「この前ご飯を奢るって話をしたじゃん?」
秋雲が、そわそわしながら朝霜に言う。
正午過ぎ。演習が終わってから、食堂にて二人で話をするのがすっかりと日課になってしまっていた。
「何?やっぱりお金が無いからって、そういう話?」
そんなに期待をしていたわけではないが、朝霜は少しガッカリとしてしまう。その様子を見た秋雲が、慌てたように首を振った。
「そうじゃなくって…、何ていうか、あのね…」
恥ずかしがっているのか、秋雲は中々言い出そうとしない。
「もしかして、愛の告白とか?まいったなぁ、あたい、そういうのはあんまり慣れていないんだよね」
朝霜が茶化すように言うと、
「いや、そういう話じゃないから」
秋雲が冷たく返す。変な所でノリの悪い艦娘である。
「それで、結局何が言いたかったんだい?」
朝霜が先を進めるように言う。ようやく決心がついたのか、秋雲が頷いた。
「これを…、受け取って欲しいんだよね…」
秋雲はおそるおそるといったふうに、朝霜に1枚のカードを差し出した。
「これは…?」
手渡されたカードをよく見ると、手の平に収まる程度のサイズで、銀色のラメで加工がされていた。左下には『朝霜』、左上には『駆逐』と文字が印刷されており、中央には朝霜が不敵に笑っているイラストが施されている。ご丁寧にも、カードスリーブの中に入れられた状態である。
「艦これの…カードを作ってみたんだ。前に、二人で『艦隊これくしょん』って名前をつけたよね?コレクションとか言われちゃうと、何だか収集欲が変に刺激されるというか…。色々創作意欲が湧いてきちゃって、気づいたら作っちゃってました…」
秋雲が照れを隠すように、ペロッと舌を出して見せる。対する朝霜は、カードを凝視したままピクリとも反応が無い。
「とりあえず、朝霜のカードを勝手に作ってみたんだけど…。どう…かな?」
なかなか反応が返ってこない事に不安を感じたのか、秋雲が顔をあげる。
「…すごい」
朝霜がポツリと漏らす。
「へ?」
思わず秋雲が聞き返すと、
「すごい!カッコいいよ!何これ、本当に私なの!?うわー、嬉しいなあ!」
興奮しているのか、すっかりとキャラが崩壊してしまっている。やがて秋雲の視線に気づくと、わざとらしく咳ばらいをして見せた。
「ま、まあ、あたいのカッコよさが十分に引き出せたカードに仕上がっていると思うよ、うん。このカード…、本当に貰ってもいいのかい?」
冷静を装ったつもりでいるのだろうが、すっかりと声がうわずってしまっている。
「もちろん!そこまで喜んでくれるんだったら、私も作った甲斐があったってもんだよ」
秋雲にそう言われるまで、不安だったのだろう。朝霜はほっと胸をなで下ろすと、ウインクをしてみせた。
「ところで…、このカードのあたいなんだけど…」
朝霜が自分のカードを、しげしげと眺めながら言う。
「どうして、右目が髪で隠れてしまっているんだい?確かにあたいは髪が長い方ではあるんだけど、ちゃんと縛ってるからここまで前に垂れてくるって事は無いし。このカードの中のあたいは、右目が見えないままニヤついていて、何というか…、アホの子みたいじゃない?」
自分の事を『あたい』と呼んでいること自体、十分アホの子っぽいのだが。別に秋雲には朝霜を傷つけるつもりは毛頭に無いので、それを指摘するような事はしなかった。
「う~ん…」
秋雲が腕組みしながら答える。
「右目が見えないように描いたっていうのは…、本当になんとなくなんだよね」
「何となく?」
朝霜が思わず聞き返してしまう。
「うん。はじめは普通に描いていたんだけど、何となく物足りなさを感じてしまってさ。色々試してしまった後、前髪で目を隠すようにしてしまった絵が、妙にしっくりと来たんだ」
秋雲が思い出すようにしながら言った。
「ふぅん。クリエーター特有の、凝り性ってヤツなのかねぇ」
朝霜が分かったふうに言う。
「そうかもしれない。自分で言うのも何だけど、手直しした甲斐があったってもんだよ。ミステリアスな魅力のあるイラストになったし、何より、朝霜が気に入ってくれたみたいだからね」
そう笑顔で言われてしまうと、前髪について何も言い返すことが出来なくなってしまった。
「秋雲のカードも作ってあげよっか?」
朝霜が、ふと思った事を口にする。
「私の!?いいよ、そんなの」
秋雲が、首と両手をぶんぶんと振って見せる。それを見て面白くなったのか、朝霜がニヤリとしながら続ける。
「あたいが秋雲のカードを作るとしたら、そうだなあ…、ドヤ顔でピースサインをさせるね」
「絶対嫌だよ!どんだけ自意識過剰な艦娘なんだって思われちゃうじゃん!」
言いながら、露骨に顔をしかめて見せた。
「そうかなあ…、秋雲にはピッタリなポーズだと思うんだけど…」
「そんなカードがもし出来たとしたら、私は恥ずかしさで部屋から一歩も出れなくなるからね!そもそも、お互い自作のカードをプレゼントし合うだなんて、気持ちが悪いっしょ!」
それを言うと、そもそも他人のカードを自作してしまうこと自体どうなのかと思うのだが。秋雲は相当勇気を出してこのカードを渡してくれたのかもしれない。そこまで考えると、朝霜はからかうのを止めた。
「話は変わるんだけど、最近つくづく思うことがあってさ…」
ふと、秋雲が思いつめたような声色で言う。
「私たちって、何だかファンタジーっぽい事をしているなあって。正体不明の敵と戦うために、女の子たちが武装して戦って、それで本当に勝っちゃうってんだからすごいよね」
冗談めかして言っているが、いつになく神妙な顔つきでいる。
「改めて、そう言われてもなあ…」
言いながら、朝霜がぼりぼりと頭を掻く。今さら何を言い出すんだろうという口ぶりである。
「いや、本当にその通りだとは思うんだけど…」
その反応を見て、秋雲が慌てたように付け足す。
「たまに、揺らいじゃうんだよね。私たち『艦娘』って一体なんだろうっていうのが…」
言われて、朝霜の目の端がピクリと反応する。秋雲はその様子に気づかなかったようで、話を続けていく。
「どこかの家庭で生まれ育ったわけでなく、降ってわいたように誕生して。戦うためだけの存在としては、私たちは自意識を持ち過ぎているし…」
ここまで言うと、秋雲は大きくため息をついてみせた。
「勿論、こういう存在なんだと受け入れるしかないと、頭では分かって入るんだけどね。たまに不安で、どうしようもなくなる事があるんだよ」
そう言って、秋雲は弱々しく笑顔を作って見せる。
「秋雲…」
朝霜が不安げに見返すと、
「大丈夫!ちょっと愚痴ってみたくなっただけだから!」
今度は無理やりな笑顔を作って見せた。
「もしかして、今秋雲が書いている物は…、そういう気持ちからだったりするのかい?」
おずおずといった口調で、朝霜が尋ねる。
「うん…。そうかもしれない。元々イラストとか描くのが好きで、漫画みたいなものも描いたりしていたんだけど。転生もののプロットを書いているのは、私の中で自虐的な気持ちが働いているのかもしれないね」
秋雲が一人で頷いた。その様子は、自分に言い聞かせているようにもみえる。無意識的なものもあったのかもしれない。
「それを聞いて、言いづらい話ではあるんだけどさ…」
申し訳なさそうにして、朝霜が言う。
「うん?どうしたの?」
キョトンとした顔で聞き返す。
「今書いてる作品を…、もうやめにしてくれないかなって…」
ギョッとしたように、秋雲が朝霜を見る。何を言われたか理解できないといった様子だ。
「急に…、何を…?」
まじまじと朝霜の目を見るが、とても冗談を言っている風には見えなかった。