デート・ア・ライブ error bugs   作:warabe

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第二話 ささやきは毒のように

 精霊の出現ポイントとその個体の識別を済ませ、データを司令室へと送った円錐。そのまま基地内の自室へと直行した彼は、ベッドに身を横たえて目を瞑る。そして……。

 

 

「あの人形はそろそろ交換時期だな。さっきの跳躍で足の機構がイカれた」

 

 

 そう言いながら目を開けた円錐は、自分のいる場所がDEM日本支社内の自室だということを確認した。正確に言うならば彼の本体はずっとここにいたのだ。先程までASTの基地で活動していたのは遠隔操作された人形。

 

かつて《ナイトメア》時崎狂三を出しぬいたものをさらに発展させたモデルで、人の体温や血流などのバイタルサインから指紋・瞳孔の形まで本物と見分けがつかないレベルで再現した代物。

 

 紅坂円錐はこの人形を各所に設置することであたかも瞬間移動しているかのような活動を可能としていた。そのため天宮市内ならば自在にそれらの人形を操って作業を行える。

 

 ただしコスト上の問題でイギリス本社と日本支社を行き来する際は当人が移動する。時崎狂三との初遭遇時こそロンドン本社のラボから日本にある人形を操作したが、実は本体からの命令伝達に深刻なタイムラグが発生して操作に支障をきたしており、あり得ないくらいの電力を食っていた。

 

ブービートラップや特攻魔術師の起動といった重要な操作こそ人形からの電気信号で行えていたが、仮に狂三が円錐人形をあの時もっと注意深く観察していたならば、動きがやや緩慢だったことから人形とバレてもおかしくなかったのだ。

 

 そういう訳で現在は日本支社の自室兼ラボに設置された専用のコクピット型ポッド――中に横たわることで人形を操作する顕現装置と直結できる――によって天宮市内の人形を操作するに留めている。関節部などがよく壊れるのでしょっちゅう取り替えており、故障した人形はロンドン本社のラボへと輸送して修理または破棄される。

 

廃棄処分になった人形をサンドバッグ代わりにくすねて夜な夜な粉砕している不届き者が社内にいることは余談。決してその人物は最強という言葉にこだわりを持っていたり、ショートケーキのイチゴに執着したりしていない。まして執行部長ではない。ないったらないのだ。

 

 

「そんじゃ囮代わりのASTが現場に到着したわけだし《プリンセス》への攻撃準備でも始めようか? ……おっと、その前に『ほうれんそう』だな」

 

 

ポッドから身を起こしてヘッドセットを外した円錐はラボ内にあるモニターを点け、ロンドンの本社へと通信を入れる。寝起きで不機嫌そうな少女の顔が画面に映る。

 

 

『こちらはまだ朝の4時過ぎなのですが? 一体何事ですエンスイ』

 

「精霊《プリンセス》があと数十分ほどで天宮市内に出現するという報告、そしてその精霊に対する干渉を行う許可を得るための確認だよ、エレン・M・メイザース執行部長」

 

 

 叩き起こしてしてやったぜ、ざまあみろと言わんばかりのスマイル。今すぐにでも日本支社にいる円錐を強襲したくなるのを抑えながら、エレンは円錐をモニター越しに睨む。この恨みは彼がロンドンに来たときトレーニングルームでのマンツーマンで晴らすと彼女が固く誓ったのは言うまでもない。

 

 

『それで? 手に負えないからと私に泣きつき、私の安眠を妨げたのですか貴方は?』

 

「寝言は寝てから、戯言は永眠してから言ってくれ。オレが聞きたかったのは《プリンセス》を反転させてしまっても良いか悪いか、それだけさ」

 

『大きく出ましたね。それだけ言うからには具体的な案があると考えても?』

 

「精神攻撃で追いつめて心を殺すだけだ。超常の力を持っていようとその心の在り方は思春期の少女そのものだからな」

 

 

 そう言って円錐はモニターに折れ線グラフを表示させた。

 

 

「これは《プリンセス》の精神状態を表しているグラフだが、現界するたびにどんどん悪化しているのが分かるはずだ」

 

『随分と酷いことになっているようですね』

 

「で、その原因をオレなりに考察してみたワケなんだが」

 

 

 さらに円錐は《プリンセス》についての資料をモニター画面に表示させる。それには件の精霊が現界中にした行動、会話、表情、仕草が事細かに記されていた。

 

 

「《プリンセス》はその存在を否定され続けたことから世界からの拒絶を感じており、常に気が狂いそうなほどの疎外感・孤独感に苛まれているとオレは結論付けた」

 

『なるほど。正面切ってねじ伏せるのではなく、搦め手で追い込むのですね』

 

「そう、奴自身が自分を完全否定するような状況を整える。脚本・舞台演出・大道具・小道具、全部オレが担当するコメディーを楽しみに待っていて欲しい」

 

 

 そう言って円錐はどこからか取り出したカチンコを鳴らした。相手が人間の心を持っていると理解した上での血も涙も無い発言。どう相手を甚振ってやろうかという嗜虐的な感情が弧を描くように歪んだ口元から窺える。彼の頭の中ではどう《プリンセス》と呼ばれている少女を痛めつけてその心を殺すかが、円錐にとって面白おかしく描かれているに違いない。

 

 そんな部下の様子を見てエレンはため息をついた。彼女は標的を仕留められるのであればさっさとトドメを刺してしまうので、円錐のようにその過程を楽しむことは無い。少なくともDEMの任務とあればそこに遊びを持ち込んだりはしないのが彼女の在り方だった。

 

 

『そうですか、《プリンセス》も哀れですね。貴方のような悪魔に目をつけられるとは。ところで肝心なことを聞いていません。仮に《プリンセス》を反転させることに成功した場合、どうやってそれを捕獲するのですか?』

 

 

 自身に、ひいては自身のいる世界に絶望しての反転だ。破滅願望の具現化である反転精霊が、絶望することになった理由である世界を破壊しにかかるのは目に見えている。そのパワーは反転前とは比べ物にならない凄まじいものだと円錐もウェストコットから聞いていた。どう考えても円錐個人の力では抑えきれない。

 

 

「そのことなんだが。ラタトスクの連中がここ天宮市内にやたらといるから、そいつらに足止めしてもらおうかと考えている。ラタトスクが《プリンセス》を抑えるのに失敗して痛手を負ったならそこをDEMが《プリンセス》もろとも連中を潰せばいいし、逆にラタトスクがその手札を切って対応してくるならこちらは向こうの手の内を知れる」

 

 

 ラタトスクとは精霊を殺すのではなく対話による平和的解決、さらには精霊の保護を目的に動く組織である。顕現装置の製作技術においてはDEM社を上回るアスガルド・エレクトロニクスを母体にした団体で、DEMにとは敵対関係にある。

 

精霊と仲良くという発想自体がDEM社からしてみれば馬鹿馬鹿しいことこの上ないし、そのリーダーはDEMのCEOウェストコットのもとを離反した者だという。その詳しい内容を知らない円錐も、ラタトスクのせいで天宮市内の改造や監視機器の設置に支障が出ていたので鬱陶しく思っていた。反転した《プリンセス》の足止めを彼らに丸投げすることで負担を減らそうと円錐は考えたのだ。

 

 

『つまりは他力本願、と。貴方らしく情けない案ですがまぁいいでしょう。アイクにも伝えておきます』

 

「CEOによろしく。それはそうとオレが悪魔ならアンタは何だろうな? 湖の乙女とでもいうつもりか?」

 

『ふふ、分かっているではないですかエンスイ。それでは良い報告を待っていますよ』

 

 

通信が終了される。

 

 

「……喜怒哀楽の激しいポンコツという中傷のつもりだったのだが。まぁいいか」

 

 

頬を掻きながら円錐は手元のコンソールを操作した。空間震の現場映像がモニターに映る。丁度おあつらえむきに円錐が経営するレストランチェーン「ワンダーガーデン」の支店が空間震で抉られたクレーターの目と鼻の先にあり、その入り口に置かれたマスコット人形が監視機器としての役割を果たしていた。

 

 蝙蝠の姿をしたその人形にはカメラ、マイクはもちろんの事、霊力反応や魔力反応を察知するセンサー類が満載であり、子供連れの客向けに「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」と機械音声で挨拶する機能、強盗に催眠光線を発射して警察署に自首しに行かせる機能、害虫をレーザー光線で撃滅する機能までついている。ともあれ円錐はこの人形のおかげで独自の監視網を持っている。

 

 映像の中ではASTにおける円錐の弟子、ミリィの友人である少女が《プリンセス》と対峙していた。その少女、鳶一折紙は殺意と憎悪を載せたレイザーブレイドを精霊の少女に向けて振るう。精霊が持つ絶対の防御《霊装》と呼ばれるドレスによってその攻撃は防がれるものの《プリンセス》の顔が歪む。

 

 

『あなたは災厄。あなたは害悪』

『あなたが存在することは許容されない』

 

 

 折紙が先ほどから呪詛のように口にしているのは《プリンセス》と人間が呼称している少女への否定。存在すること自体が罪であるという弾劾にして拒絶。しかも折紙は両親を精霊によって殺された過去を持つ精霊への復讐者。淡々と紡がれるも、その言葉に込められた殺意の濃度は他のAST隊員たちとは比べ物にならない。そしてそれは容赦なく精霊の少女の心に突き刺さってゆく。

 

 

「そうそう、その調子で《プリンセス》の心をズタズタにしてくれ鳶一折紙。ホントに復讐鬼は使いやすくていい。さぁてオレも煽りに加わりますかね」

 

 

 そして円錐は空間震で倒壊した建物に隠してあった機械を起動させた。それはスピーカー。音声に指向性を持たせて特定の人物にしか聞こえないように、あたかも幽霊に声をかけられたかのように聞こえる特別性。それを使って円錐は、毒を注ぐのだ。

 

 

『見たまえ、壊れた街を、打ち砕かれた平穏を! なんと酷いことだ』

しゃがれた老人の声で。

 

『こわいよっ。どうしてこんなことをするの?』

幼い少女の声で。

 

『アナタさえいなければ! アナタが壊した! アナタが来たからこの街は!』

若い女性の金切り声で。

 

『君は精霊。いるだけで周りを傷つけるバケモノ』

少年の無感動な声で。

 

『なんて罪深い、なんておぞましい。君はいてはならないのだっ』

芝居がかった青年の声。

 

 

《プリンセス》の耳元に年齢も性別もバラバラな声の爆弾が降りそそぐ。全て円錐が変声機で自分の声をいじったものに過ぎないのだが、ただでさえ傷ついた少女にとっては猛毒だった。

 

 

「黙れ黙れ黙れッ! 消えろぉぉぉぉぉ!」

 

 

 死にもの狂いでそれを振り払おうと剣を振り回す《プリンセス》の様子を見て円錐は腹を抱えて笑う。

 

 

「死ぬまでオレの手の上で狂い踊れ、盤上の駒共!」

 

 

 そうやって円錐は《プリンセス》と呼ばれている少女がASTと戦っている様子を観察し続ける。スピーカーを使った工作はここまで。これ以上はラタトスクに気付かれかねないからだ。もう何度もラタトスクの工作員にそういった機器を破壊されているし、DEMの監視網を妨害するシステムを使っているのか一向にその尻尾がつかめない。

 

 やることも無くなったので、円錐はとりあえず《プリンセス》が隣界に消失するまで傍観することにした。彼は喉が渇いたのかミネラルウォーターで喉を潤し、さらに北海道産のバタークッキーをかみ砕いた。次に噛み砕いて踏みにじるのは精霊の少女だと嗤いながら。

 

 

「―――――――――!!」

 

 

 《プリンセス》が上げた声にならない叫びについても、円錐は気にも留めなかった。もっともその精霊の少女のSOSはとある少年によって受け止められることになる。そしてその少年が、円錐の思惑を滅茶苦茶にするのをまだ誰も知らない。

 

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