IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第30話「交差する翼」

 

「ぬっきあしさっしあししっのびあし~…っと」

 

声を潜めて、誰にも見つからない様に、慎重に、しんちょーに廊下を進んで行く私。気分はスパイである。脳内では○○7なBGMが絶賛流れ中である。

 

「だれもいませんね~…?」

 

ひょこりと曲がり角から顔だけを出してそう尋ねてみる。返答は当然無い。それもその筈。生徒達は部屋の中に待機で、教師陣も生徒達の見張り役を必要最低限に残し出払っている。今廊下に居るとしたら、旅館内を巡回中の教師と、無断で部屋に出ている私くらいだ。見つかったら問答無用で即拘束なのでスリリングだね。

そんな危ない目に遭うかもしれないと言うのに私がで歩く理由?そんなの決まってるじゃないかー。みこちーに会う為だよー。結局、朝は会えなかったし容態はどうなのかこの目で確かめて無いもんね!親友としてはこの目で確かめないと心配で心配で気が済まないんだよー!そ・れ・に!朝ごはん食べてないよね!きっと!こっそり厨房に忍び込んでおにぎりを作って来たんだよ~!おにぎりなら和食が苦手なみこちーも食べられるもんね!

 

「……とはいったものの。案外見張りは薄いんだねー」

 

本当に最低限の人員しか割いて無いらしい。それとも、見張りなんて最初からいなかったのか。朝、浜辺で脅迫まがいに生徒達に恐怖を植え付ける様な真似をした織斑先生の言葉は、絶対に生徒達が部屋から出ない様にする為だったのかもしれない。そうでないと、ここまで先生と遭遇しないと言うのは明らかに可笑しい気がするよー。

 

……ま、その方が私は楽でイイんだけどねー!今行くよみこちー!

 

心の中でそう大声で叫ぶ。実際は凄く小声だけど。

そして、何の問題も起こらず順調に目的のみこちーが眠る山田先生の部屋へと辿りついた私なのだったー。どんだけしょぼいんだ警備体制ー。

 

「わたしは大事な物をぬすんでいきましたー。みこちーのこころでーす!」

 

いざいかんみこちーの平らな胸の中へ!

ばたん!と勢い良くドアを開け放ち、私は元気良く大きな声でみこちーの名を呼んだ。呼ばれた本人が元気になるくらいな大きな声で。

 

「おはよう!みこちー!―――」

 

――――でも……。

 

「――――…………みこ…ちー…?」

 

サランラップに包まれたおにぎりが、みこちーに食べて貰おうと一生懸命につくったおにぎりが、手から滑り落ちぽとりと地面に落ちる…。

ドアが開かれて覗かせた部屋の中には名前を呼ばれた人物は居らず、まだ温もりを残す布団とゆらゆらと風に揺れるカーテンだけが部屋に佇んでいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第30話「交差する翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

翼を持つ異形のISが超高速で俺達に襲い掛かってくる。

……むちゃくちゃな機動だ。同じ翼を持つISに乗るミコトとは全く違う飛び方。正反対の飛び方。ミコトの様な優雅さを微塵も感じさせない暴力的な軌跡。ミコトが緩やかにそよぐ風なら、アレは全てを薙ぎ倒す暴風だ。触れる物を全て無差別に傷つける暴風。だが、どうしてあんな速度であんな常識外れな機動が出来る?操縦者の負荷も、要求されるそのテクニックも尋常なものじゃない筈なのに。けれど、俺が一番疑問に思っているのは…。

 

「な…んだよ、あれ?どうしてこんなとこにアレが居るんだよ!?」

 

そう、なんでアレが此処に居るのか―――だ。同じなんだ。あの時と同じ奴なんだアレは…。

しかし、形状はラウラの時とは全く異なっていた。ラウラの時は最初は人型ではあったが最終的には天にも届く程の蠢く巨柱だった。どちらの形態も驚異的な破壊力を有していたが、どちらもISとして機能しておらず、ましてや空を飛ぶなど不可能でとてもISと呼べるようなモノでは無かった。けれど、目の前のアレは違う。そう、空を飛んでいるのだ。しかも、超高速で…。

 

「い、一夏…?あれは…何だ…?」

 

必死にアレの猛撃を避けながら、目の前の不可思議な存在に戸惑いをみせる箒が俺に訊ねてくる。

…そうか。箒はあの時、教員を呼びにいっていたから実際にアレを目にするのも、対峙するのもこれが始めだったか。なら、戸惑うのも無理は無い。あんな物、始めてみる奴はみんな驚くに決まってる。

 

「ラウラのISが暴走した時と同じ奴だ!アレの攻撃には当たるなよ!当たったら終わりだ!」

 

ラウラの時は一撃でシールドが半分ほど抉られた。アレがラウラの時と同様のモノなら、同じかもしくはそれ以上の威力を持つ可能性がある。迂闊に攻撃を受ける様な真似は自殺行為に等しい。

 

「あ、アレがそうだと言うのか!?くっ!――――」

 

グンッと紅椿は加速して『銀の福音』…と思われる異形のISから距離を離そうと試みる。しかし―――。

 

『―――――』

 

「何だとっ!?」

 

銀色の福音は距離を離されるどころか、更にその異常な加速力により距離を詰められてしまう。紅椿の機動力を持ってしても、アレから逃れる事は出来ないのだ…。いや、本来なら紅椿のスペックなら出来たかもしれない。だが、俺と言う荷物と、まだ慣れていないISの所為でその性能を箒は発揮できないでいるんだ。

 

「くそがあああああああっ!」

「一夏ぁっ!?」

 

目の前まで迫って来た銀の福音に、俺は箒の背から離れ、真っ向から雪片弐型ぶつかり合う。―――けれど、それはこの作戦の失敗を意味する物でもあった。全エネルギーを使って一発で決めなければならないこの作戦で、俺は余計な真似をしてしまった。もう、作戦を遂行する事は不可能だ。現に、今の衝突で俺のシールドエネルギーも何割か削られてしまっている。

 

どんだけだよ。ただのぶつかり合いだぞ?何でシールドが減るんだよ…。

 

答えは単純だ。互いに超高速でぶつかりあった。片方が超高速でぶつかっただけでもかなりの衝撃だ。両方がぶつかればそれで更に倍プッシュ、てな訳だ。高速戦闘において攻撃を受けると言う事はそう言う事だ。

 

『―――――!?』

 

雪片弐型によって弾き飛ばされた銀の福音。しかし、すぐに体勢を立て直しこちらへと猪突猛進のごとく突っ込んでくる。

 

「一夏!?何をやっている!?作戦を忘れたのかっ!?」

「んな事は分かってるっ!でも他に方法はあったのかよっ!?」

 

さっきのまま飛んでたら背後から直撃を受けていた。少しでも被害を軽減させるにはあれしか方法は無かったんだ。

 

…でも、この後はどうする?

 

さっきの攻撃はなんとかなった。だが、これから先は?二人でアレを如何にかするのか?本来の作戦はもう行えない。常套手段でアレを倒せるのか?たった二人で…。

答えは『NO』だ。前回もセシリアと鈴が消耗させ、俺とシャルロット、ミコトで漸く倒す事が出来た。実質、5人がかりで前回のアレを倒したんだ。幾ら紅椿が高性能だからと言って、アレを倒すには足りない。

 

……逃げるしかないか。

 

そう俺は判断する。しかし、問題が二つある。

 

「箒!離脱するぞっ!アレを二人だけで相手にするのは無理だ!」

「どうやってだ!?紅椿の機動にもついて来る化け物だぞ!?それに、旅館までついてきたらっ!」

「………くそっ!」

 

そうだ。アレの驚異的な機動性から逃れられないのがまず一つ目。紅椿単機のみならそれは可能だろうが、俺と言う足手纏いがいるためそれは無理だ。そして二つ目は箒が言った通りアレが旅館までついて来た場合だ。旅館まで誘いこめばセシリア達と応戦する事は出来るだろう。しかし、旅館周辺を戦場にする事になる。そうなれば、生徒達に被害が及ぶ可能性があるのだ。

 

…どうすればいいんだよっ!?

 

心の中でそう吐き捨てる。逃げられない。でも撃破も不可能。なら、残された道なんて―――。

 

どくんっ…!

 

―――と、その時。銀の福音から一際大きく脈打つ音をハイパーセンサーが拾った。そして、首筋辺りからぞわっと寒気が奔り。俺は箒に向かって叫んだ。

 

「っ!?箒っ!避けろっ!」

「えっ――――」

 

俺の叫びに箒の呆けた声が洩れる。その直後、高エネルギー反応を察知したハイパーセンサーからの警告音が鳴り響いた。

輝く翼。その翼の先端から放たれる閃光。全てが白に埋め尽くされ。その光に呑込まれた物は尽く滅されていく。そして、その射線上にいた箒もそうなる筈だった。けれど…。

 

―――させるかあっ!

 

それはもう本能によるものだった。奴の翼からレーザーが放たれる直前。考える前から既に体が動いていた。手を伸ばしていた。まるで、予めそう動く様にプログラムされていたかのように、遺伝子にそう刻まれていたかのように、俺の身体は箒を助ける為に今までに無い程の加速力で駆けていた。そして、普通なら間に合わないその距離を並みならぬ意地によって覆し、伸ばしたその手で箒を突き飛ばした。

 

どんっ!

 

「――――あっ!?」

 

突き飛ばされた衝撃に箒は小さな悲鳴を上げる。しかし、その悲鳴を俺が聴く事は無かった。

移り変わる様にして箒を突き飛ばした俺の居る場所は、もう既に銀の福音の翼から放たれたレーザーによって呑み込まれていたのだから…。

 

「い、一夏あああああああああああああああっ!?」

 

強い衝撃。ハイパーセンサーから喧しく響く警告音。全身を焼かれる様な激しい痛み。その痛みに抗う事は出来ず、俺は意識を手放すのだった。

 

嗚呼、チクショウ。また守れず仕舞いかよ…。

 

最後の薄れ行く意識の中、最早涙すら出ないその悔しさの中。俺の意識は完全にブラックアウトする。

けれど、その最後。意識が完全に闇に落ちる最後の瞬間。優しく包む様な風が吹いた様な気がした。それは、いつか無人ISに襲われて俺が気を失った時と同じ感覚だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑千冬

 

 

「織斑!応答しろっ!織斑っ!……くそっ!」

 

何度やっても織斑達から応答は無い。私は手に持っていた端末を乱暴に床に叩きつける。織斑達の通信の途絶から数分後、衛星からリンクまで途切れてしまっていた。

このタイミングで通信障害?どう考えても意図的な物だ。それはあの存在が証明している。ボーデヴィッヒと同じプログラムを組み込まれたIS。そして暴走。明らかに『奴ら』が今回も絡んでいるのは間違いない。

 

「織斑先生!わたくしも現場に向かわせて下さい!」

 

セシリアがそう名乗り出るが私はそれを却下する。

 

「駄目だ。現場の状況が分からないこの状態で、援軍を送れば更に被害を拡大させる事になる」

「ですがっ!」

「駄目だ」

「なら、僕達…代表候補生全員が出撃すればいいじゃないですかっ!」

「…駄目だ」

 

もし、織斑達が落とされていた場合。単独でセシリアを向かわせればセシリアも織斑達の二の舞になってしまう。残る候補生メンバーをすべて投入しても同じだ。高速戦闘について行けないISを現場に投入したところで何の意味もない。ただ落とされるだけだ。

 

「…衛星とのリンクはまだ回復しないのか?」

「駄目です!接続を受け付けません!明らかに何者かの通信妨害によるものです!」

 

何度も再接続を試みている山田君が私の問いに答える。彼女の表情から察して再接続は絶望的か。せめて、衛星さえ使えれば映像を拾えるのだが…。

 

…一夏。無事でいてくれ。

 

そう心の中で弟の無事を祈る。

無茶はしてくれるなよ。一夏。アレはお前達だけで手に負える様な代物ではない。逃げろ。頼むから逃げてくれ。

 

ばたばたばたっ…。

 

…廊下の方がやけに騒がしい。生徒達が部屋から出ているのか?あれほど念を押したと言うのに困ったものだ。だが、叱っている程の暇などない。生徒の顔だけを確認して後日―――。

 

バンッ!

 

「織斑先生!みこちーが!みこちーがぁ!」

 

勢い良く開けられた襖から飛び込んで来たのは、目に一杯の涙を浮かべた布仏だった。しかし、オリヴィアだと?………まさかっ!?

バッと部屋を見回す。やはりだ。アイツが居ない。さっきまで部屋に居た筈のあの疫病神がいつの間にか忽然と姿を消していた。

 

……やってくれるっ!

 

「ほ、本音さん?ミコトさんがどうしましたの!?」

「みこちーが!みこちーが部屋に居ないんだよぉ!部屋で寝てる筈のみこちーが居ないんだよぉ!」

「………ぇ?」

 

オリヴィアが行方不明という報告を聞いて、山田君の顔からサーッと血の気を失う。セシリア達も同様だ。体調不良の状態で、しかもこのタイミングでだ。皆、嫌な予感がしたのだろう。私もその中の一人だ。皆と異なる事と言えば、束を良く知る人間としてその予感は確信であると言う事だ。恐らく、アイツがこの場に居ないのは………。

ギリッと奥歯が鳴る。とことん、とことん人の想いを踏みにじるのかお前は…。ただ興味が無いからと、それだけの理由で…。

……落ち着け。感情をコントロールしろ。方法は褒められた物ではないが束の選択は間違ってはいない。最善と言って良いだろう。この場を任せられている者として己の務めを成せ。今、自分が成すべき事はなんだ?

 

「ど、どういう事ですの!?本音さん!ちゃんと探しましたの!?」

「探した!探したよ!でも…居ないんだよぉ!」

 

オリヴィアの行方不明に気が動転する布仏。昨日の今日でこれだ。そうなっても無理もない。だが、あれでは話を聞こうにもまともに答えが返ってきそうにもない。ボーデヴィッヒも理解しているのか、そんな布仏をボーデヴィッヒは落ち着かせようと両肩に手を置き落ち着いた声でゆっくりと語りかける。

 

「落ち着け本音。大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくり深呼吸をしろ。………部屋に何か痕跡は無かったか?変に感じたものは?」

「ひっく………布団、暖かかった」

「なら部屋から消えてそう時間は経っていないな。何処に居るかは不明だが、そう離れた距離ではない筈だ」

 

普通ならそうだろう。しかし、オリヴィアはISを所持している。そんな常識は通用しないしそんなことはボーデヴィッヒも理解している事だろう。その上でなおそう告げるのは布仏を少しでも落ち着かせる為か…。

まったく、一体いつからここまで親しくなったのか。時が時ならその事を喜んだのだがな。

 

「他には無いか?」

「あと……窓が開いてた」

「窓が?」

 

部屋はオリヴィアの身体の負担を少しでも減らす為に、定温に保たれる様に窓は閉められていた筈だ。空調もしっかりしている為、窓を開けて換気する必要もない。なのに窓が開いていた…。

 

『(お、恐らくミコトさんは窓から外へ飛び出したのでしょう。問題は何故そんな事をしたのか、ですが…)』

『(ミコトには銀の福音の情報は一切伝えられていない筈。なのに、どうして飛び出そうと思ったのかしら?ISの無断使用を禁じられてるのはミコトだって理解してる筈よ。あの子だって馬鹿じゃないわ。やるなと言われればちゃんと守るもの)』

『(お、お待ちなさいな!?別にミコトさんが銀の福音の方へ向かっているとは限らないでしょう?ほ、ほら!いつもの空の散歩とか…)』

『(現実をみなさい、セシリア。このタイミングでそれしか無いでしょ?気持ちも分かるけど…)』

『(…なら、考えられるのは誰かがミコトに情報を渡したってことだよね。じゃあ、誰が?今のミコトを実戦に出させるだなんて普通じゃない。許せるものじゃないよ…)』

 

「……はぁ」

 

先程まで騒がしかったと言うのに妙に大人しいオルコット達。しかし、オルコット達の目線が不自然に宙を泳いでいる。おそらくプライベート・チャンネルを使用しているのだろう。

 

やれやれ…。大人しくしていられないのか…。

 

友人想いも考えものだ。それが子供なら尚のこと御し難い。天災が近くでうろついている今の状態で問題は控えて貰いたいものだが…それを望むのは無駄か。

度重なる問題と、更なる問題の予感にずきずきと頭が痛む。ああ、くそっ。本当に次から次へと…。

 

「…そうか、分かった。私も探してやる。二人で探せばすぐに見つかるさ」

 

不器用な笑顔を浮かべて、慣れもしないのになんとか布仏を元気づけようとしているボーデヴィッヒの姿がなんとも微笑ましく思えた。が、それとは別に心の中で私は安堵していた。此処にあの馬鹿が居なくて良かった、と―――。

もし、あの馬鹿がこの場に居たなら、空気も読まずに指を指して笑いながらこう吐き捨てた事だろう。

 

――――傷の舐め合い、と。

 

「………」

 

空気読めないとか、常識非常識とか、最早そう言うレベルの問題ではない。アレは一般の人間とは思考がかけ離れ過ぎなのだ。しかも精神年齢は餓鬼のまま。その上、中身は餓鬼でも頭脳は世界一とまでくれば質が悪いにも程がある。

挙げれば挙げる程問題ばかりのアレだが、今は置いておこう。今、問題なのはそれじゃない。

 

「山田君。旅館周辺にISの反応はあるか?」

「あ、ありません。探索する範囲を広げようにも衛星が使用出来ないこの状態では…」

 

だろうな。恐らく織斑達に気を取られている時にレーダー網突破したのか。衛星が使えないのなら探索の範囲も広げられん。なら、今我々が出来る事と言ったら――――。

 

「オルコット。高機動パッケージの量子変換を済ませておけ」

「は、はいっ!?」

「何を驚いている?どうせ、何か企んでいたのだろう?」

 

図星なのか、オルコットを含めた候補生達はぐっと気まずそうに表情を歪める。

大方、皆でオリヴィアや織斑達の救援に向かおうと考えてたのだろうが、現状のまま現地に向かっても返り討ちに遭うだけだ。優良な手段ではない。なら、この作られた時間を有効に使うべきだ。戦力を整える為にな。

 

「他の候補生もだ。万全の態勢で臨めるように準備を済ませておけ。時間はオリヴィアが稼ぐ」

「! み、みこちー…?」

「っ!…教官!」

「…………」

 

オリヴィアの名前を聞いて反応を示しす布仏。そして、責める様に私を睨んでくるボーデヴィッヒを私は無言で受け流すと、腕時計へと視線を落とした。

どのみち隠していてもいずれは知る事になる。遅いか早いかそれだけの差だ。

束がオリヴィアを向かわせたのは織斑と篠ノ之を離脱させる為の時間稼ぎだけではない。銀の福音の対策を練る為の時間稼ぎでもあるのだ。オリヴィアがアレを逃げ続けてられる時間は2時間あれば良いくらいか。しかし、それも万全の状態でならば、の話だが…。

 

これは、時間との勝負か…。

 

帰還して補給を終えた織斑達を含んだ救助隊がオリヴィアを救助するか、それとも銀の福音がオリヴィアを撃墜するか。妙なレースになったものだな。どうせ、あの馬鹿も何処かで高みの見物をしてるのだろうよ。胸糞悪い。

 

「え?なんで?だって…みこちー…安静にしてなきゃ駄目なんだよ?なんで…?」

「本音…」

 

寄り縋ってくる布仏に、ボーデヴィッヒはどう声をかければ良いのか、何も言えないまま今にも倒れそうな布仏をただ支える事しかできなかった。

しかし、冷静さを失っているのは布仏だけでは無かった。ぼそぼそとまるで呪詛を連想させる重く、そして暗い声が私の耳に届く。その声の主はやはりというべきかオルコットだった。はぁ、こいつもか…。

 

「…あの人が、篠ノ之博士がミコトさんを唆したんですわ。ええ、きっとそう…。そうでないと説明がつきませんもの…」

「セ、セシリア。落ち着いて…」

「これが…これが落ち着いていられますか!ミコトさんが…ミコトさんを何だと思っていますの!あの人はっ!?」

 

玩具程度にしか思っていないだろうな。アレに人並みの感性を求めること自体がそもそもの間違いだ。興味対象とやらにすらアレな行動を取るのに、興味を持たない者にまともな態度を取る筈が無い。

そして、オルコットの怒りは鎮まる事を知らずますますヒートアップしていく。

 

「倒れたのですよ?それも高熱を出して!そんなミコトさんを戦場に向かわせるだなんてっ!」

「っ!…だから落ち着いてってば!それに、篠ノ之博士がミコトに話したとは限らないでしょ!?」

「何を思ってもいない事を!あの人しか居ませんわ!あんな酷い事をする人は!それを証拠にいつの間にか篠ノ之博士の姿が見えないではありませんか!」

「チッ…そう言われてみれば居ないわね。散々言われてるのにやけに静かだと思ったら。何処に行ったのアイツ?」

 

腐りに腐ってもIS開発者をアイツ呼ばわりか。凰もそうとう奴の事が嫌いと見える。奴が一言いえば簡単に首が飛ぶんだが、そんな事で怯むほど臆病な連中でもないかこいつらは。

…しかし、この流れはまずい。そう思い止めに入ろうとした私だったが、それも遅かった―――。

 

「もし…もし戦闘中、昨晩の様に体調を崩したらどうなると思いますのっ!?敵が丁寧に此処まで送ってくれるとお思いでっ!?そんな事有り得ませんわ!死んでしまいますっ!」

「ちょっ、セシリア!?」

 

…馬鹿者が。

 

今、このタイミングでその言葉は禁句だと言うのに…。

いかんな。束の印象が最悪だったのが影響しているのか、候補生メンバーも冷静さが欠けている様に思える。捨て駒同然の扱いだ。憤るのも無理はないが…。

 

「っ!?…みこちーが…死んじゃう…?」

「本音っ!?」

 

布仏はがくんっと床に崩れ落ち呼吸を激しくさせ、目の集点が定まらない状態で、自分の身体を抱きしめてガタガタと震えだした。

 

やはり、こうなるか…。

 

「本音!しっかりしろっ!………っ!オルコット!言葉を選べっ!」

 

力無く倒れ込む本音を慌てて抱きかかえると、ボーデヴィッヒはキッと失言したオルコットを睨みつける。

 

「わ、わたくしは……」

「お前達もだ!気持ちは分かるが冷静になれ!今はやるべき事があるだろう!?」

「ア、アンタにだけには言われたく―――」

「鈴!」

「………っ!分かったわよ」

 

これ以上悪化させまいとデュノアが凰を止めると、凰も納得はいかない様ではあったが素直に引き下がる。やはりまだあの時の亀裂は修復できてはいないか。布仏とボーデヴィッヒを見てもう大丈夫だと思ったのだがな。

デュノアのおかげで言い争いにはならずに済んだ。が、その代償か部屋には気まずい空気が漂い始める。

 

…付き合ってられん。

 

今は一分一秒も無駄には出来ない状態だと言うのに、餓鬼の喧嘩に付き合ってる暇はない。この拗れで連携などの不安要素は残るが致し方ないか。

 

「…各自準備に取り掛か―――」

 

その時、部屋にけたたましい機械音が鳴り響いた。

 

「レーダーに反応!それと同時に白式、紅椿、二機とのリンクが回復しました!……こ、これって!?」

「どうした?」

「織斑君のバイタルが…」

「…………」

 

完全に血の気の失せた山田君の顔を見て私は全てを察する。

 

…本当に、問題というのはどうしてこう続けてやって来るのだろうな。

 

嫌気がさすこの現実にそう心の中で吐き捨てると、私は端末を操作して医療班を向かわせるように指示を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「けほっ………一夏…」

 

重症を負い墜落する一夏を私は抱き止める。白式の真っ白で綺麗な装甲も殆どが溶けて、無事な部分も真っ黒に焼き焦げて今はもう見る影の無い。それに、一夏も酷い怪我。白式が頑張ってくれたおかげでまだ大丈夫そうだけど、早く治療しないと…。

あと、ずしりとかかる重量にイカロス・フテロの翼が悲鳴を上げてる。ん。やっぱりISをだっこしてる状態で飛ぶのは無理。でも、急いで一夏を運ばないといけない。

 

「ミコト…なのか?な、何故だ?お前は寝込んでいた筈では…それに、その機体は…」

「ん…一夏、お願い」

 

箒に呼ばれてとりあえず返事をすると箒に一夏を預ける。もともと、一夏と箒を逃がす為に私は来たから。一夏が飛べないなら箒にだっこしてもらうしかない。私は、束が言った言葉を思い出す。

 

―――いっくんと箒ちゃんがピンチだから囮をやって貰えないかな?だいじょーぶだよ!チビちーちゃんは逃げるの得意だよね?うんうん!

 

束が私に頼んだのは時間稼ぎ。一夏と箒が逃げ切るまでの時間を稼ぐのが私の仕事。

 

「二人は、逃げて」

「な、何を言っている!?病人のお前を残して私達だけが逃げられる筈が無いだろう!?それに!その機体はどうした!?」

「ん…?」

 

そう言えば、何か翼の部分が変な感じがする?スラスターの部分が変わってるし、何か軽くなった?それに、イカロス・フテロの様子も変…。

 

「んー…起きたらこうなってた」

 

私ってスーパーサ○ヤ人?

 

「何を馬鹿な―――っ!いや、あの人なら…そうか、そう言う事か」

「箒。いま話してる時間、ない」

 

箒言ってるあの人って誰か分からないけど、今は一夏を安全な場所に運ぶのが優先。

 

「だが、あんな化け物をお前一人に任せるのはっ」

「大丈夫。逃げるの、得意」

「しかしっ!」

「私じゃ、一夏をだっこして逃げられない。箒、お願い」

 

それに、あの子は箒だと難しい。あの子はイカロス・フテロと似てるから…。

一夏を傷つけたあの子は許せない。でも、あの子の姿を見てるとどうしても怒れない。願いを、翼を捻じ曲げられて悲しんでるあの子を見てると…。

 

「また、なのかっ…また私はっ」

「けほっ…違う。箒、一夏を助ける。私、逃がす為に囮になる。ん。どっちも大事」

 

どっちが欠けても一夏は助けられない。どっちの役割を変えても皆助からない。箒は、一夏を助ける為に逃げなきゃ駄目。私は、二人を助けに囮にならなきゃ駄目。適材適所っていうんだよね?

 

「だからと言って、体調が優れぬお前を残して…っ!」

 

たしかに身体は重い。頭もくらくらする。とても万全な状態なんて言えない。けど…。

 

「大丈夫。私は―――」

『■■■―――っ!』

 

おいてけぼりになって痺れを切らしたあの子が咆哮を上げ、翼を輝かせてレーザーを放つ。けど―――。

 

グンッ…。

 

空気の壁を越え、雲を越え、いままでとはケタ違いの加速力でイカロス・フテロは上昇する。レーザーの射線には既に私の姿はない。私の姿はレーザーが通り過ぎた場所の遥か上空に存在し、翼を大きく広げていた。

 

「堕ちない」

 

この翼は、イカロス・フテロは『希望』だから。私が絶望しない限り堕ちる事なんてぜったいにない。

 

「――――っ!?一瞬であの高さまで!?」

 

ん。前よりずっと速くなってる?でも、やっぱりなんだか違和感がある。どうして?

反応が若干遅れてる。何だかイカロス・フテロが拒んでるみたい…。今までこんなの事無かったのに…。

 

「………でも今は」

 

視線を落とす。下からはあの子が私を追って物凄いスピードで飛んで来ていた。私はその突進をかわす。けれどあの子の猛進は止まらない。無理な機動で反転してまたこっちへやってくる。

くるくるくるくる…。片や優雅に、片や乱暴にダンスを踊ってるみたいに円を作りながら、交差しながら、高速の世界で空を飛ぶ。

注意を逸らすのは成功したのかな?なら、今のうち。

 

『箒、行って』

 

プライベート・チャンネルでそう促す。あの子は私しか見えてないみたいだから今なら安全に逃げれる。

 

『…だがっ、私はっ!』

『一夏、助ける』

『―――っ!?』

 

それが、いま箒がしないといけないこと。

 

『逃げる、違う。助ける』

『■■■―――!!』

 

また閃光が私に目掛けて飛んでくる。それをかわす。それに伴い超加速の負担が私の体を襲う。

 

…くぅ!

 

ミシミシと骨が軋む。熱があるのかな、体が熱いくて目の前がクラクラする。でも…。

 

大丈夫。飛べる。苦しい顔、駄目。箒が心配するから…。

 

あの子の攻撃はまだ続く。速くて乱暴な飛び方で私を追ってくるのを巻き起こる風に乗りながら避ける。でも体の負担まではどうしようもない。さっきから視界が揺れてる。

 

…すこし、きつい。

 

『ミ、ミコト!』

『いく』

『っ!』

『いって。一夏、助ける』

 

エネルギーはもって2時間…ううん。あの速度を維持だとその半分、かな。エネルギーに気を配ればもう少しいける。でも…。

複数のレーザーが奔り、右へ左へと避けていく。そしてその度に体が悲鳴を上げ、額には汗がぷつぷつと浮かび上がっていた。

 

っ!私のほうが…もつ、かな?

 

辛い。飛ぶ事が苦痛に感じるだなんて、初めて…。

 

『~~~っ!すぐに、すぐに戻る!皆を連れて!お前を助ける為に!だから!…死ぬなッ!」

『っ………ん、待ってる』

 

苦しいのを我慢して笑って返事をすると、箒は一夏を抱きかかえてこの空域から離脱する。あの子も二人を追う様子もない。これで二人が安全な場所まで逃げれる時間を稼げばいい。

10分。旅館から離れる様に逃げ回れば、二人の安全圏到達まで10分くらいあればいい。あと、そのあとは私も遠回りして逃げ切ればいい。束がそう言ってた。

 

「はぁ、はぁ……むずかしい、かな?」

 

少しだけだけど、あの子と飛んでみて分かった。あの子は私達と似ている。機体の構造がじゃなくて、願いが。あの姿はその願いが捻じ曲げられた形。強い願いだからその歪んだ力も強い。

 

『■■■―――――!!』

 

咆哮…ううん。苦しそうな悲痛な叫びと一緒に閃光が奔し装甲をかすめるとそれだけで、イカロス・フテロの薄い装甲は融解を始める。気休め程度の装甲。あれだけの高出力のレーザーに耐えられる筈が無いしかすめただけでこの有様。当たれば即撃墜なのは確実。

でも、私はそんなことは気にしなかった。私が気にしてるのはあの子。目の前に居るあの子。

 

「とても、とても悲しい子…」

 

助けてあげたい。私達と同じ願いを持つあの子を、助けてって叫んでるあの子を…。

今もこうして叫び声を上げてこちらに突進してくるのは私に助けを求めて手を伸ばしてるからかもしれない。だったら、手を差しのべてあげたい。あの人が私にそうしてくれたように…。

 

『■■■■■■■!!!』

 

「待ってて、助けてあげるから」

 

あの子の猛攻をかわしながらそう呼び掛ける。本当ならそんな余裕はない。あちらの攻撃は避けてる筈なのに機体のダメージは少しずつ蓄積されていっている。たぶん、機動性だけ強化されて機体の方が耐えられないんだ。

状況は厳しい。そう思ったその時だ―――。

 

―――――ッ!!!!

 

「…っ?」

 

戦闘中、急に頭がキーンってなって私は驚き動きを止める。

 

――――……ぃ。・……な…ぃ。

 

何、これ?これは………声?

耳鳴りでしか無かったそれは段々と聞き取れるようになっていき、それが誰かの声だということにやっと気がつく。

 

――――………ない。堕ちたくない。怖い。戦いたくない。

 

怯える声が、私の心に伝わってくる。この声、イカロス・フテロの声?

 

―――……ぃ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいコワイ!

 

「イカロス・フテロ…」

 

―――まだ、飛んでいたい。

 

怯えてる。もう飛べないかもしれないって怯えてる。そうだよね。戦うの怖いもんね。イカロスは戦いが嫌いだもんね…。

さっきから感じた違和感はきっとイカロス・フテロが戦うのを拒絶してたから。この子は空を飛ぶ為に造られたIS。戦う事を嫌う怖がりな子。私の不調と今までに無かった強敵に怯えてるんだと思う。

 

「…………大丈夫」

 

優しくそっと語りかける。

大丈夫。私も、貴女も堕ちない。堕ちないから。だから、いまは…。

 

「お願い、一緒に飛んで」

 

友達を助けるために…お願い。

 

――――………。

 

…ん。いい子。

 

「ありがとう、ね?」

 

私の願いに、声が、悲鳴が治まり、私は理解してくれたイカロス・フテロの装甲をいい子いい子と優しく撫でて感謝する。すると、暖かな感情が私に流れ込んで来た。

 

「ん……大丈夫だから」

 

最後にもう一度そう語りかけ、正面に居る銀の翼へと視線を向ける。どくんどくんと一際大きく脈打つ翼。またあのレーザーを使うつもりみたい。あれ、照射範囲が広いから厄介―――。

 

ぐるんっ!

 

「――――ぇ?」

 

突然、あの子が今までに無い行動を取った。光を帯びる翼を広げくるりと勢いをつけて回転し始めて…――――っ!?いけないっ!

本能が、アレは危険だと告げて緊急回避を行う。その次の瞬間、空がレーザーの弾幕で埋め尽くされた。

 

「……くぅっ!?」

 

雨の如く降り注ぐ光弾がつぎつぎと私目掛けて飛んでくる。上下右左我武者羅に機体と身体に掛かる負荷を無視してそれを避ける。でも、その光の雨は止む事を知らない。避けても、避けても、次から次へと私向かって降り注ぐ。

 

「あっ…うぅ…っ!」

 

体が…体が痛いっ!

 

ミシミシと骨が軋み、臓器が圧迫され、機体の装甲もGに耐えきれず剥げ始める。ぼろぼろぼろぼろ装甲が海へと落ちていく…。

 

「………っ」

 

大丈夫。大丈夫。まだ飛べる。私もイカロス・フテロも堕ちない!

 

『■■■――――!』

 

悲鳴を上げる。あの子もまた悲鳴を上げてる。歪な翼を広げてあの子が泣いてる…。

 

酷い、よね…。

 

あの子は、飛びたかっただけなのに。何であんな哀しい想いをしなきゃいけないんだろう…。あの子の翼は、あんな事をするためにあるんじゃないのに…。

 

「駄目…っ」

 

そんな…そんなことしちゃ…。

 

「貴女の翼を…そんな事に使っちゃ…駄目っ!」

 

飛ぶ事が好きなんだよね?自由に広い空を散歩したいんだよね?だったら、こんなことしちゃだめだよ…。それに呑みこまれないで。呑み込まれたら貴女じゃなくなっちゃう。もう飛べなくなる。

 

助ける。必ず助けてあげるから!だからっ!

 

「あきらめちゃ…だめっ!」

 

 

 

 

 

 


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