やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 青春よりゲームだ! 作:kue
「甘い! 甘い! 甘すぎる!」
俺は朝っぱらからそんな叫びをあげながらコントローラーに指を走らせている。
オンライン通信が可能になった現代、顔を合わせなくとも通信対戦が可能になり、何の壁もなしに会話を行うことができる。ま、送られてくる会話は全部無視してるけど。
今俺がやっているのは世界中で大ヒットしているオンラインサバイバルゲーム・戦わなければ生き残れない!
どこの特撮ヒーローの台詞だと最初はネタにされていたがその面白さに次第にそのネタは鳴りを潜め、今や世界中の人々がはまっているゲームだ。
武装を装備した状態でプレイヤーが集まっているエリアでただひたすら戦いあうという単純なゲームだが戦車や航空機、さらには巨大ロボまであるというぶっ飛び作品だ。
俺ももちろんハマり、こうして朝からしているわけである。
「お兄ちゃん、朝からゲームしないでよ~。テレビ見れないじゃん」
「中学生は朝テレビを見てはいけません。目が悪くなります」
「暗いところでゲームしてるお兄ちゃんにだけは言われたくないよ」
そう言い、呆れた様子で俺がゲームしている様子を見ているのが俺の妹の小町。
現在中学三年生であり、生徒会メンバーであり、教師からの評価は最高、友人も俺以上にいる、さらに自分の意思で一人にもなれるというハイブリッド型の次世代ボッチだ。
ま、中学時代の俺の評価が激やばだったからって言う補正もあるんだろうけど。
「しかもお兄ちゃんゲーム動画挙げてるでしょ」
「そうだな。それでお小遣い程度は稼いでいるぞ」
某動画サイトに動画を投稿したところ、意外や意外、これが好評価を受けてしまい、今では結構有名なゲーム攻略者になってしまったのだ。
ま、おかげでゲーム代は稼げてるけど。
「それを友達が見ててさ。恥ずかしかったんだけど」
「なら見るな。嫌なら見るな」
「もー! 早く終わってよ! 小町遅刻する!」
「わーったよ」
ポカポカと背中を叩いてくるので仕方なくゲームを止め、傍に置いておいたカバンを持って家を出る。
鍵を閉めてさて自転車をと思っているといつの間にか小町が自転車を出しており、さらにその後ろに既に乗っていた。
「レッツゴー!」
「はいはい」
呆れ気味にそう言い、カバンを鍵に突っ込んで軽快に走り出す。
我が家の力関係図は母親がトップ、次点で小町、次にカマクラという飼い猫があり、越えられない壁がいくつかあった後に父親、次に俺だ。
何故父親が小町よりも下かというとこの父親が小町にメロメロなのだ。小町が右といえば右を向き、左といえば左を向く。逆に俺が右を向けと言えば逆を向くのだ。
家族旅行とて金を出すのは父親だが行先を決めるのは小町だ。末恐ろしいぜ。
「今日は小町がいるから事故ったりしないでね」
「俺だけだといいのかよ」
「そんなわけないじゃん……でもお兄ちゃん入院中、嬉々としてゲームしてたよね」
去年の高校入学式当日。その日、俺は普段通り朝もゲームしようと思っていたんだが小町にケーブルをぶち抜かれ、入学式の日くらいは早く行ったらなんて言われて学校に行った。1時間も早くな。
んでその行き道の途中に犬を散歩させていた女の子の手から犬のリードが離れてしまい、運悪く黒塗りのかねもってそうなリムジンがやってきた。
で、何故か俺はカバン放って犬を助けた……代わりに骨折して入院したけど。
「なんだかもう入院じゃなくて病院に遊びに行ってる気分だったんじゃないの?」
「そうか? でもなんか個室だったよな。ゲームし放題で嬉しかったけど」
「しかもお兄ちゃん、朝から晩までゲームしてるから先生、呆れてたよ。こんな楽しそうな入院患者は見たことありませんって」
「俺は看護師さんに引かれたけどな」
「あ、そうそう。犬の飼い主さんお礼に来てたよ。お菓子美味しかったな~」
「……お前、それ俺食ってないよね? ていうか初耳」
「そうだっけ? でも結構、可愛い人だったよ。お菓子の人」
ま、どうでもいいや……でも今思えば待遇良かったよな。個室だし、ゲームできる小型のモニターも用意してくれていたし……その時はなんも思わなかったけど今思えば不思議で仕方がない。
「でも同じ学校だって言ってたから話したんじゃないの?」
「ほぅ。それは俺に友達がいるという喧嘩か?」
「テヘッ☆。あうっ!」
少しイラッと来たのでブレーキを全力で止めてやると俺の背中で顔をぶつけた。
けっ! ざまあみろ。
「着いたぞ。ほれさっさと行って来い」
「ありがと。じゃ、行ってくるであります!」
俺に敬礼して小町は校舎へと入っていく。
俺はその犬の飼い主がいるという高校へと向かう。
別に謝罪は来たらしいから探す必要もないだろ。別に入院期間は苦痛じゃなかったし……むしろ天国かと勘違いするくらいに楽しかったがな。もし出会って気にしているようなら礼でも言うか……いや、逆効果か。
まぁ良いや。
お昼休み、特別棟の1階、保健室の横、購買の斜め後ろが俺の定位置だ。
なんの定位置かというと誰にも邪魔されずにゲームができるという位置であり、教師もここは通らないので没収されると言う事もない。
この前は雨で仕方なく教室でやっていたが……やはりここは良い。ちょうどテニスコートを眺める位置にあるが昼休みにも拘らず練習する奴は一人くらいであまり気にならない。
「ん。そろそろ終わりか」
イヤホンをしながらやっているとふと風向きが変わった。
その日の天候にもよるが臨海部に位置するこの学校はお昼を境にして海側から吹き付けていた風が陸側へ戻るかのように吹く。
大体この時間帯が昼休み終了の15分前なのだ。
「あれ? ヒッキーじゃん」
「……どちら様ですか?」
「ヒッキー、その冗談は笑えないよ」
「ちっ。由比ヶ浜なら騙せると思ったんだが」
「ちょ! それどういうこと!?」
そう言いながら何故か由比ヶ浜は俺の隣に座り込む。
くそ……俺のゲーム時間が無くなるだろうが……何でリア充共は知り合いを見つければ時間と場所を考えずに近くによって来るのかね。
「あ、またゲームしてる。そんなに面白いの?」
「面白くなきゃしてねえよ。で、クッキーどうだったんだよ」
「もう最高! ねえ、ヒッキーまた貸してくれない?」
「今度な……」
PFPに視線を落とすと何故か良い臭いがして隣を見てみると由比ヶ浜が画面をのぞき込んでいた。
な、何故女子はゲームをしていると画面をのぞき込んでくるのだろうか……あんまり見るなよ……と手荒く手払うのもできん……はぁ。
「うわっ。凄い指の動き……ヒッキーって宇宙人?」
「ブラインドタッチする奴は全員宇宙人だな」
「ブ、ブインタッチ?」
小首を傾げてそう言うがミスり方が半端ないので魅力が半減している。
ブインタッチってなんだよ。ヤンキーがブイブイ言わせながらタッチするの?
「ねえ聞いてよヒッキー」
「やだ」
「ひどっ!? 今さっきさ、ゆきのんにジャンケンに負けて罰ゲームしてるの」
おい、俺今嫌だって言ったよな……こいつの耳になんか詰め込まれているのか?
「ほほぅ。つまり俺と喋るのが罰ゲームと。ならば俺は今から由比ヶ浜を無視するゲームをしよう」
「ち、違うって! ヒ、ヒッキーとはもっと話したいって言うか……その」
……ふん。その程度のモジモジで俺が引っ掛かると思うのか。数多の罰ゲームの対象にされてきた俺だ。そんなものこの八幡スキャナーで一発よ!
「それでね! ゆきのん最初は『自分の糧は自分で手に入れるわ』って言って乗り気じゃなかったんだけど負けるのが怖いんだって言ったら乗ってきちゃってさ! それで勝ったときに小さくガッツポーズしたのが可愛かった!」
「へーほー」
俺にとってはどうでも良い情報だ。これならまだゲリラの時間帯の情報の方が遥かに有益だ。最近、色々と邪魔が入ったから育成プログラムが遅延してるんだよな……もう一回組み立て直さなければ。
「ていうかよくヒッキー入学できたね」
「そのセリフ、そのまま返すわ。良く受かったな」
「な! 馬鹿にするなし! あたしはこれでも勉強できるんだから! ヒッキーこそゲームばっかりしてるからギリギリだったんじゃないの!?」
「去年の学年末テストの文系科目全教科満点。数学61、物理・化学ともに25点ですが?」
そう言うと由比ヶ浜はあり得ないと言いたげな表情で俺を見てくる。
敵のAIを完璧に覚えるために努力していたら自然と記憶力が鍛えられ、今となっては見たり聞いたりしたものは大体頭の中に残ってる。化学と物理に関しては暗記科目じゃないので死亡。数学は簡単な計算と確率計算ならお手の物。これをゲームの弊害と呼ぶかはその人次第。
「……ところでさ。ヒッキーって入学式の時のことって覚えてる?」
「入学式? あぁ、そのときアホな奴の犬を護って事故ったから入学式でてない」
「……そ、その女の子のこと覚えてたりする?」
……俺、女の子なんて言ったっけ? まぁ、アホな奴って言ったら大体、男の想像はないわな。
「いんや。覚えてない……ま、入院したおかげでゲーム三昧だったけどな。医者にこんな楽しそうに入院生活を送る人は初めてですって言われたくらいだ」
「…………そう……なんだ」
さっきと比べてやけに由比ヶ浜の声質が低くなったような気がしたがそんなこと気にも留めずにPFPに集中する。
「あ、さいちゃーん!」
突然由比ヶ浜が声を上げたので反射的に顔を上げて前を見てみるとさっきまでテニスコートで練習していた女子テニス部の奴が汗をタオルで拭きながらこっちへ向かっていた。
「よっす。練習?」
「うん。うちの部弱いからさ。それに今度の大会で三年生が引退しちゃうと自然と僕が部長になってレギュラーになっちゃうから強くならなきゃいけないんだ」
これぞ青春ですな……ま、俺からしたら体を酷使して何がしたいんだって話なんだけどさ。
怪我するくらいまで運動してそれで何故かいい思い出として刻み付けるなどバグに犯された故の行動としか思えない。俺ならすぐにデータ消去するね。
「由比ヶ浜さんと比企谷君は何してるの?」
「何もしてないよー。でもさいちゃんお昼休みも練習して体育でもテニス選択だよね?」
「うん。もっとうまくならないとね。あ、比企谷君ってテニス上手だね。フォームが綺麗だったよ」
「はっはっは。そうですかー嬉しいなー……で、誰?」
「はぁぁ!? ヒッキー知らないの!? 最低! 同じクラスじゃん!」
「いや、まず女子とは体育別だし。ていうかクラスメイト名前知らないだけでそこまで言う?」
「仕方がないよ、由比ヶ浜さん。いつもゲームしてるから。僕は戸塚彩加です」
そのうるうるとしている眼はまるでチワワの様に何かを訴えかけるものがあり、俺は思わずゲームの手を止めてその戸塚とやらの目をマジマジと見ると恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らした。
なんだこの生き物は……なんか癒される。
「去年も一緒だったんだけど……覚えてないかな」
「ヒッキー最低!」
「何故に!? 俺にクラスメイトの名前を憶えろという方が最低だわ!」
「名前くらい覚えるのが普通でしょ」
「仲良いんだね」
「全然よくないよ! 殺意しかないもん! 殺意殺意!」
「わー大変だー警察呼ばなきゃー」
スマホを取り出すが一瞬で由比ヶ浜に奪われてしまう。
「あはは……ところでなんだけど僕……男の子だよ?」
「は?」
今度こそ完全に俺の時間が全て止まった。
……バ、バカな……こんな男の子がいてたまるか! どこからどう見ても男にしか……肌は綺麗だし、項は艶めかしいし太ももは白くて綺麗だし……ウソだろ。
「そ、そうなのか……悪い、嫌な思いさせて」
「ううん。ところで比企谷君は経験者なの?」
「いいや。マリオテニスならあるけど」
「あ、それあたしもある! ダブルス楽しいよね!」
「そうそう。永遠に決着つかないからな、あれは」
「え?」
「え?」
え? マリオテニスのダブルスモードって1人で二つのコントローラーを操作してラリーと必殺技がどのくらい続くか競うゲームじゃないの? 俺それで8時間したことあるぞ。
そんな微妙な空気を打ち破るかのごとく、昼休み終了の鐘が鳴る。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
「……お前、パシリは」
「はぁ? ……あっ!」