『対象がいない?』
「あぁ、残念ながらな。変装だとかそういう可能性も全部調べたが、その情報屋さんとやらはいないぞ」
インカムから投げかけられた中空知さんに、面倒臭さを隠す気もなく俺は吐き捨てた。中空知さんが困惑するのも仕方ないが、事実は事実だ。
「β班、狙撃班、ちゃんと見てたのか?」
と、仲間が苛立ちを隠さずに言うが「逃がしていない」と返答が返ってくる。
考えることは苦手だが、考えざるを得ない状況だ。軽く深呼吸をして状況を整理する。
出入口を固めていた。俺たちが突入する前からそれはしてあったことだろう。じゃあ、出入り口以外の脱出経路は?
上からならば、ヘリが必要だ。隣のビルへは5mほど。周りのビルの方が低いとは言え高低差もそれほどはないので、跳んで移るには陸上選手並みの運動神経がいるだろう。
ならば、下はどうだろう。出入口を固めていても、窓は開けられる。ただし、窓ガラスを開けたとしても、路地を通れば嫌でも出入り口付近には顔を出すことになる。その顔を出した瞬間に気づかないようなことはないと思う。
「まったく、誰のせいで逃したんだ……」
『さぁ、誰だろうなぁ』
周囲の雰囲気が悪くなり、下手をすれば口論になりそうなので、俺は一旦指示を出す。
「とりあえず、捕まえた奴らから話を聞こう。俺はちょっと周囲を調べてみるよ」
そう言って、周りを見回す。
特に変わりのない、コンクリート製のビルだ。周りに鉄製であろう低い目の柵があるが、それ以外は特になにもない。
俺はそのフェンスに近づきじっくりと見る。
が、特にこれといって何もない。強いて言うなら、一部塗料が禿げたばかりなのか金属光沢の見える部分があったくらいだ。さっきの発砲による産物だろう。
「おーい、康介、来てくれ」
と、一人が手招きをしてきたのでそちらに近づく。
「どうした?」
「いや、こいつがさっき康介が調べていた場所から対象が降りていったと……」
「降りて行った……って言うのは、ロープか何かを使ってか?」
「そのようです」
「だが、降りていったなら、周囲を警戒してるやつらの目につくとおも――」
何か、何かが引っかかる。
そして、閃いた。
「不知火、この建物の周囲を調べてくれ。マンホールを重点的に」
『なるほどね……。わかったよ』
『マンホール……。なるほど……』
下は下でも、地下となると……話は少し変わってくるだろう。
結論として、2分と立たずにマンホールは見つかった。それも、開けた形跡のあるマンホールだ。
ご丁寧にすぐ近くにマンホールオープナーを見つけた。
『でも、マンホールが見つかっても、出る場所がわからないんじゃ意味がないんじゃないかな』
不知火の言うとおり、マンホールは腐るほどある。都内で人気の少ないところと条件を絞ったところで、このメンツでカバーできる数ではないだろう。だが、
「出る場所はわからなくても、あと二つ条件を足せばそれで一気に絞れる」
『あと二つ?』
「開けてある、あるいは開けかけのマンホール。それと行動範囲。それだけでいい」
俺は再度捕まえた男に問いかける。
「情報屋が降りていったのは何分前だ?」
「お前らが来る20分前だよ」
「俺たちが来るっていうのは、建物の前に来た時か、それともここに突入してきた時か、どっちだ?」
「突入してきた時」
「情報提供、ありがとよ」
そう言って俺はインカムに問いかける。
「今の条件で移動可能範囲を割り出せ。範囲内のマンホールで、人気の少ないところを一周りさせろ。開いているものか、開けたばかりのマンホール以外は全て放っておけ。一応、30分で移動可能な範囲から幅を狭める。周囲の狙撃班にも動いてもらうぞ。今は猫の手も欲しいくらいなんだ」
『なぜすべてのマンホールを調べないんですか?』
「簡単なことだ。普通、マンホールの間には砂が詰まっててオープナーなしでは開けられないんだよ」
『なるほど、ではその条件で絞り込みます。α班の方は至急入口に戻ってください』
「了解」
人気のない裏路地、工場地帯の暗闇の中、マンホールが少し浮き上がり、ズレる。
重い鉄が地面を削る音が止み、マンホールのなかから、ひとりの男が顔を出す。
「ふひひ、ここまで来れば、流石に大丈夫だろう……」
そう言って男はマンホールの蓋を元に戻す。
「やぁ、情報屋さん、こんな時間にマンホールの中からこんばんわなんて、斬新な登場ですね」
「だ、誰だ!」
と、三流芸人顔負けのセリフを返してきたので、俺は思わず苦笑した。
「しがない貧乏武偵だよ」
と、俺は物陰から顔を出す。
「な、なんで……」
「いや、ご丁寧にマンホールオープナーを置いていってくれたんだ、そりゃわかるだろうに」
「やはり処理しておくべきだったか……クソッ」
「で、このまま投降するか? それとも、逃げ惑うか、どうする?」
俺がそう言うと、男はズボンのポケットに入れてある銃を抜く。
その動作に俺は身構えるが、男は銃を持ちながら両手を広げる。
「なぁに、抵抗はしないさ。ただ、投降もしない」
「ほぅ?」
「取引をしよう。ちょっとした情報を売ってやる。値段は俺を逃がす時間だ、安いもんだろう?」
『やめろ! そんな話に乗るな!』
と、インカムから聞こえて来るが、俺は小さく「俺に任せておけ。『演出』は頼んだぜ」とだけ言っておいた。
「いいだろう。その取引、受けてやるよ」
「フッ……」
と、男がしてやった顔になるが、俺はそれを気にせず言う。
「ただし……」
と、俺が言った瞬間、背後のサーチライトが一斉に点く。
「俺一人との取引だなんて思ってないよなぁ?」
サーチライトの眩い光を真正面から受け、男にとって本来なら眩しさに目を覆い隠したくなるような光景だろう。だが、男の目は見開かれていた。その表情はまさに『絶望』といったところか。
そんな男に俺は追い打ちをかける。
「さぁ、お前が提示するのはなんだ? 嘘の情報か? 架空の仲間か? 偽の証拠物品か? ありもしない犯行予告か? 何も起きない座標か? さぁ、どれだ? ついでに――」
俺は懐からラーマM82を取り出し、情報屋に向ける。
「俺たちから渡せるのは弾か手錠しかないんだが、どうする?」
男はその場に座り、両手を上げた。