夜中の廃工場では、ここのところ敗戦が続き苛立ちを募らせているディムとそんな彼とは対をなして冷静沈着なミュランがいた。
「ミュラン、お前のサーヴァントもやられたみたいだな」
「ええ、残念だわ」
「それにしちゃ随分と落ち着いてるじゃねえか」
ディムからの指摘を受けたミュランはふふっ、と軽く笑い腕を組む。
妙に落ち着いている彼女が今のディムには神経を逆撫でしているように思え、手元にある鉄パイプにその怒りの
矛先を向け鈍い音を立てて、形を変える。
頭に血が昇りつつあったディムであったが、そんな彼が期待していた願いをミュランが言った。
「そんなに体を動かしたいならシャインと戦ってもいいわよ」
「どうしたいきなり。こないだは焦るなとか言ってたくせに」
「もちろんあの方の復活は優勢事項。それには人間から負のソウルエネルギーを集める必要がある、でもシャインが邪魔をしては収集に手間がかかるわ。だから早い内に倒しておいた方が得策…まだ本来の力が戻ってないとはいえ、現段階では私よりもあなたが力が上、だからあなたの方が適役なの」
そう言われたディムは腑に落ちないと言いたげな態度を取り、考え込むような仕草をする。
確かにミュランの言う通り、今の段階での実力はディムの方が数段上だ。
ある戦いが原因で彼らは一度敗北し、かつての強大な力を失っていた。
その失った力を回復する行為こそが人間からサーヴァントを生み出し、絶望や恐怖などの感情から発生する負のソウルエネルギーである。
またそれは、彼らが崇拝するあの方の復活に必要なものでもあるのだ。
「分かった。お前の望み通りやってやる」
「任せたわ」
ふん、と鼻を鳴らしディムは影に隠れるように歩き去って行く。
暫しの静寂が周囲を包んだ後、ミュランもまた何処かへと歩を進めた。
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(どうして…どうしてこうなった…)
彼は自分が置かれている状況にただ率直に一言そう思った。
そんな彼に浴びせられる視線は非常に痛々しい種類のものばかりで、非常にいたたまれなくなる。
逃げ出したくなる気持ちが沸き起こるも、彼は行動に移そうとはしなかった。
いやできない理由があったのだ。
(痛い痛い視線が痛ーい!…早く、早くして~!)
しかし何も起こらなかった。
心中で発した悲痛な叫びは見事に裏切られ、彼はわなわなと肩を震わす。
その上、気のせいか彼が浴びている視線の数が増えている気がした。
涙腺が緩みダムが決壊しそうになったその時、彼が待ちわびた瞬間が訪れる。
「すいません待たせてしまって」
「いや大丈夫それよりなあっ!!?」
背後の声に振り返った刹那、白い何かを…見てはいけないものを見てしまった。
それを視界を通して脳が認識する寸前で、彼はすぐさま首を反らす。
「どうしたのですか?キラさん」
「それよりカーテン閉めて!服!服着て!」
彼-キラは今下着売り場にいる。しかしただの下着売り場ではない。
そこでキラは見てしまった…ミヅキの下着姿を。
息を荒くしながら赤面しているキラに、更なる災難が降り注ぐ。
「この店で不審者がいるとの通報を受けて参りました」
「お巡りさんあの人です!見るからに怪しいでしょ!?さっきなんて試着室の女の子の下着見て興奮してたんです」
「君ちょっと話を聞かせて貰えないかな?ここじゃなんだから署の方で」
「ちょ誤解です!」
「言い訳は後でゆっくり聞くから。さあ大人しく来るんだ!」
「だから違いますってえええええぇぇぇぇぇ!!?」
通報を受けた警察官にキラは誤解を解くべく弁解を試みるも、場所が場所だけに1度生まれてしまった誤解は晴れない。
そのままキラはなす術もなく連れて行かれてしまった。
何故こんな悲劇が起こってしまったのか
それを確かめるためにほんの数時間だけ時間を遡ってみよう。
3時間前の風心館。
ことの始まりはツボネのこんな一言であった。
「キラくん。ミヅキちゃんの服買いに行ってあげてくれる?」
アキヒロが作った朝食のフレンチトーストをキラは二日酔いによる頭痛に耐えながら、黙々と食べていた。
ここに運ばれた時のミヅキが着ていた服はところどころ破れていたため捨ててしまい、代わりに彼女が着ているのはツボネのお古。
それでは可愛そうだとツボネは思ったのだろう。
「いいですけど僕役に立つか分かりませんよ。女の子の服とか選んだことないですし」
「でも年の離れた私やアキヒロさんよりも年が近いキラくんの方が適役じゃない」
そう言われてしまえば断るのも気が引けるというものだ。
それに外に出れば何か思い出すかもしれない。
可能性は低いだろうがやらないよりはましだろう。
キラはそう思いながら残ったフレンチトーストを放り込む。
「分かりました。じゃあもう少ししたら行きます」
「お金は後で渡しておくから、似合うの選んであげてね」
ツボネとの会話を終え朝食の席を立つと、キラは私服に着替えミヅキとショッピングモールへ出かけた。
さっそく女性服を買うために店の前に行き着いた時、キラはミヅキにいくつか質問をする。
「動きやすいのがいいとか何色がいいとか、好みってある?」
「いいえ、ありません」
「じゃあスカートとショートパンツだったらどっちがいい?」
「…スカートとショートパンツって何ですか?」
屈託のない笑顔で質問を質問で返されキラは閉口してしまう。
記憶喪失とはいえまさか、スカートとショートパンツという、女子なら基礎知識であるはずのものすら分からないとは。
こうなれば自分がしっかりしなければと強く心に決め、キラは店に並んである服を一通り見渡す。
「今は6月だから夏も着れる服がいいかな。だったら色は水色とか白……駄目だ…やっぱりちょっと不安だ。すいませーん!」
「どうされましたか?」
「この娘に合う服を探しているんですけど。特に好みはないみたいで困ってしまって」
「なるほど、それでしたらこちらのお洋服は如何でしょうか?」
1人ではどうにもならず女性店員の力を借り、服を2,3セット程見繕った。
店を出る際「せっかくだから着てみてはどうだろう」とキラと店員が提案したため、ミヅキの服装はかなりの変化を遂げた。
トップスは白と上にピンク、下半身は水色のスカートと年頃の女の子らしい服装に進歩。
ミヅキ本人の素材が良いだけに、モデルみたいだなとキラは感じながら、ツボネから渡されたメモをポケットから取り出す。
「服も買ったし化粧品も買った後は……」
「どうかなされましたか?」
「いや大丈夫。心配しないで……」
「顔がひきつってますが?」
「大丈夫、ほんと…大丈夫だから…」
そうは言うもののキラの顔には、焦燥感が第三者が見ても分かる程ににじみ出ていた。
しかしミヅキは鈍いのかそれとも素直なのか、気にせず辺りの風景にキラキラした目を向ける。
一方でキラはメモに書かれている、ある一つの言葉に戦慄を覚えざるを得なかった。
その文字は--下着
「嘘…でしょ…」
考えても見てほしい。
同性ならまだしも男である自分が女性の下着売り場に姿を現したらどうなるか
事情を知らない者から見れば不快感しか感じないだろうし、仮に何の感傷も持たれなかったとしても逆にこちらが辛いというもの。
ミヅキ1人だけ店に行かせ自分は店の外で待つという手段もできなくはないが、先のあの服への感心と知識の無さを考慮するとなるとそれも難しい。
つまり、自分が店内まで同行し下着を選ぶのが最善の策。
たった数秒でこの結論に至った時、キラはがんじからめなこの事態をひたすら恨んだ。
むしろメモを書いた時点で、こうなることに気付かなかったのだろうかとツボネに疑問を抱いた。
「なるほど故意にやったのではなく事故だったと…正直に本当のことを言ったらどうだ」
「だから今言ったことが本当ですって」
「嘘つかなくてもいいんだぞ。男なら誰だってそういう時期はある、だが限度を弁えないのはどうかと思うがな」
「…いい加減にしてくださいショウイチさん」
「冗談だ」
警察署の取調室では覗きの現行犯を逮捕したと部下からの報告を受けたショウイチが、その犯人として連行されたキラを取り調べていた。
ショウイチの言動は冗談だと分かってはいるのだがこうも一方的に言われっぱなしというのも、気分が良くない。
ここは少し仕返しをしてやろうと、キラの脳内に悪い考えが浮かぶ。
「ったく、紛らわしいことを」
「そういえばショウイチさん」
「何だ?」
「八代さんとは、最近どうですか?」
「な、何だいきなり?」
「仕事熱心なのもいいですけどたまには一緒にいる時間を作ってあげないと、いつまで経ってもゴールインできませんよ」
今は関係ないとショウイチは話を切ろうとするがキラはそれを許さない。
むしろショウイチの反応を楽しむがために追撃の手を緩めない気がする。
「八代さんもショウイチさんも三十路ですからもう結婚していてもいいと思いますよ。逆にこれ以上先のばしにしたら八代さんに見限られてしまうかも」
「おい、ちょっと待て今それ関係ないだろ!」
「僕はショウイチさんが心配だから言ってるんです!このままだとショウイチさんよりも今のところ特に相手がいないソウジさんに先を越される未来が-」
「やめろおおおおおおおお!!」
ソウジ、その名前が発せられた直後にショウイチは喉がはち切れんばかりの絶叫を上げる。
そしてキラの肩をがっしりと掴み、一気にまくし立てながら懇願した。
「やめろ、分かった。こないだのおでん代もチャラでいいし八代との時間もできるだけ作るようにする!だから、頼むから…ソウジが先に結婚するとかシャレにならない冗談はやめろ!」
「いや、あのおでん代は払いますよ…ていうかあなたどんだけソウジさんに対抗意識燃やしてんですか?」
「………俺は昔からあいつに負けてきた…成績でも100m走でもカラオケでも、しかも最近では見た目年齢でも負け始めた。俺があいつより勝ってるところなんかないんだ!」
「そんなことありませんよ、ショウイチさんが他に勝ってるところもっとありますって(カラオケは本当酷いけど……ショウイチさん思いっきり音程外してるのに気付かないんだもんなぁ……)」
酒を一滴も口にしていないはずなのにまるで酔い潰れたかのように、ショウイチは普段話さない自分の過去を話し始めた。
キラはいつもの彼との違いに戸惑いながらも、ショウイチを慰めようとする。……心の中で失礼なことを思いながらではあったが
「だってほら!ソウジさんって機械とか使うの苦手じゃないですか」
「大学のレポート出す時、パソコンから適当に拾った俺は3回もやり直しで、あいつは図書館とかで時間かけて調べて一発合格…」
「…ソウジさん結構人見知りですよ」
「それでも女子からチョコ段ボール一箱に近い分量もらってた…俺6個だったのに」
「……あ、とは…収入…とか」
「それは俺とあいつの違いじゃなくて、警察官とおでん屋の違いの問題だろ」
「すいませんでした……(うわー!全部的外してるどころが傷口に突き刺さってるーー!!)」
これはさすがに救えない。
いつの間にかショウイチを弄っていたキラが彼のフォローをしているが、全て失敗。
それどころか逆効果になるという哀れな結果に終わる。
というよりも、暴露された過去のショウイチの惨劇はキラからしてみれば至って普通だろう……ただ無駄にソウジがハイスペックなだけだ
最もそうだから余計に気にくわないのだろうが
「ちきしょぉぉぉぉ!!どこで間違えたんだ俺の人生はああああぁぁぁぁ!!」
「落ち着いてショウイチさああん!」
もはやそこに大人としての威厳など一片も存在してはいなかった。
その後やたら騒がしい取調室を不審に思ったであろう八代淘子に、二人揃って説教を受けたのは言うまでもない。
1時間後に無罪放免で取り調べから解放されたキラは、憂鬱な気分を抱えたままショッピングモールへの道を歩いていた。
「はあ、やっぱり軽はずみな気持ちで馬鹿にするもんじゃないな」
「おや、キラさんじゃないですか」
「え、ああ、ワタル君か」
背後からの声に振り向くと学生服を着た小綺麗な少年がいた。
その顔には大人顔負けの冷静さと育ちの良さが出ている。
彼はワタルと言い、近隣の中学校に通う一年生だ。
いつもは幼なじみのアスムと一緒にいるはずだが、今は若い男性と一緒にいる。
「学校はもう終わったんだ。アスム君は今日一緒じゃないの?」
「はい、今日は避難訓練の日なので。アスムはカズマさんが迎えに来ました」
「そっか、じゃあその隣にいる人が」
「そういえばキラさんにはまだ紹介していませんでしたね。」
そう言うとワタルは隣に控えるように立っていた男性に目をやる。
ワイルド系のスーツ姿の男性はワタルの視線の意味を察したのか、1歩前に足を踏み出し名を名乗った。
「次狼だ。ワタルから話は聞いている。よろしく…」
「涙奏キラです。こちらこそよろしくお願いします」
キラも名を告げ握手を交わす。
すると突然次狼の表情が好意的なものから一転し、強張ったものへと変わる。
「貴様…よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだな」
「!……それはどういう…?」
耳元で囁かれた怒気を含めた言葉にキラは、冷たい氷を思わせる寒気を感じた。
だが次狼はそれだけ言うとワタルの隣へと戻り、最初に見た時と同じ表情をする。
ワタルはそれを認識すると次郎を連れてその場から離れた。
「それではキラさんまた」
「あ、うん。また…」
呆気に取られていたキラは無意識でありながら反射的に返事を返す。
今の次狼とのやり取りに猛烈な違和感を覚えながらも、本来の目的を思い出し歩き出した。
その30分後、キラはショッピングモール付近の道を歩んでいると、不意に何かを感じ取りその方向に目を細めた。
すると視線の先にある木の影から、緑のジャケットの1人の男が姿を露にした。
「久しぶりだなぁ、シャイン」
「…誰だ」
「そういやお互いこの姿で会うのは始めてか…」
底知れぬ不快感に警戒を強く持ちキラはドライバーを腰に巻き、メダルをセットする。
男も相手が戦いの準備を行ったのを見ると人間の姿から異形のものへと姿を変える。
その姿は、屈強な黒い鎧を体に纏った緑色のカブトムシ。
ビートルサーヴァントは大剣を右手に真っ直ぐキラへと向ける。
『かつてお前に倒されたリベンジをさせてもらおうか』
「何のことか分からないけど、やるしかないみたいだな……変身!」
〈フェニックス!レグルス!アビス!……フェ・ル・ス、フェルス、フェルッス!〉
シャインも変身を終えると戦闘の構えを取り、右にゆらりと動き出す。
それに吊られるようにディムもまた、同じく右にゆっくりと足を進める。
『むぅん!』
「はあっ!」
そしてほぼ同時に足が止まり両者は飛び上がった。
書きたいことが多すぎてあんま進まなかった……
後2話ほどでこの話を終えるようにしよ