ようやく15話です
「はあ、ユリちゃんまだ怒ってるだろうなあ…」
タクミは船内に設けられた休憩室で、一人重苦しい溜め息を吐かざるを得なかった。
ユリの機嫌を損ねてしまった。
実際ところタクミに悪気はないのだが、先刻の一件以降ユリとまともに口も聞いていない。
元通りに戻ってもらおうととりあえず謝ろうと考えたまではよかったけれども、いざ実行に移そうとしたら何と切り出せばいいのか思い付かずにいる。
「どうしよう、何て言えばいいのかな」
「どうした今度は悩み事か?」
「あなたは…さっきの」
そうタクミに声をかけたのは先程ユリを助けるのに、協力してくれた男性。
彼は休憩室に設置された自動販売機から2つドリンクを購入すると、炭酸飲料をタクミに手渡し手元に残ったコーヒーの蓋を開く。
「ほら飲むか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「君1人かさっきの彼女は一緒じゃないのか?」
「そ、その怒らせちゃったみたいでさっきから全然口を聞いてくれなくて」
「そりゃまた大変だな。何が理由でそうなったんだ?喧嘩か」
缶コーヒーを口に運びながら訊ねられたその疑問にタクミは、答えることができず閉口してしまう。
しかしそれは男の言い分が的中していたからではなく、タクミ自身でもよくわからず困惑しているからというのが正しい。
「まあどんな理由にせよ寄りを戻したいならちゃんと面と向かって話し合わないとな」
「顔を合わせて…ですか?」
「嫌か?」
「嫌ではないです。でもいざ向かい合って話すとなると何て言ったらいいかまったく答えが見つからなくて、それで」
言われなくとも承知している、と気持ちの面では理解しているが相手に伝えるために肝心な言葉が出てこない。
だからこそこうして悩み苦しんでいるのだ。
男もタクミの言葉の端々から察したのか腕を組合せ話す。
「そんな無理に絞り出そうとしなくてもいい。重要なのは綺麗な言葉よりも言葉の重みだ」
「重み?」
「相手を思いやる言葉には重みを持って伝わるもんだ。口下手だろうが関係ない、それでも相手のことを考えていれば信頼できる人間にはわかる」
そこで男は一旦言葉を切り横目でちらりとみやると、端正な顔立ちを強張らせて真摯に耳を傾けているタクミがいる。
飲み干した缶コーヒーを座ったまま片手で軽くゴミ箱に投げ捨て、缶が底に落ちる音が響き渡ると男は再び語りかけた。
「
「…あなたは…」
「…今でも時折夢に見る。俺はかつて愛する人を目の前で失った、そして俺が不甲斐なかったせいで同じような目に遭った人もたくさんいた。助けられたはずの多くの命を俺は守ることができなかった」
目を閉じると瞼の裏で蘇る。
愛した人を失う絶望と悲しみ、親しい人を亡くした人々の瞳から溢れる涙の雫。
守れなかった自責の念が薄れることなく今直のしかかっていた。
「すまない、こんな話聞いても面白くないだろうに。しかし君にはそうなって欲しくない、だから俺みたいにはなるな。海のように全てを包み込む優しさを持つ力強い男になれ、俺にはこれぐらいしか言う資格はない」
タクミは男にどう言葉を返せばいいか返事に窮した。
鉛より重い空気を変えようとタクミが試行錯誤する中、船室が振動しゴミ箱が横倒しになる。
「この揺れ、津波?」
そうタクミが呟いた時、また船室が揺れ出す。
男とタクミは絶え間なく続く振動に倒れることなく、休憩室を飛び出し手すり越しに眼下に広がる海を見下ろす。
「…違うな。この揺れ方はただの津波ではない」
手すりから手を離した男は駆け足で船長室へ向かい、タクミも揺れに足を取られながらもその後を追う。
「この揺れはどうした!」
「わ、わかりません。突然船体が大きく傾いて揺れ出したんです!」
「何か大きい魚がぶつかったんじゃ」
「普通ならそれも有り得るがこれ程までに長時間揺れが発生するなど尋常ではないぞ」
「近くに港はないんですか!?そこまで行ければ」
「駄目だ、さっきから試しているんだが舵をきれない。それに最も近い港でも数時間はかかるし救助を呼ぼうにも肝心の通信機が壊れていた」
「そんな!誰がそんなことを」
沈没の予感に狼狽するタクミと船長。
双方の脳裏に最悪の結末が浮かび上がった時、男の叱咤がそれを掻き消す。
「気になるが今それを詮索している余裕はない。船内アナウンスで乗客を一ヶ所にまとめて救命ボートの用意ができしだい避難させるんだ」
男の指示に従い船長は乗組員に命令を飛ばすとマイクで乗客に呼びかける。
「これでひとまずのところは問題ない。避難誘導を手伝おう」
「僕もやります」
「君は彼女の傍にいて安心させてやれ。もしかしたら君を探しているかもしれない」
「で、でも」
「気持ちは買うがここから先は子どもには危険すぎる…避難誘導は誰でもできるが彼女を守ってやれるのは君にしかできない。約束したんじゃなかったか?」
そうだ。さっき誓ったばかりではないか。
何があっても助けると、どんなに自分が辛くてもユリを守ると
「わかりました、気をつけてくださいね」
「ああそちらもな」
タクミは覚束ない足取りでユリがいるであろう船室へ走り、それを口角を吊り上げて慈母のように温かい眼差しで見送った男はキッと目付きを鋭くさせて他の船員と避難誘導を行う。
☆
海上に浮かぶ密室で悲劇が展開されているなど露知らず、ラナとシャインの対決は他者が立ち入れない高速の戦いに発展していた。
ラナの怪人としてのサーヴァントとしての、キラのシャインユーレニルソウルとしての高速移動能力のぶつかり合い。
「あははやっぱり凄いね!このスピードに付いてこれるなんて」
聖獣の爪と好奇心旺盛な猫の爪が火の閃光を撒き散らし交錯する。
一度交われば離れ、離れればまた交わる。
延々とその繰り返しが続き時間だけが過ぎていき、体力だけが削られていた。
「白の姿のスピードで勝てない…武器も同じ、考えるんだ相手より一歩先をリードできる方法を」
同じ速度と同じ武器。
それだけでも被れば当然戦闘スタイルも似通い、選局がどちらか片方に優位に運ぶのは口にする程簡単な問題ではない。
シャインはその気になれば武器を変更できなくはないが、それをしてしまえばラナと同程度の速度を引き出せずに翻弄されてしまい兼ねない。
またその逆はもっと無理だ。
ユーレニルソウルのスペックを最大まで振り絞っても追い付くのがやっとなのに、腕部のメダルを取り替えてしまったら、同一色のメダルのフォームとは見なされずスレイプニルのメダルこそ残せど、それは多少速いぐらいにしかならず気休めでしかない。
だからと言って、ユーレニルソウル以上のスピードを誇る形態はない。
それ故実力伯仲の状況が長続きしているのだ。
「はああ!」
「おっとっと危ない危ない、こんのお返し!」
渾身の一振りを危なげなくさらりとかわしラナは仕返しに背中から爪を刺そうとするが、シャインも視線を自身を貫通せんとする武器に合わせることなく、真横へ駆け出し回避する。
彼らはほぼ同高速で爪を交えながら自在に駆け回り、幾重にも激突の余波が巻き起こり、石粒が舞い散っては海底へと落ちていく。
根気負けした方が敗れる、そうシャインが予期したまさにその時
「やーめた」
「何?」
ラナが戦いを放棄したのだ。
「なんだかつまんなくなっちゃった。リスティヒに言われたこともやったし、帰っていいよね。また今度遊ぼ!」
一方的に言い残してラナは一目散にどこそこに疾走したった数秒も経たずに、後ろ姿が捉えられなくなった。
「何だったんだ…?あのサーヴァント」
「ラナ、スピードに秀でた上級サーヴァントだ。もっとも完全に力を取り戻せばあの比ではないがな」
背中から浴びせられた本来いるはずのない自分以外の声にシャインは、変身を解かずに振り返る。
黄金色の全身に黒いブーツ、左右の腰に携えられた2本のサーベルとそれを交差させた紋章が彫られたバックル。
きらびやかな宝飾を身に付けたトパーズの仮面騎士がそこには佇んでいた。
「誰だ!」
「お前の言葉で言うなら仮面ライダー、それに該当する存在」
「筑波さんの仲間か?それともヴァイオラの」
「そのどちらでもない」
身構えるシャインを観察するように騎士は右手を顎に当てると、唐突に仮面の奥で口を開く。
「太平洋へ行け。洋上で今厄介なことになっているぞ」
「厄介なこと?」
「サーヴァントのよからぬ謀が動いている。すぐにでも駆けつけなければ手遅れになるやも知れん」
シャインは騎士の発した言葉を信用すべきか迷っていた。
味方であるとも限らなければ罠である可能性も捨てきれない、しかし事実ならばそれこそ騎士の言うように急行しなければならないだろう。
後ほんの少しでも決定打となる情報が欲しいところだ。
「真実だという証拠は?」
「……尾上タクミ、友田ユリ…だったかな」
「-ッ!」
「運の悪いことに君の友人がその船に乗り合わせているようだ。どうだ?これだけでは信用に価するには不十分か。なら次は君自身の生年月日でも言おうか?」
今遠く離れた海上で起きている事象のみならず自分の個人情報までも熟知しているとは、どういう輩なのだろうか。
敵対心は見受けられないが霊に乗っ取られたような寒気が走る。
「もういい充分だ」
「そうか信じてくれたようでこちらとしても嬉しいよ」
「でも肝心の太平洋に行く手段がない…どうすれば」
航空方法も海中を浮遊する技能やスペックはシャインにはない。
ユーレニルソウルも大気を蹴ることが可能だがそれはほんの短時間、緊急回避にしか向かないその場しのぎの能力だ。
すぐさま太平洋を越えることはできない、己の技量を踏まえて打開策を巡らすシャインに騎士がアイディアを提供する。
「心配は無用だお前のその聖獣の力を宿す姿…その形態でバイクを使え。そうすれば海上を渡ることが可能だ」
「バイクで…海上を」
「疑うなら試してみるといい」
半信半疑ながらも他にすがる術がないためシャインは専用バイク『ブライトスター』に跨がると、タイヤが収納され車体がホバリングする。
ユーレニルソウル特有の力の流れを受信したマシンが、その力に応じて変化する機能が備えられているのだ。
「すごい、これなら本当に海の上を渡って行けるかも」
礼を言っておくべきだとシャインが仮面騎士に目線を向けるも、騎士がいたはずの空間は無人となっていた。
「いない?何処に消えたんだ…いや今はそれより太平洋に行かないと」
エンジンを吹かしてマシンを発進させるや否や視界が霞む程の超高速がシャインを襲う。
ユーレニルソウルの倍以上は越えている、そう断言できるまでの速さだ。
向かい風も並のバイクの比ではなくF1マシンでもここまでではないだろう。
だがバイクが異常なら搭乗者も異常、そのため耐えられないはずはない。
十数分弱走行していると騎士の言った通り船が傾いた状態で停止していた。
「あれがそうか、本当にあの人の言った通りだ」
青い触手が船体に絡み付き、おそらく海底に引き摺り込もうとするのだろうと見当付けたシャインはユーレニルからフェルスへと形態を変えて船に乗り移る。
「この触手が船体を引き摺り込もうとしてるのか。船が沈没する前に切らないと」
「そんな真似させると思ってるのかい?」
レグルスクローで一本目の触手を裂き次に取り掛かるシャイン。
触手自体強度は大したことはなく順調に行くかと思われたが背後から妨害を受けシャインは、手すりにもたれかかるように崩れ落ちた。
「まさか君がここに来るなんて予定外だよ。ラナを倒して来たのかそれともラナがいつもの気まぐれを起こしたか、その真偽はともかく…困るなあ邪魔してもらっちゃあ、こっちにも都合ってのがあるからさ」
そう柱の影から歩み出たのはイルカをそのまま体現させたような怪奇な存在。
戦に敗北した奴隷を束縛する為に使われた鎖と捉えた餌を刈り取るに相応しい鋭利な鎌の機能を、兼ね備えた…鎖鎌と呼ぶべき武器を手に遊ばせながらリスティヒが言い放つ。
「これはお前の仕業か、青いサーヴァントってことはまた誰を利用したんだ!」
「半分正解かな」
「半分だって?」
そう、と聞き返すシャインにリスティヒは答え淡々と説明する。
さも雄大に自分の叡智をひけらかすように
「君の言うとおりこれは僕の仕業だ。でも今回は人間を利用していない。あの触手は砕いた魂石をばらまいてそれに食い付いた海洋生物だし、僕はディムやラナと同じ闇から生まれたサーヴァントさ」
ディムとラナ、どちらも現存のソウルでは一筋縄ではいかなかった手練れ。
彼らと同等の存在ならば実力も軒並みならぬというのはわかりきっていた。
それだけでも手こずるのにその上時間との戦いでもある。
シャインは目に見えぬ重圧がのしかかるのを肌で感じながらも、リスティヒに相対し跳躍を行う。
「だったら倒すまでだ!」
降下と共に火花と閃光拡散し、レグルスクローと鎖鎌が己の敵を制圧せんと拮抗した。
が、続けても無意味と予測したシャインが攻撃手段を変更し身体を捻って回し蹴りをリスティヒの横腹に叩き込む。
よろめき体勢を直されるより前にシャインは懐に潜って鎖鎌を握る腕を取ると、肘打ちからの背負い投げを決める。
狙うは短期決着。いかに速く間髪入れずに攻撃を炸裂させ戦闘不能に追いやるか、それが勝敗を分かつ絶好条件なのだ。
「やるねえ。だけどそう簡単にやられる僕じゃない」
「ぐっ…ううっ!」
起き上がり様にリスティヒが伸ばした鎖がシャインの首に巻き付き、ギシギシ締め上げていく。
呼吸を制限され息が詰まるシャインは振りほどくべく、鎖に手を添えて持てる腕力で引きちぎろうと試みる。
しかし最悪なことにその最中に触手のせいで、船体がより急激に傾き仰向けに倒れてしまう。
足場が傾斜となりまともに立つのもままならなくなってしまい、海面に落下するのを避けようと踏ん張るもその間も首を圧迫されている。
これでは死刑囚が刑を執行されているのと同じ状況だ。
「これはいい。呼吸ができずに窒息するのが先かそれとも鎖を切って落ちるのが先か、どっちになるかな?」
リスティヒが露骨に余裕の顔色を浮かべて愉悦に浸っていた。
この状況はまずい。
乗客と船員が1人残らず船もろとも海の藻屑となるのも時間の問題だ。
頼みの綱の新たなライダーも元凶と思われる敵によって窮地に陥っている。
この状況を仕組んだ敵も万事上手くいったと大層満足していることだろう。
だがどんな用意周到に練られた計画でも予期せぬ事態に最初から対処することなど不可能…例えば自分たちが認知していない第3者の介入などには
「これ以上海で好き勝手を許すわけにはいかん…親父の愛した海で、命を散らせるなどあってはならない」
男は腰に構えた両の腕を天に垂直に伸ばしそのまま緩やかに流れ、全身で『大』の字を作るように左右の腕を斜めに移動させた。
「大…変身!」
そして掛け声を発すると共に左腕を腰に、右腕を胸の前で風を切るように持っていくと迷いを見せず海中へと身を投じた。
「急がないと、みんなが!」
「他人の心配をしてる余裕があるのかな」
シャインの神経を逆撫でする言葉をぶつけるリスティヒは更に鎖を引こうと力を入れたその時、船を束縛する触手が前触れなく海に消え戒めから船体が解き放たれる。
「な、何だ!?誰の仕業だ!」
予定が狂ったのだろう。
数秒前とはうって変わって狼狽を露にするリスティヒ。その動揺から生まれたチャンスを利用しシャインは鎖をレグルスクローで両断し、満足な間合いを取る。
そして彼もまた答えを探るべく海面を見やると、身の丈を優に越える水しぶきが沸き上がりその中からある者が飛び出し船に着地した。
潮風に揺らめく黒いマフラーと手袋、何物をも通さぬ赤い胸に額に煌めくVを2つ合わせた機械的な銀の仮面をした戦士。
「あなたも…仮面ライダー?」
「俺は―」
戦士はベルトより剣状の武器を引き抜き己の名を空に刻む。
「Xライダー!」
X
10人ライダー5番目の勇士、仮面ライダーX