「早苗さん、今日も来なかったね」
あれから何度も、早苗さんの家に行ってみた。
だけれど、誰かが帰った形跡もなかった。
「ねぇ…やっぱり…幻想郷かしら…」
「…かも知れないね」
「蓮子…もうやめましょう…?私、怖いわ…」
幻想郷で恐れられていた彼女が、幻想郷に連れ去られてしまったのなら、私達が連れ去られるのも時間の問題だ。
「貴女は幻想郷を探す力がある…。だから、その力で避けながら生活するのよ…」
「でも、そんな生活をいつまでも続けられないよ…」
「そうだけど…」
「とにかく、早苗さんが本当に幻想郷に連れ去られたのか…調べる必要がある…」
「どうやって…」
「幻想郷に行く…」
「それで連れ去られたらどうするのよ…!」
「だけど、放っておけないよ。もし…助ける事が出来るなら…助けたいし…」
蓮子のこの言葉を聞いた時、私は、とんでもない、酷い事を言いそうになった。
『どうして早苗さんを助けに危険を冒さないといけないの?』
私は酷い人間だ。
だけれど、そうは思っていても、私は、やっぱり、酷いその思想が、根強く、揺ぎ無いものだと、感じた。
「早苗さんは助けたい…でも…もう…幻想郷に行くのは嫌…。怖い…」
「メリー…」
「ごめんなさい…蓮子…」
「…分かった。なら、私一人で行くよ」
「え?」
「私がいなくなったら、幻想郷のせいだと思っていいよ」
「ま、待ってよ…!行っちゃ駄目よ…!どうしてそこまでして…!」
「友達だからだよ!」
「友達…」
「…私には…メリーと早苗さんしか…友達がいない…。私にとって…大事な一人だから…」
「蓮子…」
そうだ。
私も、同じだ。
私には、蓮子と早苗さんしかいない。
その蓮子が、早苗さんを助けようとしている。
もし、蓮子がいなくなってしまったら、私は、また、一人だ。
「…分かった。私も行く…」
「え?」
「私も…早苗さんを助けたい…!私にとっても…大事な一人だもの…!」
「メリー…」
「ただ…約束して…」
「なに?」
「絶対…無茶はしないで…。危ないと思ったら…すぐに逃げるのよ…」
「分かってるよ。メリーを一人にはさせない」
『貴女を一人にはさせないわ。私も、きっと貴女を見つけて、また一緒に---』
「え?」
「ん?何かおかしいこといったかな?」
「…いえ、なんでもないわ」
なんだろう。
デジャヴ。
どこかで、似たような台詞を聞いたような…。
「そしたら、幻想郷を探そう。地図を出すね」
蓮子は、開いた地図に鉛筆を落とした。
「…ここって」
鉛筆は、何も書かれていないところを指した。
「まさか…ここだなんてね…」
「谷中…」
何かとお世話になるこの谷中。
やはり、ここは不思議だ。
「メリー…幻想郷を思って進むんだよ…」
「分かってるわ…」
蓮子が私の手を握る。
私は、それを、強く、握り返した。
また、突然だった。
だけれど、今度は、竹林ではない。
長く、永く、続く階段。
終わりの見えない、階段。
そこに、揺ら揺らと漂う、魂のようなもの。
「こ、これが…魂ってやつ?」
蓮子の声が震える。
周囲は暗い。
なのに、階段だけは、不気味なくらい、よく見えた。
「死んでしまったら、こんな感じなのかしらね」
お互いを落ち着かせるように、思った事を全て声に出した。
恐怖のせいか、魂のせいか、少し、肌寒い。
「…登るしかなさそうだね」
「そうね…」
手を握りあい、一歩、また一歩と、階段を登っていった。
ふと、懐中時計を覗くと、軽く一時間は経っていた。
驚いた。
体感的には、まだ10分も経っていない。
それほどに、疲れもない。
不思議だ。
「夢違え…夢違え…」
そのフレーズを、蓮子は繰り返し、歌い始めた。
「急にどうしたのよ?」
「いや…なんだろう…。このフレーズがさ、頭から離れないんだよね」
「その先は?」
「「夢違え」だけなんだよね…夢違え…夢違え…」
「そんなことより、もう一時間も経ってるのよ。気がついていた?」
「え!?そんなに?私的にはまだ10分くらいしか…」
「待っていたぞ…」
知らない声。
待っていた?
「宇佐見蓮子…」
蓮子の名を呼び、睨む女性。
背後には、揺ら揺らと、狐の尻尾のようなものが…1・2・3…9本。
「私は八雲藍…。宇佐見蓮子…----様を返せ…!」
ほにゃらら様?
なんだろう。
よく聞こえない。
「誰を返せって?それより、貴女?早…姫草ユリ子を攫ったのは…」
「東風谷早苗の事だろう?そうだ、私が攫った。宇佐見蓮子…お前を炙り出すためにだ…!」
「私を…?」
その時、女が私を見て、悲しそうな顔をした。
「----様…人間の姿になられて…ああ…おいたわしや…」
「…誰かと勘違いしてるんじゃない?彼女はほにゃらら様じゃなくて、メリー。マエリベリ・ハーンよ」
「黙れ…!宇佐見蓮子…全ては貴様の仕業だ…!----様を返せ…!さもなくば…東風谷早苗の命はないぞ…!」
女の背後には、ぐったりとした早苗さんが倒れこんでいた。
「早苗さん…!」
「安心しろ…生かしてある…。さあ…元に戻せ…!全てを…!この世界を…!」
女が何を言っているのか分からなかった。
だけど、強く蓮子を非難しているところを見ると、もしかして、蓮子が何か知っているのか。
「だから…!誰かと勘違いしてるって!私はほにゃらら様とやらを知らないし、この世界の事だって知らない!」
「…どうしてもシラをきるつもりか。なら…仕方がないな…」
そう言って、女は、光る弾のようなものを手から出現させると、高速で蓮子に放り投げた。
「おわ!?」
「蓮子!」
「次は当てるぞ…」
あれが早苗さんの言っていた「力」。
早苗さん以外でも使えるのか。
だとしたら、危険だ。
「蓮子!逃げるわよ!」
「うん!」
「逃がすか…!」
無我夢中で階段を駆け降りた。
女は、当たるか当たらないかというところを狙ってきた。
もしかしたら、私には当てる事が出来ないのかも知れない。
私はほにゃらら様だと、女は言っていたから。
だとしたら…。
「メリー!?」
「蓮子…私の後ろへ…」
「そんな、危ないよメリー!」
「大丈夫…。あいつは私を撃てない…。そうでしょう…?」
「くっ…どいてください!」
「ほらね」
「メリー…」
「任せなさい!」
「初めて頼りになると思ったよ」
「そんなに普段の私って頼りないかしら…」
「----様…」
「早苗さんを…返して…!」
初めて、誰かを本気で睨んだ気がする。
今の私には、守れる。
早苗さんを、蓮子を。
「…仕方ない。お許しください…----様」
「え?」
小さい光の玉が、私の体に叩きつけられた。
まるで、小さな爆発が、間近で起こったかのような衝撃。
蓮子を下敷きに、階段を転げ落ち、やがて止まった。
「痛…」
「蓮子!大丈夫…!?」
「ちょっと…大丈夫じゃ…ないかも…」
その隙に、女は蓮子の首を取り、締め上げた。
「蓮子…!」
「うぁ…がはっ…!」
「元に戻せ…!宇佐見蓮子…いや…----の巫女!」
「蓮子を放して…!」
私は、精一杯の力を込めて、タックルをかましたけれど、女は驚くほど堅く、びくともしなかった。
「お前さえいなければ…!」
「あ…が…ぁ…!」
「蓮子…!」
「言え…!お前の名を…!言え…!」
「もうやめて…!私達は何も知らないの…!本当に…知らないのよ…!」
「----様、何れ思い出します…。私達と過ごした、あの日々を…」
「だから、何も知らないんだって…!」
「----様!」
「やめて…!」
その時、蓮子の動きが止まった。
「え…」
「…ッチ、気絶したか」
「れ…蓮子ぉ…!」
「だが…これで楽になった…。----様、貴女にも来てもらいますよ。思い出すまで…向こうの世界に帰る事はさせません…」
「そんな…」
「さあ…」
女が私の手を掴む。
「やめて…!放して…!」
「今だけです…!苦しいのは今だけ…。すぐに思い出します…」
「いや…!誰か…助け…」
瞬間だった。
女の手に、大量のお札のようなものが、纏わりついた。
「な…!」
女は咄嗟に私の手、そして、蓮子を放した。
「蓮子…!」
近づき、抱えようとしたとき、重力に逆らうかのように、蓮子が浮き、そして、飛んだ。
「…やっと本性を現したな」
蓮子は、見た事もない表情をしていた。
威圧感。
何者も寄せ付けないような、そんな目をしている。
蓮子にあんな顔ができたのか。
「----の巫女…」
「八雲藍…。邪魔はさせない…」
蓮子がお札を大量に撒くと、お札は、まるで命を持ったかのように、勢いをつけ、女へと向かった。
「くっ…!」
女が飛ぶ。
それを、お札は何処までも追った。
私は、硬直していた。
何が起こっているのか、全く分からなかった。
どうして、飛んでいるのだろうか。
どうして、あんな表情なのか。
どうして、戦えているのだろうか。
「メリー…帰るわよ」
いつの間に早苗さんを抱えている蓮子は、私の手を取った。
「逃がすか…!」
お札を剥がしながら、女が私達を睨む。
蓮子が何か呟くと、女が結界のようなもので囲まれた。
「貴女はそこで大人しくしていなさい…」
「くそ…!返せ…!----様を返せ…!」
お札が蓮子の右手で、何かの人形のような形となった。
左手にもまた、お札が降りたかと思うと、そのまま燃えた。
「あらちをのかるやのさきにたつ鹿もちがへをすればちがふとぞきく」
そう三回呟くと、右手の人形を、左手の火で燃やした。
瞬きをして、目を開けると、そこには早苗さんの家があった。
「え?」
「帰ってきたのよ」
蓮子は早苗さんを抱え、家の中へと入っていった。
私は、何がなんだか分からず、そこで立っていることしかできなかった。
しばらくすると、蓮子が早苗さんの家から出てきた。
「早苗は一晩も寝れば大丈夫そうね」
蓮子の目は、やはり鋭かった。
私は、蓮子が蓮子でない気がして、少し、身構えていた。
蓮子が、じっと、私の目を見る。
「メリー…か…」
そう言うと、蓮子はその場で倒れた。
「蓮子!?」
当然だった。
階段から転げ落ち、気絶させられ、あんな戦いをさせられたのだ。
あんな戦い…。
そうだ…。
蓮子は、どうしてあんな力を使えたのだろうか。
もしかして、私や早苗さんと同じで、変な力を使えるようになったのだろうか。
「うぅん…」
「蓮子!」
「…メリー?あれ?ここは…?」
「え?」
早苗さんが目覚めるまで、傍で様子を見ようと言う事になった。
「ねえ蓮子…本当に覚えてないの…?」
「うん。というか、本当に私だった?それ…」
蓮子は首を絞められた辺りから記憶がないらしい。
「でもなんだろう…。体の節々が痛いんだよね…。筋肉痛みたいにさ…」
「そりゃ…あんな動きしたら…」
「そんなに動いてた?」
「えぇ、凄かったわ…」
「そうなんだ…」
蓮子も私も、怖い思いをしたのにも関わらず、落ち着いていた。
まるで夢。
怖い夢を見た後のような、落ち着き。
「でも…良かった…。早苗さんが無事で…」
「やっぱり幻想郷の仕業だったのね…」
蓮子が、私の手を握った。
「メリー…。メリーも無事で良かった…」
そして、私を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと蓮子?」
「メリー…」
「どうしたのよ?そんなに怖かったの?」
「うん…。なんだろう…。メリーを失うのが、ただただ怖かった…」
「蓮子…」
蓮子の目は、先ほどとは違い、いつもの目をしていた。
キラキラとした、澄んだ瞳。
その目が、近づいたと同時に、私は、唇に、やわらかいものを感じた。
それが何かは、すぐに分かった。
「れ、蓮…子…?」
「…わ…わわわわわ!私ったら…何してるんだろうね…!えと…その…ごごご、ごめんなさい!」
焦る蓮子。
焦りたいのはこっちだ。
いくら近かったからといって…その…。
「ど、どうかしてたよ!まだパニックになってるのかも…。か、顔洗ってくるね!」
そう言って、洗面所へ向かって行った。
そうか。
蓮子はまだパニックになっているんだ。
精神的に不安定で、あんなことをしてしまったんだ。
自分に言い聞かせる。
それでも、動悸は止まらない。
何にドキドキしてるんだ。
女の子同士で。
「…私も精神的に不安定になってるんだわ」
自分にも、そう、言い聞かせるように、零した。
「じゃあ、寝ようか」
「えぇ」
早苗さんは、まだ目を覚まさなかった。
万が一の事を考えて、早苗さんの家に泊まらせてもらう事にした。
「今日は大変だったね」
「そうね」
「でも、早苗さんを救えた。もしメリーが一緒に来てくれなかったら、こうは行かなかったと思う。ありがとうね」
「照れくさいわ。それに、実際救ったのは貴女じゃない」
「そうかもしれないけどさ。でも、感謝してる」
「私もよ」
「なんか、この感じ、懐かしいな」
「え?」
「いや、なんと言うか、私達って、昔から、こうして一緒にいた気がするんだ」
「確かに、私もそんな気がするわ」
「案外、早苗さんの説はあってたりしてね。幻想郷で、こうして過ごしてたのかも」
「嫌よ、そんなの」
「冗談だよ。お休み」
「お休み」
谷中は、自宅と違って静かだった。
早苗さんの寝息が聞こえるくらいだ。
今日の事は、色々謎が残る。
だけれど、今それを考えるほど、頭は回転していない。
やがて意識は、夢か現か分からない世界へと、落ちていった。