艦娘の咆哮-WarshipGirlsCommandar-   作:渡り烏

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今回は別の鎮守府の艦娘が出てきます。
ちょっと残虐さは足りないかもしれませんが、個人的にはこのぐらいが良い匙加減だと思った次第です。


日誌七頁目 旋風が吹く海

 

 

 

 

「お腹痛い……」

 

 執務机に突っ伏しながら筑波が、開口一番でそう愚痴る。

 尾張の救助から数日、尾張の存在だけでも対処に神経を使ったのに、一昨日から発生した事案はある意味それ以上の難問であった。

 

「空母ヲ級のフラグシップ、しかも大破状態で流れ着いていたのだから、大本営もどう対応していいのか困っているのよね。

 あとあの時浜辺に来ていた“お客”は、ちょっと憲兵さんから『協力』して貰ってから帰宅させてあるわ」

 

「その内容がすごく気になるんですが、聞かない方がいいですね」

 

 陸奥が言った憲兵さんとは基地とその周辺の風紀を保つ、所謂基地警邏隊の事である。

 行き過ぎた行為だったり、機密に関わる部分を見てしまった場合、何処からともなく現れては対象を秘密のお部屋にご案内するのだ。

 一部の艦娘の追っかけからは、『しまっちゃうけんぺいさん』と呼ばれているとかいないとかあるが、どうでもいい話である。

 

「兎に角、これは我々藤沢基地だけでは対処に困るし、尋問しようにもヲ級自体の身体能力がどれほどかも不明、かと言って通常の艦娘では……」

 

 長門のその言葉に、その場に居た主力艦クラスの艦娘達が一人の艦娘に視線を向ける。

 

「……え、もしかして私ですか?」

 

「もしかしなくともそうだ。

 並大抵の攻撃にも耐えられ、尚且つ相手を御しきれる力を確実に持つ艦娘……尾張、お前だけだ。

 それにあいつを連れてきたのはお前だからな」

 

「相手はヲ級とは言えフラグシップと言う上位個体、私達大和型戦艦でも一撃で大破させられる攻撃力を持つの。

 今は大破の状態だけれど、念には念を入れたいから……」

 

「大和型のお二人と私で尋問を……と言う訳ですか。

 ……言葉、通じますよね?」

 

「まずはそこからなのよね……」

 

 艦娘達は今の今まで深海棲艦と戦ってきたが、言語能力を有するのは鬼と呼ばれる種別以上の、所謂上級個体のみにしか確認されていない。

 鬼以下の個体にはその能力は無いはずなのだ。

 

「物は試しでとりあえず接触してみます。

 まあ荒事になった時はその時に考えましょう。

 臨機応変に柔軟な対応を、と言う奴です」

 

「それって行き当たりばったりって事よね……」

 

「私の場合、何時もそんな感じで戦ってきましたから」

 

 

 

 と言うわけで独房区画の前に来たわけであるのだが……。

 

「それで、なんでカレーを持参しているのかしら?」

 

「え、いや深海棲艦の生態ってまったく不明じゃないですか。

 もしかしたら普通に食物を摂っているかもしれませんし、とりあえず4人分用意しちゃったんですけれど……、食べなかったらその時はその時なので問題ないです」

 

「4人……分?」

 

 大和と尾張の会話を聞いていた見張り役の人間が、敵が収容されているのを一時忘れて思わず口にする。

 そこには寸胴バケツ2個が置いてあり、中身は全てカレーである。もう一度言うが全てカレーである。

 ちなみに三人とも艦娘として十分な力を発揮する為に、艤装を特別に装着しており、尾張の腕には書類が入ったファイルが携えられていた。

 

「と言うか私も、下手するとここに居た可能性もあるんですよね……」

 

「そのあたりは私と大和が取り成したからな。

 それよりも相手との会話はどうするつもりなんだ?」

 

「最初は日本語で話しかけて、その後は英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語の順で呼びかけます。

 それでもダメだったら無線かモールスを使うしかないです」

 

「おいおい……」

 

 武蔵ががそう呟くと同時に、独房区画にある重厚な扉が開かれる。

 その最奥にあるヲ級の独房前には、今は完全武装の伊勢と日向が配置されており、今にも殺し合いを始めそうな沈黙に包まれていた。

 

「お、3人とも、ご苦労様」

 

 そんな伊勢だったが、大和姉妹と尾張が来たのを認めて少し気が抜けたような声をかける。

 

「ご苦労様です。

 ヲ級の様子は?」

 

「相変わらずだんまりね。

 何も言わないし、動こうともしないから逆に不気味よ」

 

「そうですか」

 

 と伊勢と大和が話す中、尾張はヲ級に注視する。

 独房の中は机とベッド、それに水洗トイレが完備され、それを遮るように断熱加工をされたガラスを挟んだ鉄柵扉が付けられている。

 当のヲ級は相変わらずマントやその服装がボロボロの状態ではあるが、発見した時に比べたら随分と覇気がある雰囲気を纏っていた……が、やはりどことなく疲れきった様子で顔を俯かせている。

 

「……」

 

「まあ、あんな感じだよ。

 艤装も大破していて、まともに艦載機の運用も出来ないみたいだ。

 おい、あんたにお客さんだぞ」

 

 日向の声に反応したのか、ヲ級が俯かせていた顔を上げる……が。

 

「!!?!」

 

 尾張と視線を合わせた途端、その顔を恐怖の表情が出たと同時に、尾張から離れようと独房の隅に後退り、今にも失禁しそうなくらいに震え始める。

 

「お、おい!どうした!?」

 

「これは……また随分な反応をされたな」

 

「……普通なら訳も分からずにこういう反応をされるのは心外ですが、一先ず彼女を落ち着かせましょう。

 注目!」

 

「!!」

 

 尾張の声が独房区画に響き渡り、その声に反応してヲ級の動きが止まり、恐怖で揺らいでいた目線が尾張にしっかりと向かう。

 

「起立!気をぉ付けぇ!」

 

「!」

 

 尾張の声に応えるかのようにヲ級が即座に直立し、腕を身体の後ろに回す。

 深海棲艦が幾ら亡霊的な存在とは言え、その大半は戦死した軍人達の魂が依り代になっている限り、心身に刻み込まれた『規律』と言う概念は根付いていると考えた結果、尾張はこうして試しているのだ。

 

「……今は貴女に何もしません。

 今からそちらに向かいますが、よろしいですね?」

 

「……」

 

 尾張の呼びかけにヲ級は沈黙したまま頷く。

 

「日向さん、扉を」

 

「あ、ああ……」

 

 威圧だけでヲ級、それもフラグシップを御したのに目を瞬かせながら、日向は独房の扉を開けた。

 開いた鉄柵扉を潜って尾張が入っても、ヲ級は気を付けの姿勢を保ったままだ。

 

「ああ、もう姿勢を自由にしてもいいですよ」

 

「……」

 

 ヲ級が一瞬ホッとした様子を見せるが、直ぐに無表情になる。

 感情の機微が無いと言うよりは、強い刺激に反応して思い出していると言う様子だった。

 

「とりあえず確認作業から始めましょうか。

 貴女は喋れますか?喋れるなら何か返事を、喋れないのでしたら首を振ってください」

 

 尾張がそう問いかけるとヲ級は首を振った。

 日本語が通じるなら日本語が話せそうだが、どうやらフラグシップでも言語能力は無いようだ。

 これも貴重な深海棲艦の生態情報の為、武蔵が持ってきたメモに記録を、大和はカメラで記録を始める。

 カメラの情報は筑波の執務室にも送られ、同時に大本営の上層部会議にも送っている。

 

「では次の質問です。

 貴女は私が発見したときには既に大破の状態でしたが、それは私達の攻撃によるものですか?YESなら縦に、NOなら横に首を振ってください」

 

 続く尾張の言葉にヲ級は首を横に振った。

 その返答に後ろの伊勢と日向が息を呑む。

 

「……では、深海棲艦同士で撃ち合ったのですか?

 返答は先程と同じようにしてください」

 

 この質問にもヲ級は首を横に振る。

 その時点でこれを目撃している全てが、沈黙したような錯覚を大和と武蔵は感じた。

 

「次の質問は少し複雑ですが……大和さん、カメラを机の真横上方から写して下さい」

 

「……ええ」

 

 やや険しい表情で大和は向かい合う両者の傍にある机の真横に移動し、机から少し上の方からカメラを向ける。

 それを確認すると尾張は、その机の上にファイルを置くとそれを開く。

 

「一枚一枚捲りますので、その中から見知っているものに指を刺してください。

 では一枚目……」

 

 尾張は『それ』をヲ級に見せる。

 するとヲ級は再び身体を硬直させて『それ』に釘付けと成り、時間を経るごとに身体を震えさせるのを、その場に居た全員が確認した。

 

「はぁ……、どうやら、状況はあまり喜ばしくないようです」

 

 尾張が開いたページには、とある兵器の写真と諸元、そしてその名前が記されていた。

 -超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント-

 

「……今回はここまでとします。

 ご協力感謝します……が」

 

「!」

 

 尾張の言葉が終わる前にヲ級が身構える。

 

「ふふ……」

 

 尾張はそんなヲ級を見て静かに笑った。

 

 

 

「で、ヲ級と昼食を摂って、今に至ると」

 

「まさか出したカレーを、飲むように食べるとは思いませんでしたけどね」

 

 2時間ほど後、昼食を済ませた筑波と、エプロン姿の尾張が執務室で向かい合っていた。

 

「それで……まあなんと言うか、貴方がここに来た理由と言うのが出来てしまったわけね」

 

「これだけならまだ良いんですけれど……」

 

 執務机には先程ヲ級に見せた超兵器、ヴィルベルヴィントの諸元や特徴を詳細に纏めた解説書があった

 その速力は93ノットを叩き出し、主砲は80口径の30.5cm三連装砲が4基、副砲は80口径12.7cm連装高角砲が4基、対空用の25mm機銃と20cm12連装墳進砲が多数、53.3cm酸素魚雷と45cm誘導魚雷の発射管を計6基搭載した超兵器である。

 

「貴女の言い方だと、まだ居そうな物言いよね……」

 

「私も勘でしか言えませんが、このヴィルベルヴィントだけで終わりとは思えません。

 恐らく他の海域にも別の超兵器が居る可能性を、考慮に入れておいたほうが良いでしょう。

 ……それが大洋の向こう側だったとしても、私は行く所存です」

 

「大洋の向こう側かぁ……。貴女だと、強ち不可能ではないと思えてくるのよね」

 

 既存の艦娘を大きく上回る尾張の性能と、艦船時代の戦歴を考えれば不可能ではない。

 その速力と対空性能は航空機からの攻撃を凌ぎつつ、敵機動部隊との距離を引き離し、潜水艦による待ち伏せも優れた対潜能力で蹴散らし、水上打撃艦隊もその砲火力と防御力で切り開くだろう。

 だが……。

 

「だけどダメよ。

 ここには貴女の変えは居ないし、貴女以上に超兵器の事を知っている艦娘は居ない。

 だから……貴女が本当に相対すべき相手が出ても、無理はしないで」

 

「判っています。

 私も、全てが済むまで沈む気はありません」

 

 2度目の艦生を手に入れ、故郷の艦艇が生まれ変わった彼女達との生活は楽しい。

 例え世界が違うと言われても、それは尾張が思い募らせていた願いだった。

 

「あ、そう言えば、実家から曽祖父の写真が届いたの」

 

「拝見します」

 

 そう言いながら筑波は執務机から1つの封筒を取り出し、尾張はそれを受け取ると封を開け、中に入っていた一枚の写真を見る。

 

「どうかしら?」

 

「……」

 

 筑波の声に尾張はほっとしたような、残念そうな、そんな顔を見せる。

 

「どうやら、貴女の知っている人とは違うようね」

 

「はい、私が知っている筑波大尉は、もっと厳格な顔つきでしたから……。

 それでも、立派な軍人だと言うのが分かります」

 

 そこに写っていたのは線がやや細くも、軍服姿が似合う初老の男性の姿であった。

 尾張が知る筑波とはかけ離れているが、それでも国の為、家族の為に身を捧げた男だと言うのが、写真から伝わってくる。

 

「……」

 

「……それで、作戦の方針はあるの?」

 

 写真を見つめている尾張に筑波が尋ねる。

 

「一先ずは周辺警戒を厳にして下さい。

 警戒をする際は正規空母の艦娘を必ず随伴させ、絶えず偵察機を飛ばして警戒をする事と、発見した際は手を出さずに直ぐに撤収する様にしてください。

 93ノットの速力とは言え、航空機の行動半径を詰めるには時間がかかります。

 実際、こうやって何度も超兵器の情報を取得してきました」

 

「順当で手堅い索敵手順ね。

 でも、大本営や他の鎮守府が納得するかしら?

 こうは言いたくないけれど、勿論艦娘の補給や修理も堅実にやっているけれど、それでもたまに無茶をして、戦果を増やそうと躍起になっているところがあるし……。

 そもそも超兵器の存在に対して懐疑的な見方をする提督も居るわ」

 

「超兵器の恐ろしさは実際に体験しないと分かりません。

 もしそうなったとしたら、それはその娘達と提督にとって不運になるでしょうけれど……、こればかりは私には手出しが出来ません。

 早まった真似をしなければ良いのですが……」

 

「ちょっと、不穏な言い方をしないで頂戴……と言いたい所だけれど、何時何処で現れるかわからないのが難物よね。

 いっそ篝火でも焚いてくれたら良いのに」

 

「あはは」

 

 筑波の愚痴に尾張が笑う。

 そんな時、電話の呼び出し音が鳴った。

 

「はい、こちら藤沢基地の筑波です。

 はい、はい……え、鹿屋基地の水雷艦隊が!?」

 

「……」

 

 その時尾張と筑波は、悪い予感は当たるものだと痛感した。

 

 

 

「……」

 

「ふふふ……、今度は鬼ごっこかしら?」

 

 小島の脇に大小様々な岩で形成されている暗礁の窪地で身を潜める艦娘達に、「それ」は何処へ向けるでもなく囁く様に語り掛ける。

 実際光学的には見失っているおり、遠征組は幸い全員無事に隠れているのだが、遠くない内にここを探り当てるだろうという予感はあった。

 

「あの愚物達に比べたら良い臭いだけれど……だめね。

 もっとオイシイモノが欲しいわ」

 

 その台詞を正しく理解したくない。

 水雷戦隊を任されている鹿屋基地所属の球磨は、台詞の奥底から湧き出る狂気と歓喜が入り混じった声から、耳を遠ざけたい思いで傷の手当てをしていた。

 逆探知と傍受される危険性があったが、救援を求める暗号通信も送ってある、きっと自分達は助かるのだと言う思いをこめて……。

 

「そう言えば、あえて傷付けた獲物を放って置いて、助けようとして寄ってきたより質と量がある獲物を、捕らえると言う話があったかしら」

 

 そんな彼女達の思いを踏みにじるかのように、彼女……尾張からはヴィルベルヴィントと呼ばれるべき彼女はそう言い放った。

 

「待つのは趣味じゃないけれど、偶には趣向を凝らすのも面白いわね。

 だってその方が、元の素材がよりオイシクなるんだもの」

 

(自分達の事がばれているクマ!?)

 

「ああぁ……良いわ。その感情、思わずこのままタベテシマイタクナリソウ」

 

「う、ううう……」

 

 駆逐艦娘の一人、五月雨の青褪めた顔が土気色に染まっていくのを見て、神通は彼女を抱きしめる。

 

「大丈夫だクマ。助けは必ず来るクマ……」

 

「くそぉ……艤装が万全ならあんな奴……」

 

 涼風の台詞に球磨は静かに思案する。

 自分達は遠征任務中に「あれ」に出会い、そして追いやられた原因は、遠征用のドラム缶を各艦に2つずつ携行していた為だ。

 その結果、兵装スロットには主砲の兵装が各艦に1つずつしかなく、火力不足で決定打にかけてしまい、この小島まで退却を余儀なくされた……だが。

 

(仮に万全の状態で遭遇しても、結果は変わらなかったと思うクマ……)

 

 なによりも性能の差が違いすぎる。

 向こうはこちらよりも倍以上の速さで航行し、戦艦クラスの主砲に酸素魚雷と、恐らく誘導型と思われる魚雷で、こちらの動きを撹拌して封じ込め、そのまま嬲る様に攻撃を加えてきたのだ。

 そんな事をしなくても、こちらを撃沈させる事など造作も無い筈なのに何故そんな事をしたのか?

 

(今はそんな事はどうでも良いクマ……。

 ただ、あいつに攻撃が当たったのに、何の被害らしい被害がないのが気になるクマ)

 

 確かに自分達の攻撃は当たったはずだった。

 だがあの蜘蛛の巣状の壁に砲弾が阻まれ、あの深海棲艦らしいあれに被害が与えられなかった。

 

「誰か教えて欲しい気分だクマ……」

 

 球磨は誰ともなくそんな事を呟き、夜空を見上げた。

 あれがナニカをすする音と共に……。




今回は鹿屋基地の球磨さんに出ていただきました。
何気に他鎮守府の艦娘が出るのは初めての事と、原作的にも撃沈された艦が居ないのでこんな感じになってしまいましたが、状況的には負傷兵を助けに来る兵士を待つスナイパーな感じでしょうか。
ヴィルベルヴィントの事は彼女たちは知らないので、あえて地文だけに名前を出しています。

次回は遂に尾張が出撃します。
ご期待に沿えるように気張っていきますよ!

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