Steins;Gate 観測者の仮想世界   作:アズマオウ

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アズマオウです。
評価ありがとうございます。

内容はお察しの通りです。タグにはありませんが、原作と余り大きくは変えません。原作準拠と思っていただいていいです。

1万字越えしてしまいますが、どうぞ。どうしたら文字数カットできるだろうか。


チュートリアル

「ログアウトボタンが……ないよ……?」

 

 まゆりの言葉が波紋のごとく広がっていく。他のラボメンたちは話すのを急にやめて、まゆりに視線が集中する。俺に言いがたい不安感がのし掛かってくる。もしかしたら何かが起こっているのかもしれないという直感が俺の心を曇らせていく。だが、無理矢理それを払うように笑い、まゆりに近づく。

 

「お前の目は節穴なのかまゆりよ。ログアウトボタンがないなどあり得ぬ」

 

 そっかそうだよねーと返してくれることを願いながら俺はいった。だが、答えたのはまゆりではなく、隣にいるルカ子だった。

 

「岡部さん……僕のところにもありません……」

「だから俺は岡部ではなく鳳凰院……いや、どうでもいいか……。ーーーそれは間違いないのか、ルカ子」

「はい……何度探しても見当たらないんです」

 

 二人して俺に嘘をついてこないことは俺がよく知っている。そのせいで俺をまとう不安感が溢れだしてくる。そんな馬鹿なと叫ぶ俺もいれば、ラボメンは嘘をつかないと冷酷に告げる俺もいる。だったら確かめるしか、ないだろう。

 俺はルカ子達に教えた手順でメニューを呼び出す。画面をスクロールさせ、ログアウトボタンのある場所へと繰る。

 だが、あるはずのログアウトボタンはきれいさっぱり消失していた。βテストの時はあったはずの、ログアウトボタンが無くなっていた。

 

「オカリン、あったー?」

 

 まゆりは身を突き出して問う。俺は目を閉じてゆっくりと首を横に振る。癪ではあったが、事実である以上嘘はつけない。

 

 ログアウトボタンが消えた、すなわちログアウトができない。この事が場の空気を一気に重くさせた。俺たちは今、この世界から自発的に出られないのだ。

 そんな中、口を開いたのはフェイリスにだった。

 

「これはきっとバグニャ! ログアウトボタンが突然消えてしまったのニャ! まあ、正式サービスが開始したからこんニャこともあるニャ」

 

 なるほどなと俺は思った。

 確かにバグならば納得はいく。これが仕様であるはずもない。恐らく一度に何万人もののユーザーがログインしたから、サーバーに負荷がかかり、ログアウトボタンが消失してしまったのだろう。初回生産本数が5万本だから、かなりの人間がログインしていると考えていい。

 だが、フェイリスの意見に疑問を抱くものもいた。ダルである。

 

「でもさフェイリスたん。そんなゴミサーバーなら漬け物石行きだお。高々何万人ログインしただけでぶっ壊れるとか、携帯ゲームのオンラインでもあり得ないっしょ」

「でもダルニャン。もしかしたらその強いサーバーを作れなかったとか、じゃないかニャ?」

 

 フェイリスは妖艶な表情を浮かべる。恐らくダルを落とそうというのだろう。だがーーーここでダルは惑わされなかった。

 

「だったら何の為のβテストだお? そういったサーバー強度を測るためのものじゃないのかお? βテストは好評だからサーバー面に関しては問題ないし、それに仮にこのサーバーがゴミだとしてもラグとか一切起こってないお。そんな漬け物サーバーだったらもう動くどころかこうして話すことすらままならないのだぜ、フェイリスたん」

 

 ダルに完全論破されたフェイリスは押し黙った。お色気すらダルが受け付けないとは、余程真剣にこの事態に考えているのだろう、ただ事では、ないと。

 

「……私もただのバグじゃないと思う」

 

 紅莉栖がダルの後に続く。

 

「橋田のいう通り、ログアウトボタンが消えてしまうバグが起こる程度のサーバーならもっとひどいものに仕上がっているはずだわ。でも、こうして私たちは平気でいられている。ということは恐らくーーー」

 

 紅莉栖は顔をしかめ、その先の言葉を出すべきかどうか躊躇っているようだった。こう言いたいのだろう、紅莉栖。

 

「ーーー仕様、だとでもいうのか?」

 

 紅莉栖ははっとこちらを見る。そして、厳しい表情で頷く。

 

「仕様って……どういうことですか、岡部さん?」

 

 呼び名を間違えているルカ子に訂正するよう求める気に今はなれず、そのまま俺は答える。

 

「文字通りだ。初めから……そうあるように、ログアウトボタンがなかったことになっている、ということだ」

 

 俺の言葉に全員が凍りつく。あくまで仮定だが、妙にリアリティがある。自分で俺はいっておいて、震え始めた。もしこれが本当なら、とんでもないことになる。

 

「ということは……つまり僕たちは、閉じ込められたってこと?」

 

 ダルは震えた声で俺に言う。俺はダルの視線から目をそらし、地面を睨む。ここで断定はできないが、栗栖とダルの言うことに俺は非常に納得してしまっている。こんなのがバグであるはずがない、その通りかもしれない。だが……だが……そう断定したくない。俺たちは自発的に脱出できないことを認めたくない。

 

「あくまで……仮定だ」

 

 俺のその言葉は余りに覇気がなく、頼りないものだった。ここで虚勢を張れれば、どんなにいいか。だが、誰もこの空気を壊してくれる奴がいない。

 

「ねえ……岡部くん……質問があるんだけど」

「ーーー何だ、指圧師」

 

 それまでずっと黙っていた指圧師が俺に問う。指圧師の瞳は不安でゆらゆらと揺れているのが分かる。

 

「頭から……ナーヴギアを剥がせば、いいと思うの……。そうすれば……ログアウトできる、はず」

 

 指圧師の意見はもっともだ。確かにそのゲーム機を取ってしまえば、問題はない。だが、それは不可能だった。

 その理由は、紅莉栖が答えた。

 

「桐生さん、確かにいいアイディアだけど無理よ。ナーヴギアは全身の神経をシャットアウトして直接脳に信号を送っているの。逆に言えば、ここで私たちがどうしようと、現実世界の私たちは動きもしないの。だから頭からナーヴギアを剥がせないわ」

 

 紅莉栖の説明に指圧師は黙る。全身は痙攣しており、認めたくないと叫ぼうと必死だ。だが、紅莉栖が天才的な頭脳の持ち主故に、十分に信じられてしまうのだ。

 

「ねえねえ、オカリン。他にどうやって、ロックアウトするの?」

「それを言うならログアウトだ。ーーー他にログアウトする方法は……」

 

 俺は過去に葬り去った記憶を掘り出していく。だがなにも浮かばなかった。ログアウトボタンを押すだけの方法しか、俺は知らなかった。

 

「凶真……あるのニャン?」

「いや……ない」

 

 俺は弱々しく、断言した。それを聞いたラボメンたちは、一斉に顔を俯かせる。一体俺たちに何が起こっているのだろうか。果てには、この未知の世界線にて何が、始まろうとしているのだろうか……?

 

 突然、俺の不安を霞めるように、重い響きのある鐘が空気を揺らした。全員の視線が、始まりの街にある大きな鐘へと集中する。

 

「な、なに……?」

 

 一瞬時間が凝固した気がした。ぴーんと張り詰めた意識と共にゆっくりと揺れる鐘を見つめた。引き伸ばされた時間のなか、俺は鐘の奥にある夕焼け空を見た。金色に光る空は、俺の目を射て、思わず目をつむる。瞬間、空を照らす光は燃えるように輝いて。

 

 

 世界の有り様を、変えていった。

 

 

 

「な、なんだよこれ!?」

 

 突然、ダルの叫びが聞こえたので俺は振り向く。すると、ダルの周囲に青の光の柱が伸びていた。これは、点と点を瞬時に移動できるシステム、《転移》だ。だが、何故だ? フィールドで転移ができるのは特殊なアイテムしかないが、そのアイテムは第一層では手に入らない。ということはこれはまさかーーー。

 光の柱はダルのみならず、まゆりや紅莉栖、指圧師やルカ子、それにフェイリスまでを巻き込んだ。やがて俺にも光の柱が差し、あっという間に視界が白く染まった。

 

 視界が色彩を取り戻す。するとそこには大勢の人間がいた。ここはたしか、始まりの街の大広間だ。近くにラボメンがいるのでかすかに安心したが、先程から嫌な予感がする。そうだ、ねばねばした気持ち悪いものが俺の元へと降りかかってくる感じだ。まゆりの死を何度も経験したときに味わったような、吐きそうになるほど嫌なものが込み上げてくる。

 

「おい、まだログアウトできねえのかよ」

「ふざけんな、GM出てこいよ!」

「早くしてくれよー……このあと約束があるんだから」

 

 俺たちよりも先にこの広場に転移させられたプレイヤーたちの不満は零れ始め、口々に文句をいっている。場の空気が徐々に重く張り詰めたものと化し、息をするのも辛い。

 そのせいか、誰とも知れない人の声が明瞭に聞こえた。

 

「おい……うえ……」

 

 俺は、どこかにいる男の言葉につられて上を見る。すると……空中の一点に赤の横長の六角形が点滅していた。目を凝らすと、《System announcememt》と表記されている。運営告知がようやく始まるということか。このおかしな状況を解決してくれるのを待っていた俺は、安堵の息を吐く。

 だが、その安堵に俺は疑いを持つ。赤の六角形は俺たちを覆う空で一瞬にして展開され、赤に染まってしまった。不安感を煽る演出だ。ホラーゲームでもないこの世界に、このような演出をするのは何故だ?

 それだけではなかった。六角形と六角形の隙間からどろりと粘性のある紅い液体が垂れ始めたのだ。やがて空中の一点でそれは止まり、ローブを羽織った人の形へと変形していく。

 

「一体……何が始まろうとしているの……?」

 

 紅莉栖が呆然と呟く。俺には答えられなかった。こんな酔狂な演出の先に待ち受けているものなど、想像できない。

 新たに姿をローブを羽織った男の顔は黒い靄にかかっており見えない。赤のローブに包まれた体はかなり巨大で、身長10メートルはあるだろう。だが、確かなのはあれはSAOのGM関係者であるということだ。

 

「なんだあれ?」

「GMか。やっと来たぜ……」

「顔ないよ?」

 

 周りのプレイヤーたちも騒ぎ始めた。突如現れた謎の男は黙して俺たちを見下ろしている。だが、しばらくしてその大男は大きな腕をそっと動かした。すると皆の声は嘘のように聞こえなくなった。

 

「プレイヤー諸君、私の世界へようこそ」

 

 低く抑揚の少ない声が大広間を満たす。私の世界、だと? 何を当たり前のことを。あなたはゲームマスターなのだから、それはもはや周知の事実だ。再びざわつき始め、男の台詞に失笑で返すものが多かった。

 俺も思わず失笑してしまった。笑わせやがって。こんな茶番はおしまいだ。俺は、上空に浮かぶ大男に侮蔑の視線を送った。

 だが、次の瞬間、俺の笑いは凍りついた。

 

「私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在だ」

 

 茅場晶彦。その単語は俺の脳に秘められている記憶を瞬時に貫き通した。

 この男は、ナーヴギアとSAOを作ったアーガス社のトップに座する男で僅か20代後半の若き天才物理量子力学者だ。紅莉栖など足元にも及ばないほどの頭脳を持ち、危険すぎるのではと思いたくなるくらいの独創的な考えを持つ。だからこのような世紀の大発明が出来たのだ。だが、何故この場に茅場晶彦が現れるのだ? 直々にこの異常事態を説明してくれるのか? でも、それにしては回りくどい。本来ならばすぐにでもサーバーを停止させ、強制ログアウトさせるのが筋だが、わざわざこんな場所に集める意味はなんなのだろうか?

 だが、そんな疑惑など次に続く言葉で消し飛んでしまった。

 

「プレイヤー諸君は既にログアウトボタンがメインメニューから消えていることに気が付いていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す、これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。即ち、自発的なログアウトは不可能になる」

 

「し、仕様だって……? ふざけてんのかよおい……!」

 

 隣に立つダルが怒りの唸り声をあげている。だが、俺も頭の奥では全く同じことを叫んでいた。今年のクソゲーオブザイヤーは間違いなくこのゲームだろう。

 

「オカリン……何かまゆしぃは嫌な予感がするのです……」

 

 そばにいたまゆりが俺に寄り添う。俺は無意識に彼女を抱き寄せ、安心させるよう努めた。

 だが、この男は、一人の少女の不安でさえ拒み続ける。平坦とした口調でとんでもない発言がまたもやでた。

 

「また、外部からの強制解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合ーーー君たちプレイヤーの脳を高出力マイクロウェーブで脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

 しんと場が静まる。続いたのは、微かな失笑。この男のいうことはスケールが大きすぎる。この男はもしかしたら、よんどしーレベルの中二病かもしれない。だが、それは違うと内から叫んでいる俺がいる。それを否定すべく俺は紅莉栖の方を向いた。

 

「何を言い出すかと思えば……下らない。そんなもの夢物語だ。ゲーム機で人を殺めることができるなど、ありえん! そうだろ、紅莉栖!?」

 

 俺は半ば焦る気持ちで紅莉栖に同意を求めた。まるで、突きつけられた運命に醜く抗うようだった。

 紅莉栖は俺の顔から目をそらす。きつく口を締め、衝動に耐えているようだった。だが、俺はその紅莉栖の様子からも目を背けたかった。もし認めてしまったら……取り返しのつかないことが起きる。そう確信した。

 だが……紅莉栖は意を決して口を開いた。

 

「理論上は……可能よ」

 

 紅莉栖の言葉は、ナイフのように鋭く、氷のように冷たかった。俺たちラボメンを、いや、もしかしたら周辺のプレイヤーまでを巻き込み、微かに望みをかけていた何かが音をたてて壊れた。

 でも、俺という生き物は愚かだ。まだ抗おうとしている。俺は紅莉栖にその根拠を求めた。

 

「どうしてなんだ?」

「ナーヴギアには高出力のバッテリーが内蔵されているの。それさえあれば強力な電磁波を放出して、脳を高速振動させて蒸発させることなんて、オチャノコサイサイなの」

 

 つまり、死を呼ぶ電子レンジということだ。電子レンジはものを温める器具として知られているが、原理は熱風や火による温度の上昇というわけではない。電磁波を送り、対象物を高速振動させてその摩擦熱で温めているのである。この原理を応用すれば、人の脳を干上がらせることなど容易い。

 信じたくなかった。認めたくなかった。だが、紅莉栖の理論と、茅場の平坦な口調が認めろと強く叫ぶ。そして、凶器を突きつけていく。

 

「また、このゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。君たちプレイヤーのHPが0になった瞬間、君たちはこの世界から永久に消滅しーーー」

 

 今度は何をいうつもりだ?

 俺は口を戦慄かせながら、上空に浮かぶ茅場晶彦を見る。暗闇に覆われている茅場の顔面からは表情を読むことはできないが、一瞬ニヤリと酷い笑いを浮かべた気がした。ドキンと心臓がはね、俺は一歩後ずさる。じわじわと生まれる恐怖を味わいながら俺は茅場の続く言葉を、聞いた。

 

「現実世界の君たちの脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

 再び場は静まる。これは現実なのか、それともただの行きすぎた余興なのか。静聴しているプレイヤーはまだ判断しかねているようだった。

 

「諸君らが解放される条件はただひとつ。この城の頂である第100層の最終ボスを撃破すれることだ。見事達成できたらば、君たちのログアウトを保証しよう」

 

 その台詞を聞いたとき、ダルが怒りの声をあげた。

 

「む、無理に決まってんだろ!? βテストのときにはろくに上れなかったって聞いているお!!」

 

 βテストのとき、俺たちはたったの10層までしか到達できなかった。一体何年かけたら100層まで行けるのだろうか……。何故この男はこんなことをするのだ。何故この男は地位や名誉をかなぐり捨ててまでこんなことをするのだ。途方もない条件が課せられ、萎えかけたそのときだった。

 

「最後に君たちに、この事が現実であると感じられるよう、私からのプレゼントを与えた。メインメニューのアイテム欄にあるので、確認してくれたまえ」

 

 プレゼントだと?

 俺は反射的にウィンドウを呼び出し、アイテム欄を確認する。すると、《手鏡》がいつの間にか入っていた。不思議に思いながらそれをオブジェクト化し、手に取ってみる。何てことはない。リアルと余り変わらない俺の顔が映るだけだ。

 ーーーだが。

 突然、周囲のプレイヤーが悲鳴をあげた。振り向くと、周囲のプレイヤーを白い光で覆っている。一体これは……?

 

「うわっ!?」

「な、なに……?」

「わわっ!?」

 

 ダルやまゆりたちにも同じ現象が起こっていた。そしてーーー俺にも光に包まれて、視界が一瞬ホワイトアウトした。

 

 数秒ほどで視界に色彩が戻り、全てが元通りにーーー。

 ならなかった。

 

「ダル……? 何でお前……?」

 

 俺は隣にいるダルをみる。ダルの容姿は、見慣れた巨体に変わった。いや、戻ったというべきか。俺は信じられない気持ちでクリスやまゆり、指圧師、ルカ子、フェイリスを見る。同じく、見慣れた容姿に戻っていた。当の本人たちも困惑している。一体何故なんだと。

 俺も不安になり、手鏡を覗き込む。するとーーー現実世界の、俺の顔がそこにあった。顎に生えている無精髭、歳の割りには老けている印象を持つ容姿、ひょろっとした、弱そうな骨格を持つ顔が見える。

 周囲のプレイヤーの状況も変わっていた。まず、男女比が大きく変わっている。女に成り済ました男の姿もあり、男性の方が圧倒的に多い。しかも美男美女の集団から不細工集団へと下がってしまった。ネトゲの世界から、一気にコミケに来たような感じだ。

 どうやら茅場の思惑は現実となったようだ。ここでようやく、こんな下らないことは現実だと認め始める者が出てきている。

 

「僕の顔がぁーーーー!! 僕の不細工な顔がぁーーーー!!!!」

 

 ダルが絶叫している。いつも能天気なまゆりもさすがに困惑し始めていた。

 

「ねえ……クリスチャン。どうしてまゆしぃたちの顔が現実の顔になっちゃったの?」

 

 まゆりの質問に紅莉栖は答える。

 

「それは……きっとナーヴギアを被ったときにスキャンされたからよ。それで顔のデータとかを取ったんでしょうね」

「でも……身長とか体格とかは、どうなんでしょうか……?」

 

 ルカ子が質問を付け加える。これには紅莉栖も困った。だが、俺はその答えを知っていた。

 

「ナーヴギアに接続する際、テストとして体をあちこちを触らせられたではないか。名前はたしか……キャリブレーションだったな、それで恐らく体格のデータを取ったんだろうな」

「でも……何でこんなことになっちゃったんだニャ?」

 

 フェイリスが怒りに耐えるような表情を浮かべた。俺は黙ってあの男を指差す。

 

「どうせ、すぐにわかるさ。あの男が教えてくれるだろう」

「僕の顔が……僕の……」

 

 俺の予想通り、茅場は言葉を発した。

 

「諸君は今、何故茅場晶彦はこんなことをしたのか、と思っていることだろう。身代金目的の監禁か、あるいは大量虐殺のためか。私の目的はそのどちらでもない。私の目的は、ただこの世界の鑑賞のみだ。そのために私はナーヴギア及び《ソードアート・オンライン》を作ったのだ。そして今、その目的は達成せしめられた」

 

 しんと場は音一つない。内なる衝動を発せずにいる。現実かどうかいまだにわかっていない人間はいるだろう。ラボメンの中にも、受け入れがたいとするものはいるだろう。

 

 でも、これは、現実だ。

 今この場で俺たちは死を突きつけられているんだ。そうーーー俺は街の外にいる、殺意を持つコンピュータを搭載した敵に殺される。瞬間、体は四散して現実世界の俺の脳を喰らい尽くす。リーディングシュタイナーにて引き継がれた記憶も、全て消される。仲間たちの思い出も無かったことになる。

 そう考えた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。なんだよ、ふざけるなよ。荒い言葉が内から溢れ出てくるも、弱々しく消えていくだけだった。奴の見せる現実の前には、一人の大学生の男の声など、聞こえはしないのだ。例え、運命の神を欺いた男であっても。

 いや、もしかしたらこれは代償かもしれない。己のエゴのために、本来の運命をねじ曲げてこの未知なる世界線へと到達した、不遜な観測者に対する代償かもしれない。仮にこれが、俺だけに対する代償ならば、いくらでもうけよう。俺がラウンダーだった世界線でも俺は酷い目に遭ったのだ。これくらいどうってことはない。だが……皆を巻き込まないでほしい。皆まで俺の代償に付け加えないでほしい。俺一人が苦しむようにしてほしいーーー。

 

 待て。

 仲間を殺すことが、俺に対しての代償だとすればーーー。

 

 俺は、笑った。

 誰にも聞こえないような、微かな笑い。薄く、気味の悪い嗤いが込み上げてくる。もはや息だけで笑いながら俺はこういった。

 

 ふざけるな。

 

 お前がこの俺を殺すというならば受け入れてもいい。だが、仲間を巻き込んでいいわけじゃないだろう。俺が命がけで守ってきたラボメンをお前は平気で殺そうというのか? 俺を苦しめようと、平気で全員殺そうというのか。もし世界が、そういう意思を持つとしたら……俺はそれを否定する。騙し、欺き、破壊するまでだ。

 

 俺は、ラボメンを、お前の好き勝手なようにはさせないーーー。

 

 きっと俺は空を見上げ、茅場晶彦に笑う。いや、殺意を込めて、睨み笑ったのかもしれない。茅場顕彦は一瞬ちらっと此方をみたーーー気がした。

 

「では……以上で《ソードアート・オンライン》のチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君、健闘を祈る」

 

 短い激励の言葉を残し、茅場のアバターはスパークを起こして空へと消えていった。天蓋を包む赤い六角形も先程と同じように消滅していった。

 のどかなBGMが鼓膜を揺らし、現実離れした世界の光景が広がっていく。全てが元通りに戻った。その世界を支配するルールは、大きく異なってしまったが。

 俺は立ち上がり、息を吸った。これからまた、戦いが始まる。ラボメンのための戦いが。生き残るんだ。何としてでも。俺はそれをラボメンたちに伝えようと紅莉栖たちの方を向いたのだが。

 

「い……、いやっ!」

 

 ツインテールの少女の小さな悲鳴が聞こえる。それはたちまち、プレイヤーたちの心を刺激した。ようやく自分達はこの世界に囚われてしまったということを、自覚したのだった。 そうなれば当然ーーー。

 

 

「おいふざけんな!! 早くここから出せよ!!」

「帰してっ! 帰してよおおおおっっ!!」

「このあと約束があるんだ! 出してくれ!!」

「いやぁぁっ!! いやあぁぁぁっっ!!」

 

 場は騒然とし、パニック状態になった。人はごった返し、恐怖が伝播する。上空に消えた茅場晶彦に怒鳴りつけるもの、泣き叫ぶもの、暴れるもの、抱き合うものと様々だった。俺はラボメンをとりあえず外へ出そうと、紅莉栖に近寄ったのだが。

 

「いやあああああああっっ!!!!」

 

 聞き覚えのある声だった。これはまさか……!

 

「萌郁!!」

 

 俺はごった返す人混みを掻き分け、声の聞こえる場所へと行く。近くまで行くと、萌郁の姿が見えた。だが、萌郁はどうにか人混みから抜け出し、大広間を出ていってしまった。

 

「くそっ、紅莉栖! 聞こえるか!?」

 

 俺は後ろを振り向きながら、近くにいた紅莉栖に叫ぶ。

 

「え、ええなんとか!」

 

 こんな状況でも紅莉栖は冷静だった。流石は天才少女だ。俺は頼もしく思いながら叫んだ。

 

「最後に俺たちがいった場所へと皆を連れていってくれ! 俺は萌郁を連れてそこへ行く!!」

「分かったわ!」

 

 そう返事するや、紅莉栖は皆のもとへといった。俺は、紅莉栖の後ろ姿を見届けて、人ごみの中へとはいる。秋葉原のスクランブル交差点よりも酷い。俺が経験したなかで一番ではないのかというくらい混雑していた。無理もない。突然自分達は、死の籠へと放り込まれたのだから。

 息がつまるほどに苦しい空間をどうにか抜け出して、指圧師のいる場所へと走る。だが街中にはもう指圧師の姿はない。ということは……萌郁はフィールドにいる。

 

「くそったれが!!」

 

 俺は毒つきながら始まりの街から出てフィールドへとはいる。この辺のフィールド敵は弱い。だが、萌郁には戦闘の基本をまだ教えていない。子供がノコノコとジャングルには入るような行為だ。もし、萌郁がモンスターと遭遇したらーーー間違いなく死ぬ。

 それだけはあってはならない。仮に一度裏切った女とはいえ、ラボメンである以上、俺が守らないといけないんだ。俺は身が裂ける思いで走る。

 

「助けてっ!!」

 

 悲鳴が聞こえた。これは間違いなく萌郁だ。俺は剣をオブジェクト化し、背に装備する。その後走りながら抜き払った。

 萌郁の姿が見える。だが、その近くには、猪形の雑魚モンスター、《フレンジーボア》がいた。レベル1モンスターだが、案の定萌郁は武器すら持っていなかった。そんなプレイヤーでは、勝てない相手だ。しかも萌郁のHPも4割りほどにまで減ってしまっている。

 萌郁もこちらに気づいたようで、俺の名前を叫ぶ。だがフレンジーボアは、萌郁に容赦なく突進攻撃を浴びせた。萌郁は避けることもできず、HPを減らす。あと一撃食らえば、死ぬ量だ。そしてフレンジーボアは追撃を行う準備をしていた。フレンジーボアは、小さな蹄を蹴り、死にかけている萌郁を狙ったーーー。

 

「ブヒィッ!?」

 

 猪は悲鳴をあげた。俺の剣が猪を斬りつけた。猪はこちらを睨み付ける。よし、これでーーー。

 

「萌郁! 早く街へ戻って、最後に俺たちがいた場所へと行け!!」

 

 俺は大声で指示を出した。

 

「岡部……くんは……?」

「俺は大丈夫だ」

「でも……」

「早くしろ!!」

「わか……った……」

 

 萌郁はそれ以上俺に言うのをやめて、走り去った。俺は萌郁が無事に離脱できたことを確認した。

 猪は、せっかくの獲物を取られたことに怒りを抱いているーーーように見えた。だが、俺には知ったことではなかった。俺は剣の柄を握りしめ、地を蹴った。この世界で生き延びるための、最初の戦いだった。

 

 




用語解説です。

・クソゲーオブザイヤー
@ちゃんねるにおいて、年に一度のクソゲーを決めるスレのこと。略称KOTY。過去に四十八(仮)などもノミネートされている。
実在するスレッドで、クソゲー認定されたゲームはずっとネタにされる。

では、感想やお気に入りなどお待ちしております。

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