艦娘の咆哮-WarshipGirlsCommandar- 作:渡り烏
「左舷大破!浸水発生!」
「甲板損傷!」
次々に入る被害報告、既に弾薬も残り少なく、今にも沈みそうな船体で持ちこたえようと踏ん張るが、それも限界が近付いていた。
(ああ、早く、早く逃げて!!)
最初は水平線の向こう側から、海面を引き裂いて飛来してきた波動エネルギーの奔流だった。
その一撃で僚艦の一隻は吹き飛び、それが始まりだったかのように次々に波動エネルギーが飛来してくる。
「艦長!これ以上は持ちません!」
「くぅ……仕方ない、総員退艦!」
(そう、それで良いの……。
貴方達が生きてさえいれば、私の後輩達が私の敵を討てくれる……でも)
次々と自らの身体から出て行く乗組員達が退避を完了させ、僚艦が彼らを拾って逃げ出していくのを確認し、誰も居ない主砲塔を眼前の煙中に居るであろうそれに突きつける。
(最後の一撃くらいは食らってもらうわよ?)
やがて硝煙の中から出てくる陰がその姿を現す。
それは……巨大なマガモの群れだった。
「……酷い夢を見た気がする」
自室のベッドで目を覚まし、開口一番で出た台詞がそれだった。
沖ノ島超兵器戦から2日が経ち、藤沢基地の中は何時もの日常が戻ってきた。
尤も、尾張の予測通り母体であるフィンブルヴィンテルの存在、そして出てくるであろう超兵器の存在に警戒するという、全鎮守府に課せられた任務は今も継続されていた。
「工廠に行こうかな……」
誰に言うでもなく呟き、まだ朝焼けに照らされる部屋で着替えをしてから工廠へと向かう。
誰かに合う事も無く工廠にたどり着いた尾張は、先日の『戦果』の前に居た。
尾張が尤も気になったのは、この特大の艤装核と呼ばれる物体である。
戦果の分け前は色々と議論になったそうだが、あの超兵器から出てきた物が只の艤装核である筈もないと北条提督に諭され、今まで確認された中で一番の艤装核であるこれを藤沢基地と横須賀が共同で監視、他の通常サイズの艤装核は呉・佐世保・舞鶴で保管する事となった。
先達の艦娘達に聞いても、これほど大きいのは見た事がないと言い。
大本営から派遣された技術者らも、この状態での解析は不可能だとして調査も切り上げられている。
そして最大限の警戒の元、近日中にこの艤装核を開放する事となった。
「……」
ふっと、尾張はその艤装核に触れそうになっているのを認識し、静かにその手を下げる。
起床ラッパの音が、藤沢基地に鳴り響いた。
『午前9時となりましたニュースをお伝えします。
最初のニュースは……』
食堂に移ってもそもそと出された食事を口に頬張る。
最初のニュースは今年の予算に関する物のようだった。
深海棲艦という脅威がある今、軍事費の大半は艦娘に対するもので閉められており、通常兵器は避難にも使える輸送機や輸送ヘリに偏っている。
『次に、大本営は先日に行われた艦娘の大規模出撃について、大本営の山本長官は国会で次のように述べています』
『我々は先日新たな脅威と遭遇しました。
超兵器という分類のまったく新種の深海棲艦です。
この超兵器は、既存の深海棲艦にも艦娘にも無い性能を出しており、先日戦ったシュトゥルムヴィントと呼称した個体は、時速180ノットと言う驚異的な速力を持っておりました』
その一言で国会内の議員達がざわめき始める。
『ですがご安心を、我々はこれを新しく共に戦う事となった一人の艦娘と、そして我々が現在持ちえる最高練度の艦娘達によって、これを撃滅いたしました。
特に此度の戦闘においては、藤沢基地に新たに入った艦娘の功績が大きく、我々はこの艦娘を近々観艦式で公に公開しようかと存じます』
そこへ一人の人間が手を上げる。
『栗林海自幕僚長』
『長官、その超兵器なるものの映像はあるのでしょうか?
あるのでしたら是非とも拝見したいのですが』
『山本長官』
『映像は艦娘達の手によって撮影されております。
また、公開については新たな艦娘のお披露目と共に行いたいと、私を含めた大本営総意で思っております』
「ご馳走様」
国会答弁を背景に食事を終えた尾張は両手を合わせ、今日の糧になった生き物とその作り手に感謝する。
空になった食器を載せた盆を、返却棚に入れたところで国会答弁は終わっており、ニュースは次の話題へ変わっていた。
『次のニュースです。
これまで細々と繋いでいた食料品や医薬品の交易路ですが、政府と大本営は近日中に大々的なカレー洋掃討作戦を実施する予定をしており、各鎮守府周辺には物々しい雰囲気が漂っています。
また、必要物資の搬入が活発化する為、鎮守府周辺の道路で混雑が予想されており、近隣住民の方々は通勤・通学の際には十分な注意をお願いします』
「ご馳走様でした。
今日も美味しかったです」
「あいよお粗末様。
それにしても貴女戦艦の艦娘さんでしょ?
これだけで足りるのかい?」
食堂の女将さんが言う通り、尾張の食事量は戦艦にしてみれば比較的少ない。
艦娘は艤装を動かす際、その身体能力も大幅に向上されるのだが、それ支える為に大型艦になるほど大量に食物を摂取する傾向がある。
「ええ、あれだけ動いても大和さん達みたいな量はちょっと……。
恐らく機関の出力や効率の関係じゃないかとは思うのですが」
「まああまり無理はしないようにね。
この前は大変だったんだから、何時何があるかも分からないし、今の内に美味しい物はたーんと食べておいた方が後悔は一つ減るさね!
次はたくさん頼んどくれよ!」
「あはは、そうしておきます」
「そう言えばあんたのお披露目の日取りが決まったんだって?
なんだか自分の娘が社交界に出るみたいでドキドキするよ」
「そんなに良いものなら良いんですけれどね……。
言ってみれば私達が船だったときの進水式の様なものですし」
「何でも良いように捉えるのが、人生の楽しみ方だよ。
まあ言うは易し……だけれどねぇ」
そう返した女将の顔には若干悲壮の色が出ていた。
恐らくは拾い切れなかった元従業員達の事を思っているのだろう。
「兎に角!この国を守ってくれているあんた達が暗い顔をしていたんじゃ、この国は本当に終わっちまうさね。
だから、食べたい物とかは何でも……とは言えないけれど、可能な限りは要望に応えるから、あたしに言いな!」
「あ……はい!」
尾張が元気良く応えると、女将は優しい笑顔を向けた。
「あ、尾張さんおはよー!」
「おはよう、尾張さん」
食堂を出て廊下を歩いていると前から声がかかった。
声の主は翔鶴と瑞鶴だ。
「おはようございます。
お二人ともこれから朝食ですか?」
「ええ、空母組はさっきまで早朝訓練を行っていたので」
「加賀さん、あの戦いから貴女に無理をさせたって気を揉んでてね。
もっと練度を上げていればって、今日から軽空母の娘達も含めて始めてるのよ」
「ですが、これ以上の練度向上は難しいでしょうね。
後は機体の更新なのでしょうけれど、現状烈風以上の艦載機は望めませんし……、こんな時にあのドック艦が居てくれれば心強いのですが」
「ああ、貴女が母港代わりに使っていたあのドック艦ね……。
あの映像もう一回見たんだけれど、やっぱりあんなのがあると言う現実味が無いわね。
だって貴女が駆逐艦みたいに見えたんだもの」
「でも、無いものを強請っても仕方ないわ。
今ある装備で何とか乗り越えていきましょう?」
「翔鶴姉ぇの言う通りよ。
今私達に出来る事をやって、またあんなのが出てきたときに備える!
今の装備でもドンと来いってものよ!」
「そう、じゃあ今日の訓練は、もっと気持ちを入れて挑んでもらおうかしら」
「ギクゥッ!」
瑞鶴の背後からそんな声が聞こえると、掛けられた本人は身体を強張らせ、冷や汗が気の毒なくらいに噴出し始める。
そして油を差さなかったゼンマイの様な擬音が聞こえそうな仕草で、瑞鶴が振り返るとそこには片手を頬に当てた赤城と、腰に両手を当てている加賀の姿があった。
「そ、そんなわけ無いじゃないですかぁ~。
ただ、それぐらいの意気込みと言うだけであって……」
「そう?じゃあ今日の訓練では高度15、速度300でやるわよ」
「あっ……か……」
何とか釈明しようとするが、加賀が止めを刺すと瑞鶴は石像のように固まり、過呼吸を起こしたかのような声を上げている。
「流石初代一航戦の相方、容赦ないですね。
鳳翔さんも演習や訓練ではあんな感じなのでしょうか?」
「あそこまでではないけれど、新人の航空母艦の基礎訓練は殆どあの人が見ているわ。
勿論時々私達も参加して復習もしているし、その甲斐もあって先のAL/MI作戦で私も過去を断ち切る事が出来ました」
「こちらの世界であった過去のMI海戦ですね……。
聞けば聞くほど、私の世界と歴史の流れが違いますね」
「そうね……。
でも、どちらの世界でも日本は戦争で負けた。
そして日本の戦艦でありながら、間違えた方向に進んだ日本を正した貴女、もしかしたら貴女がこの戦争の鍵を握るかもしれないわね」
「そんな……私はただのイレギュラーです。
この世界に本来は存在してはならないし、介入してはいけない。
ですが、超兵器達がこの世界に介入しようとするならば、私は全身全霊を持って彼女達に受けて立つ所存です」
「……」
尾張の決意表明の様な台詞に、赤城は優しくも寂しげな表情をする。
灼熱の炎と局地地域の冷水で鍛えられた刀の如く、その姿は儚くも力強い印象を受けるが、同時に酷く孤独な雰囲気も感じられたのだ。
(やはり、この娘に必要なのは仲間、それも彼女を完全に許容できる母港が必要だわ……。
元々巡洋戦艦として建造されていた私がそう思うんだもの、もしかしたら加賀さんも私と同じ感想を言うでしょうね)
「では、私は提督に呼ばれているのでこれで」
赤城がそのような事を考えているとも知らずに、尾張は執務室へ徒歩を進め始める。
赤城はただそれを黙って見送るしかなかったが……。
「大体貴女は何時も迂闊すぎます。
今年の冬の大作戦でも……」
「ひ、ひぇ~」
「瑞鶴、それは比叡さんの持ちネタだからあまり使っちゃダメよ?」
「……」
とりあえず緊張した空気を読めない後ろの3人をしめる事から始めようと、赤城は思った。
「失礼します」
「尾張ね?
どうぞ入って頂戴」
ノックと共に声を掛けると中から筑波が応えたのを確認し、執務室の中へと入ってゆく。
中には長門と陸奥、そして連絡要員として寄越されたヲ級の姿があった。
「オ、ハヨウ」
「おはようございます。
挨拶くらいは喋れるようになったのですね」
-今はこれぐらいしか喋れないが、そのうち日常生活に支障が出ない程度の言語能力は身に着けるつもりだ-
「私としては人型なのに喋れないのが不思議だったのですけれどね。
まあ未だに貴女方の事は未知のことが多いですから……、私達艦娘も含めてですけれど」
「この娘が来てから、この基地に深海棲艦の研究者達が挙って来ようとしているのよね。
北条提督が何とか抑えているみたいだけれど、その内一部の研究者を受け入れざるを得ないわね」
やれやれといった風に筑波は両手を口元で組んで首を横に振る。
ヲ級が生きた状態で藤沢基地に居る事は、その筋の人間には既に知れ渡っていた。
勿論情報統制も厳重に行っているが、人の口に戸は立てられないのが世の常であり、政府や大本営でも公開に向けてのシナリオや、でっち上げの草稿を作っている最中である。
「まあ中央の苦悩は置いておいて、今日の昼には調査隊があの艤装核を調べることになっているわ」
「やはりあれは前例の無いものでしたか……。
何と無くあの時回収に関わった方々の顔で分かりましたが」
「今まで戦艦の艤装サイズでもあれ程大きくは無いわ。
大和型の艤装核は確認されていないけれど、予測ではあれほど大きくは無いとの事だから、まったく未知の艤装核ということになるわね」
「しかし、艤装核からどうやって艦娘を呼び出すのですか?
っと、これはここでは言わない方がいいのでしょうね……」
「まあ……ね」
-仕方あるまい、では私は少し外に出ていよう。
すまないが長門殿、随伴を頼む-
「ああ、分かった。
では陸奥、あとでな」
「ええ、行ってらっしゃい」
陸奥がそう応えると長門はヲ級を伴って執務室から出て行く。
陸奥も執務室の扉からその様子が見えなくなるまで見送り、それを確認すると執務室の扉を閉めた。
「さて、さっきの話の続きだけれど、まず回収された艤装核……私達提督の間ではドロップと呼んでいるけれど、それを妖精さんが儀式を行った後、私が艤装核に触れて艦娘を呼び出すの。
その時には艤装核は既にその艦娘の艤装の中に入っているわ」
「あれ、でも資料にあった艤装核だと、長門さんや大和さんの艤装の中には……」
「そう、どう考えても入らないの、でもどういう原理か分からないけれど艦娘が召喚されたら、もうその時には消えているのよね。
一説だと艤装核というのはこちらがそう思っているだけで、実際は蝶の蛹みたいな物じゃないかって話なんだけれどね」
「蛹……ですか」
「ええ」
尾張の呟きに筑波は短く応えるだけだった。
(さて……今回の戦果は駆逐艦クラスの艤装核が2つ、潜水艦クラスの艤装核が1つ、そしてここで預かっている未知の艤装核が1つ。
この娘が来てから確実にこの世界は混沌の渦中に立たされている。
最後に笑うのは人間と艦娘か、深海棲艦か、それとも……)
筑波がそこまで考えると軽く目を閉じて深く息を吐く。
(いえ、それだけはあってはならない。
あの超兵器が笑うなんて最悪な状況だけは……でも、唯一単体で対抗できる切り札である尾張があそこまで追い込まれた……。
何とかしないと……)
筑波は半ば焦る気持ちと共に、今後の行く末を案じるのだった。
今回はここまでとなります。
新規投入艦は次回になりますので、気長にお待ちください。