IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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3510号観察日誌2

 

 

 

暗いのは嫌い。とてもこわいから。

 

 

 

一人は嫌いとても寂しくて寒いから…。

 

 

 

クリスが好き。優しくてずっと私の傍に居てくれるから。一人ぼっちにしないから。

 

 

 

お日様が好き。私を照らして優しく温めてくれるから。

 

 

 

風が好き。風が運ぶ色んな香りと私の髪を揺らし肌を撫でる感触がとても心地良いから。

 

 

 

空が好き。綺麗でとても広くて此処とは違って何処までも何処までも広くて私を閉じ込めないから。自由だから。

 

 

 

私も行ってみたい。あの空に…。

 

 

 

あの鳥の様に自由に何処までも飛んでいきたい…。

 

 

 

私は、空を飛べる事が出来るのだろうか?あの鳥の様に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side クリス・オリヴィア

 

 

「3510号を連れて来ました」

 

3510号を抱きかかえ、私はISが収納されているハンガーへとやってくると、今日、訓練に使用するために上から借り受けたISの整備をしているメカニックに話し掛ける。

 

「ん?…あぁ、『欠陥品』か」

 

声を掛けられたメカニックは振り返ると私の腕の中で気持ち良さそうに抱えられている3510号を見て、嫌な顔を隠そうともせずにこの子の目の前で「欠陥品」と吐き捨てる。この子を見て第一声がそれか…と、私は不快に思いながらも表情に出す事無く頭を下げた。私も人の事は言えないのだ。結局は私もこの男と同類なのだ。彼の態度に対して憤る資格など私には無い。

 

「…はい。今日はよろしくお願いします」

「時間の無駄だと思うがね。乗りこなすなんて出来やしないさ」

 

頭を下げる私に短く舌打ちをする男。どうやら余り3510号を快く思ってはいないらしい。しかもまだ試していないと言うのに結果まで決め付けてくると来た。

 

…やってみないと分からないでしょう?

 

「これは上の決定でもあります」

 

彼の態度に苛立ちを隠しながら私は感情を見せない平坦な声でそう告げる。「上の決定に文句があるのか?研究員でも無くたかが整備員であるお前が?」と若干脅しながら。するとそれを聞いた男は表情に怯えを色を見せ、咳払いをして逃げる様に視線をISに向けるのだった。

 

「…分かってるよ。そう凄みなさんな」

「…」

 

男はISに整備を再開すると、私もそれ以上何も言わなくないでいた。どうやら整備にはまだ時間が掛かる様だし、もうしばらく此処で待っていようと考えていると、ふと私の腕の中でじっとしている3510号に視線が止まる。

 

「じぃ~~~…」

 

…また空を見てる。

 

以前もそうだ。この子は何も無い空を唯じっと眺めていた。歩行訓練もほっぽり出して何もする事無く唯空を眺めていた。私も彼女の視線を追って空を眺めるがやはり何も無い。あるのはゆっくりと流れる雲だけだ。

 

…?

 

この子をそこまで気を惹かせる物があの空にあると言うのだろうか?目を凝らしてみるがやはりあるのは青空だけ特に変わった物は無い。だと言うのにこの子は真剣にまるで憧れる様にじっと空を眺めていた…。

 

「…」

「じぃ~~…」

 

何もする事が無いので私もこの子と一緒に雲が流れて行くのを眺めている事にした。良い天気だ。今日は気持ち良い天気になる事だろう。出来る事なら今日はずっと外に居たいものだ。ずっと地下に居るとかびてしまいそうになってしまう。だがそれは許されないだろう。何処に目があるか分からない余りこの子を外に出すのは良く無いだろう。此処は本土から離れた無人島に建設された施設だが衛星で監視されている可能性だってある。訓練が無い時はクローン達は施設にしまっておく。それがウチの方針だ。

 

「…」

 

分かってる。この施設が行っている研究が公にされでもしたら自分も唯では済まないと言う事くらい。でも…。

未だ空を眺めている彼女を見て私は思う。未来の無いこの子には少し位自由を与えては良いのではないのかと…。

 

…いけない。情に流されるのは私の悪い癖ね。だから何時まで経っても万年平社員なんだわ。

 

どう足掻いた所で、どんなに科学が発展した所で、この子は…いや、この子達は長くは生きられない身体。死ねば誰も悲しまず世間に知られる事無く処分され、役立たずと判断されればまた処分される。道具同然の存在。そんな存在に情なんてあってはならない。仕事の邪魔になるだけだし辛くなるのは自分なのだ。

…でも、だからこそこの仕事になれない自分が居る。感情を捨てきれない自分が居る。

 

…駄目ね、私。

 

「おい。ISの準備は完了だ。何時でもいけるぞ」

「あっはい!……わぁ」

 

物思いに耽っていると男の整備が完了したと言う知らせに現実に引き戻され私は慌てて返事を返すと3510号を抱え直して整備されたISへと駈け寄ると思わず息を漏らしてしまった…。

 

黒に塗り染められた鋼鉄の巨兵。世界最強の兵器<インフィニット・ストラトス>。何時も遠目で眺めていたが間近で見るのは初めてで実際に見るとその迫力に圧されてしまう。

『打鉄』。オリジナルの故郷である日本の第2世代量産機。性能が安定しており扱い安いと評判で日本にあるIS学園以外でも多くの国々が訓練に使用している機体だ。この研究所でもこの打鉄で訓練が行われている。兵装がオリジナルのISと近いと言う理由が一番の理由なのだが…。

 

「おい何してんだ?早くそいつをコクピットに乗せろよ」

「あっ…すいません。ほら、じっとしてるのよ?

「…コクン」

 

男の急かす言葉に私は慌てて抱えている3510号を持ち上げコクピットに座らせた。既にインナー・スーツは部屋を出る前に着替えさせているので問題無い。しかしこうしてみると他のクローンは調整の際に肉体を強制的に成長させているため幼いにしても出る所は出ていると言うのに、この子は見た目9歳くらいで何て言うか残念である。何処がとかは言わないが。

 

「…?」

「な、何でも無いから。気にしないで」

 

じっと自分を見て来る私が気になったのか首を傾げる彼女に、私は笑って誤魔化すと傍に居ると危険なのでISから離れる。

私が離れるのと同時に、機体の至る所から空気が吐き出され開いていた装甲が3510号の身体に装着されていき彼女とISが『繋がった』。

起動は問題無いシステムも異常無し。コンソールに表示されているパラメーターも正常値だ。此処までは順調だろう。後は上の連中を納得させるだけの成果を出せれば…。

 

「まぁ、起動はな…」

 

っ!少し黙ってくれないかしら?

 

隣で見学している男を睨むと男は笑って口を閉ざす。私はそれに舌打ちしオペレートを再開する。

 

「3510号。まずは歩いてみて。大丈夫、いつも通りにやれば出来るわ」

「コクリ」

 

私の指示に3510号は頷くとゆっくり、本当にゆっくりだが一歩また一歩と歩き出す。…しかし。

 

「っ!」

 

彼女は数歩目でバランスを崩し、大きな音を立てて盛大に転んでしまった…。

 

「っ!?何をしているの!?早く起き上がりなさいっ!ほら!歩いて!」

 

このままでは…このままでは3510号の廃棄が決定してしまう。ISもロクに操作出来ないと分かればあの子に価値なんて…。

 

「っ!…っ!?」

 

私の声に応える様に何度も何度も3510号は起き上がって歩こうとする。しかしその度に転倒してはハンガーを大きく揺らす。

 

「おいおいおい。勘弁してくれよ。誰が直すと思ってんだぁ?」

「黙って下さい!今は訓練中です!」

「…ちっ!すいませんねぇ」

 

派手に転倒している機体を見てそう文句をたれる男に、声を荒げて鋭く睨み黙らせると彼女の方へと視線を戻す。彼に当たった所で結果は変わらない。このままでは。このままでは…。

 

駄目…なの?

 

そもそも歩けない3510号にISの操縦なんて無理な話だったのだ。歩き方の分からないあの子にISを操縦させるなんて…。

 

「~~~~っ!」

 

もがく様に起き上がろうとする3510号の姿を見るのがとても辛く目を逸らす。いつもなら転んでは手を差し伸べてあげられると言うのに、今はそれが出来ない。例えそれが出来たとしてもそれは彼女を救う事にはならない。何も出来ない自分がただ無力で憎たらしかった…。

 

「~~っ!………」

「?」

「…お?諦めたか?」

 

ピタリと止む騒音。何かあぅたのだろうか?私は気になり逸らした視線を再び彼女へと戻す。するとそこには…。

 

「じぃ~…」

 

ハンガーを這い様に出たのだろう。ハンガーから出た所で覗かせた空を眺めている彼女の姿がそこにはあった…。

 

「じぃ~…」

 

眺めている。憧れる様に、羨む様に、愛おしむ様に。唯、空を眺めていた…。

 

また、何を見てるの…?

 

あの子の瞳には何が映っているの…?

 

何をそんなに、求めているの…?

 

わからない。わからない。わからない。わからない…。

 

「お~い。研究員さんよぉ。もう終わらせてくれねぇかぁ?午後には他のクローンの連中が使うんだからよぉ?」

 

バサッ

 

…え?

 

何かが、一瞬私から陽の光を遮った。私は自然と空を見上げると、光を遮った正体を見て目を見開く。

 

まさか…。

 

「じぃ~………んっ!」

 

あの子が眺めていたのは…。

 

「おい!」

 

見ていたのは…。

 

「おい!聞いてんの……んだぁああああああっ!?」

「きゃあっ!?」

 

衝撃が暴風が私達をハンガー全体を吹き抜ける。男は風に負け盛大に転び、私はコンソールに掴まりなんとか吹き飛ばされるのを間逃れる。一体何が起こったのだろう。私は辺りを見回すと風の正体を知り驚きを上回り、喜びで心が震えた。

 

「何だぁ?今のかぜ…は…」

 

違うこれは自然の風なんかじゃない。そんなんじゃない。これは、これは…。

 

そうこれは、小鳥が羽ばたいて生れた風だ…。

 

「んなぁああああああっ!?」

 

空を見て男は絶叫する中、私はその空を舞う小鳥を見て微笑んだ。そうか、彼女が見ていたのは空なんかじゃない。この檻の中で閉じ込められていた彼女が見ていたのは空を自由に飛ぶ鳥の姿だったのだ。自由を憧れて、自分もそうなりたいと願って…。

 

そっか。そうなのね…。

 

空を嬉しそうに自由に舞う彼女。その表情は今まで見た事が無い程幸せそうな物だった。あまり感情は表情に出さないあの子があんなにも幸せそうにしている。

 

…良かった、ね。

 

叶わぬ願いだ。私はそれを知っている。どんなに足掻こうとも、願おうとも彼女は使い捨てられる運命。でも、今の彼女を見て、短い時間だが共に過ごしてきて彼女を祝福せずにはいられなかった。

 

本当に、良かった…。

 

彼女はいつまでも空を舞い続けていた。今の気持ちを表すかの様に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何?3510号の調整の申請?」

 

訓練の後、私は報告書をまとめて上司の許へとやって来ていた。再び3510号の調整を申請するために…。

 

「はい」

 

私は上司の言葉に頷く。

 

「馬鹿を言うな!調整にどれだけ金が掛かると思ってる!」

 

上司の返答は以前と同じ物だった。しかし、今度ばかりは引き下がる訳にはいかない。私は負けじと自分の意見を述べる。

 

「しかし、3510号のISの搭乗結果をご覧になった筈です。初搭乗でのあの飛行技術。他のクローン達でも不可能でした。時間を掛ければより有用なデータが得られると私は考えています」

「君の意見などどうでも良いんだよ!下っ端が口出しするなっ!」

「っ!」

 

机を殴る音にビクリと身体を震わす。

確かに彼の言う通りだ。下っ端の私が意見を述べるなどうぬ溺れにも程がある。下っ端は下っ端らしく言われた事だけをすれば良いのだ。だが、だとしてもだ…。

 

「他の実験体よりの良いデータ?結構じゃないか。予定通り死ぬまでISのデータを収集すればいい」

「しかし!」

「我々が目指しているのは最強の操者だ。ロクに歩けないISのデータ取りではない。そんな物に金を使う余裕なんて無い」

「ですが!3510号の寿命も長くはありません!ISのデータを収集するにも時間が無ければ!」

「なら眠らさず24時間ISに乗らせればいい」

 

何を馬鹿な事を!そんな事をすれば!

 

「それではあの子の体力がもちません!」

「構わんさ。所詮道具だ」

「っ!…しかし良きデータを得る為には万全な状況をっ!」

「何を騒いでいる」

 

私と上司の口論で騒がしかった室内がその低い声により一瞬にしてしんと静まり返った…。それに私の気のせいだろうか?その低い声が響いた瞬間、部屋の温度も急激に下がった様な錯覚まで感じてしまったのは…。

 

「っ!?」

「し、所長!?」

 

慌てて振り向いた先に居たのはゼル・グラン博士。この研究所の所長にしてクローン計画という非人道的な計画の発案者でもある人物…。

 

この研究所で最も恐ろしく狂った人間…。

 

クローン計画。この計画はISが世界に現れる以前から軍事運用出来ないか彼が発案していた。しかしクローン禁止国際条例。そしてその非道さにより今まで実行に移される事はなかった。だが、ISという兵器が現れ事態は急変した。各国とは比べ技術が劣る我が国はクローン計画に頼るしか方法は無くなったのだ。国の命運を握る彼は次第に力を蓄えていき、今では我が国でかなりの発言権を持つまでに到る。この国で彼に逆らう事は死を意味すると言っても過言ではないだろう。

 

まさか、こんな所に出て来るなんて…。

 

私の職場は地位が低い連中の集まりで上の連中が此処に足を運ぶなんて事はまず無い。だと言うのに何故この研究所のトップがこんな場所に…。

 

「…っ」

 

嫌な汗が私の背中を伝う。喉も乾いてカラカラだ。目の前の化け物に身体が怯えてガチガチ硬直している。上の命令に意見した私はこのまま殺されてしまうのではないだろうか?そう言って恐怖に怯えて…。

 

「し、所長!?何故この様な所に!?」

「欠陥品の様子が気になってな。報告を聞きに来たのだが…何の騒ぎだ?」

「えっ!?いえっ…あの、これは…」

 

っ!?これはもしかしたらチャンスかもしれない!

 

聞けば廃棄される筈の3510号をISのデータ取りに使うと決めたのは所長らしい。ならもしかしたら3510号の調整も…。

 

「3510号の調整ついて話していたんです!」

「ちょっ!?君っ!?」

「…何?」

 

ピクリと所長の表情が動く。

 

「本日、始めて3510号をISに搭乗させたのですが、3510号の飛行操作には目を見張る物がありより良いデータを収拾するためには時間が必要と考え調整を申請した次第です」

 

そう報告すると、私は上司にデスクに並べてあった報告書を手に取ると所長に渡した。

 

「…ふむ」

 

所長は受取った報告書を目を通しあらかた報告書を読み終えると視線を此方に向けてくる。

 

「…ISは今日初めて乗せたと言ったな?随分遅い様だが?」

「は、はい。3510号は一人で歩行するのも困難なため、今までは歩行訓練に中心に行っていました」

「成程、確かに時間が足りんな…しかし何故もっと早く調整の申請を出さない?こんな事初日でも分かっていた事だろう?」

「あ、いえ…申請を求めたのですが…」

 

チラリと私は上司を見ると、上司は顔を真っ青にしてだらだらと汗を物凄い勢いで流し始めた…。

 

ちょ、独断だったのかよこのオヤジ…。

 

「聞いていないぞ。どう言う事だこれは?」

「は、はい!結果を出せない欠陥品に予算を割けれないと思いまして!」

 

所長に睨まれ震えて応える上司だが、まったく答えになっていない。所長は何故報告しなかったのかと訊ねているのにどうして彼の意見なんて求めているだろう。

 

「現に結果を出している。私はそう言う事を聞いているんじゃない。何故報告しなかったんだと聞いているんだ」

「そ、それは…!」

「もういい。君は要らん」

「――――っ!?」

 

所長の言葉に絶句して既に顔の色を青を通り越して白に変えている元・上司。ご愁傷様ざまあみろである。

 

…あ、これ気を失ってるわね。

 

「君」

「あ、はい!?」

「調整の申請は承諾した。準備に時間が掛かるから明後日になるだろう。それと、今度からはそう言った話は私に直接通す様に」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

要件を済ました所長はそれだけ言うとこの場から去っていき私は大きな声で返事をすると深々と頭を下げて所長を見送るのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まさかあの欠陥品がな。強化工程中の成果が出せていないクローンは廃棄するか」

 

 

 

 

 

 

 

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9月20日(晴れ)

 

 

勝った。あの子は賭けに勝ったのだ!これで調整が受けられる。あの子は僅かだが生き長らえる事が出来た。これで当面の心配は無くなった。所長とのコンタクトが取れるようになったのも大きい。これを利用しない手は無いだろう。

 

今日は御馳走にしよう。あの子にとって色々と記念すべき日だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ…」

「?」

 

私は向かいで不器用にフォークを使い服を汚しながら料理をしている3510号を頬杖を突いて微笑ましく見守る。彼女は不思議そうに首を傾げるが私は何でも無いから気にしないで食べなさいと食事を勧めた。

 

「…ねぇ」

「ぅ?」

「明日からも頑張ろう?」

「?…コクン」

 

彼女は理解できてない様子で首を傾げると、とりあえず頷いて見せた。そんな彼女に私は微笑むと優しくその白い髪を撫でるのであった。

 

 

 

 


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