デート・ア・ライブ error bugs 作:warabe
暑い夏の日差しが街に降りそそぎ、テムズ川の水面をキラキラ光らせているロンドンの街の早朝。まだほとんどの市民が起きたか起きていないかという時間帯で、街道を忙しく動いているのは新聞配達のスクーターやミルク配達の電気自動車ぐらいのもので、まだ街の中は物静かだ。そして夏に相応しく徐々に気温を上げていく外気に対し、DEMロンドン本社の会議室の中は絶対零度の雰囲気になっていた。
「日本第二支部は壊滅、そこに配置されていた社員はことごとく死亡、挙句の果てに社屋のみならず周囲へも被害をもたらした! この結果に対し、どう弁明する気だエンスイ・ベニサカ!?」
「……」
会議室にはDEMの重役たちが集まり、<ナイトメア>の迎撃に失敗した結果として第二支部を瓦礫の山に変えてしまった張本人、紅坂円錐を糾弾しているところだった。今声を上げて会議室の机を叩いたのはロジャー・マードック、DEMでもかなり古参の取締役であり、業務執行取締役のウェストコットやそのシンパを激しく嫌っていることで有名な人物だ。
この場にいれば円錐を擁護しているであろうウェストコットと、その剣にして盾である魔術師エレンの姿はない。彼らは世界を飛び回る暴風の精霊〈ベルセルク〉を追って遠征中であり、重役たちは彼らの不在を狙って円錐を詰問することにしたのだ。あわよくば排除してしまうために。当事者ということで円卓の中央に座らされている円錐はただ沈黙している。
「そうだ! 今回の貴様の独断でどれだけの
「…………zzz。……! …………」
こちらは円錐が陥れて破滅させた前・兵器開発部部長ジャック・ウィルキンズの同期にして友人であったエドガー・F・キャロル。友の突然の死に関わっているであろう男を追い落とすチャンスと見てこちらも激しく円錐を非難。それを示すように、エドガーから円錐に人を殺せそうな憎悪の視線が叩きつけられていた。しかし円錐はやはり黙り込んだまま何も言わない。いや、途中何度か寝ていたというべきか。
「どうした、今さら自分のしでかしたことに気づいて恐怖したか!」
「どこの馬の骨ともしれぬこの若造を連れてきたCEOにも任命責任がありますな」
「だんまりということはすべて認めるということかエンスイ・ベニサカ?」
「これはただ解雇するだけでは足りませんな」
「秘匿してきたデータも全て公開させるべきだ」
「………………へぇ」
黙して何も言葉を発しない円錐に、会議室内の空気が円錐を責め立てる物へと変わっていく。調子づいていく重役たちのことを冷めた目で見ていた円錐だが、「データも全て公開させる」という発言が聞こえた時にようやく動きだした。円錐は発言者の方へ顔だけ向けてその目を見据える。さっきまでの眠そうな目はどこへやら、対峙した相手を値踏みする挑戦的な目に変わっていた。
「な、なんだ貴様っ?」
「公開しろ? それはオレの研究内容についてか、ミスター・キャロル?」
「それ以外に何がある!? いくらCEOのお気に入りとはいえ、好き勝手が過ぎる! 研究を隠すのは後ろめたさがあるからじゃないのか
しかし、エドガーの怒りを込めた言葉の弾丸は、円錐の次の言葉でどうでも良いものになった。
「何をおっしゃるミスター・キャロル? 極秘裏にプロジェクトを進めているのは貴方も同じでしょうに」
「っ!? 何を根拠にそんなありもしないことを!!」
「いいや、違うな。貴方が技術部に新型のCR-ユニットを製造するよう指示したのはこちらも知っている。これがその企画書だ」
円錐が手元のタブレット端末を操作して会議室のスクリーンにそれを映し出した。その書面には脳内情報、対人戦闘、特殊能力といった単語が見受けられる。
「さてご覧のとおり、これは人間の脳を模した顕現装置を製造しようという画期的な発想と取組みであり、我らがDEMのさらなる発展に貢献するであろうことは想像に難くない。その成果を独り占めしようとでも言うのかなミスター?」
「このプロジェクトはまだ途上で公開するまでも無いと判断したまでだ! それに……貴様が日本第二支部を潰した事実は変わらないのだぞ!?」
「それもおかしな話だ。第二支部を攻め落とされてしまったのは認めるが、危険度Sランクの精霊相手にどうしろと? オレは技術畑の人間であって執行部長のような最強の魔術師ではないのだが? それともなんだ、仮にアンタがオレの立場であったならどうにかできたのか? 逃げるよりほかに為す術がないと思うが」
顔を真っ赤にして怒鳴るエドガーを余所に円錐は涼しい顔をして答える。そもそも《ナイトメア》こと時崎狂三がDEM日本第二支部を襲った時、その場にいたのは円錐に似せたロボットであって、当の本人はロンドンの研究室にいた。もっとも円錐はあたかも襲撃を辛くも生き延びたかのように見せるため、怪我をしたように見える自分似のロボットを航空機経由で日本から英国へと移動させているが。身代わりのロボットという手札をDEMの重役たちに晒すつもりはさらさらない。
「黙れ! ――CEOのお気に入りだからと言って調子に乗るのもいい加減にしろよぽっと出のヒヨッコが……! DEMに貴様のような機械弄りしか能の無いロクデナシは不要だ!」
コケにされたと感じたエドガーは負けじと円錐を罵倒した。これ以上得体のしれない若造によって手玉にとられているのは我慢ならなかったのだ。他の重役たちもそれに賛同して、そうだその通りだ、と野次を飛ばす。だから彼らは興奮のあまり気づけなかった。円錐の纏う空気がどろり、と不穏なものになったことに。
「オレが、未熟だというのかな?」
半ば独り言のような円錐の呟きに食いついた重役たちの罵声が飛ぶ。
「そうだ!」
「身の程を知れ!」
「今のポストを辞職しろ!」
怒号が飛び交う会議室で、次の円錐の言葉はいやによく響いた。
「どうもアナタ方は勘違いをしているらしいから、ここでハッキリさせておこう」
そういうや否や、なにか鋭利な刃物が風を切る音がした。途端に重役たちの座っていたイスがバラバラになって彼らはたまらず尻餅をつく。さらに見れば彼らの頭頂部の毛がきれいに剃られて宙を舞っていた。
「これは……!?」
「私の大事な頭髪が!」
「何が起きた!?」
先ほどまでの怒声はまたたくまに悲鳴へと変わった。突然の出来事に会議室がパニックになる中、エドガーはこの事態を引き起こした元凶を円錐の右手に認めた。
「それはCR-ユニット用の武装、ノーペイン! 貴様、
エドガーの叫びに円錐は冷笑を浮かべて立っているだけで答えない。彼の右手にはCR-ユニット用の剣、ノーペインの柄部分が握られている。突如イスがバラバラになり頭髪が舞った理由は極めて単純、円錐がノーペインを使って切り裂いたのだ。魔力で編まれたその刃を鞭のように細長くして振るい、イスの足を切断した上で重役たちの頭頂部を剃った。その気になれば全員の首を落とすこともできていたであろう事実に気づいた重役たちは絶句。恐怖からかその面々の顔は青ざめている。
「どうした。若造のちょっとしたイタズラに何を黙り込んでいる? アンタらも
震えあがって身動きできない重役たちを見て、円錐は唇を歪ませて嗤う。右手で剣の柄を弄りながら彼は言葉を続けた。
「今の一発芸はこのたびオレがCR-ユニットの超小型化に成功したことのお披露目だ。ミスター・キャロル、いくらなんでもオレは執行部長みたく顕現装置の補助無しにノーペインを扱えはしない。こいつが胸ポケットに入るくらい小さく、アンタらの目に付かなかっただけさ」
そう言って円錐は左手で胸ポケットからそのCR‐ユニットを取り出す。随意領域の展開を補助し、その出力を増幅させるタイプのものだ。
「流石に出力が弱くて剣一本しか稼働させられないが……」
会議室の出入り口のドアの前に行くと右手のノーペインを起動させてその半透明の刃をそこに向ける。縦と横、二回振るう。次の瞬間、木製の重い扉は四つに切断されて崩れ落ちた。
「何かを切り刻むだけなら容易にできる。……そうそう、今度オレは兵器開発部から執行部へと異動になるから後任はアンタらで決めとけ」
ドア枠にぶら下がった扉の残骸を足で蹴り落として円錐は部屋の外へと足を運ぶ。その間も喋ることは止めない。
「ミスター・キャロル、アンタが何をしようとしているのかは割とどうでもいい。例えそれがCEOへの反逆の準備だったとしても。だが……」
殺意を隠しもせずに円錐はエドガーを睨み据えた。
「次にオレを未熟だの無能だの言ったら、生きたままバラバラに解剖してやるからそのつもりでな?」
蒼白になりながらも怒りと屈辱で震えるエドガーに目もくれず、円錐は退室していった。