IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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プロローグ

最初に見たのはガラス越しに見える良く分からない機械が沢山敷き詰められ弱々しい光に照らされた部屋。

 

最初に聞いたのは『白き少女』を包む水の揺れる音。

 

呼吸をすれば自分の口から酸素が吐き出されコポコポという音と共に上の方へと浮かんでは消えていく…。

 

ゆらり、ゆらり、入れ物に満ちた水が彼女を揺らす…。

 

(…此処は何処?)

 

知らない場所だ。いや、そもそも自分が誰なのか。どうしてこのような場所に居るのか。何故存在しているのかすら彼女には分かっていなかった。

 

彼女はキョロキョロと辺りを見回し、ぺたぺたと自分を閉じ込めているガラスの壁を触れては不思議そうに白い髪を揺らし首を傾げる。

 

(わからない)

 

何度考えても、何度辺りを見回しても自分の置かれている状況に彼女は理解出来ないで居た。しかしそれは当然な事なのだろう。彼女にとって自分が何者なのかと言う記憶など最初から存在しないのだから。

 

(…こわい)

 

心細い。寂しい。それが彼女にとって最初の感情だった。目覚めた場所が誰も居ない部屋で、しかも狭いポッドに閉じ込められればそう感じるのは当たり前なのかもしれない。閉じ込められた少女はガラスを叩き外に呼び掛けるもポッドの防音は完璧に機能しており少女の声は外には届く事は無かった。

 

 

 

 

あれからどれ程の時が経過したのだろう。陽の光どころか常時薄暗いこの部屋には時間と言う概念から隔離されているのではと錯覚までしてしまう程だ。しかし幾ら時間が分からないと言っても延々と声を出し続けていれば当然体力も消費する。幼い少女となればなおさらだ。先程まではガラスを叩き大きな声で助けを呼んでいたその姿も今では疲れ果て膝を抱え込み眠たそうにうとうととした表情で液体の中を漂っている。このまま疲れて寝てしまうのだろうか。そう思われたその時だ。

 

「これが例の欠陥品かね?」

 

閉ざされた部屋の入口が開かれ、その入口から漏れた光が彼女を照らしたのは…。

開かれた扉からはぞろぞろと見知らぬ大人達が入ってきた少女が入っているポッドを囲んで行く。何人かは部屋に置いてある機械を操作していたが少女にはそれが何なのかこの大人達が誰なのかは分からない。

 

「はい。髪の色素もそうですが、肉体の強度も他の実験体と比べて大きく劣っています。とても計画に使えるとは…」

 

(…誰?)

 

部屋に入ってきた大人達はきっと科学者か何かなのだろう皆、白衣を身に纏っていた。そして白衣達はこの部屋にいきなり現れてはポッドを見上げて口々に「欠陥」だの「劣っている」だのと目の前に居る少女を馬鹿にするような言葉を吐き、汚らしい物を見る様な目で彼女を睨む。しかしそんな視線を向けられている当の本人は唯不思議そうに此方を見上げて来る人物達を眺めていた。その姿はまるで水族館でべったり水槽にへばりついて水の中を泳ぐ魚を眺める子供の様だったが、立場はまるで逆でそれに眺めて居る者は大勢の大人。閉じ込められているのは魚ではなく幼い少女。余り見て心が和む光景では無い。寧ろ一般人から見れば不快極まりない物だろう。

 

「オリジナルや他のクローン達の髪の色は黒だと言うのに白とは…」

「何処かで問題が生じて…」

「髪だけでは無い。肉体の方もだ。これでは強化工程に耐えられん。これは明らかに失敗作だ」

 

(よく聞こえないや…)

 

額をガラスにくっつけて耳を凝らすも彼等の声は少女には届かない。

 

(…なに話してるんだろ?)

 

そんな彼女を他所に、少女の目の前で何やら討論を始める科学者らしき者達。科学者らしき者達の表情はどれも眉間にしわを寄せて渋いものばかり。その表情から察して彼女の存在は余りにも予定外の事であり大きな支障だったのだろう。これだけの設備だ相当の金額が動いていたに違いない。

 

「では、この欠陥品は廃棄しますか?」

「馬鹿を言うな!これ一体作るのにどれだけの費用を使ったと思っている!?」

「しかしこれのパラメーターでは先程も申しましたように今後の計画に耐えられるか…」

「…刷り込みは出来ているのだろう?」

 

今まで黙って少女を見上げていた老いた男が初めて口を開き低い声を鳴らして隣に控えていた男に問う。

この中で一番立場が上の人物だろうか。その老人が声を発するとその場にいた誰もが頭を低くして緊張の面持ちで彼に顔を向けていた。

 

「はい。他のクローン同様。戦闘知識他、規定の教育課程の刷り込みは完了しています」

 

男はそうかと頷くと暫し考える仕草を取りもう一度少女を見上げ呟く。

 

「…ISのデータ取りに使う。少しでも元を取れ」

「しかし所長。これは他の実験体とは違い何時壊れても可笑しくない状態で「誰か手の空いている者にこれの傍に常に待機させ監視させろ」は、はぁ…」

「我々にはもう後が無い。失敗は許されんのだ。良いな?」

「は、はい!」

 

次は無いそう言い聞かせる様な冷たい目で睨まれ、男の部下と思われる男性はその眼に怯え、声を震わせながらも返事をする。男はその返事を聞くと同時に白衣を翻し入口の方へと戻っていきその場に居た全員が彼の後に続いてぞろぞろと部屋を出て行く。

 

(待って!いかないで!)

 

部屋を去っていく彼らを見て少女はまた一人ぼっちになってしまうと慌ててガラスを叩くが誰一人振り向きはせず、無情にも扉は閉まり再び薄暗い部屋で唯一人になってしまった…。

 

(此処から…出して…)

 

そう願う少女の声はポッドの中で虚しく響くだけだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Side とある女性研究員

 

 

「は?私がですか」

 

突然の上司の辞令に私はコーヒーを飲む作業を止め、間抜けな声を溢し私の肩に手を置いている上司を見上げる。どうでも良いが作業中に突然背後から肩を叩くのはやめていただけないだろうか。「明日から来なくて良いよ」とか「今までお疲れ様」とか言われそうで心臓に悪い。

 

「ああ、例の…3510号の監視員をやってくれとの上からの命令だ」

 

3510号…ああ、欠陥品っていうあの…。

 

その噂は下っ端である私にも届いていた。何でも一体だけでも一生遊んで暮せるほどの大金はたいて作った実験体の一体がまるで役に立たない程の欠陥品だったという話だ。髪の色素は抜け落ち真っ白。肌の方も白く、筋力の方も他の実験体と比べ全て劣っていると言う事らしい。他の実験体は全て強化工程に入っていると言うのにその欠陥品だけは今だ調整の段階も終了していないと聞いている。廃棄はされるだろうって皆も私も思っていたのだが…。

 

まさか私がその欠陥品の監視員を任されるとはなぁ。拒否権…無いんだろうなぁ…。

 

嫌な仕事を押しつけられたものだと思う。何が悲しくてそんな嫌な役を好き好んで任せられなければならないのだ。断れるのなら断りたいが、自分は下っ端の研究員。勿論そんな事許されないのだろう。

 

「監視なんて必要なんですか?他の実験体は一纏めにしているそうじゃないですか」

「肉体が不安定でな。何時停止するか分からん」

 

うは、ホント嫌な仕事を押しつけられたわ…。

 

つまり24時間監視しろとの事だ。平社員は辛い物である。

 

「早急に頼むとの事でな。今日から監視に入ってくれ」

「き、今日からですか!?」

「うむ。調整も済んでいないからな。寿命が短い分、上の連中も少しでも多くのデータを取るためには時間が惜しいのだろうさ」

「はぁ…」

「まぁ、そう落ち込むな。一ヶ月かそこらで解放されるさ。そう長くは持たんよアレは」

「…」

 

上司の言葉に顔を顰めそうになったが、表情に出さない様に何とか耐えた。

幾らクローンで欠陥が生じているとしても実験体は生きている。それをどうとも思わない此処の連中は歪んでいるのだと私は思う。自分もその連中の一部なのだが…。

 

はぁ、慣れるってのも嫌な物ね…。

 

そう自分に嫌気が指しながらも椅子から立ち背筋を伸ばし与えられた事例を復唱する。

 

「…分かりました。現時刻から欠陥品の監視任務に入ります」

「うむ。愛玩動物を眺める気楽な仕事だと割り切って頑張りたまえ」

 

他人事のように…。

 

目の前で笑うおやじに苛立ちを覚えながらも、上司から監視対象が待つ部屋のカードキーを受取り自分の職場を後にした。この職場とも一ヶ月ほどお別れとなるとどうも複雑な気分である。別に誇れる仕事でも無いし、唯自分の才能を活かせると言うだけの場所。正直この場から離れられると聞いた時は少しだけほっとした気持ちが無いと言えば嘘になる。まぁ、あの上司の言う通り息抜きを与えられたと言う事で素直に喜んでおこう。息抜きの内容は人として最低の物だが…。

 

廊下を抜けエレベーターに乗り込むと目指す階のボタンを押す。目的の階はクローン培養区域の最深部だ。

 

あそこ薄暗くて気味が悪いのよねぇ…。

 

エレベーターに揺られながら私は心底嫌そうにうげぇ~と声を漏らす。

『最強のIS操者』のクローンを培養し優秀なIS操者を量産するこの計画も既に中盤にまで進んだ今では、クローン達の強化工程に入りクローンの培養は既に停止され殆どの者が培養区域には出入りする事は無くなった。その為か電力削減の一環で普段は必要最低限の明かりしかあそこは点けられていないのだ。量産段階に入るまでかなりの『人間の様な物』が廃棄されたからか研究員の間では出るって噂があるくらいだと言うのに…。自ら進んで出入りするのは相当のマッドサイエンティストか変人だろう。

 

「あ…着いたってうわぁ…」

 

ドアが開いた瞬間私は早くも引き戻したくなった。視界に映るのは廊下の奥が見えない薄暗い空間。天井のライトは点いておらず足元のランプだけが辺りを弱々しく照らしており、不気味な光景が広がっていた…。

 

「あ~やだやだ。帰りたい…」

 

弱音を吐きながらも床の明かりを頼りに目的地へ進んで行く。計画開始当初はこのエリアも多くの研究員が往ったり来たりしていたと言うのに今は本当に寂しくなった物だ。

 

「『クローン培養区画』…『クローン計画』最重要エリアとも呼べる場所…か」

 

『クローン計画』とは我が国が立ち上げたIS開発プロジェクトの一つである。他国の国々が最新鋭のISを開発する中、我が国はISの乗り手に注目し、もっとも優れたIS操者の遺伝子を使ってクローンを培養。優秀なIS操者を量産しようと言うのがこの計画の最終目的だ。勿論、人としてではなく兵器として…。しかし、問題点が多くあり今だ成功に至ってはいない。

そもそも、クローン技術がまだ完成されていない技術なのだ。そんな状態でどうして優秀な操者を量産できると言うのだろう。それが理由で国もこの計画を切り捨てようと言う声が上がっており、上の連中も最近焦り出している様だ。まぁ、下っ端の私にはあまり関係の無い話なのだが。

しかも聞いた話ではドイツでも似たような研究が行われ結果を残しているらしいと言うのに、我が国ではこの有様だ。本当に駄目駄目な国である。

 

まぁ、あくまで噂話だけど…。

 

そんな非人道的な実験が口外されるとは思えない。この国だってこの計画は機密中の機密なのだから。それに、ドイツは第3世代の開発も形が纏まりつつあると言う。我が国も別に操者にこだわる必要も…と、どうやら着いたらしい。

 

「この部屋ね…」

 

歩く足を止め目的の部屋の前で立ち止まる。この部屋が例の欠陥品とやらが保管されている場所だ。何だかんだ言って莫大な金額が掛かっている所為かセキュリティーは完璧で分厚く頑丈な扉で閉ざされており、爆弾でも持ってこない限りこじ開ける事は無理だろう。

私はポケットからカードキーを取り出すとカードリーダーに通しロックを解除する。

 

「これ、が…」

 

ロックが解除され開かれた扉を潜ると、私は思わず嘆声をもらし暗闇の部屋でおぼろげな光に照らされて生体ポッドの中で膝を抱えて眠っている白き少女を見上げた。

 

私もオリジナルの写真をテレビや資料で見た事はあったけど…。

 

「白い…髪…」

 

白だった。何もかもが。髪も肌も。オリジナルとは全て異なる色だった。それに、腕や足も簡単に折れてしまいそうな程細い。肉体の成長に必要な栄養素は常に生体ポットに満たされている培養液から送られていると言うのに、だ。

 

…成程、確かにこれは『欠陥品』だ。

 

目の前のそれを見て私は他の研究員の同じ感想を抱く。調整が済んでいないとは言えこれでは計画に使える見込みは0に近いだろう。それでも廃棄しないのはそれだけウチもヤバい状況にまで追い詰められていると言う証拠だ。

 

『パチクリ』

 

「…あら?」

 

考えに耽っているといつの間にか少女は眠りから覚ましポッドに張り付き此方を不思議そうに眺めていた。その姿を見て可愛いと感じたこの気持ちは何処かに捨ててしまおう。先の長く無い道具に感情移入などしてしまえば後が辛くなる。

 

…それにしても本当に似ていないわね。姿形は幼いとは言えオリジナルその物なのに雰囲気がまるで違う。髪の色で印象が変わったからかしら?

 

なんとなく手をポッドに触れてみる、すると彼女も私の手に重ねる様にしてポッド越しに手を合わせて来た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

好奇心旺盛な子供そのものね。他のクローン達も最初はこうだったのかしら?

 

私は下っ端だからクローンの開発まで深く関わってはいないが訓練中のクローンを何度か見た事はある。皆人形の様に表情が無く、唯命令を聞くだけの存在の様に見えた。一体何をすればこれからあの様な姿に変わり果てるのか…。

詳細は知りたくない。

きっとロクな内容ではないだろう。

 

「っと…眠り姫は我慢の限界みたいね」

 

気付けばポッドの中の少女はまるで催促するようにぺしぺしと割れる筈も無い防弾ガラスを叩いていた。どうやら出して欲しいらしい。そんな少女に私は苦笑するとポッドの足元にある端末を操作する。すると機械が作動する音を響かせた後、ポッドの中の培養液が少しずつ抜け始めた。少女は突然の事に目を丸くして驚いたがその表情はだんだんと驚きから興味へと変わっていく。

 

…本当に子供なのね。

 

培養液の排水口をじっと興味津々に見つめている少女の姿に私はそう思わずにはいられなかった。これが自分達の目標としている兵器になり得ると言うのだろうか?とても信じ難い。実際計画の内容を聞いた時でさえ眉唾物だったと言うのに更にこんな物を見てしまえばこの計画が成功するのか当事者である筈の私自身でさえ疑いたくなると言う物だ。

 

『ポッドを開放します』

 

「…」

 

培養液が排出させると同時にシステムアナウンスが発する機械音と共に少女を閉じ込めていた防弾ガラスがゆっくりと昇っていく…。

 

『pi―――…ポッドの開放を完了しました』

 

ポッドの開放が完了した事を知らせるアナウンスを聞き流しながら、私はぺたりと隔てる物が無くなったポッドの底にぺたりと座りこんでいる少女に歩み寄る。

 

「調子はどう?3510号」

 

身体の状態については既に知らされてはいるが、一応本人に確認した方が良いだろうと思い私は3510号に訊ねる。しかし返ってきたのは…。

 

「…?」

 

不思議そうに此方を見上げ首を傾けるという可愛いらしい少女の姿だった…。

 

言葉が通じない?報告によれば刷り込み作業は済んでるって話だけど…?

 

「あの…私の言ってる言葉が分かる?」

「コクリ」

 

少女は黙って頷くと私はほっと胸を撫で下ろす。

良かった言葉が通じた。刷り込みまで失敗してたらどうしようかと思ったわ…。

 

「本日より貴女の監視員になったクリス・オリヴィアよ」

 

素っ気無く挨拶だけ済ますと、私は彼女に背を向けて入口へと向かう。しかし背後からは一向について来る気配が無い。私は面倒だと深く溜息を吐き立ち止まり振り返る。

 

「何をしているの?ついて来なさい」

「!」

 

私の言葉に反応してか3510号はポットから這い出ると…

 

コテッ!

 

…こけた。それはもう盛大に頭から。地面におでこをぶつけて。

 

「…」

 

妙な静寂が部屋を支配する。

 

「!」

 

おでこの痛みに瞳を潤ませながら、ガバッと起き上がる3510号。しかし起き上がった途端…。

 

コテッ!

 

…またこけた。

 

ちょっと…まさか…。

 

「~~~っ!」

 

何度も何度も3510号は起き上がろうとするもその度に転んでいく。そんな虚しく奮闘する3510号を見て私は嫌な可能性が頭を過ぎる…。

 

「歩く所から始めろっての…?」

 

最悪のスタート。どうやら私は本当に面倒な仕事を押しつけられてしまった様だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 




挿絵機能やらが便利なのでこちらの方でも投稿しようと思います。
こちらでは誤字やら改定ならしていきながら投稿する予定です。

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