夢を見た。
何処か、懐かしい夢。
「----じゃない。何しに来たのよ」
誰?
少女?
答えられずに、じっとしていると、少女は呆れたように、私の顔を覗きこんだ。
「----?」
誰かは知らないけれど、やっぱり、懐かしい感じだった。
そう、昔から知っている、友達みたいな感じ。
「まあいいわ。お茶は出さないわよ」
私は、いつの間にか手に持っていた傘を縁側に掛けて、茶の間へと移動した。
茶の間にある卓袱台には、せんべいが置いてあって、何故か私は、それを食べなきゃいけない気がして、躊躇なく口へと運んだ。
「あ、こら!」
少女が怒る。
私の口元が、自然と緩む。
なんだろう。
この感じ。
春の中にいるような、温かくて、懐かしくて、涙が出そうになる。
「----、お茶をいれてくれないかしら?」
「だから、出さないって」
私は知っている。
この景色を。
この少女を。
この世界を。
「ああ、そうなのね」
「何がよ?」
「いや、なんでもないわ。ただ、永い永い、夢を見ていてね」
「夢?」
「ええ、暗くて、寒くて、怖い夢。その中で、自分は小さくて、今にも踏み潰されそうになってた」
寝ぼけていたのかもしれない。
だって、可笑しいわ。
こっちが、夢だなんて。
「本当に、永い夢だったわ」
「本当に夢かしら?」
「え?」
少女が、悲しげに、だけど、どこか嬉しそうに、笑った。
「私が待っているわ」
「貴女が?何処で?」
「私の知らない、何処か。目を開けて見る、夢の世界よ」
「なら、ここは?」
「貴女にとって、ここは目を瞑って見る、夢の世界。そう、夢」
「夢…」
「マエリベリ・ハーン」
「あ…」
「貴女の本当の名よ。----なんかじゃないわ」
この世界が、急に暗くなった気がした。
「さあ、夢から醒める時よ…」
そう言って、少女は、私の両目を手で隠した。
「メリー!メリーってば!」
「う…ん…?」
「もう、退院したばかりなのは分かるけど、私が話しているときに寝ないでよね!」
「…ああ、ごめんなさい。つい」
「もう…」
東京のカフェ。
退院したばかりの私を、蓮子はすぐに、ここに連れ出した。
「でね、早苗さんと話したんだけどさ、早苗さんにこう言われたのよ。「実はメリーさんも蓮子さんも、幻想郷の人間だったとか…」ってさ。面白い考えかただと思わない?」
「それはまた、とんだ発想ね」
「私もそう思ったんだけどね。それで、メリーはどう考えてるんだって思ってさぁ」
「それで、退院したばかりの私をここに?」
「そう!」
「はあ…退院してすぐに、秘封倶楽部の活動とはね…」
「病院で退屈だったでしょ?だから、すぐにでも楽しませてあげないと、ってね」
「楽しみたいのは、貴女でしょう?」
「てへへ」
「まあ、珍しく奢ってくれるらしいし、いいけれどね」
なんて、本当は嬉しかった。
今すぐにでも、蓮子とどこかに行きたかった。
退屈な病院。
蓮子と出会う前は、やるべき事をしなくていいから、いい機会だと、病院でノウノウとしていたはずだった。
それが、今となっては…。
「あまり高いのは頼まないでね…?今月ピンチでさ…」
「巣鴨で奮発したからよ…」
それに、私はどうしても、あの世界の事が気になって仕方がないのだ。
何故だかは分からない。
けれど、そこに、何か、大切なものがある気がする。
私が求めるべき、何か。
「話を戻すけど、メリーはどう考えてるのさ?」
「そうね…。早苗さんの言うように、私達があの世界の住人ということならば…私達が迷い事にも、何か、本能的な意味があるのではないかと思うわ」
「本能的?」
「えぇ、実は私…何故だか分からないけれど、あの世界に、何か大切なものがある気がするの」
「大切なもの…」
「蓮子はどう?」
「うーん…私は何も感じないけれど…」
「早苗さんにも聞いてみたいわ。早苗さんは?」
「今日は用事があるみたい。明日は空いているみたいだから、また幻想郷でも探す?」
「いや、まだそんな元気はないわ。どこか静かな場所で話しましょう」
「なら、またここにする?」
「早苗さんさえよければね」
今日は、その辺りで話を切り上げて、家路についた。
蓮子には早苗さんに連絡を取ってもらうことで話をして、私は家について、すぐに眠ってしまった。
「ん…」
目が覚めると、空はすっかり暗くなっていた。
時間を確認する為に、電話を見ると、とんでもない着信数と、メールの数が。
全て蓮子のものだった。
何かあったのだろうか。
リダイヤルすると、コールの鳴る前にすぐ、蓮子が出た。
『あ、やっと出た。もしもし』
「蓮子、どうしたのよ?」
『あれ?メリー?ん?あれ?』
「どうしたのよ?こんなに着信してきて…」
『ん?メリー、早苗さんと一緒にいるの?』
「え?居ないけど…」
『え?じゃあ、何でメリーが早苗さんの番号に?』
「え?」
『だって、あれ?登録し間違えたかな?いや、そんな事ないよね…。ん?』
電話を離したのか、蓮子の声が遠くなった。
「蓮子?」
その時、もう一台の電話が鳴った。
もう一台の、電話が。
「…え?」
部屋の明かりを点ける。
そこには、間違えなく、私の電話があった。
なら、今、蓮子と話している、この電話は…?
すぐに拾ったタクシーの中、私は震えていた。
早く、早く蓮子に会いたい。
怖い。
何が起きているのか、全く分からない。
どうして、どうして私が。
「メリー!」
「蓮子…!」
私はすぐに、蓮子の胸の中に飛び込んだ。
「メリー…」
震える私を、蓮子は落ち着かせるように、背中を優しく叩き、なだめた。
「とにかく、家に入ろう…?温かいココアを入れてるからさ」
「うん…」
「落ち着いた?」
「えぇ…」
ココアは激甘だった。
ジャリジャリするし。
でも、そのお陰で落ち着いた。
「持ってきた?」
私は黙って、電話を机の上に置いた。
「…確かに早苗さんの電話だね」
「もう…私…何がなんだか…。どうして早苗さんの電話が…私の手元にあるのか…」
「…病院で早苗さんが忘れたのを、持ってきたとか?」
「それはないわ…。だって、私が退院する前…蓮子は早苗さんと連絡を取ってたんでしょう?今日、用事があるって知ったのも、連絡を取ったからでしょう?」
「確かに…。用事があるって連絡をしたのも今日…。だから早苗さんはメリーの退院に同行できなかったわけだし…」
「早苗さんと会っていないのに、どうやって電話を持ち出す事が出来るのよ…!」
「落ち着いて。大丈夫…大丈夫…」
そういうと、優しく、蓮子は私の手を、握った。
「ふぅ…ふぅ…」
「大丈夫…」
「…ごめんなさい」
「今日は…深い事をあまり考えないようにしよう?大丈夫だよ。もしかしたら、何か手違いがあったのかも。明日、早苗さんの家に行こう?」
「えぇ…」
「大丈夫だって!そうだ、この前面白い映画を借りてきたんだ、一緒に観ようよ!」
「うん…」
映画の内容は、全く頭に入ってこなかった。
怖くて怖くて、たまらない。
その恐怖は、いつの間にかあった早苗さんの電話に対してもあるけれど、どこか、得体の知れないものだった。
そんな私の気持ちを察してか、映画を観ている間、ずっと、蓮子は私の手を、握っていてくれた。
その温もりは、やがて私を安心させ、私は、眠りについた。
「本当に大丈夫?怖いなら、無理して来なくても大丈夫だよ?」
「ううん…。一人で居るほうが怖いから…」
「そっか…。よし!じゃあ、早苗さんの所に行きますか!」
谷中。
相変わらず、一本道が続く。
不気味なほど静かで、今の状態で、一人でここに来てしまったら、発狂してしまうだろう。
「行こう」
自然と、蓮子の手が、私の手を握った。
頼もしい。
この手を握っていれば、何処へでも行ける気がした。
それほどに、勇気が湧いた。
「着いた」
前回とは違い、簡単に早苗さんの家に着いた。
しかし、チャイムを鳴らしても、返事はなかった。
「留守なのかな?」
身勝手な蓮子は、ドアノブに手をかけた。
「ちょ、ちょっと、非常識じゃないかしら?」
「ん、空いてるよ」
「え?」
扉が開いた。
「玄関の明かりが点いてる…。なんだ、いるんだね。早苗さ~ん」
返事はない。
「出掛けてるにしては…無用心だし…玄関の明かりを消し忘れてるって…」
「谷中だからじゃないかな?ほら、早苗さんの家に辿り着こうとしなければ、ここに人が来るなんてことは滅多にないし」
「にしても…」
「きっと、すぐ帰ってくるよ。ちょっと待たせてもらおうよ」
「えぇ…」
嫌な予感がした。
その予感は的中したようで、夜中になっても、早苗さんが帰ってくる事はなかった。
「…明日は大学があるから、そっちに来るかも」
「蓮子、私…何だか怖いわ…」
「だ、大丈夫だよ…。多分…」
その日は、何とか納得して、早苗さんの家をあとにした。
「メリー、大丈夫?そうだ、しばらく家に泊まりなよ。一緒にメリーの家に行って、必要な物を取りに行こう?」
「いいの?」
「もちろん!その代わり、料理、教えて?」
「教えても自分じゃ、やらないでしょう?私が全部やるわ」
「本当?助かるよ~」
そんな和気藹々にやりながら、私達は不安を消し去った。
次の日、早苗さんは大学に来なかった。
その次の日も、その次の日も…。