ボス戦攻略です。原作とは若干違った展開をたどります。
では、どうぞ!
バーサク状態と化したコボルトロードは、それまでとは比べ物にならないくらいの猛威を奮っていた。初見であるカタナスキルを悪びれもなく披露し、攻略組を苦しめていく。しかもディアベルが一時撤退したことが事態をさらに悪くしており、士気の維持どころか、戦線崩壊を食い止められるか否かの問題になってきている。一刻も早く、建て直さなければ、もう戦うことはできなくなる。
俺とディアベルは、全力疾走で前線へと向かった。だが、俺たちが見たのは、歯噛みしたくなるほどの惨状だった。
ボスのソードスキルが出す深紅の光と、発生するサウンドエフェクトが場を包む中、パーティーはいつのまにかバラバラになってしまい、情けない悲鳴が飛び交っている。幸い死亡者は出てはいない上に先に飛び出していったキリトが前線にて奮戦しているためどうにか崩壊を免れているが、もはや時間の問題かもしれない。
ディアベルと俺は駆け出していき、どうにかたどり着く。俺はディアベルに叫んだ。
「とりあえず、皆を後退させろ! その間に俺とキリトで時間を稼ぐ!」
「分かったキョウマ! 皆!一度建て直すから後ろにどうにか引くんだ!!」
ディアベルが声を張り上げる。ようやく指揮官のディアベルが帰ってきたと分かると、他のレイドメンバーに活気が戻る。思考も落ち着いてきたようで、ボスの動きに対応して後退できるようになった。さすがはディアベルだ。皆を落ち着かせて、冷静な行動を行わせることに成功した。
「紅莉栖、ダル。お前たちも下がれっ」
俺も彼らに指示をする。だがーーー彼らは首を縦に降らなかった。
「あんただけに戦わせるわけには、いかないわよ。私も付き合うわ」
「正直、オカリン一人じゃ不安でしょうがないし、何つーか、僕たちだけ何かしないわけにはいかんしょ」
二人の心強い申し出を断ろうとは思った。でも……それは出来ない。俺のためを思って戦ってくれるならば、その意思をへし折ることなど出来るわけがない。俺は苦笑しながらも、頷いた。頼もしいラボメンに俺は感謝する。
「仕方のない奴らだ……行くぞ紅莉栖、ダル!!」
「ええ!」
「やってやるお!」
俺は掛け声を挙げて地を蹴る。その後ろを紅莉栖とダルが駆けた。
「キリト! 一旦下がれ!!」
俺は最前線にて剣を振るうキリトに叫んだ。キリトは分かったと背中越しに叫びながら、ボスにソードスキル《スラント》を放ち、奴の攻撃を弾くと、後ろへと大きく跳んだ。
「遅くなったな、しばらくは任せろ!!」
「分かった! とにかく奴の攻撃を防ぐか弾くかだけで構わない!!」
キリトのアドバイスを俺は噛み締め、ボスへと接近する。その時には、俺がかつて感じていた恐怖などはなかった。むしろ今は、戦うことに前向きな気がする。モンスターの殺意も怖くない。向けられる凶器も怖くない。刃を突き刺すことに、一切の抵抗を覚えない。現実では考えられない感覚だ。
だが、いまはそんなのはどうでもいい。今は勝って生き残ることが大事だ。怯えなければ、それはそれでいいのだ。おかしいと思うのは、終わってからでいい。俺は、一瞬抱いた思いを振り払うように剣を奴の太った腹に払う。片手剣ソードスキル《ホリゾンタル》が、奴の腹を横一文字に裂き、確実な量でHPが減少する。
「紅莉栖、スイッチ頼む!」
「分かったわ!」
ホリゾンタルを打ち終えた俺はばっと地面を後ろに蹴り、紅莉栖へと場所をチェンジする。一応ソードスキルには硬直時間というシステムが存在するのだが、スラントやホリゾンタルのような単発技にはほぼ無縁の存在だ。攻撃したあとすぐに場所を譲って絶え間ない攻撃を浴びせられる。
紅莉栖は短剣を握りしめ、発光させていく。短剣ソードスキル《ラビットバイト》。
動物が獲物を仕留めるように素早く短剣が唸り、斬りつけた。ダメージはわずかだが、硬直時間が物凄く少なく、次のソードスキルにも繋げるのが利点だ。
紅莉栖は、キッとボスを睨むと次なる光を溜めていく。あれは、恐らく短剣ソードスキル《ファッドエッジ》だ。
「やあっ!!」
紅莉栖の短剣は黄色く光り、霞むほどの速度で疾走った。ズバズバッと短剣はボスの体を斬りつけ、美しいひし形を描いた。
紅莉栖の勇姿は様になっている。揺れる紅の髪、敵を威圧するような怜悧な視線、的確な攻撃は、美しいものだった。俺は思わず、見とれてしまう。まだボスは倒していないのに。
「橋田、スイッチ!!」
紅莉栖は凛とした声音でダルに指示をする。ダルは大振りな両手剣を振り上げながらボスへと肉薄する。
とはいっても紅莉栖はボスの前から離れられていない。ファッドエッジは4連撃技で相当な硬直時間を強いられる。その間にボスが攻撃を挟み込むのは余裕で、現にコボルトロードは憤怒の表情で深紅に光る野太刀を紅莉栖へと降り下ろそうとしている。だから、ダルが仮に攻撃をいれても紅莉栖にボスのソードスキルが直撃してしまう。
無論それが分からないダルじゃない。
「うおりゃあっ!!」
ダルは、迫る一撃を強振でブレイクする。グンと振られた両手剣は弧を描き、ボスの野太刀と衝突し、激しい火花を散らす。そして、野太刀はわずかにぶれ、ダルは、若干横に弾かれた。
通常ならば、ダルの方が威力に押し負け、吹っ飛ばされるであろう。だが、ダルは正面からボスの攻撃を受け止めず、威力の弱い側面を狙ったのである。だとしても威力はソードスキル補正のかかった野太刀に軍配が上がるも、それほど強いノックバックは食らわない。ということはすなわち、反撃の一撃を返せるということだ。
ダルは剣を腰に引いて両手剣ソードスキル《アバランシュ》を発動させた。ダルの足は素早く地を離れていき、ノックバックで離された距離を一気に詰める。そしてオレンジに光る両手剣は上空に大きな弧を描いてそのままボスの腹をぶった斬った。
「オカリン、スイッチだお!!」
「分かった!」
ダルは硬直が解けた瞬間に俺に叫ぶ。俺はばっと飛び出し、ダルと交代した。俺は奴がソードスキルを発動するのを見た。太刀は上方にあり、そこから降り下ろされる。俺は剣を上に掲げて、ブロックしようとした。
が、太刀は降り下ろされたかと思うと突然U字を描くかのように、ぐるんと軌道を変えて、下から上へと切り上げられた。
「なっーーー!?」
俺が気づいたときにはすでに遅く、もろに食らってしまった。俺の腹に縦一文字の斬跡がくっきりと刻み込まれ、吹っ飛ばされた。軽々と低く飛ぶ俺の体は後ろで待機していた紅莉栖に衝突し、悲鳴が聞こえる。そのまま俺と紅莉栖は床へと叩きつけられ、全身に不快なしびれを味わった。
「ぐっ……くそ……!」
俺は不快感に耐えながらも自身の残りHPを確認する。残り4割ほどだ。先程までは、削りダメージなどで8割ほど残っていたHPが一気に4割に減ってしまった。相当なダメージ量だ。次食らったら恐らく死ぬ。
俺は顔をあげる。すると、いつの間にか視界が暗くなっていた。何故だ? 灯りは消えてはいないはずだ。俺はじっと前方を見つめ続ける。すると、原因が分かった。暗いのは、ボスの影のせいだ。上を見上げると、コボルトロードは獰猛な笑みを浮かべて太刀を光らせていた。あれを食らったら俺は死ぬ。そこにいる紅莉栖も死ぬ。まずい、起き上がらなくては。俺は全身に力を込めて立ち上がろうとした。しかし、全身にまだ残る不快感がそれを邪魔する。
ーーーくそ、動けよ! この臆病者が!!
俺は唇を噛みながら俺の中に生まれてくる恐怖を殺していく。でも、それは消えることはなかった。俺も紅莉栖も死ぬという恐怖が俺の心を蝕み、筋肉を腐敗させていく。もう、力も入らない。
血走った目でコボルトロードを俺は睨む。奴の右手に握られている太刀はなんの抵抗もなくぶんと俺たちの頭上へと降り下ろされた。もうだめだ。俺は目をつむろうとした。
だが、その瞬間、一条の緑の光が頭上を貫いていく。直後、世界を揺らすほどの轟音が響いた。閉じかけた目で見たのはーーーとある男が斧でボスの野太刀を跳ね返していたところだった。
助かったと瞬間的に察して体の硬直が解ける。俺は立ち上がって礼を言おうと近寄ったのだが。
男の姿を見て足が再び固まった。
がっちりとした筋肉と体格を持ち、スキンヘッドをしている。目はぎょろっと剥かれている。肌はわずかに茶色いが俺に直感では、ある人物が浮かび上がっていた。
未来ガジェット研究所のオーナーであるミスターブラウンこと、天王寺祐吾。
そう考えると、俺は自然に冷や汗が垂れてくる。ミスターブラウンには俺はさんざん殴られて、脅されまくっている。悪魔のような家賃支払い催促や理不尽な暴力はもはやトラウマといっても差し支えない。
まさかあのアバターはミスターブラウンなのか? この世界でも俺は殴られるのか……。
俺ががくがく震えながらも、動けずにいると、ミスターブラウン似の男はこっちを振り向いて、目を剥いた。ああ、俺は殺される。容姿は違うことは分かっているが、本能的にそう感じてしまう。
だが、男はミスターブラウンとは天と地ほどの差があることを俺は思い知らされる。男は張りのあるバリトン声で俺たちに言い放つ。
「あんたらが回復するまで俺たちが支えるぜ!」
ここでミスターブラウンならばこういうであろう。何してんだ岡部、とっとと働け、と。杞憂に終わってよかったと俺は一息ついた。
「かたじけないな。因みに、あなたの名前は……?」
「……俺の名前はエギルだ。さ、あんたらは引きな。いつまでもあんたらに壁役を任せられないぜ!」
この世界のミスターブラウン……いや、ガチムチ男ことエギルに俺は頷き、紅莉栖やダルと共に撤退する。俺の場合、一度回復させないと不味い。
後ろへと退避しながら紅莉栖がそっと呟いた。
「さっき助けてくれた人、店長さんによく似てるわね」
「禿同。一瞬僕も恐怖を覚えたお」
「やはりお前たちもそうだったか……」
俺たちはよく怒られるため、人それぞれだが恐怖心を感じていたようだった。ただ、とにかくあのエギルは良い奴だと分かった。キレると怖そうだが。
後方へと戻ると、ディアベルがそこで待機をしていた。もうほとんどのプレイヤーが回復を終えていたようだった。
「すまんディアベル! 撤退した!」
俺の報告に、顔色を悪くせずに笑ってディアベルは応じた。
「大丈夫、B隊が壁に回った。ここからは一気に攻めるつもりだ」
ディアベルはチャキッと剣を鳴らし、ボスを見据える。座り込んでポーションを飲んでいるものの体力が十分であることを確認するとディアベルは命じた。
「よし! 立てる者全員、突撃せよ!!」
ディアベルは剣を突き出して叫び、全快になったプレイヤーは閧の声をあげて突撃する。
だが、俺はわずかに疑問に思うことがあった。
「おい、ディアベル」
「なんだ?」
「お前、ボスの攻撃パターンを皆に教えたのか?」
先程のカタナスキルの威力はディアベルや俺の命を一瞬にして奪いかねない強力なものだった。だが、その軌道について何のレクチャーも受けていなければ、全員死んでしまう。
だが、ディアベルは首を横に振った。
「ッ! どうしてだ!?」
「だって、教える必要がない。前線には、未だにキリトがいる」
「……そういうことか……」
俺はディアベルの意図を理解した。つまりディアベルはわざと攻撃パターンのレクチャーをキリトに行わせず、皆にボスへと向かわせないように仕向けて、キリトが確実にラストアタックボーナスを狙えるように図ったのである。そうだとしたらディアベルの奴は、つくづく勿体ない奴だと思う。何故なら、自分の狙っていたものをわざわざ譲るのだから。ボスの残り体力は1割もない。今から俺たちが駆け出しても、ラストアタックボーナスは狙えない。全ては、最前線で戦っているキリトにかかっているのだ。だけど恐らく、単なる優しさのみでそういうことをしたわけではないだろう。
俺はポーションをぐいっと飲みながら、最前線での激闘を見届けていた。
***
B隊は何とか壁を努めているが、その防御はぎこちない。無理もない。カタナスキルはまだまだ未知数な部分が多い上に威力が高いのだから。
コボルトロードの何度も打ち付けられる野太刀に耐えしのぐB隊の盾はぐらつきながらも攻撃を防ぎ続けたが、ついにガードが破られてしまった。B隊のプレイヤーは宙に浮かされ、尻餅をつく。コボルトロードは舌なめずりをするようにニヤリと酷な笑いを浮かべ、飛び上がった。あれは攻撃範囲があまりにも広すぎる《旋車》だ。スタンをここで食らってしまえば、彼らは死んでしまう。
キリトはB隊の後ろにて回復を行っていたが、ようやく全快した。その瞬間にキリトは地面を蹴りあげ、全速力で走る。剣を腰に引いてライトブルーの光を湛える。溜まったと思った瞬間、両足に力を込めて飛び上がった。光る剣を腰に担ぎ、真っ直ぐ空中に浮かぶコボルトロードへと突っ込む。奴は実に3メートル近く飛んでいる。普通に飛んでいていてはまずは届かない。キリトは思いと共に剣を上方に振り出し、上弦の軌跡を描いて片手剣突進ソードスキル《ソニックリープ》を放った。
「届けぇッーーーー!!」
喉が裂けんばかりに咆哮しながら突進していく。勢いが加えられた俺の体はコボルトロードに肉薄し、脇腹を斬りつけた。キリトとコボルトロードの体は空中ですれ違い、落下していく。キリトはどうにか空いている左手で受け身を取り、落下ダメージを免れた。コボルトロードは巨体をなんの抵抗もなく落下させ、すさまじい音を轟かせる。
奴の体力も風前の灯だ。これで終わらせようとキリトは地を蹴った。だが、その横には、フードを被ったアスナの姿があった。後ろに下がっていたと思っていたのだが。
「キリト、私もいくわ」
駆けつけた細剣使いの小さく、しかし逞しい声が聞こえた。キリトは頼むと短く言うと、ばっと駆け出した。
キリトとアスナが駆け出すと、コボルトロードは雄叫びをあげながら立ち上がった。迎え撃つというのなら、受けてたつ。
コボルトロードはぶんと野太刀を振り回し、キリトたちを払おうとする。だが、それをキリトが弾き、アスナの《リニアー》が光芒を引いて鋭く貫く。僅かだがボスの体力と反応速度が減っていく。
コボルトロードは反撃しようと再び太刀を引いて威力を溜める。だが、もうこれで終わりだ。キリトはアスナのリニアーと同時に溜め始めていたソードスキルを発動させた。片手剣2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》。
「せあぁっっ!!」
キリトは剣を上段から思いきり斜め左に斬り下げる。ざくっと小気味悪い音が聞こえ、ダメージが加算される。その瞬間、キリトは剣を跳ね上げるように、逆に斬り上げた。まるでV字のような軌跡を描きながらボスの体を裂いていく。
「うおおあああああああっっーーーー!!」
両手で剣を握りしめながら斜め左上へと剣は振られ、ボスの体力は削られていきーーー気のせいだろうか、ボスが憎たらしい笑みを浮かべてキリトを睨んで、その体を四散させた。
***
俺は、キリトの雄叫びとともに、ボスの体がポリゴンの粒子と化すのを見ていた。キラキラと粒子が光輝いて宙を舞うなか、中々認識できなかった。この戦いが、終わったことを。だが、空中に《Congratulations!》という文字が浮かび上がった瞬間、わあっと全員が地面が震えるほどのボリュームで歓喜の声を上げた。ボス撃破に成功したことを喜ぶものもいれば、レベルアップ表示に拳を突き上げるもの、得たアイテムなどを見て一喜一憂するものと様々だったが、共通しているのは、この勝利を喜んでいるということだった。
紅莉栖やダルもレベルアップし、それなりに喜んでいた。彼らはもともと戦闘職ではないため別に強くなりたいとは思っていないようだが、それでも勝利には喜んでいた。いや、生還出来たことを喜んでいると言い換えても良いかもしれない。一度はかなりヤバイ状況に陥ったのだからだ。
結局ラストアタックボーナスをとれたのはキリトだった。キリトは疲弊した状態で俺を見た。顔にはしてやったりとか、嬉しいとかそういったものがない。俺はキリトに近寄り、声をかけた。
「よくやったな、キリトよ。お前の剣技は素晴らしかったぞ」
ラストアタックボーナスをとられてしまったのは悔しいものがあったが、素直にすごいと思った。思い出してみれば、キリトはベータテスト中でも、最強格に位置していた。納得はいくラストアタックである。
「キョウマも中々だったぜ」
キリトはそう返す。俺はフッと笑い、腰に手を当てる。
「それは光栄だな。じゃあ、俺はディアベルのもとへといく」
俺はそういうと、一人立っているディアベルのもとへと向かった。彼は剣を突き立てて緊張で張り詰まった体をリラックスさせていた。
「ディアベル、お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
ディアベルは爽やかな笑顔を俺に向けて挨拶した。こいつの笑顔は、疲れを吹き飛ばしてくれる。全くお前はすごい奴だ。俺はそう思った。
「終わったんだな……」
「ああ、終わったんだよ」
俺たちはそう呟きながらも……次に行うべきことを考えていた。ベータテスターの地位を、変える戦いのことを。ベータテスターは皆と同じ存在だ。それを訴えなくてはならない。条件は揃っている。ベータテスターであるキリトがとどめをさし、ベータテスターであるディアベルが指揮を執った。これならば、ベータテスターが独善的な存在ではないことが証明できる。
ディアベルは、にこりと笑いながら、パンパンと手を叩く。勝利に酔いしれているプレイヤー達は一斉にディアベルの方へと向き直り、静かになった。
「皆、お疲れさま! 本当によくやった! 死者も一人も出なかったし、無事にボスを撃破できた! ありがとう!!」
ディアベルの言葉に皆が再びわあっと声をあげる。ディアベルの舌には驚かせてくれるものがある。ここまでのカリスマ性を持つ人間は、いない。俺ですら足元にも及ばない。
喜びの奇声をあげるプレイヤー達をディアベルはなだめて、静かにさせて言った。
「さて、これから第二層へと行くんだけどその前に皆に話したいことがあるんだ。些細なことだけど、聞いてくれ」
うんと一斉に聴衆は頷く。ディアベルは息を吸うと、若干陰りのある表情で告げた。
「実は俺、ベータテスターなんだ」
ディアベルの口から発せられた言葉は聴衆の鼓膜を揺らし、大きく動揺させた。信じられないと言わんばかりの表情を皆が浮かべて、なかには怪訝そうな表情を浮かべているものすらある。キバオウ等は、豆鉄砲を食らったかのような顔をしている。
「でぃ、ディアベルさん。嘘でしょう? あなたがベータテスターだなんて、嘘でしょう?」
ディアベルのパーティーにいた男がディアベルに歩み寄る。彼は相当ベータテスターに敵意を持っているようだ。しかしディアベルは表情一つ変えずに真実をいった。
「嘘じゃない。俺はベータテスターなんだ。今まで、隠しててごめんな」
「そうですか……。でも、じゃあなんで隠してたんですか……? ディアベルさんの言うことはみんな信じるのに」
ディアベルは暫し考えるような素振りを見せ、答えた。
「すまない……俺がベータテスターだって知ったら動揺してボス戦に支障が出るんじゃないかって思ったんだ。だから伏せていたんだ。まあそれに、つるし上げられるのも怖かったしね」
ディアベルの告白に皆が耳を傾ける。この調子だ。このままいけば、ベータテスターの迫害は収まる。
「皆がベータテスターである俺を排除するならばそれでも構わない。隠し事をしていたという名目で追い出すことだって出来るから。俺はそれを受け入れるつもりだ」
「そんな……俺たちはそんな風には思ってない。ディアベルさんはベータテスターだけど、ちゃんとビギナーである俺たちを率いてくれた。誰もディアベルさんを追い出したりなんかしません」
ディアベルのパーティーメンバーがそういうと、他の奴等も黙って首肯する。
「そうか……ありがとう。じゃあさ、俺からのお願いなんだけど、他のベータテスター達に対しても、敵意を持つことなくやっていってほしいんだ。実際俺の知っているなかでベータテスターは他に2人いる。でも彼らはとってもよく頑張った。だから……俺に免じて彼らを糾弾しないでくれないか?」
そのうちの一人はキリトだと、この場の皆が察していた。キリトは未知のスキルの軌道を知っていたので、一発でベータテスターだと判断されたのだろう。ディアベルは、そんなキリトを責めないでほしいと言っているのだ。
ディアベルは全員の顔を眺める。視線はキバオウにも行き届くが、キバオウも何も言えなかった。事実キリトやディアベルが奮闘したお陰でボス攻略できたのだ。文句を言われる筋合いはない。
ベータテスターは排除すべしと主張するキバオウは言葉につまったような顔をしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「ええわ。ディアベルはんの言うことは事実やしな。ベータ上がりだからって、ぎゃあぎゃあ攻めるのはアカンやな。ワイも悪かった」
ベータテスターアンチがついに屈した。ディアベルに楯突くものなどいないだろう。ただ、紅莉栖は若干不満げな表情だった。どうやら、完全論破した紅莉栖には楯突くくせに、ディアベルの前ではあっさりと白旗をあげたことに、不満を持っているようだった。まあ、こればかりは仕方がないとしか言えない。
「とにかくみんなありがとう。これからは、ベータテスターは惜しみ無く情報を提供し、攻略に役立てていき、他のみんなはベータテスターを毛嫌いせずにいこう。そうすれば、このゲームからの解放も早くなる! ここまで一ヶ月かかってしまったけど、次からはどんどんいこう! いいかな、皆!!」
おうっと頼もしい叫びが響く。ディアベルはそれをしかと受け止め、よしと叫んだ。
「よし、ボス攻略戦を終了する。では、解散!!」
ディアベルは笑顔で解散宣言を出した。
第一層突破に掛かった日数は約一ヶ月、死者は5000人出てしまった。残る人数は4万5000人だが、この戦いの勝利によって、攻略組は微かな希望を持ち始めていた。このデスゲームはいつかクリアできるということを。
俺はディアベルを見つめながらそう感じていた。皆とともに現実世界へと帰れる可能性がわずかに増えた気がしたのだった。
「じゃあ、帰ろうか。紅莉栖、ダル」
***
「ククク……これは素晴らしいですね……」
「まあな……流石はといったところだな」
とある場所にて、二人の男が気味の悪い笑い声をあげていた。二人を囲むのは大きな機械と、パソコンのモニター、そして一台のナーヴギアだった。薄暗い空間のなか、一人の白衣の男はパチパチとパソコンのキーボードを乱打し、もう一人の男は重厚なレポート用紙をパラパラと捲っている。
「どうだ、成功したか」
レポートを見ていた男が問う。
「待っててください、ショーさん。もうすぐです」
カタカタとキーボードが打ち込まれ、次々に命令を発していく。数分後、キーボードを叩く音が止んだ。
「出来ましたよ。これで準備は完了です」
「よくやったぞ君。君の頭は茅場を越えるだろうな」
「いえいえ……これくらい造作もない。ショーさんの考えた理論も素晴らしいじゃないですか」
「……本当にこの理論はあっているのだろうか。人の尊厳を破壊してしまうことなどできるのか?」
「ええ、できますとも。ショーさんの理論と……牧瀬紅莉栖の論文があれば」
パソコンに向き合っている男は舌を嘗め回し、もう一人の男をみる。その顔は醜悪だった。欲望に染まりきっており、とても人間の心を持った男ではない。もう一人の男はその人間性に恐怖しながらも、それを認め、彼へと近寄った。
「そうか。まあ、我々二人に出来ないことはないのだ。見ていろよ……あの男だけは絶対に許さんからな……」
「それももうすぐですよ。辛抱しましょう、いずれ我々の勝利が来ますからね……くっくっく……!」
「それもそうだな……!!」
二人の男は肩を組み合って笑った。その笑いは、端から見れば吐き気を催すようなものだった。邪悪な研究に手を染めていることを自覚しながらも笑っていられるその精神は常軌を逸脱している。現にそう感じた研究員がいたのだが、彼らはなすすべもなく、作業を続けた。生け贄にはなりたくないのだ。
孤独の観測者が到達した世界線は、僅かに……ごく僅かにずれ始めていくのであった。
さて、とりあえず書いていこうか。最後のが結構物語の重要なポイントになってきます。
なんの物語かはっきりさせないといけないですしおすし。
用語解説です。
・禿同
激しく同意するの略。
では、感想やお気に入りなどお待ちしております。ちょっと次回までに更新に間が空くかもしれません。クオリティを高くしたいので少し落ち着きたいなと思います。急いで書いてもいいことないので。
では。