IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第16話「敵?味方?もう一人の転校生」

 

『それで、思わぬ妨害が入りミコト・オリヴィアの殺害に失敗した、と?』

 

「…ああ」

 

通信機越しから聞こえてくる上官である女の声に私は静かに返答する。

 

『困るわね。なるべく学園外で仕留めて欲しかったわ。学園内で殺害するのは難しいし…。どのみち、今回の失敗で確実にターゲットには警戒される』

 

「わかっている」

 

『だと、良いのだけど』

 

私はある命を受けていた。『ミコト・オルヴィアの暗殺。そしてそれが所有するISコアの回収』それが私の任務だ。しかし、任務には不審な個所が幾つかあった。それは条約違反であるISコアの強奪。後の事も考えずに国の立場を危うくしてまで行う精練さの欠片の無く本当に軍の人間が考えたのかと疑う程の幼稚で大胆な計画。そして、日本の殺人を認知するこの対応。他国に頭が上がらず何処にも良い顔をしようとするのはこの国らしいと言えばらしいが…。裏で何かが動いている。いや、動かされている?そう考えた方が良いだろう。

 

『それでどうだったかしら?同じ境遇の子を見た感想は?』

 

「………」

 

同じ境遇。確かにその通りなのだろう。奴は私と同じように人の手によって生み出され試験官の中で育った。それに思うところが無いと言えば嘘になる。しかし、そんな事がどうでも思える様にあの存在が憎くかった…。

あの人の…織斑千冬のクローン。アレはあってはいけない物だ。存在するだけであの人に対する侮辱だ。私はアレを認めない。絶対に。だが、何だ?私の中に憎しみとは違うこのどす黒い感情は…?

一目見たとき、私は奴を見て確信した。奴は、織斑千冬のクローンではなく、あの人に拘るのではなく。確固とした自分を確立している事に。それが、それがどうしても私は…。

 

憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…憎い!

 

何故、あんな瞳が出来る?何故私の様にならない?私と同じ筈なのに。失敗作で、未完成で、私より劣っている筈なのに。どうして自分のオリジナルが傍に居るというのに自分で居られる?分からない。私には分からない。何故だ。何故なんだ…。

 

『ふふふ』

 

「! …何がおかしい!?」

 

『同族嫌悪』

 

「っ!?」

 

嘲笑うかのような女の声にビクリと身体を強張った。そんな私の様子を見えもしないのに見通しているかのように女はくすくすと嗤う。とても楽しそうに。それが、私の癪に障った。

 

「何がおかしいと聞いている!」

 

『あら?上官に向かってその言葉遣いはなぁに?』

 

「…くっ!」

 

笑みをピタリと止め、急に凍りつく様な冷たい声に思わず圧されてしまう。何だ?今のは…。声色は先程と同じだというのにまるで違う…。

 

『まぁ、良いわ。それじゃあ引き続き任務を継続。今度はミスしない様にね?ドイツとしても騒ぎは起こしたくないでしょうし』

 

「…了解」

 

通信を終えて、プライベート・チャンネルを遮断する。

 

…しかし、今のはまるで他人事のようにも聞こえるが。気のせいか?

 

報告を済ませ、通信を終えても、どうしても私にはあの女の最後の言葉が引っ掛かるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

第16話「敵?味方?もう一人の転校生」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「今日は、転校生を2人紹介します」

 

いつもののんびりと言うか、ふんわりと言うか、そんな雰囲気を一切感じさせない山田先生のその言葉に、教室中がざわつく。最初はいつもと様子が違う表情の硬い山田先生に戸惑っていたクラスメイト達も、転校生の話を聞いて一気にテンションが急上々だ。『あいつ』知るを俺達を除いては…。

 

やっぱり、アイツなのか?でも二人って…。

 

アイツの仲間か、はたまた唯の偶然か。後者であってくれると俺達としても嬉しいのだが…。どちらにせよ、片方は恐らくあいつで間違いないだろう。山田先生の表情を見れば分かる。IS学園の教師として公私を弁えないといけないからと言って、山田先生はミコトを溺愛している。そのミコトが命を狙われた奴がIS学園に、しかも自分の担当するクラスに転入してくるとなればいつも通りに装う事なんて無理な話だ。特に山田先生は演技とかそう言うの苦手そうだから…。

 

「転校生?こんな時期に?」

「もう一学期後半だよ?」

「しかも同じクラスに二人って…ありえなくない?」

 

そうだ、有り得ない。普通は全クラスの生徒の数が均等になる様に調整される筈だ。でもそうはならなずにこうして二人も同じクラスに転入してきた。

 

『陰謀の臭いがしますわね…』

 

プライベート・チャンネルで繋いでくるセシリアの言葉に俺は頷く。偶然の筈が無い。一人ならともかく、二人となれば尚更…。

 

『やっぱり、これって誰かが仕組んだ事なんだよな?』

『おそらくそうでしょう。でなければこの時期に、しかも二人も同じクラスに転入してくるなんてありえませんわ』

『つまり、二人ともミコトを狙って…?』

『どうでしょう。少なくとも片方は確実として、もう片方は偶然。という可能性もなくは無いです。可能性は低いに等しいですが…』

 

用心にこした事は無いってことか。

 

「…では、二人とも入って来て下さい」

 

山田先生の呼び掛けに応えドアが開かれると、さっきまでざわついていた教室はピタリと静かになる。最初に入って来たのはやはりアイツだった。アイツの顔。見間違える訳が無い。伸ばしっぱなしという印象を持つ銀髪。そして、左目の眼帯と異端の風貌した、あの公園でミコトの命を狙ったアイツを…。

 

「…っ」

 

敵意を籠めてアイツを睨みつけるが、アイツは俺の事なんて眼中に無いとでも言うかのように、その冷たい仮面の様な表情をピクリとも動かさず教卓の横…ミコトの席の前に立ち止まる。それを見て俺は焦るが、流石にIS学園で、しかも皆の前でミコトを狙うなんて事は無いだろうと自分を落ち着かせる。

しかし、その落ち着かせた感情はすぐに乱れる事になる。もう一人の転校生によって…。

アイツに向けられていた俺達の意識はアイツの後から入って来た転校生へと無意識に移ってしまう。ドアから入って来る二人目の転校生の姿を見て俺を含めたクラス全員が目を丸くして驚いた。だけど無理もない。何故なら、二人目の転校生は―――。

 

「…え?」

「うそ…?」

「お、男!?」

 

そう、俺と同じ『男』だったんだから。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

もう一人の転校生、シャルルはにこやかにそう告げて一礼する。

礼儀正しい立ち振るまいと中性的な顔立ち。髪は濃い金髪で、首ろ後ろに丁寧に束ねられている。身体の方は華奢と思えるくらいスマートで、ガッチリとは言えないが、日頃箒に鍛えられている俺の身体とは全然違う。いや、そもそも骨格レベルで違うんじゃないか?女のそれに近いぞ。印象は誇張じゃなく『貴公子』と言った感じで、けれど嫌味を感じさせないその笑顔がシャルルの正確の良さを教えてくれる。悪い奴では無さそうだけど…。

 

…シャルルはフランスから来たって言ってたけど、アイツの関係者じゃないのか?

 

後ろの席に座るセシリアを見るが、セシリアも困惑した表情で首を振るだけ。箒もそうだし、のほほんさんもじーっとシャルルを見つめて何だか考え事をしてるみたいだった。やっぱり分からないか…。

国が違うから協力者とは考えにくいけど…本当に偶然なのか?だとしたら肩身の狭い男の立場である俺としては大歓迎だけど。今この状況だと両手をあげて喜べる気分じゃないな。友達が常に銃を付きつけられている状態なんだから…。

 

「質問質問!シャルル君は男の子なの!?」

 

シャルルが着ているのは正真正銘男子の制服なのだが、IS学園は制服のカスタマイズが認められているので念のために生徒の一人がはい!はい!喧しく手を上げて質問する。そんな質問にシャルルは人懐っこい笑みを浮かべて頷く。

 

「はい。此方に僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を―――」

「きゃ…」

「え?」

「きゃああああああああ―――っ!」

「えぇっ!?なになにっ!?」

 

女子の歓声が爆発して教室を揺らし、その突然のことに今度はシャルルの方がビクリと身体を震わせて驚いてみせる。

 

懐かしいなぁ。俺も似たような事があったなぁ…。

 

この時期に転入って言うのは何かありそうだけど、とりあえずクラスの女子の反応に慌てふためいているあの様子から見てアイツの仲間では無いみたいだ。

 

「男子!二人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「地球に生れて良かった~~~!」

 

いやいや最後のは大袈裟すぎだろ。しかも今ので完璧にシャルルの存在が知れ渡ったな。確実に隣のクラス…もしかしたらこの階全体に響き渡ってるかもしれない。どちらにせよ女子の異常な程の伝達速度によって学園全体に知れ渡る事になるだろうけどな。これはHRの後、廊下が転校生を身に来た生徒で埋め尽くされる事になるぞ…。

 

「騒ぐな。静かにしろ」

 

若干、苛立ちを感じさせる声でそう制すると、教室はシンと静まり返る。流石に一ヶ月以上も授業を受けていると、クラスメイト達も千冬姉の機嫌を察する事くらい出来るようになるか。まぁ、山田先生の様子が可笑しい時点で分かりきった事だけだけども。

ちらりと山田先生の方を見てみれば相変わらずの固い表情。普段なら『あわわ!?皆さん静かにして下さい~!』とか言っておどおどしてるであろう筈が、今はそんな様子を微塵も感じさせないでいた。こんな山田先生を見れば流石の皆も静かにせざる負えないだろう。

 

「皆さんお静かに。まだ自己紹介を終えていない生徒がいるんですから」

「…………」

 

一瞬、山田先生の視線は明らかに生徒に向ける視線ではなかったが、それでも向けられた本人であるアイツは一切動じずに無言を突き通し、腕を組んだ状態でじっとミコトを睨んでいる。しかし、それは僅かの事で――。

 

「…挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

千冬姉の一声で、すぐに佇まいを直して素直に返事をするアイツ―――ラウラに、俺を含めたクラス全員が唖然とする。アイツがあんなに素直に従うなんて…千冬姉はアイツの知り合いなのか?そう言えばあの時アイツは俺があの人の弟である事を認めないとか言っていたよな。だとしたらやっぱり二人は知り合い?

…駄目だ。分からない事だらけで考えが纏まらない。もう頭の中がぐちゃぐちゃでわけわかんねぇよ…。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前は一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

そう答えるラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足のかかとを合わせて背筋を伸ばす。あの立ち振る舞い、拳銃の所有、それに国の裏側の情報を知っていた事といい、やっぱりアイツは軍人なんだろう。教官…アイツは千冬姉をそう呼んでいた。だとしたら間違いなくドイツ。

とある事情で千冬姉は一年程ドイツで軍の教官して働いた事がある。そのあと一年くらいの空白期間を置いてIS学園教員になったらしい。

しかしこの情報はつい最近山田先生や他の学園関係者に教えてもらった事で、千冬姉からはその件について一切教えてもらってはいない。もしかしたら、アイツがミコトを狙う事も千冬姉は知っていたのかもしれないんだ。

 

…どうして、何も教えてくれないんだよ。千冬姉。

 

千冬姉は仕事の話は一切俺には教えてくれない。ISの事だって入試試験以前は遠ざけようとさえしていた。それほど千冬姉には謎な部分が多い。家族だって言うのに…。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「………」

 

クラスメイト達の沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた口を閉ざしてしまう。

 

「………」

「………」

「………」

 

し~~~ん…

 

物凄い気まずい沈黙が教室に流れる。

 

「(ちょっ!どうするのよこの空気!?)」

「(知らないわよ!普段なら真耶ちゃんがクッションになってくれるのに)」

「(まやまやの様子が変だし、期待できないわよ!?)」

 

この空気に耐えられなくなったクラスメイト達がひそひそと話し声が教室にざわめき出し、収拾がつきそうにないと思われた頃に、やれやれと肩を竦めた千冬姉が漸く動きを見せる。

 

「以上か、ラウラ?」

「はい、以上です」

「そうか。なら自分の席に行け。デュノアもだ」

「了解」

「は、はい!(い、いいの?アレで…)」

 

千冬姉に促されてラウラとシャルルは空いている席へと歩いていき着席すると。それを確認した千冬姉は連絡事項も済ませて早々にHRを終わらせるのであった。

 

「では、HRを終わる。各人すぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組との合同演習だ。遅れるなよ?遅れたら…分かってるな?」

 

コクコクと激しく上下に首を動かすクラスメイト達。誰も好んでフルマラソンなんてしたくないだろう。勿論俺だってそうだ。

 

「織斑。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ?」

 

そう、なるよな。やっぱり…。

 

「君が織斑くん?初めまして、僕は―――」

「ああ、良いから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

「え?ひゃあっ!?」

 

気になる事は沢山あるがとりあえず今は移動しよう。俺はセシリア達に視線を送る。俺がいない間はミコトを頼むという意味を込めて、するとセシリア達も了解したと頷き俺はそれを確認してからシャルルの手を引っ張って走り出した。

女子は教室で着替えれば良いけど男子はそうはいかず、アリーナの更衣室をつかわなければいけない。その為か時間的になかなかハードで、ゆっくり説明している余裕も、歩いて移動してる余裕はないのだ。

 

「とりあえず男子は空いているアリーナの更衣室で着替え。これから実習のたびに移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん…あ、あの手「悪い!話してる余裕はなさそうだ!」ええ!?」

 

ぐんと走る速度を上げて階段を駆け降りる。ゆっくりなんてしてられない。止まるなんて以ての外だ。なぜなら―――。

 

「ああっ!転校生発見!」

「しかも織斑くんと一緒!」

 

そうHRは終わったのだ。早速各学年各クラスから情報を得る為に生徒達が動き出している。彼女達に捕まれば最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、鬼教師の特別カリキュラムが待っているのだ。絶対に阻止しなければならない。

 

てか伝達速度早すぎだろ!?HRが終わって一分も経過して無いんだぞ!?どうやって転校生の事を知ったんだよ!?

 

「いたっ!こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 

此処は何時から城になったんだ!?俺は曲者かよっ!

 

「織斑くんの黒髪も良いけど、金髪っていうのもいいわね!」

「しかも瞳はアメジスト!」

「きゃああっ!見て見て!ふたり!手!手繋いでる!」

「どっちが受け!?どっちが攻めなの!?やっぱり織斑くん!?」

「いえ!ここは意外性を突いてあの押しの弱そうな金髪君って可能性も!」

「普段は気弱そうに見えてベッドの上では…きゃあああああ♪」

 

何の話だ!?てか滅茶苦茶怖いんですけど!?飢えた獣の目をしてるんですけど!?

 

「な、なに?何で皆騒いでるの?」

 

今の状況をまったく飲み込めていないシャルルが困惑した表情で俺に訊いてくる。何でって決まってるだろ―――。

 

「そりゃ、男子は俺達だけだからだろ」

「…?」

 

? なんで意味が分からないって顔するんだ?こうなるのは分かりきった事だろ?

 

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺達しか居ないんだろ?」

「あっ!ああ、うん。そうだね」

 

今気付いたとばかりに納得したシャルルだったがまさか本当に今気付いたんじゃないよな?学園じゃなくてもマスコミとかが家に押し寄せて大騒ぎに…ってあれ?そう言えば俺の場合、ニュースで世界に報道された筈なのにシャルルはそうじゃないよな。何でだ?報道規制とかか?だったら俺の時も何でそうしてくれなかった。

 

「…まぁ、助かったけどさ」

「え?何が?」

「いや、学園に男一人はつらいからな。何かと気遣うし。一人でも男がいてくれるってのいうのは心強いもんだ」

 

シャルルは悪い奴でもなさそうだし、友達としてもやっていけそうだしな!

 

「そうなの?」

 

そうなのって…こいつはそうじゃないのか?うーん、よく分からん。

何処か他人事みたいな言い草に俺は不思議に思うがとりあえず今は置いておこう。それどころじゃないし。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

そう挨拶すると、今シャルルの手を握っている手に少しだけ力を込める。すると、シャルルもそれに応えて握り返してくると、ほんのり頬を赤く染めて微笑んで頷き、自分もと挨拶を返した。……男同士なのにシャルルの笑顔を見てドキリとしたのは俺だけの秘密だ。俺はそっちの気は無い。断じて無い。

 

「うん。よろしく一夏。僕の事はシャルルでいいよ」

「お、おう。シャルル」

 

その眩しい笑顔に顔を背けて頬を掻きながら照れ隠しをする。何て言うか。同性でもその笑顔は反則だと思う。

まぁ、そんなこんなで馬鹿なことを考えながら走っていると、群衆に捕まる事無く、無事にアリーナの更衣室に辿り着く事に成功する。

 

「到着!」

 

圧縮空気が抜ける音を響かせて開いたドアを潜る。

 

「うわ!時間がヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」

 

壁にかけられている時計を見ればかなりギリギリの時間だった。慌てて俺は制服のボタンを一気に外してベンチに放り投げる。マナーが如何とか言われそうだが今使ってるのは俺とシャルルだけだから問題ないだろ。

 

「わぁ!?」

「?」

 

なんだなんだ?

 

「荷物でも忘れたのか?って、おいおい。何で着替えて無いんだ?早く着替えないと遅れるぞ」

 

突然奇声を発するから何事かと思って振り向いえ見れば。何で着替えて無いんだよ。まさか遅れても大丈夫だとか思ってないだろうな?甘いぞ。甘すぎるぞシャルル。あの鬼教官がそんな事許してくれる訳無いだろう。

 

「シャルルは今日きたばかりだから知らないだろうけどな。うちの担任は時間にうるさいから急いだ方が良いぞ?」

 

でないと、地獄を見るはめになるからな。転入初日から痛い目みるのは嫌だろ?

 

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、あっち向いてて…ね?」

「? いや、別に男の着替えをジロジロ見る気は無いけどさ」

 

野郎の着替えを観賞する趣味なんて俺は持ち合わせていない。確かにシャルは中性的ではあるが、だからって男には変わりないのだ。何が悲しくてジロジロと…って―――。

 

「…そう言う割にはシャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない!別に見てないよ!?」

 

いや、そんなに慌てなくても…。ていうか顔を赤く染めるなって。まさか本当にそっち側じゃないよな?

 

「ま、まあ、本当に急げよ?初日から遅刻なんて洒落にならないだろ?そう言う俺は入学初日で遅刻したけど」

「プッ…あはは!な、なにそれ?」

「む、笑い事じゃないぞ?あの後あの馬鹿デカイグラウンドを走らされたんだからな。酷い目にあったんだぞ全く…」

「あはは…ごめんごめん。でもどうして遅刻したの?」

「ミコトに構ってたら巻き込まれて仲良く遅刻した。あの時はきつかったなぁ」

 

そういえば、アレがミコトと友達になった切っ掛けなんだよな。ほんの2ヶ月くらい前なのに凄く懐かしく感じる。充実と言うか無駄に濃厚な毎日だったからな。

 

「ミコト?」

「俺の前の席に座ってるやつだよ」

「えっと…ああ!あの真っ白くて小さい子だよね?」

 

真っ白…まぁ、その通りだけどな。

 

「何て言うか、一人だけ雰囲気が違うって言うか目立つから印象に残ってるよ。二人は家族か親戚か何かなの?」

「なんでそんな事訊くんだ?」

「え?だって織斑先生と似てるから…」

 

千冬姉に似てる、か。そうだよな…。

 

俺だってミコトを見た時はそう思った。いや、誰もが最初はそう思った事だろう。あれは似ているとかそう言うレベルじゃない。千冬姉とまったく『同じ』でそのまま小さくしたようなもんなんだから。

 

でも…違う。ミコトはミコトだ。ミコト自身もそう言ってる。

 

「家族でも親戚でもないよ」

「え?そうなの?それにしても似すぎてるような…」

「世の中には自分にそっくりな人間が3人はいるらしいからな。偶然じゃないのか?」

「そうなんだ。たしかに織斑先生と全然違うね。ちっちゃくて可愛いし!」

 

…へぇ~。可愛いとな?

 

妙にはしゃいでみせるシャルルのミコトに対する評価を訊いて俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。なるほどなるほど。そうかそうか…。

 

「え?な、なに?」

「何でも無い。気にすんな」

「いや気になるよ!?何!?なんなのその笑みは!?」

「いいから。分かってるって」

「何が!?勘違いしてる!一夏絶対に勘違いしてるよね!?」

「照れるなよ」

 

真っ赤な顔して否定しても説得力無いって。俺は応援するぜ?まぁ、障害は沢山あるだろうけどな。セシリアとかセシリアとかセシリアとか、あとセシリアとかさ。

 

「その分かってるからって笑顔がムカツクよぉーっ!?」

 

失敬な。俺はシャルルを応援してるだけだぜ?

 

 

「騒ぐなって、それより早く着替えないとマジでヤバイぜ?」

 

一時間目の授業が始まるまでもう5分もない。此処からグランドまで全力で走ってチャイムと同時にゴールってくらいか?

 

「僕は大丈夫だもん!ISスーツの上に制服着てるから脱ぐだけでいいもん!」

「あっ!ずりぃ!」

 

妙に余裕があるのはそう言う事だったのか!下にスーツを着ておくのは熱いし蒸れるからしたくないんだよなぁ。

 

「くそ!こうなったら10秒で着替えてやる!見てろ!」

「え?う、うわあああああああああああっ!?」

「…へ?」

 

パシーーーンッ!

 

突如襲う頬の衝撃に暗転する思考の中、最後に訊いたのはシャルルの悲鳴と耳を突く乾いた音だった…。

 

 

 

 

 

「それで、気絶した織斑を介抱していたら遅刻した、と?」

「「はい…」」

 

燃え盛る炎をバックに仁王立ちする千冬姉を前にして正座をする俺とシャルル。ヤベェ。プレッシャーがマジヤベェ…。土の上で正座とか痛いなんて言える状況じゃないぞこれ。まぁ、言える立場じゃないのは分かりきってるしそんな事を言えば『死』が確定するんで口が裂けても言えないけどさ…。

 

「私も舐められたものだな。こうも毎度遅刻されるとは…」

「いや千冬姉。別にわざとやっている訳じゃ…」

「織斑先生だ。潰すぞ」

「はい…」

 

こ、殺される…っ!?

 

機嫌が悪い所為か殺気がいつも以上にヤバイ。隣で一緒に座っているシャルルなんてガタガタ震えて口から魂が抜けかけてるぞ。

 

「…さて、貴様ら覚悟は出来てるな?」

「「ぎゃああああすっ!?」」

 

背後にゴゴゴゴ…と擬音を背負ってポキポキと指を鳴らす千冬姉に俺とシャルルが恐怖で悲鳴を上げるのだった。

 

「馬鹿者が…」

「何をしてますの。こんな時にまったく…」

「馬鹿じゃないの?遊んでる場合じゃないでしょーが」

「ありゃりゃ~…おりむーどんまーい」

「お~…?」

 

少数の呆れと多数の同情の視線を背に受けながら、俺とシャルルはグラウンドを泣く泣く走る。俺達がグラウンドを走っている最中に授業ではISに搭乗した山田先生と代表候補生二人組で模擬戦闘が行われ、セシリアや鈴の流れ弾がこっちまで飛んできて死と隣り合わせのデスマラソンになったけどな!マジで殺す気かよあの鬼教師!シャルルマジ泣きしてただろが!?俺も背後の土が爆ぜた時はちびりそうになったわっ!

 

「ぜぇ…ぜぇ…っ!」

「ひぐっ…ぐす…」

「「死ぬかと思った(よぉ)…っ!」」

 

デスマラソンを完走し、緊張と疲労でぐったりと力無く地面に倒れ込む俺とシャルル。いやマジで死ぬかと思った。今回はマジで死を覚悟した。何回か走馬灯がチラついたしさ…。

すると、精根尽きたとばかりに疲れ果てている俺達のもとに千冬姉がやって来ると―――。

 

「いつまで休んでいる。さっさと列に戻れ」

 

―――と、無情な言葉を告げてきた。休ませるつもりなんて一切無し。本当に我が姉は容赦が無い…。

 

「専用機持ちは織斑、オリヴィア、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では6人グループになって演習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ」

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

千冬姉の指示に転校生2人を除いた専用機持ち組が驚きの声を上げる。

 

ちょっ!?ミコトにもやらせるのか!?

 

口足らずなミコトにそんな大役務まるのだろうか?明らかに人選ミスだと思われるんだが…。

クラス対抗の時にミコトに教えを乞いた事はあるが、ミコトは知識の説明は大丈夫な方だが、いざ実践となるとそれは駄目駄目へと変わってしまう。仮にミコトがリーダー役をしたとして、その光景を想像してみる。グループ内で気まずい沈黙が漂い、その沈黙の中行われる演習。時折聞こえてくるのは口足らずなグループリーダーの「ん…」のみの教導。なにこのカオス?

 

「何をそんなに驚く?」

「いや、だって…」

「う?」

 

ちらりとミコトを見ると、ミコトは俺の視線に気付くと不思議そうに首を傾ける。その仕草はまるで小動物の様で可愛らしい。

どうやらミコト自身はグループリーダーを任せられることについては何の不満も無いようだ。話を理解していないだけかもしれないが。

 

「これもオリヴィアにとって良い経験だ。やれるな?オリヴィア」

「? …ん」

 

千冬姉の問いに少し間を置いて頷くミコト。とりあえず頷いてみた感が拭えない。多分理解してないな、あれ。

 

「これで問題無いな?わかったらさっさとグループに分かれろ。時間は有限だ。無駄に使うな」

 

反論する余地も無いその言葉に、俺は渋々了解する。まぁ、ミコトが良いならそれで良いけどさ。

 

「織斑くん!いっしょにがんばろ~!」

「わからないところ教えてよ~!」

「うわぁっ!?な、なんだぁ!?」

 

千冬姉との会話が終るや否や、それを待っていたかのように俺に一斉に二クラス分の女子が詰め寄ってくる。シャルルの方は既に取り囲まれており、女子達の群れの中心で困り果てている様子が確認出来る。後ろの方がやけに騒がしいと思っていたらあんな事になってたの。他人事じゃないけどな。でもどうしよう?各グループに分かれろって言われた時点でこうなる事は予測は出来たけど想像以上だ。こんなのスーパーのタイムセールで見た以来だ。向こうはおばさん達が殺気立って戦場と化したりして温度差が圧倒的に違うけど。

そんな女子達を前に、俺とシャルルはどうしたらいいか立ち尽くしていると。その状況を見かねた千冬姉が面倒くさそうに頭を指で押さえながら救いの手を差し伸べてくる。

 

「この馬鹿者どもが…。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

 

とんでもない重量を持つISを背負ってグラウンド100週なんて冗談では無い。千冬姉の脅迫にそれまでわらわらと群がっていた女子達は、クモの子を散らすが如く移動して、2分もかからずに6つのグループが出来上がった。

そんなこんなで決まった6グループ。パッと見渡してみるとこんな感じ―――。

 

織斑グループ

 

「やったぁ!織斑くんと同じ班♪生まれて来て自分の名字にこれ程感謝した事は無いわ!」

「………よしっ!(やった。一夏と同じ班だ!)」

 

まぁ、何て言うかいつも通りだよな。普段と何ら変わりない。箒も同じ班になったみたいだけどなんか小さくガッツポーズとってるがどうしたんだ?

 

 

オリヴィアグループ

 

「やったぁ~!みこちーの班だぁ!友情ぱぅわぁ~は私とみこちーを強く引き寄せるんだよぉ~!」

「ん♪」

 

ハイタッチをするミコトとのほほんさん。のほほんさんは運よくミコトの班に入れたらしい。ホント二人は仲良いよなぁ。いつも一緒に居るしな。

 

 

オルコットグループ

 

「ハズレ引いちゃったなぁ~…」

「ちょっとお待ちなさいな!本人の目の前で言う事ではないのではなくて!?」

 

残念そうにする女子達にムキィ~!と両手を挙げて抗議をするセシリア。うん。流石にそれは無いんじゃないかな?

 

 

デュノアグループ

 

「デュノア君!分からない事があったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!」

「えっ!?ええっと…?」

 

…何が?それに教える立場なのはシャルルの方だろうに。向こうも大変そうだな。頑張れシャルル。

 

 

凰グループ

 

「凰さん、よろしくね。あとで織斑くんのお話聞かせてよ!」

「はいはい。分かったから準備しなさいよまったく…」

 

こっちはセシリアの班と違ってわりとテンションは高めだな。女特有の噂好きの習性のためだろうか?ていうか余計な事教えるなよ?絶対に教えるなよ?

 

 

…そして最後にアイツのグループだが…。

 

「………」

 

他の班と誰一人口を開かず沈んだ空気を漂わせている。それもその筈。その班の班長である筈のアイツが張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラを放ち。口を一度も開くこと無く同じ班の生徒達に向かって軽視を込めた眼差しで睨んでるんだから。アイツの班の皆も、少し俯き加減で押し黙っている。あの班の人達には同情する。可哀そうに…。

 

「いいですか皆さん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は『打鉄』が3機、『リヴァイヴ』が3機です。どれも操作しやすい機体ですが、班で話しあって自分の相性にあった機体を選んでくださいね。あと、数は限られていますので早い者勝ちですよ?」

 

『リヴァイヴ』正式名は『ラファール・リヴァイヴ』だったか。第二世代最後期の機体で、そのスペックは初期第三世代型にも劣らない。安定した高い汎用性、豊富な後付武装特徴の機体で、その操縦しやすい汎用性のためか『打鉄』同様に多くの国が訓練に使用している傑作機だ。でも、今回の実習では装着、起動、歩行までしかやらないからどっちを選んでも変わらないだろうけどな。

 

「機体は選びましたか?では各班長は訓練機の装着を手伝ってあげて下さい。全員にやってもらうので、設定でフィッテングとパーソナルライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね」

 

丁度各グループが機体を選び終わった頃にISのオープン・チャンネルで山田先生が連絡して来る。人に教えるなんて初めての経験だが、班長である以上やるしかないか。

 

「それじゃあ出席番号順にISの装着と起動、そのあと歩行までやろう。一番目は―――」

「はいはいはーいっ!」

 

すっごく元気な返事が返って来た。やる気があって大変よろしい。教える身としてはそのほうが教え甲斐があるな。思えば箒に特訓してくれって頼んだ時はどうもやる気を感じさせないって感じだったなぁ。悪い事した。

 

「出席番号一番!相川清香!ハンドボール部!趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」

「お、おう。ていうか何故自己紹介を…」

 

そう言うのは入学式で済ませてるだろ。記憶に無いけど…。

しょうがない。あの時は他人の自己紹介所じゃなかったんだし。今はちゃんとクラス全員の名前は覚えてるんだぜ?

 

「よろしくお願いします!」

 

腰を追って深く礼をすると、そのまま右手を差し出してくる。なんだ?この手は?握手でもするのか?何故に?

 

「ああっ、ずるい!」

「私も!」

「第一印象から決めてました!」

 

何故か他の女子も一列に並んで同じようにお辞儀をして右手を突き出してくる。だからなんなのさ?

 

「あ、あのな?状況がまったく理解出来ないんだが―――」

「「「お願いします!」」」

 

訊けよ―――っと、思ったらこれが別の班からか。声のした方を見てみればシャルルが同じようにお辞儀&握手待ちの手を並べられて困っているのが見えた。

 

「え、えっと…?」

 

向こうも状況が呑み込めないって感じだった。奇遇だな、俺もだよ。

 

スパーンッ!

 

「「「いったあああ!」」」

 

見事なハモリを見せる女子達。感心すべきは彼女達のチームワークかそれとも眼にも止まらぬ速さで叩いた千冬姉の神技か。どちらにせよ死んだなアイツ等…。

 

「やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?」

「あ、いえ、その…」

「わ、私達はデュノア君がいいかな~……なんて」

「せ、先生のお手を煩わせるわけには…」

「なに、遠慮するな。将来有望な奴らには相応のレベルの訓練が必要だろう。…ああ、出席番号順で始めるか」

 

「「「ひぃ~~~!?」」」

 

鬼教官から死刑を宣告されて悲鳴を上げる女子一同。安らかに眠れ。

しかし、そんな尊い犠牲もあってかシャルルの班の惨状を見て我が身の危険を感じた俺の班の女子は流れる様に列を解散。相川さんなんていつの間にかISに乗り込んでコンソールを開きステータスを確認している。いつも思うけど皆行動早すぎだろ。そりゃ目の前に死神が鎌持って待機してりゃそうなるかもしれないけどさ。

 

「…じゃあ、はじめようか。相川さん。ISには何回か乗ったよな」

「あ、うん。授業だけだけど」

「じゃあ大丈夫かな。とりあえず装着して起動までやろう。時間をはみ出すと放課後居残りだし」

「そ、それはまずいわね!よし、真面目にやろう!」

 

それはつまり今までは真面目じゃなかったと受け取れるんだがどうだろう?しかしそういうのは言わない方が良いぞ。今はたまたま千冬姉が訊いて無かったから良いけどもし聞いてたらさっきの連中の仲間入りをはたしてただろうし。

まぁそれは置いておくとそて。とりあえず一人目は装着、起動、歩行の順番で問題無く進んで言ったのだが…一人目の作業を終えて二人目に入れ替わる際に問題が起きた。

 

「あ、あれ?あ、あの~、織斑くん。コックピットに届かないんだけど…?」

「あ!あ~…」

 

やってしまったと頭を押さえる。自分は専用機持ちだからすっかり忘れていたが、訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまないといけないんだ。立ったままISの装着解除すると、当然ISは立ったままの状態なので、次に乗り込む際にコックピットに届かないため乗れなくなってしまうのだ。

 

「どうしました?」

 

俺達が困っていると、実習が止まっている俺達を気にして山田先生がやって来た。先程までISを装着していた為、今の先生の服装は胸のラインを大きく解放したISスーツのままだ。故に、健全な男子である俺は当然目のやり場に困ってしまうわけで…。

 

「え、えーと、ISをしゃがませるのを忘れていまして…」

「あー、毎年誰かがやるんですよねぇ。今年は織斑くん達でしたか。それじゃあ、仕方ないので織斑くんが乗せてあげてください」

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之 箒

 

 

「もうっ!織斑君のえっち♪何処触ってるの~?」

「わ、悪い!わざとじゃないんだって!?」

「いいないいな~!」

「次!私!私もやって!」

「だ・か・ら!わざとじゃないんだってば!?誤解される様な事言うなよ!?」

 

ああっ、もう腹立たしい!

 

見た目こそ腕を組んで目を閉じ表情を隠す事で冷静を装ってはいたが、その心中は穏やかでは無く今も心の中で地団駄を踏んでいた。

大体、分かっているのかあいつは。今は女子に現を抜かしている場合ではないというのに!ミコトの命が狙われているのだぞ!?そんな時にあんな情けない顔をしおって!第一、抱きかかえる必要が何処にある!?踏み台になればいいのだ!踏み台に!

とは言う物の、実際に他の女子が一夏を踏んづけるというのは、それはそれで面白くな……いやいやいや、そんな問題では無い。何を考えているんだ私は。これもそれも、全部一夏のせいだ。あいつがしゃんとすれば私もこんな事で悩まずに済むんだから。そうだ。全部一夏が悪いんだ。

 

「まったく……む?」

 

ふと、とある班が私の視界に入る。ミコトの班だ。

ミコトは、自らISを装着し指導している女子の手を取って一歩、また一歩とゆっくりと丁寧に親身になって指導していた。

 

「いっち、に、いっち、に…」

「うんしょ、よっこいしょ…」

「ゆっくりでいい。焦らず、自分のペースで歩く」

「う、うん!」

「怖がる必要無い。私が手を持ってる」

「て、手離しちゃダメだからね?絶対に駄目だからね!?」

「大丈夫だ、問題無い」

「それフラグだから~!?」

 

「何をやっているんだアイツは…ふふっ」

 

楽しそうに教えているミコトを見て自然と笑みが零れる。お姉さんぶって背伸びをして一生懸命に教える姿はとても微笑ましく、訓練という殺伐とした雰囲気の中、ミコトの班の周辺にだけほんわかとした空気が漂っていた。

しかし驚いた。6グループの中で一番に遅れるであろうと思われたミコトの班がああもスムーズに進むとは。見た目のんびりとしている様に見えるが丁寧に教えているおかげか班のメンバーの熟練も速い。それに、何だか指導も手慣れている様にも思える。経験でもあるのだろうか?

 

存外、こういうのが向いているのかもしれないな。

 

「だとしても、色々足りない物があるがな」

 

例えば『常識』。身内に「常識?何それ美味しいの?」と暴言を吐きそうな人間がいるがミコトがそうならないように祈る。心から祈る。

 

「う、うわああ!?離さないでっていったのに~!?」

「何時までも手を持ってたら成長しない」

「で、でも!……って、あれ?歩ける?てか全然余裕?」

「ん。おめでとう」

 

「………」

 

ISを開発した篠ノ之 束の家族である私にとって、常に身に危険が付きまとい心が安らぐ居場所と言う物は存在しなった。身の安全のために点々と引っ越しを繰り返す日々。そんな中、友人など出来る筈も無く、次第に私は心を閉ざし人と関わることさえ拒む様になり、自分にある物は一夏と一緒にやっていた剣術のみとなっていた。剣を握っていると、それだけで一夏が傍に居る様な気がして、だから、それ以外に興味を持てなくなっていた。…でも、今は違う。ミコトが笑っている。皆に囲まれて、幸せそうに…。それを見ている私も笑っていて、心が暖かくて…。

 

…守ろう、必ず。一夏が居て、ミコトが居て、皆が居るこの―――。

 

「箒?どうしたんだ?」

「うわぁ!?」

 

突然、一夏に話し掛けられてビクンと身体が跳び上がる。

 

「な、何だ!?突然話しかけてくるな!」

「い、いや。だって次、箒の番だし…」

 

そう言って一夏が指を差した先には、また立ったまま放置された『打鉄』があった。ということはつまり…。

 

ちょっ、ちょっと待て!?こ、これはもしや―――!?

 

「じゃあ、抱えるぞ」

「ちょっ…待っ」

 

此方の言葉など訊こうともせず、一夏の腕は私の腰に回されあっという間に一夏の腕のなかへと抱きかかえられてしまった。俗にいう『お姫様だっこ』。一夏の顔が目の前にあり、ドクンドクン心臓が激しく脈を打ち、体温が上昇する。顔が物凄く熱い。きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。

 

~~~~~~っ!?

 

「こっ、ここここここっ!」

「こここ?」

「き、急に女子を抱きかかえるなどと!この!この不埒者~~~っ!」

「ぐふぅっ!?」

 

ぱし~んっ!

 

「…お?」

「なにやってるんだろうねぇ?あれ」

 

――――この、日常を…。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑 一夏

 

 

「いててて…何なんだよ一体…」

 

午前の授業が終わり、痛む頬を手で押さえながらシャルルと二人で廊下を歩いている。一体何だっていうんだまったく…。

 

「だ、大丈夫?一夏?」

 

大丈夫じゃない。同じ日に2度も頬を引っ叩かれるとは思いも因らなかった。しかも一発目は意識を刈り取る程の平手、二発目はグーだ。痣になってないだろうな?

 

「でも、あれは一夏が悪いと思うよ?」

「は?何でだよ?」

 

シャルルも俺が箒に殴られたところを見ていたらしく、俺を咎めてくる。俺は班長としての仕事を果しただけだぞ?確かにおんぶだっこが班長の仕事なのかと問われれば言葉を詰まらせてしまうけど、コックピットに運んであげたのに殴られるなんてあんまりだろ。感謝される事はあっても批難される良い我は無いっての。ったく…。

 

「デリカシーがなさすぎ」

 

意味が分からん。

 

「そう言えばさ、気になった事があるんだけど訊いて良いかな?」

「ん?なんだ?」

 

今の話題を変えてくれるなら何だって答えるぞ。何で殴られたかは分からず仕舞いだったが。

 

「何だか、先生や一部の人がピリピリしてたけど…何かあったの?一夏も何だか何か気にしてたみたいだし。あの、僕を見る時とかさ。何だか怒ってるみたいだった」

 

うわ、顔に出してたのか?だったらまずい事したなぁ。

 

「いや、何て言うかさ。誤解だって!別にシャルルを警戒してるとかじゃなくて」

「え?警戒?」

 

…俺は馬鹿か?なに口を滑らせてんだよ!?

 

「いやいやいやいや!違うんだ!そうじゃなくてだな!」

 

あ゛~~~っ!何言ってんだ俺は!?これじゃ隠し事してるのがバレバレじゃないか!?

 

ガシガシと頭を掻き馬鹿すぎる自分の言動が嫌になってしまう。と、そんな時だ。見苦しく呻いている俺の隣で可愛らしい笑い声が聞こえてきたのは。隣を見てみれば、やはり肩を震わせてお腹を抱え笑っているシャルルが居た。

 

「プッ、アハハハ…一夏ってば嘘吐くのが下手だね?」

「情けながら否定出来ねぇ…」

 

笑い過ぎて目尻に涙を溜めて言うシャルルに、俺は反論できずガクリと肩を落とす。

 

「あはは、はぁ~…うん。一夏が、ううん。一夏達が、かな?何か隠し事をしているのは分かったよ。でも、あの緊迫感はいき過ぎな気がするんだけどな?クラスの皆も戸惑ってたみたいだし」

 

今日転入してきたばかりだというのにそこまで気付いてたのか。いや、それだけ皆も先生達の様子に戸惑ってたんだろうな。もし、俺が何も知らずにあの山田先生を見てたら同じ反応を見せただろう。

 

「やっぱり、教えてくれない?あっ、でも、別に言いたくないのなら言わなくていいよ?言いたくない事かもしれないもんね?」

「いや、その、な…」

 

どうする?話していいのか?ミコトの事を。シャルルは悪いやつではないと思う。でも、まだシャルルがミコトを狙っていないなんて確証は無い。

 

「あっ、気にしなくても良いんだよ!?ホント!」

 

深刻な表情を浮かべている俺を見て、慌てて両手を振るシャルル。そんなシャルルを見てあのラウラと同じでミコトの命を狙っている人間とは考え難い。だからだろうか。ふと、訊ねてしまったのは…。

 

「いや。シャルルは悪くないって。質問に答えるのは良いけどさ、一つ聞いて良いか?」

「え?何かな?」

 

 

 

「シャルルは、ミコトの『味方』なのか?それとも、『敵』なのか?」

 

 

 

 

 


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