生存戦争記録 Before the battleship girl   作:ИСКУССТВО

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今回もコードネームが出てくるので先に書いておくと、

シャークハンド……重巡リ級

です。

Googleマップか何かでパキスタン、カラチの地図を見ると今回の話は分かりやすいかもです。


パキスタン カラチ  シャヒド・オコティエ

パキスタン カラチ マノラ早期警戒監視基地司令室

 

「すっかりこの辺りも変わってしまった。君は戦争前のカラチに来たことがあるかい? ここは観光都市だった。もしかしたら首都のイスラマバードより賑わってたんじゃないかな。ほら、当時あそこではテロが頻発してたから」

妙齢の軍人は笑いながらそう語った。

「今でこそ一般車両通行禁止の軍用道路となってしまったが、マノラ・ドライブなんかはとても人気があった。横のマングローブを見ながら運転できるんだ。私も休暇の日にはよくあの辺を散歩した」

彼が窓の向こうに見える道路を指さす。6輪の装甲車を先頭に、軍の車両が列をなして走っていた。

ここはマノラ早期警戒監視基地。パキスタンにおける「奴ら」との戦争の最前線だ。そして私の前にいるこの男、シャヒド・オコティエ中佐こそ、この基地における最高司令官であった。

「先月、ようやくわが軍にも艦娘が配備されてね。日本の妙高型重巡『羽黒』の廉価生産型20体だ。IWCOめ、リンツ条約(深海棲艦以外との戦闘に艦娘を使用する可能性がある国家への艦娘貸与を遅らせることを決めた条約)をいいことに4年間も我々にお預けを食らわせて……確かに我が国はインドと休戦状態だが、今さらカシミール(インド・パキスタンの係争地。旧中国も自国領と主張)など欲しいとも思わんよ。この基地には20体のうち5体が配備されている。大量生産型だからプロトタイプほどの性能は出ないが、あれでも十分な戦力だ」

シャヒドがタブレットをこちらに渡してきた。画面に表示された動画には警備艇から撮影されたのであろう艦娘、羽黒と「奴ら」との戦闘が映っていた。少女を模した兵器達が海上をアイススケートでもするように移動し、奴らを狩る。

「いい動きだろう? 米軍も正式採用している最新鋭の戦闘最適化システムを搭載しているんだ。それにプロトタイプと違ってE2(Expressing emotion、感情表現機能の略)が無くて助かっているよ。大量生産型は負荷がかかるという理由で最初からその機能を取り外されているようだけど、それで正解さ。一度日本の鎮守府を視察したことがあったが、あのプロトタイプの艦娘達ときたら、喜怒哀楽をあそこまで表現できるとは思わなかった。ただでさえカミさんのご機嫌取るのも楽じゃなのに、兵器のご機嫌取りまでさせられたら大変だからね」

戦闘を終え、帰還する艦娘達が画面に映る。その目は虚ろで、まるで何も見ていないかのようだった。

 

 

世間話もそこそこに、私達は本題へ入った。

「あの日は、正直に言うと何が起こったのか分からなかった。そう、全く。私はあの日カラチにある軍の宿営地にいたんだ。休暇だったんでね。馴染みの定食屋で昼食を終えて、宿営地に戻った時に事態を知った。「知った」と言っても敵が何かまでは知らなかったよ。『マノラ・ビーチで襲撃。死傷者が数十名。大規模なテロの可能性有り』。言われたのはそれだけ。確かに私もテロだと思ったよ。その二か月前には、イスラマバードでTTI(イスラム・タリバン運動)の自爆テロがあったばかりだったからね」

戦争前、パキスタンではテロが横行していた。米軍とパキスタン軍共同で行われたイスラム過激派テロ組織の首領暗殺が引き金となって、首都を中心として治安は悪化する一方だったそうだ。

「当時大尉だった私は住民の避難誘導、およびそれに伴う戦闘の指揮を命令された。よくある……と言えば嘘になるが、少なくとも想定されうる状況だった。トラックと4輪機動車に分乗して現場へ向かったんだ。投入されたのは2個小隊、状況に応じて支援班が後から来るはずだった。もちろん後続が来ることはなかったよ。同じような事態は他の地域でも起こっていたから」

グワダルやパス二、サーバンダーなどの海岸地域もその時、カラチと似たようなことになっていたに違いない。特にサーバンダーの悲劇についてはご存じの読者も多いはずだ。事態を民衆暴動だと間違えた地元兵士が逃げ惑う民間人を次々に射殺したあの事件である。

「車両はネピア・モール・ロードを走ってたんだが、途中で動けなくなってしまった。いやいや、車両の故障じゃないよ。我々の動きを妨げたのは人間の波、逃げてきた人々だ。何度クラクションを鳴らしても誰も止まらなかった。部下の一人は『空に向かって威嚇射撃したらどうか』なんて言ってね。さすがにそれはしなかったよ。私達は車両を降りて現場へ向かおうとした。そして、見たんだ」

「奴ら」のことですね、と私が聞くと、シャヒドは首を縦に振った。

「正面のマンションが砲撃を受けて、私は砲撃音のした方を見た。最初に見えたのはポール2体に、シャークハンドが3体だったかな。あれを見て、少なくともテロリストの攻撃ではないなと思ったよ。むしろ他国の侵攻だと思った。パキスタンに侵攻する可能性のある国とすると、思いついたのは当然……いや、この話はやめておこう。君はこれを本に載せるつもりなんだろう? 下手な発言は控えた方がよさそうだ」

問題がありそうな発言は削除しておくので大丈夫ですよ、と私が言うとシャヒドが笑った。だが笑みが見えたのは口元だけで、目は笑っていなかった。

「私は一方の小隊にネイティブ・ジェフリー橋まで戻って避難指揮を任せ、私の小隊は敵の偵察に向かった。イシュニク少尉……彼は私の部下だったんだが、彼と彼の部隊には本当に悪いことをしたと思っているよ。まさか空軍が橋を落とすなんて考えもしなかった」

『奴ら』の侵攻が始まって3時間後、橋を破壊することでカラチの都市部への侵攻を食い止められると考えたパキスタン軍部は空軍に戦闘機によるミサイル攻撃で橋を落とした。しかし時既に遅く、奴らはアラビア海からチャイナ川、チナ川を抜けて、カラチ中央部へ向かっていた。

「横道から横道に、できるだけ避難民のいない道を使って、私達は奴らに近づいた。ああやって裏道を進んだのが、今思うと正解だったね。バカ正直にメインストリートを使っていたら、キャリアーの艦載機とシャークハンドに狙い撃ちにされていただろうから。アルハビブ銀行の辺りまで来ると、奴らとの距離は50mほどに迫った。数年前のカシミール危機で派兵された時のことを思い出したよ。砂煙をあげてインド軍のT90(ロシア製戦車。インド軍が採用している)が走り去るのを、自分の無力さを感じつつ茂みに隠れてやり過ごしたあの感覚。向こうからこっちは見えていなかっただろうから、アドバンテージはこちらにあった。部下が私の命令を待たずに発砲するまでね」

途端に、シャヒドの顔は苦虫を噛み潰したようになった。

「シャークハンドが虫の息で動けない民間人を殺していたんだ。一人ずつ、確実に。その光景が兵士の一人に引き金を引かせた。当時私達に支給されていたのは米軍払下げのM16アサルトライフルで、使っていたのは5.56ミリNATO弾。最初の数発は確かにシャークハンドに当たったはずなんだ。しかし奴はびくともしなかった。弾丸を食らって倒れもしない生き物が……うん、一応あれは生き物だろうという予想はついていた。とにかく、驚きと恐怖が私を支配した。それからすぐだったよ、シャークハンドのあの機械的な左手がこちらに向けられたのは」

ここでパキスタン国防省よりシャヒドへ連絡が入り、取材は一度打ち切られた。

 

「待たせてすまなかったね。さて、どこまで話したっけ」

シャークハンドの左手が向けられた所までです。と私は言った。

「そうそう、そうだった。圧倒的な砲撃が浴びせられた。あいつが撃つ時に、キュイイインという音がするのは知ってるかい。あの後の戦闘でも何度か聞いたはずなのに、あの時の音だけが忘れられないものとして残ってるんだ。反射的に伏せた者は助かったが、立っていた者は皆上半身が吹き飛んだ。しばらく動けなくなったが、飛び散った部下の臓物が頬に触れて私はようやく我を取り戻した」

シャヒドが頬をさする。そして、まるで臓物が今もそこについているかのように、何かを払う動作をした。

「『敵に射撃。退路を見つけ橋まで撤退』。私は無意識にそんなような事を叫んでいた。本当に、指揮官としては最悪だったと思う。あの時の私は。銃弾の雨を奴らに浴びせ、ただ後ろに後ろに。自分達が今どの辺りにいるか地図を思い出すことにだけ頭を使った。民家、教会、スーパー、いくつもの建物を抜けてネイティヴ・ジェフリー橋を目指した。それだけに、橋がミサイルで落とされるのを見た時には……まず私は部下達の統率が取れなくなると思ったね。恐らく誰かが私を撃ち、皆が死にもの狂いでこの地獄から抜け出そうとし、あの悪魔の使い達に殺されるんだ、と」

奴らの侵攻初期、世界中の軍隊で上官殺しは珍しいことではなかった。常識を超えた敵を前にした兵士達が敵前逃亡を制止する上官を殺めた例は数えればきりがない。戦後政府そのものが消滅してしまった国家も多いため、彼らに対する処罰は現在もほとんど行われていないのが現状だ。

「しかしね、彼らは言ったんだ。『大尉、籠城できる場所を見つけましょう。生き残るんです。救援は必ず来ます。待ちましょう』と。……自信をもって言える。彼らは最高の兵士だった」

シャリフが一枚の写真を見せてくれた。生存戦争より前、恐らくカシミール危機の時の写真だ。シャリフを中心として、銃を持った複数の男達が笑っている。

「救助が来るまで15日間、私達の部隊はキマリ駅を拠点にして戦い続けた。避難した民間人とも協力したり、敵の勢力圏で息を潜めて待つ民間人を救助したり。ヘリが来た時、部隊の生き残りは私を含め3人。一人は救助された後傷口から入った感染症で死んだ。もう一人もジャンムー防衛戦で死んだよ。戦後、軍は私を戦勝記念式典に『英雄』の一人として呼んだが、辞退した。私は英雄なんかじゃない。英雄は死んでいった彼らのことさ」

 

 

帰り際、シャリフは私にあるものを見せてくれた。基地の地下三階、円筒型の巨大な培養器を思わせる器具の中で出撃を待つ艦娘達だ。何らかの液体で器具は満たされ、まるで眠り姫のように彼女達はそこにあった。

「奴らは傲慢な人間達を戒める神の使いだったのか、あるいはどこかの国が開発した生物兵器なのか。どのみち化け物には変わりない。人が相手にするには強大すぎる相手だよ。だからこそ、これがある」

軍人、シャリフ・オコティエ中佐は器具のガラスをコツンと叩き、

「化け物の相手は、やはり同じ化け物でないと」

 

 

 




イスクストヴォです。まずは読んで下さった皆様、ありがとうございました。

今日どうやらどこかの海で戦艦武蔵が見つかったようで、流行りに乗って大型艦建造をやってみたら案の定陸奥でした、はい。

今回の話に関しては、量産型の艦娘を誰にするかで悩みました。話の本筋とは関係ないんですけどね。羽黒にしたのは……あんまり深い意味はないです。羽黒提督の方々、申し訳ありません。

次の舞台を世界のどこにするか、まだ少し検討中です。そろそろ軍人以外の視点があってもいいかも。

それでは、今回はこの辺で。
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