デート・ア・ライブ error bugs 作:warabe
カチ、カチ、カチ。時計の秒針が動く音。片目に時計を宿す少女は嗤う。彼女の手には時計の長針と短針を表すかのような長さの異なる二挺の短銃。返り血を浴びたかのような朱いドレスと美しき黒髪。この世のものとは思えないほど美しいその少女は手に構えた銃の狙いを一人の人間に定めていた。
「これはこれは《ナイトメア》、わざわざオレのラボに襲撃をかけて来るとは。どういう風の吹き回しかな?」
照準を付けられている人間、紅坂円錐はいつもの人を喰ったような調子で眼の前に現れた最悪の精霊へと問いかける。現在彼はDEM社の日本第二支部ビルに来ており、その屋上階にある自分のラボで山高く積まれたCR‐ユニットのメンテナンスをしていた。もっともその作業は《ナイトメア》の襲撃で強制的に中断させられている。
円錐が考案した新型のCR-ユニットは性能はそのままに従来のものより重量や燃費を軽くした代物で、彼発案のものにしては使いやすいと好評だったのだが、構造が従来のユニットよりも繊細かつ複雑になっておりメンテナンスが困難になっていた。
その問題を解決すべくまずはメンテナンスを自分一人で全て済ませ、さらには他の凡百でもメンテナンスができるよう改良を加えるという予定だったのだが。どういう訳か突如として社内の床が漆黒の影で覆い尽くされ、社員たちが円錐を除いてみな失神させられた。
現在社内で動いている人間は、自動的に起動したラボの防衛機能で守られていた円錐一人だけである。あいにく日本第二支部に、精霊に対抗できるような実力を持った魔術師はいなかった。
「知れたことですわ。ここのところやたらと魔術師さん達がわたくしに物騒な武器を向けてくるので、その大元を断ちに来ました」
「なるほど、兵器開発の責任者を殺せばそれも無くなる、そう思ったわけか。精霊が手ずから殺しに来てくれるとは光栄至極、技術者冥利に尽きる。なにせ何度も君をミンチにした武器を作った成果を、君自身が認めてくれるというのだからな!」
「よく口が回りますわね。孤立無援で絶体絶命だということを理解していますのアナタ? それにわたくしには人間が勝手につけた呼称ではなく時崎狂三という名がありますの」
彼女の言うとおり、この場で動ける人間は円錐だけ。彼が普段頼りとしている機器や
「安心してくださいまし、お聞きしたいこともありますしすぐには殺しませんわ。ゆっくりと、お話しましょう?」
「はて? オレが持っている情報で君の知りたいことがあるとは思えないが・・・・・・」
「くひひ、それはわたくしが決めることですわ人間」
「それもそうか。それはそうと時崎狂三」
「あら、なんですの?」
「そこに立っていると、危ないよ」
「かはっ!?」
口元の歪み・・・・・・嘲りを隠そうともせずに円錐が言うや否や、狂三の身体を立て続けに強い衝撃が襲った。後ろに吹き飛ばされながらも体勢を立て直した彼女は、自身へ攻撃を加えたモノを見て絶句した。床や壁を突き破って複数のロボットアームと、それに取り付けられた機関銃がその銃口を覗かせていたからだ。
「ブービートラップ! わたくしを誘い込まみましたの!?」
「さぁどうだろう? 精霊がカチ込んで来たら儲けものだと思って構築したが、早速役に立つとは思わなかった! 奇遇なことに昨日完成したばかりなんだよ、コレ」
白々しく円錐がくつくつと笑うのを見て狂三は歯噛みする。社内の壁や床から突き出ている対精霊用機関銃の数々。それらが放った弾丸は、精霊が誇る絶対の鎧たる霊装を貫通することこそできなかったが、着弾時の衝撃で狂三を怯ませることに成功していた。
自動的に敵を捕捉し銃撃を以て制圧するよう造られた対・侵入者用の高性能センサーとそれに連動した備え付き武器。今までこれらが沈黙していたのは精霊《ナイトメア》こと時崎狂三のデータを収集を円錐が優先させていただけに過ぎない。
「エレン・M・メイザースが不在という情報を流したのもアナタですわね!」
彼女を狙って放たれる銃弾をよけながら狂三は叫ぶ。円錐はそれにますます笑みを深くする。
「見事に引っかかってくれてありがとう。おかげで君という精霊を一人捕まえることができそうだ。というかSNSにあげたアレを知ることができたということはスマホでも持っているのかな?」
さらに壁を突き破って出てきたガトリング砲による追撃を建物内の吹き抜けへと飛び降り、狂三は頭上1㎝を通過する弾丸の嵐をやり過ごすが、今度は横にあった柱がいきなり爆発して尖った破片をまき散らしす。たま下へ下へと逃げて行った狂三は気づくと地上階の社員食堂にまで来ていた。
そこには彼女が展開した「時喰みの城」と呼ばれる、それを踏んでいる人間の寿命を吸い取って狂三の力とする影の結界により、昏倒させられたDEMの社員たちが大勢倒れている。しかし、狂三がそこに降り立った途端、先ほどまで倒れていた社員たちがゆらりと立ち上がった。
「今度はなんですの!?」
「ア嗚呼唖ああ、データ照合、精霊《nightmare》をカクニン。特攻シまス」
「おーとパイロっと、起動します」
その社員たちは呂律の廻っていない状態で機械的に喋ったかと思うと、CR‐ユニットを展開してレイザーブレイドや機関銃を手にして狂三に襲いかかってきた。焦点の合っていない目は虚ろで、目、鼻、口から血を流しながら常軌を逸した怪力で狂三に斬りかかってくる。構えている銃の反動で腕の骨が砕けているのも意に介さず銃撃を続けるものもいた。
「くぅっ!」
「2年前、君に送りつけた人間爆弾の改良版さ! 普段はなんの変哲もない日常を送っている人間が、電気信号一つで生きた兵器と化す、こんなサプライズそうそうないだろう!? ちなみに室内なので自爆はさせない、安心したまえ」
いつの間にやら同じ階まで下りてきていた円錐は、空中を飛びまわって右往左往している狂三の姿を眺めながら満足そうに頷いた。その頭の中はもう、どういう風に狂三という精霊を使って実験をしようかと考えている。彼の手によって戦闘マシンと化した社員たちには目もくれていない。潜伏式洗脳プログラムを稼働させられた特攻魔術師の末路はどのみち死あるのみだからだ。彼らは知らずのうちに脳へ魔力処理を施され、円錐の手駒と化していた。
もっとも円錐の笑みはいつまでも続かなかった。
「っ! 少しわたくしの動きを止めただけでいい気にならないで下さいまし! 行きますわよわたくしたち!!」
「なっ」
狂三がサッと右腕をあげると床や壁に底の見えない闇が広がり、そこから彼女と同じ顔、恰好をした少女たちが無数に姿を現す。彼女たちは数にモノを言わせて先程まで銃撃を繰り返していた銃火器を破壊し、襲いかかる社員たちを殲滅してゆく。
体の一部や頭部を吹き飛ばされて動かなくなる個体もいるものの、少女たちの数が減る様子は微塵も無い。防衛システムが破壊され、手駒が撃破されてゆくのを見ながらやや唖然とした様子で円錐が呟いた。
「・・・・・・随分とたくさんのそっくりさんがいるんだな?」
「「「くひ、くひひひひひひ! わたくしたちはわたくしたちですわ」」」
「驚きまして? これがわたくしの切り札のひとつですの」
殺しても死なない精霊《ナイトメア》。その実態は際限なく現れる分身によるものだった。本体を叩かなければ無限にその同じ顔をした少女たちの軍勢は襲来する。円錐が起動させた特攻魔術師たちも、「時蝕みの城」の漆黒の闇に捕らわれてその中に呑まれて消えた。彼女は人の時間、すなわち寿命を喰らうことで力を得ているのであり、下手な魔術師をいくら差し向けようとも彼女の餌にしかならない。
「・・・・・・不死身、偏在、分裂。いくら殺しても死なない理由をこちらなりに考察していたが。分身を使っていたのか」
「さぁ多勢に無勢ですわよDEMの技術者さん? もうお得意の罠は品切れですの?」
無数の狂三たちから銃口を向けられた円錐は両手を上げて降参の姿勢を取った。
「精霊の力を舐めていた。CEOが言っていた通りこれは常識では測れない。認めよう、
「今回は? いいえ、次回は訪れませんわ永遠に」
円錐の言ったことを否定するように銃声が響く。
「アナタはわたくしの求めている情報を持っていなさそうですし、何より不愉快でしたわ」
頭部に弾丸を撃ち込まれた円錐の身体が前のめりに倒れる。見る見るうちに床に血の海が広がっていった。これでDEM日本第二支部において動く人間は皆無となった。情報は得られなかったものの、敵の牙城の一つを壊滅させたことで良しとしようと狂三は自分に言い聞かせる。
「さぁ、いきますわよわたくしたち。長居は無用ですわ」
狂三が分身体たちを影に納め、踵を返してその場を立ち去ろうとしたその時。
「まァ待ちタマえよ、せい、レイ」
突っ伏して動かなくなったはずの円錐が声を上げた。喋るというよりもスピーカーを通したかのようにその声は響く。
「分シん、ヲつかう、のハ、自分だケだとでも、思ったか?」
「人形、ですの!?」
先ほどまで円錐として動いていた身体が立ち上がってその顔をあらわにする。砕けた顔面の下には機械仕掛けの人形の頭部があり、火花を上げながらここにはいない円錐の言葉を伝え続ける。
「オレの本体はロンドンのラボにあるから、ここを探すだけ無駄だと先に言っておく。そういえば自己紹介がまだだったな? オレはDEM社兵器開発部門主任、紅坂円錐。人体実験と破壊が大好きな自他ともに認めるマッドサイエンティストだ。――それでは次に会うときまでごきげんよう、オレのモルモット!」
嫌な予感がした狂三は円錐が最後まで言い終える前にガラス窓を突き破って屋外へと飛び出した。DEM日本第二支部の屋内が爆炎に包まれたのはほぼ同時だった。
轟音と共に円錐の操っていた人形や、ビルの各階に仕掛けられていた爆弾が爆発し、支柱のほとんどを吹き飛ばされてしまったビルが倒壊を始める。外では爆風で危うく地面に叩きつけられそうになった狂三を影から出てきた分身体たちの腕が受け止めて事なきを得ていた。
「紅坂円錐・・・・・・できれば二度と関わりたくないですわね」
狂三は人殺しであり、人を喰う、それは揺るぎのない事実だ。しかし、何の意味もなく誰かを傷つけたり殺したりはしない。だから他者の命をオモチャのように消費してそれを楽しんでいるとしか思えない紅坂円錐のことは断じて認められない。
ガラガラと崩れてゆくビルは火に包まれ、その上階からは爆発の衝撃で意識を取り戻してしまったのか悲鳴を上げながら滑落してゆく人間がいる。両足を瓦礫に押しつぶされて生きながら焼かれる女性がいる。
崩れたビルから落ちた瓦礫が運悪く近くを通りかかったバスを押しつぶした。人の肉の焼ける嫌な匂い。噎せ返るほどに濃厚な血の匂い。悲鳴。たった一人の人間が生み出したその地獄に圧倒されるかのように、狂三は身震いする。そのままその場から姿を消すつもりだったが、「誰かぁ死なせて!」と炎の中からの叫びに顔をしかめて右手に銃を出現させた。
「・・・・・・これは情けですわ」
銃声が一つ。焼死しつつあった女性を狂三が射殺したのだ。これで少なくとも女性の苦痛を感じる時間は短くなった。さらに狂三の影から現れた白い腕が瓦礫に挟まれて動けない生存者をその下から引きずり出して、安全な場所まで動かす。
それらの作業が一通り済むと、今度こそ狂三はここではないどこかへと去って行った。
<原作まであと2年半>