馬車に揺られながら、ハヤトは苛立たしげに貧乏ゆすりに励んでいた。
理由は明白。グリフォン隊の増援が来なかったことだ。
確かにグリフォン隊の者は一人だけやってきた。だがそれはリンの討伐にやってきたのではなく、ハヤトとアニエスに帰還命令を伝えるためだった。
「帰還命令とはどういうことだ!?」
「言葉通りの意味だ、平民」
グリフォンという幻獣にまたがったまま、その青年メイジは告げた。
おそらく下っ端だろうが、ハヤトに対する態度はまさに『貴族』のそれだ。
「もう一度だけ言うぞ。『人喰い鬼』への手出しは一切禁ずる。調査を終了し、帰還せよ。これはマザリーニ枢機卿の、ひいては姫殿下の意向でもある。わかったらさっさと城に戻ってこい」
「『人喰い鬼』の危険性をわかっているのか!? 奴はーー」
「うるさい! だいたいやられたのはそこらの平民だろうが! お前も平民なら貴族の命令に従え!」
「な……!」
愕然とした。
そこらの平民という言葉と、平民なら貴族に従えという言葉。
貴族でなければ死んでも大して問題にならないという態度だった。
まるで大昔の日本のようだ。農民は搾取されて武士は幅を利かせていたあの時代。
あのころ命に優劣があったその時代となんら変わらない。
「伝えたからな?」
若いメイジは念を押してグリフォンの向きを変え、空へと飛び立っていった。
それが少し前の事だ。
「くそっ」
窓枠に拳を叩きつける。
自分が元いた世界ではないとはいえ、これでは中世そのままだ。
「落ち着け」
相変わらず憮然とした表情でアニエスが告げた。
「落ち着けるか、こんな……『人喰い鬼』を見逃すなんて……」
このハルケギニアに喰種捜査官はハヤトしかいない。一度遠方に逃げられてはもう追うことができないのだ。
魔法の手助けがなくなったとなれば、もう追跡不可能だ。
「遺族に顔向けできん」
ヘレナやユリンの遺された家族ににどう説明したらいいのか。
平民だからメイジの協力は得られませんでした、なんて言えるはずがない。
「こういうとき、アニエスはどうしているんだ?」
「……生まれの貴賎で邪魔が入るのはよくあることだ。だから、いまやれることをやる、それだけだな」
目を伏せ、眉間にしわを入れながら言う。
似たような経験をこれまでも味わってきたのだろうか。
「そうか……」
身分の差に辟易しながら、二人は馬車に揺られ続けた。
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ガリア王宮、グラン・トロワ。
「シェフィールドよ、貴族とは何か、考えたことがあるか?」
ガリア王・ジョセフは薄暗い大広間にて、己の使い魔である女性に問うた。それは質問するというより、ただ語りたいだけのような言い方でもある。
「は……貴族とは、指導者であり、平民の上に立つ者です」
シェフィールドと呼ばれた女性は頭を垂れてそう答えた。
その額にはルーンが刻まれており、彼女がジョセフの使い魔であることを示している。
「それは結果論だ。結果として人の上に立つことができる、その理由をきいているのだ、シェフィールドよ」
言葉遊びを愉しむように、悦に浸るように、ジョセフは問う。
「貴族とは……メイジでこざいます。魔法が使える者」
「惜しいな、実に惜しい。メイジだからは理由の一つに過ぎん。ゲルマニアなどはメイジでなくとも人の上に立つことが許される」
シェフィールドはしばし考え、答える。
「力を持つ者、ですか?」
「そうだ、その通りだ。力だ。力があるからメイジは支配者たり得るのだ。力があるから搾取する権利を持ち、刃向かうものを叩き潰す実力を持つ。貴族とはすなわち力があるものを言うのだ」
「その通りですわね」
「ならば……その貴族すらもねじ伏せる力を持つ者が現れたとしたら……全ての貴族はその者に支配されるべきだ。そう思うだろう?」
「は……」
いまいち実感がわかないのか、シェフィールドは曖昧にうなづく。
ジョセフは特に気分を害した風でもなく語り続ける。誰かに話を聞いてもらうのが嬉しいようだった。
「くく……そもそもハルケギニアには数え切れないほどの貴族がそれぞれの小国を治めていた。それら小国がお互いに侵略し、支配し、迎合し、併合し、その領土を広げ、いまの勢力図となったのだ。こんどはガリアがハルケギニアを統一する」
「そのためにアルビオンを制するのですね?」
「ふっ、アルビオンなど単なる足掛けにすぎん。アルビオンが終わればトリステイン。そしてゲルマニア、ロマリア! そのあとはサハラへと進軍する。聖地の正体がなんだか知らんが、それを暴いてやる! それが終わればロバ・アル・カリイエだ」
ジョセフは壁に掲げられた大陸の地図を見上げる。
「シェフィールドよ、この地図の外側を……お前は見たことがあるか?」
「いいえ。私が知るのはその地図の世界だけです」
「ならば喜べ。俺が必ず地図の外側を見せてやろう。そしてその全ての土地にガリアの旗を立ててやろうぞ! くははははははは!」
高らかに笑ったとき、両開きの扉が蹴破られた。
そして多くの武装したメイジや平民騎士がぞろぞろとなだれ込んでくる。
いかにも反乱といった状況に、シェフィールドはとっさにジョセフの元へ駆け寄った。
武装集団の先頭に立ち、ジョセフに杖を突きつけるのはロイドという老人だ。
ジョセフの異母兄弟であるシャルルの部下だった老人で、いまは窓際に追いやられていた。
「おおロイドではないか。くっくっくっくっ、軍を引き連れてどうしたのだ? 屋内で演習でもするのか?」
いくつもの杖や銃口を向けられながらも、ジョセフは余裕の笑みを崩さない。
「黙れ下郎! シャルル様の恨み 、晴らさねば成仏できん! 貴様はここで死ねジョセフ!」
「くっくっくっくっくは、はっはっははははははは!」
愉快なものを見るように、喜劇でも鑑賞しているように、ジョセフは笑った。
ロイドやその賛同者たちは一様に顔を険しくする。
「くくく、いや失礼、あまりにも口上が滑稽でな、く、ふふふふふふ……ご苦労だったな、もう下がっていいぞアシュレイ」
「はっ」
ジョセフがそういうと、反乱を起こした者たちの最後尾に位置する男が広間を出て、外側から鍵をかけた。さらには『固定化』で扉を破れないようにする。
そしてシェフィールドが右手を掲げ、パチンと指を鳴らす。薄暗った大広間が一気に照らし出された。
ロイドたちは理解した。
自分たちはアシュレイによって誘い込まれたのだと。
大広間にはいくつものバルコニーがあり、そこには多くの人、人、人。
その全員がなんらかの仮面やマスクをつけているという異様な光景。
「アシュレイ! 貴様、裏切ったのか!?」
ロイドが扉に向かって叫ぶと、冷ややかな返事が戻ってきた。
「なにをおっしゃる? 私はガリア王国の、ひいてはジョセフ陛下の部下だ。むしろ裏切り者はあなたでしょう?」
「ぐ……ぬぅ……」
ロイドが苦々しい表情を浮かべたところで、ジョセフは宣言する。
「さあお集まりの皆様方、お待たせいたしました! ガリア王国国王として、皆様に昼食を用意した! 先頭に立つ男は年齢七十という高齢ながら、見ての通り精力に陰りを見せない男です。気になるでしょう!? その肌がどのような苦味と塩味を醸し出すか! その後ろに控える者たちもほどよく脂がのり、鍛えられた極上の肉たちです!」
バルコニーの人々は、仮面の下で両目が赤黒く変色していき、いまかいまかと身を乗り出す。
ロイドの頬を冷や汗が伝う。
噂はきいていたのだ。
ジョセフが人間を喰らう亜人を飼っていると。
「さあ、召し上がれ!」
そして血の狂宴は始まる。
血飛沫と悲鳴。
笑い声と叫び声。
歓喜と恐怖。
「くは、はははははははははははははははは!」
ジョセフは高らかに笑う。
勇み足で入ってきたらテーブルの上に盛り付けられていた。それが喜劇でないならなんだというのか。
散発的な銃声や魔法が放たれるが、喰種には通用しない。腕や足が飛び散り、内臓が引きずり出される。
「ふむ?」
足元に転がってきたロイドの頭を拾い上げて、血を指で撫でる。
その血を舐めとり、舌の上で転がした。
「……ふん、やはりシャルルの味には程遠いな」
ぽい、とゴミを放るようにロイドの頭を捨てた。ゴロゴロと床を転がって、誰かが拾う。
拾った誰かは目玉をくり抜いて口の中に放り込み、頭蓋骨を割って中の脳みそをすすり始めた。
それを無感動に眺めるジョセフの左目だけが、血のように赤黒く染まっていた。
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リンに背中を預けるようにして、ルイズはシルフィードに乗っていた。リンの両手はタバサが作り出した水で洗い流され、いまは綺麗なものだ。
ルイズの前にタバサ、リンの後ろにキュルケという位置でである。
どうにもキュルケはリンを信用できないらしく、しっかり杖を握ってやや距離を置いていたが、ルイズは咎めたりしなかった。
リンは、言ってしまえば調教された虎だ。
『この虎はちゃんと躾けています。安心して撫でてください』と言われてもやはりどこかで恐怖心が残る。
撫でないからといってそれは悪いことではないし、強要するものでもない。
そして、ルイズのうちにふと、疑問がわいた。
「ねえ、リン」
「なあに?」
「あんたその、帰りたいとか、思わないの?」
「んー? 帰ってほしいの?」
「そうじゃないわよ。ただ、わたしに召喚されてから、一回も帰りたいなんて言わなかったじゃない。あんたにも、その、家族とかいるんでしょ?」
一行はルイズの生家へと向かっていた。そこでリンのことをルイズの父、ラ・ヴァリエール公爵に相談する。
そしてふと思ったのだ。リンにも家族がいるではないか、と。一方的にまったく別の場所に呼び出されて、リンは寂しくないのだろうか、と。
「ああなんだ、そんなこと」
「そんなことってなによ?」
頭を動かしてリンを見上げると、リンは優しげに微笑んで、ルイズの頭に手を乗せた。
「ルイズちゃんは優しいね」
「どうなの?」
リンの手を軽く払って答えを促す。
頭を撫でられるのはさすがに子供扱いされているみたいで、人前だと少し恥ずかしい。
「うん、もうみんな死んだよ」
あっけらかんと、なんでもないことのように言ってのけた。
信じられなかった。
家族が死んで、なんでこんなに平気なわけ?
「……冗談?」
「本当だよ」
リンは空の向こうを見ながら語る。
「学院にハヤトっていたでしょ? あの、コート着て変な剣を持ってた人」
「あの平民がどうしたのよ?」
「白鳩(ハト)って言ってね、僕みたいな『人喰い鬼』を殺したくてウズウズしてる連中なんだ。そんなのが僕がいた世界に何千人、何万人もいるんだよ」
そこまで聞けば後はわかる。
『人喰い鬼』は人を喰らう。それはつまり人間の敵と言っていい。
では『人喰い鬼』を狩るあのハヤトというのは、人間の味方となるのだろう。
「えーっと、たしか父さんは僕ら家族を逃がそうとして白鳩に立ち向かっていって、あとは知らない。で、母さんはバラバラ死体になって住んでた場所の近くに吊るされてた。それを見た兄さんが怒って飛び出していってーー」
「もうやめて!」
叫んだ。
聞きたくなかった。
想像もしたくなかった。お父様が帰ってこなかったら? お母様のバラバラ死体を見てしまったら? エレオノール姉様やちい姉様の死を見てしまったら?
想像するだけで絶望に似た感情が胸の内を占めていく。
「なんでよ、なんでそんな、簡単なことみたいに……」
「『人喰い鬼』の人生なんてそんなもんだよ? 僕は……人間とは違うからさ」
人間とは違う。
いつだったか、教室を半壊させたあとに聞いた言葉だ。
ーー普通とは違う。違うって受け入れて生きてるーー
リンの言う受け入れるというのは、諦めるという意味でもあるのだろう。
目的や目標を諦めて、努力も抵抗も辞めて、いまの自分を認めて、受け入れて、生きる。
その果てに行き着いたとき、リンのように身の不幸さえどうでもいいことのように振舞ってしまえるのだろうか。
例えば……魔法が使えない自分を認めて、爆発しか起こせない自分を受け入れて生きるとしよう。
それはたしかに楽な道だ。
見栄もプライドもかなぐり捨てて、努力も研磨も、向上心も必要としない気楽な生き方。
しかしそれは"堕楽"の道でもある。一度足を踏み込んでしまえばあとは堕ちるしかない。
でもちょっと待って、リンは『人喰い鬼』でそれを受け入れるのは当然じゃないの?
ルイズは人間だ。自分が人間だと受け入れて生きている。だがリンは?
まるで『人喰い鬼』であることを拒んでいたかのような言い方でないか。
わけがわからない。
「……わたしはあんたを否定しないわよ」
リンと同じ方向を見ながら、そう言うのが精一杯だった。
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いせかいげきじょー
コルベール
(これはお見舞いこれはお見舞いこれはお見舞い……くれぐれもお近づきになりたいとかそういう下心があるわけではなく、同僚として怪我の具合を気にするだけであって不純な理由でやってくるわけではないのですぞ、うむ)
コルベール
「あー、ミス・ロングビル、怪我の具合はいかが……おやいない? ……書き置き?」
『オールドオスマンのセクハラには耐えられません。怪我も治りましたので暇をいただきます。ロングビルより』
コルベール
「せ、せっ、せっ、セクハ……オスマァァアアアン!!」
そんで
女生徒A
「おはようございますセクハラオスマン」
オスマン
「うむ」
女生徒B
「今日もいい天気ですねセクハラオスマン」
オスマン
「うむ」
コルベール
「次の仕事ですぞセクハラオスマン」
オスマン
「……うむ」
シュヴルーズ
「セクハラオスマン、こちらにサインを」
オスマン
「……しくしく」