IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第13話「喧嘩の後はごめんなさい」

 

 

アリーナ上空で二つの翼が緑と紅の粒子を撒き散らしアーツを描く。

 

 

片や優雅に美しく―――。

 

 

片や乱暴で凶悪―――。

 

 

全く正反対の翼を持つ者達。

 

 

「わぁ……」

 

 

その光景を学園内で誰よりも一番近くで眺めていたセシリアは我知らず嘆息する。自分の知らないISの美しさに。そして思う。まるで―――。

 

 

「まるで、天使のワルツ…」

 

 

―――と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話「喧嘩の後はごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ???

 

 

「お前…嫌い…」

 

一夏を大事そうに抱えるミコトさんを中心にして、アリーナに爆風が吹き荒れる。その風は全てを吹き飛ばす。敵も、その場に居た凰さんも。全て―――。

 

幸いな事にその爆風には殺傷能力は有りはせず、凰さんを吹き飛ばすだけで済んだ。生身の人間がいれば大惨事だったかもしれないが、唯一の生身である一夏さんはミコトさんの腕の中で守られている。箒さんもミコトさんの様子を察してかピット内に一度退避した様で危険は無さそうだ。

 

「いつつ…ちょっと!少しは加減しなさいよ!」

 

暴風に吹き飛ばされ愉快な恰好で地面に転がっていた凰さんはガバっと起き上がると、置きあがって早々に空を見上げて猛抗議。確かに、吹き飛ばされる側にとっては堪った物じゃない。

 

「ごめん」

「ごめんって、アンタねぇ…」

 

隣に着陸してくるミコトさんに凰さんは痛む頭を押さえて溜息を吐く。気持ちは分かる。彼女は色々とずれてるから一般的な思考で付き合うと常に頭痛の種と共に過ごさなければならない。自分も慣れるまで今の凰さんのように頭を悩まされたものだ。

 

「鈴。まだ動ける?」

「動くだけならね。戦うのは無理」

 

実質三連戦をしているのだ。エネルギーは既に底を尽きかけているだろう。出来る事と言ったら逃げ回る程度。それも持って数分と言った所か。とても戦闘を継続出来る状態ではない。

 

「じゅうぶん。一夏。おねがい」

 

そう言って一夏さんを凰さんに預けると、凰さんはミコトさんの行動の意味を理解して慌てて引き止める。おそらくミコトさんの機体の情報を彼女も聞いているのだろう。何も武器を持たずあれに戦いを挑む等自殺を志願する様なもの。

 

「ち、ちょっと!?アンタはどうすんのよ!?」

「たたかう」

 

彼女の言葉にわたくしも凰さんも驚きの表情を浮かべる。

意外だ。あの少女の口から『戦う』という単語が出て来るなんて。戦いとは無縁そうなあの子から。それも自ら戦おうとしている。あの時は、戦っている自覚さえ無かったというのに。

 

…それだけ、怒ってるという事。

 

あの子にとって『ともだち』という物はそれだけ大切な物。傷つけられたくない物。それを知ると何だか嬉しくなり不意に笑みを溢してしまう。もし、自分も同じようになれば彼女は一夏さんと同じように怒ってくれるのだろうか、と…。

 

「アンタ馬鹿!?たった一人でアレを相手にするつもり!?」

「だいじょうぶ。もんだいない」

 

キリッと口で擬音を付け加える。さて、今度は何処で変な知識を身につけた事やら。

 

「それに、『ひとりじゃない』」

 

その呟きにドキリと心臓が高く跳ね上がる。もしかして気付いている?此方に?流石にこれは驚きだった。欠陥機とは言ってもイカロス・フテロのハイパーセンサーはちゃんと機能しているからちゃんと索敵すれば此方を捕捉することは可能だろうが、それでも此処はかなりの距離だ。普通なら索敵に集中していない限り此方に気付く筈もないと言うのに…。

 

「だから、いく」

「はぁ…わかった。無茶するんじゃないわよ?」

「ん」

 

何を言っても無駄だと観念したのか。一夏さんを抱え直すとミコトさんに背を向ける。そして、離脱する前に振り向くと…。

 

「…これは借りにしといてあげる」

「? 何も貸してない」

 

物の貸し借りという意味じゃないのだけれど。彼女には分からないのだろうきっと。

 

「あ~もう!アンタと会話してると疲れるわね!?いいから!今度借りを返すから覚悟しておきなさいよね!?」

 

何、その脅し文句…。

 

「?…ん」

 

ミコトさんは訳も分からず頷くのを確認して「よろしい」と満足そうに凰さんはピット・ゲートの中へ退避して行った。これで、『アリーナの中では』ミコトさんと所属不明の鳥型ISだけとなった。

 

『………』

 

敵ISは空中で停止しミコトさんの様子を窺っている。先程から攻撃をしてこなかったのは凰さんを完全に攻撃対象として除外しミコトさんに目標を変更したから?しかし違和感があった。先程一夏さん達が破壊したISの戦闘の際も、二人の会話の最中に攻撃をするような事はしなかった。それは無人機ゆえに自身に攻撃を仕掛けて来る者にしか攻撃するなとプログラムされていたのだと思ったが、それは違うのかもしれない。

 

先程のISと新たに現れたIS。離れた場所から観察していてわたくしはある結論に至る。あれは人を観察しているのではないのか…と。

人がそれを聞けば何を馬鹿な事をと笑われるかもしれないが、あの無人機の行動をみていたらそうとしか考えられないのだ。しかし何故機械である無人機が人を観察するのか。ハイパーセンサーを拡大して二人が破壊したISの残骸を見る。『無人機』。本来、有り得ない筈の技術。感情を持たない人形…の筈。しかし、あの行動は?

 

学習しようとしてる…?

 

となれば恐ろしい話だ。あれ程の…専用機2機で苦戦するほどの性能で、更に知能まで向上されたりなどしたら。そして、この技術が広まりなどすれば…。

恐ろしい。ISコアの構造が解明されて無いにしてもあの技術は恐ろしい物だ。もし、ISコアが解明されあのような無人機が量産される様な事にでもなったら…。想像するだけで全身の身の毛がよだつのを感じる。

…いや、見えぬ未来の事より今。先程から互いに睨みを合っていた二つの翼がついに動きを見せる様だ。先に動いたのは意外にも武装を持たないイカロス・フテロ。

不謹慎ながらも自分はこの戦いに興味が湧いていた。彼女がどのような戦いを見せてくれるのかを。一度彼女と戦った身としては、今まで遊戯でしか無かった彼女が本気で戦闘するところを見てみたかった。

 

始まる…。

 

「ん!」

 

その翼を羽ばたかせ、爆風で土を巻き上げながら宙に舞い上がると同時に、一気に上昇し敵IS頭を抑え。先程まで見上げていたのが見下す方へと逆転する。

空戦において相手より上を取るのは基本中の基本である。接近戦なればなおのこと。特に、あの所属不明のISは上空から急降下することでその爪の真価を発揮する様だ。アリーナに出来た二つ目のクレーターがその威力を物語っている。単純な突進であれだけの威力。それを可能としているのはあの鋭い爪では無く驚異的な加速力。

 

『………』

 

「むっ」

 

簡単に頭上を取られたことによるプライドか。いや、そもそも機械に感情は在りはしないから効率性のためだろう。ミコトさんに突進しひらりとかさわれ、そのまま再びミコトさんの頭上を取ると。ミコトさんはそれに対しむっと不満そうな表情を浮かべた。

 

…さて、今のは互いに挨拶の様なもの。これからどう動くのか。此方はしばらく見学させて貰うとしよう。

 

どちらにせよ、一撃で決めなければ意味が無いのだ。あの機動は厄介極まりない。彼女のようにのらりくらりとした変則的な機動をしないのが唯一の救いか。しかし、此方を捕捉されれば当てる事は難しくなるだろう。撃つなら確実に仕留められるタイミングで…。

一瞬のタイミングを逃さぬように常にトリガー指を掛けておく。スコープの中心に高速で動き回る的を捉えながら…。

 

「はやい。でも―――」

 

振れる者全てを壊すその翼を、ミコトさんはひらりとかわす。幾ら速くともイカロス・フテロには当たる事は無い。弾が速ければ速い程。動くエネルギーが大きければ大きい程。それは大きな波となりイカロス・フテロの乗る風となるのだから。

 

『………』

 

避ける。避ける。唯ひたすらに…。

 

「―――お前のは、翼じゃない」

 

トンッ…。

 

『―――!?』

 

…え?

 

一瞬、何が起こったかの理解出来ず呆然としてしまう。攻撃…いや、そんな物では無い。あれはただ踏んだだけだ。かわす際に軽く触れる程度に。それだけで、敵の突進はあらぬ方向へと軌道を逸らし土煙を上げながら地面へ激突してしまった。

 

一体…何が?

 

「…出る力進む力が強い物は横からの力に弱い」

 

 

自分の疑問に答える様にミコトさんがぽつりと呟く。『出る力進む力が強い物は横からの力に弱い』なんと無茶苦茶な理論。確かに前進する乗り物が横の衝撃に弱いのは事実だが…。

しかし、まだ言葉は続いていた。

 

「お前は翼じゃない。真似てるだけ。この子とはちがう。だから…」

 

クレーターからゆっくりと起き上がる敵ISを見下すと、指をさして告げる。

 

「お前には負けない」

 

消耗していたとは言え、専用機2機を相手にしたあの化け物に対してまさかの勝利宣言。勝ち負けとか拘らないあの子が、だ。同じ翼を持つIS同士。譲れない物があるのかもしれない。一夏さんの事をあれば尚更。

 

『………』

 

瞬間加速による衝撃でクレーターを更に抉りミコトさんに突進する。これまでに無い程の速度だ。もし、自分が相手だったのなら懐に入られて撃墜されていただろう。しかしそんなものミコトさんに通用する訳が無い。『瞬間加速』はもっとも彼女が得意とする技なのだから。例え、幾ら速かろうとも…。

 

「むだ」

 

くるりと宙を回転し今度はおしりを蹴りあげると遥か上空へと飛んでいってしまう哀れな敵IS。先程の様な機動の逸れ方をしなかったのは、彼女の理論道理に横から力を与えなかったからか。しかしこれでは…。

 

高高度からの攻撃を許してしまうのでは?

 

あの敵ISの攻撃は高度が高ければ高い程威力が倍増する。そして、現在あのISが居る場所はミコトさんの遥か上空。そこから繰り出される攻撃の威力は、最初の一撃と同等かそれ以上…。どちらにせよ。直撃すれば唯では済まない。しかし、それは攻撃する側も同じ筈なのだが…。

 

本来、あの攻撃はミコトさんのイカロス・フテロも可能。でも、それをしないのは機体の方が耐えられないから。例え、耐久性が改良されているにしてもあの衝撃は当然自身にも返って来てる筈。その負荷は相当なものの筈だ。

 

『つぎ。ちゃんす』

 

――――っ!?ふふ、そう言う事ですか。

 

急に繋げられたプライベート・チャンネルでの言葉に、『わたくし』は笑みを浮かべるとトリガーを強く握り直す。まさか、これを狙っていたなんて。意外も意外。ミコトさんがこんな作戦を考えるなんて思いませんでしたわ!

そう、彼女はわたくしが一撃で仕留められるようにあの機体を消耗させていたのだ。『地面に激突させる事によって』。自身に力が無いのなら相手の力を利用すればいい。何とあの機体らしい戦い方だ。

 

では、わたくしもわたくしの仕事をしましょう。あの子がわたくしのためにお膳立てしてくれたのですから。

 

敵ISが威嚇するようにその翼を大きく広げ爪の先端を標的に向ける。あの急降下攻撃の準備態勢だ。

 

スタンバイ…。

 

ごくりと固唾を飲んでタイミングを待つ。撃つのは地面に衝突し動きが止まった瞬間…。

 

『くるよ?』

 

ふふ、わかってますわ。ご心配なく。

 

ミコトさんの気遣いに小さく笑みを溢す。そして、その瞬間。空高く舞い上がった凶鳥が地上へと降って来る。その翼は光となって空から地上へ向けて奔り、そして地上に轟音を響かせて激突した。

 

ドゴオオオオオオンッ!!!!

 

地上どころか空を揺らす衝撃。そして衝撃に抉られて空にまで昇る土。間違いなく本日一番の衝撃だった。しかし、ミコトさんは健在。難なくあの攻撃をかわし。そして、アリーナの観客席の方も被害は見られない。そして―――。

 

――――敵は無防備!!

 

『セシリア』

 

「狙い撃ちますわっ!!!」

 

ミコトさんの呼び掛けにわたくしはトリガーを引いた。

 

先程の衝突でダメージを負ったのだろう。動きが鈍く巨大なクレーターから這い上がろうとする敵ISは、レーザーの存在に気付く事も避ける事も出来ずに撃ち抜かれて爆散した。

 

―――所属不明ISの機能停止を確認。

 

『おしまい』

 

「ですわね」

 

ハイパーセンサーが告げてくる情報に、ほっと息を吐く。とんだアクシデントでしたわね。それにしても…。

 

「ミコトさん」

 

『ん?』

 

「何時、わたくしの事をお気づきに?」

 

わたくしはミコトさんに何も教えてはいなかった。しかし、彼女はわたくしの存在に気付いていた。何時頃から気付いていたのだろう?それがどうしても気になっていた。

 

『しらない』

 

「え?」

 

わたくしは思いも因らぬ答えにポカーンとしてしまう。知らない?それって、わたくしの存在に気付いていなかったって事ですの?

だとしたら、なんて無謀な。わたくしが居なかったらどうするつもりだったのだろうこの子は…。

 

『でも、セシリアならたすけてくれるって信じてた』

 

…もう、この子は。嬉しい事言ってくれるじゃありませんの。

 

信頼して貰えるのは嬉しい事だ。それが、友達からならなおさら。

 

「ふふ、当然ですわよ。わたくしを誰だと思って?」

 

『ん。セシリア。私のともだち』

 

「ええ♪」

 

そして、貴女も私の自慢の友達ですわ。

 

 

 

 

 

…そして、クラス対抗戦襲撃事件は。死傷者は0という最善とは言い難いが最小の被害で終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「う……?」

 

全身の痛みに呼び起されて俺は目を覚ます。

状況が分からず周囲を見回すと、どうやら此処は保健室らしい。俺を囲う白いカーテンの隙間から覗かせている窓から見える景色は見覚えがあった。俺が寝ていたのは保健室のベッドか…。

ふぅ…と安堵の息が漏れる。どうやら俺は生きてるらしい。しかし、何があったんだ?確か俺は敵の新手に…!?

ガバッとベットから飛び起きる。

 

「っ!?鈴は!?箒はどうなったんだ!?それに皆は!?敵は!?」

「五月蠅いぞ。保健室で静かにしろ馬鹿者」

 

シャッとカーテンが引かれて現れたのは千冬姉だった。

 

「千冬姉!皆は!敵はどうなったんだ!?」

「織斑先生だ。少し落ち着け」

「これが落ち着いていられる「落ち着け」…はい」

 

『黙らなければ黙らせてやろうか?力尽くで』と語るその眼に、俺は素直に口を閉ざしコクコクと頭を上下に動かす。。まじだった。目がまじだった。しかし怪我人になんて脅しをするんだこの姉は…。

 

「さて、あの後どうなったか…だったな。安心しろ。怪我人はお前を除けば0だ。まったく、あれだけ大口叩いておいて怪我をするとはな。馬鹿者が」

 

ぐ…面目無い。

 

でも良かった。誰も怪我して無いんだな。それだけが心配だったんだ。しかしあの後何があったんだろう?俺が覚えているのは意識が失われる直後に感じた千冬姉の温もり。もしかしたら千冬姉が助けてくれたのか?

 

「俺が気を失う直前。助けてくれたのはちふ…織斑先生ですか?」

「私が?…違うな。お前を救出したのはオリヴィアだ。そして、あの所属不明機を撃墜したのもな。正確には、オリヴィアとオルコットの二人だが」

「ミコトが!?」

「信じられないか?まぁ、それは私も同じだがな。初めてだよ。あれがあんなに怒ってみせたのは」

「怒った?ミコトが…」

 

信じられない。あのミコトが怒るだなんて…。

 

「あれは『からっぽ』だからな」

「からっぽ?」

「ああ、あれは何も持ってない。だからこそ自分にある数少ない大事な物を大切にする。空の憧れ。夢。家族。そして友人…そう、お前達だ」

 

むぅ、何だかくすぐったいな…。

 

「何だ?照れてるのか?」

「て、照れてねぇ」

「ふっ、そう言う事にしておこう。だがしかし、それだけ想われているんだ。今回のような無茶は程々にしておけよ?私も家族に死なれたら目覚めが悪い」

 

そう告げる千冬姉の表情は、いつもよりずっと柔らかだった。世界で二人だけの家族。その俺にしか見せない顔だった。

 

「ごめん」

「謝るな。お前のおかげで怪我人は出なかった。お前を除いてな。それに、謝るなら他の連中にするんだな。随分と心配していたぞ?」

 

もしかして箒達の事か?だったら悪い事したなぁ。

 

「まぁそれは後にして今はゆっくり休め。命に別状は無いにしても全身に軽い打撲だ。数日は地獄だぞ?まぁ、無茶する餓鬼には良い薬だな」

「げぇ…」

 

何故地獄に叩き落とす様な事言うんだよ我が姉は…。

俺に止めを刺すと千冬姉はまだ仕事があるからと言い残し保健室を出て行く。仕事やあの襲撃の事後処理とか色々忙しいだろうに。俺は去っていく姉の背中に心の中でありがとうと感謝するとドアが閉まるのを見届けてボフンと枕に頭を沈めた。

 

「一夏っ!」

 

千冬姉と入れ替わる様にしてドアを蹴り破る勢いで保健室に入って来たのは箒だった。保健室ではお静かに頼むぜ。

 

「よう、ほうk「馬鹿者!心配させおって!軽い怪我で済んだからいいものの!ミコトが助けてくれなかったらどうなっていたと思ってる!?死んでいたのだぞ!?過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!」あー…」

 

入って来て早々まさかの怒涛のマシンガントークに、よっ!と持ち上げようとしていた右手は箒の気迫に負けてそのまま下へとリターン。

 

あー…相当心配させたみたいだなぁ。

 

これ程箒が取り乱すなんて滅多に―――いや、結構あるな。入学初日の寮の時とか。あと色々あったな。

 

「えっとな…ごめんな。心配掛けて」

「べ、別にお前の心配なんぞしてないぞ!」

 

いや、さっき心配させおって!とかいってたじゃん。痴呆か?んな馬鹿な。数秒前だぞ?まぁ、それはさて置いて、だ。

 

「ミコトは一緒じゃないのか?」

「む。悪かったな!一人で」

 

いや悪くは無いけどさ。お礼も言いたかったし千冬姉に聞きそびれた事があったからついでに聞こうと思ったんだけど…。

 

「何で怒るんだよ?助けてもらったんだからお礼を言いたいのは当然だろ?」

「ふ、ふむ。その通りだ」

 

さっきから感情の凹凸が激し過ぎだろお前。

 

「それに、俺が気を失ったあとの事が気になったからな」

「む?織斑先生に聞いていなかったのか?」

「結果を聞いただけで詳しい話は聞きそびれた」

「お前は…まぁいい。ミコトとセシリアが敵の新手を撃破したのは聞いたか?」

「ああ、そこまでは聞いた」

 

俺が聞きたいのはその詳細だ。

 

「ミコトが囮となってセシリアが動きを止めた敵ISを撃墜。だが、セシリアの止めの一撃は単なる追い打ちで、撃墜にまで追い込んだのはミコト本人だと私は思う。セシリアもそれについては同意見だろう」

 

ミコトが?何も武装もないのにか?

 

「私も避難して見たのはモニター越しだったが凄まじい戦いだった。相手の力をそのまま相手に返す…軌道を逸らさせて地面に激突させるなんて誰が考える?」

「確かに、誰も考えないな」

 

そんなめんどくさい事するくらいなら攻撃した方が早いし。武装を持たないイカロス・フテロだからこその戦い方だろう。相手の力を利用する、か…。

 

「まるで別人かと思った。そう、あの時のミコトはまるで……」

「箒?」

 

どうしたんだ?急に黙りこんで?

 

「…いや、何でも無い」

 

箒はそう言って俺から視線を逸らす。そして誤魔化すかのように話題を変えてきた。

 

「そ、そういえば!怪我の方はどうなのだ?」

「ん?ああ、全身痛いけど問題無い」

 

この痛みと一緒にしばらくは生活しないといけないと考えると気が滅入るけどな。まあ、千冬姉の言う通り皆を心配させた罰だと考えよう。

 

「そうか。その程度ですんだのは日々の鍛錬の賜物だな。お前もこれで訓練の有難味が分かっただろう。これからも続けていくぞ。いいな?」

「あーわかったわかった」

「返事は一回だ!」

「分かったよ」

「うむ。そ、それでだな…」

「ん?」

「今回の勝負の結果。どうなるのだ?」

 

勝負?…………ああ!鈴の勝負の事か!

 

「…どうなるんだろうな」

 

アイツ等の乱入で勝負もうやむやになったし。再試合するのかな?と、思っていると箒が俺の疑問に答える様に教えてくれた。

 

「クラス対抗は中止だそうだ。アリーナがあれではな」

「あれ?」

「クレーターで穴だらけだ。今思うと観客席に被害が及ばないで本当に良かったと思うぞ」

 

箒が窓の方に視線を向ける。視線の先はアリーナか。何だか業者のトラックが沢山止まってるな。

 

どんだけだよ…。てか本当に俺が気を失ってる間何があったんだ?すっげぇ気になるんですけど?

 

「て、ことは…勝負は?」

「し、知らん!それに聞いてるのは私の方だ!」

 

…何で怒るんだよ?

 

でも、だったら約束はどうなるんだろう?再試合が無いんじゃ…。

 

「ひたすら土下座するしかないよなぁ…」

「そ、そうか!そうかそうか!…ははは!情けない奴め!」

 

何でそんなに嬉しそうなんだよ?薄情とかそんなレベルじゃないぞ?てかあれ?なんだか泣きそうだ…。

 

「うむ!では私は先に部屋に戻るとするか!」

 

しかも待ってくれねぇのかよ。鬼だ…。

 

「…一夏」

「ん?」

 

何だ?まだ言い足りないのか?そろそろ俺のガラスのハートも粉砕寸前なんだけど。

 

「その、だな。戦っているお前は…か、かか、かっ」

「???」

「格好良か…な、何でもない!」

 

最初の方が聞き取れなかった。まぁ、本人が何でも無いって言ってるんだから何でも無いんだろ。そう自己完結すると、箒は逃げる様に顔を真っ赤にして保健室を出ていってしまう。どうでもいいがせめてドアは閉めて行こうぜ?開けたら閉める。これは常識だろ?今は放課後だから人通りは少ないけど寝ているところを人に見られるのはあまり気持ちい物じゃないんだが…。

 

「ぐ……。だめだ。まだ身体がいう事きかない」

 

置きあがろうとすれば全身に痛みが走りすぐに俺は断念する。当分これと付き合って行くのか。はぁ…。

 

「…………寝よ」

 

暫しどうするか考えるとやる事ないし寝る事にする。どうにも疲労がヤバイ。さっきから身体が重いのは怪我だけが原因では無いらしい。瞼を閉じただけで意識は暗闇の中に引き摺りこまれていき、俺はそれに抵抗する事無く眠りについた…。

 

 

 

 

………。

 

「………」

 

ん?何だ?人の気配を感じるぞ?それも何だか顔の間近に感じる。誰だ?ていうか俺はどれくらい寝てたんだ?

 

「一夏…」

「鈴?」

「っ!?」

 

声で鈴だと分かると目を開ける。すると驚いた事に開いた目に映ったのは鈴の顔がドアップだった。新手のドッキリか?かなりビビった。

 

「…何してんの、お前」

「お、お、おっ、起きてたの?」

「お前の声で起きたんだよ。どうした?何をそんなに焦ってるんだ?」

 

まさか…俺が寝てるのをいいことに顔に落書きしようとしたな!?恐ろしい。何て奴だ。俺の周りにはこんなのにしかいないのか!?

 

「あ、焦ってないわよ!勝手な事言わないでよ、馬鹿!」

 

今日はよく馬鹿って言われるな。確かに成績は一番下だけども。

 

「そ、それより!怪我は大丈夫なの?」

「ああ、まぁな。全身が痛むけど」

「そ、そう。弱いのに無茶するからよ」

 

心配するか貶すかどっちかにしてくれよ頼むから。反応に困る。

 

「…なぁ、鈴」

「ん?何?」

「すまん!」

 

痛む身体に鞭を打って動かすと、ベッドの上で土下座をする。

 

「な、何よ突然!?」

「勝負は有耶無耶になっただろ?鈴の怒った理由は教えて貰えない。だから、せめてお前を泣かせた事だけでも謝りたいんだ」

「だ、だからって土下座はやり過ぎでしょうが!」

「いや、こうでもしないと俺の気が済まない」

 

とりあえず謝ると言うやり方は相手にとって不愉快極まりない事なのかもしれない。でも、俺に非があり鈴を泣かせたのは事実。こればかりは頭を下げないと気が済まない。例え、鈴がそれを拒んでもだ。

 

「それはアンタの都合でしょうが!土下座される身にもなってよね!」

「でも…」

「あーんもう!許す!許すから!土下座するのやめなさい!」

「…本当か?」

「いいわよ、もう。あたしもアンタの性格を考えてなかったっていうか。ムキになってたって言うか…」

 

良かった。許してくれるのか…。

 

「ありがとう。鈴。それとごめんな」

「いいってば!たくっ………でも、少し勿体なかったかな?」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でも無い!?」

 

このやり取りは本日で2回目だぞ。何だ?幼馴染で何か通じるものでもあるのか?俺は無いけど。

 

まぁ、何はともあれ鈴が許してくれてよかった。これで約束について思いだそうと頭を悩ませる日々を送らなくて済むぜ。

 

「そう言えばさ」

「何?」

「約束で『料理は上達したら』って言ってだろ?てことは上達したのか?料理」

「え?ま、まぁ。人に食べさせ恥ずかしくない程度には…」

「おお!そうか!じゃあ今度食べさせてくれよ!」

「へ?え、ええ!良いわよ。有り難く思いなさいよ?あたしの作った酢豚が食べられるんだから!」

 

酢豚限定なのか?まぁ酢豚好きだからかまわないけど。そういえば酢豚にパイナップルを入れるのは邪道だって言ってたっけな。酢豚には拘りがあるのかもしれない。

 

「じゃあ今度鈴の店に遊びに行く時に奢ってくれよ。こっちに戻って来たって事はまたお店やるんだろ?鈴の親父さんの料理美味いもんな。また食べたいぜ」

「あ…。その、お店は…しないんだ」

「え?なんで?」

「あたしの両親。離婚しちゃったから…」

「……………え?」

 

一瞬、鈴が何を言ったのか理解出来なった。離婚?鈴の両親が?

何かの冗談かと思ったが鈴の暗く沈んだ表情を見てそうでは無いと悟る。そして、俺は言葉に迷った。何を言えば良いのだろうと。励ませばいいのか?何て?下手な言葉を言えば逆に鈴を傷つけるだけだ。そんなことしたくは無い。

 

「あたしが国に帰る事になったのも、そのせいなんだよね」

「そう、だったのか…」

 

今にして思えば、あの頃の鈴はひどく不安定だった。何かを隠す様に明るく振る舞う事が多かった。当時の俺はそれが妙に気になっていたんだけど。そうか、そうい言う事だったのか…。

 

「一応、お母さんの方の親権なのよ。ほら、今は何処でも女の方が立場が上だし、待遇も良いしね。だから…」

 

ぱっと明るく喋ったかと思うと、また声のトーンが沈む。俺に気を使っての事なんだろうけど…。馬鹿。お前が一番辛いのに気をつかってんじゃねぇよ。

 

「父さんとは一年会ってないの。たぶん、元気だと思うけど…」

 

俺は鈴にどう声を掛けたら良いか分からなかった。鈴の両親の離婚。その事実は俺にとっても衝撃的なものだったから…。

気前の良い親父さんの顔を思い出す。活動的なおばさんの顔を思い出す。どうしてだ?どうして離婚なんて。あれだけ仲良さそうだったのに…。

けれど、鈴に訊くことはできない。何よりつらいのは鈴自身なのだから。鈴の心の傷を抉る様なことは俺にはできない。

 

「家族って、難しいよね…」

 

俺は…両親を知らない。千冬姉だけが家族の俺にとって、鈴の言葉の深さは実感が湧かないものだった。鈴を励ます言葉なんて俺には到底思い浮かばないだろう。だから…。

 

「あ…」

 

痛む腕を持ち上げて、そっと鈴の頭に手を置いて撫でた。

 

「………」

 

言葉なんて見つからない。だから、せめてこれ位はさせてくれよ。

 

優しく頭を撫でる。手を動かす度に痛みが走るがそんなの気にしない。

 

「ひっぐ…ぐす…」

 

鈴の泣き顔を見ない様に気を遣い天井を見上げる。保健室にはいつまでも鈴の泣く声が哀しく響いていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 千冬

 

 

学園の地下50メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間がある。

 

機能停止…いや、鉄屑と変わり果てたISはすぐさま此処へと運ばれ、解析が開始された。それから2時間、私は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。

 

「………」

 

これは…やはり…。

 

「織斑先生?」

 

ディスプレイに割り込みでウィンドウが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った山田先生だった。

 

「どうぞ」

 

許可を出すとドアが開かれ、山田先生はきびきびとした動作で入室してくる。事が深刻なためか、普段の落ち着きのない彼女はそこにはいなかった。

 

「あのISの解析結果が出ましたよ」

 

「ああ。どうだった?」

 

「はい。あれは―――無人機です」

 

世界中で開発が進むISの、そのまだ完成していない技術。遠隔操作と独立稼働。そのどちらか、あるいは両方の技術があのISには使われている。その事実は、すぐさま学園関係者に緘口令が敷かれる程だった。当然だ。その様な存在が知られればとんでもない事が起きる。各国の手が伸びないこの学園内で起こったのが幸いだった。それとも、それも計算していたのか?

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんが撃破した方は最後の一撃で機能中枢が完全に破壊されていました。修復は不可能です」

 

だろうな。あれだけ最大出力でやればな。

 

「ミコトちゃんとオルコットさんが撃破した方のコアは無事でした。そして、解析の結果。イカロス・フテロの構造と共通する部分が多く見られたとの事です」

「………」

「あの、これはやはり…」

「あの国がこれ程の技術を有するとは思えん。それに、唯でさえ現在立場が危ういと言うのに学園に喧嘩を売ると思うか?」

 

最悪、戦争が起きてしまう可能性もある。彼等もそれは望んではいないだろう。

 

「そうです、よね…」

 

まったく。オリヴィアの事で判断が鈍っているな。可愛がるのは良いが自分の立場をしっかり自覚してくれ。

 

「ああ、そうだ。鳥型の方はばらしてイカロス・フテロの予備パーツに回しておけ」

 

思いだしたかのように私はそう伝える。唯でさえイカロス・フテロのパーツは入手困難だからな。丁度良いから使わせて貰うとしよう。

 

「はい。そう伝えておきます」

「コアはどうだった?」

「………それが、登録されていないコアでした」

「そうか」

 

やはりな、と続ける。すると、私の確信じみた言葉に山田先生が怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ―――な」

 

あくまで『今は』だが…。

 

 

 

 

――――同時刻

 

 

 

 

「ありゃりゃ、負けちゃったかぁ。まぁ、発想自体が馬鹿が考えた欠陥だからねぇー仕方ないねぇー」

 

真っ暗な機械が敷き詰められた不思議空間で、『GAME OVER』と表示された画面に女は微塵も悔しさを感じられない声を漏らしグテ~とだらしなく身体を預けると、理解出来ない事でもあるのか、あれれ~?と不思議そうに首を傾げる。

 

「んん~?なんで、第二形態移行しなかったんだろう?経験も『ちびちーちゃん』とイカロス・フテロとのシンクロも十分の筈なのにねぇ~?」

 

ミコトとイカロス・フテロの願いは共通。故にISとの相性は世界でもおそらく五指に入るだろう。少なくとも女そう思っている。けれど、あの機体は第二形態に移行しなかった。何故だ?

 

「いやいやいや。それより単一仕様能力だよ」

 

『単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫』。ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力。通常は第二形態から発現するが、それでも能力が発現しない場合が多い。だが、ミコトとイカロス・フテロの相性から考えると逆に発言しない方が不自然なのだ。

 

「ふむぅ?ISの方が拒んでる?あの子怖がりだからなぁ。それとも何かが足りないのかな?怒り?悲しみ?憎しみ?喜び?敵意?殺意?それとも―――」

 

ぴんっとこの間暇つぶしで造ったISの模型を女は指で弾くと模型は音を立てて崩れ落ちる…。

 

「絶望、かな?」

 

女は崩れた模型を感情を感じさせない瞳で眺めながら思う。イカロスは自身が敬愛した太陽の女神によって蝋で作られた翼をもがれ命を落とした。なら、ミコト・オリヴィアが愛したモノとは?信じたモノとは?心の支えとは一体何なのだろう?と…。

そして、真実を知った時。あの幼き少女はどうなるのだろうか………?

 

「…ま、どうでも良いけどさ♪」

 

ポイっとガラクタと化した模型の残骸を自作のお掃除ロボ『お掃除四太郎』の口の中へと放り込むと、鼻歌を歌い出し再び自分の趣味に没頭する。

所詮、あの白き少女は『準・興味対象』。女には失うのは少し惜しい壊れやすい玩具程度の価値でしか無い。そして、それ以上興味を示す事もないだろう。あれは『偽物』でしかないのだから。

 

「ふんふんふんふ~ん♪」

 

鼻歌が響く暗い部屋の中、女は興味に没頭する。ピポパピポパとキーボードの奏でる伴奏と鼻歌を響かせて。次はどんな暇つぶしをしようか考えながら…。

 

 

 

 


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