「これは夢だ」
そう気が付くことがある。
これも、そう、その一つ。
「メリー」
「蓮子?」
「ここは……?」
「夢の中……ね」
「……やっぱり?」
「そういう貴女は、私の夢の産物でしょう?」
「メリーにも同じことが言えるでしょ」
「まさか、同じ夢を見てるなんてないわよね?」
「なら、現実に戻った時の合言葉を決めておかない? 確認のためにさ」
「いいわね。何にする?」
「そうね。ここに咲いている「ヒヤシンス」なんてどう?」
「それにしましょう。それにしても、どうしてこんなところにヒヤシンスが咲いているのかしら? 土もないのに」
「夢だからじゃないかな? 床もなんだかよく分からないものでできているし」
「ヒヤシンスねぇ……。フロイトはどう見るのかしら? 私たちの夢を……」
そう言った時、その花を摘む者がいた。
赤い服を着た、巫女のような少女。
「貴女……」
瞬間、世界が光に包まれた。
「夢って、いつだって、急に場面が変わるよね」
「あ、それ分かるわ」
「そうそう。うつ伏せで寝るとヤらしい夢を見るんだって」
「なら、私たちはうつ伏せ以外で寝ていると考えられるわね」
「夢の中で現実を考察するってのは、なんだかおかしいね」
「本当」
そう笑う私たちの前にはブラウン管のテレビが置いてあった。
「こんなの博物館でしか見たことないよ」
「どうやって使うのかしら?」
「あ、電源って書いてあるよ。ここを押すのかな?」
電源ボタンを押すと、キーンっという音と共に、ノイズ音が私たちの耳をついた。
そして、ノイズが徐々に大きくなり、画面には砂嵐にような映像がゆっくりと映し出された。
「なにこれ?」
「さあ……」
砂嵐の映像をじっと見ていると、砂嵐の中に二人の女性が映っているのに気が付いた。
「んん……?」
「これって……。この二人って……」
女性二人の会話が、砂嵐をかき消すように、段々と大きくなる。
『こんな日が、ずっと続けばいいのにって思うわ』
『ずっと……ねぇ……』
『とはいえ、貴女は人間だから、いつか死んでしまうのでしょうね』
『私が死んだら、悲しい?』
『どうかしら? 幾度となく友人を亡くしてきたけれど、もう名前も覚えてないのよね』
『薄情な奴ね』
『それほど長く生きてきたというものですわ。それに、私は妖怪。薄情な存在よ』
『なら、私を食ってしまわないの?』
『貴女は小骨が多そうだからね』
『ちょっと』
『なに? 食べてほしいの?』
『ふん……』
『でも、そうね……。私は、貴女だけは忘れないと思うわ』
『え?』
『忘れたくても、忘れられないほど強烈な人間。そうでしょう?』
『悪かったわね』
『こんなちっぽけな日常や、他愛のない会話。それらさえも、幾度となく、私を苦しめる時が、いつか来る……』
『紫……』
『どうして人間は、こうも妖怪を苦しめるのかしら?』
『……』
『霊夢、貴女が人間の心を持った、妖怪であれば良かったのに。私と同じように、ずっと、この場所で、笑いあえる存在だったらいいのに……』
『……』
『……なんてね。そろそろ家に帰るわ。また、明日ね』
『えぇ……』
その言葉を最後に、また砂嵐の中に消えていった。
「今の二人って、幻想郷での私たちの……」
「紫と霊夢……って言ってたね」
きっと蓮子も同じだろう。
今の映像を見ているとき、心の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
「……今の話から見るに、紫が妖怪で、霊夢が人間。二人はそんな存在だから、共に生きることが出来ないことを嘆いている……ってところかな? この事から見えてくる私たちの真相心理とは?」
「夢診断ね」
「あの映像の登場人物を私たちに当てはめると、メリーが紫で、私が霊夢ってことになるのかな? 幻想郷での私たちを考えると」
「つまり、あの映像は紫と霊夢の物語ではなくて、私と蓮子の物語で、あの二人は化身に過ぎないってこと?」
「おそらくはね」
「じゃあ、私が妖怪で、貴女が人間ってわけ? なんだか嫌だわ」
「仕方ないでしょ。そうなると、とりあえずメリーの心理としては、私を失いたくないというものがあるのかな?」
「え?」
「どう? 私を失いたくないって思ったことある?」
そりゃ、何度だってある。
蓮子がいなくなってしまったら、私はまた……。
「メリー?」
なんて答えようか迷ってた時、また映像が映し出された。
霊夢が「八雲紫」と書かれた札を持っている。
『博麗霊夢……! ----様の名前を返せ……!』
叫んでいるのは狐女だ。
その足元で、紫が眠っている。
『----様がいなければ、幻想郷は管理者を失い、いずれ崩壊する……! それが分かっての事か!』
『えぇ』
『博麗霊夢……!』
狐女の毛が逆立つ。
それに反し、霊夢は冷静だ。
『邪魔よ』
瞬間、狐女は結界のようなもので拘束された。
『----……』
霊夢は紫に近づくと、そっと、口づけをした。
『貴女を一人にはさせないわ。私も、きっと貴女を見つけて、また一緒に……』
そして、「博麗霊夢」と書かれた札と、「八雲紫」と書かれた札を宙に放る。
『幻想の血を継ぐ者へ……』
二枚の札は、光となって空を目指す。
やがて、光が見えなくなった頃、霊夢と紫は体を重ねるようにして、眠りについた。
そこでまた砂嵐。
「……ねえ、もしかして、これって深層心理じゃなくて……」
「私たちの中に二人が入ってきた真実……なのかもね」
「もしそうだとして、どういうことよ? どうして私たちがそれを夢で見れるの? そして、どうして霊夢はあんなことをしたのかしら?」
「夢で見れるのはよく分からないけれど、霊夢の件に関しては、ちょっとだけ分かった気がする」
「聞きましょう?」
「まず第一に、霊夢は人間で、紫は妖怪。紫は寿命の事で、共に生きれない事を悩んでいた」
「うんうん」
「第二に、霊夢も同じことを考えていたと仮定する」
「ん? う、うん……。仮定……ううん……」
「まあ、これは後で繋がってくるからさ、とりあえず、ね?」
「はあ……」
「第三、霊夢は妖怪になれない」
「うん」
「じゃあ逆に、紫が人間になることはできたか?」
「妖怪が人間に? どうなのかしら?」
「おそらくは出来ない。だけれど、こう考えたらどうかしら?」
「?」
「私たちになって、私たちの世界で、人間として過ごす」
「!」
「魔法使いの女の子……魔理沙だっけ。魔理沙が言ってたじゃない? 私たち二人の中に、紫と霊夢の魂が入ったって」
「……つまり、こう言いたいわけ? その方法に霊夢が気が付いて、名前を封印し、魂を私たちの中に封印した」
「その通り。そう考えれば、さっきの仮定もしっかりはまってくる」
「でも、そんな事したって、私たちは私たちだし、たまたま蓮子と私が会ったからいいものの……」
「偶然が重なったのか、もしかしたら、幻想郷の住人は本能的に名前を求めるっていうのに、私たち二人が反応して、お互いに求め合ってたのかもしれないね。幻想郷の住人である紫と霊夢の魂を持っていたから」
「そ、そんなこと……」
「それを霊夢が分かっていたのなら、私たちが会うことは必然だったと言わざるを得ない。確かに変だよね。幻想郷に行ける人間が、たまたま、あのカフェで偶然、出会ってしまうなんてのは」
「そうだけど……」
私はあまり認めたくなかった。
蓮子の言うことがあってたとしたら、私たちが仲良くなった理由も、何もかもが仕組まれたものになってしまう。
そうなったら、この全てが終わった時、私と蓮子の関係はどうなってしまうのだろう。
そう考えて、怖くなって、悲しくなって、それらを否定したくなったのだ。
「ちょっと待って……。だとして、どうして霊夢は早苗さんに名前を封印したのよ?」
「え?」
「だって、早苗さんは幻想郷に関わる人間なのかもしれないんでしょう? さっきの映像だって、「幻想の血を継ぐ者へ……」って言ってたし……」
「うん」
「もしそうなら、早苗さんは本能で私たちを求めて、私たちと出会ってしまう。現に、そうなってる」
「うんうん」
「私が霊夢なら……そんなことはしないわ。だって、魔理沙の言うように、鍵穴と鍵が揃っちゃうじゃない。そしたら、全てが台無しになるわ」
「確かに……! でも、名前を封印するのに、幻想郷に関わる人間じゃなきゃいけなかったのかもよ?」
「そうだとしても、私たちが眠る直前の事、貴女は覚えている?」
「いや……ちょっと覚えてない……」
「霊夢が出てきて、名前を解放したのよ」
「そうなの? だからか、紫と霊夢の名前を言えるの」
「私はその衝撃みたいのにふっとばされて、気絶したみたい」
「もしかしたら死んじゃってるかもよ?」
「ちょっと」
「どちらにせよ。そうだとしたら、ますます謎だね。どうして霊夢は名前を解放したのか……」
「……もしかして、意図的に早苗さんに封印した……とか?」
「え?」
その時、私の視界が光に包まれ、それが眩しくて目を瞑った。
「……」
寝ぼけ眼を擦る。
後頭部が物凄く冷たい。
起き上がり見てみると、そこには氷枕があった。
「痛い……」
後頭部をさすると、コブが出来ていた。
なるほど、誰かが寝かせてくれていたのか。
「メリー?」
隣を見ると、蓮子がいた。
ちょうど起きたところのようで、彼女も寝ぼけ眼を擦っていた。
蓮子は蓮子だった。
あ、いや……霊夢ではないってことよ?
「蓮子、貴女、元に戻ったのね!」
「メリーも! 戻ってるよ!」
だけど、部屋は眠る前のあの部屋だった。
「まだ幻想郷にいるみたいね」
「そのようだね」
しばらくの沈黙のち、私は思い出したように蓮子を見た。
蓮子も同じようだった。
「「ヒヤシンス!」」