブチっとした感触。うん、処女だ。

ぺろと指先を舐めた。

ああおいしい。

いただきます。

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

「そのガリアのメイジって何者なの?」

 

シルフィードの上でルイズは問いかけた。少なくともガリアに関しては、ガリア政府が公開している歴史や資料くらいしか知らない。

ガリア人にきくのが一番確実だ。

 

「彼らは元素の兄弟と呼ばれているメイジ。ガリアの騎士の中でも、実力派」

 

「実力派って、強いってこと?」

 

こくりとうなずいた。

 

「もしもリンが連れ去られるようなことがあったら、もう、諦めて」

 

「諦めないわ。諦めてたまるもんですか」

 

例え連れ去られていたとしても、必ず見つけ出してやるんだから。

 

「二人とも、そもそも一番考えておかないといけないことがあるんじゃないかしら?」

 

後ろのキュルケが口を開く。

 

「考えること?」

 

「そうよ。そのガリアのメイジが、リンにやられちゃってるかもしれないってこと」

 

「そうなったら探す手間が省けるわね」

 

「なに呑気なことを言ってるのよ。リンが勝ったら、そのガリアのメイジはどうなると思うの?」

 

「う……」

 

「……」

 

ルイズもタバサも口を閉ざした。

考えたくないけど、考えてみる。

昨日の教員たちのようにガリアのメイジがリンに襲いかかったとしよう。そして教員と同じように返り討ちにしたとしよう。

だったら、また殺さずにいるかもしれないじゃない。

そんなルイズの願望はあっさりと打ち砕かれた。

 

「……あれ」

 

そう言ってタバサは下方を指差した。

その先には木々の隙間があり、その中に木小屋が建っているのが見えた。

その周りに転がって、いる、もの……?

あれは、そう、人間。

 

「ねえあれって……まさか……」

 

キュルケは最後まで言わなかった。言ってしまえばそれが現実のものとして実感してしまいそうで。

 

「シルフィ、あそこに降りて」

 

きゅいきゅいと鳴いてシルフィードは頭を左右に振った。嫌がっているようだ。

 

「降りて。私なら心配いらない」

 

しばらくして、シルフィードは降りていく。

三人はシルフィードの背中から地面に立ち、改めてそれらを見やった。

一人は頭が離れたところに転がっていた。残る二人はは胸に大孔が穿たれていた。いずれも死んでいると一目でわかる。

 

「うぅ……」

 

正視に耐えられず、ルイズは顔をそらす。おまけにこのむせるような血錆びの臭い。

ハンカチを取り出して口に当てた。嗅いでるだけで胸がやけるようだ。

 

「これが『人喰い鬼』の正体ってこと……?」

 

呻くようにキュルケが告げる。

 

「『人喰い鬼』なんて言い方はやめて」

 

ルイズはそう言い返すものの、言葉に重みがない。まるで上辺だけをから滑りするように。

ルイズとて遺体というものは見たことがある。かつて祖父や祖母の葬儀に参列した時、棺の中に花を添えた。

その時の顔はまさしく寝顔のようだったものだ。いまにも目を開けて体を起こしそうな、安らかな顔。

しかしあれはどうだ?

いずれも目を限界まで見開いて歯をくいしばっており、その顔は凄まじい苦痛を受けたように苦しむ表情をしていた。死ぬ間際にどれほどの苦痛を味わったのか想像もできない。

タバサだけは何事もないようにその中へと歩き、キョロキョロと周りを見渡した。

 

「あちょっと……なた平気なの?」

 

「慣れてる。元素の兄弟は全部で四人、一人足りない。それにリンはまだ近くにいる」

 

言って、タバサは馬を指差した。

鞍に掘ってある紋章は学院のものだ。昨日、リンが奪ったものだろう。

タバサの『慣れてる』にまで気を回す余裕はなく、ルイズは辺りを見渡した。

木々に囲まれているだけで、リンの姿は見えなかった。

 

「ねえ、もう帰りましょう」

 

「嫌よ」

 

「できない」

 

キュルケの提案には二人して拒否する。

 

「どうして? これを見て何も思わないの?」

 

「正当防衛の可能性もある」

 

タバサは下を見ながら森へと向かった。足跡だ。大股の足跡が、森へと続いている。

 

「そういうわけだからあんたはここで待ってなさいよ」

 

いまは優越感に浸る余裕はなかった。ルイズは深く考えるほど頭が働かず、タバサを追った。

 

「ああもうわかったわよ」

 

キュルケも追ってきたが、その右手には杖があった。それを指摘する余力もなく進み……。

 

「待って」

 

先頭を行くタバサが杖で制し、そして杖を先に向ける。

あの後ろ姿を見間違えるはずがない。リンだ。

地面に座って前かがみになり、両手を地面と口へと交互に動かしている。

 

「リ、ン……?」

 

聞こえていない。

ゆっくり、近づく。

 

「ちょっとルイズ」

 

声を押し殺してキュルケが止めようとしたが、無視した。

嫌な予感がして、背中を寒いものが這う。

 

「リン……?」

 

まだ聞こえていない。

ぴちゃ、くちゃ、ごき、ごりっ、そんな湿った音がリンから発せられて、ルイズの元へと届いてきた。

リンに聞こえていないのではなく、自分の声が小さいのだろうか。あるいはなにかに夢中になっているのか、その両方か。

 

「なに、してるの?」

 

まだ聞こえていない。

あと十メイルほど。

さらに一歩踏み出した時、パキッ、と足の下から音が発せられた。小枝かなにかを踏み折った。

リンの肩が震え、ルイズの方をギョロリと振り返った。血を凝り固めた色の両眼と目が合う。

 

「ひぃっ!?」

 

悲鳴が出てしまった。

リンの、その下にあるモノ。

死体、だ。

それも喰われたと思われる死体。

キュルケは木の影に回り、耐えきれずに嘔吐した。

タバサはここにきてようやく顔をしかめた。

ルイズは顔色を青くして後ずさった。もし朝食を摂っていたらキュルケと同じく戻していたことだろう。

リンは、はあ、とひときわ大きなため息を吐いて、振り向いた顔を戻した。

 

「ルイズちゃんにだけは見られたくなかったよ」

 

そう言うと、なにかの布切れで口元を拭い、立ち上がる。

リンが体ごと振り返った時には、もう両眼とも普通の色に戻っていた。

 

「どうしてここに来たの?」

 

「助けに、来たのよ」

 

できるだけリンの足元を見ないようにしながら、そう答えた。

極力リンの顔だけを見るようにしているが、なにしろこの距離だ。いやでもその死体が視界に入ってしまう。

 

「助けに、ね……」

 

困ったようにリンは肩をすくめて苦笑した。

ルイズには悲しんでいるようにも見えたし、嬉しがっているようにも見えた。

 

「そうよ、助けに来たの。もうすぐグリフォン隊のメイジたちが、あんたを討伐しにやってくるわ。隠れたってすぐに見つかる。そうなったらあんた終わりよ? いくら魔法が効かないからってーー」

 

「ねえルイズちゃん」

 

遮るようにリンは口を開いた。

 

「……来てくれたのは嬉しいよ? 僕が『人喰い鬼』だってわかってるのに来てくれるなんて、本当に嬉しい。だけどさ……ちゃんとわかってる? 人を喰べるっていうのはさーー」

 

リンは足元の死体の首をつかんで、持ち上げてみせた。見せつけた。

 

「ーーこういうことだよ?」

 

その死体は、幼ささえ残る少女だった。

虚ろな瞳はぼんやりと空を見上げており、口は力なく半分開いている。

その下。

衣服と思われる布切れが手や足にひっかかるだけで、そのほとんどは剥ぎ取られている。

そして……外側へ肋骨が開いていた。そこは空洞だった。

お腹のあたりは消え失せ、そこからぬらぬらとした長いものが……腸が、だらりとぶら下がっていた。

あれが腸だとしたらその上の袋状のものは胃袋だろうか?

一気に熱いものがこみ上げてくる。

 

「ううっ、ぐ……」

 

ハンカチを口に押し当てて必死にこらえた。

膝をついた。目がしらが熱い。涙が出る。

口の中に酸っぱい味がした。懸命に飲み込み、耐える。

『人喰い鬼』がどういうものか、思い知らされた。

甘かった。人を喰らうことがこれほどまでに生理的嫌悪をもたらすなんて思わなかった。

リンは少女の死体を手放す。

どちゃ、と音を立てて地面に落ちた。

 

「……ルイズちゃん、まだ、僕のことを助けたいって思うなら、怖がらなくていいから、こっちに来てくれないかな?」

 

そういうリンの表情は諦めたような笑み。

なんとなくだが、ルイズは思った。

リンは助けてほしいのだろう。『人喰い鬼』だとわかった上で、自分のことを受け入れてほしいのだろう。

けれど受け入れてもらえるなんて思っていないから、死体を見せつけたりしたのだろう。それでルイズがリンを拒否したら、未練なく別れられる。リンはそう考えての行動だろう。

 

「……」

 

そうは思っていても、足が動かない。状況が飲み込めない。

ふと、前に一歩出る足があった。

タバサだ。

ルイズを一瞥して告げる。

 

「学院でも言ったけど、あなたがいらないなら、彼は私がもらう」

 

言うだけ言ってタバサは歩いていく。

 

「ちょっと、タバサ!」

 

キュルケが引き留めようとするが、タバサは振り返らなかった。タバサは本気でリンをもらうつもりだ。

リンを手元に置くだけの覚悟がある。その代償を支払い続ける覚悟を持っている。

わたしは? 覚悟がない、使い魔もいない、魔法も使えない、ただのゼロに……。

 

「……宇宙の果てのどこかにいる、我が僕よ……」

 

なんでこんなときにこんな言葉が出てくるのか……。

なんだか滑稽になってしまって、すこし、笑ってしまった。

しかし、生まれて初めて成功させた魔法の言葉。それを口にすると、両脚に力がこもった。

 

「……神聖で美しく、強力な使い魔よ……」

 

のろのろとした足取りだったが、立ち上がることができた。

タバサは足を止めて、振り返る。

 

「……わたしは心より求め、訴えるわ……」

 

あとはもうためらわなかった。タバサの隣を通り過ぎて、リンのところへ。

 

「……我が導きに応えなさい……」

 

 

べちゃり

 

 

水とは違う、粘り気のあるそんな嫌な感触を靴の下から感じつつ、リンの前に立った。

むせるような血と臓物の臭いが鼻にまとわりつく。

 

「いまの、あんたを呼び出したときの呪文よ」

 

「……来てくれて、ありがとう」

 

たった一言の短い言葉。

それはリンの全ての感情を込めた言葉だった。

 

「あんたは、わたしの使い魔よ。わたしだけの」

 

「うん。わかった」

 

リンは嬉しそうに、血と臓腑の上で笑ってみせたのだった。




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いせかいせんりゅー




知ってるか?

おれは剣だぜ?

盾じゃない
(伝説の剣 さん)




だって錆び錆びだし(相棒 さん)

あによ文句ある?(そのご主人様 さん)

ひでえ……(伝説の剣 さん)
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