艦娘の咆哮-WarshipGirlsCommandar- 作:渡り烏
短いようで長かった戦いが今、北極の海で決着が付けられようとしていた。
プロローグ
戦艦尾張。
その名前を聞いてその道に詳しい人ならば、計画だけで終わった超大和型の二番艦に名付けられる予定だった戦艦を思い浮かべるだろう。
だがこの場にあるのはそれではない。
超兵器の出現により、兵器開発速度が1世紀以上進んだ世界が生んだ化け物である。
そんな怪物でも苦戦する相手がまだ残っていた。
「右舷に被弾!」
「浸水発生!」
「乗員退避を確認、隔壁を閉鎖!注排水装置作動!」
「主砲連続射撃!10バースト後急速冷却に入ります!」
「敵艦、反物質砲の発射を確認!」
「回避行動を取れ!ナギ、近海に目を見張れ!まだ潜水艦が居る筈だ!」
「了解!」
変幻自在に攻撃を繰り出す究極超兵器、フィンブルヴィンテルの猛攻に船体が悲鳴を上げる。対51cm防御を備えるこの尾張でも、レールガンの直撃は確実に船体へダメージを与えていた。
しかも弾体が音速を遥かに超える速度で飛んでくる為、47.5ノットを誇るこの船でも回避のしようがない。
「光子榴弾の発射を確認!」
「面舵へ急速旋回して回避!総員何かに捕まれ!」
シュルツの艦内放送で乗組員が手近にあるパイプや固定されている机にしがみ付く。
すぐさま普通の艦船では考えられないような横Gが加わり、体が持って行かれそうになるが、既に何度も経験した回避機動のため怪我人は居なかった。
「そのまま面舵を取り、一旦奴から距離を置く!
レールガンの射程外から51cm砲を叩き込め!」
そもそも今の状況に成ったのは、フィンブルヴィンテルから発射された反物質弾の攻撃を回避するのに集中し過ぎ、レールガンの射界に入ったことに起因する。
地球の丸みを利用して一旦水平線の向こうに逃げれば、とりあえずは直接照準される危険性は回避されるが……。
「霧、さらに濃くなります。
一旦ハリアーを帰還させますが、このままでは……」
「ああ……」
ヴェルナーの報告により、シュルツは苦々しく目付きでモニターを睨む。
砲戦で発生した熱波によって過熱された空気が、北極の冷たい空気と混ざり合い水蒸気が凝結することによって、濃い霧が発生する。
幸いレーダーはまだ生きていて相手を捕らえているが、ハリアーによる弾着観測無しでの命中率は著しく落ちる。
一先ず射程圏外に出たとき、ブラウンが手を上げる。
「艦長、システムIへの全機能委任を具申します」
「ですが博士、あれはまだ実験段階では?」
「そうですが、今の段階で99%の実証は完了しています。
それに艦長も思い知ったでしょう。もはやあれを抑えるには、人間の判断速度と伝達速度では対応しきれない……と」
「……」
シュルツは黙り込む。
実際人間での判断能力以上に相手の対応力が上なのだ。
「仕方あるまい。
総員退艦、艦全ての機能をシステムIに委任する。
乗組員は最低限の私物を持ち、上甲板へ移動せよ」
乗員全員の退艦が完了し、システムIへの全権委任の準備が整う中、内火艇で脱出したシュルツ達は最後の戦いへと赴こうとする尾張を見ていた。
「悔しい限りです。
結局、最後は機械に任せることになるとは……」
「私だって悔しいさ。だが、皮肉な物だな……。
この戦争の終わらせる為に改修し続け、今日まで戦ってきた尾張が、ある意味で超兵器を超える代物になってしまったのだから」
「この戦争が終わったら、尾張はウィルキアと日本にとって後々の火種になる可能性があります。
いっその事、この北極の海で最後を迎えさせた方が良いのかもしれません」
「そうだな……ん?」
シュルツがブラウン博士の言葉に応えると、白い和服に長い髪を持った、女性のような人影が尾張の甲板に見えた気がした。
「……ヴェルナー、確かに乗員は全員退艦したんだな?」
「え、ええ、点呼も取りましたし、これで全員の筈です」
「艦長、どうかしましたか?」
「いや、多分気のせいだ。
博士、システムIの起動は?」
「それなのですが……艦長、これを」
「?なんです?」
シュルツはブラウンが持つモニターを見るとそこにはこう書かれていた。
-It was a short while, thank you so far.-
-After it left to me.-
-I will not lose to that aunt.-
-...Goodbye, my captain.-
「……まさか!」
シュルツが振り向くと同時に既に尾張は動き出していた。
全ての未練を振り払うかのように、そして共に戦ってきた乗員達を守るように、最後の戦いへ向かう兵の雄叫びの様に、警笛を鳴らしながら全速でシュルツ達から離れてゆく。
「そんな!?まだシステムへの完全委任はされていない筈!」
「……」
動揺する周りを余所に、シュルツは思案していた。
それは今までの戦いの記憶、思えば何度も自分への視線を感じていた。
特に超兵器との戦いでは、自分が望んだよう事を汲み取るように、機敏な動きを見せるときが有った。
先程見た羅列は妙に人間味があり、そして全てを受け入れたかのように思え、そう感じたときにはシュルツは既に行動に出ていた。
「総員、最敬礼!
戦友の最期の出撃だ。
盛大に送り出そう」
その声に周囲は戸惑うが、シュルツに習って全員が敬礼し、最後の出撃へと逝く尾張が水平線の向こうまで見送った。
その後、ソ連・アメリカ・スカンディナヴィア半島の北極圏側で爆音と閃光、そして僅かな高潮が確認された。
調査隊を派遣した所、究極超兵器の姿はなく、また尾張の姿もなかった。
また同時に超兵器機関が同時に機能停止したことにより、フィンブルヴィンテルの撃沈が確実視され、世界にようやく平和が訪れたのだった。
白い砂浜に波が押し寄せては引き、また押し寄せては引きを繰り返す。
その砂浜を可憐な4人の少女が歩いていた。
「能代~こっちこっちぃ!」
「阿賀野姉ぇったら、そんなに慌てないで!
久しぶりの休暇だってのは分かるけれど、少し落ち着こうよぉ」
「だってだって、この前トラックで全ての鎮守府で全力出撃しっぱなしだったし、駆逐艦達からやっと順番が回ってきたんだもん!
これが落ち着いていられますかぁ!」
「はぁ~もう、矢矧も何とか言ってあげてよ」
能代は溜息を吐きながら、後ろを歩く三女と四女に助けを求める。
「私としても、久しぶりの休暇だから少しなら羽目を外しても良い気がするけれど……」
「酒匂も矢矧ちゃんと同じだなぁ~。
だって対潜から最後の戦艦水鬼?倒すまで、酒匂たち働き詰めだったし」
「えぇ~……」
自分の味方が居ないのを目の当たりにし、能代はうな垂れる。
「ほらほら能代も休暇を楽しまないと!
そんなに溜息を吐いたら疫病神が変なのつれてきちゃうよ」
「分かった、分かったから引っ張らないでってば阿賀野姉ぇ!」
「ああ、阿賀野お姉ちゃん待って~!」
「ふふ、……今日も空が青いわね」
姉達と妹が駆け出す光景を見て矢矧は少し微笑み、空を見上げてそう呟いた。
「あら、今日は矢矧たちが休暇の番かしら?」
「あ、大和」
そんな時後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには艦娘になってから改めて守ると誓った存在、この鎮守府最大の戦力である大和の姿があった。
「大和も休暇かしら?」
「と言うか今日も、ね。
今の鎮守府は資材不足だから……」
「ああ……」
大和の言葉を聞いて、ほぼ空になった資材保管庫の前で黄昏ている提督の姿を思い出す。
提督としての手腕は悪くないのだがどうにも今一つ運がないらしく、何度目かの止めを刺しに行った艦隊が敵の旗艦を倒した時は、歓喜の余り両手を執務机に叩きつけ、青葉新聞の紙面に『艦娘、深海棲艦旗艦撃破す。尚提督の両手は小破した模様』と、一面を飾られたのは記憶に新しい。
今は軽巡や駆逐艦娘総出で遠征を行っている最中で、資材が回復するのは早くても2~3ヶ月かかると予想されている。
「でも流石大和型ね。
最後の一撃は貴方達姉妹の同時攻撃でしとめたんでしょう?」
「ええ、でも私の後に続く彼女達が居てくれれば、今回の戦いももっと有利になったかもと思うと、今回で感じた自分の力不足を痛感するわね……」
「そう言えば最後に貴方が装備した装備、試製51cm連装砲だったかしら?
あれって本来は……」
「ええ、私達大和型に続く戦艦、超大和型こと紀伊と尾張の為に計画していた装備なの。
何の因果か私が装備してしまっているけれど、計画段階で諦められてしまった彼女達の分まで戦おうって、今は思っているわ」
「そっか……」
旧軍の中には未成で終わった艦や航空機も多く、生まれなかったことは幸運なのか不幸なのか分からないが、こうして計画段階の装備が出てくるとその艦娘がどんな姿なのか、どんな性格なのか機にならないといえば嘘になる。
「っ!」
「大和!」
そんな当てもない話題に花を咲かせていると、大和が頭を抱えて座り込む。
慌てて駆け寄った矢矧は彼女を介抱しようとするが、それを大和が片手を上げて留めた。
「この感じ……武蔵?いえ、でもこの感覚は少し違う」
「大和、大丈夫なの?」
「なになにどうしたのぉ~?」
「わわ、大和さん大丈夫?」
「矢矧いったいどうしたの?」
「あ、ちょうど良い所に、実は……」
遠くまで走っていった姉妹達が戻ってきたのに気づいて、状況を説明しようとしたが、不意に大和が立ち上がると何かに導かれるように歩き出す。
「大和!何処へ行くの!?」
「呼んでいるの」
要領を得ない大和の返事に矢矧は困惑するが、大和の目は一点を見つめ、その眼光は戦闘時のそれに酷似した色を帯びていた。
「……分かった。でも私も付いていくわ。
阿賀野姉さん達は提督を探して今の状況を説明して、きっとあの人なら最善の選択をしてくれる筈。
あと武蔵さん達戦艦組も連れてきて頂戴!」
「う、うん、分かった!
ああ~もう、能代が溜息を吐いてばかりだから」
「ちょ、ちょっと私のせいだって言うの!?」
「ぴゃ~なんだか大変なことになりそう!」
矢矧の意見を了承しながら姉妹達は走ってゆくのを確認し、矢矧は大和の傍に付き従いながら大和が歩を進めるがままに歩いゆく。
そこは岩に覆われて波が激しく打ち付けられる場所だった。
「大和、ここなの?」
「いえ、もっと先……ここね」
そこには岸壁にぽっかりと開いた穴があった。
中には海水が満たされているが、壁面にはなんとか歩けるだけのスペースもある。
「……この中に?」
「ええ、ここの中から私達と同類の存在を感じ取れる気配と言うか、存在を感じるの。
でもこれは……どちらかと言うと日本海軍寄りだけど、同時に英国や米国の気配も感じる」
「それは……金剛さんみたいな感じですか?」
二国以上の国が関わった戦艦と言われ、矢矧の脳裏に真っ先にあがるのが巡洋戦艦である金剛だった。
だが次の大和の言葉でその予想は外される。
「確かに、気配の配分ではそうかもしれない。
でもこの大きさは金剛さん以上、いえ、私よりも大きいわ」
「まさか、こんなところに深海棲艦の鬼か姫クラスが!?」
矢矧が顔を青ざめさせて大和に聞くと、彼女は顔を静かに横に振って否定する。
「この奥からは深海棲艦特有の不の感情はないわね。
どちらかと言うと、やり遂げた、打ち勝ったと言う喜びのほうが大きい。
あとは、寂しさかしら」
「……」
気配だけでそこまで読める大和に矢矧は驚愕と同時に、戦艦としての彼女の優秀さを改めて再認識した。
戦艦娘と言うのは、そう言う存在だと言うのは薄々感じていたが、先のトラック泊地への深海棲艦強襲事件と、今のこの状況でその予感は確信へと変わった。
「あ、あちらもこっちの存在に気づいたみたいね」
「大和、待たせたわね!」
大和の言葉と同時に背後から声を掛けられる。
そこには緊急召集された姉妹艦である武蔵や長門達戦艦組、少し離れた位置には正規空母組である加賀や天城、そして彼女達の提督である筑波美由紀の姿があった。
どの艦娘も完全武装の状態であり、いつでも戦闘できるように待機している。
「提督……まだ状況が掴めていないのにあまり現場に足を運ばれては……」
「いえ、こういう時は自ら肌で感じるのが一番確実よ。
まあ確かに危険な場所に進んで出てくるのは、指揮官としてはどうかと思うけれど、それは貴方達を信頼している証拠の現われだと思って頂戴」
「あの、いえ、それは嬉しいのですが……あ」
また何かを感じ取り大和は岸壁の洞窟に体を向ける。
長門達戦艦組みもその気配を感じたのか身構え、戦艦達の動きを感じ正規空母組みも、何時でも艦載機を発艦出来るように構えを取る。
しばらくの静寂の後、洞窟から『彼女』は現れた。
「……」
『『『……』』』
片や呆然とし、片やその姿に目を見張って沈黙が広がる。
その姿は血塗れであった。
恐らく真っ白であったボロボロの和服は、呼び方が正しければ白装束と呼ばれるもの。
長く美しい髪であったであろう黒髪は、焦げが目立ち激しく乱れ、破れた隙間からは痛々しい傷が覗いていた。
艤装も酷い有様で、長門型の様な艤装は原形を留めているのが奇跡と言えるほど破損し、一体何と戦えばこうなるのか、そしてどうしたら轟沈せずに、こうして両の足で立っていられるのか不思議に思える具合である。
「あっ……」
その一言つぶやいた後彼女の体は崩れ落ちた。
「だ、大丈夫!?」
「お、おい大和!」
彼女に駆け寄る大和を心配して、妹の武蔵が続いて傍に駆け寄った。
「酷い……、どうやったらここまで」
「ああ、流石の私もこの損傷具合はただ事ではないと思う。
しかもここ、多分砲塔があったのだろうが円形に消えてなくなっている……ん?」
武蔵が不明艦娘の艤装を見るが、艤装の中からちらりと妖精の姿が見えた。
その目は疲労困憊の色を見せていたがしっかりと意識を持ち、同時に助けて欲しそうに武蔵の顔を見ている。
「……分かった。
提督、彼女を入渠ドックまで運びたい、曳航の許可を」
「え、ええ、分かったわ。
……貴方がそう言うと言う事は、彼女は敵ではないのね?」
「ああ、この武蔵が断言する。
この艦娘は敵ではない」
武蔵の言葉を聞いて筑波は頷き、同時に戦艦娘と空母娘に指示を出し始める。
戦艦『尾張』が、鎮守府に着任しました。
何番煎じかの艦これ×鋼鉄の咆哮SSを書かせて頂く渡り烏です。
普段は他作者様のSSを読んで、気が向いたら感想を書いていましたが、この度このSSを書かせて頂きました。