射撃のレーンに入った俺は、地べたにマットをひいて、その上に寝転がる。
「先輩、ふざけてるんですか!」
「……」
と、外野2名が何か言いたそうな(1名は既に言っているが)表情をしているのがわかる。
「ふざけてはいないさ。これは『クリード・モア・ポジション』って言うんだよ」
俺もこれを教えてもらうまではふざけた撃ち方だと思った。だが、実際はそうでもないのだ。
人気の少ない……もとい、ほとんどない屋外射撃場に、一際大きな銃声が鳴り響く。周りが静かなせいで、特にその銃声が大きく思える。
俺はフリーダムアームズM2008の左側についたレバーを倒し、薬室を開く。
中から308win弾の空薬莢を取り出し、続けざまに新しい弾丸を入れ、薬室を振って閉じる。
そのまま俺は適当に片手で50mと書かれたボコボコのスチール製ターゲットに狙いを付ける。
スコープの中のクロスがターゲットに重なり、静かに止まる。正確には止まってはいないが、些細なブレだ。
そのまま軽くひと呼吸置いて、引き金を絞る。
響き渡る発砲音。そして、放った弾丸は、スチールターゲットに当たり、気持ちのいい金属音を鳴らす。
だが、
「やっぱ、手が痛い……」
使う弾薬が308winなだけあって、その反動は9パラなんかとは比べ物にならない。最初の数発ならば耐えれるが、流石に何発も撃っていると倦怠感を通り越した痛みが襲う。
「今日はこの辺にしておくかな……」
そう思って俺が振り返ると、レーン後方に、同じ武偵校の制服を着たポニーテールの女子……とは呼べない。むしろ女性と形容するような人が壁にもたれながら俺を見て微笑んでいた。いや、むしろニヤついていた。
(とりあえず……気にしないでおこう)
そう思いながらイヤーマフを外し、片付けを始めようとすると、その女性がこちらに歩いてきた。その腰には余分にベルトが巻いてあり、若干見えにくいが後ろにパンケーキ・ホルスターが付いている。ホルスターには、当然のことながら銃が入っている。種類はグリップしか見えずわからない。
武偵高校の女子は大抵スカートの中にホルスターを付けいる。が、この女性はホルスターを見せるように付けている珍しいスタイルをしていた。
「よう、辛そうだな」
「あぁ。というか、いつから居たんだ?」
「少なくともそっちが撃ち始めたころにはいたよ。ところで――」
女性は俺の手に握られているM2008を見て、
「ちょっとその銃貸してみろ」
と言ってきた。特に断る理由もなく何の抵抗もなく渡す。
「なるほど、シングル・ショットか……」
そう言いながら、薬室を開け、中身を見る。
「口径は308win、銃身はざっと14、5、6インチか」
一通り、M2008を眺めたあと女性はにやりと笑い、
「おい」
「うん?」
「こいつの楽な撃ち方、教えてやるよ」
M2008を弄びながら女性はそう言った。
「こういう類の馬鹿にパワーを持て余したピストル、ハンドガンはダブル・ハンドで構えたにしても手や腕に思い切り反動が襲う。ワン・ハンドならなおさらだ」
俺は、今見ず知らずの女性に講習を受けている。いつの間にこうなったのかを知りたいが、あえて気にしない。
「アメリカにメタリック・シルエットっていう射撃競技があるんだが、それにはこいつ――シングル・ショットのハイパワー・ピストルやリボルバー、オートマチックが使われる。その理由は単純明快」
女性は仰向けになりながら、少し笑う。
「重い鉄板を弾き飛ばすためだ」
「いや、だからって寝転んだら狙うも何もないだろ?」
「まぁ、見てろよ」
そう言って女性は両膝を立て、足を開き、左腕を頭の後ろに回しす。
「ちょっとばかり特殊だが、その競技で見られる格好でな。オレは向こうで何度か見たことがある」
銃身を右ふくらはぎに載せるようにして、何かやりやすいような体勢を探るように動いている。
「えっと、一体何をして……」
「とりあえず、一発だ」
瞬間、鳴り響く銃声。同時に跳ね上がる女性の腕。急なものでかなり驚いた。が、確かに聞こえた。銃声のあとに響く金属音。スチールターゲットに当たったのだろう。
「クリード・モア・ポジション――射撃姿勢の一種だ。やり方さえ気をつければオートだろうが、リボルバーだろうが何だってやれる」
女性は弾の当たったターゲットを見ながら満足げに言った。
とりあえず、女性がやっていたように、膝を立てた状態で寝転び、左手を枕のようにして銃を右足のふくらはぎに添えるように構えてみる。だが、
「とてつもなく狙いにくいんだが」
なんとも言い難い違和感を感じた。スコープを覗き込むにも高さが若干足りなく感じる。
「そりゃそうだ」
と、女性が楽しそうに笑うが、どこが楽しいのか俺にはわからない。今の俺はそんなに滑稽に見えているのだろうか。
「目線の高さは左手の指で合わせるんだよ」
「指で……ねぇ」
俺は言われたとおり、スコープを覗き込む形を保ったまま、左手の指を立ててみる。すると、今度は若干高すぎるように感じた。
「むぅ、調整が難しい……」
「まぁ、しばらく格闘すりゃあいいさ。そのうちいいポジションが見つかるだろうから」
そう言われたとおり、俺は指の高さや当てる位置を探る。
「お?」
少し違和感があるが、今までで一番狙いやすいであろう感じにはなった。
「それで撃ってみろよ」
そう言われたので、俺はさっきと同じ50mのターゲットに狙いを定める。まだ違和感は消えなかったが、問題なく狙いをつけれた。そしてそのまま、軽く引き金を絞る。
すると、腕が跳ね上がる感覚が襲い、今日だけで何度聞いたかわからない射撃音と金属音が聞こえる。だが、
「……あれ、反動……」
ついさっきまでの反動が嘘のような、そんな軽さがあった。
「一応、この撃ち方はワン・ハンド――片手撃ちなんだが、嘘みたいだろ?」
「あぁ。こいつは驚いたな」
実戦では使いにくい……というより、使えないだろう。だが、覚えておいて損はないだろう。
それから少し教えてもらったり、直してもらったりしながら数回弾を込めて射撃を繰り返す。が、腕の痛みはさっきまで撃っていたのが響いているような感覚で、それからさらにひどくなることはなかった。
ふぅと一息ついて俺は礼を……、
「とりあえず、ありがと……な?」
言おうとした。が、少し考えて欲しい。俺は寝転んだ姿勢。女性は当然立っている。そして、武偵高校の女子の制服はスカートが短い。ということは……、
「ま、暇つぶしも兼ねてたからな。ちょうどいい退屈しのぎにはなったよ」
あっけからんと笑いながら言うが、俺の視線には気づいていないようだ。
(そもそも俺はいつまで見ているんだ)
そう思いながら目線を逸らす。
「ん? どうかしたのか、妙にドギマギして――」
そこまで言って、女性も気づいたようだ。途端、その頬が少し上気する。
「あ、いや、これは見えてしまったわけでぇ!?」
謝ろうと……もとい、言い訳をしようとした俺の言葉は、突きつけられた銃口で止められた。
「この野郎……」
「ほ、ほんとうにすみませ――」
今度こそ謝ろうとした俺に対して女性はスウッと息を吸い込み、
「手と足の指全部詰めてから東京湾の底へ沈めてやろうかと思うんだが、どうだ」
ドスを効かせた声で問いかけてきたので、俺は素直に答えておく。
「み、ミナカッタコトニシマス」
素直じゃないと思うかもしれないが、ここで変なことを言うと、本当に恐ろしいことになりそうなので、これでいいと信じたい。
すると俺の言葉に女性は鼻で笑いながら言った。
「まぁ、いい――おい、何やってんだ早く立てよ。オレはチラチラ他人様に下着見せるような趣味はねぇんだ。ほら、とっとと立て」
また『悪い冗談』を言われない内に、俺は見る場所に気をつけながら立ち上がる。
そして、右手に持ったM2008のセフティを掛け、ホルスターにしまう。
女性も満足そうな顔をして、持っている銃――4.25インチのコマンダーのような見た目ながら、グリップ後部が丸まっている銃――をホルスターにしまう。そのしまう瞬間にスライド側面部に『Guardian』とだけ書いてあり、チェンバーには『9mm』と記載されていた。
「ともかく、ありがとな、えーっと」
なんだかんだで名前も知らないまま教えてもらっていたことに今更気付いた。
「美帆だ。市木美帆。クラスは二年のD」
「市木美帆……か。覚えておくよ」
俺が言うと、市木は俺に背中を向けて
「じゃあな」
と、そのまま去ろうとする。なので俺は
「おう。またな」
とだけ言っておいた。それに対して市木は手をヒラヒラさせながら歩いて行った。
その時に教えてもらったクリード・モア・ポジションが、こんな形で役に立つとは思わなかったが、最近ではだいぶ慣れていたのでちょうど良かった。
初めて教えてもらった時とは違い、自分にあった体勢をすんなりと見つける。
そして、そのままターゲットサイトのど真ん中に狙いを付け、引き金を絞る。
あの日と同じように腕が跳ね上がり、その割にゆるい目の反動を感じる。
空薬莢の入ったM2008でターゲットサイトを見ると、弾丸は多少ズレながらもど真ん中、10点の範囲に入っていた。
それからは、半分作業というのが正しいだろう。弾を込めて撃つ。ただそれを繰り返し、最後の1発になった。ついでに、弾丸は全て10点の範囲に入り、その場所が少し大きな穴になっていた。
(そういえば……)
狙いをつけながら俺はぼんやり考える。
(あの時の市木さんの……パンツ、香織のと同じようなのだったな)
狙いをつけた瞬間、引き金を絞る。と、同時に、
(何を馬鹿なことを考えているんだ、俺は!?)
なんて考えてしまった。要は、集中が途切れたのだ。
絞ろうとしていた指は止まらず、そのまま弾丸は飛んでいく。が、最後に見た。若干ずれたところに狙いをつけてしまったという事実を。
戻ってきたターゲットサイトを見て俺は嘆息した。
『48点……!?』
と、2人が驚いているのは分かるが、本音を言えば言い訳をしたい。集中が途切れなければ50点を取れたと。
ともかく、なんだかんだで俺は神崎の勝負に応じ、勝ったのだ。
「これで、満足か?」
俺が神崎に問いかけると、神崎は少し何かを考えるようにしたあと、俺の方を見て、
「約束だものね。これ以上は何も求めないわ」
「オーケー。それじゃ、俺は帰るぜ」
そう言って、俺は今度こそ片付けをはじめた。
陽は既に、東京のビルの隙間に隠れつつあった。
市木美帆というキャラは、自分の実の先輩であり、師であるハインケルという人のキャラです。なので、回想のセリフ等々は、スカイプで一緒に練ったものなので、違和感を感じるかもしれませんが、ご了承ください。