IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第38話「サマー・ショッピング」

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「もう信じられない!まさかラウラだけじゃなくてミコトも私服持って無いなんて!」

 

夏空の下。人混みで賑わう街道を私、本音、シャルロット、ラウラの四人で歩いていると、シャルロットがぷんぷんと怒った顔をして、白い制服を着ている私とラウラにそんな事を言ってくる。

けれどそれは間違い。私服は一応真耶に貰った服を持ってるけど、それは冬仕様で今は暑くて着られた物じゃない。それに、制服でも生活には何にも支障は無いので問題無い。

 

「ん。正確には夏服が無い。真耶が用意してくれたのは、全部冬服」

「流石に暑いよねー。まだ制服の方がマシかなー?通気性はバッチリだしー」

 

ん。流石メイドインのほほん。未来に生きてる。夏は涼しく冬は暖かい。この一着で一年中過ごせる。

 

「うむ。別に制服でも問題無いだろう?」

 

着れればよかろうなのだー。

 

「女の子として問題なの!二人とも可愛いのに勿体ないよ!」

「? 良く分からんが……そうなのか?」

「んー…?」

 

そんなこと訊かれても私にもわからない…。

あ、でも前にセシリアから同じ事と言われた様な気がする。あの時はまだ肌寒くていま持ってる服だけで十分だからいらないって断ったんだっけ。

 

「そうなんです!まったくもう…」

「何故お前がそんなに必死になるのか私には分からん」

 

同意。服なんて皆同じだと思うんだけどな。セシリアもシャルロットも何でそんなに必死になってるんだろう?

あ、でも本音がくれたこの制服やパジャマは特別。ずっとずっと大切な私の大事な大事な宝物。

 

「ほぇー?……にゃはー♪」

「ん♪」

 

そんな事を考えながら今も身に着ている制服をプレゼントしてくれた本音をじーっと見つめていると、本音も私の視線に気付いて微笑んでくれた。それが何だかとても嬉しかった。

 

「と・に・か・く!今日は二人とも服を買って帰って貰います!いい!?」

「J、Ja…」

「nai…」

 

千冬にも勝るとも劣らぬ物凄い気迫で迫ってくるシャルロットに、私とラウラは怯えて互いに抱き合いながらコクコクと頷く事しか出来なかった。いまのシャルロット何か怖い…。

 

「可愛い物が関わるとデュノっちは人が変わるからねー。ところで何処から回るー?」

「あ、えっとねー…」

 

バックをごそごそと漁ると、なにやら雑誌を取り出してふむふむと真剣な表情で何かを企てていた。それからしばらく一人思考した後、考えが纏まったのかうんと頷いて雑誌のページを私達に見せてくる。

 

「ここから回ろうと思うんだけど、どうかな?」

「あー、このお店かー。うん、良いと思うよー?」

 

本音は異論は無いみたいだけど、私とラウラは首を捻るだけだった。ページに乗っている写真で服のお店だって事は分かるけど、次のページに載っているお店の違いが理解出来ない。どう違うのかな…?

 

「私はよく分からんから任せる」

「ん。ラウラと、同じ」

 

ラウラの言葉に私も頷く。分からないのなら分かる人に任せよう。セシリアも頼って良いって言ってたし此処は二人に頼って良いよね?

 

「じゃあ、こういう順番でどうかな?これなら無駄も無くて良いんじゃない?」

「ふむふむ。このルートだと途中でフードコートを通るねー。そこでお昼ご飯にするのかなー?」

「そういうこと。最初は服から見ていって、途中でランチ。その後、生活雑貨とか小物とか見に行こう」

 

………。

 

二人とも何だか楽しそうに話してるけど、私とラウラはぽつんと置いてけぼり。

 

「……あ、ミコト。ガム食べるか?」

「食べる」

 

ラウラからガムを貰うと、夏の日差しを浴びながら二人で黙々とガムを噛んで何やら盛り上がっているシャルロットと本音の話が終わるのを待つ。もぐもぐ……あ、これミント味だ。

 

「よし。それじゃあいこっか!」

「おー♪」

 

あ、話終わったみたい。

 

「話は纏まったのか?」

「うん。とりあえずデパートの中に入ろうよ―――って、何食べてるの?」

「もぐもぐ……食うか?」

「え、いらないよ…」

 

ミント……美味。

 

 

 

 

そんなこんなでデパートにやって来た。

中に入ると、夏休みという理由もあってか、以前来た時よりも人口密度が増しており、館内は人で溢れかえっていた。これは移動するのが大変…。

 

「まずは服から見て回ろうと思うんだけど、ラウラはズボンとスカートどっちがいい?あ、ミコトはスカートで良いんだよね?」

「「ん、どっちでも―――」」

「どっちでも良いはナシ。まったく、二人そろって……」

「「?」」

「はぁ……もういい」

「あははー…どんまい、デュノっちー」

 

疲れた様な溜息を漏らしポンポンと本音に肩を叩かれて励まされるシャルロットに対して、私とラウラは頭上にはてなマークを浮かべる。え、でもスカートとズボンの違いって、ヒラヒラしてるかしてないかだけだよね?どっちでもいい気がするけど……違うの?

 

おかしなこと言ったかな…?

 

「とりあえず、両方見て回ろう。実際に着て見ないとわからないかもしれないし…」

「りょうか~い。ほらほらみこちー。おててつなご~♪」

「ん」

 

前みたいに、はぐれたら大変。私は本音の手を握り人混みの中を歩きだした。

まずはエレベーターに乗って7階へ。上から下へと回っていくらしい。そして、最初に入るのが此処の店。

 

「…『サード・サーフィス』?」

「変わった名前だな」

「そうかなー?けっこう人気のあるお店なんだよー?」

「みたいだね。ほら、女の子もいっぱいいる」

 

言われてみると、店内には確かに女の子がいっぱいいた。というより…。

 

「…いっぱい、居過ぎではないか?」

「セール中だからねー。まあ、しょうがないよー」

 

ん。よく分からないけど、何か店内に居る人皆必死なのは分かる。店員さんも忙しそう。でも――――。

 

「………」

 

お店に入って来た私達を見た途端、さっきまで忙しそうに動き回っていた店員さん達の動きはまるで石になったみたいにピタリと止まった。―――ううん、違う。止まったのは店内に居る人達全員。それも、その全員が例外無く私達を……正確には私とシャルロットとラウラを見て硬直していたのだ。

 

「(予想はしてたけどさー…。完全に背景になってるよねーわたしー…。うん、わかってた。わかってたよー…)」

「………何?」

 

自身に集まる視線にそう訊ねてみた。すると、まるで魔法が解けたかのように店員さん達が身体をピクリと反応を示した。

 

「――――……ぁ……え?金髪に銀髪……?それに……」

「白髪……だよね?うわぁ…髪も肌も真っ白で雪みたい…綺麗……」

「お人形さんみたい……」

「……あれ?でもあの白い子何処かで見た様な…」

 

店員さんは顔をぽーっとさせてそんなことをつぶやく。すると、一人の店員さん……たぶん一番偉い人なのかな?店員さんの中で年長者らしい人が、接客中のお客さんを他の店員さんに任せて、ふらふらとこっちに歩み寄ってくる。熱でもあるのかな?足取りも危ないし、ぼんやりしてるし、顔も赤い、とても体調が優れている様には見えない。忙しいのは分かるけど今直ぐ帰るか休憩をとる事をお勧めする。

 

「ど、どっ、どんな服をお探しで?」

 

緊張してるのが丸分かりの上ずった声をあげる。ん。とりあえず落ち着く。本音が必死に口押えて笑うの堪えてるから。

 

「えっと、とりあえずこの二人に似合う服を探してるんですが、良いのありますか?」

「こ、此方のお二方ですね!今直ぐ見立てましょう!はい!」

 

言うなり、店員さんはどたばたと慌ただしく店内を走って展示品のマネキンから服を引っぺがし始めて、あっという間にマネキンは丸裸になってしまう。いくら夏でも冷房の利いた室内であれは寒そうだな…。

 

「普通、展示品から服なんて脱がさないんだけどねー」

「あ、あはは…」

 

……?そう言う物なの?

 

そんな二人の会話に首を傾げていると、マネキンから引っぺがした服を手に持った店員さんが此方へとやって来る。

 

「とりあえず、銀髪のお客様の方から見立ててみたのですが、どうでしょう?お客様の綺麗な銀髪に合わせて、白いサマーシャツは」

「へぇ~、薄手でインナーが透けて見えるんだー」

「…うん。良いと思うな。ラウラはどう?」

「わから―――」

「わからないはナシだからね?」

「むう…」

 

ラウラが感想に困ってる。

私もわからないって思っちゃった…。自分の番が来た時どうしよう…?明日は我が身的なこの状況に私も頭を悩ませるのだった。

 

「色は白か…。悪くないが、今も同じ色の服を着ているぞ?なら今のままでも良いだろう」

「あ、はい」

「そう来たか…。うん、何と無く予想はしてたんだけどね…」

 

ラウラの尤もな反応に、店員さんは間の抜けた返事をしてシャルロットも頭を抱える。え?でも事実だよね?おかしなこと言った?

 

「さすがラウっち。期待を裏切らないねー」

「? よく分からんが期待に添えられたようで良かったぞ」

「いや、褒めてないからね?」

「むう…」

 

少し不貞腐れた様な表情を浮かべるラウラ。

 

「え、ええっと……と、とりあえず、ご試着してみてはいかがでしょう?」

「あ、そうですね。ほら、ラウラ」

「面倒く―――」

「面倒くさいはナシ。ほら試着室に行った行った」

「おいこら押すな。分かった、分かったから―――」

 

シャルロットにぐいぐいと試着室へラウラは押し込まれていく。その後ろ姿を試着室のカーテンで見えなくなるまで見届けると、服選びの矛先が今度は私へと向けられる。

 

「みこちー♪ラウっちが着替えてる間にこっちも服選んでよっかー♪」

「ん」

 

笑顔向けてくる本音に私は頷く。

けれど、服を選べと言われてもラウラと同じで、目の前に並んでいる服が私にはどれも同じように見えてしまい、何をどういう基準で選べばいいのかよく分からなかった。

 

「………」

「やっぱり、よく分からない?」

「ん…」

 

肯定。いつも真耶や本音に任せてるから自分で服を選ぶなんて無理。

 

「よろしいー♪なら、私がコーディネイトしてあげよー♪」

「ん。お願い」

「お願いされたー♪ん~、みこちーは可愛いから何でも似合うと思うんだけどねー。やっぱり変に着飾るよりシンプルなのが一番いいと思うんだー。だ・か・ら――――」

 

そう言いながら沢山並んだ服の中からある一着を手に取り、じゃじゃーん♪と自分で効果音まで付けて私に見せる。

 

「―――こんなのはどうかなー♪」

 

本音が沢山並ぶ服の中から選び出したのは、白一色のシンプルなデザインの―――確か、ワンピースという種類の洋服だった。

 

「レースの部分がすっごく可愛いでしょー♪それに無駄に飾り気も無いし、みこちーにすっごく似合うと思うんだー」

「どうしてそう思うの?」

 

なんとなく、気になったので訊いてみた。

 

「う~んとね、みこちーはアクセサリーとかそんなの必要無い。そのままでいいと思うのー。純白の髪に透き通る白い肌。そしてその在り方に別の色とか混ぜたくないから」

「………そう」

 

よくわからないけど、本音が真剣に考えて選んでくれたのは分かった。いつも通りの笑顔でもその瞳にはいつもの暖かさとは少し違った暖かなモノを感じたから。

 

「これにする」

「…あははー♪そっか、なら靴も選ばないとねー。ワンピースならパンプスかなー?ううん、ダメダメー!みこちーにはそんな大人なのはダメー!背伸びなみこちーも可愛いからそれはそれでいいかもだけどー。やっぱりサンダルかなー?うん!そうしよー♪」

 

次から次へぺらぺらと吐き出されていく言葉に半分も理解出来ないと悟ると、私は考えるのを止めて唯ぼんやりと楽しそうにはしゃいで服を選んでいる本音を眺めてることにした。時折、本音の振って来るあんまり理解出来て無い話に相槌を打ちながらも服の物色が終えるのを待つ。

ふと、ラウラ達の事が気になってそっちの方を見てみる。はしゃいでいるシャルロットに色んな服に着せかえられて困った顔を浮かべているラウラ。けれど、そんなラウラも何処か楽しそうにも見えた。いつの間にか可愛らしい服装になってるけど……何があったの?

 

「お待たせ~♪」

「あ……」

 

本音の声を聞いて、本音の居る方へと向き直る。

本音は一通り服を選び終えると、両手に白一色に統一された数着の服を抱きかかえてホクホク顔で此方へと戻って来た。

 

「こんなもんでいいかなー♪それじゃ、試着してみようかー」

「……必要あるの?」

 

ラウラの時も思ったけど…。

 

「うん!サイズが合ってる確認しないとねー」

「なるほど」

 

把握。買ってからサイズが合わなかったらお金が勿体ないもんね。

本音の言う事に納得すると、本音の厳選した服を試着するため私は本音に手を引かれて試着室に連れて行かれてラウラ同様にその中へ放り込まれてしまう。

 

「どう着るかは分かるよねー?」

「問題無い」

 

カーテン越しに聞こえてくる本音の声に問題無いと答える。

形は違っていても服の着かたなんてどれもそうは変わらない……はず。パッと見てシンプルな作りだし問題無いとは思う。家に居た時も似た様な服を着た事あるし。あの服は綺麗な模様の代わりに番号が書かれてたけど。

そんな故郷の事を思い出しながら、私は服を脱いでいく。

 

『わぁ……』

『うわ、すごく綺麗……』

 

スカートに手を掛けた時、何やら試着室の外が騒がしく。女性客のざわめく声が聞こえてきた。

 

……?

 

何事だろう?気になってふと手を止める。けれど、その原因は直ぐに判明した。

 

『お、おい!幾らなんでもコレは無いだろう!?私にこんなフリフリした奴が似合う訳―――』

『そんなこと全然ないってば♪きっと似合うよ♪』

『そもそも何で最初はズボンだったのに途中からスカートに変わって……うわ、や、やめ――――』

 

きゃーきゃーわーわー!

 

…どうやら騒ぎの原因はラウラとシャルロットにあるらしい。3部屋程飛ばした別の試着室からラウラとシャルロットの騒がしい声が聞こえてくる。ん。二人とも楽しそうで何より。私は着替えの作業を再開する。

そんなこんなで向こうから聞こえてくる騒がしい物音を聞きながら着替えて数分後、本音に渡された服に着替え終えた私は試着室を出る。しゃっと音をたててカーテンを開けると、店内の居る全員の視線が一斉に私へと集まり全員が息を呑んだ。

 

………? 何?

 

再びしんと静まり返る店内に訳が分からずまたも首を傾げる。

 

「わぁ………」

「綺麗……」

「全身が白のせいかな?輝いて見える……まるで天使みたい…」

 

皆、私を見てそんな事をつぶやく。

視線を集めている原因と思われるのはたぶんこのワンピース。肩が露出していて、他の色が一切含まれない純白のレースワンピースは、そのレースならではの透明感が綺麗…らしい。本音が服を選んでる最中にそんな事言ってた。

そして、当の本音はと言うと……。

 

「…………」

 

皆と同じで私を見て言葉を無くしていた。何処か可笑しかったのかな?

 

「…本音?」

「―――ハッ!?ごめんごめん!えーっと……あっ!そうそう!あと靴だねー!」

 

いそいそと履きやすい様に足元に並べられたのは、やっぱり白い色のサンダルだった。これで上から下まで白一色である。

 

「どう?」

 

サンダルを履いて完成。確認のため本音に訊ねてみる。

 

「………うん。素敵だよ。とっても」

「…ん♪」

 

柔らかくて暖かい笑顔を浮かべる本音にそう言われ、私も嬉しくなって笑顔になる。

ん…。涼しい服装だけど、胸の辺りがポカポカしてる。この感じ、嫌いじゃない。

 

「はぁ…これでは着せ替え人形ではないか。ミコト、待たせ――――」

「ただいま~。ゴメンネ待たせちゃっ………て……」

 

試着室から戻って来た二人がピシリと硬直する。また…?

流石に此処まで続いたらコレは異常。もしかしたら、この店には何らかのウイルスが散布されているのではないのだろうか。

 

「ミコト……なのか?」

「ん」

 

ラウラが信じられないと言った様子で私に訊ねてくるので、とりあえず肯定と頷く。当たり前の問い過ぎてそれ以外に答えようがない。

そんな問答をしているうちにフリーズしていたシャルロットが再起動する。そして、その途端―――。

 

「その…すごく綺麗d「―――わぁ~!可愛い!すっごく可愛いよ!ミコト!」うわっ!?」

「わぷっ……」

 

ラウラの言葉を遮り私へと駈け寄って来て歓喜の声を上げながら私にがばっと抱き着いてくると、そのままぎゅうっと抱きしめて私の頭を自身の胸に埋める。

 

「何これ何これ!?本音に選んでもらったの!?可愛すぎるよ~!」

「もごもご…」

 

ちょ…苦しい…。

ジタバタとシャルロットの胸の中でもがくけれど、伊達に代表候補生を名乗っている訳じゃない。非力な私がシャルロットの拘束から逃れられる筈も無く、唯されるがままにもみくちゃになるだけ…。

 

「むー!デュノっちずるいー!私にもやらせろー!」

「わ、私もだ!」

「あが~……」

 

本音とラウラが割り込んで来るけど、それは救助のためではなくまさかの参加のため。もみくちゃは終わる事なく継続。Oh…味方なんて最初からいなかった…。

 

―――しかし、此処で更に予想外の展開に発展する。

 

なんと、先程までこちらを観察していた店内の人達が今がチャンスと言わんばかりにこぞって押し寄せて来たのだ。

 

「あ、あの!私も良いかな!?」

「わ、私も!」

「だっこさせて!お願い!」

「私も私も!」

 

……だれ?

 

浮かび上がる疑問。けれど、その疑問を問う前にわあっと一気に囲まれてそれどころでは無くなり。果てには店内だけでなく、店外にまでこの騒動が伝染し、辺りは騒然となった。

 

 

 

 

「散々だった…」

 

散々もみくちゃにされてぐったりとテーブルに突っ伏する。

あの騒動の後、丁度12時を過ぎたところでお昼にしようと言う話になり私達はオープンテラスのカフェでお昼ご飯をとっていた。

 

「だ、大丈夫?ミコト?」

「まるで中国の動物園にいる赤ちゃんパンダだったねー。あっちは有料だけどー」

「ああ、皆買い物に来ていた筈なのにミコトの抱っこが目的に変わっていた」

「……3人も参加してた」

「「「………」」」

 

ぷくーと頬を膨らませて非難の目を向けるも、3人はたらりと汗を流して私から視線を逸らすと、それぞれ注文した料理を口に運ぶ。

 

みんなずるい…。

 

そんな不満を抱きながら私も注文したサンドイッチをパクリと頬張る。

 

「そ、そんなに怒らないで、ね?」

「ぶぅ~…」

 

手を合わせて謝って来るシャルロットに対し、不満の表れとして更に頬を膨らませる。

 

「ごめんね~!だから許してよみこち~!?」

「あの時は気が動転していたというか、まともに思考が働いてなかったというか…だな……」

 

そう謝罪を述べて3人は頭を下げる。

 

むぅ…。

 

「…もうしない?」

「しない!しないよー!」

「誓う!ラウラ・ボーデヴィッヒの名に賭けて誓うとも!」

「だから、ね!?許してミコト!」

 

がばっとすごい勢いで頭を上げて今度はブンブンと激しく首を上下運動させる3人。必死に謝ってるのは分かるけど……何か見てて面白い。確かこんなおもちゃお店で見た事がある。

 

「…ん。なら許してあげる」

 

「「「よ、良かったぁ~……」」」

 

その言葉を聞いて、皆は「はぁ~」と安堵の溜息を吐いて緊張が途切れたのか、だらりと椅子に身体を預ける。

ん。本当に怒ってるわけじゃないからごめんなさいをしたらもう皆許してあげる。それに、本音達に抱きしめられるのは嫌いじゃないし寧ろ嬉しい。でもさっきのは少し苦しかったかな?今度はクリスやセシリアみたいに優しく抱きしめて欲しい。

 

「心臓に悪い…」

「同じくー…」

「もうミコトを怒らせない様にしよ…」

「?」

 

え?怒ってないよ?

 

「心身ともに疲れた…。午後からはどうするんだ?」

 

普段から背筋をピシリ伸ばし、きびきびとした生活態度を心掛けているしているラウラにしては珍しいテーブルに突っ伏したままのだらけた状態で、シャルロットに午後からの方針を確認する。

 

「生活雑貨を見て回ろう。あーでも、最初の店で想像以上に時間取られちゃったなぁ。これは計画練り直さないといけないかも」

「予定じゃ午前中にお洋服屋さんは全部回る予定だったもんねー」

「そうだね。何処からら削ってく?」

「そうだねー…」

 

雑誌を取り出してテーブルの上に置くと、シャルロットと本音の二人は互いにくっついてそれを覗きこむと、此処行きたい此処は外せないなどと相談を始める。そして、やっぱりその会話の殆どの内容が私にはよく分からなかった。

 

…また難しい話が始まっちゃった。

 

しかも何だか長引きそうな予感。退屈……………う?

暇を持て余していると、ふと、気になる物が視界に映った。

 

「はぁ……どうしよう…」

 

目に止まったのは見るからに困ってますオーラを漂わせているスーツを着た女の人。

何かすっごく困っている様子。折角注文したペペロンチーノが一切手を付けられずに冷めきってしまっていた。勿体ない。

 

…………おー。

 

「その原因の何割はお前達に「ふ~ん、そんな事言うんだぁ?」……い、いや、なんでもない」

「分かればよろしい――――ところで、なんで買った服着替えちゃったの?」

「ひ、人前で着れるかあんな物っ!絶対着ないからなっ!?」

「えー?なんでー?かわいいのにー…」

 

3人が雑談に没頭するを他所に、私はぴょんと椅子から跳び下りると、てけてけと隣のテーブルに座っているその女の人のところへと歩いて行く。

 

「それをいうのなら私だけでなくミコトだって着替えて―――む?」

「あ、あれー?みこちー?どこいったのー?」

 

 

 

 

「何でよりにもよって今日……ああ、もう…っ!」

「…どうかしたの?」

 

テーブルに肘をついてがしがしと頭を掻き乱している女の人にそう訊ねる。

 

「え?――――!?」

 

急に声をかけられて驚いて此方を見る女の人だったが、私を見るなり、ガタンッ!と椅子を倒す勢いで立ち上がると、そのまま私の手を握った。

 

「ねえ、あなた!」

「う?」

 

突然何事…?

 

「バイトしない!?」

「………?」

 

バイト…ってなに?byte?単位?

 

「ミコト!いきなり居なくならないでよ!心配するじゃない!」

「もーっ!心臓止まるかと思ったよー!」

「唯でさえこの人混みだ。単独行動は控えてくれ頼むから…」

 

私を見つけてシャルロット達が慌てた様子で此方へと駈け寄って来る。そんなに慌てなくても移動距離は2~3mくらいで隣の席だから直ぐ近くなのに。

 

「あなた達も採用!」

 

「「「え?」」」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side シャルロット・デュノア

 

 

「というわけでね、いきなり二人辞めちゃったのよ。辞めたって言うか、駆け落ちしたんだけどね。はは……」

 

女の人の強い押しに断りきれずに、私達は4人は女の人のお店らしき喫茶店に連れて来られて事情を説明される。此処に来てから訊かされたけど、この女の人はこの喫茶店の店長さんなんだそうだ。

 

それにしてもへんな喫茶店…。

 

フロアで働いている店員さんを見ると、女の人は使用人の格好をしていて男の人は執事の格好をして接客していた。確か、こういうのってメイド喫茶って言うんだよね?執事もいるからメイド&執事喫茶?

 

「は、はぁ」

「それはたいへんだねー」

「まったく、いつの間にかいなくなったと思えば、また妙な厄介事を引き連れて…」

「?」

 

呆れるラウラにミコトは何のこと?とでも言いたげに首を傾げている。

あはは…分かってないみたいだね。予想はしてたけど…。

 

「普通なら代わりの子を用意すればいいんだけど、今日に限って空いてる子がいなくて二人分シフトに入ってる子で穴埋めするにしても夏休み中だから忙しくて……それに、今日は重要な日なのよ!本社から視察の人間も来るし、だからお願い!あなたたちに今日だけアルバイトをしてほしいの!」

「他の支店からヘルプを呼べば済む事だろう?素人の私達に頼らなくともそちらの方が効率的だ」

「何処のお店も忙しいし、それに、監督が行き届いて無いのがばれて首が飛んじゃうわよー!」

 

うわーんと泣き崩れる店長さん。

駆け落ちだもんね、上司にそんな事報告できる訳ないか。笑い話にもならないよ。

 

「あなたたち可愛いから多少の失敗は笑顔振り撒いてれば許されるわよ!きっと!」

 

それはそれで店を任せられてる店長としてどうなんだろう…。

 

「だからおねがい!協力して!給料ははずむから!」

 

そう言ってパンッ!と両手を合わせてお願いして来る

とはいっても、私自身はそんなにお金に困ってる訳でもないし。他の皆だってそうだろうし…。

 

「シャルロット…」

 

ミコトがくいっくいっと私の服を引っぱって、何かを訴えかける様な眼差しで私を見上げてくる。

 

「ミコトはどうしたいの?」

「ん。困ってる人がいるのなら助けてあげたい」

「………そっか」

 

ま、分かりきってた事なんだけどさ。

 

この子は自分の事については鈍感だけれど、他者の事……特にネガティブな感情には敏感に反応する。誰かが苦しんでいれば自然とそれを見つけるだろうし、それを助けたいと思うのもまたこの子にとっては自然なことなんだろう。

善人悪人に関係無く、誰もが持っている自分を優先にするという生き物なら当然な思考をこの子は欠落しているから。

 

「うん、わかった。ミコトがそうしたいって言うんなら僕は協力するよ」

「本当?」

「もちろん」

 

断ってもミコトは引き受けちゃいそうだしね。ミコトに接客業をさせるのは心配でならないから僕は傍に居て見ててあげないと。それに―――。

 

「無論、私も協力しよう」

「と・う・ぜ・ん!わたしも手伝うよー!ここのメイド服かわいいしー♪」

 

―――僕以外の子も協力する気まんまんだしね?

 

「ん。ありがとう」

「それじゃあ、さっそく着替えて貰いましょうか!さあさあ!時間が無いから急いで急いで!」

 

 

 

 

 

そして、業務員用の更衣室でお店の制服に着替え終えた僕達4人だったが…―――。

 

「…なんで僕だけ執事服なの?」

 

更衣室から出て来て僕が着ていたのは、皆の着ている可愛らしいメイド服では無く、男性従業員用の執事服だった…。

 

「だって、ほら!似合うもの!そこらの男よりずっと綺麗でかっこいいもの!」

 

僕達と一緒にメイド服に着替えて出てきた店長さんがそんなこと言ってくる。

 

「そ、そうですか…」

 

褒められているのに全然喜べない。父に無理やり男としての生活を強いられていたためか、可愛いモノとか女の子らしいものには憧れて、その反面で男物とかそういう関連するものはめっぽう苦手になっていたのだ。

ちらりとミコト達を見る。本当に可愛らしい服だ。それにミコト達が着て更にその可愛さは増している。

 

それに引き換え僕は…。

 

自分の着ている執事服を見下ろす。男性が着る服だ。可愛さなんて微塵もある筈がない。僕は悲しくなって溜息を吐く。

 

僕もメイド服が良かったなぁ…。ミコトもラウラも本音もすごく可愛いし……いいなぁ…。

 

そう落ち込んでいると、店長さんが僕が自信を持てて無いと勘違いして、がしっと手を掴んで来る。

 

「大丈夫、すっごく似合ってるから!」

「そ、そうですか……あ、あははは…」

 

それが問題なんだけどなぁ…。

 

「シャルロット。似合ってる、よ?」

「あはは…ありがと、ミコト」

 

メイド服姿のミコトにそう褒められるけど、今は逆効果でしかない。目の前でこんな可愛い姿を見せつけられたんじゃ羨ましくてしょうがないよ。うぅ…。

それにしても可愛い。本当に可愛い。まるでお人形さんみたい。ああ、抱きしめた――――ハッ!?ダメダメ!さっき怒られたばかりじゃないか!

 

「(分かりやすい奴だ)」

「(気持ちは同じだけどねー)」

 

あ、何だか見透かされた様な目で二人に見られてる。何さ、ラウラ達だって人の事言えないでしょゼッタイ。

 

「店長~、早く店手伝って~」

 

フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。それを聞くと店長さんはすぐに身だしなみを確認してバックヤードの出口へと向かった。

とそこで、僕は重要なことを聞きそびれていた事に気付き、慌てて店長さんを呼び止める。

 

「あ、あのっ、もう一つだけ」

「ん?」

「このお店、なんていう名前なんですか?」

 

そう、僕はまだこのお店の名前を知らない。

私は質問すると、店長さんは笑みを浮かべて、スカートつまみ上げ、大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をした。

 

「お客様、@クルーズへようこそ」

 

 

 

 

 

「デュノア君、4番テーブルに紅茶とコーヒーお願い」

「わかりました」

 

カウンターから飲み物を受け取って、@マークが刻まれたトレーに乗せる。そんな単純な作業をしただけで、何故か周囲からは視線が集まり、同僚にあたるスタッフ達はほうっと溜息を漏らした。

 

あ、あははは……はぁ…。

 

張りついた笑顔の裏で僕は苦笑する。

自身に向けられるこの視線、特にその視線の殆どを占める女の人の視線の原因はなんとなくわかる。けれど素直に喜べない複雑な乙女心…。

 

「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」

「は、はい」

 

僕よりも年上の女性が緊張した面持ちでそう答える。

そんなに緊張しなくても良いのにと内心苦笑すると、営業スマイルで紅茶とコーヒーをそれぞれの女性に差し出す前に、お店の『とあるサービス』の要不要を訊ねた。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか?よろしければ、こちらで入れさせていただきます」

「お、お願いします。え、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」

「わ、私もそれでっ」

 

これで何人目だろう。僕が受け持ったお客さんは皆何故かこのサービスを要求してくる。普通なら自分でやった方が自分の好みに調節できるし効率的で早く済むと思うんだけど…。

僕はそれをずっと疑問に思いつつも口には出さずに、笑みを浮かべてお客さんの求めに応えた。

 

「かしこまりました。それでは、失礼します」

 

お客さんの確認をとると、僕はスプーンをそっと握り、砂糖とミルクを加えたカップに中を静かにかき混ぜる。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 

かき混ぜ終えたカップをすっと受け取ると、お客さんはどぎまぎした様子でそれに口を付ける。

次にコーヒーを注文してかき混ぜて貰ったお客さんも、緊張からかぎくしゃくした動きでわずかに一口だけ飲んだ。

 

「それでは、また何かありましたら何なりとお呼び出しください。お嬢さま」

 

二人のお客さんがそれぞれの飲み物を口に付けたのを見届けると、お辞儀をしてカウンターへと戻る。

 

ふぅ、接客業ってやってみると大変だよね。ミコト達は大丈夫かな?

 

仕事をこなしつつ、僕はミコト達の姿を探す。

そこで、丁度男性の客さん3名のテーブルで注文を取っているラウラを見つけた。

 

「ねえ、君可愛いね。名前教えてよ」

「………」

「あのさ、お店何時終わるの?一緒に遊びに―――」

 

男の人の言葉を遮る様に、ダンッ!と大きな音をたてて叩きつけられたコップから滴が飛び散る。

しんと静まりかえり面喰らっている男性達を前に、ゾッとするほど冷たい声で告げた。

 

「水だ。飲め」

「こ、個性的だね。もっと君の事が知りたくなっ―――」

 

これだけ冷たくあしらわれてもめげずにナンパを続ける男性であったが、ラウラは男性の言葉を最後まで訊かずに、しかもオーダーも取らずにテーブルから離れてしまう。

流石のこれには僕もビックリ。けれど、ラウラはカウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたドリンクを持って行った。

 

「飲め」

 

ソーサーを割らないために先程よりは多少優しめにカップが置かれる。とはいっても、それでも盛大にカップの中に入っていたコーヒーは飛び散っていたけど…。

 

「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは…」

「何だ。客でないなら出ていけ」

「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ……」

 

ラウラに好印象を持たれたいのか、それともラウラの有無言わさぬ態度に委縮しているのか、男性は言葉を探りながら会話を続ける。

女尊男卑。女性優遇社会でこんな風に初対面の女の子に話しかけるのはある意味大したものだけど、相手が悪すぎる。店員と客の立場でなければ今ごろどうなってた事か。考えただけでも背筋が凍ってしまいそうだ。

 

「た、例えば、コーヒーにしてもモカとかキリマンジャロとか―――」

 

そしてまた言葉を遮って、ラウラは絶対零度の視線で男性を射抜き嘲笑を浮かべる。

 

「はっ、貴様ら凡夫に違いが分かるとでも?」

「いや、その………すいません…」

 

結局、ラウラの圧力に抗う事は出来ず、男性達は小さくなりながらコーヒーをすすった。

 

「飲んだら出ていけ。邪魔だ」

「はい……」

 

そう言い捨てるとラウラは別のお客さんが座っているテーブルへと向かって行った。

どうやら接客といえどラウラのいつもの態度は変わらないらしい。しかしそれは接客業としてはどうなのだろうか?僕は注意した方がいいのではないかと悩んだが、周りの反応はそうではなかった。

 

「あ、あの子、超いい…」

「罵られたいっ、見下ろされたいっ、差別されたいぃっ!」

 

い、『一部のお客さん』には需要があるみたいだから問題無いかな、うん。ラウラの方は大丈夫そうだし、ミコトはどうだろう?ミコトは言葉足らずな事が多いから接客業は致命的に苦手そうなんだけど…。

そう心配してミコトの姿を探す。すると、見間違える事の無い特徴的な白い髪をしたメイドさんが男性のお客さんの接客しているところを見つけた。

 

「いらっしゃい、ませ」

「え?子供…?」

 

注文を取りに来たどう見ても小学生ほどのメイド服を着た少女にお客さんは戸惑いを見せる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「? ご注文…」

「あ、ああ、うん……コーヒーをもらえるかな?」

「コーヒー、一つ……以上?」

「う、うん。以上で」

「ん。待ってる」

「(か、かわいい…)」

 

テクテクとカウンターへ注文を伝えに行くミコトの後ろ姿を微笑ましいそうに見守るお客さん。ミコトが注文をとった男性のお客さんだけじゃない。ミコトが横ぎって行ったテーブルのお客さん達やスタッフからもミコトの姿を見て微笑ましそうに眺めていた。

 

――――まあ、ミコトにも例外と言う物が居たんだけど。

 

「小学生…?いやいや個人営業なら家の手伝いとかで有り得なくもないけど@クルーズってチェーン店だよな?」

「合法ロリ…だと…っ!?」

「この世に楽園はあったんだな…!」

 

ミコトも『一部のお客さん』に大変需要があるらしい。ラウラの時もそうだけど、あそこまで言ったらもう病気だよね…。

その所為もあってか、本音がいつでも傍に駆け付けられる距離をキープしつつ目を光らせている。ラウラに至ってはミコトに邪な目を向けているお客さんをさっきと同じ手段で潰していってるし。

 

「ん。おまちどうさま」

 

ミコトがカウンタからコーヒーを受け取ってお客さんの方へと戻って来る。

 

「あ、うん。ありがとう。君、高校生……なんだよね?」

「ん」

 

お客さんの質問にミコトは頷く。すると、それを質問したお客さんは目を丸くして、聞き耳を立てていた周囲のお客さん達も「まじか…」と驚いた表情を浮かべていた。

 

「そ、そっか……すごいね」

「?」

 

ミコトは何のことか分からず不思議そうに首を傾げる。たぶん言った本人も何を言ってるのか分かってないんだろうけど。

 

―――うん。とりあえず、二人ともなんとかやってるみたい。本音も流石従者と言う事もあってテキパキと仕事をこなせてるし自分も頑張らないとね。

 

「あ、あのっ、追加の注文良いですか!?できればさっきの金髪の執事さんで!」

「コーヒー下さい!銀髪のメイドさんで!」

「幼女!幼女!………「てやや~☆」って、あっちゃああああああああ!?」

「ごめんなさ~い♪直ぐふきますね~♪」

「それ雑巾じゃ……や、やめてえええええ!?」

 

…最後の人は無視するとして。

店内の騒動は一気に感染していき、爆発的に喧騒を大きくしていく。あちこちから飛び交う指名にどう対処していいか戸惑う僕達だったが、そこへ店長さんが割って入って滞りなくテーブルに向かうように声を掛けての調整をしていった。さすがは本業、店長さんの的確な指示で、殺到していたお客さん達も見事にさばかれていく。

そうして奮闘すること2時間、お昼のピークも過ぎてあれだけ混み合っていたお客さんもだいぶ減り始めた頃、事件は起こった―――。

 

「全員、動くんじゃねぇ!」

 

突然、店に雪崩れ込んで来た男三人が怒号を発する。

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった店内の全員だったが、次の瞬間に発せられた銃声に停止していた思考が叩き起こされて、店内に悲鳴が上がる。

 

「きゃああああっ!?」

「騒ぐんじゃねえ!静かにしろ!」

 

男達の格好といえばジャンパーにジーパン、そして顔には覆面。手には銃。背中のバックからは何枚か紙幣が飛び出していた。見るからに強盗である。それも紙幣が詰め込まれたバックから推測しておそらくは銀行を襲撃した後の逃走犯。

まるでテレビや漫画でよく見る強盗犯をそのまま再現したかのような服装に店内の人間全員がぽかんとしたが、それでも銃を持った凶悪犯だ。言う事を聞かない訳にもいかない。

 

そして次に耳に飛び込んで来たの外から聞こえてくるけたたましい多数のサイレンの音。店の窓から外を見れば、パトカーによる道路封鎖と、ライオットシールドを構えた対銃撃装備の警官達が包囲網を作っていた。流石は駅前の一等地、警察の動きは迅速だ。この包囲網を突破するには戦車かISでも使わなければまず無理だろう。

 

「ど、どうしよう兄貴!このままじゃ俺達全員―――」

「うろたえてんじゃねぇ!焦ることはねぇ。こっちは人質がいるんだ。強引な真似はできねぇさ」

 

兄貴と呼ばれていることから恐らくあのひときわ体格の良い男がリーダーなのだろう。その男がそう告げると逃げ腰だった他の二人も自信を取り戻す。

 

「へ、へへ、そうですよね。俺達には高い金払って手に入れたコイツがあるし」

 

手下の男が見せびらかす様にしてショットガンを掲げると、ジャキッ!と金属音を響かせてポンプアクションを行うと、その次の瞬間、威嚇射撃を天井に向けて行った。

 

「きゃあああっ!」

「うるせぇ!」

 

蛍光灯が破裂し、パニックになった女性が悲鳴をあげるが、それを今度はリーダー格の男がハンドガンを威嚇射撃して黙らせる。

 

「大人しくしな!俺達の言う事を聞けば殺しはしねぇよ。わかったか?」

 

男の言葉に女性は顔面蒼白にして何度も頷くと、声を漏らさない様に固く口をつぐむ。

 

「おい、聞こえるか警官ども!人質を解放したかったら車を用意しろ!もちろん、追跡車や発信器なんか付けるんじゃねぇぞ!」

 

そう言い放つと、男は自分は本気だという意思表示のつもりか警官隊に向けて発砲する。

幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスを割っただけで負傷者は出ずに済んだが、周囲の野次馬がパニックを起こすには十分だった。

 

「へへ、奴ら大騒ぎしてますよ」

「平和な国ほど犯罪はしやすいって話、本当っすね」

「まったくだ」

 

げらげらと下品な笑う男達。

 

…………さて。

 

物陰に隠れて強盗犯を観察する。

彼等が所持している銃器は一人はショットガン、一人はサブマシンガン、そしてリーダがハンドガン。他にも予備で何か持っている可能性はあるが、現状確認できているのはこの3丁だ。

 

地面にしゃがみ込むお客さんやスタッフに紛れて僕も目立たぬようにしゃがみつつ、状況を分析していく。

先程からの連中の口ぶりからして素人なのはまず間違い無し。一人で対処するのは少し難しいかもしれないけれど、幸いにして軍人であるラウラも一緒だ。協力すれな鎮圧は容易い。そう判断してラウラにコンタクトをとろうと店内を見渡すと――――何故か唖然と一点を見ているラウラと涙目の本音の姿があった。

 

………どうしたの?

 

僕はその視線を辿ると、そこでぎょっとした。

 

「いらっしゃい、ませ」

 

なんと、強盗犯に接客するミコトの姿がそこにあった。これにはお客さんもスタッフも別の意味でビックリ。それはそうだろう。何処の世界に強盗犯に注文を取りに行くメイドが居るのか。

 

「み、みこち~!」

「……本音。少し黙っていろ」

「で、でも!」

「大切な人質だ。奴らも迂闊に手は出せまい(手を出した瞬間殺してやるがな)」

 

今にも飛び出しそうな本音を制して、ラウラはこちらを見て『待機』と口パクで合図を送ってくる。

……うん。そうだね。今は大人しくチャンスが来るのを待つべきだ。

 

「おい、餓鬼。大人しくしろって言うのが聞こえなかったのか?(何で子供がアルバイトしてんだ…?)」

「? 注文は…?」

「………馬鹿にしてんのか?」

 

手にした拳銃を持ち上げてミコトに突き付けようとするが、慌てて手下の男がそれを止める。

 

「まあまあ、いいじゃないっすか兄貴。警察が要求を受け入れるまで時間は掛かるでしょうし、折角だからこの子に接客してもらいましょうよ!」

「はぁ?何言ってるんだ、お前」

「だって、こんなちっちゃくて可愛い子が接客してくれるんっすよ?そんなの接客してもらう以外ないですって!」

「賛成賛成!メイド喫茶に一度行ってみたかったんですよ!」

「お前ら……」

 

立て籠り中だと言うのに緊張感の無い手下のアレな反応を見てリーダーは頭を抱える。しかし怒るのも馬鹿らしくなったのか、近くにあったソファにどかっと腰を下ろす。

 

「ちっ、まあいい。立て籠もりってのは持久戦だ。幸いにして此処は喫茶店。食料は腐るほどある。―――おい、餓鬼。メニュー見せろ」

「ん」

 

ミコトがメニュー表を差し出すと、リーダーは乱暴にそれをぶんどる。

 

「接客もまともに出来ねぇのかこの店は。くそっ……あーーとりあえず喉が渇いたからウーロン茶くれや」

「俺はコーラお願いっす!」

「俺はカフェオレね」

「ん……少し待つ」

 

オーダーを受け取ると、ミコトはテクテクとカウンターへと行ってしまう。

 

「……何であんな餓鬼が働いてんだ?」

「きっと、貧しい家庭なんすよ…」

「泣かせるねぇ」

 

一応高校生なんだけどね…。

彼等を観察しつつ僕は苦笑していると、ミコトがカウンターからドリンクを受け取ってトレーに乗せて、ふらふらとしながら危なっかしい様子でそれを強盗犯たちのもとへ運んで来た。

 

「おまちどうさま」

「…おう」

「サンキューっす!」

「あんがとねー」

 

強盗犯たちが飲み物を受け取る。素人だからか、それともミコトの天然さに気が緩んでしまったのかは分からないが、『わざわざ武器を置いて』それぞれ飲み物に手を伸ばしたのだ。

余りにも愚かな行動。自分の置かれている立場を理解できていないのだろうか?流石にこれには僕は呆れたが、これは何よりも――――。

 

――――チャンス!

 

しゃがんだ体勢から跳び上がり身近に居た手下の一人に襲い掛かった。

 

「ごめんね」

「なっ!?―――ぐえっ」

 

慌てて手下はショットガンに手を伸ばそうとするが、こちらの方が遥かに速く、繰り出された拳が男の腹に沈み、男は気を失う。

 

「く、くそっ!「寝ていろ」―――ぎゃっ!?」

 

僕が手下の片方を排除すると同時に、ラウラももう一人の手下を排除。

そのまま止まる事無く流れる様な動作で、僕とラウラはリーダーに襲いかかろうとした――――が。

 

「動くな!くそ餓鬼共っ!」

「「―――っ!?」」

「みこちー!?」

 

振りあげられた拳はリーダーに届く事は無く、リーダーに捕えられて頭にハンドガンを突き付けられているミコトの姿を見て、僕とラウラはピタリとその拳を止まてしまう…。

 

「随分と舐めた真似してくれるじゃねぇかっ!くそ餓鬼!」

「……くっ!」

 

失敗した。優先順位を間違えたか…。

予想外の奇襲を受けて、コイツ等が人質を取るという冷静な判断が出来る筈もないと甘く見過ぎていた。

 

「よくも手下をやってくれたなぁ。お前らにはたっぷりと落とし前――――」

 

ハンドガンがゆっくりと此方へと向けられる。

「ああ、これは足を撃たれるかもなぁ」と、そんな事を考えていると。その瞬間、見覚えのある青白い閃光が窓の外から奔り、リーダーのハンドガンを貫いた。

 

「―――…………あぁ?」

 

間抜けな声を漏らして、何が起こったのか理解出来ずに原形を失ったかつてハンドガンだった物を見るリーダー。

 

「…レーザーライフル?」

「今のって……まさかっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――――事件現場から4km程離れたビルの屋上にて。

 

 

「――――命中を確認」

「お見事です。セシリアお嬢様」

 

ブルー・ティアーズを纏ったセシリアがスコープを覗きこんでミコトに突き付けられていた銃が消し飛んだ事を確認すると、後ろで控えていたセシリアの従者であるチェルシーが主に賛辞の言葉を贈る。

 

「ふぅ……やけに駅前の方が騒がしいかと思えば、強盗事件ですか。しかもミコトさんが巻き込まれてるだなんて」

 

会談が終わりレストランで食事を楽しんでいた所、街を駆けまわる多数のパトカーのサイレンの音が気になって屋上に上がってきたのは正解だった。

本来ならこんな騒ぎなど見向きもしないのだが、ミコト達が駅前で買い物に出掛けているのをセシリアは知っていた為、念のため確認をしに屋上へやって来たのだが、まさか事件に巻き込まれていようとは…。

 

「日本は治安が良いと聞いていたのですが……。お聞きした通りのトラブルメーカーのようですね。オリヴィア様は」

「まったくですわ…」

 

痛む頭を押さえて溜息を吐く。

目を離した隙にこんな事件に遭遇するなんてセシリア自身思いもしなかった。行く先々に事件なんて起こる筈がない、そう思っていたらこれだ。まるで推理小説の主人公並みの事件の遭遇率ではないか。

 

「それより、早くこの場から離れましょう。あとの事はシャルロットさん達に任せれば大丈夫でしょうから」

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

今の光は間違いない。あれはセシリアの……いや、今はそれよりも!

 

「ミコトを放―――」

 

放せ―――と叫ぼうとしたが…。

リーダーの背後に忍び寄った複数の影を見て絶句しまう。

 

「幼女に手を出すたぁふてぇ野郎だぁ!」

「YESロリータNOタッチだろうがあああああっ!」

「覚悟で出来てんだろうなぁ…ぁあんっ!?」

「みこちーになにしてくれてんだー!?」

「なっ!?何だお前ら!?や、やめっ………ぎゃあああああああああああああっ!?」

 

銃が無いと分かればこちらの物。いくら堅が良くても大勢の男に囲まれれば多勢に無勢で、男性客の皆さん+αに成す術も無く、最初の威勢は何処へやら無惨にボコボコにされるリーダ―。

その光景を僕とラウラはポカーンとして眺めながら、行き場の失った拳を握りしめたまま呆然と立ち尽くす。

 

ちょっ……は?…え……?

 

僕達がミコトを助けようとする前に、既にミコトは男性客の皆さん+αに救出されていた。な、何を言っているか分からないが僕も何が起こっているのか(ry。

まあ……うん。締まらない結末ではあったが、こうして強盗事件は強盗犯を除いて負傷者はゼロという結果を残して幕を閉じ。僕達は代表候補生という身分のため公になるのは流石にまずい。警察に捕まるのを避ける為に僕達は騒ぎの中こっそりと服を着替えて店を脱出。その後、買い物を済ませて学園へと戻った―――。

 

無論、寮に帰ったらセシリアの大説教が待っていたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 


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