生存戦争記録 Before the battleship girl   作:ИСКУССТВО

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というわけで、今回から深海棲艦との戦争のルポ形式の話が始まります。今回は色々と名称が出てくるので先に書いておくと、

・オクト(キャリアー)……空母ヲ級
・ビッグマウス……軽母ヌ級
・ポーン……軽巡ホ級、ヘ級、ト級
・IWCO……国際戦争継続機構。深海棲艦との戦争のために設立された組織。艦娘などの開発に深く関わった。

となっています。ご参考にしていただければ幸いです。


ハワイ ヒッカム空軍基地  ケアリー・オールドリッチ

ハワイ ヒッカム空軍基地。

目の前にママラ湾が広がり、磯臭い海風が鼻をつくこの場所を、彼は待ち合わせ場所として指定してきた。

ケアリー・オールドリッチ。来月には46歳になるというこの男はかつて、ちょうど「奴ら」との戦争が勃発した時、この基地に整備兵として勤務していた。

「やっぱいいよなぁ、戦闘機ってやつは。デカくて、速くて、強くて。まさに男子の憧れだ」

基地から哨戒任務のため発進するF35戦闘機を横目に、彼はそうつぶやいていた。

 

 

基地の近くにあるハンバーガーショップに腰を落ち着け、私達は話を始めた。ただこの男、自分はパイロットになりたかったが視力が悪く夢が断たれただの、基地内のイッキ飲み大会で優勝したことがあるだの余計なことを2時間ばかし話してから本題に入った。苦笑しながら聞いていた私の心中はまあ、察していただければ幸いだ。

「そうそう。あの日もな、今日みてえな天気だった。雨は降らねえがなんとなく気分の悪い雲に覆われてて。今思えば、なんかの暗示だったのかもな」

ケアリーがチーズバーガーを追加注文した。私はといえば、元からああいった油っぽい食べ物が苦手で、一個食べきるのも地獄だったが。

「世界のどこで一番最初にデビルフィッシュどもが現れたか、未だに分かってねえだろ。コルシカか、トクシマか、ブンタウか、ハワイか。まあ、大体このあたりに奴らがほぼ同時刻に出てきたからな。今となっちゃどうでもいい。あの後遅かれ早かれ全人類が奴らを見ることになったんだからな。だけど俺は、今も自分が世界で初めて奴らを見た人間だと思ってる」

奴らが初めて発見されたのはどの地域か。この問題は今も議論が絶えない。一番有力な説は午前11時24分に地元警察へ緊急の連絡が入ったブンタウと言われている。だが、あの混乱の最中の話だ。他にもっと早く奴らを発見していた地域があっても不思議はない。

「あの日はちょうど、向かいのパールハーバーに空母が来ててな。なんだっけ、あの……湾岸戦争の時の大統領」

ジョージ・ブッシュですか、と私が言うと彼は思い出したように私を指さし、

「そうそう。原子力空母ジョージ・ブッシュ。あれが来てたんだ。その関係でうちにも艦載機のF18が来てな。朝から整備班が駆り出されてた。ご多分に漏れず、俺もその一人だったが。前の晩に仲間と大分飲んでたんで、ちいとばかし頭も痛かった。あの頃も結構飲んでたからな。戦争中ほどじゃねえが」

若かりし頃の暴飲が祟ったのか、ケアリーの腎臓はかなり酒に犯されていた。先の戦争のショックから酒浸りの日々が一時期続いたことも加わり、今では医師からアルコールも止められているそうだ。

「最初に異変があったのは午前11時頃だったよ。俺はF18の油圧計をチェックしてたんだが、突然サイレンが鳴った。サイレンと言っても、それは緊急退避のやつじゃなくて、基地の司令部の連中に緊急召集をかけるタイプのやつだ。あれが鳴るのは別に珍しいことじゃない。中国海軍が台湾海峡に接近した時も、北朝鮮がムスダンリにミサイル運搬用のトラックを集結させた時も鳴った。だから俺は仲間と言ってたんだ。『またどっかの馬鹿がアメリカのクソッタレ自由と民主主義に喧嘩を売った』ってな。どうせ午後のニュースでまた大統領がなんか話すんだろうから、大して気にもしなかったな。俺は整備に戻った」

実際に何がその時起こっていたか。それは大分後になるまで公表されることはなかった。当然といえば当然といえる。自国の領海内に敵が侵入したにも関わらずそれに気付くこともできなかったなどと、国防総省は口が裂けても言えなかったはずだ。

「事態を知ったのはそれから十数分経ってからだった。うちの整備班にハンフリーってやつがいたんだ。なんでも盗み聞いてきて酒の席で話す奴だったんで、ヒッカムの情報屋なんて呼ばれてた。そいつが血相変えて言うには、『パールハーバーに停泊予定だった原潜が一隻、ママラ湾沖で攻撃を受けて沈んだらしい』だと。信じられるか?原潜が、しかも領海内で攻撃を受けて沈むなんて。ハワイには太平洋軍司令部だってあったんだ、侵入を許すわけがない。1941年とはわけが違うしな。まあハンフリーの情報なんていつも多少のホラが入ってたし、『情報屋』ってのも皮肉を込めて呼ばれてたんだ。だが若干疑問もあった。原潜が沈んだなんて、冗談にしても下手すぎる。それにハンフリーの興奮した顔。あいつ、嘘の交じった話をするときは決まって半笑いだった。でもあの時は……」

ケアリーの表情が凍るのが見て取れた。注文したチーズバーガーが運ばれてきたためそれは一瞬であったが、彼もまだ奴らの恐怖から逃れることができず苦悩する者の一人だということが分かった。別に珍しいことではない。生存戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)患者は全世界で2億人を超えるという話もある。「奴ら」との直接的戦闘が過去になった今、人類の真の敵は自らの心だ、と唱える者がいるのも頷ける。

「とにかく俺達は整備を続けた。半信半疑のことを騒ぎ立てて、後でMP(基地内の警察のようなもの)に目を付けられるのも嫌だしな。それに潜水艦はそもそも海軍の持ち物だ。空軍兵には関係ない。俺達は所詮国防というビジネスの末端。余計なことは考えずに、いつも通りに仕事をし、終われば酒場にしけこみ、一日の労苦を労わってまだ体力が残ってんなら『今日も一日アメリカ市民の自由で安全な生活を守ってやった』なんて言いながら女遊び。そういう日常が送れればそれで良かったんだ」

 

 

ケアリーの提案で、ここから先の会話は店を出て基地の周囲を歩きながらということになった。

「ここも結構復興したなあ。あの日以来来てなかったから、余計にそう思うぜ」

フェンス越しに見える基地内には、灰色の輸送機が数機止まっていた。警備のため巡回している四つ足ドローン達の一機がこちらを確認したようだが、すぐに無害と判断し業務へ戻って行く。

「事の始まりは爆発音だった。ほら、あそこに駐車場が見えるだろ? フォート・カム・ロードの向こうだ。あの日も車がかなり止まってたんだが、それが吹っ飛んだ。一台や二台じゃない。何台もの車が誘爆したんだ。恐らく『オクト』の艦載機の攻撃だ」

オクトは「奴ら」のうちのある一種の名だ。人間の少女のような体躯に、頭上の帽子のようにも見える触手の生えた大口が一番の特徴。その口から吐き出される艦載機が、戦争初期には一番の脅威だった。IWCOによるコードネームは「キャリアー」だが、米軍内ではオクトという呼び方のほうが主流となっている。

「音が聞こえた時には、駐車場どころか基地の方にも艦載機が飛んできてた。あの流線型のフォルムは……戦闘機っていうよりは何かの生き物に見えたな。奴らの初期段階での戦略は知ってるだろ? オクトやビッグマウスの艦載機で侵攻地点を更地にしてから上陸。俺達がイラクやアフガンでやったのと同じように。海辺にいた人間は最初に奴らの標的になって、機関銃で狙い撃ちにされた。俺達か? 何もできなかったよ。まず、状況が飲み込めなかった。一体どこの攻撃なのか、中国か、ロシア。そうでなければ中東かどこかのテロリスト。心当たりはいくらでもあったさ。アメリカは世界の嫌われ者だからな、昔も今も」

彼がこう思ったように、中国とロシアの軍部も奴らのファースト・ストライクの時にはアメリカの関与を疑ったのだろう。後に分かったことだが、あの日、中国湖南省の第805導弾旅(中国軍の核運用部隊)は通信障害により北京との連絡が途絶えた際、先制核攻撃だと早とちりしハワイへの報復核攻撃がもう少しで実行されるところだったそうだ。そうなっていたとしたら、私がケアリーとこのように話すことも叶わなかったはずだ。

「続いて爆撃が始まった。駐機してあったホーネット(F18戦闘機の愛称)は全部吹っ飛ばされたよ。奴らの艦載機は小さかったが、爆弾の破壊力は高性能爆薬以上だった。俺は訳もわからず、取り敢えず足は動いたからひたすらに逃げた。見えたのは爆発に次ぐ爆発、巻き込まれて体が飛んだ仲間も見えたよ……。研究者の中には『奴らに人間のような高度な戦略的知能はない』なんてアホぬかす奴もいるらしいが、ありえない。奴らはあの時、正確に人類側の航空戦力を潰してきた。分かってたんだよ、何が自分達の脅威になるかが」

パールハーバーの海がよく見える所まで来ると、先程まで雲に覆われていた空から光が差していた。海上には数隻の警備挺と、一隻の巨大な作業船。それは、ファースト・ストライクで攻撃を受け沈没した原子力潜水艦オクラホマシティをママラ湾の海の底から引き揚げるためにそこにいた。

「全く、今さら沈んだ潜水艦なんか引き揚げてどうすんだか」

ケアリーが溜息交じりに言った。

「とにかく目指したのは格納庫だ。あそこなら爆撃にも耐えられると……逃げる途中並走してた仲間がどんどん撃たれていくのを見ながら…………格納庫に着いた時、外から逃げてきた中で生き残りは俺だけだったよ。俺が逃げ込んだのとほぼ同時くらいに基地警備隊がハンヴィー(高機動多用途装輪車両)と一緒に出てきて奴らを撃ち始めたから、あれが……囮になったんだろうな。多分」

武器庫に武器はあったはず。戦おうとは思わなかったのか、と私が問うと、

「ただの整備兵になにが出来るっていうんだ? 確かに年二回の射撃訓練は受けてたが、あんな中に出て行っても的になるだけだった。おまけに俺がいたのはヒッカムだ。アル・アサードやマナス(アル・アサードはイラクの米軍基地、マナスはキルギスの米軍基地)みたいに襲撃の可能性が高いわけじゃない。戦闘なんて無縁だったんだぜ。別にいいさ。臆病者だと罵られようが、敵前逃亡で処罰されようが……あんな奴ら前にして、まともな思考で戦えるわけねえんだ!」

ケアリーが突然声を荒げる。その手と足は震えていた。

「ああ、その……すまねえ、思い出しちまって。格納庫にしばらく隠れてると、爆撃と警備隊の銃声が止んだ。終わったのかと思って、俺は外に出て状況を確認しようとした。今でも不思議なんだ。あれだけ怯えてたくせに、どうして危険を冒して様子を見に行こうとしたのか……。やっぱ好奇心ってやつには勝てないってことなのか、格納庫に同じようにして隠れてた他の連中が俺以上にブルっちまってたから仕方なくか。外に出て最初に見つけたのは蜂の巣になった警備兵の死体だ。それから海の方を見て…………」

ここのケアリーの言葉は、基地から爆音とともに飛び去って行った輸送機のせいで聞き取ることが出来なかった。ボイスレコーダーの方にも、エンジン音しか収録されていなかった。

「煙が少し晴れてきて、それが段々とはっきり見えてきた。人間の女みたいなシルエットに頭の上のデカい口、それに杖みてえな物を持ってた。オクトだった。横にポーンを何体か連れて、あのエメラルド色の眼ではっきり俺を見た。嘘じゃない。カウンセラーの能無しドクター共に『恐怖によって記憶が後付けされている。奴らが人間を視認していながら逃がすわけがない』とよく言われたが、あの時あのオクトは確かに俺を見たんだ」

ケアリーは今もその光景を夢に見るそうだ。普段の生活が爆音と共に吹き飛び、煙の中からオクトが彼を見つめる。そして杖が彼の方に向けられ、艦載機が彼を殺すために迫って来る夢を。逃げようとすると、彼の足を複数の手が掴む。足元を見ると、死んだ仲間の顔がそこにあるという。

「急いで格納庫に戻ったが、もう無駄だと思ったね。向こうに見られたんだ。艦載機が飛んできて、皆殺しにされる。でもそうはならなかった。奴らは俺達を無視して市街地に進撃していった。理由は未だに分からん。脅威になる兵器は破壊したから、俺達数人を殺すよりも市街を潰すことを優先したとか、まあそんなとこか。その証拠に戦闘機が駐機された他の格納庫は徹底的に破壊されてた。俺の逃げた格納庫には、偶然何も駐機してなかったんだ。俺はその時初めて神様ってやつを信じた。ガキの頃はよく日曜礼拝もサボったもんだが……あれ以来欠かさず行ってるよ。俺のそれまでの行いの内で何がイエス様の眼鏡にかなったか知らんけど、ともかく俺は生きることを許されたわけだ。でも、同時に生き残った罪も忘れさせてもらえなかった」

ケネスはヒッカム基地から脱出後、ホノルル空港からアメリカ本土に飛び立つ最後の便に乗ってリッチモンド国際空港へ脱出した。その後の生存戦争戦間期は、生まれ故郷のミズーリで戦時生活共同体の技術保安員として過ごしていた。

「ブライアン、アシュトン、ダニー、ハンフリー、サイラス……あいつらの墓参りもまだ出来てない。共同墓地に足を運ぼうとしたのも何度かあったが、やっぱり無理だった。生きているのが嫌になったこともあったが、かといって自分から命を絶つことも……。今でも家にはベレッタ(米軍正式採用のハンドガン)に弾を入れて置いてあるけど、そんな度胸もねえんだ。きっと俺はこれからも、あの悪夢にうなされて生きていくんだろうな。いいんだよ、それで。俺みたいなのにはお誂え向きの人生だ」

 

 

 

 




イスクストヴォです。まずは今回も読んで下さった皆様、ありがとうございました。
最初の襲撃地をどこにするか、これは結構迷いました。候補としてはイタリアのコルシカ島、ロシアのウラジオストク、モロッコのカサブランカとかがありましたけど、最終的にはパールハーバーに落ち着きました。ケアリーの台詞にあるように、真珠湾攻撃も意識した結果でもあります。
話は変わりますが、一応私も呉鎮守府で提督をやっており、秘書艦は鈴谷です。本当に、あの可愛さは反則だと思います。アニメの方も最近撮り溜めしていたものを一気に見ました。瑞加賀いいですね。瑞加賀。ほんとにハラショー。

次の舞台はアジア圏のどこかを予定していますが、所用があって今回ほど早くは投稿できないと思います。
それでは、今回はこの辺で。
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