IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第4話「私は私」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「もきゅもきゅ…」

「なぁ…」

「…………」

「もぐもぐ…」

「なぁって、いつまで怒ってるんだよ」

「怒ってなどいない」

「ごっくん」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ」

「…ふぅ」

 

どうしろってんだよまったく…。

 

今現在、俺達が居るのは一年生寮の食堂。俺と箒、ミコトで同じテーブルで朝食をとっている訳なのだがこの通り気まずい空気が漂っている。昨夜から箒とは何もしゃべってはいない。一体何がいけなかったのか。ミコトが仲裁に入ってくれた後は許してくれたのにまた少ししたらまた怒って口をきいてくれなくなってしまったのだ。

 

何がいけなかったんだぁ…?

 

やっぱりあれか?あれだよなぁ…たぶん。でもアレは事故だって。

昨日、ミコトと分かれた後に俺と箒はミコトのおかげもあって仲直り出来た。でも、色々と不幸が重なって箒の下着を見てしまったと言うか鷲掴みしてしまったというか…。

 

いや、別に俺もわざと箒の下着を掴んだ訳じゃないんだってば…。

 

またミコトが助けてくれるかと期待してはみたがどうやらミコトはこの空気に気付いていない様子で黙々と朝食を食べているので助けてくれる見込みはゼロだろう。偶に視線が合う事があってもミコトは首を傾げて「?」と不思議そうにするだけだ。

 

「………」

「………」

「もきゅもきゅ…」

 

あ゛~気まずいい。なんて気まずい朝食なんだ。しかもまた周りの女子の視線が気になるし…。

 

「ねぇねぇ、噂の男子だって~」

「千冬お姉様の弟らしいわよ」

「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり強いのかな?」

 

…はぁ。

 

周りから聞こえてくる女子の話声に溜息を溢し、ご飯をつまむ。…うん。美味しい。

ちなみに俺のメニューは和食セット。ご飯に納豆。鮭の切れ身と味噌汁。そして浅漬け。まさに日本の朝食だ。箒も同じメニューだし日本人ならやっぱり白いご飯に限る。パン食も嫌いじゃないけどな。ミコトはパン食派みたいだ。トーストにベーコンエッグとサラダ。それに牛乳か。少し少なくないか?まぁミコトの小さな身体なら丁度良いのか?

 

「ミコトはそれで足りるのか?」

「もぐもぐ…ん」

 

口をもぐもぐさせて無言で頷くミコト。

 

「そうか。あっ、そういえば制服が変わってるな」

 

ミコトの制服は昨日の正規の制服とは違って、袖がダボダボなやつに変わっていた。そう言えばうちのクラスで同じような制服を着てた女子いたな。思い返してみればミコトのルームメイトじゃないか。

 

「ん。プレゼント」

 

プレゼントって事はあの子に貰ったのかな?

 

「そうか、良かったな。似合ってるぞ?」

「…ん♪」

 

おお、貴重なミコトの笑顔だ。

 

「…あれ?ルームメイトの子は一緒じゃないのか?」

 

話題に上がっていた本人が居ない。ミコトのルームメイトなら一緒に居る筈なのに食堂に来た時はミコト一人だったよな?

 

「ん。まだねむいからねかせてって」

「え゛っ?」

 

うぉーい。それは不味いんじゃないですかー?

 

あと五分、あと五分…が永眠になってしまうではないか。何でも相手の望み通りにしてあげる事がその人にとって良い事に繋がるとは限らないんだぞミコト。とりあえずのほほんさん(仮)は遅刻確定で地獄行きだ。ご冥福をお祈りします。南無…。

 

「………」

 

無関心、か…。

 

ちらりと箒を見たが、箒はわれ関せずと言った様子で黙々と朝食を食べている。何て言うか箒は他人に関心を持とうとしないよな。何か壁を作ってると言うか。昨日から俺とミコト以外の人に話してる所なんて見た事無いし。

 

「箒?」

「…何だ?」

 

ミコトには反応するのかよ。

 

俺にはろくに顔を向けない癖にミコトには反応をする箒。何だこの違いは?差別反対…って今の時代そんな事言ってられないか。生きにくい時代だなまったく…。

 

「怒ってる?」

「…怒ってなどいない」

「でも、一夏…」

「女の敵の言う事など気にするな!」

 

ひでぇ…。幼馴染から女の敵にランクダウンしたぞ…。

 

「ん…」

 

強い口調で言われて流石のミコトも黙りこんでしまう。流石に今のは言い過ぎだろ。ミコトは箒を心配して言ったのに…。

心なしかミコトの表情も沈んでいる様に見える。まずいな。これは良くない。周りを巻き込むのは駄目だろ。箒が人づきあいが苦手なのは昔から相変わらずみたいだけどさ…。

 

「おい、箒」

「………」

「ミコトは悪くないだろ。違うか?」

「っ!……ミコト、すまない」

「?」

 

箒に謝られて不思議そうに首を傾げるミコト。

 

「その…今のはきつく言い過ぎた」

「ん…フルフル」

 

気にするな。そう言うかの様にミコトは首を振ると食事を再開する。相変わらずの口足らずだが、でも俺には分かる。ミコトの表情が少しだけ明るくなったのを。

 

ふぅ…。

 

友達になって次の日に喧嘩なんて嫌だよな。俺と箒のことでミコトを巻き込まれる必要も無い。そのためには早く箒の機嫌を直さないと…。

 

「なぁ、箒―――」

「な、名前で呼ぶなっ」

 

なんと、名前で呼ぶことすら禁止されてしまった。どうしろってんだ。どんどん状況が悪化する一方だぞ?

 

「ごちそう、さま」

「お、もう食べ終わったのか?」

「ん」

 

いつの間にか朝食を食べ終えて御馳走様をするミコトは席を立ちトレーを持ってこの場から去っていく。朝食が終わったら直ぐにSHRが始まるからな。流石にミコトも昨日の今日で反省してるだろ。たぶん…。

 

「あ…」

 

ん?

 

「………」

 

箒がミコトが去っていくのに何やらぽつりと声を漏らす。俺は何事かと箒を見たが箒は慌てて顔を伏せて再び口を閉じた。

 

「………」

「………」

 

き、気まずい…。

 

巻き込まないと決めたばかりなのに早くもミコトに助けを求めそうになる俺。ミコトと言う名の中和剤がこの場に居なくなった事で更に気まずさを増したこの空間。互いの耳に聞こえるのは箸の音のみでそれ以外の周囲の雑音は俺達には聞こえていなかった。

 

かちゃかちゃ…。

 

無言の為か食事のペースが早い。俺も箒ももう殆ど食べ終わっており完食するのもあと数分も要らないだろう。どうする?このまま終わらせていい物なのか?この状態を引き摺るのは余りよろしく無い気がする。ここはどうにかしないと…そうだ!

 

「な、なぁ。ほうk…篠ノ之さん」

 

ギロッ!

 

何で睨むんだよ!?名前で呼ぶなって言ったの箒じゃないかっ!?

 

「え、えっとさ…俺、決闘する事になっただろ?でも、ISの事全然分からなくてさ。このままじゃ何も出来ずに負けそうなんだ」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

 

その通りなんだけどさ…。

 

「うぅ…だ、だからさ?教えてくれないか?ほら、俺より箒の方が詳しいだろ?」

 

負けじと話を続ける。此処で引いたらそれまでだ。何も進展しない。

 

「ミコトに頼めば良いだろう。ミコトは自分の専用機を持っている。実力は保証できる」

「駄目なんだよミコトは。箒でなきゃ」

「っ!?そ、そそそれは!どう言う意味だっ!?」

 

ん?何で顔を真っ赤にするんだ?

 

突然顔を真っ赤にして箒は何やら興奮した様子で訳を訊ねてくる。鼻息を荒くして睨んでくるその眼は真剣そのものでまるで昔、箒と剣道で打ち合ってた時の事を思い出す。何をそんなに真剣になってるんだ?いや、だってミコトが他人に物を教える光景を想像出来るか?出来ないだろ?少なくとも俺は無理だ。想像出来ない。

 

「そりゃあ、教えてくれるなら親しい奴の方が教わりやすくて良いだろ?」

「し、親しいっ!?」

 

素っ頓狂な声を上げる箒。何ださっきから。様子が変だぞ?それに頭から湯気出てるし…。

 

「幼馴染だからな。そうだろ?」

「………」

 

幼馴染と聞いてガクリと肩を落とす。何だよ今度は落ち込んだりして。忙しい奴だな。こんなに感情の凹凸が激しい奴だったっけ?

 

「箒…?」

「名前で呼ぶなっ!ふんっ!」

「ちょっ!?箒!?待てよっ!?」

 

ガタッと大きな音をたてて立ちあがったと思ったら、箒はトレーを持ってカウンターへと言ってしまった。何だよ?急にまた怒りだして…。

 

「何時まで食べている!食事は迅速に効率よくとれ!遅刻したらグランド10周させるぞ!」

 

先に帰ってしまった箒と入れ替わる様に千冬姉が食堂に入って来ると、大きな声を張り上げてはそんな恐ろしい事を言ってきた。千冬姉の声を聞いた途端食堂に居た全員が食事の速度を上げる。昨日グランドで走らされた本人にしてみれば今の千冬姉の脅しはとんでもなく効果的なものだと分かる。俺も早く済ませるか。

 

ひょいぱくひょいぱくと残りの朝食を口に放り込むとトレーを持ち返却口に向かった。

 

結局、何がいけなかったんだ…?

 

 

 

 

 

「うえ~ん!みこちー酷いよ~!朝から死にそうだったよ~!」

「?」

 

案の定、遅刻したのほほんさんはグランド10周の刑に処されてたとさ。でもミコトがとっておいてくれたパンのおかげで空腹は免れたようだ。その優しさを別の方に生かせたら良かったのにな。ミコト…。

泣き喚くのほほんさんに、訳が分からず首を傾げてパンを渡すミコトの姿が妙な不思議空間を作り出していたのは印象的だった…。

 

「あぐあぐっ…おいしいよ~…えぐっえぐっ…」

「ん」

 

泣きながらパンを貪るのほほんさんを見て、満足そうに頷くミコト。

何だよこの光景…。

 

 

 

 

 

「う゛ぅ~…」

 

唸り声を上げならが教科書と睨めっこをする俺。傍から見れば気味の悪い光景だろう。しかし俺にとっては周りの視線など気にしてる状況では無かった。

 

わ、わからん…。

 

単語は分かるのだ。昨日放課後残ったおかげかある程度の単語は理解出来る。しかし、根本的に理解不明な箇所がいくつもある。まるでそれは数学の数式を覚えないと解けない問題の様。まずい。このままでは授業に置いてかれてしまう…。

 

「うぅ~ん…」

 

パァンッ

 

「あいてっ!?」

 

教科書と苦闘していると、乾いた音と共に俺の視界に星が散る。当然その原因は千冬姉の出席簿だ。もうお決まりになってないかこれ?

 

「黙って授業を受けれないのかお前は」

 

流石の千冬姉も呆れている。

 

「すいません…」

「はぁ…まぁ良い。ところで織斑。お前のISだが準備まで時間がかかる」

「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「専用機?」

 

専用機。ミコトが持ってる奴の事だよな?何度もその単語を聞いたけど未だに理解して無いんだよなぁ。

 

「お前は…まさか専用機が何なのか理解していないのか?」

「はい」

 

パァンッ!

 

いてぇ…。

 

本日二発目頂きました…。

 

「教科書6ページ。音読しろ」

「え、えーと…『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ乃博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」

「な、なんとなく…」

 

つまりミコトは本当に凄いって事だよな?467機しか無いのにそれを与えられてるんだから。それが俺に与えられるって事か。実験体としてだけど…。

 

俺の場合は名誉とかじゃなくモルモット気分で嬉しくないんだが。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者何でしょうか…?」

 

女子の一人がおずおずと千冬姉に質問する。まぁ、篠ノ之なんて名字そうそうないからいつかはバレルとは思ったが随分と早かったな。そう、篠ノ之束。ISを一人で開発させた稀代の天才。千冬姉の同級生で、箒の姉だ。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

あっさりと答える千冬姉。良いのだろうか?教師が生徒の個人情報をばらしたりなんかして…。

現在、束さんは指名手配中の人物。別に犯罪を起こした訳ではない。しかし、IS技術の全てを把握している人間が行方不明と言うのは各国政府、機関関係者とも心中穏やかではないだろう。もし、自分の知らない所でISを大量生産されて組織なんて造られたら…想像しただけで恐ろしいだろう?

 

まぁ、本人はどうでもいいんだろうなぁ…。

 

あの人は世間なんて興味は無い。自分に身内以外はどうでも良いのだ。つまり世界征服なんて考える筈も無い。世界なんて興味ないだろうし。

 

「ええええーっ!す、すごいっ!このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度IS操縦教えてよっ」

 

授業中だというのに箒の机にわらわらと女子達が群がっていく。それはまるでお菓子に群がる蟻のよう…って本当に授業中なのに良いのか?これ?自由すぎるだろ。

 

「あの人は関係無い!」

 

教室中に響く突然の大声。その声に呑まれて箒に群がっていた女子も、そして俺も何がおこったのか分からない様子でぱちくりと瞬きをしていた。

 

「ん…箒は箒」

 

…いや、訂正しておく。ミコトを除いて、だ。ミコトは今の大声に動じることなくすぐ傍に居る俺に微かに聞こえる程の小さな声でそう呟いていた。「箒は箒」か、確かにその通りだよな。

俺も千冬姉っていう有名人の身内だけど、やっぱり関係ないんだよな。俺は俺。箒は箒だ。

 

「…突然大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

苦痛な表情でそう告げると皆から目を背けてしまう。盛り上がっていた女子からしてみれば冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ自分の席に戻る女子達の表情は困惑や不快といった感じの物を浮かべていた。

 

しかし、今の箒の表情。まるで束さんを憎んでいる様な…。

 

箒って束さんのこと嫌いだったか…?

 

昔の記憶を探ってみるがどうしても箒と束さんが一緒にいる光景が出て来ない。そう言えばいつも束さんの事を訊ねたらそこで会話が終わってたような気がする。まさか本当に仲が悪いのか?

知り合いの、それも幼馴染が家族との関係が悪いのはあまり良い気分がしない。箒の親御さんとは道場に通ってた時に世話になったし、束さんとも何度もあった事がある。どうしても他人事には思えない。

 

あとで箒に聞いてみるか…。

 

余計なお世話かもしれないし、聞かれたくない事かもしれないが俺にとって箒は大切な友達だからな。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」

 

だから、授業中だってのに…。

 

いつの間にか俺の席の前にやって来ていたセシリアは、相変わらずの強気な態度でそう言い放って来た。

 

「まぁ?一応勝負は見えてますけど?さすがにフェアじゃありませんものね」

「? なんで?」

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生…」

 

いや、それはもう何度も聞いたから。

 

「つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

 

専用機ならミコトも持ってるし、寧ろ俺はミコトが主席だって言う事実の方が衝撃的だったな。あれ以上に驚く事なんてそうそう無いぞ。

 

「…馬鹿にしてますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが」

「それを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

 

ババン!両手で机を叩かれる。あのな?授業中何だぜ今…。

 

「…こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう?世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか…」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか…」

 

マジ知らなかったぜ…。

 

「そこは重要じゃないでしょう!?」

 

ババン!だから授業中だと(ry

 

「あなた!本当にばかにしてますの!?」

「いや、そんなことはない…」

「だったらなぜ棒読みなのかしら…?」

 

なんでだろうね?

 

「なんでだろうな、箒」

 

私に振るな!と突き刺さりそうな視線で睨みながら告げてくる。すいませんでした。

 

「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」

 

こいつは馬鹿か?それとも空気が読めないのか?さっきの箒の反応見ただろ。それは禁句ワードなんだって…。

案の定、俺に向けられていた鋭い視線はセシリアへと矛先を変える。

 

「妹と言うだけだ…」

 

物凄い剣幕でセシリアを睨む箒。その怒気を含んだ視線に流石のセシリアの怯んでしまう。と、その時だ。険悪なムードで静まり返っていた教室にその声が響いたのは…。

 

「箒は箒…」

 

また、ミコトがそう呟く。今度は他の皆にもそれが届いたらしく皆の視線がミコトへと集中した。セシリアもまた箒の視線から逃れる為にミコトへと振り返る。

 

「オ、オリヴィアさん?何か言いまして?」

 

箒にビビって若干顔が引き攣ってるぞセシリア…。

 

「箒は箒…」

「はい?」

「他の、だれでもない」

 

無表情だが瞳には何か強い意志の様な物を籠めてミコトはセシリアと向き合いそう告げる。そして、それを聞いていた箒は目を丸くしていた。正直、俺も今のミコトの行動には驚いている。ミコトは余り周りに自ら干渉する方では無いと思っていたから。周りに余り興味が無いと思っていたから。

でも、今日の朝食や昨日の夜だって自ら進んで俺達の仲裁に入って来てくれた。もしかしたらミコトは束さんの様なタイプで、更に何か自分のルールに基づいて行動しているのかもしれない。今の発言が俺にはそう思えたから…。

 

「一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う」

 

織斑千冬の弟だとか。篠ノ之束の妹だとか。…織斑千冬に瓜二つだとか関係無い。言葉足らずだが、きっとミコトはそう言いたいのだろう。

 

「セシリアは代表候補生だからセシリア?」

「え?」

 

突然の質問にきょとんしてしまうセシリア。

 

「代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?」

「そ、そんな事ありませんわ!この肩書はセシリア・オルコットの名に付いて来たもの!代表候補の名の御蔭でわたくしがある訳ではありませんわ!」

「ん、箒も同じ」

「ミコト…」

 

箒が不器用に照れながら笑っている。箒だけでは無い。俺達の様子を眺めていた千冬姉もそうだ。山田先生なんて涙まで浮かべてるし…。

 

「そうだねーみこちーの言う通りだよー」

「そうね。篠ノ之さんの気持ち考えて無かったかな…」

「私もわるい事しちゃった…」

「わたしもー…」

「やっぱり身内が有名人だと苦労するんだろうね」

 

空気を読んだのか、それとも狙っていたのか、ナイスなタイミングののほほんさんの言葉に次々と女子達の反省の言葉が聞こえてくる。それを聞いてミコトは満足そうに頷く。

 

「ん…つかれた」

 

普段話さない所為か疲れたのだろう。表情が寝むそう…っておいまさかっ!?

 

「おやすm「誰が許すか馬鹿者」あぅ…」

 

寝ようとしたミコトの頭に出席簿が炸裂する。千冬姉の目の前で居眠り宣言するなんて勇気あり過ぎだろ。

 

「ふ、ふんっ!いいですわ!ならこのセシリア・オルコットを証明して差し上げましょう!明後日の勝負で私の実力を見せてご覧に入れますわ!」

 

この場の空気にいたたまれなくなったセシリアは、ずびしっと指をさして高々と宣言してくる。何て言うか、段々噛ませ犬っぽくなってきてるな。

 

…あれ?そう言えば。

 

「あのさ、もしミコトが勝ったらどうなるんだ?」

 

セシリアが負けたらそこまでって訳じゃないだろう。一応、クラス代表を決める勝負でもある訳だし…。

 

「はぁ!?何を言ってますの!?そんな事ありえませんわ!」

 

あのさ…この世に絶対ってないんだぜ?

 

自分の力に自信を持つ事は良い事だが、そう言う慢心は自分を滅ぼすと俺は思う。ほら、漫画やアニメだってそう言う奴は負けたり罠にはまったりしてるだろ?

 

「もしオルコットがオリヴィアに敗北した場合、その時は織斑とオリヴィアが対戦する事になるな。喜べ、シード権はお前の物だ」

 

嬉しくないんですけど…。

 

別に俺はクラス代表になりたい訳じゃないし、ミコトと勝負したい訳じゃない。そんな権利を貰っても全然嬉しくないんだが…。

 

「織斑先生!わたくしが負ける筈「黙れ馬鹿者」アイタっ!?」

 

千冬姉に反論しようするがそれはセシリアの頭に出席簿が振り下ろされた事により中断させられてしまう。流石の代表候補生様でもあれは痛い様だ。

 

「いい加減席につけ馬鹿者が。授業が進まん」

「す、すいません…」

 

頭を押さえてとぼとぼと自分の席に戻っていくセシリア。流石のセシリアも千冬姉には逆らえないか。

 

「まったく…餓鬼は喋り出したら止まらんから困る。授業の続きをするぞ」

 

『は、はい…』

 

かなりご立腹の千冬姉のギロリとした視線に震えあがる俺ら一同(ミコト除く)は、今日は一切私語無く授業を受けるのだった…。

 

 

 

 

 

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…。

 

「箒」

 

びくっ!

 

授業も終わって昼休憩になったので箒を誘おうと思ったのだが、さっきの一件を気にしてるのか俺が話しかけるとビクリと身体を跳ね上がらせる箒。何をそんなにビビらせるのか…。

 

「飯食いに行こうぜ」

「…私は、いい」

「まぁ、そう言うなって。ミコトも一緒に行こうぜ?」

「ん」

「っ!?ミコト!?」

 

だから何をそんなに意識してるんだよ?

 

「本音も一緒、いい?」

 

ん?本音…?

 

知らない名前に首を傾げるとミコトは俺達から離れて行くと、教室の隅の方で雑談している仲良し3人グル―プから一人だぼだぼの制服を着た女子を連れてくる。ああ、のほほんさんか。本音って言うんだ。まぁ、いきなり呼び捨ては不味いから今後ものほほんさんでいくとしよう。

 

「んー?みこちーどうしたのー?」

 

訳も分からず連れて来られたのほほんさん。ミコトよ。こう言う時はちゃんと要件を伝えて連れてくるもんだ。意思疎通は大事だぞ?

 

「お昼、たべる」

「おりむーと!?いいよー!喜んでご一緒するよー!」

 

ぴょんぴょんと跳ねながらOKするのほほんさん。何て言うか雰囲気的にミコトと良いコンビかもな。

 

「ま~ち~な~さ~い!」

「抜け駆け禁止!」

「むぎゅ~!?」

 

のほほんさんと一緒だった二人がぐわしとのほほんさんの頭を掴む。ちょっ!?首しまってるしまってる!?

 

「織斑くん。私達ちょっとOHANASIがあるからこの子借りるね?」

「じゃあ!そう言う事で!」

「おりむ~!みこち~!たすけてぇ~!?」

 

…強く生きろ。

 

「お~…?」

 

ずるずると何処かへ連れ去られていくのほほんさんを俺とミコトは唯見送る事しか出来なかった…。くっ!無力な俺達を許してくれのほほんさん!

 

…まぁ、それは置いといてとりあえず飯にしよう。

 

「じゃあ、いくか」

「ま、待て!私は行かないと―――」

「箒?」

 

箒の袖をちょこんと握って箒を見上げるミコト。そんなミコトを見て箒はたじろくと…。

 

「ぐっ…仕方ない。ミコトには借りがあるからな」

 

簡単に折れて照れ隠しをしながら昼食を一緒に取る事を了承した。まったく昔から素直じゃないな箒は。まぁ拒否しても強引に連れて行ったけどな。

 

「それじゃ行こうぜ」

「だ、だから手を握るなと言っているだろうっ!?」

「そう言うなって。昔は良くこうしてただろ?」

「今と昔は違っ…こ、こら離せ!?」

 

箒が何か言ってるが俺は気にせず箒の手を引っ張って食堂に向かう。別に恥ずかしがる事は無いだろ幼馴染なんだし。ミコトが気になり後ろを振り向けば騒いでいる俺達のあとをちょこちょこと付いて来ているみたいだ。なかなか良いトリオじゃないか俺達。性格が見事にばらばらで。

 

 

 

 

学食に到着。しかし出遅れた所為か殆どの席が埋まっている。まぁ3人程度ならなんとか席は確保できると思うけどそれも早くした方が良いな。誰か一人に席をとっておいて貰わないと。

 

「ミコト」

「ん?」

「3人分の席確保しといてくれないか?3人で食券買いに行くと全部埋まっちまいそうだから」

「ん」

 

任せろと胸を張って頷いて見せるミコト。何だから背伸びをしたいお年頃の子供を見ているみたいで可愛らしい。

 

「何食べるんだ?俺が持って行ってやるから」

「サンドイッチ」

「サンドイッチセットか。分かった。んじゃ、席の方頼んだぞ?」

「ん」

 

ミコトは頷くと生徒で混み合っている渦の中へと消えて行った。頼んだ俺が言うのも何だが大丈夫だろうか?ミコトは背が小さいからあの中に居るのは危ないかもしれないぞ。もう見えなくなってどうしようもないが…。

 

「…大丈夫なのか?」

 

お、流石の箒も心配か。そうだよな。人選間違えたかもしれん。

 

「大丈夫…だといいなぁ」

 

俺はミコトが消えた人混みを眺めてそう呟く。正直自信ない。

 

「何を他人事のように!…こほん」

「ん?何だ?心配なのか?」

「なっ!?決してそのような事は…」

 

にやにやと笑みを浮かべてそう訊ねるが箒は顔を紅くして顔を逸らす。はは、何を照れてるんだか。

 

「嬉しかったんだろ?ミコトにあんな事言われて」

「…何のことだ」

「箒は箒ってやつだよ。その通りだよな。束さんあっての箒じゃないもんな」

「………」

 

箒は俺の隣で顔を俯いて何も言わない。きっと箒にもこの6年間で色々あったのだろう。それがどんな事か俺には分からないがきっと辛い経験があったに違いない。なんたって自分の姉である束さんの事を聞かれただけであんな態度をとるのだから、それだけの事があったのだろう。

 

「…さて、何を食おうかな。箒はどうする?俺と一緒で良いか?」

 

朝食も俺と同じだったし食事の好みは俺と一緒だろう。

 

「か、勝手に決めるな」

「じゃあ何にするんだよ?後がつかえてるんだか早く決めろよ。俺は日替わりにするぞ。鯖の塩焼き定食」

「む…じゃあ私もそれを…」

 

結局同じか。まぁ良いけどな別に。日替わり二つとサンドイッチセットの食券を買うと、販売機の列から離れてカウンターへと向かい食券をおばちゃんに渡した。

 

「おばちゃん。日替わり二つにサンドイッチセット一つね」

「はいよ。アンタが噂の男子生徒かい?流石は男の子。沢山食べるねぇ」

「いやいやそんな訳無いよ。ただ友達の分も頼まれてるだけだよ」

 

やっぱりIS学園の関係者なら例えどんな職業でも俺を知ってるんだな。まぁニュースでもやってたし別に可笑しくはないか。

 

「はい、日替わり二つにサンドイッチセットお待ち」

「ありがとう、おばちゃん。おお、旨そうだ」

「旨そうだじゃないよ、旨いんだよ」

 

そう言っておばちゃんはニカッと笑う。うん。このおばちゃんはいい人だ。たぶんこの学園内の女性で一番心が許せる人かもしれない。懐が広いって意味で。

 

さて、じゃあミコトの居る場所に行くとするか…ん?

 

「………」

「どうかしたのか?箒」

 

ミコトのサンドイッチと日替わりが乗ったトレーを両手に持ちミコトが待っている場所に向かおうとすると、何故か唖然と立ち尽くしている箒の姿が。俺はどうしたんだと訊ねたら無言で自分が見ている方向を指差す。俺はその指差す方を視線で辿っていくと…。

 

なんじゃありゃ!?

 

箒の指差した方角には沢山の人だかりが。しかし俺が驚いたのはそんなものじゃない。俺や箒を驚かせている原因は、その人だかりを阻むようにして中央に陣取っている鋼鉄の翼。そしてその翼はよく見てみれば一つのテーブルを守る様に翼を折り畳んでいる。置物か何かかと思いはしたが俺達が来た時にはそんなものは無かったし、第一あんな所に置いたらテーブルが使えない。つまりは置き物じゃないってことだ。

 

「な、なんだよあれ…?」

「ISだ…」

「IS!?あの翼がか?」

「恐らくな。だが、一体誰がこんな所で…」

 

確かISは特定の場所でしか使用は許可されて無いらしく。それ以外の場所での使用は厳しく処罰される。これは入学初日の授業で教えられた事だ。俺もそれは覚えているし他の連中だって知らない筈は無い。

 

まさか、なぁ…?

 

気のせいだろうか。あの翼、あのテーブルを誰にも使わせない様にしているのに見えるのは…。

 

―――3人分の席確保しといてくれないか?

 

先程ミコトに頼んだ事を脳内でリピートする。まさか。まさか…。

 

「「………」」

 

ダラダラと嫌な汗を掻いている俺と箒は顔を互いに見合わせるとその翼の方へと近づいて行く。頼むからそうで無いでくれと祈りながら。

 

…しかし、その祈りはどうやら届かなかったらしい。

 

「ん。きた」

「ミ、ミコト…」

「お前と言う奴は…」

 

俺達が見たのは満足そうにテーブルを陣取っている翼を生やしたミコト姿。それを見て頭を抱える俺と箒だったが、頭を悩ませている張本人のミコトは俺達の気持ちを知らずに首を傾げているだけだった…。

その後、勿論説教が待ち受けていた。今回は初犯と言う理由で許して貰えたが次は罰を受けて貰うときつく注意されて開放。そして今現在に昼食をとる俺達に至る。

 

「あのな、ミコト。もう少し考えてから行動しような?」

 

すっかり冷めてしまった味噌汁を啜りながら俺はミコトに言い聞かせるように注意する。まるで子供に躾けする親の気分だ。

 

「?」

 

いや、そんなに不思議そうにされても…。

 

「ミコト。学園内でのISの無断使用は禁止されている。今後はさっきの様な事はやめろ。良いな?」

「ん」

 

本当に分かってるのか不安だが、まぁ良しとしよう。それより飯だ飯。

 

「そういえば、さっきの翼何なんだ?」

「ISだ。専用機は部分的に展開する事が可能なんだ。さっきのあれはミコトが翼を部分展開したものだろう」

 

部分展開。また分からない単語が出て来たぞ…。

 

「えっと…つまりあの翼はミコトのISの一部って事か?」

「ん」

「そう言う事だ」

 

へぇ…そんな事が可能なのか、ISって…。

 

「やっぱり全然だ。よく分からん」

 

どう言う原理でそんなの事が可能なのか、どう言う仕組みなのか、俺の頭では到底理解出来そうに無い。

 

「なぁ、朝の話の続きなんだけどさ。頼むから教えてくれよ」

「…またその話か」

「?」

「頼む!頼むよ!箒だけが頼りなんだ!」

「………私だって特別に詳しい訳じゃない。お前に教えれる事なんて大して…」

「それでも俺より圧倒的にマシだろ?俺なんて基礎知識すら駄目なんだし。だからさ!このとおりだ!」

 

手を合わせて箒を拝む。本当に箒が頼みの綱なんだ。これで断られたら俺はもうどうしようもなくなる。何も出来ないままあいつに負けるなんて絶対に嫌なのだ。

 

「………今日の放課後」

「え?」

「今日の放課後。剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」

「いや、俺はISのことを―――」

「付け焼刃の知識でどうにかなる相手だと思ってるのか?」

「ぐっ…」

 

箒の言う通りだ。セシリアは国に認められたからこそ専用機を任せられている。それに比べて俺は素人も素人。今更どう頑張った所でこの差は覆す事は不可能だろう。

 

「なら、無様な戦いをしない様に身体に戦い方を刻みつけてやる。ISの性能は操縦者の実力にも左右される。これぐらいは常識だ」

「むぅ…」

 

一度ISに乗った事のあるから箒の言いたい事は分かる。ISに乗れば操縦者とISは『繋がる』。つまり自分が思う通りに動かせるのだ。だから操縦者の実力にも大きく左右するのは理解出来る。

 

「分かったら放課後剣道場に来い。良いな?」

「はい…」

 

有無言わさずの言葉に俺は唯黙って従うしか無かった。情けなく箒に頭を下げる俺。そして俺の隣ではもぐもぐと無表情でサンドイッチを頬張るミコトの姿があったとさ…。

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ」

「いや、どう言うことって言われても…」

 

俺と箒は約束通り放課後に剣道場へ来ていた。

また大勢のギャラリーが剣道場の外から俺を見に来ており、俺はそんな中で箒に怒られていた…。

 

「どうしてこんなに弱くなっている!?」

 

手合わせを開始してから10分。結果は俺の一本負け。その結果に不満なのか面具を外した箒は目尻を吊り上げて俺を叱る。

 

「受験勉強してたから、かな?」

「…中学では何部に所属していた?」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

まぁ、それには理由があるのだが。実際は家計を助ける為にバイトをしてたり、あと家事とかが大変で、部活とかそれどころでは無かったのだ。千冬姉は家事は全然だから俺がしっかりしないと家はゴミ屋敷と化してしまう。

 

「―――なおす」

「はい?」

「鍛え直す!何だそのていたらくは!?情けない!それでも男子か!?これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

「え゛!?」

 

思い掛けない展開につい変な声を上げてしまう俺。

 

「ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど…悔しくは無いのか、一夏!」

「そりゃ、まぁ・・・・格好悪いとは思うけど」

「格好?格好を気にする事が出来る立場か!それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「楽しいわけあるか!珍動物扱いじゃねぇか!その上、女子と同居までさせられるんだぞ!何が悲しくてこんなってうわぁ!?」

 

俺の頭目掛けて振り降ろされる竹刀をぎりぎりのタイミングで竹刀で受け止める。馬鹿お前!?防具を外してる状態で打ち込んでくるんじゃねぇよ!?殺す気か!?

 

「わ、私と暮らすのが不服だと言うのか!」

「お、落ち着け箒!?俺はまだ死にたくない!?」

「女に命乞いとは情けない!この軟弱者め!男ならやり返してみせろ!」

 

無茶言うな!全国大会優勝者相手に出来る訳無いだろうが!?何年ブランクがあると思ってるんだ!?

 

受け止めるだけで精一杯だと言うのにやり返すなんて到底無理な話。今の一撃だって生存本能が働いて奇跡的に受け止められた様な物だ。

 

「…今日は此処までだ」

 

死の危険から解放されたが、向けられたのは軽蔑の眼差し。そして箒は今日の稽古の終了を告げるとそのまま更衣室へと消えてしまった…。

 

「はぁ…」

 

俺は箒が去ったのを確認して大きなはめ息を吐く。それは命が助かった事による安堵か、それとも自分の情けなさによるものなのか、それとも両方からか…。

 

両方、だよな…。

 

自分の手を見てみれば稽古の際に打たれた小手で、手が赤くなっていた。これは痛い…。

 

強くなったよなぁ。箒。

 

昔は俺の圧勝だったのに今では真逆だ。それ程箒は努力して、俺は怠けてたって事なのか…。

 

「織斑君ってさぁ」

「結構弱い?」

「本当にIS動かせるのかなー」

 

ひそひそと聞こえてくるギャラリーの落胆の声。勝手に期待したのはあっちの方だが、それでも男が女に負けるのは惨めで、そして、それ以上に悔しい。

この悔しさは久しぶりの感情だ。自分の無力感。それが許せない。守られてばかりの自分が…。

こんなんじゃ誰にも勝てない。誰も守れやしない…。

 

「………トレーニング、再開するか」

 

やると決めたのだ。ならやるだけの事。投げ出すなんて俺は許せない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

 

少しきつく言い過ぎただろうか…。

 

道着から制服に着替え終えた私は、ふらふらと校内を歩きながらさっきの事を引き摺ってずっと同じ事を考えていた。六年ぶりに再会した幼馴染。変わっていない子供の部分や変わった大人の部分。それに私は嬉しくもあったし落胆することもあった。あと、ドキドキしたとこも…。

 

な、何を考えてるんだ私は!?あんな軟弱者の何処に胸が高鳴る要素がある!?

 

…まぁ、そう言う所も含んでの一夏だとは思う。相変わらずの女たらしの様だし…。

 

大体、全てあの軟弱者が悪いのではないか!何を私が悔やむ所がある!

 

六年前の一夏は強かった。私が勝てない程に…。だというのにあのていたらく。思い出しただけでも腹が立つ!

 

あれは一年以上は剣を握っていない証拠だ。一体この六年間で何をしていたと言うんだ。あれだけ打ち込んでいた剣道を棄てるなど。私は、剣道と言う一夏との繋がりを信じて続けて来たというのに。あいつはそれを簡単に棄てた。私はそれを許せなかった。

 

でも…。

 

風がそよぎ、私の長い髪を揺らす。

 

私を覚えていてくれたんだな…。

 

6年も経つんだ。顔を忘れもするし成長してあの頃とは別人と思えるくらいに変わっている。それでも一夏は私だと直ぐに気付いてくれた。私はニュースで一夏の顔を見ていたから分かったと言うのに。一夏の私だと直ぐに気付いたと言う言葉を思い出せば…。

 

「……ふふ」

 

嬉しくて、先程まで怒りも何処かに言ってしまったではないか。ほんと、腹が立って、それにずるい奴だ。一夏は…。

 

で、でも!あの軟弱さは許した訳ではない!明日からもっと厳しくせねば!特訓だ特訓!私が鍛え直してやる!

 

そうだ。私が一夏と二人っきりで…ふふふ♪

 

「…・・・・…はっ!?」

 

い、今私は何を考えていた!?ち、違うぞ!?私は不埒な事を考えていた訳ではない!そうだ下心などある筈が無い。これは正当な理由。同門の不出来を嘆き鍛え直す義務があるからだな!

 

「って、誰に言い聞かせているんだ私は…」

 

少し落ち着こう。とりあえず風に当たりながら散歩でもしよう。

 

「…む?」

 

ふと、私は立ち止まる。私の視線の先にはグランドの端で空を眺めているミコトの姿があった。相変わらずミコトは空を眺めている。何をするでもなく、唯ぼ~っと空を眺めている…。

 

まったく、アイツは…。

 

苦笑すると私はミコトへと歩み寄る。

 

「また空を眺めているのか?」

「…箒?」

「ミコトはいつも空を眺めているな」

「ん」

 

初めて話しかけた時もそうだったか。ミコトはこうして空を眺めていた。空に焦がれる様に…。何をミコトをそうさせるのかは分からない。でも、ミコトにとって空はそれ程大切な物なのだろう。

 

「箒」

「ん?」

「訓練、は?」

 

ああ、そう言えばミコトは剣道場には付いて来ていなかったな。

 

「終わった。まったく、一夏の軟弱ぶりには情けなさ過ぎて腹が立ったぞ」

「?」

 

私は一夏の情けなさに怒りを露わにするが、ミコトは何の事か分からない様子で首を傾げるだけだった。まったく…まぁ、ミコトらしいか。

私も随分と毒されたものだ。最初は千冬さんに瓜二つで戸惑いもしたが、今は何ら抵抗も無く話す事が出来る。それに、今日の事で私はミコトに大きな恩が出来てしまった。「箒は箒」そんな言葉今まで誰も言ってはくれなかった。篠ノ之束の妹という肩書は必ず私に付き纏う。だからいつも私は姉さんの妹として見られていた。篠ノ之箒としてではなく。無論、一夏はそんな目で見た事は無かったが殆どがそうだった。だから、ミコトの言葉は本当に嬉しかったし救われた気持ちにもなった。

 

「ミコト、ありがとう」

「?」

「お前が私が私と言ってくれたおかげで私は救われた。これからもずっとそんな風に見られる事は変わらない事だろう。でも、ミコトの言葉で私は私だと自信持てるようになった…少しだけな」

 

私が姉を拒絶する理由は別にある。でも、姉の名が重圧になっていたのも事実。だからミコトの言葉は本当に嬉しかった。だから…

 

「改めて言うぞ。ミコト、私の友達になってくれないか?」

 

今度は流れでとかではなく、ちゃんと自分の言葉でそう告げる。ちゃんとミコトを目を見て。

 

「ん。箒、ともだち」

「…ありがとう」

 

ミコトの言葉が心に染み渡る。嬉しかった。本当に嬉しかった。これでミコトは本当に友達だ。私の大切な二人目の友達だ…。

 

「明後日の勝負。頑張れ」

「ん。がんばって、飛ぶ」

 

私とミコトは空を見上げる。茜色に染まった空はとても、とても美しかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、ミコトとセシリアの対決の日…。

 

 

 

 

 

 

 

第三アリーナのAピットには一夏と箒がミコトを応援するために駆け付けていた。観客席にはクラスの生徒達や二人の専用機に興味がある生徒達で賑わい、勝負の開始を今か今かと待っている。

 

「ミコト!頑張れよ!」

「全力を尽くせ。良いな?」

「ん」

 

ミコトは二人の言葉に頷くと二人から離れてISを展開する。光に包まれるミコトの身体。それはまるで卵の様でその輝く卵からは翼が飛び出し鋼鉄の翼を持つIS『イカロス・フテロ』の姿を現した…。

 

「凄げぇ…これが、ミコトのISか」

「綺麗だな…」

 

一夏と箒はその美しいISを目にして呆然と立ち尽くす。

 

ISを見る機会の少ない二人にとっても、やはりのこ『イカロス・フテロ』は異形。

兵器としての無骨さが無いソレは。不自然で、そして美しかった。

 

「ん…飛ぶ」

 

小さな呟きと共にピット内を風が吹き抜け、イカロス・フテロは宙を舞い。ゲートを潜り空へと飛び出していく。

 

対戦相手のセシリアが居る空へと…。

 

 

 

 

 

 


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