次の日、香織は起こしには来ず、1人で朝食準備から何から何までやっていった。
昨日のことは嬉しくないこともなかったのだが、朝食の準備くらいなら毎日のようにやっていたのであまりどうとも思わなかった。
いつものようにゆっくりと準備をしてのんびりと登校した。
だが、そんな平和な時間は、学校に行った瞬間にかき消された。
教室に入って、俺は相変わらず多い視線にさらされるのだが……。
(うん? なんだかいつもと見てくる目つきが違うな……。いつもは妬みを含んだ目なんだが)
その日の視線には、妬み以外にも何か畏怖のようなものが含まれていた。
なぜそんな目で見られるのか、気にならないでもないが、教室の出入り口で止まっている訳にもいかないので、自分の席まで気にせず歩く。
すると、例のごとくすぐ横の席に座っている太樹が俺に話しかけてくる。ただし、小声で。
「おぅ……、一体何したんだ? お前」
「知らん。知ってれば俺もこんなに困惑しない」
「お前それでも困惑してるのか」
「見て分からないか、この困りきった顔を」
そう言って太樹の方を睨みつけるが、
「すまん、いつもの顔だ」
「俺は無表情キャラだったっけか?」
自分に自覚のないキャラ付けというのはよくある話だが、無表情キャラになるようなことはないと思うのだが。
「残念ながら、お前は無表情というよりは無気力キャラだ」
「なんだ、そのまま俺じゃないか」
「そういうことだ。いつもと変わらない、気怠そうな顔ってことだよ」
「そりゃどうも」
褒め言葉でないのはわかっているが、皮肉で答えてやる。太樹はその返答に苦笑しながら俺に続けて問いかける。
「それで、今日も香織はお前の部屋のベッドの上か?」
「なんで昨日よりもそれらしい場所になってるんだ。それに、今朝は香織は部屋に来ていないよ」
「へぇ、じゃあなんで来ないんだろうな」
「お前の情報力で調べろ。情報科だろう」
言い忘れていたのだが、太樹は情報科のCランク武偵だ。よく俺と香織のバックについてもらっているのだが、時々指示に精神論を織り交ぜてくるので、情報伝達に齟齬が生じる……といった感じの理由でCランクに落とされている。
実際、俺と香織はその精神論のおかげで任務を成功させれているのだが。
「残念ながら、俺は情報科であって、ハッカーでもないし、情報屋でもないんでね。入ってきた情報を選別するくらいしかできないんだよ」
「まぁ、多分そのうち来るだろう」
「そうだな」
すると、教室前の廊下に何かが着地する音が聞こえた。そして、その数瞬後、
「おっはよー!」
元気な香織が教室に飛び込んできた。
クラスの一部の人がぼちぼちと挨拶する中を悠々と歩きながら香織は俺の席の隣に来る。
「おぅ、香織。おはよう」
「おはよー、コースケ」
なんてことはない、いつもの朝の光景だ。
「おはよう、香織」
だが、
「で、コースケ、今朝聞いた話だけどさー」
太樹の朝の挨拶は無視である。ノリで。
「うぉい! なんで俺は無視されているんだ!」
「えー、だって太樹くんはコースケのオマケじゃん」
「俺の扱いひっでぇな!」
「まぁまぁ、太樹。抑えろ」
「うぅ、ここは康介に免じて許してやる……」
「太樹の扱いがひどいのはいつものことだし」
「そうそう。いつものこと……って、あれぇ!?」
「些細なことだ」
俺がそう言うと、太樹は押し黙った。いつものことだと、やっと割り切ったのだろう。
「ところで、香織さっきどこから来たんだ?」
廊下で着地音が聞こえたことと、先日の声の発信源から、大体の予想はしていたのだが……。
「窓から入ってきたんだよ、すごいでしょ。エッヘン」
相変わらず、野生児のような運動神経である。
そっちについては俺の予想通りだったので、話題転換をする。
「で、今朝聞いた話ってなんだ?」
「あ、そうそう。コースケ、昨日神崎さんと勝負したんだって?」
その香織のたった一言で、クラス中の視線がこっちに向いた。あからさまに顔を向けてはいないが、盗み見、盗み聞きをする体勢に入っている。周りの会話は聞こえるが、1段ボリュームを下げたのもわかる。
「んー? 勝負……なのかなぁ」
あれは勝負と言ってもいいのだろうか。
「で、その勝負で勝っちゃったって、本当?」
「いやー、俺が勝てるわけないじゃないかー」
周りがなんだか怖いので、俺はしらを切ることにした。
「えー、なんだかすごい噂になってるんだけどなぁ……。コースケが神崎さんに挑まれた勝負で勝ったって」
「そんな馬鹿な話があるかよ。俺はAと言っても所詮は底辺だし、向こうはSランクの神崎さんだぞ? 勝負するまでもなく負けだって」
俺がそう言うと、周りの盗み見などの雰囲気が少しゆるくなった。安堵のようなものが感じられるあたり、俺に対してどんな気持ちを持っているのかよくわかる。
「でもさー……」
俺の言葉に、まだ反論しようとする香織。これ以上の材料は、神崎か間宮に聞かない限りこれ以上の情報は出てこないだろう。
クラスの聞き耳を立てていた連中も、かなり気を緩めていた。だが、
「その話、神崎さんに聞いたんだよねー」
なんて香織の一言のせいでクラスの空気がまた一瞬で張り詰める。
俺は背中に嫌な汗を流しながら、香織に言う。
「へ、へぇ。神崎と友達だったのか? 香織……」
「ううん。今朝普通に話しかけられただけなんだけどねー」
「そ、そうか」
クラス内の視線や意識が、完全にこちらを捉えるようになってきた。
(なんでこうも、目立つのかなぁ)
そんな時、朝のSHRのチャイムが鳴り響いた。
(助かった……)
俺はその日、クラスの痛々しい視線に晒されながら授業を受け続けた。
そして、自由履修の時間に入った途端、俺は教室を飛び出していた。後方から「逃げるなー!」「話を聞かせろー!」などという言葉が聞こえてきたが、全力で走り続けた。装備科の方へ……。