今日はカフェには行かなかった。
どこに行くかは、もう決まっていたからだ。
人形町。
人形焼、からくり時計で有名な街。
昔からその姿を変えていない、東京でも珍しい街だ。
古き日本という趣は、やはり外人である私の心をがっちりと掴んだ。
「人形焼も、たくさんあるのね」
そんな、はしゃいだ事を口に出した。
人形焼は、昔ながらの餡子やカステラ以外にも、メロンクリームやらチョコレートやらがあった。
私はこういう時、やっぱり餡子を食べるべきなんだろうけど、残念ながら餡子は苦手。
クリーム系を食べたかったけど、ここはあえてカステラにする。
そうよ。
私は外人らしく、日本人を演じていればいいんだわ。
街には至る所にからくり時計が設置されている。
今の時間は12時58分。
13時丁度になると、からくり時計が動き出すらしい。
私はじっと、時計の針の行方を、人形焼をつまみながら見ていた。
「後少しかな」
私の隣でそう呟いたのは、一人の少女だった。
彼女も、おそらく、からくり時計が動くのを待っているのだろう。
私と同じ位の女の子。
ちらりと見えたその顔、どこかで見覚えがあった。
カフェの少女だ。
時計はもうすぐ、13時を知らせる。
私は彼女が気になってしょうがなかった。
彼女は私に気がつかないのだろうか。
声をかけたほうがいいのだろうか。
いや、そもそも、人違いかも知れない。
少しでも知っている人間とこういう場所で会うと、どうしても気になってしまう。
まぁ、だからと言って、何をするわけでもないのだけれど。
私は少女を気にしながら、からくり時計の作動を待った。
13時。
からくり時計からメロディーが流れる。
はずだった。
からくり時計は、扉のように身を開き、とてつもない吸引力で私を飲み込んだ。
横の少女も一緒に。
目を開けると、そこは森の中で、木漏れ日の中に一軒の家が見えるだけだった。
「嗚呼、またなのね」
いつもの台詞を吐くと、それに返事をする者がいた。
「また?貴女、いつも幻想郷に迷い込んでいるの?」
私は驚いて、後ろを振り向いた。
「貴女、カフェにいた子でしょ?知ってる。あそこに来るの、私と貴女だけだからさ」
初めてだ。
この世界で、私と同じ世界の住人と会うのは。
「え…あ…」
久しぶりに人間と会話する。
最近した会話は「レシートいりません」だったっけ。
「大丈夫?あー…日本語…駄目?」
「あー…だ、大丈夫…日本語…オーケー…」
何で人間との会話だとこうも駄目なんだろう。
それより、彼女は私を知っていたんだ。
じゃあ、さっきなんで声をかけなかったんだろう。
「ねぇ、貴女も幻想郷を知っているの?」
「幻想郷?」
「そ、幻想郷。私はそう呼んでるよ。この世界を」
幻想郷…か。
なるほど。
「…えぇ、幻想郷…よく迷うわ…」
「へぇ、迷うんだ。私は幻想郷の入り口を探してるんだ」
わざわざこの世界に迷い込みに行っているわけか。
物好きというか、怖いもの知らずというか。
「私は…あー…蓮見ウサ子…っていうんだ」
蓮見ウサ子?
明らかに偽名だ。
彼女も知っている。
この世界での、するべき事を。
「私はメリー」
「メリー?ふーん…メリーね…」
彼女もそれを悟ったらしく、それ以上続けなかった。
「さてと…メリーさん?この世界でのルールは知ってるよね?」
「ルールかどうかは知らないけど…帰る方法を見つける…ってことよね…?」
何とか舌が回ってきた。
「そう。んじゃ…あの怪しい家に行きますか」
「下がってて。私がノックする」
へぇ、心強い。
わざわざこの世界に来るだけの度胸があるわけだ。
彼女が扉をノックすると、しばらくした後、静かに扉が開いた。
「どちらさま?」
金髪の、人形のように美しい女性が、私達を出迎えた。
「紅茶で良かったかしら?」
私達を席に座らせると、女性は紅茶を淹れ始めた。
「私はアリス・マーガトロイド。皆はアリスって呼んでるわ。あなた達は?」
アリス…。
なるほど、あのアリスと言われれば、確かにそんな感じだ。
「私は連見ウサ子。彼女はメリーよ」
何故か私の紹介までしだした。
まぁ、助かるけど。
「ウサ子にメリーね。よろしく」
金髪の少女アリス。
彼女の声、瞳、性格、オーラ。
全てが完璧で、近くにいるだけで吸い込まれそうになる。
紅茶も美味しい。
「人形…手作り?」
彼女から気をそらす為、部屋に飾ってある大量の人形に話題をふった。
「えぇ、得意なのよ。魔法で人形を操って、身の周りの家事とかやってもらってるの」
「でも、操っているのは貴女でしょう?」
「意思を持つ人形も存在するわ。意思を持たせるには、人形に「自分は意思を持っている」と思い込ませる事が重要なの」
「なるほどね。つまり、アリスさんは意思を持つ人形が欲しい…ってわけでしょ?」
ウサ子が急に話に混じってきたとき、私は少し驚いてしまった。
そうか、ウサ子もいたのだった。
今まで、そんな事はなかったし、なんだか新鮮だ。
「そうよ」
金髪の少女は、また、吸い込まれそうになるような、輝く笑顔を見せた。
「魔法で何とかならないのかね。この前の魔女も、本に埋もれても、魔法を使わなかったし」
本に埋もれた魔女?
「それって…神保町の?」
驚いて聞き返す。
「うん。知ってるんだ」
と言う事は、彼女が、本棚をひっくり返したという。
「もしかして、パチュリーに会ったの?」
「あー…確かそんな名前だったっけ?」
「そう。彼女は私と同じ魔女仲間なのよ」
「同じ魔女でも、随分と雰囲気が違うようね」
「今は人間と同じで、色んな魔女がいるのよ。昔みたいな、よく分からない壷を掻き混ぜてる魔女なんて、もういないわ。あんなの何処から湧いたのやら。今は魔法も進歩してるから、赤子でも魔法が使えちゃうしね。お婆さんが魔女っていうのは、都市伝説みたいなものよ。そもそも、老けない魔法を使うしね」
それから、私達はお茶会の如く、中身の無い会話を繰り返していた。
ボーン。
大きな時計が、16時を知らせた。
随分と話し込んでしまったらしい。
「あら、もうこんな時間。今日は泊まって行く?」
私は、ちょっといいかも、なんて思ってしまった。
それほどに、ここは心地よい。
「そうしたいのは山々なんだけど、私も彼女も、帰る世界があるんだよね」
ウサ子の言葉で、私は我に返った。
本当、頼もしい女だ。
「そう。残念ね」
「さて、アリスさん。私達が帰る方法…教えてくれるよね?」
「えぇ、もちろんよ」
彼女は驚くほどあっさりしていた。
ウサ子もそれに驚いた様子で、口を半開きさせていた。
「私は皆と違って、あなた達を縛ったりしないわ。元々、私は一人が好きだし。こうして、たまにの一日だけ、誰かとお話できるだけでいいし」
「でも、さっき泊まって行くって聞いたわよね?」
ちょっと意地悪な質問だったか。
でも、早々簡単に帰してくれるなんて、明らかにおかしい。
警戒した方がいいだろう。
「社交辞令よ。あなた達も、もう何百年も生きれば分かるわ」
むしろ、もう何百年も生きないと分からないことなのだろうか。
「分かった。アリスさんを信じよう。それで、どうやって元の世界に帰れるの?」
ウサ子も、驚くほどあっさり彼女を信じたものだ。
「簡単よ。その扉から出ればいいだけ」
その扉は、私達が入ってきた扉だった。
「楽しかったわ。また、ここに来たら、今度はお菓子の一つでもごちそうするわね」
そうして、また、あの笑顔を見せた。
扉を出ると、すっかり暗くなった人形町に出た。
後ろを振り向くと、そこにはからくり時計が佇んでいて、通ったはずの扉は、もう無かった。
「メリーさん」
私は、その名前を呼ばれ、一瞬、まだあの世界にいると錯覚した。
ウサ子は、そんな私の錯覚など気にもせず、ペラペラと話を続けた。
「改めて、自己紹介させて。私は宇佐見蓮子。蓮子って呼んでいいわ」
「マエリベリー・ハーンよ」
「マエリベリ…」
ウサ子、いや、蓮子は少し考えた後、考えるのを止めた顔をした。
「メリーでいいね」
駅までの道、蓮子から質問責めを受けた。
どうやって幻想郷を知ったのか。
今まで、誰にあったのか。
その他、諸々。
「まさか私以外に、幻想郷を知ってる人間がいるとは思って無かったよ。それに、歳も同じなんてね」
蓮子は生まれも育ちも東京の江戸っ子らしい。
幻想郷の存在は最近知ったらしく、幻想郷が現れる条件に気がついたらしく、それを日々、追っているらしかった。
「私はこっちだから、またね、メリー」
そういうと、早々と去って行った。
アパートに着くと、ゴミ捨て場に大きな人形が捨てられているのに気がついた。
「人形が意思を持つなら、人形を捨てた人間は、罪なのかしら」
最近、周りに誰もいない事を確認してから喋る癖がついた。
「あなたはどう思うの?」
人形は喋らない。
だが、それが当然な事とは、不思議と思わなかった。
「こんにちは、私メリーちゃん。よろしくね」
急に人形が喋りだした。
私は、ついに人形が意思を持ったと、驚いた。
しかし、隣に転がっていた、容量が無いであろう乾電池を見て、私は赤面した。
「人形じゃなくて、機械だったのね」
今日はなんだか、充実した日だった気がする。
「宇佐見蓮子か」
自然と、彼女の名前をつぶやいた。
私は、彼女とまたカフェで会ったときに、声をかけるべきかどうかを悩んでいた。
挨拶くらいはいいかもしれない、とか、相手が話しかけるまで待とう、とか、とにかく、色んな事を考えた。
そして、部屋に一人で、誰かに聞こえるわけでも無いのに、息を吐くくらい小さな声で、こう零した。
「友達…かぁ…」
窓の外からは、またあの人形の自己紹介が聞こえた。
それと同時に、酔っ払いであろう男性が、呂律の回らない声で、律儀に自分の自己紹介をしているのも聞こえた。
「機械にも意思は宿るのかしら?」
疑問系でつぶやいたそれは、あのカフェで喋る為の、予行練習によるものだった。