ゼロの喰種   作:gulf0205

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第二章 権利に伴う義務
家族


ルイズは夢を見ていた。

いまだに魔法が使えなくて、母親に叱られていたあのころの夢。

夢の中でルイズは五歳。

幼いルイズは花壇の中を逃げ回り、いつもの秘密の場所へと走っていた。

 

「ルイズ! まだ話は終わってません! ルイズ!?」

 

母親の声が聞こえきたけれど、聞こえないフリをした。

話の内容はもうわかっていた。

二人の姉たちは、五歳のころにはもうとっくに魔法を扱えていたのだ。そのできのいい姉たちと違い、ルイズはどんな魔法も使えなかった。なにをしても、爆発。

 

「ルイズ!」

 

聞きたくない。

叱られるほどに自分の無能さを突きつけられているような気がした。

逃げ込んだ先は、屋敷のはずれにある小さな池だ。

いまや誰も訪れることのない寂れた池。

黒ずんだ積み石のアーチ、苔むした石像、使われない小屋。そして放置された小舟。

その小舟にはあらかじめ毛布を用意しておいて、小舟を池に浮かべると毛布を頭からかぶるのだ。そうして母親という嵐が過ぎ去るのを待つ。

だが、今日は違った。

 

「泣いているのかい?」

 

小舟が小さく揺れると同時に、そう優しげな声をかけられた。

毛布から頭を出すと、そこには見知った人がいた。

 

「ワルドさま……いらしてたの?」

 

「ああ。あの話の続きをしにね」

 

「まあそんな……」

 

顔を赤らめるルイズ。

そんなルイズに、ワルドは優しく微笑みかける。

 

「さあおいでミ・レイディ。僕がとりなそう」

 

「でもわたし、魔法が使えなくて、おかあさまに叱られたばかりで……」

 

「大丈夫だよ、僕のルイズ。カリーヌ様だって本気で怒っているわけじゃない。さあおいで」

 

差し伸ばされたワルドの手を握ろうとした時、一陣の風が吹いた。

 

「きゃ……」

 

ワルドの帽子が風で飛ばされた時……ワルドはいなくなっていた。

 

「ここは……」

 

そこは美しい池の湖畔などではなく、もっと薄暗く陰気な場所だった。そこに立つルイズも五歳ではなく、学院の制服に身を包んだ一六歳。

継ぎ目のない石壁が延々と続き、見上げるほどに高い柱が森のようにそびえ立っている。なにかの装置によるまばゆい光が視界を確保していた。

そんな中を二人の影が歩いている。

 

「兄さん……なんか、母さんのにおいがそこらじゅうから……」

 

一人はリン、だろう。

確信が持てないのは、知っているリンよりも幼いからだ。年齢はいまのルイズと変わらないくらいか。

 

「わかってる……とにかく気をつけろ」

 

もう一人はがっしりした体格の男性。まだ成人はしていないだろうが、それでも鍛えているのが見てとれる。

ルイズは二人の後を追った。パシャパシャとわずかな水たまりを跳ね飛ばす。

二人を追って走る。なぜだかわからないが、そうすべきだと思った。

やがて狭い通路へと進み、迷路のように入り組んだ通路を進む。

おそらくは人口の洞窟なのだろうが、それにしては異様なまでに真っ平らな壁や天井だった。魔法で作られたのだろうか?

進んだ、その突き当たり、

 

「かあ、さ……」

 

二人は足を止めて、何かを見つめていた。

それを見てルイズは息を呑む。

腕だ。人の。

それが壁を這う金属の血管のようなものに、紐で吊り下げられていた。

 

「母さん……」

 

リンが膝をつき、兄は肩を震わせ、壁を殴りつけた。

そこが大きくひび割れて陥没する。

 

「くそ!」

 

兄は突如として走り出した。

 

「に、兄さん待って! どこにいくの!? 兄さん!」

 

リンは慌てて追いかけた。

ルイズはさらにリンを追って走る。

曲がりくねった先……広場だ。

 

「にーー」

 

リンはすぐさま足を止めて、壁に身を隠す。

なにを見ているのだろうかとルイズは頭をのぞかせた。

 

「あ……」

 

兄は、血の池の中に沈んでいた。

それを取り囲むように五人のコートを着た人たちが立っていて、嘲るような顔で兄を見下ろしていた。

 

「にい、さ……く……」

 

リンは踵を返して、再び迷路のような地下道を走っていった。

 

 

 

次にルイズがいたのは、まったく見知らぬ世界だった。

空高くに日が昇り、遠くに四角形の尖塔が幾つも並んでいる。岩とも石畳とも違う舗装された地面。

空を渡る白亜の橋と、そこをものすごい速さで走り抜ける金属の獣たち……。ここがリンの世界なのかと、ルイズはぼんやりと思った。

その中にある日の当たらない狭い路地にて、リンは誰かを壁際に追い詰めていた。

リンの右手には、白い箱型のなにかを持っている。

 

「……やっぱり君が通報したんだ?」

 

「いや、違う、違うんだよ、ほんとうに、ちがう……」

 

「このスマホ、このまえ出たばっかりの新しいやつだよね? 僕らを売ったお金で買い換えたんだ?」

 

『スマホ』がなにを意味するのか知らないが、リンは右手に持つそれをバギリと握り潰し、捨てた。

 

「ちがうんだって、ほんとうに、おれはそんなつもりじゃなくて……ちが、ちがうんだ」

 

リンと相対する少年は泣きながら違う違うとうわ言のように繰り返した。

 

「兄さんと母さんは死んだよ? それもなにかの間違いだって?」

 

「ごめ……ごめんな、さい……ひっ、ひい、い……」

 

少年は泣きじゃくり、リンを拝むように両手を合わせた。

 

「べつに、恨んでなんかないよ。君を友達だなんて勝手に思ってた僕がマヌケだった、それだけだよ。ただーー」

 

 

ビキ……

 

 

リンの両眼が赤黒く変色した。

服の裾から、黒い蛇を思わせるものが頭をのぞかせた。

ルイズはやめなさいと叫ぼうとした。しかし声が出ない。見る以上のことはなにもできなかった。

 

「ーー責任はとってもらわないと」

 

 

ぞぶり

 

 

黒い蛇が、少年の腹を食い破って、腸を引きずり出した。

 

「うげ、げっ、あっ!?」

 

少年は引きずり出された腸を再び腹に戻そうとして、倒れた。

 

「たすけ、て、たす、け、て、た……」

 

「……」

 

リンはゴキブリかなにかを見るような目で、のたうつ少年を見下ろしていた。

 

「ご、めん、な、さ、い……ゆ、る、し、て」

 

「いやだ。苦しんで死ね」

 

少年は痙攣を始め、リンは少年が動かなくなるまでじっと見ていた。

 

 

 

 

 

「……!」

 

声にならない悲鳴を上げて、ルイズは毛布を飛ばす勢いで身を起こした。

心臓がバクバクと叩きつけるように動く。

いつもの寮の部屋とは違うことに気づいたとき、ドアがノックされた。

 

「ルイズお嬢様? いかがなさいましたか?」

 

さっきの悲鳴を聞かれたらしい。メイドが声をかけてくる。そうだ、メイドだ。わたし、家に帰ってきたんだっけ。

リンの食事問題を相談しようと帰ってきたのが三日前。

リンの正体を話すなり、お父様はリンを地下牢に放り込んでしまった。

キュルケとタバサには先に学院へ帰ってもらい、ルイズはここに留まっている。

 

「なんでもないわ。ちょっと、嫌な夢を見ただけよ」

 

「そうですか。いまお召し物を用意いたします」

 

言って、ドア向こうのメイドは去っていった。

ため息を吐いて、サモン・サーバント関連の知識を引っ張り出した。

 

 

 

ーーー使い魔と主人は見えないところで繋がっている。

 

その繋がりを意識的に強めることにより、使い魔が現在の見ているものや体験していることを、擬似的に体験することが可能となる。

 

ただし、お互いに睡眠中など意識レベルが低下している状態では、無意識的に繋がりが強くなることがしばしばある。

 

そうした場合、お互いの過去の記憶に触れ合ったり、同じ夢を見るといった現象が発生することがあるーーー

 

 

 

座学ではトップクラスのルイズならば、本の内容を思い出すなど造作もなかった。

それに進級をかけただけあって入念に予習したのだ。そう簡単に忘れるはずもない。

あの夢がリンの記憶ならば、家族はみんな死んだというあの言葉が真実になる。

メイドが持ってきた学院の制服へ自分を着替えさせ、髪をとかしてもらって食堂へ。

いまはとにかくリンを解放してもらわないと。リンは大人しく従ったが、いつまでも幽閉しておくわけにはいかない。

メイドが開けたドアを通り、食堂に入った。

お父様はまだおらず、お母様とちい姉様が向かい合うように待っていた。

 

「おはようございますお母様、お姉様」

 

「おはようルイズ」

 

「おはよう」

 

ちい姉様は優しげに微笑み、お母様は口元を引き締めたまま。うぅ、なんかいつもより怖い。

お母様の正面、ちい姉様の隣の椅子をメイドがひいて、そこに座る。

エレオノール姉様はアカデミーにいるとして、お父様が来るまではテーブルの料理には手をつけない。

 

「……」

 

もし、隣にいるちい姉様が殺されてしまったら? お母様が殺されてしまったら? そんな暗い想像が浮かび上がってしまう。もしも殺したのがリンと同じ『人喰い鬼』だとしたら?

『人喰い鬼』がわたしの大事な人を襲ったら絶対に許さない。

だけどそのリンはどこかにいる誰かの大事な人を殺して、喰べた。そのリンをわたしは助けようとしている。

そう考えるとわたしは間違ったことをしていて……。

でもでも、リンだって家族を殺されて、ひどい目に遭って、それでもわたしの味方でいてくれて、死んで欲しくなくて……。

 

「よく眠れたかしら?」

 

ちい姉様が話しかけてきた。

熟睡できたかというと眠れたけれど、あんな夢を見ては快く眠れたわけではない。

 

「……いえ、あまり、眠れませんでした」

 

正直に言った。

ここがちい姉様の部屋なら抱きついて甘えているのに。

 

「そう……きっと使い魔のことで悩んでいるのね」

 

優しげに微笑みながら言った。勘の良さは相変わらずだ。

 

「わたしはーー」

 

「待たせたようだな」

 

喋ろうとしたとき、お父様が入ってきた。その後ろに控えていた執事は一礼して、どこかへと去っていく。

お父様が席についたとき、お母様が口を開いた。

 

「お父様もいらしたことだし、ルイズ、あなたの考えを聞かせなさい」

 

この三日目でやっとちゃんと話せる。いままで手紙のやり取りだとか、使者との対談だとかでろくに話せなかったから。

 

「わたしは、リンを助けたい。リンは『人喰い鬼』だし、もう、何人も殺したけど、でも、死んでほしくない」

 

「あなた何を言ってるかわかってるの?」

 

お母様が突き刺さるような視線を向けてきた。

自分でも言ってることはめちゃくちゃだと思う。生きるために人を喰べるしかない、生きるために殺人を犯す、そんな存在を助けたいなんて。

でもルイズは決めたのだ。リンを使い魔として手元に置いておくと。リンの存在を否定しないと、そう決めた。

 

「わかっています、お母様。リンは……リンが、その、人を、喰べているところを見ました。それでも大事な使い魔なんです」

 

お母様は目を伏せて、小さくため息を吐いた。

ちい姉様は相変わらず微笑んだまま、言う。

 

「ルイズがそこまで言うなんて、一つの欠点だけ目をつぶったら、とてもいい使い魔さんなのね」

 

「はい、とても」

 

「ふふ、ちょっと会ってみたいわね」

 

お父様は呆れたようなため息をつくと、スカーフを首元に巻く。

 

「……続きは食後だ。食欲が失せる」

 

そうして、食前の祈りの口上を述べた。

テーブルの上の料理を眺めながら、ルイズは自嘲的に思う。

リンが『人喰い鬼』なら、わたしは『鳥喰い鬼』かしら。

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

地下牢の中で、リンは体を伸ばした。

両手首と両足首は鎖つきの枷でそれぞれつながっているものの、これくらいなら簡単に引きちぎれる。

牢屋は冷たい石に囲まれ、藁束を紐で縛ったものがベッドの代わりだ。そして隅っこの汚い穴がトイレ。

扱いの悪さもここに極まるような状態だが、リンは下水生まれの下水育ち。ネズミとゴキブリはけっこう身近な存在だったりする。

身を起こして首をゴキゴキと鳴らした。

鉄格子の向こうにデルフが抜き身のまま壁に立てかけてあり、通路の奥で看守が読書にふけっていた。

ちなみにデルフはルイズの好意によるものだ。それに錆びついていて斬れ味が悪そうなのも、そのまま置いておかれた理由だろう、

 

「起きたか相棒」

 

「まあね」

 

鉄格子を握った。がっしりと床と天井にはまっていて抜けそうにない。

もちろん破壊可能だがやめておこう。

 

「今日で三日目。おめえ水しか口にしてねえな」

 

「一週間くらいなら水だけでも平気だよ。デルフこそ、僕のこと知っても何も言わないんだね?」

 

「人間喰ってたことか? まあな、俺は剣だからよ。剣ってのはどこまでいっても殺しの道具だ。人をさばく包丁だ。守るためだとか正義だとか、殺す理由は相棒が決めることだぜ。だいたいよ、殺しを否定するんならまずは俺が消えろって話にならーな」

 

「そっか」

 

剣は剣。それは当たり前のことだ。いくら頑張ってもその事実は変わらないし、変えようがない。

 

「もし『人喰い鬼』を悪く言ったら、デルフをどうしようか悩んでたよ」

 

「よせやい。相棒にへし折られるなんざごめんだぜ」

 

軽く笑いあったところで、看守がいる方から物音。

耳をそばだてる。

 

「あいつの様子は?」

 

この声はルイズの父親だ。

 

「大人しいものです。インテリジェンスソードと話すだけで、叫んだり暴れたりといったことはありません」

 

「そうか……会わせろ」

 

「はっ」

 

足音が近づいてきた。それも複数。

やってきたのはルイズとその父親、そしてルイズと同じピンクブロンドで目つきが鋭い女性。たぶん母親だ。

看守とルイズ、その両親は目の前までやってきて、値踏みするようにリンを眺めた。

ひとまずはルイズと仲がいいアピールでもしとこうか。

 

「やあルイズちゃん、久しぶり。元気だった?」

 

「……あんたは相変わらずね」

 

ルイズが呆れたように言うと、ルイズの父親が前に出た。

 

「結論から言おうか」

 

結論……リンを生かすか、殺すか。

もっとも黙って殺されるつもりはないし、ルイズの両親を殺すつもりもない。

 

「リン、貴様をアルビオンに送り、王国軍の非正規兵として戦ってもらうことになった」

 

「どういうことですか?」

 

ルイズが代わりに問う。

 

「いま、アルビオンは貴族派と王党派に分かれての内乱が起きている。そして、どうやら貴族派にはこの、リンと同じ『人喰い鬼』が加担しているらしい」

 

「……」

 

「さらにガリアが『人喰い鬼』を集めているそうだな? となると内乱にはガリアも絡んでいるやもしれん」

 

内乱、そして『人喰い鬼』もとい喰種、その喰種を集めているガリア。

ややこしいことになってきたもんだ。

 

「だからリンにはアルビオンに出向し、王党派と共に戦ってもらう……トリステイン王室はそう判断した」

 

『人喰い鬼』を手元に置いておくより、危険な任務につかせて、そして成功したならそれでよし。失敗しても『人喰い鬼』という厄介払いができてそれでよし。

そんなところだろうと、リンは考えた。

 

「だが……」

 

ルイズの父親はジロリとリンを見やった。

手を伸ばせば届く距離で、鉄格子を挟んで目が合う。

 

「私はこいつを外に出すのは反対だ。人の姿をした、人を喰う化物なぞ信用できん」

 

無理もない。リンだって『白鳩』は信用できない。

 

「じゃあ、どうするの?」

 

と、笑みを浮かべながら問う。

 

「……答えろ。貴様はまったく暴れたりしなかったそうだが、なぜだ?」

 

この後どうするか? にはこの父親自身、まだ決めかねているらしい。

ルイズの父親に嘘をつくのもどうかと思うから、本当のことを答えよう。

 

「この牢屋くらいならいつでも出られるから。それにルイズちゃんの家だし、あんまり暴れたくないんだ」

 

「いつでも出られる? ふん、やってみろ」

 

「じゃあそうするよ」

 

手首をつないだ鎖を、糸をそうするように引っ張った。

キン、と冷たい音を出して鎖が切れる。喰種を人間用の鎖で拘束するのは無理がある。

そもそも赫子の元である赫包を取り出すとかしなくては、拘束したうちに入らない。

足も手と同じ要領で引きちぎる。

ルイズとその両親、そして看守はぎょっと目を見開いて、両親は杖を抜いた。

ルイズはその両親を見て手を広げて制した。

遠慮なく鱗赫を展開、口のように割れた先端で鉄格子をくわえ、外側へ広げた。

メキ、ギチ、と嫌な音を立てて格子が歪み、余裕で通れるくらいの隙間ができる。

そこを悠然と通って、牢屋を出た。

 

「これでいいかな?」

 

鱗赫と赫眼をひっこめて、父親の前に立つ。

近い距離だ。殺そうと思えばいつでもできる、そんな距離。

父親は苦い顔をして、言う。

 

「なぜ私のルイズに付き従う? 貴様ならどこへでも行けるだろう?」

 

頬をかいた。

どうして? ちょっと気恥ずかしいけど、これも本当のことを言おう。

 

「僕は『人喰い鬼』だ。その僕を、ルイズちゃんは受け入れてくれた。それが理由だよ」

 

「それだけか?」

 

「僕にとって、それだけでじゅうぶんだよ」

 

ルイズになら裏切られてもいいやって、あの日、あの森の中で、そう思った。

父親は目頭を指で押さえて、杖を戻す。

 

「……山賊を近々縛り首にする。その死体を持って来させよう」

 

「あなた!?」

 

ルイズの母親が信じられないといったように抗議の声を出した。

 

「まあ待てカリーヌ。リンと言ったな? ひとまずはここから出してやる。アルビオン行きの手配もしてやる。だがな、もし私の小さなルイズを傷つけたり、裏切ったりしてみろ。その時はラ・ヴァリエール家の名にかけて貴様を見つけ出し、生まれてきたことを後悔させてから殺してやる。絶対に苦しめてから殺してやる。いいな?」

 

鋭い眼差しで睨みつけられた。言ったからには絶対にやるという、大マジの顔だ。

これにはさすがのリンも顔を引き締めた。

 

「わかった」

 

「ルイズは学院に戻りなさい。後のことは私が片付けよう」

 

「わかりました、お父様。……リン、来なさい」

 

「はーい」

 

気軽に行って、ルイズの後を歩いた。

離れ離れになるのは仕方ないかもしれない。

でも永遠のお別れにならないだけまだマシなのかもしれなかった。

 

「おい相棒! 俺のこと忘れるな!」

 

 

 

 

 

><><><><><><

 

 

 

 

 

空が赤く焼けるころ、トリスタニアの路地で鈍い音が響いていた。

堅い二つの物体がぶつかり合う音だ。

鎖のように刃が連なった鞭ーー尾赫ーーを、アニエスはクインケで弾き、後ろへと下がる。

追撃してくる尾赫に身を伏せ、あるいは飛びのいて、どうにかしのいでいた。

 

「く……」

 

アニエスは呻く。

ハヤトが『カスミ』と名付けた『人喰い鬼』は子供ではないか、という話だったが、逆だ。

 

「『白鳩』が二人も三人も増えてたまるかってんだよぉ、女ぁ?」

 

『カスミ』かなり高齢の『人喰い鬼』だった。

てっぺんが禿げた白い短髪で、しわくちゃの手足をもつ小柄な老人。それが『カスミ』の正体だ。

尻の上あたりから尾赫とかいう、刃を集合させたような白い尾が生えて9ゆらゆらと動いていた。まるで狩りを愉しむ犬のようだ。

顔にはボロ布を巻いていて表情はわからない。だがその両眼はあのリンのように赤黒い。

 

「大人しく喰われろ!」

 

迫ってくる『カスミ』を、ハヤトにもらったクインケ:ヴェンディで応戦する。

細身の剣を模した武器だ。軽く、剣の形状とあって扱いやすいのだが……。

 

ええい、届かん!

 

無言のまま毒づいた。『カスミ』の尾赫の方が長いのだ。その懐に飛び込もうとしても、その分だけ『カスミ』は離れてしまう。

クビを狙ってヴェンディを振るうが、それはまた空振りし、脇腹に尾赫が迫る。

身をひねってかわし、再びお互いに距離をとる。

 

「くそ……」

 

肩で息をしながらアニエスは『カスミ』を睨む。

老いているはずだが『カスミ』はまったく息を乱していない。

このままでは確実にアニエスが先にへばってしまう。

ハヤトや衛兵を呼ぼうにも、最初に奇襲を受けたさいに警笛や銃を落としてしまった。

 

「死ぃん、ねっ!」

 

『カスミ』が左右の壁を跳ねながら迫ってきた。

尾赫が上下左右にうねる。どこから、どこからくる?

下!?

ヴェンディでとっさに防いだ。

 

「上だ」

 

『カスミ』の声がしたと同時に、鈍い衝撃が右頬を襲った。

視界が激しく揺れ動き、地面に叩きつけられる。

 

「うぐっ!?」

 

強い。

老いた『人喰い鬼』でさえこれだ。ハヤトのやつはよく生き延びられたものだ。

 

「あはぁは」

 

霞む目で『カスミ』を見上げた。

嗤っている。自分の圧倒的な有利を確信してのことだろうが、実際、その通りだ。

なにか、なにか手は? なにか……。

 

「ふうむ、いかんなあ?」

 

「……?」

 

『カスミ』の背後に、ハヤトと同じコートを着た男がふらりと現れた。

両手にあの、クインケとなる箱を持ち、白髪を肩のあたりまで伸ばした中年の男。

 

「ああん、だれーー」

 

それ以上、『カスミ』は言葉を発することはなかった。

棘が生えた鞭のようなものが、『カスミ』の首を一撃で切り飛ばしたからだ。

頭を失った胴体は血を吹き出し、倒れた。

 

「ダメだろう? 慣れないうちに一人で挑んだりしちゃあ?」

 

「あ、あなたは……?」

 

命の恩人なのは間違いない。

その命の恩人にたいして失礼だが、痩せこけた顔はまるで死者のようだった。

 

「私の名はマド・クレオ、喰種捜査官だ。ああ君の自己紹介は後にしよう、まずは傷を手当てしなくてはな」

 

マドと名乗る男性はクインケ(だろう)を箱の形に戻して、ポケットから白いハンカチを取り出す。

 

「出血は少ないが放置するのはよくない。すまないがこれで我慢してくれ。ないよりはマシだろう」

 

ハンカチを差し出してきた。

そう言われ、右頬の痺れが取れてきた。かわるように鈍い痛みが顔全体に広がってくる。歯は折れていないようだが、アザくらいできたかもしれない。

 

「……感謝します」

 

ハンカチを受け取って傷に当て、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

詰所に戻り、医務室で傷口の消毒と、薬草を用いた軟膏を塗ってもらい、上からガーゼを貼る。

水の秘薬もあるにはあるが、このくらいで使うわけにはいかない。

マドとは食堂を兼ねた会議室で、テーブルを挟むように席についていた。

 

「さてアニエス君、落ち着いたところでいくつか質問させてもらいたい。ここはいったいどこなんだね? 私は日本という国の、東京という場所にいたはずなんだが……」

 

日本、東京、月が一つ……ハヤトも同じことを言っていたな。

ハヤトのことは後回しにしてまずは質問に答えよう。

 

「ここはハルケギニア大陸にある、トリステイン王国。すぐ隣の城がトリステイン王城だ」

 

銃士隊の詰所は王城の外壁に設けられている。ここから城は見えないものの、来る途中でマドも見ていたはずだ。

マドはあごをさすりながら思案顔になった。

 

「どれも聞いたことがないが、君が嘘をつく理由もないな。そもそも私は……」

 

言い淀む。私は、なんだ?

 

「どうした?」

 

「いや、正気を疑われたくないのでね、言うのはやめておこう。さて、君が持っているその箱だが、それはクインケと呼ばれるものだ。しかも使い方を知っているとなると、私の他にも喰種捜査官がいるのではないかね?」

 

「たしかに、ナガセ・ハヤトという男がいる。こいつも日本の東京から来たと言っていた。さっき部下を送ったから、しばらくしたら戻ってくるだろう」

 

「なるほどなるほど。ナガセ・ハヤト……どこかで聞いたような名前だ。まあ気長に待たせてもらいたいが、かまわないかね?」

 

「かまわない。助けてくれた礼もある」

 

「なあに、クズの始末なら私から志願するよ」

 

しばらくすると、ハヤトがやってきた。

ハヤトはマドとアニエスを見て驚いたように目を見開いた。

 

「あなたは、マドさん!?」

 

「おおハヤト君。やっと顔を思い出したよ」

 

マドは立ち上がり、右手を差し出した。ハヤトはすぐにその手を握って握手を交わす。

 

「マドさん……あなたは半年前、その、亡くなられたと聞きましたが……」

 

死んだ?

アニエスは眉間にしわを寄せた。

 

「それが私もよくわからないのだよ。私は『ラビット』に殺されたと思ったが……昨日、目が覚めたら近くの森で倒れていてね。てっきりあの世かと思ったが、そうでもないようだ。不思議なこともあるものだな」

 

「ここは魔法の世界ですからね、そういうこともあるのでしょう」

 

二人にしかわからない会話を繰り広げられて、その輪の中にアニエスは割って入った。

 

「少しは私にもわかるように説明してくれないか?」

 

言うと、二人は手を離して向き直った。

 

「っと……アニエス、こちらはマド・クレオ上等捜査官。俺がいた組織の、上官にあたる方だ。そしてマドさん、彼女はアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。俺のいまの上司です」

 

「改めてよろしく頼むよ」

 

手袋をつけたままの握手を求められる。

少しモヤモヤするが、なにか訳ありだろうと考えて素直に応じた。

布越しではあるが、たしかに人の体温を感じる。死体が動いているわけではなさそうだ。

 

「よろしく。それでさっきの話だが、亡くなったとか言ってなかったか?」

 

「そこがわからないのだよ。なぜ私が生きて、ここにいるのか……」

 

マドはあごをこする。考える時のくせだろうか。

 

「ふむ、状況を整理しようか。ハヤト君も座りたまえ」

 

「ええ」

 

二人も椅子に座り、三人で状況をすり合わせる。

マド・クレオはもともとはハヤトと同じ世界にいた。そしてそこで半年以上も前に死んだはずだったが、昨日、近くの森で倒れていた。

生き返った理由も原因も、ハルケギニアにやってこれた理由も不明。

ハヤトとマドは元の世界でCCGという組織に属しており、直接的ではないものの、上下関係の間柄だった。

ハヤトがハルケギニアにやってこれたのは、あるメイジによって召喚されたため。そのメイジのことは機密事項により話せない。

アニエスはいまのハヤトの上官であり、マドのおかげで『人喰い鬼』の討伐に成功。

トリステインに残る『人喰い鬼』はリンという名前の青年だが、この国のトップはリンの討伐を禁止。

リンをアルビオンという国に向かわせ、その後の詳細は不明。

そのアルビオンでは内乱が発生し、内乱を起こした貴族派は『人喰い鬼』をかかえている。

 

 

それらの情報を共有するころにはすっかり日が沈んでいた。

 

「クク、まさか死んだ後も仕事が待っているとは……」

 

マドの目つきが妖しく光った。

快楽で殺人を犯す凶悪犯のような、そんな目をしているように見えた。

 

「さてアニエス君、ひとつ提案があるのだがね、私も銃士隊に入れてはもらえないか? その『人喰い鬼』に関しては力になれる」

 

「アニエス、俺からも頼む。先輩がいると俺も心強い」

 

ハヤトはまっすぐな眼差しを向けてきた。それが最善だというように。

小さくため息をついて腕を組む。

 

「銃士隊はアンリエッタ姫様直属の部隊だ。私の一存だけでは決められん。だが外部協力者としてなら、多少の優遇はできるだろう」

 

「ありがとう。マドさん、これからよろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそな。ふむ、それにしてもリンといったか? 赫子は鱗赫で、先端が蛇のような口になっている、そういったね?」

 

「ええ、そうですが、なにか心当たりが?」

 

「いやなに、いつだったか24区にモグラ叩きに行ってな、そういう形の鱗赫をしたクズを一匹始末しているのだよ。ずいぶん珍しい赫子だったからよく覚えている」

 

「兄弟、でしょうか?」

 

「そうかもしれんな。ククク……アルビオン……是非とも行ってみたいものだ」

 

にぃ、と口を吊り上げて、マドは笑う。

このマドという男には、底のしれない狂気が存在しているようだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いせかいげきじょー




ルイズ
「ちい姉さま、この鳥は?」

カトレア
「どこかから迷いこんできたみたいなの。翼を怪我していたみたいだから、しばらく飼うことにしたわ」


「ヘタレ、ヘ、ヘタレッ!」

ルイズ
「変な鳴き方する鳥ね」

カトレア
「そうね、しかも見たことのない鳥だから、きっと遠いところから来たのね」


「ヘ〜タ〜レッ!」
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