IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第32話「右手に剣を、左手に盾を」

 

ざあ、ざあん……。

 

さざ波の音を聞きながら、俺は飽きもせず女の子を眺めていた。彼女が歌うその歌は、その踊りは何故だか俺をひどく懐かしい気持ちにさせる。

 

……あれ?

 

心地の良い音色に浸っていると、急にその歌声がピタリと止んでしまう。

俺はどうしたのだろうと顔を上げると、すると顔を上げたすぐ目の前に、女の子が俺を見下ろしていたのだ。太陽の逆光で顔には影が落ち表情は見えなかったが、女の子の口元は確かに微笑んでいるのは分かった。

 

「いいの?行かなくて?」

「……え?」

 

突然の問いに俺は困惑する。行く?何処に…?

女の子の言葉が何を意味しているのか。何処を指しているのか。俺は分からないでいた。

 

「行くって……何処に?」

「………」

 

俺はそう尋ねると、女の子は無言で空を指差した。

 

「……空?」

 

俺はその指が指し示す先を辿っていき、むぅ?と、首を捻る。

女の子が指差した先にあるのは何処までも続く青い空のみ。それ以外には何も在りはしなかった。

 

「何も無いじゃないか―――あれ?」

 

空から女の子へと視線を戻すと、もうそこには女の子の姿は無かった。

慌ててきょろきょろと辺りを見回すが、何処にも女の子の姿は見当たらない。歌も聞こえない。聞こえるのは波の音だけだ。

 

「何が言いたかったんだ?あの子……」

 

もう一度、あの女の子が指差していた空を見上げる。見上げた空はやはりさっきと変わる事無く何処までも――――ん?

 

「空……」

 

なんだ?なんか忘れている気がする。とても、とても大事な事を…。

空。空。空…。何故かこのキーワードは胸に引っ掛かる。なんだこのもやもやとしてすっきりとしない違和感は…。

 

何を忘れてる。何を…。

 

そう物思いにふけていると、背中に声を投げかけられた。

 

「力を欲しますか……?」

「え……!?」

 

急に現れた声に驚いて振り向くと、白く輝く甲冑を纏った女性が立っていた。

彼女もまた全身を白で染め上げた姿だった。全身を覆うその甲冑は、さながら騎士の様である。大きな剣を自らの前に立て、その上に両手を預ける。顔は目を覆うガードで隠れて、下半分しか見えない。

そして、騎士はもう一度俺に問う。今度はその理由を含めて…。

 

「力を欲しますか……?何のために……」

 

ざあ、ざあん、と。波の音が響く。

 

「急にそんなこと訊かれてもなぁ…」

「無いのですか?貴方は力を望んでソレを手にした筈です」

 

……確かにそうなのかもしれない。最初は成り行きで順序は違えど結局は俺は自分から力を望んでソレを手にして、今もソレを振っている。ある誓いを胸に。そして、その誓いは今も変わってはいない。それどころかその想いは増すばかりだ。

 

「……友達を―――大切な友達を守るためさ」

「友達…」

 

関われば関わる程、人の輪が広がれば広がる程、日に日に肩に積っていくその重み。その重みを背負いきれるほどの力が欲しいと俺は願った。いつまでも守られてばかりじゃ嫌だと、守る側になりたいと。でも、昔から千冬姉に守られ、そして今もミコトや皆に守られている。

もっと、もっと強くなりたい。皆を守れる力が欲しい。そう願う事しか俺は出来ちゃいない。結局、今回だって―――。

 

………あれ?今回?

 

またも違和感にぶち当たる。今回もってどういうことだ?一体俺は何を忘れて―――。

答えを求めもう一度あの女の子が指差した空を見上げる。そして、俺は全てを思い出す。あの戦いを。そしてその戦いに惨敗し意識が途絶えるその最後に感じたあの温もりを…。

 

「ミコト!?…い、いやミコトだけじゃない!箒もだ!?あの後どうなったんだっ!?」

「……戦っています。貴方と友達と一緒に。貴方と同じ想いで」

 

友達……鈴達も一緒なのか!?

 

―――先生!ミコトをお願いします!僕は直ぐに再出撃しますから!

―――ミコトちゃん!?こんな……ひどいっ!

―――くそっ!……山田先生!直ぐにオリヴィアも治療室へ!

 

何処からかシャルロットや千冬姉達の声が聞こえてくる。何だ?何が起こってるんだ!?寝込んでる筈のミコトがどうしたんだ!?

 

「ですが、貴方が行ったところで戦況は変わらないでしょう。あの哀れな翼は貴方が思っている以上に強い」

「だからって俺だけこんな所でのんびりしていられるかよっ!」

「……ならば、望みますか?力を…」

 

3度目となるその問い。けれど、やるべきことを思い出した俺には、その問いが同じ言葉でも、その言葉の意味はまったく異なっていた。

俺は足に力をこめて勢いよく立ち上がると、一切の迷いも無くその問いに答えた。

 

「勿論だ!そのために俺は―――」

「なら、此処に居たらダメ、だよ?」

「―――え?」

 

また後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

振り向けば、やはりそこにはあの白いワンピースの女の子が立っていた。人懐っこい笑みを浮かべ、無邪気そうな顔で俺をじいっと見つめている。

 

「守るんだよね?友達。なら、いこうよ。ね?」

 

女の子はそう微笑んで俺の手を取りまた空を指差す。今になってようやく分かった。この子が何を言いたかったのか。あの空に何があるのか。俺はそんな彼女に―――。

 

「……ああ!いこう!」

 

力強く頷いた。

その瞬間、俺が居た世界に変化が訪れる。

 

「な、なんだ?」

 

―――空が、世界が、眩い光で埋め尽くされて行く。真っ白な光に覆われて、目の前の光景が徐々にぼやけていく。

夢の終わり、そんな言葉が俺の頭に浮かんでいた…。

 

ああ、そういえば…。

 

あの女性も、誰かに似ていた。白い―――騎士の女性。

 

 

 

 

 

「ん……ここは?」

 

目を覚まして最初に視界に映ったの旅館の天井。そして、俺は布団に寝かされていた。

目覚めたばかりだと言うのに妙に冴えた感覚だ。それに、不思議な事に俺は銀の福音に大怪我を負わされた筈なのに身体の何処にも痛みを感じない。麻酔をしている訳でもないのに、だ。

 

「どうなって……ん?」

 

自分の身体に何が起こったのか戸惑っていたところ、ふと隣の方から人の気配を感じ首を動かしてみる。すると、そこにはなんとボロボロの状態のミコトが布団の中で眠っているではないか。

あまりの友達の悲惨な姿に俺は布団から飛び起きる。

 

「ミコト!?何でそんな怪我してんだよっ!?―――まさか、お前!?」

 

銀の福音に撃墜されて気を失う瞬間、俺は確かにミコトの気配を感じたしミコトが戦場に出てきたのは分かっていた。でも、俺はてっきりミコトは負傷した俺を背負って逃げたとばかり思っていたのだ。

 

「囮に…なったのか?」

 

自分の機動力なら銀の福音にも引けを取らないからと、そうなのか?

確かに幾ら高性能の紅椿でも乗る箒が慣れてないのでは暴走した銀の福音を相手にするのは難しい。時間を稼ぐなら確かにミコトが囮になった方が正しいのかもしれない。だが、イカロス・フテロは武装も無ければ乗るミコトの体調は…っ!

 

「ホントに俺って奴は―――っ!」

 

いつも、守って貰ってばかりだ。ミコトはこんなにボロボロになってまで俺を助けてくれたっていうのに、俺は口だけで守るって言ってるだけじゃないか。誰一人守れてやいやしない…。

 

―――守るんだよね?友達。なら、いこうよ。ね?

 

…ああ、分かってる。

 

「……ありがとな。頑張ったんだな、ミコト」

 

静かに眠るミコトをそう褒めてやる。当然返事はないが、でも言わずにはいられなかった…。

 

「俺、行くよ。皆を守って来る。それで、皆で帰ってきたらもう一度ミコトにありがとうって言うからさ。だから…」

 

帰ってきたら、おかえりなさいって笑って迎えてくれよ?ミコト。

 

俺はそっとミコトの頭を撫でて部屋を出る。向かう先は、友が戦う戦場……。

 

 

 

 

 

 

 

第32話「右手に剣を、左手に盾を」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之箒

 

 

戦力は優位の筈だった。敵も消耗している筈だった。しかし、戦況は一変していた…。

 

「距離を保てっ!喰らい付かれると終わりだぞっ!?」

「っ!分かっているっ!」

 

狩る側の筈が狩られる側へと変わり、奴を縛る筈の包囲陣は容易く崩されてしまったのだ。拘束こそが要のこの作戦。そうなればもう一方的だった。奴のスピードに対応できるのは私を含めてセシリアの機体のみ。シャルロットやボーデヴィッヒにいたっては最早固定砲台の様な物で、手も足も出ずにただ蹂躙されるがままだった…。

 

「途中参加なのに……くっ!もうシールドがおじゃんなんだけど……!」

 

反動が大きいために射撃時は身動きが取れないボーデヴィッヒの守りでもあるシャルロットの物理シールドは既に使い物にならない状態になっていた。強固な筈の盾は鋭い爪に無惨に抉られ穴があき、本来の盾の姿は見る壁も無い。

其れほどまでにあの爪の破壊力は異常なのだ。それだけではない。機動性も、射撃武器も、全てが異常なのだ。

 

「せめて、せめて一つだけでも潰せたら活路が見出せると言うのに……くそっ!」

 

けれど、そんなことはさせないと言わんばかりに銀の福音の猛攻は絶える事無く続き、私へと襲い掛かる。

 

「箒!」

「この程度っ!!」

 

スラスターを吹かせてぐるんと宙に回転し、猪の如く突進して来る奴の攻撃を避けると、すれ違い様に回転を加えた斬撃を奴にお見舞いする。けれど―――。

 

ギィィイン……ッ!

 

無理な体勢から繰り出した一撃は思いの外力が籠っておらず、奴を傷つける事無くその分厚い装甲に弾かれてしまう。

ああそうだ。攻撃や機動性だけではなかった。装甲でさえ奴は異常だった…。

 

「くぅ!こうも固くてはっ!」

「箒!直ぐに離脱して!反撃が来るよッ!?」

「っ!?しまっ――――」

 

シャルロットの警告に反応が遅れ、すぐさま反撃に講じてきた銀の福音の凶刃が紅椿の右足の装甲を切り裂く。そして、それだけでは止まらず。脚を破壊され、完全に動きを止めた紅椿の腹部目掛けて踵落としが叩き込まれ、腹部の装甲が砕かれ、その衝撃により海へと叩き落とされた。

 

「――――がぼっ!?」

「箒さん!?この!よくも箒さんをっ!」

「だが動きは止まった。総員一斉射撃!出し惜しみ抜きで最大火力だっ!」

「了解っ!」

 

私を攻撃する為に動きを止めた銀の福音に、私を除いた全員が銀の福音に向けて一斉射撃を開始。瞬く間に奴が居た空は黒煙に包まれる。たとえ視界が煙で埋め尽くされ標的が見えなくなっても射撃は絶えず止む事は無く弾が尽きるまで撃ち続けられ、射撃が止む頃には辺り一帯の空が漆黒で覆われる程だった…。

誰もが確信していた。手加減抜きの最大火力。無傷のはずが無い、と…。だが――――。

 

『―――――』

 

黒煙が晴れてその中から姿を現した銀の福音は。あれだけの集中砲火を浴びながら損傷は中破と言ったところだろうか。撃墜にまでは至らずもう修復が始まっていた。このまま放置すれば無駄弾を使っただけで終わってしまう。

 

――――だが!

 

海面が爆ぜ、そこから紅椿が紅い閃光となって銀の福音目掛けて一直線に飛び出す。

 

「誰がそれで終わりだと言ったああああっ!」

 

『―――――!?』

 

死角からの完全な奇襲。その上、展開装甲を機動性に回した超加速は銀の福音が私を認識する速度よりも速く。回避行動を取らせる時間も与えず、腕部の展開装甲から発生したエネルギー刃が銀の福音の翼を根元から切り裂いた。

翼を失い、銀の福音はぐらりとバランスを崩し、私はすかさず奴に止めと言わんばかりの追撃を行う。

 

「先程の礼だ!受け取れっ!」

 

無防備となった銀の福音の腹に、先程自分がされた様に踵落としを叩き込む。

防御も取る事が出来ず、展開装甲で加速した踵落としをまともに腹に喰らった銀の福音はぐにゃりと身体を折り曲げ海面へと堕ち海へと沈んだ。奴が堕ちた海面からはぶくぶくと泡が浮き上がり。しばらくした後、それも無くなり。辺り一帯は静寂に包まれた…。

 

「「「「………」」」」

 

「倒した…のでしょうか?」

 

セシリアが頻りにハイパーセンサーを確認しながら、怪訝そうに私達に問うてくるが、そんなの私にも分からない。

どのような仕組みで自己修復をしているのかは不明だが、それにも限界はある筈だ。それに、私は確かに手応えを感じていた。幾らなんでもあれで堕ちないのならもうそれはISではなく本当の化け物だ。

 

「全弾撃ち尽くしちゃったよ、僕……」

「アタシも似たようなもんよ。エネルギーの残量2割も残ってないんだから」

「……各自、センサーのチェックを怠るな。本部に通信を―――駄目か。繋がらん」

 

今だ本部との通信は回復せず。通信妨害は奴の仕業ではないのか…?

 

「ちょっと、マジなの?アイツ倒したじゃない」

「本部の方でも原因はまだつきとめて無いみたい。一体、今回の事件って何だったんだろ?」

「……どちらにせよ。めでたしめでたしではありませんわ」

 

「「「「………」」」」

 

重苦しい沈黙が私達に間に流れる。

一夏に続きミコトも撃墜され、どちらの重症と言った最悪の結果を残し、とても笑顔で終われる結末とは言えなかった…。

 

「………仕方が無い。本来なら避けたいところだが、誰か旅館へ―――」

 

ドスッ…。

 

「報告を」と、ボーデヴィッヒが言おうとした瞬間、海面からナニかが伸びて来てボーデヴィッヒを貫いた。

 

「――――………な…にっ?」」

 

ボーデヴィッヒは震える声で、自身の腹部に突き刺さっているナニかへと視線を落とす。海から伸びてきている金属製の触手。その色は白銀…。

見覚えがあった。その銀色には…。

 

ドクンッ…ドクンッ…。

 

まさか……そんな、まさかっ!?

 

ドクンッ…ドクンッ…。

 

この場に居た全員がソレを見てサーっと血の気が引いていく。

あれだけのダメージを受けてなお動くと言うのか?有り得ない。いくら自己修復機能が搭載されているからと言っても、それにも限度と言う物があるだろう!?

 

ドクンッ!

 

『■■■■!!!!』

 

だが、私の訴えは否定され。海から奴がゆっくりと脈動を大きく響かせながら浮上してくる…。

無数の触手で形成された翼。全身を覆う装甲の所々が膨張し、ボディーは歪み。まるで生物の様に脈動するソレはもうISと言うより化け物そのものだった…。

 

「ごふっ…まさか……『第二形態移行』っ!?先程までのはそうではなかったと言うのかっ!?」

 

表情を苦痛に歪ませ、ボーデヴィッヒがそう叫び声を上げる。よく見ればボーデヴィッヒの腹部からは血が滲み出ているのに漸く私は気付く。

さっき奴に貫かれた時のっ!?

 

「ボーデヴィッヒ!?」

「こほっけほっ……っ!心配は無用だ。大袈裟に血は出ているが傷はそこまで深くない」

 

そう言ってはいるが、ボーデヴィッヒの額に浮かぶ汗は尋常じゃない。どう見てもやせ我慢だ。

 

「り、離脱しろボーデヴィッヒ!その怪我じゃ!」

「……断る」

「っ!?な、何故だ!?」

 

一夏やミコトに比べればまだ軽いとでも考えているのか?馬鹿を言うな。確かにあの二人に比べればマシかもしれないがその出血で戦闘の続行が可能な筈が無いだろう!

 

「本音に約束したのだ……私が守ると。戦えない本音の代わりに力を持つ私がミコトの身を、その周りの人間を守ると……」

「お、お前……」

 

何故、そこまで……。

ボーデヴィッヒがミコトの命を狙ったのは洗脳状態であったらではあるが、少なからず憎いと思っていた筈。だというのに何故そこまで出来る?何故、命懸けで戦えるのだ…。

 

「私には、それしか出来ない。戦う為に生れたからな。私がミコトにしてやれることはそれしかない……それしか、知らないんだ」

「………」

 

ボーデヴィッヒ、お前は……。

ボーデヴィッヒの出生の話はある程度千冬先生から聞いている。だからこそ、その言葉の重みが私には分かった。きっと、この場に居る皆も同じ事だろう。

―――と、そう思った時だ。意外な人物がボーデヴィッヒに笑いかけたのは。

 

「……あら、わたくしは守られる程か弱くはありませんことよ?『ラウラ』さん?」

「せ、セシリア?」

 

今、確かにラウラと……。

 

「あんだけボコボコにしておいて何言ってんだかってカンジよね?ま、次に『ラウラ』と戦ったら今度はアタシが勝つけどね?」

「アハハハ、もう二人とも。『ラウラ』が真面目に話してるんだからからかったら駄目だよ?」

 

鈴にシャルロットまで……。

 

……そうか。そう言う事か。ならば私も認めなければなるまい。ラウラ・ボーデヴィッヒを『友』として。

 

「……まったくだ。唯でさえ危機的状況だと言うのに。真面目にしているのは『ラウラ』と私だけか」

「あっ!酷いよ箒!僕だって真面目にしてるのに!」

「そう言って笑っているだろう?ふざけてる証拠だ」

「むーっ!」

「お前達……」

 

ボーデヴィッヒ……いや、『ラウラ』も突然の皆の変わり様に、普段はクールなその表情を崩し、目を丸くしてセシリア達を見る。皆も笑みを浮かべて『ラウラ』を見る。

ラウラはそれにどう反応していいか戸惑っていた様だが、暫し沈黙すると小さく笑みを溢してこう告げた。

 

「……フッ、それよりも問題なのは目の前のアレだ。此方は余力なんて残っていやしないと言うのに奴はやる気の様だぞ?」

 

ウネウネと蠢く無数の触手の翼は、それぞれに私達を捉え、一斉に私達を襲いかかる。

 

「散開!」

 

ラウラの号令に私達は散り散りに散開し触手の攻撃を回避する。

触手は、その一つ一つに意思があるかのように私達を追いかけてくる。セシリアのブルー・ティアーズと同タイプだろうか?無機物で無骨な兵器とはかけ離れた有機物的な醜さだが…。

 

「一撃の威力は相変わらずだ。当たるなよ?」

「っと、とと!―――はんっ!怪人の変身なんて負けフラグでしょ?問題ないない」

「あっちだってそろそろ限界のはず。もう一頑張りだよ!みんな!」

「ふふん!わたくしにかかればあのようなお下品なIS、雑作もありませんわ!ラウラさんは休んでいてもよろしくてよ?」

 

触手を避けながらそれぞれに軽口を吐いていくセシリア達ではあったが、表情はそう告げてはいなかった。この場に居る誰もが本当はこの状況に焦っていたのだ…。

シャルロットが言う様に銀の福音も限界が近いのかもしれない。けれど、此方は既に限界だった。弾薬もエネルギーも底を尽きつつある。ましてラウラは負傷をしていて戦力は低下していた。アレを相手に戦うには現状戦力では無謀に等しい。一時撤退して態勢を立て直そうにも目の前のアレがそれを許してくれそうにも無い。まさに万事休すだ。けれど―――。

 

私とて約束したのだ。ミコトと…。

 

「…もう一度さっきのを叩き込む。足止めを頼めるか?」

 

ぐーぱーぐーぱーしながら両腕部の具合を確認しつつ、ラウラ達に尋ねる。展開装甲を使用した一撃。アレをもう一度当てる事が出来ればあるいは…。

と言うよりも、もうこれしか此方には攻撃手段が残されていない。シャルロットはもう弾薬が尽き、きっと他のメンバーもエネルギーが殆ど残っていない状態だろう。私だってあと一撃使用できるかどうか…。

 

「元々、お前がメインでの作戦ではあるが…。エネルギーの残量は大丈夫なのか?」

「…何とも言えないな。アレを確実に堕とす出力となると、もう一度だけ使えるかどうか…と言った所だろう」

 

紅椿は性能は良いがどうも燃費が悪くエネルギー管理が難しい。全身展開装甲で無敵の様に思えるがそれだけエネルギーの消費も激しく油断していると直ぐにエネルギーが底を尽きてしまう。現に出撃前に皆と相談して調整の調整を重ねて出来るだけ消費を抑える様に設定して、戦闘中も出来る限り展開装甲を使用しない様にして漸くこれだ。本当に使い勝手が難しい機体である。

 

「ちょ、博打同然じゃないの!?」

「かといって、他に手段はないよね…」

「そうですわね…。わたくしも最大出力で数発撃てれば上等と言ったところで――――っ!?危ないっ!」

 

セシリアの警告と同時に、私達を追う触手の先端から閃光が奔り。皆、ギリギリのところでそれを避けた。

どうやらレーザの発射口も健在のようだ。厄介な…。

 

「あぶなっ!?レーザーも撃てるのアレ!?」

「っ!有線式のビット兵器と言った所でしょうか…」

「ビット兵器…。それなら―――――」

 

何かを思い付きシャルロットは重火器を放り捨て、瞬間加速で襲い来る触手の群れを潜り抜け銀の福音の懐へと潜り込むと、シールドの裏に装備された69口径のパイルバンカー。盾殺し≪シールド・ピアース≫を構えた。

 

「――――懐に入りさえすればっ!」

 

勝利を確信するシャルロット。だが、しかし―――。

 

『■■■―――!』

「っ!馬鹿者!そこから離れろっ!」

「―――っ!?」

 

ラウラの警告にシャルロットは咄嗟にシールド・ピアースを盾代わりに構えると、なんと銀の福音の装甲からビキビキと音を立てて割って生えてきた触手がシャルロットに襲い掛かり、シャルロットを貫いたのだ。

破片を撒き散らし貫かれた衝撃によって吹き飛ばされ宙を舞うシャルロット。私は慌てて駆けよるとシャルロット受け止めた。

 

「シャルロット!?」

「~~っ!大丈夫。ギリギリ防いだから」

 

そう言われて見てみれば、確かにシャルロットに怪我をした様子は無い。破損個所と言えばシールド・ピアースのみだ。咄嗟に構えたシールド・ピアースのおかげで被害はシールド・ピアースだけに止める事が出来たらしい。

シャルロットの無事を知ると私はホッと安堵する。やれやれ、これ以上怪我人を増やしてくれるな。まったく…。

 

「心配をさせるな。心臓に悪い…」

「ごめん。でも敵の手の内を一つは明かせたでしょ?」

 

装甲を突き破って生えてきたアレのことか…。最早何でもありだな。

しかし、中の人間は無事なのだろうか?アレがまだISだと言うのなら今もああして動いている事から考えて搭乗者が生きていると言う事になるが…。

 

「面倒な事が分かって状況が悪化しただけだがな…。あと何を隠し持っている事やら…」

 

ラウラがそう用心深く奴を睨んでいると、今度は銀の福音の方から攻撃に転じて来る。第二形態移行後、触手のみが攻撃していた先程までの行動パターンから一変して、本体の方が此方へと向かって第二形態移行前異常のスピードで襲い掛かって来たのだ。

両手両足…更には背に背負う触手の一つ一つにあるスラスターの同時着火による瞬間加速。その加速力に…いや、ある物に酷似するソレを見て思考を停止し、セシリアは回避行動を取ることすら出来ず、装甲を砕かれ吹き飛ばされ、海へ墜落する。

 

「あの巨体で更に速くなると言うのですのっ!?そ、それにアレは……―――きゃああぁっ!?」

「セシリアッ!?―――貴様ぁっ!よくも!セシリアをっ!ソレをっ!」

 

よくもっ…よくもソレを……っ!友達の……っ!ミコトの!

 

そう、あまりにある物に酷似するソレは…。

 

「ミコトの……翼を穢したなあああああああああっ!?」

 

ミコトのイカロス・フテロの翼と同じ物だったのだ…。

姿形は醜くあの美しい翼似ても似つかない。だが、触手一つ一つに存在するスラスター、飛行による動作、その全てがイカロス・フテロと同じ物だった。恐らく、ミコトとの戦闘でコピーした物だろう。それが、それがどうしても私は許せなかった。あの子の、ミコトの夢を穢された様な気がして…。

 

「その翼、今直ぐ斬り落として―――!」

「箒、止せっ!」

 

奴目掛けて突撃しようとする私をラウラが進路上に割り込むことで妨害し、私は急停止を余儀なくされる。

 

「何故止めるっ!?」

「落ちつけ馬鹿者が!あれは模造品だ!ミコトの夢そのものが穢したわけではないだろうっ!?」

「しかしっ!」

「アンタ達なにボサッとしてんのよ!?目の前に敵が居るのよっ!?」

 

「「――――っ!?」」

 

鈴の怒声にハッと我に返る。

だが、離脱するにはもう遅く。いつの間にか迫っていた触手が私とラウラの両手両足に絡みつき、身動きの取れない状態に陥る。

 

「―――触手がっ!?」

 

今、攻撃を受けてしまったら一溜まりも―――!

 

「箒!ラウラ!…ッ!ハンドガンじゃ牽制にすらならないっ!鈴!そっちは!?」

「駄目!位置が悪すぎるわ!こっからじゃ衝撃砲を撃ったら二人に当たっちゃうかもしれない!」

 

シャルロットや鈴もなんとか救出を試みるが、シャルロットの方は予備兵装であるハンドガンは低火力で効果が無く。鈴の方も近接戦闘に持ち込もうにも距離が離れすぎていて間に合わない。

 

展開装甲を使用して絡みついている触手を斬り払うか?いや、この触手自体かなりの強度だ。斬り払うには相当のエネルギーを消費してしまう。そうなればもう打つ手は―――。

 

『――――――!』

 

けれど、敵は対策を練る時間など待ってはくれない。

振りあげられた凶刃はもう目前まで迫り。私はグッと目を閉じる。その瞬間――――。

 

カッ!

 

――――海から青白い光が飛び出し銀の福音を射抜いた。

 

『―――ッ!?』

 

「―――ほんと……学習しない方ですわね…っ!」

 

海中からセシリアの声が響く…。

銀の福音を射抜いた光の正体。それは、銀の福音に海へつき落とされたまま、海中で待機していたセシリアの放ったレーザライフルの光だった。

 

「そんなに海からの奇襲がお好きならたっぷりと召し上がりなさいなっ!」

 

次々と海中から放たれるレーザーの精密な射撃は、確実に銀の福音に命中していく。そして、その衝撃に堪らず私達を拘束していた触手の力が緩んだ。

 

「っ!ラウラ!」

「分かっている!ありったけだ!受け取れぇ!!」

 

触手が拘束が緩んだ瞬間、私とラウラは触手を振り解き離脱。すぐさま反撃に出る。

ガコンッと音を立ててレールカノンを構え、ラウラは至近で砲撃を放つ。強い閃光と爆音を響かせ本体の周辺に屯っていた触手を一掃し私の突破口を確保。それを確認した私はラウラが作ってくれた道へ突入する。

そして、それを妨害しようと翼から触手が伸び。そこに更に妨害する鈴の支援砲撃が轟く。

 

「箒!トドメはアンタが決めなさいっ!」

 

鈴の言葉に、行動で応える。

最後の力を振り絞り、紅椿は更に加速して千切れた触手の穴を突き進んでいく。

 

速く、速く、速く――――!

 

千切れた触手を潜りぬけ、新たに襲い来る触手を掻い潜り、前へ前へと加速する。そして、遂に敵の目の前に辿りつき、雨月と打突を振り上げた。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

渾身の一撃。勝った。そう確信する私――――だった。

 

キュゥゥゥン…。

 

エネルギーの出力が急速に低下し、刃に纏っていた光がしゅんと消え失せていく…。

まさか、まさかこのタイミングで…。

 

「なっ!?エネルギー切れだとっ!?――――ぐあああっ!」

 

想定外の出来事に此方の動きは止まる。しかし、その隙を敵が見逃す筈が無く。振り下ろした鋭い爪は紅椿の装甲を切り裂く。

吹き飛ばされ、バラバラに砕け散る紅い装甲。そして、無数の触手が私に照準を合わせ。触手の先端から光を漏らし始める…。

 

ここまで、なのか…。約束したのに。ミコトと約束したのに。一夏の仇もとれず。ミコトの約束も守れず終わると言うのか…。

 

「箒!くそっ!邪魔をするなぁ!」

 

ラウラ達が私を救出しようとするが他の触手の妨害で此方に近づけないでいた。

光が輝きを増していく。一斉射撃の秒読みが始まる中、私は瞼を閉じ頭に浮かんだのはただ謝罪の言葉だけだった。

 

すまない。すまない。すまない……。

 

結局、私は――――。

 

……そして、光が放たれた――――。

 

レーザーの放たれる砲撃音。そして、衝撃が……衝撃が………?

…おかしい。何時まで経っても衝撃が、痛みが襲って来ない。これは一体――――。

 

「もう誰もやらせねぇ。俺が、友達を…皆を守るんだ!」

 

此処に居る筈が無い憧れの男の声が耳に届き、私は瞼を開ける。しかし、そこには確かに、白く輝きを放つ機体が私を守る様に存在していた。

 

「いち…か?」

 

そんな筈はない。そう自分に言い聞かせるがじわりと涙で歪む視界に見えるのは確かに、左手に大きな盾を装備した白式に乗る一夏の姿だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二形態・雪華第二形態移行した名称。左手への多機能追加装甲「雪華」の発現と大型化したウイングスラスターが4機備わっており、二段階加速(ダブルイグニション)が可能になっている。
加速のためのエネルギー充填速度も3分の2へと短縮されて最大速度も+50%位まで向上している。物理とエネルギーの攻撃を完全に遮断し右手の雪片弐型と左手の雪華を結合し組み合わせて仕様する事で、相手の攻撃を気にせず特攻すると言う、攻守共に優れた突撃槍へ変形し戦闘能力も非常に高くなっている(イメージは『ブレイクブレイド』のデルフィング第四形態)。
だが、第一形態以上にエネルギー消費が激増しており非常に燃費が悪い。

※原作と異なったのは、ミコトという存在が加わった影響である。

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