艦娘の咆哮-WarshipGirlsCommandar- 作:渡り烏
稀に良くありますけれどね。
「艦隊を先行させただと!?」
普段は冷静な北条が声を荒らげ、TV電話の先に居る室田口と富長に真偽を聞いた。
『ええ、あれ位のスペックなら我々の艦隊で何とか出来ます。
それにあの尾張と言う艦娘、元の超大和型戦艦から少し改良を加えた状態でアレを沈めたと言うならば、艦隊で当たれば恐れる事はありません』
『それに、我々としても先の戦いでは緒戦で返り討ちにあり、その後の貢献も出来なかったのです。
超兵器とは言えたかが戦艦一隻、航空機と戦艦の同時多面攻撃には成す術もないでしょう』
「この……うつけ共が!」
「っ!」
怒声と共に北条が丈夫なオーク材で出来た机に拳を振り下ろす。
その際に人間が立ててはいけない音と共に、机が僅かに軋む音が鳴り、その場に居合わせた筑波が肩を竦ませた。
北条はそれで少し冷静さを戻したのか、怒らせた肩を収めて椅子に腰掛ける。
「いいか、お前達がやった事は作戦を狂わせる独断先行以外の何者でもないのだ。
よしんばそれで超兵器を倒せたとしても、有事法廷での結果次第では功罪併せて降格、悪くすれば最低10年以上の減棒が言い渡される。
だがもしも艦娘達が轟沈した場合、対深海棲艦の貴重な戦力を失わせた責務として、判決なしの死刑が課される可能性も高い」
北条の言葉に両名は顔を青褪める。
今回のことに関しては両鎮守府の艦娘にも責が及ぶが、それを命令した二人にはそれ以上の責が待っているのだ。
しかも公には艦娘は人間として発表されている為、人権的な視野でも責を課される事は免れない。
「お前達は速成教育だった事もあって習わなかったのだろうが、こういう事では特に厳しく罰せられるのは常識的に考えれば直ぐに思いつく事だろう!」
『で、では今すぐに合流をさせるように』
そこで北条の執務室のドアがノックされる音が響く。
「入れ」
「失礼します!」
連絡要員として残っていた大淀が入室してくる。
「横須賀鎮守府連合艦隊、第一艦隊旗艦大和より入電。
発、我等協議の結果、速力に優れる戦艦尾張を先行後追随するも、ブイン・ショートランドの両艦隊は壊滅状態にあり、なれども全員の生存を確認。
尚、尾張は超兵器との交戦状態に入り、ノイズにより通信途絶せり。
そしてこちらの詳細報告書で以上になります」
「先程の連絡は聞いたな?少々遅かったのだが、尾張君のお陰で何とか最悪の事態は避けられたようだ」
北条は何処かほっとした様に言い放つ。
既に理解のある妻と子を持ち、妻と共に艦娘を娘同然に見ている北条にとっては、例え他の鎮守府の艦娘であっても大切に思っている節があり、今回の報告は彼の精神を落ち着けるのには十分なものであった。
それを聞いた両提督も青褪めた顔色は変わらないが、少し血色が戻ってきていたのだが……。
「ではこうなった経緯について、少々話がある。
この作戦が終わったら二人とも大本営へ来るように」
それを見計らったように北条が切り出すと、再び二人の顔色は逆再生されたのだった。
ここで少々時系列は戻る。
「そろそろ空母達が出した艦載機が、交戦圏内に入った頃だと思うのですが……」
尾張とヲ級を先行させた大和達は、一路沖ノ島海域へと向かって航行を開始。
嘗てない戦いに思いを抱き、このために召集された艦娘達は空母艦娘達からの報告を、固唾を呑んで待っていた。
「……ダメね。ノイズが酷くて聞き取れない」
「こちらもです」
「あ、こちらは受信できました!」
舞鶴所属の翔鶴がそう叫ぶと、周りの艦娘達は一斉に彼女を見た。
「状況は!?」
「ブイン・ショートランド両艦隊の前衛はその殆どが、大破ないし中破しているものの轟沈した艦はなし!」
「直ぐに横須賀へ報告します!」
翔鶴の報告を受けて各艦隊の旗艦が各々の鎮守府に打電する。
当然暗号を通して行っており、その作業は直ぐに終わった。
「これより沖ノ島海域へ突入します!
各艦、戦闘用意!」
「空母はこの場にて航空機を発艦させます。
第一次攻撃隊、発艦準備」
横須賀の大和と加賀がそれぞれの役割を果たし始める。
そこへ加賀に続報が入る。
「……尾張、超兵器との交戦を……開始」
『『!!』』
苦虫を噛み潰したような表情で言う加賀の報告に、予測していた事態が発生したのをその場に居た全員が感じ取る。
相手は2つの連合艦隊の前衛艦を相手にしながら、同時に降りかかる航空攻撃を容易くかわす速度を有し、戦艦を含む前衛艦を屈服させると言う恐るべき性能を持った超兵器。
その超兵器と、記録でしか知らないがまた個艦で立ち向かう尾張の姿を連想し、再びそのような状態に追い込んだ自分達の力と経験の不足を、嫌と言うほど思い知らされた。
そんな中、赤城の声が響く。
「皆さん、まだ挽回の余地は有ります。
前衛艦はこのまま最低限の巡洋艦・駆逐艦と共に突入!
私達空母はここから航空機を発艦させ、尾張さんと前衛艦達の援護をします!
赤城第一次攻撃隊、発艦!」
「第一次攻撃隊!一航戦に続いて発艦!」
「一航戦や二航戦に負けていられないわ!
五航戦、第一次攻撃隊、発艦!」
「ヒャッハー!者共かかれぇい!」
「六〇一航空隊、発艦!」
既に発艦準備を整えていた正規空母・軽空母達が、各々の航空隊を上げて始める。
総勢4桁に届くか届かないかの大編隊が、艦隊の上空を黒く染めんばかりに埋め尽くし一路沖ノ島海域へと向かった。
「前衛艦突入開始!
射程内に入り次第尾張の援護をしつつ、敵超兵器へ接近し肉薄攻撃を行います!」
「了解、前衛艦隊の武運を祈ります!」
そのまま空母を中心とする後衛艦隊と、戦艦を中心とする前衛艦隊に分かれて進撃を開始する。
目標はもう直ぐそこに居るはずだ。
「ここから先は通信が完全に届かなくなります。
各艦は水上・水中への警戒を厳となせ!」
戦艦達の周りを外側へ行くにしたがって重巡、軽巡、駆逐艦娘と輪形陣を組んで進行を開始する。
恐らくはないと思うが、念には念を入れてという事だ。
だがそんな時に、前方から複数の影が見えてきた。
「あれは!」
「ブインとショートランドの!?」
それは大きく損傷した長門型戦艦と、伊勢型戦艦を曳航しているブイン・ショートランドの艦隊だった。
あちらも彼女達に気が付いたのか、ばつが悪そうな表情を浮かべて顔を伏せている。
「状況は?」
「尾張さんが突入した隙を付いて、何とか私達だけは撤収できました。
ですが鹿屋基地の方々は、時間的にも余力的にも救出が難しく……」
ブイン所属の赤城は最初はしっかりとした口調ではあったが、最後はその顔を自らと自らの提督が犯した愚に悔いた表情で占められる。
「分かりました。
あとはこちらで請け負います。
……大丈夫、必ず尾張ともども助け出しますから、貴女方はゆっくり療養をして下さい」
「了……解」
ブインの赤城はそれだけ言うと、ブインとショートランドの艦隊は一路母港への帰路に入った。
今回の件で両提督と彼女達の処罰が気になるが、今は超兵器の脅威を取り除く事にある。
そう思案していると、遠くから砲声が聞こえてきた。
通常の艦砲とは違い長砲身の巨砲が織り成す重く、そして金属が鳴くように響く反響音と、同時に大質量体によって水が巻き上げられる音が海上に鳴り響く。
しかもそれは断続的に、且つ機械のように一定の間隔で響き渡っていた。
「ここから先は鬼門、深海凄艦は既に通り、私達はこれから通るべき鬼の門」
藤沢の大和が呟く。
そう、あのヲ級はその門へぶち当たり、そして力が不足していた故に叩き返されたのだ。
そして、今は艦娘である自分達が、尾張が既に潜ったその門を潜ろうとしている。
それは、尾張と同じ立場に立つ事を意味していた。
(いえ、同じ立場に立つと言うのは自惚れ、ここで勝利して、やっとあの娘が踏み込んだスタート地点に私達が立てる)
その気持ちを改めて確認し、大和達はその海域へと踏み込んだ。
そしてそれを目撃する。
「これは……」
その場を見た全員が、その異次元の戦闘を目の当たりにする。
愚直なまでに巨砲を相手に叩き込み、互いが相手を屈服させようと躍起になり、周りのことなど眼中にないと言わんばかりに死闘を繰り広げる。
そこで繰り広げられていたのは、鋼鉄同士がぶつかり合い、レーザーが、砲弾が、ミサイルが飛び交い、相手の防御を討ち貫こうと、自らが持てる全てを持って相手を撃滅せんとする鉄錆が漂う情景。
それは戦闘艦として行い得る全ての鉄火場を、ここに落とし込んだかのような終末的なワルツ、相手が踊り疲れるのではなく、相手を屈服させんが為の鉄血の舞踏場。
「シャアァアア!」
「堕ちろ!」
何度目か分からない互いの声と主砲が、互いに交差する瞬間に咆哮する。
狙うは互いの喫水線、尾張は自らの防御隔壁でシュトゥルムヴィントの砲弾を跳ね返し、シュトゥルムヴィントは尾張の砲弾を防御重力場で弾くか、威力を大幅に減衰させれた砲弾がその装甲を叩き、そしてシュトゥルムヴィントの切り札と言うべきレーザー兵装は、尾張の強力な電磁防壁に阻まれる。
そんな互いに決め手に欠ける消耗戦が続いていた。
「これは……互いに高レベルで攻防が拮抗してしまっているな」
「と言うか援護しようにも、接近しすぎて誤射しかねないわ!」
タウイタウイの長門と陸奥がそう言うと同時に二隻が再び主砲を済射、相対速度で140ノット近い速度差があるにもかかわらず、互いの攻撃は寸分違わず相手のバイタルパートへ打ち込まれる。
だがそれでも決定打にはならない。
「あの尾張の超砲身51cm砲が効かないなんて……」
「いや、まったく効いていない訳ではないみたいだ」
大和の呟きに武蔵が指先を指しながら応える。
そこには直接水面に撃ち込む尾張と、それを回避するシュトゥルムヴィントの姿があった。
「あ、まさか!」
「ああ、奴だって船なんだ。
自らが掻く水が無ければどうしようもあるまい」
艦船型の超兵器は、一部を除いてほとんどウォータージェット推進なのだが、それでも水が必要なのには変わらず、武蔵は水中の防御壁は海面のものよりも、船体にぴったり張り付いているものと推測した。
「ですがあの速度では……」
だがその時だった。
「いい加減にしなさい!」
「あっぐ!?貴様、また私の煙突を!」
尾張が主砲を釣瓶打ちでシュトゥルムヴィントの、サーフボードの様な艤装にある煙突に連続して撃ちこみ、とうとう最後の一発が煙突を基部から破壊してみせた。
「なんと!?」
「見事ね……」
みるみる速度が下がり始めるシュトゥルムヴィント。
その見事な砲術に戦艦組は感嘆の息を吐く。
「おのれ……がぁ?!」
そこへ突如水柱と爆炎がシュトゥルムヴィントを襲う。
それは、後衛艦隊から発し、空中でその時を待っていた航空部隊からの集中攻撃だった。
各鎮守府の第一線で活躍しているだけあり、その統制された火力投射は全盛期の機動部隊に遜色ない、極めて高度に統率された見事なものであった。
一瞬で行われたそれにより、シュトゥルムヴィントの姿は発生した水蒸気と爆煙で見えなくなる。
そこへ前衛艦隊の面々が尾張の元へ駆けつける。
「尾張さん、大丈夫?」
「や、大和さん……ええ、『ちょっと』やられてしまいましたが、大丈夫です」
「ちょっとって……そんな状態じゃないでしょ」
尾張は大丈夫だと言ったが、その艤装の状態は酷いものであった。
まず艤装本体の表面はボコボコになり、CIWSやパルスレーザーも何基か脱落し、唯一まともに形をとどめている主砲も、内部構造にダメージを負っているのか動きが鈍い。
むしろこんな状態でよくあそこまで戦えたと褒めてやりたいほどである。
「それよりも、警戒を解かないで下さい」
「それって……」
尾張が睨む先、そこには未だに立ち込める煙が渦巻いていた。
だが、その様子がおかしいと思った矢先だった。
「!」
「あ、ちょっと!?」
尾張が不意に矢面に立つと、そこへレーザーと実体弾の雨霰が降り注ぐ。
「あっぐっ!」
「尾張!」
それを真正面から受け止める尾張に、その場に居た全員が状況を把握しようとした矢先であった。
『「(■■■■■■■■■■■■■■!!!?)」』
「うっ……」
「なに、あれ……」
この世の物とは思えない、怒りと混乱が混ざった絶叫が鳴り響く。
そして、先程の攻撃によってかその煙が払われると、そこには、頭部や四肢が欠けたシュトゥルムヴィントの姿があった。
しかも虹色のオーラを纏い、失った首や傷から重油の様などす黒い血液を流しながらも、尚尾張に相対していており、その異様な光景に歴戦の戦艦や駆逐艦娘も思わず顔をしかめ、口元を手で覆うほどの状態であり、上位種の人型深海棲艦であれば既に死んでいてもおかしくない。
「やはり、暴走しましたか」
尾張はそう呟くと再び臨戦態勢に入るが、頭部を破壊され、周りが見えていない筈のシュトゥルムヴィントが、全ての兵装を尾張へ向ける。
「っ!全員、砲雷撃戦開始!
全ての火力を打ち込んで!」
「後衛艦隊!大至急第二次攻撃隊を発艦させてくれ!
そうだ!目標はいまだ健在だ!」
藤沢の大和の声で、そこに居た全員はハッと我を取り戻し、武蔵は後衛艦隊へ増援の要請を行いつつも、既に攻撃準備を整えていた。
そして、二人は尾張の前に立つ。
「大和さん、武蔵さん!
無理です!貴女方の防御機構ではあの攻撃に耐えられません!」
「だけど、このままでは貴女が!」
「二人ともそこまでだ!
構えろ!」
再び放たれる弾幕に大和と武蔵、そして大破状態の尾張に攻撃が集中する。
「目標へ攻撃開始!
少しでも三人から気を逸らさせます!」
横須賀の大和が号令を出すと、前衛艦隊の艦娘が半包囲陣形で攻撃を開始する。
61cm酸素魚雷、小口径から大口径の主砲まで、現行の艦娘が装備し得る様々な火器がシュトゥルムヴィントに殺到し、防御重力場を介して傷を与えていくがそれでも砲撃は止まらない。
「これでも火力が足りないとでも言うのか!?」
「もうすぐ砲身が焼け付いちゃうわよ!」
「くそ、このままではあの三人が!」
初撃で大破寸前まで追いやられた武蔵と大和を庇う様に、尾張が表に立って防ぎながら反撃を開始している。
当然二人を庇いながらでは回避機動を展開出来る筈もないが、その攻撃を一身に受けながらも反撃をする姿は流石と言ったところだろう。
(あの時を思い出すわね……そう言えばあの改アイオワ型の乗組員、どうしているのかな)
機関が損傷し漂流していた改アイオワ型、あの時は船まで救えなかったが乗組員は何とか全員救助できた。
では今は?艦娘は一つの命であり、ただの軍の備品ではない。
あの改アイオワ型のように見捨てられるのか?
(そんなこと……できる筈がない!
ここは異世界で、私は異邦人で、まだ拾ってくれた礼もしていない!
こんな……こんな緒戦で立ち止まるわけには行かない!)
「はああああぁぁぁぁ!」
『「(■■■!?)」』
雄叫びを上げながら急速前進で自らの身体を前面に押し出す。
その声に反応してか、大和と武蔵に指向していた砲が尾張に向けられる。
(そうだ!もっとこっちを見ろ!)
彼我の距離はまだあり、必殺の主砲を叩き込むにはまだ距離がある。
そして、シュトゥルムヴィントが放とうとしたその時、超兵器の周囲に航空攻撃と思しき水柱と爆炎が広がる。
『「(!!??!)」』
「な!?」
「第二次攻撃隊にしては早すぎるぞ!
な!?」
長門と陸奥が周囲を見回すとそこにはあのヲ級が居た。
しかし問題なのは、その後ろには深海棲艦の上位種である空母棲姫とその護衛艦隊が控えていたのだ。
長門を初めとしたそれを目撃した艦娘達は思わず身構える。
「らぁ!」
『「(!!)」』
だが当の尾張はそれらを一切無視し、一気呵成にシュトゥルムヴィントに接近、その腕でシュトゥルムヴィントを捕らえると、海面に叩きつける。
何かを叫ぼうとしたのか身じろぎをするシュトゥルムヴィントに、修復された尾張の主砲が指向する。
「さようなら、良い旅路を」
そして51cmの鉄隗が放たれ、その肉体を抉り取り、骨を砕き、艤装を叩き割り、巨大な水柱を上げながら両者を包み込む。
そして水柱が消えると、そこには主砲を放った姿勢のままの尾張だけが残っていた。
その光景を艦娘と深海棲艦、両者が呆然と見ていた。
「鋼鉄ノ咆哮……戦艦水鬼ガ喜ビソウナ響キダ」
ただ空母棲姫だけが、その光景を表すかのようにそう呟いた。
というわけで第10話となります。
いやぁ、初の超兵器戦でどう演出しようかと苦心して、やっとなんとか形になった気がします。
もう少しやりよう待ったとは思うのですが、私の文才ではこれが限界です。
文章だと疾風のスピードの表現が難しさといったら……。
深海棲艦の動向は次回にお預けです。
あ、あとお気に入りの数が地味に3桁超えてましたね……。
どうしよう、何かオマケやった方がいいのかしらん?