Steins;Gate 観測者の仮想世界   作:アズマオウ

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アズマオウです!

ランキングに乗りました。皆様のお陰です。ありがとうございます。調子に乗らずに謙虚にいきます。

ではどうぞ! 最初はアスナ視点です。何故か、ね。


ボス戦前夜

 攻略会議が終了した日の夜。トールバーナの町は賑わいを見せていた。明日行われることになったボス攻略に向けての前祝いや士気の向上として酒を飲んでいたり、友好を深めていたりと様々な時間を過ごすなか、アスナは一人路地裏のベンチに座り、食事を取っていた。食事といっても10コルで買える安い黒パン一個のみで恐ろしく不味い。パサパサした生地に、気持ち悪いとさえ思えるほどの固い食感をもつそれはもはやパンではないと思う。ただ、この狂った世界においては、食事など生きるためのツールでしかない。偽りの空腹感を満たすならば、これで充分だ。

 アスナは不味い味を覚悟しながらはむっとかじりつく。ああ、不味い。でも耐えるのだ。死んで燃え尽きるまで……耐えるのだ。このパンを食べ過ぎて死ぬというのも一興だが、末代までの恥だ。

 いや、それをいったらこのデスゲームにログインして無様に閉じ込められたことも、末代までの恥だ。アスナは人生において、もっとも愚かな行為をしてしまったのだ。

 何であんなことをしてしまったのだろう。何であのゲーム機に手を触れようと思ったのだろう。何で興味があるはずのなかったことに、手を出してしまったのだろう。何度だって自問自答した。でもーーー出てくる答えは無意味なものだった。何故なら、アスナの完璧な人生を壊されたことに、変わりはないからだ。

 

 アスナは学者の母と実業家の父の間に生まれた。アスナの家は一般的にエリートと呼ばれるものであり、当然その家の娘であるアスナは高学歴を強いられた。高学歴で大企業に勤めて立派な生活を送る人生のレールを3才から敷かれたアスナは言われるがままにそのレールをわたってきた。クラスではトップクラスの成績を維持し、中学受験にも合格し、順風満帆な人生を送っていたはずだった。ナーヴギアがなければ。

 アスナの兄は、仕事の関係でナーヴギアを手に入れてきた。本来ならば兄が使うナーヴギアだったが、生憎、いや、幸いというべきか兄は仕事で正式サービス開始日に使用できなかった。そのため、アスナはどういう訳かそれに手を出してしまいーーー誰も予想し得なかったデスゲームへと放り込まれた。

 デスゲーム宣告をされた直後から2週間、ずっとアスナは引きこもっていた。一日中泣き叫び、壁を叩き、死んだように固まっていた。アスナの脳内を占めていたのは、死ぬ可能性があるという恐怖、ではない。周りの視線だ。親、クラスメート、友達から向けられる憐れみと蔑視の視線を向けられることこそ、死以上の恐怖だった。それに怯えるしかアスナにできることは無かった。

 そうしているうちにいつしかある種の感情が高まってきた。どうせ人生詰んでいるなら、死のう。それも華々しく。ここでの垂れ死ぬより、戦って化け物に殺されて死のう。限界まで戦って、死ぬならば本能だ。愚かな自分にふさわしい末路だ。アスナの心に焔が灯るのを感じた。

 その日以来、アスナは必死にマニュアルを覚えて、武器を買って、技を修練し、成長していった。

 一ヶ月後には、トップ層の座に登り詰め、初めてのボス攻略に挑もうとしていた。

 

 

 

ーーーもう、いやだ……。

 

 アスナは置き去りにされた過去に涙しそうになる。だが、唇を噛んでそれをこらえる。泣いてはいけない。強く、強くなければ還ってきたときに、余計見下されるだけだ……。

 アスナはパンを無理やり引きちぎり、喉へと飲み込もうとした。やはり不味いーーー。

 

「それ、美味いよな」

 

 突然少年の声が聞こえた。この少年の声は聞き覚えがある。アスナはちらっと振り向くと、そこには攻略会議に出席していた少年、キリトがいた。彼の右手には、アスナと同じ黒パンが握られている。

 そういえば彼との出会いも初めてじゃない。アスナが迷宮区と呼ばれる、ボス部屋のあるダンジョンにて過酷なレベル上げを行っていたとき、彼が声をかけたのだった。攻略会議に誘ってくれたのも彼である。ただ、アスナは今は誰とも一緒にいたくない。

 

「となり、いいか?」

 

 キリトは穏やかな声で尋ねる。私は拒否をするつもりで無言のままでいた。ただ、キリトは反対の意味でとったようで、どすっとアスナの隣に座った。両者は微妙な距離を保っている。

 キリトはちらっとアスナを見て、パンをかじる。不快を示すような顔をするわけでもなく、なんの抵抗もなしにモグモグと頬張っている。彼の味覚がおかしいのか、アスナの味覚がおかしいのか少し興味があった。

 

「本気で美味しいと思っているの、それ?」

 

 やや怪訝そうな口調になってしまったが、キリトは気にせずにもちろんと返す。

 だが、アスナの言いたいことも理解しているようで若干苦笑しながら付け加える。

 

「まあ、ちょっと工夫はするけど……」

「工夫?」

 

 キリトはそういうと、ポケットから手のひらサイズの壺を取り出した。キリトは壺の蓋に手を触れると指の先が白く発光した。その後指をパンに近づけて、なぞる。すると……。

 

「クリーム……?」

「そ」

 

 キリトのパンに塗られた肌色のクリームは見たことのないものだった。現実世界ではそういったデザートを見たことはなくはないが、食べたことはない。キリトは手慣れたようにそれをがぶっとかぶりつき、うんうまいと若干頬を揚げて咀嚼した。

 

「そのパンに使ってみろよ」

 

 アスナは言われるがままにその壺に恐る恐る触れてみる。指は発光し、パンに塗るとやはりクリームが出てきた。その後砕け散ってしまったが。少年の味覚とアスナの味覚は一緒ではない、それどころか180度違うかもしれないので怖く感じる。だが、別に食べ物で死にはしない。覚悟を決めてアスナはそれにかぶりつく。

 瞬間、アスナの味覚は活性化した。実際は偽物の感覚なのだが、それすら意識させないほどの美味しさだった。ふんわりと広がるまろやかさと甘さ、嫌になるほどの固さすらも溶かしてしまうほどに掻き立てられる食欲、この世界では味わったことのない美味だった。

 アスナは夢中になって頬張った。そのせいで少年よりも先に食べ終わってしまった。先に食べ終わってしまった恥ずかしさをどうにか唾と共に飲み込んでちらっとキリトの方を向くが、キリトはそういったところはどうでもいいようだ。少し安心した。

 

「今のクリーム、1つ前の村で受けられる¨逆襲の雌牛¨っていうクエストで手に入るんだけど、やるならコツ、教えようか?」

 

 聞きたいと思った。あの絶品をもう一度味わいたい。それを食べて死ねるなら本望だ。

 だが、私はそれを拒んだ。

 

「……いい。別に美味しいものを食べるためにここまで来た訳じゃないもの」

「ふぅん……じゃあなんのために?」

 

 別に話したくない。というか馴れ馴れしい。

 そう思ったが、ご馳走させてもらった身なので強く言えず、正直に答えた。

 

「私が、私であるため。強くならなきゃ、いけないから。例え怪物に負けて死んでも、このゲームだけには負けたくないから……」

 

 キリトはアスナの話に何もコメントを返さずに黙って残りのクリームパンをかじる。聞いてないわけではないが、そっちから質問しておいてなにも言わないのは少し気持ち悪い。

 何も話さないならお礼だけいって帰ろう。そう思い、立ち上がった。

 

「……すまない」

 

 突然、穏やかだが、沈んでいる声が鼓膜を揺らした。思わずアスナは振り向くとキリトは俯いていた。

 なぜ謝るのと首をかしげる。キリトは目線だけをアスナに向けて答えた。

 

「こんな状況を作ったのも、俺のせいかもしれない……。そのせいで君たちを苦しめているんだ……」

 

 アスナは何をいっているのかさっぱりわからなかった。この状況を作ったのは彼ではない。茅場晶彦だ。5万人を監禁させ、ほくそ笑んでいることであろう狂気のサイエンティストがすべての元凶だ。何も彼が悪いわけではーーー。

 いや、違う。彼のいっているこの状況とは、もしかしたら……今日の会議のことかもしれない。そう、先にゲームを体験したベータテスターと、アスナのような初心者との差作り出した、と言いたいのだろう。

 アスナは糾弾する気は更々ない。差などどうでもいいからだ。だから口をつぐんだ。

 キリトは黙り混むアスナを見て軽く瞳を閉じて、無理やり笑みをつくって取り繕うように言葉を出した。

 

「って……こんな湿っぽい話してもしょうがないよな。とにかく明日頑張ろうぜ、アスナ」

「アスナ……?」

 

 アスナは驚いてキリトを見る。なぜこの少年は見ず知らずのアスナの名前を知っているのか。有名人でもない上に、キリトとはつい最近知り合った仲だ。

 キリトはアスナの訝しげな表情を見てミスをしたような顔をした。

 

「あ、ごめん呼び捨てにして。それとも呼び方間違えてたかな……?」

 

 ますます訳がわからない。呼び捨ても確かにおかしいと感じたが、それ以前の問題だ。

 

「そうじゃなくて……何で私の名前、知ってるの?」

「はい?」

 

 キリトは、何をいっているんだこの人はといいたげな顔をしている。だが、それはこっちの台詞だ。知らない人に自分の名前を呼ばれて不思議がらない人などいない。

 

「もしかしてあんた、パーティー組むの初めてか?」

 

 キリトの突然の質問にアスナは頷く。キリトは納得したようにふむと唸り、微かに笑った。

 

「視界の左上に4本のゲージがあるだろ。その上の辺りに、なにか書いてないか?」

 

 視界の左側へと目線をどうにか動かすと、確かに4本のゲージがあった。上から《Kyoma》、《DaSH》、《Chris》そしてーーー。

 

「K、i、r、i、t、o……キリトって書いてあるわね……」

「ああ、それであんたの名前が分かったんだ」

 

 ああ、別に変なことされた訳じゃなかったんだ……。

 そう思うと、笑いが込み上げてきた。今まで悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきた。キリトはそれにつられるように短く笑う。初めて、この世界でアスナは笑っていた。

 

「こんなところに書いてあったのね……つくづく呆れるわね」

「あんたはネットゲームがこれが初めてなのか?」

「あんたはやめて。アスナでいいわ。……そうよ、もともとゲームなんてやらなかったから」

「そっか……。とにかく、明日は頑張ろうな、アスナ」

「うん……じゃあ、お休みなさい。それと、ご馳走さま」

 

 それだけ会話するとアスナはその場を去った。ただ、いつしか心は冷たくなくなっていた。暖かく、すんなりと吸う空気が肺へと入っていき、足取りも早く感じた。

 

 

***

 

 トールバーナの噴水広場のベンチにて、俺はディアベルと杯を傾けていた。この世界で久しぶりに飲む酒はなかなかに美味い。無論実際にはアルコールは入っていないので酔うことはないはずだが、試したことはない。俺はちびちびとその酒に口をつける。

 対して、隣に座るディアベルはごくっと素晴らしい飲みっぷりを披露していた。ぷはあっとそれまでの疲れをまるごと吐き出すように叫ぶと俺の方を見て軽く頭を下げた。礼儀の面でも良くできている。

 

「よく飲むな、ディアベルよ」

「まあね。リアルじゃあまり飲まないけど、ここのお酒はノンアルコールだからね。キョウマこそちびちびとしか飲まないじゃないか」

「俺はそんなに好きではないからな」

 

 俺はリアルでは大学生で、一応成人しているので酒は飲めるが、そこまで好きではない。やはり俺はドクペが一番体に合う。次に好きなのは、マウンテンジューだ。そういえば、どこかの世界線では俺はドクペよりもマウンテンジューを好んでいたようだった。

 

「しかしキョウマ、君は知り合いとログインしていたんだね」

「まあな。リアルにてサークルをやっているのだが、そいつらを呼んだのだ」

「サークルか……懐かしいな。俺もやってたな。どんなサークルなんだい?」

 

 俺は暫し考える。一応ガジェット作りに励んでいるサークルとは言えるが、もはやただの溜まり場と言い換えられても仕方のない状態になっている。嘘をでっち上げてもいいのだが、この男は今や大切な友だ。嘘はつけない。

 

「ただの雑談サークルだ。だが、それなりに楽しいぞ」

「そっか……でも、君の知り合いのあの女性、スゴく頭が切れるね」

「クリスのことか。確かにな。ラボメン、いや、サークルメンバーには惜しい存在だよ」

 

 それは事実だ。紅莉栖はアメリカでの著名な科学者だ。こんなお遊びサークルなどに属するべき存在じゃない。ただ、紅莉栖に居てほしいと思う自分がいるため、中々にそれを言い出せない。

 思えば、彼女をこんな下らないゲームに巻き込んだのは俺のせいだ。俺があんなことを言わなければ、紅莉栖は人生を棒に降らずにすんだのだ。紅莉栖はこんなところでくたばってはいけないのだ。

 激しい後悔を抱えながらも俺はディアベルの顔を見る。この男は、やはりかっこいい。容姿だけではない。その意思だ。ベータテスターでありながら他の初心者たちを導いて戦っている。多分どのプレイヤーよりも立派なのかもしれない。彼のことを思うと、俺も戦わなくてはという気持ちになった。

 

「そうか……なあ、キョウマ」

「ん? 何だ?」

 

 ディアベルは突然顔を伏せた。なにか悩みごとでもあるのだろうか。

 

「俺たちはさ、やっぱり憎まれるのかな」

 

 憎まれる? どうしてだ? お前のようなやつが、どうしてだ?

 

「突然どうしたんだ?」

「いや、今日の攻略会議の時さ、キバオウさんが叫んだろ? ベータテスターは卑怯だと。憎いやつらだと」

「ああ、あのサボテン頭か。気にすることはないだろ、あいつのいっていることはくじ引きで当たったやつらは土下座しろってことなんだ。無茶苦茶だ」

 

 俺はそういったが、ディアベルは違うんだというように首を振る。

 

「確かにキバオウさんの意見は僕らから言わせれば間違っているよ。でもね、彼の言うことも理解できるんだ」

「ーーー何が言いたい?」

「要するにね、これからもベータテスターは、そうやって攻められ続けるんじゃないかって。このデスゲームに対する不満の捌け口にされるんじゃないかって思うんだ」

 

 なるほど、それも一理ある。人というのはバカなもので、日々のストレスを直接関係ないものに、難癖つけてぶつけてしまう習性がある。身近なもので言えばいじめだ。日々抱えている劣等感やストレスを弱そうなやつにぶつけて快楽を得ている。それと同じ現象が俺たちの身にも降りかかるかもしれないと、ディアベルは危惧しているのだ。

 

「なるほどな……確かにそれはあるかもしれん。だったらこうすればいい。お前がベータテスターだということを正直に吐くんだ」

「えっ!?」

 

 何故という表情でディアベルは俺を見る。自ら死にに行けと言っているようなものだとは自覚している。その上で俺は言っているのだ。

 

「十分に立派なことをしていて、皆からの信用も厚い、そんな奴がベータテスターだとしても、お前は憎むか?」

 

 ディアベルは、その瞬間俺の言わんとしたことを察した。そして首を横に振る。

 

「だろう? それはお前のことなんだ。だから、お前が打ち明ければ、きっとそんなことはなくなるさ」

「そうか……ありがとう、キョウマ。でも、それはボス攻略を終えたらでいいかい?」

「そうだな。それが一番だ」

 

 俺たちは笑い合い、再び杯を傾けた。

 

「死ぬなよ、キョウマ」

「お前こそな」

 

 俺たちは、空いた左手で握りあった。友として、共に生き残ることを誓った俺たちは、明日に向けてそれぞれのねぐらへと戻っていった。

 

 

***

 

 ラボメンたちが勢揃いしている宿に俺は帰還した。出迎えてくれたのは、ルカ子とフェイリスが作った料理と、指圧師手製の腕輪だった。明日生きて帰れるようにとの願いを込めたようだった。まゆりからは手製のシャツだったが、戦いでは流石に着られないので、私服として貰っておいた。

 ラボメンたちと話し終え、眠りにつこうと自室へと向かったのだが。

 俺のベッドがある部屋の前で紅莉栖が立っていた。俺は肩をすくめて近寄る。

 

「何をしているクリスティーナ。さっさと寝ろ」

 

 ここでいつもなら、俺のあだ名に文句をつけるのだが、紅莉栖はちらっとこっちを見ただけで何も言わなかった。これは何かあると思って改めて声をかけた。

 

「どうしたというのだ、紅莉栖」

「……ぃ」

 

 ぼそっと何かが聞こえたが、よく聞こえなかった。

 

「ん? 何といった?」

「……怖いのよ、悪い?」

 

 紅莉栖は上目使いで俺を見た。目は、涙で濡れている。からかいたくなった気持ちは消え失せ、俺は部屋のドアを開けた。

 

「入れ」

 

 俺が促すと、紅莉栖は黙って俺の寝室へと入った。部屋にはシングルベッドが二台あり、本来ならばダルと俺のものなのだが、俺のベッドに紅莉栖は腰かけていた。仕方なく俺はダルのベッドに腰かけることにする。

 

「……で、どうしたのだ、紅莉栖」

「分からないの。ただ……何となく怖くなっただけ」

「死ぬのがか……?」

「うん……」

「そうか……」

 

 俺は先程ディアベルと話していたときに考えたことを思い出した。紅莉栖を巻き込んだのは俺のせいだ。紅莉栖の将来をぶち壊したのも、俺のせいだ。今ここで怯えているのも、俺のせいだ。

 

「すまん……」

 

 俺は謝った。今は何故かためらいなくその言葉が出てきた。紅莉栖に対して、言おうと思っていた言葉が出てきた。嬉しくも感じたが、それ以上に、本当に申し訳ないと思う気持ちで一杯だった。

 俺の謝罪に対し、紅莉栖は苦笑で応えた。

 

「何であんたが謝るのよ? 悪いのは茅場よ」

「いや、違うんだ紅莉栖。お前は本来ならば、俺たちと関わっていい存在じゃない。お前は、優秀だ。だから俺たちみたいなバカなサークルに、お前はもったいない存在なんだ。だけど、紅莉栖はいてくれた。それは感謝している。でもーーーこのデスゲームに巻き込ませたのは、俺のせいだ。俺が、SAOに誘ったばかりに、お前をこんな風に怖がらせてしまったんだ」

 

 俺は昔から感じていた。この少女と出会って良かったのだろうか、彼女の人生を悪く変えてしまっているのではないか、俺と紅莉栖では釣り合わないのではないか、と。

 紅莉栖と俺では生きている世界が違う。俺は秋葉原でぐうたらと過ごす中二病の中堅大学生なのに対し、紅莉栖はその年にして世界に股をかける科学者だ。こんなところにいていいはずがないのだ。俺たちと、関わってはいけなかったのだ……。

 

「紅莉栖。次のボス戦には行くな」

「ーーーどうしてよ?」

 

 紅莉栖は濡れた声で問う。そして俺を見る。

 

「怖いのだろう。ならば行くな」

「おちょくっているのか? 怖いけど……私は」

「おちょくってなどいない!!」

 

 俺は思いきり叫んでしまった。紅莉栖はそういえば、男の大声が苦手だった。俺はすまんと短く謝る。

 

「紅莉栖。お前には生き残ってほしいのだ。お前をこんな場所まで巻き込んでしまったのは俺の責任だ。だから、生きていてほしい。そして、お前が望むならば……ラボメンを辞めても構わない」

「どうしてそんなことを言うの……?」

「お前は天才だ。こんな弱小サークルなどにいてはいけないんだ。だからお前を無事に返してーーー」

「ふざけないで」

 

 紅莉栖の鋭く、しかし震えている声が俺の話を遮る。紅莉栖の目は、ギラギラと燃えていた。

 

「確かに私はここにいちゃいけないかもしれない。でもね……私はラボが好き。個性的で楽しいラボが好き。まゆりも好き、橋田も好き、フェイリスさんも好き、桐生さんも好き、漆原さんも好き、そしてあんたのことも好き。だから離れたくない。このデスゲームは怖いわよそりゃ。でもね……あんたにそういわれる方が……よっぽど怖いわよ!!」

 

 紅莉栖は涙を撒き散らしながら叫ぶ。俺は、胸が痛むのを感じた。何て俺は酷いことをいったのだろう。紅莉栖を追い出そうとしていたのだ。ラボメンを追い出すなど、よくも思ったものだ。俺は最低な男だ。紅莉栖の気持ちを踏みにじった。許されることではない。

 

「すまない紅莉栖……許してくれ。俺がバカだった」

 

 俺は深く頭を下げた。地に頭をつけるほどに。紅莉栖はそんな俺を見て黙っていたが、やがて小さく、小振りな唇から呟かれた。

 

「ヤダ」

「え?」

 

 俺は紅莉栖を見上げた。紅莉栖は顔を背けながら、ぎこちなく言葉を続けた。

 

「あ、あんたの胸を、貸してくれるまで……許さないから」

「紅莉栖……それはどういうーーーうわっ!?」

 

 突然、紅莉栖が俺の胸へと飛び込んだ。突然のことに俺は戸惑い引き剥がそうか迷っていたが……胸に冷たく、しかし暖かい感触が伝った。

 俺は紅莉栖の鮮やかな赤色の髪の毛を見つめながら、紅莉栖を抱き寄せた。

 

「いいだろう紅莉栖……俺でよければ、泣け。泣き止むまで……そばにいてやる」

「……ありがと……。っ……うっ……、うう……」

 

 俺の胸で紅莉栖の嗚咽が籠って聞こえた。紅莉栖に酷いことを言ってしまったのを泣いているのか、死ぬことが怖いから泣いているのか、あるいは両方か。知る由はないが、俺のやるべきことは、紅莉栖の涙を受け止めるだけだった。

 明日は、生き残ろう。そう思い、俺はいっそう紅莉栖の抱く腕に力を込めた。

 

 

 

 




用語解説はありません。スラング入れられない話でしたからね。

何故先にアスナ視点で書いたかというと、アスナの名前を前回さりげなく紹介しましたが、アスナにとっては解せない訳ですよ。勝手に名前を知られてね。ですからそれを説明する意図を込めてそうしました。あとはアスナもこれからストーリーに絡む予定なので存在感を出すためにアスナ視点にしました。
では、感想、お気に入り等お待ちしております

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