IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第14話「五反田食堂」

 

 

「むぅ~!覚悟はしてたけどIS学園はGWが短いよぉ~!全然遊べなかったよ~!」

「一般での必修カリキュラムと、IS関連のカリキュラムを両立させるとなると、休日を削られるのは致し方ありませんわ。諦めなさいな」

 

何せ、入学式早々授業が始めるのですから。全寮制が義務付けられているのは生徒の安全のためだけでは無く、遅くまで授業をするためでもありますし。大体、あらゆる機関・組織が介入する事が許されない此処IS学園は、日本であって日本でないのですよ?本来なら祝日がある事さえおかしいですのに。

 

「ぶ~ぶ~!」

「はぁ…やれやれですわ」

 

…しかし、何故わたくしはこの部屋に居るのでしょう?

 

クラス対抗もという学校行事が終わり。慌ただしかった学園の空気も落ち着き始めていたある日の夜。夕食を済ませたわたくしは自室へと戻ろうと廊下を歩いていたら廊下の角で布仏さんに捕まり彼女の部屋まで連行されてしまった。なんでも、明日の休日何処かに出掛けるから一緒に考えようとの事。そして、何故か既にわたくしは同行する事は決定済みらしい。

 

はぁ…まったく。布仏さんはミコトさんと同じく掴みづらい方ですわね。

 

「だいたい、前にも言いましたでしょう?学生の本分は学業。なら、ここIS学園の学生ならばISに励むのは当然義務ですわ」

 

代表候補生ならなおのこと。わたくしは国の代表として此処に来ているのですから。勉強は勿論のこと、ISでも他国に後れをとる訳にはいかないのです!ですが…―――。

 

ちらりと視線を向ける。

 

「あむ……ん?」

 

美味しそうに食堂から貰ってきたプリンを頬張ると、わたくしが見ている事に気が付き「何か用?」と首を傾げるミコトさん。

 

「はぁ…」

 

既に勉学も、ISの実力もこの子に敗れているのですけどね…。所詮、わたくしは『次席』ですわよ。『主席』のミコトさんより劣ってますわ。うふ、うふふふふ…。

 

「?」

 

くっ、可愛く装ったって騙されませんわよ。ああもうっ!また口を周りを汚して!

 

とりあえずハンカチでミコトさんのお口の周りを綺麗に拭う。レディーなら身だしなみをキチンとしないといけませんわよ?

 

「…うん。セシりんは立派なママだよ。異論は認めない」

「セシりんはやめなさい!あと、ママではありませんわ!」

 

誇り高いセシリア・オルコットの名が台無しですわ!それに!わたくしはこんな大きな子を持つ程歳をとっていませんわよ!何度言わせるんです!

 

「え~?セシりん可愛いのに…」

「可愛いとか可愛くないとかの問題ではありません!威厳が損なわれてしまいますわ!」

「元々ないのに…」

「何か言いまして?」

「べつに~?」

 

わざとらしく口笛を吹いて誤魔化さない!まったくもうこの子達はお行儀がなってませんわ。良いですわ。こうなったら今夜はとことんお二人にレディーの心得という物を―――。

 

『ま、まっ、待って下さい!』

 

「はい?」

「なになに~?」

「?」

 

隣の部屋から大きな声が響いて来た。この凛のした声は箒さん?壁越しでもハッキリと良く聞こえる程の大きな声を出してどうしたのでしょうか?声色からして随分と慌てたご様子ですが…?

 

「修羅場?修羅場かな~?」

「しゅらば?」

「会った女の子にかたっぱしから手を出すおりむーについに切れたしののんが『お前を殺して私も死ぬ!』って包丁をブスリ♪」

 

『ぶすっ♪』と可愛らしい仕草とは正反対で物騒な内容なこと…。

 

「っ!?…箒!一夏!」

「お、おおおお待ちなさいミコトさん!本気にしないでください!?」

 

それを聞いて顔を真っ青にして飛び出そうとするミコトさんを慌てて引き止める。いくら箒さんでもそれはないでしょう。竹刀で9割殺し程度で止める筈です。…それでもやり過ぎですわね。

 

っと言うより、今の箒さんの台詞は不自然でしょう?一夏さん相手なら敬語なんて使わない筈ですわ。

 

たぶん、目上の人が部屋に訪れたのだろう。恐らく先生でしょう。別に先生が生徒の部屋に訪れるのは珍しい事では無い。きっと、何か連絡する事があったのでしょう。

 

「ん~?良く聞こえないね~?」

「盗み聞きなんてはしたな―――」

「これ…」

 

すっと何処から持って来たのかガラスのコップを差し出すミコトさん。それを使って隣の会話を盗み聞きしようと言う事だろう。

 

「お~!みこちー分かってるねぇ~!」

「ミコトさんまで!?」

 

何と言う事でしょう。やはり、このわたくしがしっかりと責任を持ってミコトさんを教育しなくては…。

 

「セシリアも、一緒にする」

 

そう言って、ミコトさんがわたくしにもコップを差し出してくる。

 

「わ、わたくしはそんなはしたない真似…」

「仲間はずれ。ダメ」

「いやいやいや!そうではなくてですね!?」

「だめ」

「いや、そのですね?」

「一緒」

「うー…」

 

ごめんなさい。お母様。セシリアは駄目な子です…。

 

押しの弱い自分に涙しつつわたくしはミコトさんからコップを受取り壁にコップを当てて耳を澄まします。すると、箒さんと…これは恐らく山田先生ですわね。二人の声が聞こえた。

 

『そんな急に部屋替えと言われても…今すぐでないといけませんか?』

 

あら、部屋の調整が付いたんですのね。満室の状態で学園の方も苦労したでしょうに。

 

一夏さんは世界で唯一の男性でISを操縦できる人間。そして、IS学園初の男子生徒。今まで女性しか居なかったこの学園は男性を考慮した設備は無く。そのため、お、お手洗いもそうですが。浴場、そして部屋などいろいろと調整する必要があった。

 

『それは、まぁ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題がありますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?』

 

「まぁ、そうだよねぇ~」

「まったくですわ!なんてうらやまし…こほん。殿方と同棲なんて淑女にあるまじき行為ですわ!」

 

山田先生の言葉にうんうんとわたくしと布仏さんが頷く。でも、分かっていない人がいた。

 

「? なんで?」

「みこちーにはまだ早いかな~?」

「ミコトさんは知らなくていいんですのよ?」

 

ミコトさんはそのままでいてくださいな。

 

「む~…」

 

そう不満そうな顔をしないでくださいな。わたくし達もミコトさんを思っての事ですのよ?情操教育に非常に悪いですわ。

と、そんな事はさて置いて。盗み聞き…では無く偵察を続けましょうか。そうです。これはあくまで偵察なのです。箒さんに後れをとらないための。

 

『そんな気を遣うなって、俺の事なら心配するなよ。箒が居なくてもちゃんと起きられるし歯も磨くぞ』

 

「おりむーは鈍感である」

「同感ですわ」

「?」

 

『先生、今すぐ部屋を移動します!』

『は、はいっ!じゃあ始めましょうっ』

 

そう言って、箒さんは出ていってしまった。

 

「「あぁ~…」」

 

箒さん。恋敵ながら同情いたしますわ。ですが、これで大きなハンデが無くなりましたわね。ふふふふ…。

 

同室となると、どうしても一夏さんと共に出来る時間に差が出てしまう。しかも寝食を共にしてる訳なのだから何かの間違いが起きてしまう事も絶対に無いとは言い切れない。なんてうらやまし…じゃない。そんなの不公平ですわ!諦めきれませんわ!

 

…こほん。熱くなりすぎてしまいましたわね。

 

「箒、お引っ越し?」

「そうですわね」

 

立ち退きという名のお引っ越しですわ。まぁ、遅かれ早かれこうなるのは決まっていたのですけどね。箒さんとの同室はあくまで部屋の調整が済むまで、との事でしたし。その時が来ただけですわね。

 

「さて、話は済んだ様ですし。今日はもうお開きに―――」

 

ドンドンッ!

 

隣から聞こえるドアを叩く音に反応して、壁から離しかけたコップを再び元に戻して耳を当てる。

 

「セシりんの方がノリノリな件について」

 

お黙りなさい!それに!セシりんではありませんわ!

 

『なんだ?忘れ物か?』

 

一夏さんの言葉から推測すると、どうやら出て行った箒さんが戻って来たようですわね。

 

『どうかしたのか?まぁ、とりあえず部屋に入れよ』

『いや、ここで良い』

『そうか』

『そうだ』

『………』

『………』

 

…なんですの?この沈黙?

 

態々部屋に戻って来たのは用事があるからでは?少なくとも聞いてる方も気まずくなるような沈黙を作るために戻って来たのでは無いとは思うのですが…。

 

『…箒、用が無いなら俺は寝るぞ』

『よ、用ならある!』

 

急に大声を出されてびくりと跳ねあがるミコトさん。まったく、こんな夜遅くに廊下で大声を出すのはどうかと思いますわよ?

 

『ら、来月の、学年別個人トーナメントだが…』

 

学年別個人トーナメント。6月末に行われる行事で、クラス対抗戦とは違い完全に自主参加の個人戦。ついこの間クラス対抗戦をしたばかりだと思われるかもしれませんが、このIS学園では生徒の向上意識を高める為かこう言った行事が多い。ですが、今年は専用機持ちが多き事から参加人数は少ないでしょうね。

 

『わ、私が優勝したら…つ、付き合ってもらう!』

 

なっ!?なななななっ!?

 

「なんですっt、モゴモゴっ!?」

「あは~♪これは面白くなってきたよ~♪」

「???(つきあう?一緒にお散歩するのかな?)」

「モゴ~ッ!モゴモゴ~~ッ!?」

 

わたくしは、わたくしは認めませんわよー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第14話「五反田食堂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で、わたくしは此処に居ますの…?」

 

わたくしは、ミコトさん達と共にあの悪夢が蘇る街を歩いていた。本音さんを先頭にミコトさんが迷子にならない様にと間に挟み最後尾がわたくしとしたこの構成。先頭の布仏さんは既に獲物を探してすぴすぴと鼻を鳴らし、わたくしはどんよりと肩を落としてそれについて行く。

 

うぅ…思いだしただけでも鳥肌が立ちますわ…。

 

前回は酷かった。ミコトさん達に付き合ったせいで一日にしてわたくしの体重が、体重が…。あれからどれだけ苦労した事か。しくしくしく…。

 

「わたくしは個人トーナメントに向けて特訓しなければなりませんのに…」

 

そう、わたくしはこんな所で遊んでいる場合では無いのです。個人トーナメント優勝を目指して特訓しなければならないのです!箒さんに負けるだなんて万が一にも有り得ない事ですが、慢心は敗北に繋がると一夏さんに教えられましたからね!

 

「まだ言ってるの~?いい加減諦めなよ~」

「諦められるものですか!箒さんが優勝すれば一夏さんとお付き合いすることになるんですのよ!?」

 

ずるいです!ずるいですわ!箒さんだけ!そんな事でしたらわたくしだって一夏さんと約束を交わしたいです!必ず優勝してみせますわ!そして一夏さんと…ふふ、ふふふふ♪

 

「セシリア。笑ってる。よだれ。よだれ。ふきふき」

「不気味だねぇ」

 

―――はっ!?ジュルリ…わたくしとした事がなんてはしたない。

 

慣れない手つきでわたくしの口の周りをハンカチで拭こうとするミコトさんのおかげで正気に戻る。危なかった。醜態を晒すところでしたわ。

 

「こほん…ですから、わたくしは今直ぐにでも学園に戻って鍛錬に励みたいのです」

 

くっ!もっと早く部屋を出ていれば!逃げましたわね箒さん!自分だけ特訓しようだなんて卑怯ですわ!

 

「え~?せっかくの休日なんだから楽しもうよー?学生の特権だよー?」

「前にも言いましたわよねその台詞!?大事な行事を控えている今、遊んでいる暇は無いでしょう!?遊びになんていつでもいけるのですから!」

「先が見えない明日より、此処にある今を私は懸命に生きたい(キリッ」

「キリッじゃありませんわ!なんですかキリッて!?」

 

本当にこの方と話をしていると疲れますわ。はぁ…。

 

だからこそなのだろうか。布仏さんがミコトさんと一番仲が良いのは。ミコトさんはクラスの方達だけではなく、先輩方そして学園の関係者の方達と交流は多いがその中でも布仏さんは群を抜いてミコトさんと仲が良い。波長が合ってるからかしら?類は友を呼ぶとこの国にはそんな言葉がありましたわね。まさにこの二人がその通りではありませんか。

 

「それにね、セシリア」

「なんですの?」

「明日が来るなんて保証は無いんだから今を楽しむべきでしょー?」

 

はぁ?何を言って…。

 

一瞬、何故か布仏さんの表情に暗いものが差した様な気がしたが、今はもういつもののほほんとした雰囲気を振りまいている。気のせい?でも…。

 

「というわけでー!みこちー!どこいこっかー?」

「おー?」

 

…気のせい、ですわよね?

 

「この前は東を中心に回ったからぁ…次は西を攻めようか!」

「ちょっ!?お待ちなさいっ!また食べ歩くおつもりですの!?」

 

悪夢再来。布仏さんの言葉を聞いてサーッと顔を真っ青にしえ布仏さんに訊ねると、布仏さんはにんまりと笑って「もちろん♪」と頷く。そんな、体重を減らすのにどれだけ苦労したと…。

 

「も、もっと他にする事は沢山あるでしょう!?お洋服を買ったり!」

「私の趣味にあったお洋服はこの辺りには無いのだー」

 

ああ、そうでしょうとも。貴女の服は色々と独特ですものねっ!

 

何度も布仏さんのパジャマや私服を目にしているが色々とアレだった。私服はまぁ流石にまともなのもあったがパジャマは酷かった。パジャマというか着ぐるみでは?と思えるほどに…。つまり、彼女のセンスは一般的なセンスとズレが生じており、普通のお店では彼女を満足させるお洋服は存在しないのだ。余程特殊なお店でない限り…。

 

「嗚呼、何故こんな事に…。どうせなら一夏さんも誘ってくだされば少しはマシでしたのに…」

「誘ったんだけどねー」

「一夏。ともだちのお店いくって」

「友達!?また女性の方ですの!?」

 

と、そんなわたくしの疑問を答えてくれたのはこの場に先程まで居なかった声だった。

 

「違うわよ。お店って言ったらたぶん弾…五反田っていう男子よ。一夏の知り合いに実家で営業してるのはアイツくらいだし」

 

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには何処かで買い物をして来たのだろうか?ビニール袋を片手呆れ顔で立っている鈴さんがいた。

 

「鈴さん!?どうして此処に?」

「それはこっちの台詞よ。なにか聞き覚えのある声が聞こえたから来てみれば…何してんの?」

「何って…何をしているのでしょうね?」

 

そんなの、わたくしが聞きたいくらいですわ。

 

「あたしに訊いてどうすんのよ…」

「う゛…そ、そんなことよりも!鈴さんはその一夏さんのお友達の事をご存じで?」

「まぁ、よく一緒に遊んでたしね。五反田 弾って言うんだけど、男子の中で一番一夏と仲良いんじゃない?親友ってやつ?」

 

ほっ…良かった。男性の方なら心配ありませんわね…って、どうしましたの?鈴さん?不機嫌そうな顔をして…まさか!?

 

「まぁ…そいつには一個下の妹が居るんだけどね」

「大問題じゃありませんの!?」

 

やっぱり一夏さんは一夏さんでしたわ!

 

鈴さんの表情から察するにきっとその方の妹さんも一夏さんに想いを寄せている筈。本当に一夏さんは節操がなさ過ぎですわ!?

 

「まぁ、おりむーだし?」

「ん?」

「確かに納得ですが納得出来ませんわ!」

「それについては同意見だけど…もうあたしは諦めたわよ」

 

「一夏だしね」と疲れたように肩を落とす鈴さん。彼女も幼馴染なだけあって、流石に付き合いが長いからか、そういった光景を何度も見せられ続けて慣れ…もとい諦めてしまったのでしょう。

 

「りんりんも大変だねぇ」

「りんりん言うな!」

 

わたくしの『セシりん』といい、布仏さんは変なあだ名をつける癖でもあるのでしょうか?それとも趣味?どちらにせよセンスは壊滅的ですわね…。

 

「まったく…で?もう一度聞くけど何してたの?こんな所で騒いで」

「好きで騒いでたんじゃありませんわよ」

「お出掛け。お買いもの」

「買い物?」

「お菓子。食べる」

「何で片言なのよ…」

 

いつもの事じゃありませんの。わたくしはもう慣れましたわ。寧ろ言葉を口に出す方が珍しいですわよ?ミコトさんの会話の反応は殆ど「ん」で済ましますから。

 

「鈴さんはどう言った御用件で?」

「あたし?あたしは生活用品とかその他色々を買いにね。急な転入だったから必要最低限の物しか用意してこなかったのよね」

 

そういって大量に生活用品とやらが詰め込まれた紙袋を持ち上げる。

 

「購買でそう言ったものは揃えてあったと記憶してるのですが?」

「使い慣れた物の方が良いでしょ?値段よりそっち優先」

 

成程、確かにそうの通りですわね。自分にあった物が一番ですわ。わたくしも購買で売ってない物は本国から取り寄せていますし。というより、わたくしの場合は殆どが本国からの物ですが。

 

「では、もうお帰りで?」

「んー、どうしよっかなぁ?せっかく街に出て来たんだしテキトーにぶらぶらしようかなって思ってたんだけど…」

「だけど?」

「アンタ達、その五反田食堂に行きたくはない?」

 

ニヤリと明らかに悪巧みを考えている笑みを浮かべて鈴さんはそう訊ねてくる。確かに興味はありますが…。

 

「一夏さんの個人の時間をお邪魔すると言うのは気が引けますわ…」

「一夏。楽しそうだった。邪魔するの、だめ」

 

唯でさえ自分以外は女子だけという特殊な環境で精神に負担が掛かっていると言うのに、休日くらいは気楽に楽しんでもらいたい。

 

「違うわね。間違っているわよ!セシリア!ミコト!」

 

ずびしっ!と指をこちらに突き立てて突然大声をあげ出す鈴さん。

 

「う?」

「間違ってる?どういうことですの?」

「あたしは五反田食堂に行きたくはないかと聞いたのよ?丁度今は昼時。グッドタイミングじゃない!」

「別にそこで食べなくても…」

「あたしは日本に帰って来たって顔を出しておきたいし、アンタだってその妹の方に興味あるんじゃない?」

「ぐっ…」

 

否定出来ませんわね。ですが、う~ん…。

 

その妹さんには興味がある。敵の情報を知るのも戦いには重要な事だ。ですが、一夏さんの休日を台無しにする訳には―――。

 

「こうしてる間にも、おりむーのその子に対する好感度が上昇中~♪『この料理、美味しいな♪』『あん♪一夏さんへの愛情を込めましたから♪』」

「往きますわ!是非に!」

 

―――やはり敵情偵察は何よりも重要ですわよね!

 

「(ちょろいなぁ)」

「(ちょろいわね)」

 

む?何ですの?この生温かくも不愉快な視線は…?

 

まぁ、それはともかくとして。わたくし達は鈴さんに案内されて、一夏さんのご友人の家が経営している『五反田食堂』へと向かう事に。密かにデザート巡りが無くなっていた事は嬉しい誤算である。

 

 

 

 

 

「ここが『五反田食堂』ですか」

「おー」

 

入口には大きく看板に『五反田食堂』と書かれているから間違いないでしょう。お世辞にも大きい店とは言えませんが、中から漂ってくる料理の匂いはとても食欲をそそりますわね。空腹なら尚更。

 

「そっ、ボロイけど料理は美味いわよ」

「こらこらこらこらっ、ひとの店の前で何て失礼な事言いやがる」

 

鈴さんのあんまりな言葉に反応したのはわたくし達でなく、後ろから声を掛けてきた頭にバンダナを巻いた長髪の男性だった。もしかして、この方が一夏さんの…?

 

「あら、弾。生きてたの?」

「生きてたっておい!久しぶりなのに酷すぎやしないか?普通こういう時は『元気だった?』の一声ぐらいあるべきだろう」

 

やっぱり、一夏さんのお友達の五反田 弾さんでしたか。

 

「なに?買い出しか何か?」

 

そう言って鈴さんは五反田さんの持っているビニール袋を指さして訊ねる。

 

「無視か…ああ、ダチが遊びに来てるのに野菜がきれそうだから買いに行ってこいだとさ。ったく、あの爺は…」

「あはは、厳さんらしいわ」

「笑えねぇっての…で?そこの可愛い子達はお前と一夏の知り合いか?」

「同じIS学園の生徒よ。あと一夏のクラスメイトでもあるわね」

 

鈴さんの紹介に乗じて自らも名乗り出る。

 

「わたくしは、イギリス代表候補生セシリア・オルコットですわ」

「布仏 本音だよー」

「布仏さんと…オルコットさんでいいのかな?俺、外人さんは初めてだからさ」

「ええ、それで間違いありませんわよ?」

「代表候補生かぁ…一夏が言うにはエリートなんだよな?」

「ええ!勿論ですわ!」

「凄いなぁ…」

「ちょっと!あたしだって中国人で代表候補生でしょうが!」

「あ?居たのか鈴?」

「…ふんっ!!」

「ぐふぉあっ!?」

 

見事な回し蹴りが五反田さんの顔面を打ち抜き、五反田さんは綺麗な曲線を描いてコンクリートに沈む。

 

…仲良しですのね。

 

「ミコト・オリヴィア」

「うおっ!?千冬さんっ!?…てか白!?」

「?」

 

ミコトさんをも見た瞬間飛び跳ねて驚く五反田さん。その反応は何処かで見た事がありますわね。というより、先程から居ましたのに気付きませんでしたの?確かに、ミコトさんは無口な上に存在が希薄ですから気付かないのも無理はないかもしれませんが…。

 

「…って、そうか。一夏が言ってたそっくりさんのオリヴィアちゃんか」

 

そっくりさん…まぁその通りですけど。そんな芸能人のそっくりさんじゃないのですから…いえ、ある意味千冬さんは芸能人より有名ですわね。

 

「一夏のともだち?」

「ああ、五反田 弾って言うんだ。よろしくな?オリヴィアちゃん」

 

ミコトさんだけちゃん付けなのはきっと容姿のせいだろう。

 

「ん。ミコトで、良い」

「おう。ミコトちゃん」

 

そういって挨拶を済ませるとがしがしとミコトさんの頭を撫でる。完全に子供として認識されてますわね。気持ちは分かりますが。

 

「それで?何だよ急に?食いに来たのか?」

「ええ。ついでに戻って来たって報告をしにね」

「そうか。入れ入れ。奢ってやるよ。まかないだけどな」

「ほんと?やった~♪」

「お~」

 

ぴょんこぴょんこと喜ぶ布仏さんととりあえずそれに合わせて喜ぶミコトさんでしたが、流石に今日初めて会った方にご馳走になるのは少し気が引けた。

 

「あの、急にお邪魔したうえにご馳走になるのは…」

「いいっていいって、今ちょうど一夏の奴も来てるからさ。一人や二人増えた所で変わらないって」

「そうそう、気にしない気にしない!」

「いやお前は少しはオルコットさんを見習えよ」

「うっさいわね!ほら入るわよ!」

「何でお前がしきってんだよ…」

 

そう言って鈴さんを先頭にのれん?だったでしょうか?それを潜り店の中へと入っていく。そして店の中に入るといち早く一夏さんがわたくし達に気付き声を掛けてきた。

 

「あれ?セシリア達じゃんか?何で此処に…って、なんだ。鈴も居たのか」

「なんだとは何よ?まぁ良いわ…厳さん!ただいま~!」

「おう!こっちに戻って来てたのか!餓鬼どもをぞろぞろと連れて来やがって!待ってな!飯を用意してやっからよ!」

「ありがとー!」

 

な、何て言うか、凄く大胆と言うかパワフルなお爺様ですわね。織斑先生とは違う威圧感を持っていましたわ…。

 

「それでどうしたんだよ?セシリア達を連れて来て」

「別にいいじゃない。買い物のついでよついで。あ、蘭。久しぶりね」

「…はい。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

 

鈴さんのなんだか挑発的な挨拶に、五反田さんと同じようにバンダナをした女性が表情を固くして少しと刺を含んだ挨拶を返す。彼女が五反田さんの妹さんでしょうか?恐らくそうでしょう。髪の色も目元もお兄さんに似てますし。

 

「セシリア達は蘭を知らないよな?五反田 蘭。弾の妹だ」

「…は、はじめまして」

 

一夏さんが紹介してくれた途端表情が柔らかくなる。成程、やはり彼女もわたくし達と同じですか…。

 

「イギリス代表候補生。セシリア・オルコットですわ!よろしく、五反田 蘭さん」

「よ、よろしくお願いします。あ、あと、蘭で良いですよ?」

「何威圧してんだよ…」

 

あら?最初の挨拶は重要ですわよ?この人には敵わないと印象を植え付けるのがコツですわ。

 

「布仏 本音だよー!よろしくねー!らんらん!」

「ら、らんらん?」

「あー…あんまり気にするな。のほほんさんはいつもこうだから」

「は、はぁ…」

 

布仏さんの自己紹介も終え、次はミコトさんの番となりミコトさんは布仏さんの後ろからひょこりと顔を出す。

 

「きゃっ!?ち、千冬さん!?…し、白くなってる!?」

「それ、俺と同じ反応な」

 

本当に織斑先生の知り合いは皆同じ反応をしますわね…。

 

「ミコト・オリヴィア」

「え?…が、外国の方ですか?」

「ん?」

「いえ、首を傾げられても…」

 

蘭さんが一夏さんに助けを求める様に視線を向けるが一夏さんは首を振るだけ。実際、わたくし達もミコトさんの素性は殆ど知らないのですから答えようが無いですわ。

そして、一通り自己紹介が済んだ頃にタイミング良く料理が運ばれてくる。

 

「おう餓鬼共!食え!」

「わ~い♪いただいま~す♪」

「いただきます!」

「いただきますわ」

「ん。いただきます」

「おう。ゆっくりしていきな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「でも驚いたよ。まさか此処でセシリア達と会うとはな」

「わたくしは止めたのですが…」

「嘘言うんじゃないわよ。アンタだって乗り気だったじゃない」

「り、鈴さん!」

 

何をそんなに慌ててるんだ?あと気をつけろよ?あんまり大きな声出すと厳さんが中華鍋を飛ばしてくるぞ?まぁ、さすがに女の子にそんな事までしないと思うけど…。たぶんいってしゃもじくらいか?

 

「でも皆揃ってると思ったら箒はいないんだな?」

 

このメンバーだとてっきり、箒も一緒だと思ったんだけどな。

 

「箒。特訓中」

「特訓?ああ、そうか。個人トーナメントに向けてか。頑張るなぁ」

 

昨日の夜の事が関係してるのか?凄く真剣な表情だったけど。

 

「ホウキ?誰ですか?」

 

ああ、そうか。蘭は知らないんだよな。

 

「幼馴染だよ。ファースト幼馴染」

「まだ増えるんですか…」

 

ん?増えるって何が?

 

「唯でさえ年下で不利なのに、これじゃあ…」

 

年下で不利?何の事だ?蘭はセシリア達を悔しそうに見ていた。いや、正確には胸か。

…蘭。お前もきっと大きくなるって。まぁ、鈴という例外がいるけ―――ブルッ!?なんだ!?今の寒気はっ!?

 

「…決めました」

 

な、何を?

 

「私、来年IS学園を受験します」

 

がたたっ!

 

「お、お前、何言って―――」

 

ビュンッ―――ガッ!

 

大きな音を立てて弾が立ち上がった瞬間、厨房から飛んできたおたまが見事弾の頭に直撃する。な?言った通りになっただろ?

 

「お~…」

「わぁ~痛そう~」

 

うん。痛いぞ?経験者は語るからな?アレは痛い。冗談抜きで痛い。

 

「受験するって…何でだ?蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

 

いや、答えになってないし。

 

「IS学園は推薦ないぞ…」

 

よろよろと立ち上がる弾。体力は無いが復活は早い。弾の隠れた特徴だ。あまり意味のない性能だけども。

 

「お兄と違って、私は筆記で余裕です」

「いや、でも…な、なあ、一夏!あそこって実技あるよな!?」

「ん?ああ、あるな。IS起動試験っていうのがあって、適正が全くない奴はそれで落とされるらしい」

 

ちなみにその起動試験そのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしい。

 

「………」

 

無言でポケットから何やら紙を取り出す蘭。それを身を乗り出して覗きこむ俺達。

 

「へぇ~、やるじゃん」

「これは…」

「すご~い!代表候補生になれるかもよ!らんらん!」

 

IS学園の生徒であるセシリア達が口々に嘆声をもらす。蘭が取り出した紙に書かれていたのは。

 

IS簡易適正試験 判定A

 

「げぇ!?」

「問題は既に解決済みです」

 

ふふん鼻で笑い勝ち誇る蘭。成程、確かにこの成績は凄い。勿論、これは『簡易』適正審査であってちゃんと試験をした訳ではないが代表候補生であるセシリアと鈴が驚いているのだからこの好成績は凄いのだろう。

 

「それって希望者が無料で受けれる奴だよねー?政府がIS操縦者を募集する一環でー」

 

ISは女性の憧れでありしかも無料で受けらる為希望者は多いと聞いた事がある。政府としてもそれで優秀な人材が見つけられるのだから両者としても利点はあるのだろう。

 

「はい。そうです布仏先輩」

「先輩はいらないよぉ~」

 

くすぐったいよぉと顔を赤くするのほほんさん。うん。可愛い。

 

「で、ですので…」

 

こほんと咳払い。

 

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を「ちょっと待ちなさい蘭」…」

 

鈴が蘭の言葉に割り込む。一斉に鈴へと視線が集まるが鈴は珍しく真剣な表情を浮かべて蘭を見ていた。

 

「…なんですか?鈴さん」

 

うわ、明らかに不機嫌そう何ですが?

 

「蘭。アンタ、ISをアクセサリーか何かと勘違いして無い?」

「どういう意味ですか?」

「ISは、兵器よ。遊びの道具じゃないわ。この国、平和ボケしてるから分かってないかもしれないけど」

 

『………』

 

しんと、食堂が静まり返る。

 

「弾が必死に反対しようとしてるのはアンタが危険な目に遭って欲しくないから…分かる?」

「それは…っ」

「…」

 

鈴の言葉に蘭は言葉を詰まらせ、弾はそれを何も言わず聞いている。俺もそうだ。既に軍属している鈴の言葉は、蘭だけではなく俺にも重く圧し掛かっているのだから。現に、俺はつい先日死にかけている。ミコトが助けてくれなかったら恐らく今頃あの世に居たことだろう。

 

「アンタがIS学園に入学したい気持ちはよく分かるわよ?別にそれを覚悟で入学してくるのなら文句は無い。あたしは正々堂々と対等に相手してあげるわよ。でもね、ただ誰かがIS学園に居るからとかそんな理由なら反対。アンタのその成績だと尚更ね。きっと政府も既にマークしてる」

「…確かに、鈴さんの言う通りですわね。この国の方達は少々認識が誤っていますわ」

 

鈴に続いてセシリアも反対の意見を述べ始める。

 

「あの人がいる学園に…その気持ちは素敵なものだとわたくしも思いますわ。ですが、わたくしや鈴さんはそんな理由でISの道を選んだ訳ではなくってよ?」

 

「そうするしかなかった」そう二人は言う。二人が向こうでどんな経験をしたのか俺は詳しくは知らない。でも、それだけの事があったのだろう。国の代表というのは聞こえは良いが言いかえれば最強の兵士もとい兵器なのだから。その代表候補と言うのも結局は…。

 

…そう言えば、のほほんさんはどうなんだろう?ちらりと彼女の方を見れば、彼女は困ったかのように笑みを浮かべて。

 

「あははー。私の家は代々そう言う家系だからー」

 

そうだったのか。意外、と言うのは失礼か。

 

「蘭…あのな?」

 

がたっ!

 

「ら、蘭?」

 

突然立ち上がる蘭。その表情は影が降りており窺う事は出来ない。でも、きゅっと握られて震える拳を見れば蘭の心境など容易に見てとれた…。

 

「わ、私は…私はっ!」

 

…まずい。皆少し言い過ぎだ。他に言い様があっただろうに。

 

「ら「別に、いいと思う」…ミコト?」

 

今まで何も言わず、唯黙ってそこに座って会話を聞いていたミコトが急に口を開く。

 

「私は空が好きだからISに乗ってる。なら、蘭もそうすればいい」

 

おお、出たぞミコトカウンセラー。此処はミコトに任せてみよう。

 

「あ、あのなミコトちゃん。そういうんじゃなくてだな?」

「?」

「いや、そんな不思議そうにされても…」

 

弾、止めとけ。ミコトに俺達の常識なんて通用しない。常にミコトルールの下に生きてるからな。授業放棄して散歩なんてよくある事だぜ?その度に山田先生が泣いてセシリアと箒が探し回って千冬姉に怒られてるけど。

 

今思うと大丈夫なのか?うちのクラス…。

 

「蘭は。どうしたい?」

 

吸い込まれそうな程に澄んだその無垢な瞳は蘭を映して問い掛ける。

 

「わ、私は…私はIS学園にいきたいです」

 

言葉が詰まりそうになりながらも、蘭はミコトから目を逸らそうとせず自分の本心をありのままに告げる。すると、ミコトはそれを聞いて満足そうに頷く。

 

「ん。蘭はそうしたい。ならそうする」

 

こくりこくりと何度も頷きながら言うミコトの仕草が可愛らしい。言っている本人は真剣なのだろうけど自然に表情が緩んでしまう。

 

「蘭の夢。否定する。誰にも出来ない」

「オリヴィア先輩…」

「ん。だから、がんばる」

「は、はい!ありがとうございます!オリヴィア先輩!」

「…ちがう」

 

がばっと物凄い勢いで頭を下げて感謝の言葉を述べる蘭に、ふるふるとミコトは首を振る。

 

「ミコト。先輩。いらない」

「………はい!ミコトさん!」

「ん」

 

…お、問題は解決したのか?ちらりと鈴達の様子を窺うと、ミコトに毒気を抜かれたのかやれやれと首を振って苦笑しているだけで、どうやらもう何も言うつもりは無いらしい。

 

「まぁ…ミコトだしね?」

「ミコトさんが出て来られたらどうしようもありませんわね」

「だねー♪」

「う?」

 

そんな笑い声に囲まれて、何故笑われているのか理解出来ず不思議そうにミコトは傾げると更に笑い声は大きくなる。ミコト本人は無意識での発言だから自分の言った事の重大さが分かってないんだよなぁ。まぁ、ミコトらしいけどさ。

 

「いやいやいや!何この流れ!?何で一件落着的な雰囲気になってんだよ!?」

 

うるさいなぁ弾は。気持ちは分かるが空気読めよ。

 

「じーちゃんも何か言ってやってくれよ!」

「蘭の自分で決めたんだ。そこの譲ちゃん言う通りどうこう言う筋合いじゃねぇわな」

 

本当、蘭には甘いなぁこの人…。

 

「でも―――」

「なんだ弾、お前文句あるのか?」

「…ないです」

 

弱いなぁ。俺は身内でもビシッと言うぞ?言う時は―――。

 

『ほう?お前まさか姉に勝てるとでも思っているのか?良い度胸だ…』

 

―――…はい。調子乗りましたすいません。前言撤回させて頂きます…。

 

「私!頑張って合格しますね!一夏さん!」

「おう、頑張れ」

 

未来のかわいい後輩だ。俺も出来る事はしてやろうじゃないか。でも気になったんだけどさ…。

 

「ところで、蘭が言う学園の知り合いって誰なんだ?」

 

『………』

 

…あれ?何で俺をそんな冷たい目で見るんだよ?

 

「はぁ…」

「全くこの方は…」

 

なぜ溜息を吐かれなければいけない。少し感じ悪いぞお前ら。

 

「ん…いt「わー!ミコトさん!ダメぇ!」おー?」

 

ミコトが何か言い掛けて慌てて蘭がそれを止める。何だなんだ?何なんだ一体?

 

「…おい一夏」

「ん?なんだ?弾」

「いつか刺されるぞ」

 

は?何でだよ?

 

 

 

 

 

五反田食堂を出た頃にはすっかり空は茜色に染まり陽が傾きかけていた。久しぶりに弾と会ったせいか話し込んじまったなぁ。

 

「じゃあまたな、弾」

「おう。また来いよ」

 

弾と別れて俺達は学園への道を歩く。そう言えばこの面子で遊びに行くのは初めてだよな。箒も来ればよかったのに。今度は箒も連れて出掛けるか。

 

「お~…」

「すっかり夕方だよぉ」

「ですわね。随分と長い時間お邪魔してしまいましたわ」

「気にすんなよ。マナーさえ守れば怒鳴られる事は無いから」

 

まぁ、あの後、数回おたまが俺と弾の頭に飛んで来たけどな。女には手を上げない。流石厳さん男だぜ。頭イテェ…。

 

「厳さんもまだまだ現役ねぇ。何時引退するのやら」

 

たぶんあと20年はやってるんじゃないか?あの厳さんなら普通にバリバリの現役してそうなんだけど。

 

「あ…」

「ん?どうした?ミコト」

 

急に立ち止まってじ~っと何かを眺めているミコト。俺はその視線を先を追うと、此処から道路を挟んで随分と離れた公園にたい焼きの屋台があった。ミコトが見てるのは恐らくあれだろう。

 

よく見つけたな。普通は気付かないぞ。

 

「なんだ?食いたいのか?たい焼き」

「ん」

 

こくりと頷くミコト。

 

「はぁ…待っててやるから買ってこい。お金はあるのか?」

「ん」

 

そう頷くとミコトは財布を取り出して中身を見せてくる。すると中には万札が少なくとも10枚以上詰めてあった。随分と金持ちでいらっしゃいますねミコトさん…。

 

聞いた話では専用機持ちは機体のデータ取りする報酬としてお金が貰えるらしいが…俺は無いぞ?

 

「車に気を付けるんですのよ?」

 

セシリアが前屈みになりミコトに視線を合わせると優しくそう言い聞かせる。まるで本当の母親の様だった。本人は否定してるけどその行動はどう見たって母親そのものだぞ?セシリア。

 

「転んで落とすんじゃないわよ?アンタとろいから」

「ん」

 

何だかんだ言ってセシリアは勿論だが鈴も面倒見が良いよな。

 

「いってらっしゃいみこちー」

「皆の分。買ってくる」

 

そう言うと、ミコトはとことこと屋台目指して小走りで駆けて行き、俺達はその背中を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏達と分かれて屋台に辿り着いたミコトは人数分のたい焼きを買い戻うと人気のない夕方の公園をひとりとことこと歩いて行く。

 

「ん~…いい匂い」

 

袋から漏れ出すたい焼きの甘い香りに頬を緩ませる。その所為かスキップとまではいかないが足取りも随分軽い。

 

「見つけたぞ…」

「?」

 

凛とした声が響き。ミコトは足を止めた。そして、目線をたい焼きから前へと移すと、そこにはその美しい銀髪を夕陽で煌めかせ立ちはだかる少女の姿があった…。

身長はミコトより少し大きいくらいだろうか。左目には眼帯がありそして何より特徴的なのは。純白の制服。そう、ミコトと同じIS学園の制服を身に纏ってた。所々違うのはIS学園が制服のカスタマイズを許可しているからである。

 

(…誰?)

 

銀髪の少女はミコトを知っている様な口ぶりではあったがミコト本人は彼女とは面識は無く何故自分の事を知っているのか不思議そうに首を傾げるだけ。しかし、銀髪の少女はそんなことは気にする事無く言葉を続ける。

 

「全て処分されたと聞いていたが…まさか生き残りがいたとはな。報告を聞いた時は怒りで如何にかなってしまいそうだったぞ」

 

銀髪の少女は眼帯の無い目で鋭くミコトを睨む。そして凍える様な冷たい声でこう告げた。

 

「贋作が…この顔…いや、お前の様な存在があること自体が許されない」

 

そういって取り出されたのは鈍い光を放つ黒い物体。拳銃だ。その銃口はミコトにへと向けられている。

 

「死ね」

 

そう呟かれたと同時にパァンッと乾いた銃声が公園に響き渡り。袋に詰めてあったたい焼きが地面に散らばった…。

 

 

 

 

 

 


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