IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第5話「つばさ」

 

 

 

重力と言う枷から解放されたこの感覚。身に感じる浮遊感は私の感情を興奮させもっと、もっととそれを求めてる。

 

ん…。

 

気持ちいい。なんて気持ちいいのだろう。この解放感。この高揚感。言葉に表し様が無い…。

 

いつもより近く感じる青き空。白き雲。そして太陽。此処はそれが出来る者のみが許された場所。私が大好き場所。

 

飛んでる…。

 

そう、飛んでいる。私は今飛んでいる。自由に、鳥のように、この空を飛んでいる。空と言う広大で自由な世界を。そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

 

ん、ひさしぶり…。

 

空を飛ぶ鳥にそう心の中で呟く。本当に久しぶりだ。二ヶ月程だろうか?此処に来てからは毎日のように乗っていたイカロスも自由に乗れなくなり、乗るには千冬の許可が必要になった。許可無く乗れば千冬が飛んできて拳骨が私の頭に落とされる。だから私はちゃんと言う事を聞いて飛ばなかった。痛いのは嫌だし千冬が怖いから。

 

でも、今日は飛んでいいって言われた。思う存分好きなように飛んでいいって。

 

「…ん♪」

 

なら、思う存分に飛ぼう。好きなだけ。この時間を楽しもう。このイカロス・フテロと一緒に。

 

ん。この子も喜んでる。

 

この子と私は同じ。空が大好き。飛びたがっている。どこまでもどこまでも。ずっと、ずっと遠くまで飛びたがっている。だから…。

 

だから、一緒に飛ぼ?

 

その問い掛けに応えるように翼のスラスターの出力が一瞬だが上昇したのをセンサーが表示していた。

 

ん。いい子…。

 

この子もその気の様だ。なら、する事はただ一つ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ、やっと来ましたわね」

「…」

 

セシリアが笑う。いつも通り気品を漂わせ上品に振舞いながら。しかしその上品な頬笑みとは逆にセシリアの眼はまるで獲物を狙う狩人のそれとまったく同じものだった。だがミコトはその視線に動じない。いつも通り。自然体でセシリアの前で無表情のまま翼をばたつかせて空中に停止し、合図が来るのを待つだけ。

 

「むっ…」

 

それがセシリアには気に喰わなかったのだろう。自分の言葉に無反応のミコト。それはまるで自分など眼中に無いように見えたのかもしれない。まぁそれは間違いではないのかもしれない。ミコトはセシリアなど見ていない。考えてもいない。今、彼女の頭にあるのは『空を飛ぶ』という事だけなのだから。昂ぶる気持ちを抑えて、我慢して、ただ待つスタートの合図を。もし今の彼女を他の動物で表すのなら、餌を前に待ての状態で待機している犬。尻尾をブンブン振ってよしの合図が出るまで餌を見続ける犬。まさにそれだろう。

 

「手加減はしません!捻り潰して差し上げますわ!」

 

ずびしっと指をミコトに向けてさすと高々にそう宣言する。自信に満ちた言葉で。負けるなど有り得ないと、勝利は自分の物だとその眼は語っていた。

そして、その熱意に応じてかミコトもやっと反応らしい反応を見せる。ミコト本人は何の事か分かっていない様子だったが、付き合いの短いセシリアはそれに気付いていない様だった。

 

「?…ん」

「ふふっ…覚悟なさい!このセシリア・オルコットがその翼をもぎ取って地上に這い蹲らせてご覧にいれましょう!」

 

セシリアはライフル構え即座にミコトの登場するイカロス・フテロを照準に合わせてトリガーを引く。キュインッと耳をつくエネルギー兵器独特の発砲音。そして、それが開幕の合図となった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5話「つばさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

嫌な音と共に光が走る。イカロスが避けろと言うから翼を羽ばたかせてくるりと身体を回転させてその光を避けた。光は私を横ぎり空の彼方へと消える。

 

…お~。

 

初めて。あんな速い弾…。

 

今まで見て来た弾はあんなに眩しくないし速くもなかった。弾が走るときに発生する風にのれば簡単に避ける事が出来た。でも、あの光は違う。そんなのが無かった。

 

ん?初めて?

 

何処かで同じもの見た気がする。何処だっけ…?

 

ん。まあいい。

 

思い出せないってことはどうでも良いって事。そんな事より空を飛ぶ事が優先。久しぶりの空。思い存分楽しむ。

 

「ん」

 

私はそう自己解決して頷くと、大きく翼を羽ばたかせて一気に急上昇する。すると一瞬にして自分がさっきまでいたアリーナが遥か地上へと離れていた。そして此処は私のお庭。さぁ、お散歩の時間の始まり。

 

「ん。お散歩…お散飛?」

 

歩かないからお散飛?どっちなんだろう?今度真耶に聞こう。

 

うんと頷き私はくるくると空を回る。風をきる感覚が気持ちいい。この感覚は好きだ。でも…。

またイカロスが避けろと言ってくる。ひゅんっと地上から向かってくる幾つもの光。翼を動かしてふわりと風に乗りそれを避ける。

 

これ、嫌い。

 

散歩を邪魔するこれは嫌い。当たったらイタそう。イカロスも怯えてる。これは駄目だって…。

また光が来た。くるりと避ける。また来た。また避ける。

 

くるくるくるくるくるくる…。あ。目が回りそう。

 

「む~…」

 

うるさい…。

 

さっきから何なのだろう?ひゅんひゅんうるさい。この光好きじゃない。そういえば前の時もしつこかった気がする。やっぱりこれ嫌い。

 

「っ!逃げ回ってないで戦いなさいな!」

「?」

 

地上から追っかけて来たセシリアが何か言ってる。何で怒ってるんだろう?

 

「そっちがその気なら…ブルー・ティアーズ!お行きなさいっ!」

 

…ん?

 

何か四角い変なのが沢山飛んできた。何か先端が光ってこっち向いて…あっ、これって。

 

「これで決まりですわっ!」

 

やっぱり。

 

セシリアが大きく腕を振ると四角いのからさっきとは違う細い光が一斉に私目掛けて走って来る。ん。でもこれなら避けられる。

ばさっと翼を羽ばたかせて更に上へと上昇する。私が居たところを通り抜ける4つの光。でも、四角いのはそのまま私について来る。次々と放たれる光にバク宙で避けたり急降下して避けたりとぐるぐる飛び回りながら逃げる。ん。これ楽しいかも。

 

「逃がしませんわよ!」

 

セシリアが逃がさないと私を四角いので追いかけてくる。これってつまり…。

 

おにごっこ…?

 

「ん。おにごっこ好き」

 

千冬以外につかまったこと無い。私の自慢。真耶も凄いって褒めてくれた。

 

「おにごっこじゃないですわ!?…っ!エネルギー残量が心許無いですわね。いい加減落ちなさいなっ!」

「いや」

 

まだ飛び足りない。全然足りない。ずっと我慢してたんだからもっと飛びたい。ずっとずっと飛んでいたい。だって…。

 

私は空を見て微笑む。

 

「私もこの子も空が大好きだから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

ISの戦闘。それはド派手なものだと俺は今の今までそう思っていた。ドでかい爆発や発砲音。ブレードとブレードのぶつかり合い。飛び散る火花。そんな感じの物だと。そもそも俺はIS同士の戦闘なんてゲームでしか見た事が無い。つまりフィクションだ。実物なんて今日が初めて。だから…。

 

俺は目の前の想像していた物とは全く異なる光景に言葉を失っていた…。

 

空には空を自由に優雅に舞う鳥…いや、ミコトが居た。セシリアの攻撃をひらひらと避けてはセシリアの攻撃など興味も示さず自由に空を飛び続けている。ミコトは言っていた。空を飛ぶだけだと。成程、まさにその言葉の通りだ。

 

「……すげぇ」

 

目の前にの光景に思わず息を漏らす。綺麗だった。唯只管に美しかった。今行われているのが戦闘とは思えないくらいに。くさいかもしれないが『空に描かれたアート』そんな言葉が思い浮かんだ。観客席の生徒達も口々に『綺麗…』と漏らしているのをイカロスのセンサーが拾い、ピットにある通信機を通して聞こえる。

 

まぁ、戦闘をしている気でいるのはセシリアだけなんだろうな。

 

必死にミコトに当てようとしているセシリアとは反対に、ミコトは楽しそうに笑っていた。まるで見た目相応にはしゃぐ子供のように。この数日ミコトと接してきたがあんな楽しそうにしているミコトを見るのは初めてだ。

 

『~♪』

 

通信機を通してミコトの鼻歌が聞こえてくる。それはあまりにも場違いな歌声。観客席の生徒達は皆呆れた様な表情を浮かべている。しかしピット内にいる俺と箒は別だった。それぞれ苦笑を浮かべてこう思っていた。ミコトらしい、と…。

 

「まったく、あいつらしい」

 

何時の間にピットに来て居たのだろう。千冬姉が呆れたように呟いてスクリーンを眺めていた。

 

「千ふy…織斑先生?」

 

「どうして此処に?管制室にいらしたのでは?」

 

千冬姉と呼ぼうとしたが物凄い睨まれたので言いなおす。それしてもどうして千冬姉が此処に居るのだろう?箒の言う通り管制室で見ているものかと思ったんだが。

 

「管制は山田先生に任せた。此処に来たのはお前に伝える事があったからだ」

「俺に?」

 

はて、俺に?何だろう?とくに思い当たる事は無いのだが。

 

「オルコットの戦闘を良く見ておけ。次にお前が対戦する相手なのだからな」

「何を言ってるんだ…ですか。どう見てもミコトが優勢なのに」

 

そうだ。戦闘を開始してからミコトはセシリアの攻撃を一度も被弾していない。それどころか掠りもしていないのだ。そしてそれとは反対にセシリアは段々と焦りの表情を浮かべはじめている。この状況でどう転べばミコトが敗れると言うのだろう。しかし、そんな困惑する俺とは違って、箒の方は千冬姉の言うことが理解出来ている様子だった。

 

「…攻撃をしないから、ですか?」

「うむ。そうだ」

 

真剣な表情でそう呟く箒に千冬姉は頷く。どう言う事だ?なんで攻撃しないから負けるんだ?

 

「アリーナの使用時間にも制限がある。そして今日使用できるのは一時間。それまでにオリヴィアが何もせずオルコットを撃墜出来なった場合、戦闘の意思無しと判断して判定負けになるだろう」

「はぁっ!?」

 

判定負け?普通こう言うのってエネルギー残量とかで勝敗を判定するんじゃないのか?

 

「その事はミコトは知っているのですか?」

「知っているかはしらんが、どちらでも結果は同じだろう」

「それは何故です?」

「あれには、イカロス・フテロには武装が無い」

 

「「なっ!?」」

 

思いもしなかった事実に俺も箒も驚きを隠せなかった。

 

武装が無い?じゃあどうやって戦えって言うんだよっ!?

 

「そもそもあれは戦闘用に造られたものじゃない。いや、造られたものだったかもしれないが結局は欠陥機で完成する事は無かった」

 

…欠陥機?

 

俺はスクリーンを見る。そこには今だ優勢のまま空を舞うミコトが映し出されていた。セシリアの機体を喰いつかせない機動を持つあの機体が欠陥機?信じられない…。

 

「PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)。これは知っているな?」

「えっと…確かISの基本システムで、ISの浮遊・加減速に必要なもの。だよな?」

 

覚えたての知識を自信なさげに答えると、千冬姉は頷く。どうやら正解らしい。勉強した甲斐があったたと言うものだ。しかしPICがどうしたのだろう?

 

「オリヴィアの機体イカロス・フテロはとある国が開発した物だ。しかしその国はISの開発など初の試みで設計の何もかもが酷い物だった。耐久性、操作性、効率性。そして致命的だったのがPICだ。あの機体に搭載されているPICは重力制御の出来ないPICもどきだった」

「ISとして機能していないと同義ではないですか!?」

「そ、そうなのか?」

 

箒が驚愕の表情でそう声を上げるが俺にはそれがどう言う意味なのか、何がいけないのか全く理解出来ていなかった。だから俺は基礎知識ですら危ういのだと何度言えば分かるんだ…。

 

「PICはISの基礎中の基礎だぞ!?」

「そ、そうなのか…」

 

勉強不足ですまん…。

 

「織斑。戦闘が始まる前のオルコットとオリヴィアの機体の違いに何か気付かなかったか?」

 

機体の違い?デザイン…な訳無いよな。そんなのは当たり前なんだから。だったら…。あっ、まさか!

 

「セシリアは空中で停止したな。でもミコトは空中で停止するんじゃなくてこう、羽をばたつかせてその場に居ようとしたと言うか…」

 

鳥も飛行機も空中で停止するなんて不可能。ミコトはだから何度も羽をばたつかせてその場に居ようとしていたのに対してセシリアは何もせず空中で停止していた。つまりそう言う事か?

 

「そうだ。空中での停止。それを可能としているのがPICだ。しかしミコトに搭載されているPICは加減速の機能しか果たせていない。それが決定的な違いであり、欠陥でもある」

「しかし、PICはどの機体でも同じものが使われている筈です。何故ミコトの機体だけ…」

「既存のPICではあの機体の性能を活かしきれないと言う理由もあるが、一番の理由は国のプライド…だろうな」

 

つまり他の国が作った物なんて使いたくないですって意味か?おいおいおい。それで欠陥機を作ったんじゃ意味無いだろうに。

 

…あれ?でもミコトは普通に飛んでるよな?

 

ミコトは楽しそうに飛んでいる。千冬姉の話を聞けば操縦するのにも難しそうなのにミコトは辛そうな表情なんて一つも浮かべていない。どういう事だ?

そして、俺がそんな疑問を浮かべている最中も、ミコトはまた危うい攻撃を難なくかわして優雅に飛ぶ。バク宙、急降下、急上昇。変則的なその機動は俺は勿論、戦っているセシリアにさえ読めていなかった。そして更に俺の疑問は深まるばかり。あれは本当に欠陥機なのか?と…。

 

「欠陥機…には見えないけどなぁ」

「ああ。とてもそうには思えない」

 

空を飛んでいるのは完成された芸術。翼を広げるその姿は誰をも魅了させるそれは欠陥と言う言葉を思い浮かべるにはあまりにも美し過ぎた…。

 

「そう見えるのはオルコットとオリヴィアの技量の差だ。機動だけを見るならオリヴィアはこの学園内でトップクラスの実力だろう」

「ミコトが、ですか?」

 

ミコトが学園内でトップクラス!?一年生なのにか!?

 

育った環境や国。それに組織や機関など色々あるだろうが、ISの実力は搭乗時間にも関係する。なら学年での実力差は歴然したものがあるのは当然だろう。それをミコトは覆すと言うのか。

 

「専用機を持つものは国や機関に従属するため搭乗時間は普通の生徒より長い。3学年より長い者も居るだろう。オルコットも2学年の生徒なら問題無くあしらう程の技量、そして機体を有している」

「専用機持ちだと言うのでそれ相応の実力を持っているとは分かってはいましたが…」

 

専用機持ち。代表候補生とはそう言う物だと箒と千冬姉は言う。そして俺は改めてセシリアの言っていた事を思い知らされる。これがエリートの、専用機持ちの実力を。そして、さらに驚くのはミコトの実力。普段はぼんやりして何を考えているのか分からないミコトの実力はセシリアでは相手にならない程だと言う事…。

 

「しかしさっきも言った通り機動だけだ。武装も無ければ戦えん」

「体当たりとか…」

「神風でもさせる気か?どちらにせよ機体が耐えられん。あの機体の装甲は極限まで削られているからな。それが自分より頑丈に造られている機体とぶつかればどうなる?」

「当然ミコトの機体が大破しますね」

 

紙飛行機が鉄の飛行機とぶつかり合うようなものだもんな。

 

「武装を搭載しようにも、機体の性能を殺すうえに、戦闘を想定して造られていない所為かまともに武装も機能しない」

「では、あの機体は…」

「そうだ。『ただ飛ぶためだけに造られた機体』それがオリヴィアの専用機イカロス・フテロだ」

 

ただ飛ぶだけに、か…。

 

―――私は、飛ぶだけ。

 

ミコトはそう言った。空を飛ぶだけと…。

 

なら…。

 

―――ん…空、飛ぶ。誰にも邪魔させない。

 

それで良いのかもしれないな…。

 

武装なんて無粋な物なんて要らない。空を飛べればそれで良いんだ。ミコトは。だって…。

 

俺はスクリーンを見上げる。そこにはミコトが笑っていた。笑って空を飛んでいた。あの普段は感情はあまり表に出さない無表情なミコトがだ。なら、それで十分じゃないか。

勝ち負けとか騒いでた自分が馬鹿みたいだった。何で忘れていた?ミコトは言っていたじゃないか。おにごっこが好きだって。

 

「ははっ…」

「い、一夏?どうした急に笑い出して…」

「いや、ミコトが楽しそうだなってな」

 

ホント、ミコトはおにごっこがつえぇや。

 

俺には敵いそうに無い。あれは無理だ。

 

「楽しそう…?」

「だって見ろよ。楽しそうに鬼ごっこしてるだろ?」

「一夏!何を呑気な事を言っている!?あれは戦闘だぞ!?」

 

ああ、そう言えばあの時、箒は居なかったんだっけ?なら知らないよな。

 

「ミコトがな、言ってたんだよ」

「む?何をだ?」

「鬼ごっこが好きだってな」

「…………は?」

 

間抜けな声を溢す箒を放置して俺はスクリーンから目を離さない。タイムリミットまであと少し。それまで楽しめよ。ミコト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side セシリア・オルコット

 

 

どうして!どうして!どうしてですの!?

 

わたくしの狙いは正確な筈。だというのにどうして当たらない?何故目の前の機体は墜ちない?まだ相手は一度も此方に攻撃を仕掛けて居ないと言うのに何故自分が追い詰められる?ありえない。有り得てたまるものか!

 

「~♪」

 

また避けられた。舞う様に翼を羽ばたかせて。わたくしの攻撃などものともせずに…。

 

何なんですのあの機動は!?どうしてそんな機動が出来ますの!?まるで、この動きはまるで…。

 

鳥のよう…。

 

―――警告。シールドエネルギー残量、120。

 

ハイパ―センサーが告げてくる警告に目を丸くする。

 

「っ!…何時の間にこんなっ!」

 

そんな事は分かりきっている。自分の目の前で優雅に空を飛びまわっている見た目幼き少女に良い様に弄ばれていたから。このまま攻撃を続ければエネルギー切れで確実に此方が敗北する。唯一の実弾兵装であるミサイルの遠の昔に使いきっている。

 

「…なら!」

 

接近戦に持ち込む!

 

スラスターを噴かせて彼女が乗るイカロス・フテロ目掛けて突進する。接近戦は好きではないがこの際そんな事は関係ない。インターセプターの展開には時間がかかるが完了するまでに機体に取り付いてあの翼を削ぎ落とす!

 

しかし、そう事は進まない様子…。

 

「くぅ!」

 

ブルー・ティアーズで接近するもひらりと避けられ弄ばれるわたくしとブルー・ティアーズ。まただ。何度、何度繰り返しても此方からの攻撃は掠りもしない。

 

認めない。認めませんわ…。

 

わたくしはセシリア・オルコット。オルコット家の主にして、数少ないISの一機を与えられた我が祖国イギリスの代表候補生。エリートの中のエリート。そんなわたくしが…。

 

「こんな、こんな醜態…認められる筈がありませんわっ!」

 

品も無く声を上げて漸く展開されてたインターセプターを振いながら、再び突進するわたくしとブルー・ティアーズ。この際気品なんて関係ない。あの機体に一太刀入れられるのならそれで!

 

「はぁっ!せぇいっ!」

 

縦振り横払いでの二段攻撃。しかし、接近戦は不慣れとはいえその攻撃さえも身体をくねらせてブレードを振った際に生れた風に乗る様に避けられてしまう。だから何なのだその機動は?何故そんな機動が出来るの?その翼は造り物。鳥の翼を真似して造っただけの紛いもの。なのに、何でそんな機動が出来ますの!?

 

「貴女は一体なんですのっ!?」

 

思わずそう問いかける。そして返って来たのは…。

 

「ん。ミコト・オリヴィア」

 

既に知っている少女の名前と…あの無表情の少女とは同一人物とは思えない程に楽しそうに笑う笑顔だった。

 

「………ぁ」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ。目の前の少女が天使のように見えてしまった。陽の光で翼が、彼女の乗るISが輝いている様に見えて、神々しくそして美しく思えて…。

 

っ!?何を馬鹿な事をっ!

 

はっとしてわたくしは頭を振って意識をはっきりさせる。あれは作り物の翼。そしてISは兵器。神々しくあってたまるものか。わたくしも自分の愛機であるブルー・ティアーズを美しく思う。しかしそれは兵器としての美しさ。洗礼されたその輝きはまるで刃の様。だが目の前のアレは違う。美しいというベクトルが違う。あれは異形だ。兵器としての美しさでは無い。あれは…。

 

「兵器などでは…ない」

「ん。イカロスは翼」

 

彼女は自慢する様に胸を張る。

 

「兵器とか、戦うとか、そんなのじゃない。ただ、飛ぶ」

「…飛ぶ?」

「ん。飛ぶ」

 

何を言って…。

 

「貴女は、ISが何なのか知ってますの?ISは兵器。貴女が思っている様な物ではありませんわ」

「『他の子』はしらない。でも、この子はそう願ってる。私もそう願ってる。ん。問題ない」

 

周りの認識なんてどうでも良い。自分がそうあればそれで良い。そう居られればそれで良い。そんな言葉を耳にしてふとつい先日の彼女が言った言葉が脳裏に蘇る。

 

―――一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う。

 

つまり、そう言う事ですの?

 

―――代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?

 

違う。代表候補生なんていう肩書はわたくしがわたくしであるために、両親が残してくれたものを守るのに利用できるから受け入れているだけ。そうでなければどうでもいい物だ。なろうとも思わなかっただろう。

 

「だから、飛ぶ。私がそうしたいから」

 

わたくしがISに乗るのはオルコット家を守るため、そしてこの子がISに乗るのは空を飛びたいから。

 

―――みんな、違う。

 

そう…。

 

「なら、わたくしが邪魔をすると言ったら?」

「関係無い。飛ぶだけ」

「ふふ、ふふふふふっ…なら全身全霊で!セシリア・オルコットがお相手して差し上げますわ!」

 

貴女が自分の為にするように、わたくしもわたくしであるために貴女をトリガーを引く!

 

――――自動補助機能、解除。手動操作に移行。

 

一斉に4基のブルー・ティアーズが一斉にイカロス・フテロに向かって奔る。

 

もう出し惜しみは抜きだ。残りの全てを賭けてミコト・オリヴィアに勝負を仕掛ける。

 

「直線的な機動が駄目なら…これでどうですっ!?」

「っ!」

 

先程とは違うブルー・ティアーズの機動に今まで余裕だった彼女の表情が僅かに動く。

 

直線的な機動は彼女には通用しない。しかしブルー・ティアーズはAIに殆どの操作を任せておりどうしてもその動きは機械的になり直線的な機動になってしまう。なら、全て自分で操作してしまえば良い。4基のスラスターも攻撃も全て。

勿論そんな事をすれば相手からの攻撃には反応なんて出来ず直撃すること間違いなしだろう。今、行っている行動は愚行以外になんでもない。この戦闘データを本国に送るなんて事をすればお叱りを受ける事間違い無しだろう。でも、相手が攻撃を仕掛けて来ないなら話は別だ。これは、相手があのミコト・オリヴィアとイカロス・フテロだから出来る事。他の相手に同じ事をすれば即撃墜されるだろう。

 

「そこっ!」

 

ぐにゃりと方向を転回させてイカロスを追尾する4基のブルー・ティアーズ達。あの変則機動について行っていると言うには程遠いが、それでも先程とは比べられない程に彼女の余裕は無くなっている…と言うより、更に楽しそうに逃げ回っている。

 

ああ、もうっ!こっちは死に物狂いで操作していると言うのに!

 

完全に手動操作なため、操作の難易度は格段に上昇しており4基の操作以外に気配る余裕など一切ない。今自分が居る場所から移動しようなど以ての外だ。そんな事をすればブルー・ティアーズ達の動きを止めてしまう事になる。だから全く動けない。今の自分はただの的と化しているのだ。だと言うのに…。

 

「むふ~♪」

 

本当に楽しそうに逃げ回りますわね…。

 

飛び交う弾幕のなかをくるくると踊る様に回っている。これではブルー・ティアーズのレーザーがスポットライトでわたくしは引き立て役ではないか。

 

―――警告。シールドエネルギー残量、50。

 

ですが、何時までも振りまわされるわたくしではございませんことよ!

 

「!」

 

いつの間にか上下左右からブルー・ティアーズに囲まれてきょろきょろと辺りを見回すオリヴィアさん。当然こうなるようにわたくしが狙って誘導した結果だ。

 

これで!

 

「チェック、ですわ!」

 

振り下ろされた腕と同時に、4基のブルー・ティアーズの銃口からレーザーが発射される。すると、その時だ。この辺り一体に暴風が吹き荒れたのは…。

 

「なぁっ!?」

 

余りの風の強さにバランスを崩すわたくしと、4基のブルー・ティアーズ達。レーザーの照準は逸れてイカロス・フテロに当たる事無く在らぬ方向へと消えて行く。そして、その風の発生源は当然、音速のスピードでこちらへ突進して来る少女。

 

「い、瞬間加速《イグニッションブースト》!?」

 

この暴風の正体は瞬間加速による超絶な加速により発生した風。しかし発生地点から随分と離れた場所にいる此処でも此処までの衝撃が来る加速なんて…。

彼女は止まらない。一直線に此方へ向かって突進して来る。

 

まずいですわ!?反撃なんてこないと思ってましたのに!?

 

「ん!」

「っ!?」

 

一瞬にして距離を詰められ、彼女は手を振り上げる。反撃できない。わたくしは思わず目を瞑ると、やって来たのは…。

 

「タッチ」

「…………………………………は?」

 

可愛らしい声と共にぺたっと私の頬に触れた柔らかな手だった…。

 

『試合終了。ミコト・オリヴィアの交戦の意思無しとみなし。勝者―――セシリア・オルコット」

 

決着を告げるブザーと共に、聞こえて来たのはわたくしが勝利したと言う結果とその結果を聞いて『え?どう言う事?』と、ざわめき出す観客席の方々の声。そして後に響いたのはそんなざわめきを消し去る様なわたくしの…。

 

「えええええええええええええええええええぇ!?」

 

わたくしの、大きな悲鳴だった…。

 

「おぉ~?」

 

どう言う事ですの~~~っ!?

 

 

 

 

 

「納得いきませんわ!」

 

戦闘を終え自分のピットに戻ったわたくしはすぐさま着替え終えて反対側、つまりオリヴィアさんが居るピットに品も無く怒鳴り込む。

 

「うおっ!?何だよ急に!?」

「何だよではありませんわ!何ですかあの結果は!納得いきません!再戦を要求します!」

「再戦したところでまた同じ事の繰り返しだ」

 

やれやれと椅子に座って溜息を吐いている織斑先生。しかしわたくしの不満は収まらない。寧ろ今の言葉でヒートアップしてしまう。

 

「いいえ!今度こそオリヴィアさんを倒してみせますわ!」

「最後の一撃。決まらなかっただろう?あのまま続けていればエネルギー切れでお前の負けだった」

「うぅ…」

 

図星だ。織斑先生の言う通りあのまま戦闘を続けていれば確実にエネルギー切れで敗北していただろう。…でも!

 

「でも!あんな勝利いりませんわ!だったらオリヴィアさんに差し上げますわよ!」

「タイムオーバーで判定負けだ」

「納得いきませんわーっ!?」

 

ピット内で虚しく響くわたくしの悲鳴。その後、何度も再戦を要請したが返ってきたのはいい加減に切れた織斑先生の拳骨だった…。

 

な、なっとくいきませんわぁ…。

 

 

 


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