IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第36話「夏休みのはじまり」

 

ミーンミンミンミン……。

 

八月の夏の空。何処からか絶え間無く聞こえてくる蝉の鳴き声が、雲一つないまるでこの間皆で行った海の様な青い空に吸い込まれて消える。

ギラギラと降り注ぐ強い夏の日差しは屋上のコンクリートを焼き。辺りの気温を上昇させて屋上でただじっと正門を眺めて今か今かと待ち続けている私の体力をじわじわと削いでいく…。

 

あつい……。

 

外で待ってると言って訊かない私の我儘に、ならせめてと真耶が持たしてくれたスポーツ飲料水を口に含んで汗を流して消耗した水分を補給する。

八月に入って暑さが本格的になり、生れて初めて体験する夏に私はもうへとへと…。

 

夏ってこんなに暑いんだ…。

 

ギラギラと輝く太陽を見上げて目を細めると額に浮かぶ汗を袖で拭う。

とても暑いけど、空は吸い込まれそうな程の快晴。空を飛べればさぞ気持ち良いと思う。けれど、イカロス・フテロはまだ修理の見込みも付かず。現在の私は想像している事と正反対で汗がだくだくでシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。部屋に戻ったら着替えないと…。

 

でも、それでも我慢して待ち続ける…。

 

「まだ、かな…?」

 

急く気持ちを抑えられず、未だ待ち人が来ない正面ゲートを眺めて私はポツリとぼやく。

今日は約束の日。セシリアが日本に、IS学園に戻ってくる日。

 

「お迎え…」

 

そう、お迎えする。セシリアが帰ってきたら『おかえりなさい』って言うんだ。

だから待つ。学園を見渡せる此処でじっと待ってる。セシリアが戻ってきたら一番に見つけられる様に。

 

「……むふぅ♪」

 

門を潜った途端に出迎えられて驚くセシリアの顔を想像しただけでわくわくと胸が躍り自然と笑みが浮かぶ。

そんな時、まるでタイミングを見計らったかのように門の前に高級感を漂わせる一台の自動車が止まった。私はまさかと高鳴る期待を胸に、転落防止の柵から身を乗り出して視線を車へ向ける。助手席のドアが開く―――でも、車から降りて来たのはメイド服を着た女の人だった…。

 

「…………ぁー」

 

セシリア…じゃない…。

 

期待していた人とは違っていてがっくりと肩を落とす。

しかし、メイドさんは車から降りると、門を潜ろうとはせずにすぐさま後部座席の方へと足を運び、ゆっくりと後部座席のドアを開けて中に居るであろう人物に対して深くお辞儀をすると、中の人は車から出てくる。

 

「――――…あ!」

 

思わず私は声を上げた。

ドアの隙間から覗かせてくる綺麗な金髪。顔を確認するまでも無い。私の大好きな人だ。大切な友達だ。

くるりと身を翻して駆け出すと、私は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第36話「夏休みのはじまり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side セシリア・オルコット

 

 

「はぁ、やっと戻って来られましたわ…」

 

ロールスロイスから降りた途端に自身に降りかかる故郷とは異なる日本の夏の熱気にうんざりすると、夏の眩い日差しを反射して輝く正面ゲートを見上げてわたくしは目を細める。

 

「予定より遅れてしまいましたわね」

「此方に通われる前とは違い、どうしても職務が溜まってしまうので仕方がないかと」

 

脇に控えていたわたくしの幼馴染であり専属のメイドでもあるチェルシーがそう微笑んで答えた。

 

「ふぅ、それもそうですわね」

 

長い期間家を空けていた所為か、溜まりに溜まったオルコット家の当主としての職務、そしてそれとは別に国家代表候補生としての報告や専用機の再調整やその他諸々などで、予定よりも時間が掛かってしまい、ようやく日本へと戻って来られた。

 

これが卒業するまで続くのですか。なかなかにハードですわね…。

 

別に本来なら無理に急いで終わらせる必要などない。夏休みという長い時間を有効に活用すれば何ら苦も無くこなせる仕事量。けれど、そんな事をすれば大切な友の約束を違える事になる。それだけは絶対に出来ないしわたくし自身が許さない。

 

「それほどまでにオリヴィア様に会いたかったのですか?それとも織斑様に?」

「な、何を言うのですチェルシー!?オルコット家の当主として公私は弁えておりますわ!?」

「うふふ、そうですか♪」

 

まるで全てお見通しと言わんばかりの彼女のくすりと小さく微笑む。

彼女は昔からそうだ。18歳とは思えない程に落ち着いており、大人の雰囲気を漂わせる彼女はわたくしの幼馴染というよりもお姉さんといった感じで、わたくしも憧れであり、目標でもある。

 

「まったく、主人をからかうのは感心しませんわね!?」

「ふふ、申し訳ございません。お荷物は私どもがお部屋まで運んで置きますので、どうか夏休みの時間をごゆるりとご堪能下さいませ」

 

チェルシーは口に手を当ててオホホホとわざとらしく笑ったあと、逃げるかのようにして共に来ていたメイド達を連れて荷物を運び始めた。

 

全然反省してませんわね…。ふ、ふふふ…。

 

主人をからかう悪いメイドは懲らしめてやらなければと、チェルシーの後を追おうと一歩前に踏み出した―――その次の瞬間。

 

「セシリア!」

「え?――――きゃあっ!?」

 

―――聞き覚えのある幼さを残した少女の声に名を呼ばれて慌てて振り返ると、白い影が視界に入ったかと思えばそれはわたくしへと飛び込んで来てわたくしは咄嗟にそれを抱きとめます。

一瞬何が起こったか分からなかったが、視線を落としてわたくしの胸に顔を埋めている少女の姿を見ると全てを理解してわたくしは自然と頬笑みを浮かべていました。

 

「あらあらまあまあ♪お元気そうで何よりですわミコトさん♪お出迎えに来て下さいましたの?」

「ん♪おかえり、セシリア」

 

腕の中からこちらを見上げてニコリと微笑むミコトさんのなんて可愛らしいこと…。

 

「お嬢様。カリスマ。カリスマが崩壊しております。お顔が酷い事になっております」

「――――はっ!?」

 

チェルシーの呼び掛けにわたくしは正気に戻ると、ぶんぶんと頭を振り邪念を振り払い弛んだ表情を引き締め直します。

いけません。久しぶりにミコトさんに会えて気持ちが高ぶってしまいましたわ…。

 

「こ、こほんっ!……チェルシー?荷物を運びに行ったのではなかったの?」

 

当主としての体裁を取り繕おうと試みるがもう時既に遅すぎて、メイド達の生温かい視線にわたくしはただ恥ずかしさの赤面するばかり。なんてセシリア・オルコットらしからぬ失態。使用人達にこんな醜態を見せてしまうとは…。

 

「主人に近づく人影を確認しましたので……ですが、心配は不要でしたね」

 

不審者と勘違いしたのでしょうか。しかし彼女はミコトさんの姿を見ると、直ぐに警戒を解きくすりと微笑む。

わたくしの腕の中で戯れているこの子を見れば警戒するのも馬鹿らしくなるのは仕方の無い事なのかもしれない。誰もこんな小さくて可愛らしい少女が人に危害を加える様子なんて想像なんて出来はしないのだから。

 

「? この人、誰…?」

 

わたしから離れようともせずに抱き着いた状態のまま初対面であるチェルシーの方を顔だけ向けると、ミコトさんは首を傾げてチェルシーに訊ねます。

 

「お初にお目に掛かります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきをオリヴィア様」

 

丁寧にお辞儀をして自己紹介をするチェルシー。

 

「? 私の名前…?」

 

ミコトさんは自分は名前を知らないのに相手は自分の名前を知っているのが不思議なご様子。

 

「お嬢様からよくオリヴィア様の話をお耳にしますので。IS学園の話をすると必ずと言っていい程、オリヴィア様のお名前が出てくるのですよ?」

「チェ、チェルシー!?」

 

な、何を言い出すんですのこのメイドは!?

 

「織斑様よりも話題に出る数が多いのは驚きでした。とても大切に想われているのですね」

「? ……ん。私もセシリアが大切」

「~~~~っ!?///」

 

一瞬、どういう意味か分からずに首を傾げたミコトさんでしたが。暫し考えると、恐らく『大切』というキーワードだけを汲みあげたのでしょう。何の偽りも感じさせない無垢な笑顔で自分もわたくしの事が大切だと告げました。

それを聞いた途端、ボンッ!とわたくしの顔が真っ赤に暴発する。

 

「あらまあ、惚気られてしまいました♪」

 

そう言いながらもチラリと此方を見てはからかうネタを見つけて楽しそうにしてますわねこのメイド…。

 

あ~~~もうっ!

 

もう我慢の限界です。居心地が悪いったらありゃしない。

 

「チェ~ル~シ~ッ!?」

「あら、からかい過ぎました様ですね。ではそろそろ撤収いたしましょう―――では」

 

そう言ってチェルシーは深くお辞儀をすると、わたくしが止める間も無く荷物を手に持ってこの場から姿を消し去ってしまう。くぅ!憎たらしいまでに素早い仕事ぶりですわね!メイドの鑑ですわ!

 

「お~……」

 

そこ、感心してるんじゃありません。ああもうっ!ミコトさんの教育に悪影響を及ぼすではありませんか!今度帰ったらきつく言っておかないと……。

 

「まったく――――あら? クンクン……ミコトさん?少し臭いますわよ?」

 

ミコトさんから漂ってくる臭いに気付くと、鼻をミコトさんの首筋辺りに近付けて臭いを嗅いでみる。

……そこまで酷く臭いはしませんが、少し汗臭い。良く見てみれば汗もびっしょりでシャツが透けて白い肌とピンクの―――――今度、ランジェリーショップに行きましょうか。流石に下着を着けないのは無いですわ…。

 

ま、まぁそれはまた後日と言う事で!ですが、こんなに汗を掻いて…。まさか、わたくしが帰ってくるのをずっと外で…?

 

「……ミコトさん?まさかとは思いますが。この炎天下の中、ずっとわたくしを待ってましたの?」

「ん!」

 

ミコトさんは大きく頷くと『褒めて褒めて♪』と期待の眼差しで此方を見上げてくる。

 

まったく…。

 

ですが、わたくしが取った行動とは―――。

 

「………ていっ」

 

ぺちんっ

 

「あうっ!?」

 

褒めるのではなくデコピンと言う体罰だった。

わたくしをお出迎えしてくれた事は本当に嬉しい。でも、ISが紫外線などを防いでくれているからと言って、そんな無茶をして日射病にでもなったらどうしますの?そんな事になったらわたくしは嬉しいどころかわたくしの所為でミコトさんを倒れさせてしまった事に悔いても悔いても悔いきれませんわ…。

 

「うぅ~…?」

 

少し紅くなったおでこを擦りながら非難がましい目を送ってくるミコトさん。何故叱られたのか分からないと言った所でしょうか。これはちゃんと言い聞かせないといけませんわね。

 

「わたくしが叱った理由はわかります?」

「………」

 

ミコトさんは無言で首を振る。

 

「はぁ……良いですか?ミコトさん。もし、わたくしがミコトさんと同じ行為をしたとしましょう。その結果、わたくしは日射病で倒れてしまいました。ミコトさんはその時どう思います?」

「うー……悲しい」

「そうですわね。わたくしもそう。もしも貴女がわたくしのために無茶をして倒れたりなんてことになったりしたら、わたくしも悲しいですわ」

 

銀の福音事件の時もそう。この子はそれが最善と言う理由で自らの危険を顧みずに自身を囮に一夏さんと箒さんを助けた。ですが、その結果ミコトさんが傷ついてどれだけ皆さんが悲しんだ事か…。

もうあんな想いはしたくない。だからこそわたくしは彼女の間違いを説く。

 

「他者の為に自身を蔑ろにする。聞こえは良いかもしれませんがそれは間違った行為です。自己満足にしか過ぎません。良かれと思っての行動が必ずしも他者のためになるとは限りらないのです」

「………」

 

ミコトさんは何を言わず、唯わたくしの言葉に耳を傾ける。

わたくしをじっと見つめる無垢な瞳。その瞳を見るだけでこの子がわたくしの述べている言葉に微塵も疑問に感じていない事が分かる。純粋に私の言葉を受け止めて『セシリアの言う事は正しいんだ』と思っているに違いない。

 

余りに純粋過ぎる。この子は…。

 

わたくしにはその純粋さがとても…そう、とても危うく感じていた。その純粋な心がいつかこの子を壊してしまいそうで…。

 

「……どうか、どうかご自愛してください。自分なら大丈夫だからと無茶しないでください。無茶を強いられる状況に陥った時には頼ってください。お願いですから…」

 

もし、またあのような事が起きれば…。その時、ミコトさんは―――。

 

断言なんて出来ない。わたくしが知っているミコトさんの情報なんて微々たるもの。帰省してオルコット家の権力をフルに使ってもこの子の情報は一切入手出来なかった。けれど、わたくしの予想が正しければこの子は…。

 

「お願いです。もう、失いたくないんです……」

 

帰省した際に行った両親の墓参りの所為でしょうか。余計に死に関して敏感になってしまう。

大切な人の死。先立たれる悲しみ。残される側の孤独。あんな想いはもう―――。

 

「………ん。わかった」

「分かって下さいましたか?」

「ん」

「そう……良かった…」

 

小さく頷くミコトさんを見てわたくしは胸を撫で下ろす。

この子は嘘は吐かない。自由放漫なところはあるけれど、約束した事は絶対に守るから。

 

「ごめんなさい。折角の再開がこんなお説教をするような形になってしまって……」

「ううん。セシリア、私を心配してくれた。謝ることない」

「優しいんですのね」

「? よくわかんない」

「うふふ、優しいですわよ。ミコトさんは」

 

自分は殆ど理不尽に叱られたというのにこうして笑って許してくれるのだから。この子は本当に優しい子…。

 

「―――さて、寮に入りましょうか。汗も流してしまいませんとね」

「んー。べとべとして気持ち悪い…」

「なら最初からやらなければよろしいでしょうに」

「ぶー…」

「こら、はしたないですわよ?」

 

ミコトさんは頬を膨らませて不貞腐れる。ミコトさんもすっかり本音さんに影響を受けて―――あら?そう言えば……。

ふと、ある事が疑問に浮かぶ。こんな日射病で倒れかねない行動をずっと傍に居る筈の本音さんが許すのでしょうか?彼女なら絶対に反対するか日傘やらなんやら日射病対策を用意すると思うのですが。

 

「ミコトさん。本音さんはどうしましたの?」

「ん。家に帰ってる。戻ってくるのは明後日だって」

「あら、そうなんですの」

 

そう言えば、家に戻らないけといけないとか言ってましたわね。家の手伝いとかどうとか…。

 

「他の方達は?」

「一夏達はアリーナで練習。鈴は暑いからって部屋でゴロゴロ」

「………はぁ」

 

友人の情けない話を聞いて思わずため息を零してしまう。まったく、鈴さんったら…。一夏さん達を見習いなさいな。

 

「セシリア。家に帰ってなにしてたの?」

「当主としてのお仕事ですわ。あと、バイオリンのコンサートの参加とか」

「おー…」

 

驚いているみたいですけどこれは絶対に理解できていない様子ですわね。

 

「うふふ、お土産もありますからそれを食べながらお話しますわね」

「! お菓子?」

「ええ♪」

「ん!楽しみ!」

「うふふふ」

 

そんな雑談をしながらわたくしとミコトさんは手を繋いで寮への道を歩いていく。

 

お互いに笑顔を浮かべて。

 

夏の暑い日差しを浴びながらわたくしは想う。

 

今年の夏はどんな夏になるのでしょう?

 

きっと、素敵な夏になるに違いない。

 

期待に胸を膨らませて、こうしてわたくし達の夏休みは始まったのでした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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