カフェの扉は、いつもより重く感じた。
入るのをやめようかとも考えた。
宇佐見蓮子。
なんとなく、彼女と会うのが恥ずかしかった。
東京で初めて出来た知り合い。
心の中で、友達になれたら、なんて考えていた。
でも、どうすればいいのかが分からない。
気軽に話しかける?
でも、他人行儀で答えられたら…。
そもそも、一回会っただけの相手に、いきなり話し掛けられたら、ひかれるかも知れない。
色んな事が頭を駆け巡った。
そして、辿り着いたのは、失敗しても、どうせまた一人になるだけだ、という事だった。
カフェの扉についている鐘の音を、待ち侘びたと言わんばかりにかき消したのは、宇佐見蓮子だった。
「メリー!遅いよ!こっちこっち!」
カフェは色んな物でごった返しているはずなのに、彼女の声は、何処にも吸収されずに、そのまま反響しているかのようだった。
マスターは眉一つ動かさず、いつものようにタブレットを操作している。
うるさいわね。
なんて、言ってみたかったが、そんな勇気が私には無い。
ただただ、彼女のいう通り、彼女の向かい席に座るだけだった。
「ずっと待ってたんだよメリー!なんでここ数日来なかったのさ!」
「え…大学が…あったから…」
意外な質問だった。
何で来なかった?
ずっと私を待っていた?
その全てが、予想外だった。
私は、もっと、マイナスというか、そんな予想だったのに。
「大学?どこ?」
「東京大学…」
「うっそ!一緒じゃん!なんだよ~」
しばらく、私達はお互いの事を話した。
最初は戸惑ったけど、蓮子が私を強引に引っ張ってくれたお陰で、平生を取り戻していった。
「なるほどね。メリーの事、よく分かったよ」
「そんな事知ってどうするの?」
言った後、しまった、と思った。
自分でも分かる。
今のは棘のある一言だと。
そんな事知ってどうする?
意味があるから聞いているのに、まるで「無意味な質問」と言っているようなものだ。
そういうつもりはないのだけど。
嗚呼、何故私は、こうも言葉を選べないんだろう。
涼しい店内な筈なのに、急に顔が熱くなり、手の中には、じんわりとした汗があった。
それを、より一層強く握った。
「知るさ!だって、メリーは私の友達になるんだからね。友達の事を知っていない友達なんていないよ」
「と、友達?」
「あ~…フレンド!フレンドだよ」
この時、私は知った。
宇佐見蓮子という女は、私の予想を超えて行く存在なのだと。
…いや、或いは、私の思想が日本人と違うからなのかもしれないけど。
「…メリーは嫌?私と友達になるの」
マスターがタブレットを操る手を止めた。
私も、その時だけ、息をするのを忘れた。
友達になるならないというより、急に彼女が弱々しくなった事に、驚いていた。
うつむき、下唇を噛んでいる。
誰がどう見ても、落ち込んでいた。
「嫌ではないけど…」
「本当?やったー!じゃあ、連絡先教えてね」
気のせいだったのかもしれない。
机の上に大きく広げたのは、東京の地図だった。
「今日はここに幻想郷が現れる」
「巣鴨?でも、何故分かるの?」
「ふふふ。これさ」
そう言うと、一本の鉛筆を取り出した。
「これを、こう!」
鉛筆を少し高い位置から落とすと、いい音を鳴らしながら、芯が、ある場所を指した。
「巣鴨…」
「何度やっても同じ結果が出るんだよね。不思議でしょ?」
「幻想郷が現れる条件って、これ?」
「そうだよ」
条件でも何でもない。
しかし、蓮子はこれで何度も幻想郷を見つけている。
不思議だ。
まるで、最初から決まっていたような。
言うならば、運命。
「私はこうして見つけてきたけど、メリーは相当、運がいいよね」
私からしてみれば、運は悪い方なのだけど。
「よし、それじゃあさ、巣鴨に行こうよ」
「え?私も行くの?」
正直、あの世界は好かない。
私を飲み込もうとする、あの世界。
「友達でしょ?二人で行けば怖くないしね」
友達がそういうものなら、今後は苦労しそうだ。
けど、そう言われちゃうと、なんだか断れない。
「ほら、行こう?」
蓮子は強引に私の手を引っ張り、席を立った。
電車の中、蓮子はずっと、途絶えなく話をしていた。
「ねえねえ、折角友達になったんだしさ、これからは大学でも一緒にお昼食べたりしようよ。メリーはお弁当派?学食派?」
「お弁当派…かしら。お昼なんて、普段は食べないわ」
「駄目だよ食べないと!これからの活動は体力勝負だからさ」
「活動って?」
「幻想郷を巡る活動だよ」
定例化するつもりなのか。
私も蓮子と同じで、わざわざあの世界に足を踏み入れる事になるのか。
でも、なんだか嬉しかった。
彼女は強引だけど、私はそうでもされない限り、こうして彼女といる事は出来なかっただろう。
友達。
日本での、初めての友達。
私は、少し、浮かれていた。
豊島区、巣鴨。
昔は老人の街として栄えたこの場所。
そこに目をつけたのは、ギャンブル業界だった。
老後、やる事のなくなった老人達は、悉くギャンブルにはまっていった。
そうして行くうちに、いつの間にか巣鴨は、ラスベガスも驚くほどのギャンブルの街として栄えた。
「カジノなどもあるのね」
「巣鴨は初めてだっけ?」
「えぇ、危ない街だと思って、近づかなかったのよ」
裏カジノなどもあると聞く。
確かに、街を見渡すと、マフィアのような人達や、高そうな車がずらりと並んでいる。
老人の面影は、一つもない。
「さて、何処に入り口があるのやら」
「いつもはどうしているの?」
「勘だよ、勘。それっぽいのがあったら、そこに行くのさ」
勘。
彼女らしい、と思った。
「むむむ、電撃が走ったよ。このカジノが怪しいね」
そのカジノの前には、黒服の、厳つい黒人が立っていた。
「あれって、私達が入っていいようなところじゃないんじゃないかしら」
「大丈夫でしょ。さ、行くよ」
心強くはあるけど、危ない感じもする。
まあ、彼女が失敗したら、私は他人の振りをしよう。
…ちょっと酷いかしら?
「ヘイヘイ、ナイスガイ。カジノ、オーケー?」
私は少し、蓮子から距離を置いた。
「NO」
黒服の男は、短く、そして、突き放す様にそういった。
「ダイジョウブよ。ほら、マネーあるある。冷かしノー」
そう言うと、蓮子は札束を取り出した。
私も、男も、それに驚き、固まった。
「オーケー?」
「NO」
だが、男の答えは変わらない。
簡単にはいかなそうだ。
それより、その大金は何処から?
「チップ、チップ、オーケー?」
札束からいくらか抜き取り、男に渡した。
買収か。
こんなに警備の堅いカジノ。
そんなことで通るわけがない。
「OK」
「あの大金はどこから出てきたのよ」
「バイトして貯めたんだ。私の全財産がこれ。あいつら、ちょっと金見せれば、イチコロだと思って」
全く、心強い。
策略家なのか、ただの怖いもの知らずなのか。
「まあ、何はともあれ、入ってみようよ」
扉に手をかけた時、嫌な予感がした。
この先に、あの世界がある。
なんとなく、そんな気がした。
嫌な予感、か。
これから、あの世界をわざわざ探そうと言うのに、嫌な予感とは。
やはり、浮かれていても、嫌なものは嫌なのだ。
躊躇していると、蓮子が後ろから扉を押した。
扉の先には、カジノが広がっているはずだった。
しかし、そこには、大きな広間に、大きな椅子。
そして、そこに座る少女がいた。
「どうやら、アタリのようだね」
私はハズレと言いたい。
「ようこそ。メリーにウサ子」
驚いた。
少女は、最初から私達の名前を知っている。
「私はレミリア・スカーレット。パチェがお世話になったわね」
「パチェ?」
「パチュリーの事よ」
あの魔女と知り合いなのか。
確かに、なんとなく服装が似ている気がする。
「メリーにウサ子。あなた達がここに来たのは、運命によるものなのよ」
「運命ねえ」
蓮子は、信じられない、と言うような声を出した。
「私はあなた達が来るのを知っていた。運命によって、そう決まっていたのだから」
「そして、ここから出る事も、運命で決まってるって?」
「フフフ、どうだったかな」
少女は不敵な笑みを浮かべた。
「それで、何がお望みなのかしら?どうしたら私達を帰してくれるの?」
「お前達の血よ」
少女がニタリと笑うと、鋭い犬歯が光った。
「吸血鬼なの?」
「そうよ。だから、あなた達の血をいただく」
あまりにもリスクがでか過ぎる。
しかし、それしか帰る方法がないなら…。
「なんてね。冗談よ。これから私とゲームをしてもらう。それに勝ったら、帰してやるわ」
「ゲーム?」
「これよ」
少女は、隣にある布のかかった台を指した。
布を剥ぐと、カジノのルーレットがあった。
「3回勝負よ。3回の内、指定した数字、または色が合えば、それでポイントする。合計のポイントが高いほうが勝ち。簡単でしょう?指定した数字が合えば3ポイント、色だけが合えば1ポイント。そして、0または00を指定して当たれば10ポイント」
「なるほどね」
「それで、もし私達が負けたらどうなるの?」
「その時は、私の奴隷になってもらう。一生ね」
一生、奴隷…。
「どうするの蓮…ウサ子。負けたら終わりよ?」
「大丈夫でしょ。負けないよ、多分。受けるわ!その勝負!」
蓮子は勝手に承諾してしまった。
負ければ一生、奴隷。
だけど、どうせ、受けなければ出られない。
「フフフ、それじゃあ始めましょう。運命のゲームをね」
私は、もしもの時のために、奴隷とはどんな事をするのかを考えていた。
「まずは私から。そうね、赤の1にしようかしら?」
そう言うと、少女は、回っているルーレットに玉を投げた。
玉はしばらくルーレットの淵を周回し、重力に逆らえなくなった頃に、数字の書かれた盤面へ、カラコロ音を鳴らしながら、転がり始めた。
「頼む!外れて!」
そう言いながら、蓮子は目を瞑り祈り始めた。
私はイカサマがないか、少女と玉の行方を交互に見ていた。
やがて、玉は止まり、ルーレットも回転を弱めていった。
「あ」
数字が確認出来た。
その数字は…。
「フフフ、どうやら運命は、私を勝たせる方に向かっているようね」
1だった。
私は青ざめた。
馬鹿な。
「これで私は3ポイント。さて、次はあなた達の番よ」
「ふ、ふん!まだ始まったばかりよ!私達も3ポイント取るよ!メリー!」
「そ、そうね…」
私は既に、なんだか負ける気がしてならなかった。
玉が走る。
私達が選んだのは、赤の7。
「頼む!当たって!」
さっきとは逆の事を言いながら、蓮子は、また同じく目を瞑り祈った。
私もさっきと同じく、じっと玉の行方を見守っていた。
部屋はとても大きいくせに、ルーレットの回る音と、玉の転がる音だけしか聞こえなかった。
集中しているからというのもあるけれど。
カラコロ。
玉が指したのは、黒の2だった。
第2ゲーム。
私は焦っていた。
ルーレットや玉の音より、自分の心臓の音ばかりが、うるさく、私をさらに焦らせた。
蓮子は「まだ挽回できる」というような顔をし、祈る事も忘れ、玉の行方を見守っている。
カラコロ。
黒の35。
少女が指定した数字だった。
「そんな…」
「フフフ、これで確定だな。この勝負、私が勝つように、運命は出来ている!」
おかしい。
こんな事、あり得ない。
イカサマ?
それとも、本当に運命というものが、あるのだろうか。
「どうした?あなた達の番よ」
私も蓮子も、この時ばかりは、すぐに玉を投げられなかった。
そこはかとない絶望が、私達を襲った。
「赤の…」
そこまで言って、蓮子の言葉が止まる。
そして、眉の下がった、不安に襲われているのが一目で分かるくらい焦燥した顔を、私に見せた。
「メリー…何番がいいかな…?あ…赤じゃなくて…黒がいいかな…?」
強気で、怖いもの知らずの彼女は、そこになかった。
私はこの時、色や番号どころか、この勝負の事を忘れるくらい、彼女に夢中になっていた。
そんな顔もするのね。
なんだか、安心している自分がいた。
どこかで彼女を疑ってたのだ。
弱さのない彼女が、純粋であるのか、悪党であるのか。
悪党は、弱さを隠し、強者を演じ、人を虜にしていく。
そして、利用し、傷つける。
私は、傷つくのが嫌で、今まで他人と関わろうとしなかった。
そこに近づいてきた蓮子も、やはり疑っていたのだった。
「赤の9」
私は数字を指定し、玉を投げた。
「諦めた顔をしているわ。それもそうよね。私が勝つ運命だもの」
「まだ諦めてないわ。奴隷になんてならない。絶対帰るわ」
そう言って、蓮子を見た。
「そんな顔、貴女には似合わないわ。運命ってのがあるなら、私達側に引き寄せてやりましょう。諦めたら、寄るものも逃げて行くというもんだわ」
「メリー…。うん、そうだね。よし、全力で運命を引き寄せよう!私、親戚のところで漁を手伝った事あるから、引き寄せには自信あるし」
「うふふ」
私は、その時、初めて、心からの笑顔を、彼女に見せた。
玉は走り続ける。
このまま、永遠に走り続けるのではないかというほど、力強く。
だが、永遠なんてものはない。
やがて、玉は落ち、盤面を転がり始めた。
赤、黒、赤、黒。
いつ止まってもおかしくない。
「頼む!」
そう言って、蓮子は網を引くようなモーションを見せた。
それがおかしくて、また笑ってしまった。
ちょっと蓮子に目をやり、視線を戻すと、既に玉は止まっていた。
かろうじて、赤に入っているのは見える。
ルーレットの回転が弱くなるに連れ、その数字があらわになった。
「あ!」
「赤の9!赤の9よ!」
東京に来てから数ヶ月、こんなにも大きな声ではしゃいだ事はなかった。
「やった!やった!メリー!やった!」
「3ポイントよ!3ポイント!」
私と蓮子は手を合わせ、ウサギでもこんなに跳ねない、というほど跳ねた。
「やるわね。でも、これで私は6ポイント。あなた達は3ポイント。次のゲームで私が0ポイント、あなた達が3ポイントだとしても、同点になるだけよ。その場合、どちらかが勝つまで延長する事になるわ」
そうだ。
次のゲームで、もし少女が3ポイント、もしくは1ポイントでも取ろうものなら、私達は10ポイントを狙わなければならない。
それだけは避けたい。
「フフフ、中々いい勝負になってるわね。さて、私は黒の20を選ぶわ」
少女が玉を投げる。
蓮子は相変わらず、網を引いている。
私も網を引こうか悩んだが、非力なので止めた。
いくらなんでも、3回連続で数字を当てるのは難しい。
1回当てるだけでも、本当は苦労するものなのだ。
しかし、この世界で、確立だとか、科学だとかが通用するものなのだろうか。
科学の発展には、宗教的なものが絡んでいると、昔、考えた事がある。
私達の世界では、科学が信じられてきた。
宗教で言うところの信仰。
科学という宗教を信仰する事を選んだから、科学が発達した…という考えだ。
今は、猿が進化して人間となったと言われているが、昔は、神が人をつくったという考えが正しいとされてきた。
人はそれを、科学が発達した為に、事実が明らかになったとしている。
だが、科学の真実とは、全てが見てきたものではなく、過去の燃え尽きた焚き木を見て、そこにあった火を想像するのと同じで、真実性はないのだ。
おそらくは事実に近いものではあろう。
それを見抜いた人間によって、今の科学はここまで発展した。
もし、それを見抜けなかったら、今でも神が人をつくったというのが真実として発展して行っただろう。
故に、真実とは、科学が全てではない。
この世界も同じだ。
科学が通用するとは限らない。
魔法が使えるとか、河童がいるとか、吸血鬼がいるとか、私達から見たら無茶苦茶な世界だ。
この世界では、おそらく、科学の信仰はほとんどない。
それだけは、確かそうだ。
やがて、玉が止まる。
その色を見た時、私は絶望したが、さらに、追い込むように、数字は20を指していた。
「アハハ!残念ね。色どころか、数字までもが揃うなんて。これもやはり運命なのね」
眩暈がしてきた。
少女の笑う声にエコーが掛かり、私の中で何度も何度も反響した。
すがるように蓮子を見た。
私は、今にも泣き出しそうな顔をしていたと思う。
しかし、それに反して、蓮子は冷静だった。
凛とした顔で、まっすぐ、私を見た。
「まだ負けてないよ、メリー」
「で、でも…」
「大丈夫!私に任せてよ!」
この時の彼女の顔は、何よりも輝いて見え、私を慰めるには十分すぎるくらいだった。
「00を選ぶよ」
「フフフ、もう諦めたら?奴隷の練習をする時間も必要でしょう」
「奴隷にはならないよ。メリーと一緒に、元の世界に帰るから!」
そう言って、玉を投げた。
「奴隷も悪くないわよ。私は嫌だけれどね」
「私だってそうさ」
玉が走るのを見て、私は網を引いた。
盤面に玉が転がる。
終わりが近い。
私と蓮子は網を引き、少女はじっと、玉の行方を眺めていた。
カラコロ。
玉が止まった。
まだルーレットは回っているが、もう、そこで結果が分かった。
赤だった。
00は緑だ。
負けた。
少女はニタリと笑い、こちらを見た。
私達は、ただただ、ルーレットの回転が弱まるのを、眺めることしか出来なかった。
「あなた達の負けね。やはり、運命は私に味方しているわ」
「うぅ」
蓮子が膝から崩れて、床に伏せてしまった。
私は、まだ回っているルーレットから、目を離せずにいた。
「約束通り、奴隷になってもらうわ。大丈夫よ。すぐに慣れるから」
そう言って、鋭い犬歯を見せ、また笑った。
そんなことより、私はまだ信じられなかった。
まだ、終わっていない気がして、ルーレットが止まるのを待っていた。
コロ。
その音は、少女の耳、そして、蓮子にも聞こえていたようで、一瞬、耳鳴りがうるさいくらい、静寂に包まれた。
「何の音…」
少女はルーレットを見た。
「な!」
その表情を見た蓮子も、立ち上がり、ルーレットの中身を見た。
「え!」
玉は、数字の00に入っていた。
「馬鹿な。さっき見た時は赤だったはず!」
そう。
それは間違いない。
「ど、どうして…」
蓮子も驚いた様子だ。
私も驚いていた。
だが、それは、蓮子とも少女とも違うものだった。
指だ。
何もない空間から、指が現れたのだ。
その指は、ひょいと玉を掴むと、00に中に落としたのだった。
そして、私の指には、その玉を掴んだ、感覚があった。
「どうして…」
少女は何度も何度も、目を擦り、玉を見た。
それでも、玉は00にある。
蓮子は、しばらく唖然としていたが、少女の様子を確認した後、平生を取り戻したのか、はたまた演技なのか、いつもの顔を晒した。
「私達の勝ちだ!」
そう騒ぎ出した。
私もはっとして、それに便乗して騒いだ。
少女は、力の抜けたように、深く椅子に座りこんだ。
散々騒いだ後、少女が口を開いた。
「信じられない。運命は、確実に私が勝つ方に向いていたはずなのに」
「手繰り寄せた結果だよ!ね、メリー!」
「う、うん。そうね」
「負けたよ。だが、楽しかった。こんな勝負、久々だ。後ろの扉の鍵を空けておいた。そこから元の世界に帰れる」
そう言って、扉を指した。
扉を出ると、とてつもない騒音が私達の体を叩いた。
「元に戻れたのね」
「はぁ、疲れた。最後の最後で勝ててよかったよ。でも、確かに赤だった気がするんだけどなぁ」
あの指の話は、何故かしないほうがいいような気がして、私は黙っていた。
「Win?」
先ほどの黒人が、私達に近づき、そう言った。
「イエスイエス!ウィンウィン!」
蓮子が元気良く答えると、黒人は親指と人差し指を擦り、何かをせがむ様にこっちを見た。
「ん?」
「チップって事じゃないかしら?」
「Yes」
黒人はサングラス越しにでも分かるほど、輝く笑顔を見せた。
蓮子は、しょうがない、と言うような顔を見せた。
「ノー!」
「今日は凄くスリルのある冒険だったね」
「そうね。でも、もうゴメンだわ」
電車にはやはり私達しかいなかった。
この電車も、あと数年で廃止されるらしい。
今は、リニアモーターカーの方が、便利でエコだ。
「でも、今日一番の収穫は、メリーの笑顔を見れたことかな」
「へ?」
自分でも間抜けな声を出したと思った。
「結構可愛い顔してるよねぇ」
この時、蓮子が自分をからかっているんだと分かった。
それがなんだか、嬉しかった。
「蓮子だって、あの不安な顔、結構可愛かったわよ?」
そう言って、お互いに笑いあった。
こんな当たり前のような事が、ただただ、私にとっては嬉しくて、大切に思えた。
蓮子と途中で別れ、私は一人、夕焼けの中を歩いた。
こうして、一人であることが寂しいと思えたのは、初めてかもしれない。
部屋に着くと、すぐにベッドに寝転んだ。
今日は疲れた。
絶望し、狂喜し…。
そして、友達も出来た。
色んな事があった。
私は、手を上へと伸ばした。
「あの指は、私のものだった」
玉を掴む感触。
指から離れる感触。
全て、覚えている。
まあ、勝てたからいいのだけど。
考えて分かる事でもない。
あの世界は、私達が理解できるほど、私達向けに出来てはいない。
それにしても、あのゲーム。
確立が適用されないような世界じゃ、ギャンブルなんて退屈なんじゃないかしら?
「絶対的な世界なんて、つまらないわ。科学も宗教も、あいまいだからこそ、面白いんじゃない。この東京のように、刺激的なら尚更ね」
そう言って、また、あの世界を創った誰かさんに論した。
刺激的なのが面白い。
そんな考えも、あの宇佐見蓮子が一緒にいるからこそ、言える事なのかもしれないけど。
「次は何処に行くのかしら」
私は、蓮子の連絡先を眺め、しばらく浮かれた気分になって、ベッドを転がっていた。