IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第19話「シャルル・デュノア」

 

 

「い、いち…か…?」

「……………」

 

あまりの事態に思考が停止する。

何だ?何だこの状況は?何故俺の部屋に、しかもシャワールームから『女の子』が出てくるんだ?しかも裸で…。

部屋を間違えたか?寮の部屋は全て見取りが同じなので有り得ない事は無いがだからってボディーソープの予備も同じ所にあると言うのは可能性が0でないにしても可笑しいだろう。じゃあやっぱり此処は俺の部屋?だったら何で見知らぬ女の子がシャワールームから出てくる?幾ら考えたところで混乱する頭ではまともに考える事はできない。

 

しかし頭は混乱していたとしても男の性と言うのは逆らえないものらしい。俺の視線は無意識に目の前の裸体へと向けられる。

濡れた髪はわずかにウェーブがかかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えている。すらりとした身体は脚が長く、腰のくびれが本来の大きさ以上に胸を強調して見せている。まさに理想のプロポーションと言えるだろう。

しかもシャワーを浴び終えた後だけあって妙にその姿が色っぽい。上気する肌に伝う水滴が胸に落ちるそれなんてもう…。

 

ごくり…。

 

固唾を呑み込み、頭の中では駄目だと分かっていても目の前のその二つの山を凝視してしまう。しかし流石に時間も経過したことで俺も冷静さを取り戻し始めると今自分のしている事がたいへんな…否。へんたいな事であると気が付き、慌ててぶんぶんと頭を振りまわし煩悩を退散させて目の前の女の子に背を向けた。

 

「え、えっと…どちらさんで?」

 

何とも間抜けな問い掛けだがこれ以外に俺には言葉が思い浮かばなかった。それに今現状で俺が一番知りたい事でもある。

 

「え?……あっ!きゃあッ!?」

 

何を思ったのか最初は不思議そうな声を漏らした少女だったが暫し間を置くとハッと我に返って悲鳴を上げた後ドアの閉まる音が響く。どうやらシャワールームに逃げ込んだらしい。

あの…俺の質問の答えは?シャワールームに引っ込む気持ちはよーく分かるけどさ。俺も目のやり所とか困るけどさ。それだけは答えて欲しかったな…。

 

「………」

「………」

 

気まずい沈黙がこの場を漂う。きっとドアの向こうでは俺同様に混乱している事だろう。そうだ。ここはとりあえず時間を置こう。そして落ち着こう。うん。それがいい。

人それを現実逃避と呼ぶ。

 

「ぼ、ボディソープ、ここに置いとくから…」

「う、うん…」

 

シャワールームから返事が返ってくるのを確認すると、俺はシャワールームのドアの前にボトルを置き、本来の目的を終えるとぎこちない動きで脱衣所を出た。

 

「………………はぁ~」

 

緊張が解け、ドアに背中を預けぐて~とその場にへたり込む。

まったく、何がどうなってんだか。結局あの子は誰なんだ?此処、俺の部屋だよな?だったらあのシャワールームにはシャルルが居る筈なのに――――って、まさか…。

あのブロンドの髪。何処か見覚えがあると思ったらシャルルも同じブロンドじゃないか!

言われてみればシャルルに見えなくもない。普段縛っている髪を解くと大体あんな感じになるだろう。いや、問題はそこじゃない…。

 

おかしいだろ。何でシャルルに胸があるんだ?男なのに。何で胸が…。

 

もう一度、さっきの光景を思い浮かべる。

大きすぎず小さすぎず、形の良い美乳だっt…って!違うだろ俺!?

もう何が何だか分からなくなり頭を抱えてごろごろと地面を転がり出す俺。今、この光景を誰かに見られたりしたらどうなるだろう?きっと、俺は恥ずかしさの余り自殺したくなるに違いない。

…と、俺が奇妙な行動をしているそんな時、脱衣室のドアの開く音がして俺は慌てて身を起こす。

 

「あ、上がったよ…」

「お、おう」

 

背後から聞こえる遠慮がちにかけられた声はやはりシャルルのもの。ならさっきの女の子はやっぱりシャルルなのか?

一度、俺は深呼吸をして自分を落ち着かせてからゆっくりとシャルルの方へと振り向いた。

 

「――――」

 

振り向いた先には、やはり先程の女の子がジャージ姿でそこに立っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

第19話「シャルル・デュノア」

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

互いのベットに腰を掛けて向かい合い、何も言葉を発する事無く沈黙することかれこれ一時間。未だ俺は事態を究明する事が出来ないでいた。だってそうだろ?今まで男だと思っていたルームメイトが実は女の子でしただなんて、どう話しかければ良いのか分からないってば。

しかし何時までも黙り込んでていてもらちがあかん。ここは男である俺から切り出すべきだろう。

 

「あの、さ…」

 

思い切って声を掛けてみると、シャルルはビクッと身を震わせる。何故だろう?別に俺は何もしていないのにこんなに怯えられたら罪悪感を感じてしまうではないか…。

 

「シャルル…なんだよな?」

「………っ」

 

分かりきったことをもう一度訊ねると、シャルルは俯き表情を隠したまま無言で頷く。やっぱりそうなのか…。

逆に、目の前の女の子がシャルルじゃなかった場合。俺は見ず知らずの女の子の裸を見てしまった事になる訳だが…そんな事は今はどうでもいいか。いや、シャルルの裸を見てしまったのは良くないけどさ。

 

「あー…うん。何で男のフリなんてしてたんだ?」

 

とりあえず一番疑問に思っていたことを訊ねてみる。これを訊いておかないと話を始める事だって出来やしない。

 

「それは…実家の方からそうしろって言われて…」

 

実家から?何のために?いや待って。シャルルの実家って確か…。

 

「…デュノア社?」

 

頭に思い浮かんだ単語を口に出してみるとシャルルは黙って頷く。つまりデュノア社から男装してIS学園に入学しろって言われたのか?でも何のために…。

俺がそう疑問に思っていると、それを察してくれたのかシャルルが語り始める。

 

「僕の父の…社長から直接の命令なんだよ」

 

命令…親子だって言うのに穏やかじゃない言い方だな。

それに、なんだかシャルルの様子が実家の話を始めてから可笑しい。『父』と言う言葉を発する時妙に温度が低いというか感情が籠って無いというか…。

 

「命令って…親子だろう?なんでそんな―――」

 

まるで自分の子供を駒みたいな…。

 

「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」

 

シャルルから告げられた事実に俺は絶句する。俺だって普通に世間を知る15歳だ。『愛人の子』と言う意味を分からない程に世間に疎くも無ければ純情でもない。そして、『愛人の子』という立場は世間からどう見られるのかも。きっと、シャルルも辛い人生を歩んで来たのだろう。

 

「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々検査する過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

テストパイロット…つまりセシリアと鈴と同じ代表候補生なのか。

しかし、今はそんな事はどうでもいい。いま大事なのはシャルルの事だ。シャルルも言いたくない話だろうというのに健気に俺に話してくれている。だったら俺は、ただ黙ってそれを聞き洩らす事無く真剣に聞く事が一番の礼儀だろう。

 

「父に会ったのは2回くらい。会話は数回かな。普段は別邸で生活してるんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

あはは、と愛想笑いを浮かべるシャルルだったが、俺はまったく笑えなかった。笑える訳が無い。そんな話を聞かされて…。

ただ俺は拳を握りしめる。沸々と湧き上がるやり場のない怒りを堪える為に、爪が喰い込むほど強く…。

 

「それから少し経って、デュノア社は経済危機に陥ったの」

「え?何でだよ?デュノア社っていえば量産機ISのシェアが第三位の大企業だろ?」

「うん、そうだね。でもそれは第三世代ISが出て来る前までの話。デュノア社のリヴァイヴは第二世代型IS。簡単に言えば時代遅れの機体なんだよ」

 

そう言えばラウラも言ってたな。アンティークがどうのこうのって…。

 

「それにね。デュノア社のリヴァイヴが他の第二世代型より優れてるって言うのはある意味当たり前の事なんだよ。もともと遅れに遅れて開発された第二世代型だからね。他の企業よりも優れてるのは当然。リヴァイヴが開発された頃には他の企業はもう第三世代の開発に移ってたから。第二世代の開発なんて見向きもしなかったんだから。その間にデュノア社はリヴァイヴを大量に売りさばいて今の地位に立てた訳だけど。それも今だけだね…」

「どうして?」

「ISの開発にはね。すごいお金がかかるんだ。ほとんどの企業が国の支援があってやっと成り立っている所ばかりなんだよ。勿論、父の会社もそう。デュノア社も第三世代型を開発してはいたんだけど、上手くいかなくてなかなか形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカット、ますます追い込まれていって第三世代型の開発なんてする余力なんて無くなっちゃった…」

 

成程、第三世代型が完成し量産化が進めば、次は第三世代型での競争が始まる。第二世代型のリヴァイヴで稼いでいるデュノア社は生存競争に生き残れないって訳か。そりゃそうだよな。古くて性能の悪い商品より、新型で高性能の商品の方が売れるのは当然だろう。

 

「それでいつまでも良い成果を出せないデュノア社に、ついに政府も痺れを切らせてね。次のトライアルに選ばれなかった場合は援助を全面的にカット、ISの開発許可も剥奪するって話になったの」

 

ISの開発許可も剥奪。IS開発で稼いでいるデュノア社にとっては死刑宣告でしか無い。手段を選んでいる場合じゃないってのは分かる。分かるけどさ。

 

「それがどうして男装に繋がるんだ?まさか『歌って戦えるアイドル』でデビューさせようなんて考えてる訳でもあるまいし」

「あ、あはは。まぁ、ある意味正解かも。注目を集める為の広告塔だから。それに―――」

 

なるほどな。確かに注目は浴びるよな。現に俺もそれで大変な目に遭った訳だし…。

しかしシャルルの言葉にはまだ続きがあった。シャルルは俺から視線を逸らし、苛立ちの含んだ声で言葉を続ける。

 

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう…ってね」

「それってつまり―――」

「そう、白式のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね」

「………」

 

聞けば聞く程その父親はシャルルの事を利用価値のある道具のようにしか考えていないのではないかと思えてくる。いや、事実そうなのだろう。たまたまIS適応があった、それなら使おうと…。

今の話を聞いていてシャルルの様子が妙なのは理解出来た。こんな扱いを受ければ嫌うのも無理はない。むしろ良くこんな扱いを受けて我慢してきたシャルルを俺は凄いと思う。

 

「とまぁ、そんなところかな。でも一夏にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ…潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にか行かないだろうけど、僕にはどうでもいいかな。…あっ、でもごめんね?一夏達の仲間になるっていったのに力になれなくて…」

 

馬鹿、他人の事より自分の心配をしろよ…。

何で潔く諦めるんだ?足掻けよ。父親が嫌いなんだろ?だったら抗えよ。このまま父親の所為で自分の人生終わらせるのかよ!?

 

「ゴメンね。嘘吐いちゃって。性別の事も、ミコトの事も…」

「ざけんなっ!」

 

俺はベッドから立ち上がると、頭を下げようとするシャルルの肩を乱暴に掴んで頭を上げさせる。

シャルルが悪い事をしたから頭を下げるのならまだ分かる。だが、シャルルは何も悪い事はしていないのに頭を下げて俺に謝ってくるのは許せない。そんなの許せる筈が無い。

 

「痛っ…」

「良いのかよそれで!?良い筈ないだろ!親に良い様に利用されて!親の所為で人生をめちゃくちゃにされて!それでお前は幸せなのかよ!?そこの何処にお前の幸せがあるんだよ!?抗えよ!受け入れるなよ!幸せになりたいだろ!?」

 

どうでもいい訳無いだろ。もっと自分の事を大切にしろよ!

 

「い、一夏…?」

「親が居なけりゃ子供は生まれない。けどよ!子供の未来を親が踏みにじって言い訳ないだろ!生きる権利を奪っていい訳無いだろ!」

 

ふざけんじゃねぇよ。どいつもこいつも。子供を何だと思ってるんだよ…。

 

「いたい。いたいよ。一夏…」

 

シャルルの怯える表情と痛みを訴える声に俺はハッとして無意識に力が籠った手をシャルルの肩から離した。

 

「わ、わりぃ…つい熱くなっちまって…」

「う、ううん。僕のために怒ってくれてるのは分かってるから。でも、どうしたの?何か変だよ?」

 

変、か。そうだよな。自分でも冷静じゃ無いってのは分かってる。でも、シャルルが俺達に重なって見えてしまってどうしても冷静でいられなかったんだ。

 

「…一夏?」

「俺―――俺と千冬姉。両親に捨てられたんだ」

「あ…」

 

驚いている、といった感じでは無い。どうやら知っていたらしい。おそらくこちらに来る前に資料か何かで知らされていたんだろう。

 

「両親の顔なんて覚えてないんだけどな。ずっと、千冬姉が面倒見ててくれた。まだ千冬姉だって子供なのに、それでも俺を養って…。きっと俺の知らないところで辛い思いをしてたと思う。だから、俺にとって千冬姉が母親で、目標で、憧れだった」

 

俺の今度は千冬姉を守るんだっていう誓いはそれが原因でもある。ずっと守られてきた。だから今度は俺が千冬姉を守るんだって。…まぁ、今も守られてばかりだけどな。

 

「その…ごめんね?」

「何で謝るんだよ。憎いって感情はない訳じゃないけど、今更両親なんてどうでも良いしな」

 

だって、本当に顔だって覚えていないのだ。今更出てきたってアンタ誰?って感じである。

 

「それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」

「…どうするもないよ。きっと、今回の件が政府に知れたら黙って無いだろうし。僕は代表候補から下ろされて、良くて牢屋じゃないかな」

「それでいいのか?」

「良いも悪いも無い。選ぶ権利なんて無いから…」

 

そう言ってシャルルは笑う。その頬笑みはとても痛々しく、もうどうしようもないんだって諦めている笑みがそこにはあって…。俺はそんなそんな表情をさせる理不尽が許せなかった。同時に、そんな友達を救えない、何も出来ない無力な自分の不甲斐無さにも…。

 

「だったらここにいろ!」

「え?で、でも…」

「いいから!俺が何とかしてやる!」

 

考えなんて何もありはしない。後先考えずに言ったしまっただけだ。でも、何もせずに友達を見捨てるより何百倍もマシだ。きっと、きっと何か手はある筈なんだから。

 

「何とかって?」

「ぐっ…そ、それは…何とかだ!」

「プッ…なにそれ。へんなの」

「笑うなっ!」

 

後先考えない俺の馬鹿みたい発言に、シャルルはくすくすと可笑しそうに笑う。まったく、酷い奴だ。これでも大真面目なんだぞ?

 

「クスッ…でも良いよ。一夏に迷惑はかけられないから」

「迷惑なんかじゃない!それに!友達なら迷惑を掛けるのは当たり前だろうが!」

 

迷惑を掛けられないで何が友達だ!そんなの友達じゃないだろう!

 

「でも本当に迷惑を掛けるから。一夏の人生を駄目にしてしまうくらい。だから、ね?いいんだ…」

「シャル…ル…」

 

まだ断ろうとするシャルルに詰め寄ろうとすると、ぐいっと両腕を押し当てられて押し返されてしまった。明らかな拒絶。表情は伏せていて窺えないが。その震えている肩で泣いているのは容易に理解出来た。

…くそっ!俺は何もしてやれねぇのかよ!?

目の前で友達が泣いている。なのに何もしてやれない。不甲斐無い自分が情けなくて。本当に悔しさ泣きたくなる程情けなくて…。

 

「特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人が同意しない場合、それら外的介入は原則として許可されないものとする」

「「―――え?」」

 

此処に居る筈のない聞き覚えのある幼い少女の声に俺とシャルルは驚くと、その声のした方、つまり地面の方へと視線を落とした。そこには、やはり白く美しい髪を伸ばした少女が此方を見上げる様な形で俺達を眺めていたのだった。

何故ミコトが此処に?そう疑問に思うと、その疑問はミコトの方から答えてくれた。

 

「ん。ご飯の時間なのに来ないから迎えに来た。でも、部屋から一夏の大きな声が聞こえたからこっそり入った」

「「(こっそり入る必要性はどこに!?)」」

 

大きな声って事はあれだな。俺がシャルルの親父に対して怒ってた時の頃に入って来たんだな。あの時は俺も冷静さに欠けてたしシャルルもそれどころじゃなっただろうから、ミコトが部屋に入ってきてたのに気付かなかったんだろう。

 

「え、えっと…つまり、すくなくとも3年間は大丈夫って事か?ミコト?」

 

俺の質問にミコトは「ん」いつも通り小さく返事をすると頷いた。

三年か…それくらい時間があればなんとかなる方法だって見つけられるな。少なくとも今すぐ国に帰る必要はないって訳だ。それにしてもミコトの記憶力には相変わらず驚かされる。特記事項って確か50個以上はあったはずなのに…。

IS学園に入学した時、千冬姉に役に立つだろうから覚えておけと言われたけどあまりの数にすぐに生徒手帳ごと放り出したんだよな。覚えれる訳ないっての。

 

「あとは、シャルルの決めること」

「ミコト…」

「シャルル、友達。私はさよならしたくない」

 

シャルル次第と言っておきながら自分の願望を言うのは実にミコトらしい。

じっと無表情ではあるが真剣さを感じさせるその瞳でミコトはシャルルを見つめる。シャルルはその瞳を見つめ返し、そして暫し目を瞑って何かを考え込むと、漸く何かを決心したのか力強く頷いて目を開き俺達を見てくる。

 

「たくさん迷惑掛けるよ?いいの?」

「当たり前だろ?な?ミコト」

 

そう訊ねるとミコトは躊躇うことなく俺同様に当たり前だと言わんばかりに頷く。

 

「ん。友達は、助け合うものだから。一夏が言ってた」

 

あー…そう言えばそんな事言ったっけな。

ミコトはそう言う一般常識はてんで駄目だからなぁ…。

 

「ありがとう…一夏。ミコト」

 

瞳に涙をいっぱいに溜めてシャルル嬉しそうに微笑んだ。今度は無理なんてしていない。諦めとかそんなんじゃなくて心底嬉しそうに。俺は初めて、本当のシャルルの笑顔を見た様な気がした…。

 

 

 

 

 

「で?もう一度聞くけどこれからどうするんだ?」

「うん、しばらくはこのまま男子生徒として通していこうと思うんだ」

 

これは予想外の返答だ。どうせ国からは手出しは出来ないんだから女子生徒としてIS学園に通えばいいのに。一体どういう事だろう?

 

「何でだよ?もう男子とか女子とか気にする必要はないだろ?」

「いや、だって…部屋替えとかされちゃうだろうし…」

「ん?なんだって?」

 

顔を紅くして何かぼそぼそと言うシャルルに、声が小さくてはっきり聞き取れなかった俺はもう一度訊き返してみる。部屋がどうのこうのって言ってた様に聞こえたが…。

 

「な、なんでもないよ!と、とにかく!今はこのままでいいの!」

「そ、そうか。まぁ、シャルルの事だから何か理由があるんだろう。俺からは何も言わないよ。ミコトも良いよな?」

「ん。誰にも言わない。3人だけの秘密」

「3人だけの…うん!」

 

やれやれ。一件落着とは言い難いが、辛気臭い話はどうやら終わったみたいだな。

部屋を覆っていた先程までのしんみりとした空気も今は柔らかな物へと変わっていて、暗い雰囲気は何処かへと消え去っていた。

問題が解決した訳じゃない。先送りしただけでしかない。でも、とりあえず今は喜んでおこう。

 

「あ、あのね?さっそくお願いがあるんだけど良いかな?」

 

もじもじと言い辛そうに頬を赤く染めて上目遣いでそう訊ねてくるシャルル。どうでもいいがその上目遣いは反則だ。男と思っていた時だってドキリとする時があったのに、女と分かった今は比べられないくらいにヤバいから、ソレ…。

 

「な、何だ?遠慮すんなよ。俺達が出来る事なら何だってしてやるぞ?」

「ほんと!?ホントに!?」

「あ、ああ…」

 

俺がそんな事を言った途端、目をキラキラと輝かせるシャルル。いかん。地雷踏んだか俺…?

そう言えば弾が言ってたな。ショッピング街でもの欲しそうな顔をしている女に話し掛けない方が良いぞ、絞り取られるからって…。

 

「じゃ、じゃあさ。ミコトのこと、ぎゅって抱きしめても良いかな?」

「……………What?」

 

今、何ておっしゃいました?俺の耳が正常ならミコトを抱きしめていいかって訊かれた様な気がしたんだが…。いや、気のせいだよな。うん。

 

「一目見た時から思ってたの!お人形みたいでかわいいなぁって。一度ぎゅって抱きしめたかったの。ね、良いかな?」

 

気のせいじゃなかった!?

両手を合わせてじーっと子供が玩具を強請る時のあの穢れた大人達には天敵の最終手段で、シャルルが俺を見つめてくる。あざとい。このシャルルあざとい。

 

「…ミコト?」

 

ちらりとミコトへと視線を送り訊ねてみる事に。するとミコトは相変わらずの無表情でこう告げた。

 

「だいじょうぶ、もんだいない」

 

気に入ってるんだなその台詞。てかその元ネタは何なんだ?俺も何だか気になって来たぞ…。

 

「良いの!?ありがとう!」

「う゛っ…」

 

ミコトの返答を聞いてパァっとまるで花を咲いたかのような笑顔を浮かべた途端、目に見えぬ速度でミコトを捕獲すると自分の大きいとは言えないが小さいとも言えない母性の詰まったその胸に捕まえたミコトの顔を埋めた。

 

「はう~♪可愛いよ~♪」

「う~…」

 

だれてる。めっちゃだれてるぞ表情が…。

なんていうか、見るに堪えない。

 

「実家で徹底的に男子の仕草や言葉遣いを覚えさせられたから可愛い物とか無縁だったんだぁ~。お洋服は勿論、ぬいぐるみや女の子が待ってそうな物とか全て捨てられちゃったから…はぁ~、幸せ♪」

「う~…う~…」

 

ぐりぐりとミコトを胸に抱えて頬ずりするシャルル。ミコトも少し苦しそうである。女の子としての自由を奪われてたシャルルは災難だが、ミコトもそのストレス解消のために使われて災難だな…。

 

「お、おい。シャルル?ミコトが苦しそう…」

「かあいいよぅ。かあいいよぅ~♪」

 

駄目だ。今まで可愛い物を禁止されていたシャルルにミコトと言う愛玩動物を与えてしまった今、ストッパーを外してしまったシャルルをもう誰にも止めることなんて出来やしない。

すまん、ミコト。少しだけ耐えてくれ。此方へ伸ばされた手と視線が俺に助けを求めてるけど、そんなミコトに対して俺は両手を合わせてごめんのポーズ。不甲斐無い俺にはただ見守る事しか出来ないんだ。

 

「あ、あが~…」

 

力無くプランと垂れ下がる手。ミコトも諦めたらしい。シャルルにされるがままにされているその後ろ姿は何とも言えない哀愁が漂っており涙を誘う。

 

「お持ち帰りしたいよ~♪」

「いや、此処お前の部屋だから」

「実家にって事だよ~」

 

流石にそれは洒落にならんがな。

学園に出るまでに有り得ない程の妨害と障害がありそうだ。ミコトは先輩方のマスコットだからなぁ。最悪ISが出張ってくるぞ。

 

「というかそろそろ開放してやれよ。ミコトの顔が真っ青になって―――」

「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食を取られてないと他の方達から聞いたのですけど、よろしかったらご一緒にどうでしょう………か?」

 

ちょ、待っ…。

いきなり部屋に乱入してくるセシリアだったが、にこやかに部屋に入って来たセシリアの表情はミコトを抱きしめているシャルルを見てピシリと音を立てて固まった…。

何と言う最悪なタイミング。セシリアから見ればシャルルの膨らんだ胸はミコトの頭で隠れて見える筈も無く。どう考えても男であるシャルルがミコトを抱きしめているようにしか見えない。それはシャルルも理解しているようで顔を青くしてダラダラと物凄い勢いで汗を流している。それでもミコトを放さないのは自分が女であることをバレない様にするためだろうが、それがセシリアを激怒させる原因となった…。

 

ぷつん…。

 

「………………………………………ブルー・ティアーズ」

 

ぽつりと呟かれた言葉と共に光の粒子がセシリアの周辺に集まりISが展開される。その展開速度は今までに無い程速かった。

展開を終えたセシリアは虚ろな瞳でゆっくりとライフルの銃口を此方へと向けてくる。

 

何寮内で発砲しようとしてんだ!?

 

「お、落ち着けセシリア!?流石にそれはまずい!?」

 

慌ててライフルを持つセシリアを羽交い絞めで止めようとする俺だったが、暴走するセシリアにそんな常識は通用しない。生身の俺の力ではISを展開したセシリアの腕はビクともせずに未だシャルルの頭を捉えている。

 

「放して下さいな一夏さん。今、わたくし何かに目覚めそうですの。きっと単一仕様能力か何かが目覚めようとしているんですわ…」

「それ違うから!目覚めちゃいけない何かが目覚めようとしてるから!?」

「あ、あわわわわ…」

 

事情が事情で動くに動けないシャルルは涙目で顔を真っ青にしてガクガクと震えていた。何だか震えてる姿がチワワみたいで可愛かったが今はそれ所じゃない。

 

「何々?何の騒ぎ…って!?セシリア!?アンタ何してんのよ!?」

 

騒ぎを聞きつけてやって来た鈴が目の前の事態にぎょっと目を見開いて驚く。て言うか鈴も学園に戻って来てたんだな。

 

「邪魔しないで下さいます?今、ミコトさんに纏わりつく害虫を排除する最中ですから」

「なに訳の分からない事言って……え?何この状況?」

 

部屋の中の状況を見て困惑する鈴。そして、次第に騒ぎは広がっていき…。

 

「騒がしいなぁ。どうしたのー?」

「え?何?織斑くん達の部屋で何かあったの?」

「ちょっ、押さないでよ!危ないじゃない!」

「う~部屋の中の様子が見えない~!」

 

鈴と同じく騒ぎを聞きつけた女子生徒達が騒ぎ原因である俺達の部屋にへと集まり始め、あっという間に廊下が人で埋め尽くされてしまう。

どうすんだよこれ…。

どう収拾をつけるべきか、いやそれ以前に収拾を付ける事が出来るのか?そんな事を溢れかえっている女子生徒達を眺めながら考えていると、人混みを割って出て来た小柄な少女の影が…のほほんさんだ。

その時、俺は「助かった。のほほんさんならこの事態を何とかしてくれる」。そんな甘い考えを持っていた

。そう、彼女の浮かべる笑みを見るまでは…。

 

「おりむー。デュノっち」

 

ゾクッ…。

 

その声を聞いた瞬間、ブワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、頭の中でレッドアラートが喧しく鳴り響き、本能がこう警告している。

 

―――この場から早く逃げろ。

 

と…。

 

「何してるのかなー?」

「いや何って…」

「え?なになにー?聞こえないよー?」

 

にこやかな表情を浮かべながら一歩また一歩と近づいて来るのほほんさんに連動して、俺やシャルルも一歩ずつ後ずさる。

人間本気で怒れば笑顔になると言う。つまり、今ののほほんさんがそれだ。

 

「デュノっちは何でみこちーを抱きしめてるのかなー?何でおりむーはそれを止めないで見てたのかなー?ねぇー何で何でー?」

「いや、それには事情が…」

「まさか。まさかとは思うんだけどねー?もしかしたら二人でみこちーにえっちぃーな事しようしてたー?」

 

ぶんぶんぶんぶんっ!×2

 

必死に首を横に振る俺とシャルル。言いがかりも良い所である。

 

「そんな邪なこと考えたことないっす!はい!」

 

しかし、そんな必死の弁明も虚しく。判決は無慈悲に下されるのだった…。

 

「死刑♪」

「「NO~~~~!?」」

 

寮中に響き渡る俺達の悲鳴…。その後の事は思い出したくも無い。ただ俺が言える事は。普段大人しそうな奴ほど怒ったらやばいって事だけだ…。

 

 

 

 

 

「…あれ?私の出番は?」

箒さんまじ空気。

 

 

 

 

 

 

 

 





おまけ


「あ、言い忘れてたけど。さっき一夏が言ってた『歌って戦えるアイドル』って実在するからね?オルコットさんと凰さんに訊いてみるといいよ。二人ともきっとファッション雑誌とかに出てる筈だから」

なん…だと…?

ある意味シャルルの話より衝撃的なIS社会の実体に驚愕する俺だった。





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